《規制緩和時代における金融システムの安定性》 (11/15/95提出)

 

要旨

 

 盤石を誇ってきた日本の金融システムが揺らいでいる。バブル経済の崩壊の影響は、5年におよぶ景気後退期を経ても依然深刻であり、銀行をはじめとする金融機関は膨大な不良債権の処理に喘いでいる。不安定化した金融システムは、景況感の悪化の元凶として、内外から厳しい評価を受けるに至っている。

 注目されるのは、バブル経済とその崩壊が80年代後半の金融規制緩和と歩調を合わせる形で起こったという事実である。なぜ規制緩和に平行して不安定化が起こってしまったのか。規制緩和による市場の効率化は安定性とトレードオフの関係なのか。そもそもなぜ金融システムに対して規制が必要なのか。

 本稿ではこれらの問題を考慮しながら、今後、規制緩和の下で、効率的かつ安定的な金融システムを再構築していく際の考え方について主張を展開する。その際「一貫性 (consistency)をもった、規制の【制定】と【導入】の必要性」が強調される。以下、各章の内容を簡単に記す。

 第1章では、金融システムの安定性について、その定義と意義、性質を主に理論の側面から明らかにする。経済発展上不可欠なインフラとして、安定的であることが望まれる金融システムは、ミクロとマクロの両面から脆弱性を持っている。金融システムの安定性を維持するためには規制の存在が不可欠であることを明らかにし、日本ではこれまで護送船団方式と呼ばれる競争制限的規制によって安定が維持されてきたことを示す。

 第2章では、規制緩和の進行とシステムの脆弱性の関係について述べる。規制緩和は市場の国際的整合性、効率性の向上を旨として行われたが、その制度と導入の方法はともに一貫性を欠いていたとみられる。一貫性が欠落した形での規制緩和は、結果としてバブルの生成を担保した可能性がある。こうした点から、バブル崩壊後の金融システムの脆弱化と規制緩和は無関係ではないという評価を提示する。

 第3章では、規制緩和の下で、安定した金融システムを再構築する際の考え方を提示する。効率的かつ安定した金融システムを実現するためには、

  ● 規制の導入方法、内容等についての一貫性 と、

  ● 市場メカニズムと相容れるルール重視の監督姿勢、

 の2点が必要であることを強調する。この考え方で再構築(リストラクチュアリング)を行うことにより、安定性が確保される中で金融機関による競争・イノベーションが促され、市場全体の厚生が高い次元に移行することを主張する。

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 目次

 第1章.金融システムの安定性とは

  ア)金融システムの安定性の定義と意義

  イ)金融システムの脆弱性

  ウ)金融システムと規制

  エ)規制緩和前の金融システムの安定性

 第2章.規制緩和の進展とシステムの脆弱化

  ア)規制緩和の意義と進展

  イ)規制緩和による環境変化と銀行行動

   1.銀行経営の悪化とバブル経済

   2.金融システム不安定性の顕在化

  ウ)これまでの規制緩和への評価

   1.不完全な段階に止まった自由化

   2.十分に整備できなかった市場的規制

   3.規制緩和過程での信用秩序維持政策

 第3章.安定した金融システムの再構築

  ア)一貫性をもつ規制体系

   1.gradual approachとビック・バン

   2.事前的規制とセイフティネット

   3.部門間の整合性

  イ)ルール型の規制運用

  ウ)結論:金融制度のリストラクチュアリング

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第1章】金融システムの安定性とは

 本章では、金融システムの安定性について、主に理論的側面から、その定義と意義、性質を明らかにする。金融システムは公共財として必要不可欠な、経済発展上のインフラストラクチャーとして位置づけられる。

 しかし金融システムはミクロ、マクロの両面から脆弱性をもっている。続いて金融システムの安定性を維持するためには何らかの規制が必要になることを示し、さらにこれまでどのような規制によって安定性が維持されてきたかに言及する。

 ア)金融システムの安定性の定義と意義

 金融システムの安定性、信用秩序の維持について、これほど注目を集めた時期はないだろう。ところが、現在の日本経済において最重要となっているこの課題について、その意味するところとして、必ずしも一致した考え方が確立されているわけではない。

 例えば、「金融・為替市場や資本市場などの信用市場並びに通貨制度および支払・決済システム−すなわち広い意味での金融システムないし信用制度−が全体としてみて整然かつ円滑に機能している状態」(日本銀行[1995] *1)のように、幅の広い捉え方もできよう。しかし本稿では、現在の問題に焦点を当てる意味で、「銀行制度を中核とする金融システムについて、その提供するサービスが信用・契約に基づいて円滑に機能している状態」とやや絞った形で定義することにする。

 銀行制度を中心とする金融システムは「信用の安定した供給」、「円滑な資金決済サービスを提供する」という意味で、経済活動に不可欠なインフラストラクチャーの一つである。「貸出」という危険資産を「預金」という安全資産に転換することにより、資金余剰部門から資金不足部門へ資金を円滑に移動させ、全体の厚生を高めることができる。

 このインフラストラクチャーが不安定であると、信用取引の縮小や決済の遅延といった極めて大きな社会的コストの発生を余儀なくされる。このため、国民経済(national welfare)の観点からは金融システムが安定的であることが強く要請されることとなる。さらに、一国内の課題に止まらず、経済の国際的なつながりが緊密になっている現在においては、世界経済(world welfare)の視点からも求められる状況となっている。

 このように、安定した金融システムは、まず国民経済が健全な発展を遂げる上で欠かせないインフラという点で意義づけられる。また経済がグローバル化し、日本経済のプレゼンスが高まった現在においては、安定した金融システムは世界経済全体のレベルでも必要とされている。

イ)金融システムの脆弱性

 しかし、このシステムはそのもの自体としては非常に脆い性質をもっている。ここではこの脆弱性を、1.「個別銀行の取り付け」というミクロの側面と、2.「取り付けの波及・システミックリスク」というマクロの側面に分けて考えることにする。

 ミクロ(個別銀行)の問題は、さらにソルベンシー(支払い能力)の問題とリクイディティ(流動性)の問題に分けられる。まずソルベンシー問題は、一般企業と同様に、債務超過になることで経営が破綻するケースである。

 一方のリクイディティ問題は銀行に特有のリスクである。銀行は預金を受け入れるが、その一部を支払い準備として流動性の高い資産の形で保有するほかは収益性の高い危険資産(流動性の低い固定資産)として運用する。取引の必要に基づく預金者全体での引出額はほぼ予測できるため、通常なら銀行は預金引出に応じられる。

 しかし、何らかのきっかけで預金者がこの予想を大きく超える引出を実行すれば、銀行は流動性の問題からそれに応じることは困難となる。銀行が倒産して預金の払戻を受けられない場合には(完全なセーフティネットがない限り)損害を被ることを預金者は知っているため、さらに先を争って預金引出行動、いわゆる「取り付け」に走ってしまう。問題なのは、銀行と預金者の間にある情報の非対称性によって、単なる噂によって健全な銀行も取り付けの対象になってしまうことである。

 さらに、Diamond&Dybvig[1983] *2のモデルのように、預金者が銀行の経営が全く健全なことを知っていても、取り付けが合理化されてしまうことが知られている。「銀行組織の安全性は預金者のかなりきわどい信認の上になり立っている(筒井義郎[1992]*3)」といわれる理由はここにある。

 ミクロ(個別銀行)の問題はマクロの問題へと容易に波及する。ある銀行への取り付けの発生は、それがソルベンシー問題であろうと、リクイディティ問題であろうと、他の銀行にある(実際には健全であるかもしれない)預金に対する不安を惹起させる。

 これは単なる連想というに止まらず、決済システムという形で金融機関が強く結びついているという以上、極めて合理的な判断といえる。ある経済主体が支払不能などのトラブルを起こしたとき、決済システムを通じてそのトラブルが他の主体に連鎖的に波及する可能性は「システミックリスク」と呼ばれる。

 ウ)金融システムと規制

 このように金融システムは脆弱性を内包している。金融システムが公共性を持つものである以上、何らかの形でこのリスクの現出を防がねばならない。そこで、金融機関に対して、「事前的対応として“規制”」を掛け、「事後的対応として“セイフティネット”」を提供することでこれを防止するという対応がとられる。

 規制緩和という大きな流れの中で注意しておかなければならないのは、脆弱性を持つ金融システムを維持する上では、“規制”自体は必要な存在だということである。一般的に、個々の金融機関は民間企業である限り自己の利益を求めて行動するのであり、他の主体に間接的に及ぼす影響まで考慮して行動するのではない。

 このため、社会全体の立場からみると、個々の金融機関から自発的に期待できる決済システムの安定性維持のための努力は不十分なものになりかねない。また、預金保険制度や中央銀行の「最後の貸し手機能」をセイフティネットとして提供することで信用制度を担保する場合には、それだけではモラル・ハザードの問題が生じる。

 そこで、そうした安全性維持のための努力の水準を引き上げるために、公的な「規制」の役割が求められることになる。

 エ)規制緩和前の金融システムの安定性

 これまで、金融システムの安全性を維持するにあたり、日本では事前的措置である“規制”が重視されてきた。監督当局によって金利、商品、店舗などについて細かい競争制限的な規制がかけられた。また、競争を制限することによって金融機関に経営の余裕(フランチャイズ・バリュー)を保障し、個別金融機関の破綻発生を防いだ。

 この方法は、最も効率性の悪い銀行も含め、すべての金融機関の倒産を防止するという意味で護送船団方式と位置づけられている。

 実際に金融機関の倒産が起こらなかったことにより、その規制方式は、「金融機関は倒産しないという信念を預金者に植え付け(呉[1981] *4)」ることに成功した。また個別的に生じた中小金融機関のソルベンシー問題による経営破綻は、他の金融機関のフランチャイズ・バリューの枠の中で吸収された。

 さらにこのような形で(1−イで述べた)ミクロのリスクを(ソルベンシー、リクイディティの両面において)完全に封じ込めたことで、マクロベースでも「信認の喪失による市場の崩壊」は直近まで全く起こらなかった。

 この間、実体経済が安定的に推移したという条件を考慮したとしても、「従来の政策は、何よりもそれが目指した預金者保護と信用秩序の維持には完全に成功した(池尾[1985] *5)」と評価することができる。

 またこの間、事後的措置として預金保険機構が設立されたが、金融機関の破綻が表面化しなかったことにより、実際に適用されることはなかった。

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【第2章】規制緩和の進展とシステムの脆弱化

 第2章では、まず規制緩和の意義と過程についてサーベイする。続いて

 この規制緩和が一貫性(consistency)を欠いていたことを示す。金融システムが現在の不安定な状態に陥った事実との関係に言及したうえで、これまでの規制緩和の評価を試みる。

 ア)規制緩和の意義と進展

 80年代に入り、金融制度改革が行われた。競争の促進を通じて金融・証券市場の機能と効率を向上させ、市場の国際的整合性を高めることによって、「制度の競争」にも耐えうるシステムの構築を図ることがその目的であった。その背景としては、

 ●70年代における国債の大量発行を契機として証券市場が拡大し、伸縮的な自由金利が一般化したこと、

 ●日本経済の成熟に伴い貯蓄過剰状態が進行する中で、産業政策としての金融規制の重要性が薄れたこと、

 ●日本経済のプレゼンスが高ま、国内市場をよりオープンな形にする必要に迫られたこと、が指摘できる。

 日本の規制緩和は、それが徐々に浸透するよう、段階を追って導入されるというgradual approachがとられたのが特徴である。従来の規制が緩和される場合には、きわめて慎重に、何段階かにわけて実施された。

 代表的な規制緩和の例として、定期性預金の自由化をみても、自由化が大口定期性預金について8510月に導入されて以降、93年5月にすべての定期性預金に適用されるまで、何段階にもわたる漸進的なプロセスを踏んだことがわかる。

 この方式は「コントロールされた自由化(堀内昭義[1994]*6)」とも呼ばれる。この方式で実施された背景には、既存の金融機関に対してシステムのドラスティックな変化を緩やかに消化させ、ミクロ的な経営体力を不要に消耗させないことにより、マクロ的なシステムの安定性や信用秩序を保つことのできるよう、との配慮が働いていたと考えられている。

 イ)規制緩和による環境変化と銀行行動

 しかし、規制緩和が進められるなかでバブル経済を経験し、日本の金融システムは結果的に不安定な状況に陥ってしまった。ここでは特に規制緩和との関係に焦点をあて、不安定化への過程をたどってみる。

 1.銀行経営の悪化とバブル経済

 規制緩和の進展に伴い、これまでの競争制限的な環境の下で得ていた金融機関の余裕利潤は、1.金利規制の緩和による利鞘の縮小、2.大企業を中心とする優良貸出先の直接金融へのシフト、などによって減少していった。銀行の利益の減少は、同時期の製造業に比べて著しい。

 このような状況に加え、「従来からのgrowth inertiaと呼ばれる業容拡大指向体質、横並び指向体質が業界に残っていたこともあり(日銀[1994]*7)」、銀行は収益の確保を目指して、リスク選択を拡大していくこととなった。1.に対応する形で“貸出額を拡張”し、2.に対応する形で“ハイリスク案件への貸出傾斜”を強めていった。

 この動きと平行して生じたのが、株式と土地を中心とする資産価格の暴騰現象・金融取引の膨張現象(バブル)である。金融自由化の流れとバブルとの因果関係については、いまのところ定説はない。

 しかし、バブルとの相乗効果で銀行がリスク選択を一段と拡大させていった可能性は否定できないであろう。典型例として、

  ●株式の高騰によって企業は低コストの資金調達を実現し、銀行からの借入離れをいっそう加速させ、しかも高金利の大口定期によってそれを運用したこと、

  ●根強い土地神話の下、銀行はハイリターンが見込まれる不動産に対する融資、不動産を担保とする融資を拡大したこと、があげられる。

 2.金融システム不安定性の顕在化

 しかし数年の活況ののち、89年にバブルは崩壊した。資産価格が暴落する中、ローリスク・ハイリターンとみられていた土地関連融資も、結果的にハイリスクであったことが明らかとなった。

 金融機関全体の経営環境が悪化する中、個別には経営の危機に瀕する金融機関も現れた。実際にミクロベースの経営破綻とそれに伴う取り付けが発生し、マクロへの波及が本格的に懸念される状況が戦後初めて生じた。

 その結果、金融システムの安定性への信頼が本格的な揺らぎを見せはじめた。

 ウ)これまでの規制緩和への評価

 金融システムの安定性が動揺した原因のすべてを、80年代以降の規制緩和に求めることはできない。しかし、そこに幾つかの接点が見いだせるのも確かである。指摘せざるを得ないのは、この間の規制緩和が、少なくとも以下の2つの点で一貫性(consistency)を欠いていたために、不安定性を招来してしまったという事実である。

 その一つは 

 ●「自由化が不完全な段階にとどまり、市場に歪みを生じさせた点」、

 もう一つは

 ●「競争制限的な規制を緩和する一方で、リスク選択に対する新たな規制を十分に整備できなかった点」

 である。

 1.不完全な段階に止まった自由化

 伊藤[1995]*8は「(一連の規制緩和によって)市場が完全な状態に近づいたことではなく、逆にむしろ『自由化の不完全さ−その途上にあって“中途半端”な段階に止まったこと−』こそが、自由と規制の併存がもたらす攪乱としての金融取引の膨張を生み出した」と主張する。

 確かに、バブル期には大口の自由金利預金の金利が貸出金利を 0.5%ポイント以上超過する(つまり銀行にとって逆鞘の)特殊な状況が3年以上続いたが、これは一方で規制預金金利がはるかに低い水準にとどまったことではじめて可能となったとみられる。

 つまり、「完全競争市場であれば市場間の裁定によってネット・アウト(裁定)されるはずのものがされず、『両建て併増』によってグロスの膨張がおこってきた(伊藤[1995] *8)」のである。

 両建て併増によって増加した、実体経済との関連が薄いマネーは、投機資金の色彩を強めて株式や不動産へ流入した。バブルが崩壊し資産価格が暴落した現在においては、そのマネーはバランスシートに「不良債権」という形で残っている。

 2.十分に整備できなかった市場的規制

 また堀内[1994]*6は、銀行がこの時期、「きわめて大胆に不動産関係融資を拡大したことの背景には、単純な経営上のミスではなく、より深い構造上の問題が潜んでおり、この点において金融自由化の進展との関連性を看取できる」と述べている。

 その「深い構造上の問題」のひとつとして、市場的規制が十分機能しなかったため、預金保険を含めた各種のセイフティネットが、いわゆるモラルハザードの誘因となってしまったことが指摘できるのではないだろうか。

 今回のバブル崩壊後には、潜在的なインソルベントバンクが高金利預金での資金調達を行うという、最も明確な形でのモラルハザードが現出した。預金保険機構から保険金が払い出される一方、日銀からもラストレンダー機能として(あるいはその役割も超えて)多額の特融が行われた。

 経済理論の立場からすると(1章で述べたとおり)、各種のセイフティネットが存在する下では、事前的な規制が働かないかぎり、経営者の合理的行動としてモラルハザードが生じる。今回の事態は、セイフティネットに対応し投機的経営を律するような事前的な規制の整備が不十分であったことを図らずも露呈する結果となった。

 また、実際に破綻まで追い込まれたこのケースに限らず、広義のセイフティネットの下、少なからぬ金融機関において緩やかなモラルハザードが働いた可能性は否定できない。80年代はBIS(自己資本)規制など、事前的市場型の規制が本格的に導入された時期ではあった。

 しかし結果としては「確かにBIS(自己資本)規制は、銀行のリスク選択に規律を与える目的を持っていたが、しかしその効果は不十分であった(堀内[1994]*6)」といわざるを得ない。

 3.規制緩和過程での信用秩序維持政策

 規制緩和が行われる過程で(あるいはその後に)金融システムが不安定化したケースは今回の日本だけではない。米国もS&Lをめぐる規制緩和の中で、経営の悪化、モラルハザードを招来し、システムを不安定化した経験を持っている。

 理論的にも、規制緩和過程での信用維持政策の実行は困難性が高い、との見方は強い。金融規制緩和が世界的な潮流となった80年代には、日本だけでなく複数の国においても金融システムが不安定化したが、これについて Frankel[1995]*9は、「金融自由化の初期段階においては通常に増した強力な信用秩序維持政策が必要」との意見を述べている。

 またParry[1995]*10は「自由化の過程で銀行部門に生じたリスクに対し、公的部門がインプリシットに保険を提供したことが、銀行のモラルハザードにつながった可能性がある」ことを明確に指摘している。

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【第3章】安定した金融システムの再構築

 最終章では、規制緩和時代において、効率的かつ安定した金融システムを実現する際に必要な考え方を示す。金融システムの再構築(リストラクチャリング)には、1.規制の導入方法、内容等についての一貫性と、2.市場メカニズムと相容れるルール重視の監督姿勢、の2点が必要であることを主張する。

 ア)一貫性をもつ規制体系

 前章では、一連の規制緩和において、少なくとも2つの点で一貫性が欠けていたため、システムの不安定化を招いた側面を検証した。われわれはこの経験を将来に生かしていかなければならない。今後の規制緩和においては次の点に留意して進めていく必要がある。 

 1.gradual approachとビック・バン

 規制緩和を漸進的に進めることで、急激なショックを和らげ、金融システムの安定性を確保しようとしたgradual approachが(実体経済の大きな変化があったとはいえ、)図らずも“不完全な自由化”による弊害を露呈し、結果的に多大なコストがかかったことを改めて認識する必要がある。

 gradual approachに対応する概念として、ビッグ・バン(Big Bang)があげられる。代表例である英国での市場主義導入においては、漸進主義を廃し、これまでのルールを新しいルールへと即時に入れ替える形で行われた。

 学説上はこの方法の優位性は証明されていないが、この方法によるメリットを考慮しておくべきことを強調したい。今後、仮に「バランスシートの時価主義導入」の機運が高まった際や、EDI(電子決済通貨)などの新システムが導入される際などには、この方法を選択肢の一つに数える価値は微少でないと思われる。

 2.事前的規制とセイフティネット

 また、規制緩和後の市場化した金融システムの安定化にとって最も重要な課題は、「セイフティネットを充実させる一方、モラルハザードを防いでコストダウンをはかる事前的規制を整備し、さらに両者の制度的一貫性を保つ」ことである。

 規制緩和によって競争が促進され、金融システムの効率性は高められるが、競争の結果として脱落者の発生は避けられない。個別金融機関の破綻は金融システム全体に波及する性質を持っているため、いかに円滑に脱落金融機関の市場からの退出を促すかはシステムの安定化にとって切実な問題となる。

 

 また単にセーフティネットを充実させることは、モラルハザードの誘因を増す結果となる。このため、何らかの規制が必要とされるという理論的基礎は1章で明らかにした通りである。

 具体的には、これまでの競争制限的規制ではない、市場規律を重視する形での事前的規制が必要とされる。これは、

 ■ 前段措置としてのsolvency monitoring(支払能力の監視)と、

 ■ 後段措置としてのprompt corrective action(早期是正措置)

 に大別できる。

 基本的な考え方は以下の通りである。

 前段措置では、自己資本比率などのバランスシート指標や公的機関の定める経営基準(たとえば米国の“CAMEL評定”)によって、金融機関の過大なリスク選択を予防する。そして、十分なリスク対応能力のあると認められる金融機関については、その自由な営業活動を奨励する。

 一方、リスク対応能力が不十分と認められる金融機関については、後段措置によって段階的に活動の自由が制限される一方、セイフティネットへの負担を軽減するため、実質的に債務超過になった段階(あるいはその直前)で破綻処理がおこなわれる。

 すでにアメリカでは80年代の金融システム不安定化の反省を踏まえ、このシステムを導入している(91年のFIDICIA:連邦預金保険公社改善法)。まだ歴史的にこのシステムの実効性が証明されたわけではない。また、日本でこの制度を導入するとしても、金融機関経営のディスクローズに馴染みが薄いというビハインドがある。

 しかしながら、これまでの日本型の規制にはみられなかった、一貫的な規制システムによって効率的かつ安定的な市場主義的金融システムを実現しようとする考え方には、前向きに耳を傾けるべき点が数多いと思われる。

 このほか、セイフティネットについては、コリガン元NY連銀総裁が提唱しているように、中央銀行の預金勘定を利用した決済システムによって安定性を維持するという方法もある。この種のイノベーションにより、市場の効率性を保つ形で金融システムが安定化することは望ましいと考えられる。

 3.部門間の整合性

 また第2章では言及しなかったが、「銀行部門」と「他の(周辺)金融システム」の間において、整合性という意味での一貫性が保たれていたとは考えにくい。今後この面での整合性・一貫性を実現する必要があろう。

 具体的な問題として、a)協同金融機関の監督当局が銀行部門と異なる点、b)預金保険の提供が民間預金と公的預金(郵貯)で異なる点(民間は元金のみ、公的は元利共。預金者のインセンティブに影響を与える可能性がある)点、など数多く指摘できる。

 現在、幾つかの問題については金融制度調査会・金融システム安定化委員会のワーキンググループなど、複数の審議会などで議論が進められている。銀行システムを含む、システム全体の整合性、一貫性を確保する形で解決されることが望まれる。 

 イ)ルール型の規制運用

 <3−ア−2.>で述べた「市場主義の貫徹・事前的規制のあり方」と重複するところではあるが、今後の規制運用、監督のあり方を考えるにあたっては、改めて独立した項を設ける必要がある。

 裁量型・ルール型という視点からみると、これまでの日本の金融行政は裁量に重きが置かれたことは間違いない。長期的に順調な経済成長と安定的な金融システムを実現してきたことを鑑みると、これに対して肯定的な評価を与えてしかるべきだろう。

 しかし、金融のグローバル化が進む中、日本の金融機関が国際的プレーヤーとして参加し、日本市場をマーケットとして開放していくとする限り、市場主義に則った明示的なルール重視の方向へ、あらためてはっきりと舵をとる必要がある。

 また、規制緩和が進んだのちの金融システムは、「ルールの中での原則自由競争」となるため、店舗設置や金融商品の開発などについては、各金融機関の政策やイノベーションを基本的に尊重することが望まれる。一連の規制緩和の意義も、これらの実現にあったことは第2章で言及したところである。

 金融をめぐる裁量的政策の弊害が様々な形で露呈してきている現況においては、一段と強い意志をもち、この意義の重要性を改めて確認しなければならない。

 ウ)結論:金融制度のリストラクチュアリング

 現在の金融をめぐる環境は未曾有の厳しさである。基本的に、金融システムの効率性と安定性はトレードオフの関係にあるといわれる。効率性を指向し、行ってきた規制緩和が、結果的に金融システムの安定性を脅かしたことから、安定性維持のためには以前のように規制を強化する必要があるのではないか、との見方が力を増す懸念が出てきている。

 しかし、これまでの日本の状況はこのトレードオフ・フロンティアの内側にあったのではないか、との見方をここでは強調したい。つまり、方法によっては安全性の水準を維持したまま、あるいはさらに向上させたうえで、効率性を向上させることが可能なのである。

 その方法の一つは、これまで繰り返して述べてきた、「一貫性(consistency)をもった規制の制定と導入」である。明確なルールの不在と余裕利益の存在が、金融機関による限界的な部分での競争・イノベーションを促進を妨げ、全体としての厚生が低い次元に止まっていたいたと考えざるをえない。

 リストラクチャリングという言葉が定着して久しいが、金融制度にも遅蒔きながらこれが実行されるときが来たのではないだろうか。極端な言い方をすれば、80年代は確かに「規制を緩める(de-regulation)」時代であった。

 しかし、それが不完全な段階にとどまったため、90年代には金融システムが脆弱化してしまった。しかし、今後採るべきは時代に逆行する「再規制 (re-regulation)」への道ではない。それは、市場の効率性と安定性を同時に高めることのできる、「次世代規制 (post-regulation)」とでも呼びうる、規制再構築(リストラクチュアリング)への道である。

                               以上

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 【参考文献リスト】

 ・本文中で引用したもの(引用順)

  *1「新版:わが国の金融制度」

   日本銀行金融研究所 1995

 *2Bank Runs,Deposit Insurance, and Liquidity

   Diamond,D.W. and Dybvig,P.H. Journal of Political Economy,91(3)

 *3「金融規制(『金融理論と制度改革』所収)

   筒井義郎 有斐閣(貝塚啓明+池尾和人編) 1992

 *4「日本の金融界」

   呉文二 東洋経済新報社 1981

 *5「日本の金融市場と組織−金融のミクロ経済学−」

   池尾和人 東洋経済新報社 1985

 *6「日本経済と金融規制 (『講座・公的規制と産業5【金融】』所収)

   堀内昭義  NTT出版(堀内昭義編) 1994

 *7「変貌する環境下での金融システムの安定性(『金融研究13-1』所収)」

   日本銀行 日本銀行金融研究所 1994

 *8「日本型金融の歴史的構造」

   伊藤修 東京大学出版会 1995

 *9 Recent Changes in the Financial Systems of Asian and Pacific

  Countries

Jeffrey A. Frankel "Financial Stability in a Changing Environment"

 *10Comment for Dr.Frankel

Robert T. Parry "Financial Stability in a Changing Environment"

  c.f. "Financial Stability in a Changing Environment"

  Edited by K.Sawamoto,Z.Nakajima and H.Taguchi

    St.Martin's Press 1995

 ・その他、主に参考にしたもの(著者五〇音順)

   「銀行リスクと規制の経済学−新しい銀行論の試み−」

    池尾和人 東洋経済新報社 1990

   「転換期の金融行政(『講座・公的規制と産業5(金融)』所収)

    植田和男  NTT出版(堀内昭義編) 1994

   「金融理論と決済システム(『金融理論と制度改革』所収)

     折谷吉治 有斐閣(貝塚啓明+池尾和人編) 1992 

   「アメリカの金融規制再編の歴史的分析」

     渋谷博史 証券経済No.191 1995

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永田 貴洋 (長銀証券債券部)

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