ゼロインフレは中央銀行が目指すべき最終目標か? その3

19961020

大和投資顧問 河野龍太郎

 前回は「インフレのコスト(問題点)」について考えた。そこでの結論は、「アメリカなど先進国が戦後経験した程度のインフレ率であれば、経済活動にはほとんど無害である」というものであった。ある経済政策が実行されるかどうかは、その政策のもたらす経済的便益が経済的費用を上回っているかどうかが判断基準となる。(もちろん、経済的な損得だけで、経済政策が行われるとは限らない。)「インフレのコスト」は小さいと述べたが、これはインフレ抑制政策を行うことによって得られる「メリット」がそれほど大きくないことを意味する。それでは、「インフレ抑制のコスト」はどの程度であろうか。

 インフレ抑制には景気後退が必要

 インフレ率を低下させるにはどうすればよいだろうか。話は簡単である。労働者が賃上げを我慢し、企業が価格引き上げをあきらめるようにすればよい。景気が過熱する前に、景気を減速させるのである。すでにインフレが進行し始めているのであれば、国内生産を低下させ、高失業状態を作り出せばよい。つまり、景気後退を引き起こす。残念ながら、マジックはない。インフレ抑制には、大きな痛みを伴うのだ。ポール・ボルカー率いる連邦準備制度は80年に12%あったコア・インフレ率を86年には4%まで低下させた。インフレへの輝かしい勝利のおかげで、ボルカー氏の中央銀行家としての評価は今でも高い。しかし、彼は特別な政策を採ったわけではなかった。金利を引き上げ、景気後退を引き起こして、インフレを低下させたのだ。アメリカ経済に、戦後最大の景気後退が訪れた。やはりマジックはなかったのである。ボルカー氏を連銀議長に据えたカーター大統領は、そのあおりを食ってか、80年の大統領選で敗北した。

 犠牲比率 きわめて大きなインフレ抑制のコスト

 マクロ経済学の基本用語の一つに、「犠牲比率」と言うものがある。これは、インフレ率を1%ポイント低下させるために、国内生産(名目GDP)を潜在産出量からどの程度引き下げる必要があるかを示している。多くの実証分析によれば、標準的にはアメリカの犠牲比率は4〜5とされている。つまり、インフレを1%ポイント引き下げるために、GDPを4〜5%ポイント犠牲にしなければいけない。実際に、80年から86年までの7年間に、潜在名目GDPと実際の名目GDPは年平均で約3%の差があった。単純な計算をしても、インフレ率の8%ポイント引き下げのために、名目GDPの21%(=3%X7)を犠牲にしたことになる。先に挙げた犠牲比率がそのまま当てはまらないのは、外生的要因(オイルショック)によって物価上昇が引き起こされていたことも関係している。

 名目GDP20%の損失は莫大である。現在のGDP水準では1兆ドルをゆうに超えるが、1兆ドルのコストをかけて行われた経済政策は他に見あたらない。このような政策が超党派的に支持されたこと自体が不思議である。グリーンスパン連銀議長をはじめ連銀の政策メンバーが「インフレを容認するとその後のコストが大きい」とよく表現する。しかし、正確にはインフレそのもののコストが大きいのではなく、インフレを抑制するコストが非常に大きくなると言っているのである。

 前回説明したように、保守派も「インフレのコストそのものは非常に小さい」と認めている。にもかかわらず、莫大なコストを払ってまでインフレとの戦いを続け、ゼロインフレを達成しようとする政策当局者が多いのはなぜだろうか。


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