今後の銀行経営組織のあり方-金融持株会社論議を踏まえて-

第46回全国銀行協会連合会懸賞論文

 

 要旨

 

 金融持株会社の解禁をめぐる議論が活発化している。1111日に橋本総理が指示した「金融分野の抜本改革」の中にも検討課題として折り込まれた。金融界が現在の停滞から脱出するための切り札として期待されている。

 しかし「画期的」ともいわれた「金融制度改革法」が施行されてわずか数年しか経ていない今、なぜ持株会社の解禁が必要なのだろうか。この解禁によって銀行組織はどのように変化し、どのような恩恵を享受するのか。そのために必要な条件は何か。本稿ではこれらの問題を考慮しながら、金融持株会社制度がもっている「ミクロ(金融機関経営)とマクロ(国民経済)両面における効率性向上」の可能性について主張を展開する。

 結論として、「金融持株会社は、環境の変化に対応し、経営の自由度や柔軟性を高める上で有効な企業形態であり、ミクロとマクロ両面の効率性向上に資する」とした上で、「持株会社制度は魔法の杖ではない。効率性の発揮はその運用方法に依存する」という認識を示す。以下、各章の内容を簡単に記す。

 第T章では、これまでの金融持株会社制度の論議を、金融制度改革の流れに沿って概観する。業務分野改革の背景と金融制度改革法の成立過程を踏まえ、金融持株会社制度についてのこれまでの評価を整理する。

 第U章では、金融持株会社制度の意義について、近年特に重要となってきたポイントを挙げ、今後の銀行組織経営にとって有効な制度であるという評価を提示する。まず、金融制度改革法で採用された「業態別子会社方式」との比較をまとめる。続いて、社会的に高まる「システムと業務の効率化」の要請に対し、金融持株制度は「経営資源の効率的な再配分」を行うことで対応可能であると主張する。また、注目が集まっている「金融再編成の手段」としての特徴についても言及する。

 第V章では、金融持株会社制度がもつ効率性向上という可能性は、単にその制度の採用のみでは享受できないと述べる。効率性向上の条件として、金融機関経営における努力(総花的経営の排除等)と政府当局の努力(適切な規制と市場の整備)が求められると主張する。

(要旨以上)

目次

はじめに

第T章 金融制度改革と金融持株会社

a)業務分野改革の背景

b)金融制度改革論議における持株会社制度

@.金融制度改革法の成立過程

A.金融持株会社制度への評価

c)独占禁止法改正への機運

第U章 金融持株会社制度導入の新しい意義

a)業態別子会社方式との比較

b)経営資源の効率的な再配分

@.高まる効率化への要請

A.青木(1995)による位置づけ

c)金融再編成の手段

第V章 金融持株会社制度による効率化の条件

a)問われる経営手腕 −金融機関の努力−

@.許されない総花的経営

A.金融持株会社のモニタリング

b)適切な規制と市場の整備 ー政府の努力ー

@.商品開発の原則自由化

A.効率的な資本市場育成

c)まとめ〜持株会社制度による効率性の向上

参考文献リスト 添付

 

はじめに

 金融持株会社の解禁を巡る議論が活発化している。1111日に橋本総理が指示した「金融分野の抜本改革」の中にも検討課題として折り込まれた。金融界が停滞から脱出するための切り札として期待されている。

 しかし「画期的」と言われた「金融制度改革法」が施行されてわずか数年しか経ていない今、なぜ持株会社制度の解禁が必要なのだろうか。また、この解禁によって、銀行組織はどのように変化し、どのようなメリットを享受するのだろうか。

 この論文では、金融持株会社制度が「効率的」な金融機関経営と金融システムをもたらすとの視点から、上の問いへの回答を試みる。その際、単なる解禁ではメリットは享受できず、「金融機関」と「行政」の両面において、相当の改善が必要となることを主張する。また同時に金融再編成の手段としての特徴についても言及する。

 

第T章 金融制度改革と金融持株会社

 金融持株会社制度は、これまで主に業務分野の自由化をめぐる金融制度改革(以下、業務分野改革とよぶ)の中で議論されてきた。この第T章では、まず金融制度改革の背景を概観する。続いて金融制度改革法の成立までの議論をたどり、その中から金融持株会社制度への評価を確認する。最後に、最近の独占禁止法改正に向けての動きにおける、金融持株会社に関する議論をサーベイする。 

a)業務分野改革の背景

 専門性・分業制に特徴づけられる日本の金融制度は、終戦後の時代にその基本的な枠組みが成立した。経済各分野における膨大な資金需要に対して貯蓄等の資金供給が不足し、金融・資本市場が未発達であった当時に適合したシステムであった。

 しかし、2度の石油危機を契機に日本経済の構造変化が顕在化し、その後の安定成長期において、資金余剰が基調をなしてきた。業務分野改革の先鞭をつけた金融制度調査会は「このような状況において、金融機関の業務範囲を縦割りに厳しく区分けすることの意義は薄れてきたといわざるを得ない」と位置づけた。ここでは業務分野改革の背景になったポイントを次の3点でまとめる。

@.資金提供者の多様なニーズ

 所得水準の向上や高い貯蓄性向に加え、折からの高齢化の進行が伴って、日本国民の金融資産の蓄積が急速に進んでいた。

 金融資産の蓄積に伴い、銀行は、主力商品である預金という金融商品だけでは個人の運用ニーズを満たすことが難しくなってきていた。各専門機関に対し取扱商品の範囲を制限する制度の下では、利用者のニーズに合わせて商品を開発しようとしても、制度や慣行によって制約されるという状況が散見された。

A.調達の直接金融化・証券化

 証券形態での資金調達が、特に大企業において活発になってきていた。また財務管理を中心とした信託や、金融新商品(デリバティブズ)に対するニーズも高まってきていた。これは資金の仲介者である金融機関に多様な商品・サービスの提供を促す動きであり、それを容易にする金融制度の構築が急がれていた。 

B.金融技術の革新と国際化

 これまでは、業態の枠組みの中、一つ一つの金融商品が個別に独立していたが、金融技術の進展にともない、商品やサービスが利用者の利便に併せて生み出される状況も生じてきた。また情報技術の発達により、国際市場の一体化が進んだ。金融制度をこのような金融技術革新や国際的なルールに対応する必要が生じていた。

b)金融制度改革論議における持株会社制度

@.金融制度改革法の成立過程

 以上の背景を受けて業務分野改革の機運が高まったことから、大蔵大臣の諮問機関である金融制度調査会において議論が開始され、業態間の業務の乗り入れの方法が検討されはじめた。

 この議論の中、「金融持株会社制度」という概念が一般化したのは、87年に発足した金融制度調査会(金制調)の金融制度第二委員会が、89年に中間報告「専門金融機関制度の見直し」を発表した時点である。この報告は、今後採用されるべき制度の候補として、@相互乗り入れ、A業態別子会社、B特例法、C持株会社、Dユニバーサルバンク、以上5つの方式を具体的に提示したという点で画期的といえる。

 その後、制度改革の議論は急速に進んだ。90年に、5方式のうち子会社方式を基本とする決定を下して同委員会は解消、金制調は制度問題専門委員会などで検討を続けた後、92年1月に証券取引審議会とともに最終報告を提出した。大蔵省は92年3月に金融制度改革法案を通常国会に提出、審議ののち6月に可決・成立した。

A.金融持株会社制度への評価

 一連の議論の中で、持株会社方式は次の2点において高く評価されていた。一つは、商品やサービスの幅について、「家計や企業に対し、広い範囲のサービスを持株会社傘下のグループ全体として提供することが可能になる」点。もう一つは、利益相反の防止や健全性維持について、「複数の関係会社が持株会社を介して水平の関係、いわば兄弟会社の関係になるので、各業態別会社の直接的影響が遮断され、(利益相反の防止や経営の健全性維持のために)最も優れている(*1)」点である。

 このように機能的には高く評価されたのであるが、最終的には「業態別子会社方式」が採用され、持株会社方式は却下された。報告書ではこの理由について「戦前の財閥形態のような金融資本による産業支配を防止すべきであるという歴史的教訓を重く受け止めるべき」であり、また「持株会社を禁止する独占禁止法9条は産業全体の問題であり、金融制度の側からその改正を求めることは適当といえない(*1)」としている。

c)独占禁止法改正への機運

 バブル崩壊以降低迷を続ける日本経済の活性化のために、一層の規制緩和が政府主導で進められる状況となった。具体的な見直し項目の一つとして、持株会社禁止を定めた独占禁止法第9条が に上がった。それに伴い、この第9条が となって不採用となった「金融持株会社」の可能性も再び脚光を浴びる形となった。この一連の経過を概観する。

 953月に、総理指示による「規制緩和推進5カ年計画」が発表され、 持株会社規制の見直しが正式に検討項目にあがった。また、それに先立って通産省および経団連系の企業法制研究会が「純粋持株会社規制及び大規模会社の株式保有規制の見直しの提言」を行っている。

 「5カ年計画」を受けて、公正取引委員会は「独占禁止法第4章改正問題研究会」を発足させた。9512月の中間報告書(*2)において、「金融業の相互参入方式として持株会社形態をとることは、ファイアウォール規制、リスク遮断等の観点から一定の合理性があるとされている」とした上で、「異なる業態の金融会社の間で新規に相互参入が進展することによりそれぞれの市場における競争の活発化が期待され、競争政策上も積極的に評価できる」と言及した。これにより、金融持株会社制度は実現に向けて大きく一歩を踏み出した。

 また、橋本首相は1111日、蔵相・法相に対して金融システム改革に取り組むよう指示を出した。この中に、金融持株会社制度の導入が検討課題として折り込まれた。また金融制度調査会も、958月に設置された金融制度活性化委員会において、金融持株会社の解禁を検討を続けている。

 

第U章 金融持株会社制度導入の新しい意義

 しかし「画期的」であったはずの「金融制度改革法」が施行されてわずか数年しか経ていない現在、なぜ独占禁止法の改正を行ってまで持株会社制度の解禁が必要なのだろうか。

 この第U章では、前回の制度改革論議以降に特に重要になってきた金融持株会社制度の意義を挙げ、これからの銀行経営組織にとって有効な制度であることを主張する。

a)業態別子会社方式との比較

 はじめに、金融制度改革法で採用された「業態別子会社方式」との比較を行ってみたい。藤原(1996 *3)の整理を基本にしながら、以下の4点にまとめた。

1.複雑すぎる構成

 各業態の親会社がそれぞれ他の業態の子会社を傘下に持つことにより、類型の数が多くなる。規制・監督・検査等は各業態ごとに親子双方に行われるので、その体系は錯綜を極める。持株会社方式では、各業態は一段階の子会社に統一されるので、構成や規制は簡明となる。

 

2.難しいファイア・ウォールの実効性確保

 上下の関係では実効性の確保が困難である。親子会社を支配・従属の関係としている商法の規定とも矛盾する。

3.銀行基本機能の安全性の確保が困難

 相対的にリスクの大きな業務を行っている証券会社と銀行が親子関係になると、決済機能等の銀行基本機能の安全性の確保が困難となる。

4.人事管理の硬直化

 業態別子会社の従業員はほとんどが親会社からの出向者であり、参入した業態にふさわしい形で処遇できない。年報契約制、業績に応じた報酬、技能に応じた待遇の差別化などが難しい。「子会社軽視」意識が潜在的にあるともいわれている。

b)経営資源の効率的な再配分

@.高まる効率化への要請

 バブル崩壊後の景気低迷と不良債権処理に拘泥されるなか、利用者の側から、また金融機関自身の側からも、金融サービスにおける効率性の追求が一段と重要な課題となってきた。

 従来の業務分野にとどまっていたのでは、顧客のニーズにかなったサービスを提供することが困難となる。その一方、品揃えを豊富にする目的といえども、非効率な組織を維持することは許されない。

 幅広い業務分野の中から得意分野を選択・特化し、効率的な経営を行う必要がある。効率的にサービスを提供するための「経営資源の効率的な再配分」の手段として、金融持株会社方式は有効な方法である。

1.国民経済観点からの効率性

 高齢化とストック化が一層進んでいる。94年末の個人部門の金融資産残高は1,088兆円で過去最高となった(図表参照)。個人金融資産残高の名目国民総生産に対する比率は2.3倍であり、75年末の1.2倍のみならず、前回議論が開始された87年末の2.0倍、金融制度改革法案が成立した92年末の2.1倍に比べても増加している。

 92年の金融制度改革以降、業態別子会社による他業態への参入が実現された。ところが、取り扱える商品の範囲は限定されており、依然としてそのニーズには十分対応できていない。

 国民の金融ニーズは、より豊富で洗練されたメニューを望んでおり、またその効率的な資金運用を望んでいる。資産の蓄積が進んでいる中、その非効率な運用は国民経済的また社会的な観点から見て好ましいことではない。  

2.私企業としての効率性

 利益を追求する私企業として、高い収益を上げることがこれまで以上に求められている。これまでの護送船団体系下では一種のマークアップ方式で決定されていた利潤が、自由化の下では優勝劣敗に晒される。BIS規制などの規制の下では、これまでのような資産の量的拡大ではなく、効率的な資産(および資本)の運用こそが望まれる。

A.青木(1995)による位置づけ

 持株会社制の下では、経営資源の再配分が効率的に行われるという点について、青木(1995 *4)の主張を見てみよう。

 まず、青木は業態別子会社方式導入の経緯について、「中途半端なものであったという批判を免れえないであろう」とする。「企業の銀行からの自立化が進み、証券発行が優良企業の長期資金調達の主流となると、銀行業と証券業とは、同じ土俵の上で競争することによって進化的な選択淘汰を受けることが望ましい」と主張している。

 持株会社形態の導入によって、親会社(本社に統合された事業部門)と子会社(業態別子会社事業部門)との間にある差別的区別は解消される。しかしそれ以上に重要なのは、新しい環境に応じて経営資源を進化的かつ効率的に再配分することができる点である。

 技術革新や市場開発の速度が速くなると、業際的な企業間連携や会社資産の買収・売却が会社戦略の策定にとって重要となってくる。そうすると、戦略的決定を担当する者は経常的な事業からある程度の距離を持って思考する必要が強まる。銀行本体の中にグループ全体の戦略決定部門が含まれている場合、その距離の維持は容易ではない。

 「銀行による証券の子会社化は、証券業の発展をあくまでも従のものとしてとどめようというインセンティブを、銀行本体に生み出すことになるであろう」と青木が述べている通り、本業に固執するあまり、長期的に見て利用者のニーズへの対応を誤る可能性は否定できない。これはシステム全体の効率性から見ても望ましくない姿である。ただし、これまでの金融制度改革は、業態相互に大きな変化を及ぼさないことを旨とし、漸進的(Gradual Approach)に進められたという点について、考慮しなければならないだろう。

c)金融再編成の手段

 この他、金融持株会社制度は、金融再編成の手段としても有用である点がクローズアップされてきた。前出の公正取引委員会「独占禁止法第4章改正問題研究会」は、その中間報告の中で「一定の場合には、破綻金融機関の救済の方法として持株会社を利用することも考えられる」とした。また破綻救済だけでなく、前向きの金融再編成にも同様に有効と見られる。

 現在、「金融機関合併転換法」によって異業種間の合併が可能となっている。しかし、合併による金融再編成には限界があるとの見方も強く、これを回避する手段として持株会社という手段が注目されている。具体的にそのメリットを整理してみよう。

1.対等合併指向

 日本においては、「吸収合併される」側の抵抗が強いと言われる。このため、業容が似通った金融機関による対等組み合わせが比較的多かったが、規模の拡大によるメリットは少なくなりつつある。金融持株会社方式であれば、規模の異なる金融機関でも結合が可能である。

 また従業員給料についても上位への統合となるケースが多く、かえってコストアップとなるといわれる。

2.個別金融機関の特性維持

 今後は、規模拡大型よりも機能補完型の再編が多くなると見られるが、異業種の場合には合併によってその専門性がスポイルされてしまう可能性が高い。地元に築きあげたブランドも生かすことができる。また人事を始め、特定の業態機能に適したコーポレート・カルチャーの維持と醸成に資する。

3.時間をかけた統合が可能

 合併までの過渡的形態として利用することが可能となる。性急な合併交渉を避けることができる。日本ではトップダウン式の決定よりも、各部門の合意が好まれる傾向があるため、そのメリットは大きい。

4.超巨大化による経営効率の低下

 経済学的にも、巨大組織には 非効率と呼ばれる非効率が生じると言われている。シナジー効果をこの非効率のコストが上回る可能性も少なくない。

 

第V章 金融持株会社制度による効率化の条件

 このように、メリットの多い金融持株会社であるが、その導入によってその恩恵を享受できるのであろうか。この第3章では、金融持株会社のメリットを最大限に発揮するために必要な条件について論述する。

a)問われる経営手腕 −金融機関の努力− 

@.許されない総花的経営

 持株会社のメリットの一つは、経営資源を機動的に動かせることによる「効率性」にある。第U章b)で述べたように、今後ますます競争が激化する金融市場において、各金融機関はそれぞれ得意分野に経営資源を重点配分し、独自のスキルを磨いて特化しなければならない。競争力の低い金融機関は、その存在意義を失うことは間違いない。

 そのため、第U章c)で述べた「(救済型)金融再編成」の手段としての持株会社も、コスト観念を厳しく持ち合わせた上で利用されなければその意味を持たない。「持株会社は事業再編の受け皿となる」としばしば主張されるが、むしろ「皿に受けた」その後の運用が問題となる。

 企業経営者は提供できるサービスの充実させると同時に、得意とするサービスに機動的な形で特化させていかなければならない。これは既述の通りである。しかし、これは裏返して見れば、「不得意分野からの撤退」に他ならない。持株会社制はこの点において優れた方式であるのだが、日本の場合特に撤退に対する抵抗が強いため、本当の経営手腕が問われるのはこの「機動的な撤退」であろう。

 金融持株会社を導入したとしても、単純に他企業(他業態)を傘下に加えたり、これまでの組織を分解したりするだけでは、当然そのメリットは得られない。総花的な経営は許されない。重要なのは、その運用である。

A.金融持株会社のモニタリング

 また、金融持株会社のモニタリング(ガバナンス)を誰が行うかという問題が生じる。公正取引委員会は財閥の復活とはいわないまでも、金融系列の強化とそうした可能性に対する外国の批判を憂慮しているという(青木1995 *4)

 これについては、戦前の財閥が十分な情報開示しか行わなかったことの反省に立ち、積極的なディスクローズを行うことによって対応していく努力が最低限求められよう。また現在の市場を鑑みると、積極的なディスクロージャーは、結局のところリスクプレミアムの低下を通じて自ら(あるいは自らのグループ)の資金調達コストの低減につながるというメリットにもつながると思われる。

b)適切な規制と市場の整備 ー政府の努力ー

 個別金融機関が効率的な経営を行うだけでは、そのメリットは十分に発揮できない。それと同様に、またそれ以上に重要なのはシステム全体の効率性である。自らが不得意な分野を他に委ねることができる、いわゆる「システム全体としての補完性」が確保されている状況において、金融持株会社制度は最大限に活かされると考えられる。

 「分業の高度化」を目標とした規制の制定と市場環境の整備を、システムの効率化という視点から行う努力が、政策当局に求められる。ここでは具体的に次の2点を指摘したい。 

@.商品開発の原則自由化

 得意分野に業務を絞り込んでいった場合、特化に伴うリスクが生じてしまう。しかし、デリバティブなどを利用すれば比較的簡単にポートフォリオの分散が可能となって、そのリスクを軽減することが容易になってきたと思われる。

 Merton(1995 *5)の挙げた例で考えたい。債券の運用にのみ優れたノウハウを持つ銀行に対し、年金基金が株式運用による優れたパフォーマンスを要求したとする。この銀行は運用を辞退すべきであろうか。伝統的には、当然、辞退すべきということになるだろう。

 しかしMertonは、エクイティ・スワップが利用できれば、辞退する必要はないという。この銀行は株式運用を引き受けた上で、債券投資を行い、債券インデックスと株式インデックスの収益を交換するエクイティ・スワップの契約を結べばよいのである。そして、債券投資のノウハウで得た債券インデックス の超過収益をスワップで得られた株式インデックス見合いの収益に上乗せして顧客たる年金基金に支払えばよい。こうしたスワップが可能である場合、銀行は、株式インデックスを上回るパフォーマンスを挙げられる株式運用ノウハウをもっていることと等価であり、ノウハウ不足から株式運用を辞退する必要はないことになる。本来の得意分野に拘わらず、どのような依頼にも答えられる金融機関の出現によって、効率性は高められるであろう。

 しかし、この例えの中に出てくるエクイティ・スワップは欧米では普及しているが、日本では少なくとも法的には認められていない。翁(1996 *7)は、「(こうした状態は)新しい金融技術が普及していく中で、金融システムの効率性を著しく阻害する結果となる可能性がある」と述べている。システム全体の効率性と個別金融機関の収益性の向上のためには、業務分野の開放と平行して、原則的に自由な商品の開発を認める政策が望まれる。

A.効率的な資本市場育成

 革新的な商品開発を促すような市場の整備・育成も必要である。Bryan(1988 *7)は、金融持株会社制の下では、これまでの銀行業務をも分解し、その中でさらに得意な分野へ注力することによって一段の効率化を図ることも容易になるとした上で、これまでの銀行の機能を分解、再構築する手段が主要な手段として、証券化信用(Securitized credit)がある述べた。このような証券化の動きを認めたとしても、その流通市場が整備されていなければ、効率性はスポイルされてしまう。透明で効率的な資本市場を育成することも、金融持株会社導入による効率化の観点からは看過できない点であろう。

c)まとめ〜持株会社制度による効率性の向上

 金融持株会社は、金融機関が環境の変化に対応し、経営の自由度・柔軟性を高める上で有効な企業形態である。独占禁止法の改正によって、この制度が解禁された折には、少なからぬ金融機関に採用されることであろう。業界の再編と活性化が大きく進行することは間違いない。

 しかし、持株会社制度は魔法の杖ではない。単に制度を導入し、これまでの組織や吸収した企業を水平的にならべただけでは、「効率性の向上」という、持株会社制度の本当のメリットを享受することはできない。

@これまでの本業に対する固執を捨てること。A効率性と収益性の観点から、経営資源を機動的かつ戦略的に各子会社に配置・投入すること。B痛みを恐れず、不得意分野からの撤退を実行すること。これが金融持株会社の経営者に求められる不可欠の条件となる。

 一方、持株会社制度のメリット享受のためには、政策当局にも努力が求められる。効率的な経営に欠かすことのできない「システム全体の補完性」を確保するため、適切な規制体系の整備と健全な資本市場の育成に努めることが強く望まれる。               

(以上)

 参考文献リスト

 

・本文中で引用したもの(引用順)

*1「新しい金融制度について」

  金制調金融制度第二委員会中間報告 1995

*2「中間報告書−独占禁止法第4章改正問題研究会−」

  公正取引委員会 1995

*3「金融持株会社について−業務多角化と業界再編成の枠組み−」

  藤原 英郎 国府台経済研究 第8巻第1号 1996

*4「経済システムの進化と多元性−比較制度分析序説−」

  青木 昌彦 東洋経済新報社 1995

*5 Financial innovation and the management and regulation of financial institutions

 Merton, R. ”Journal of Banking & Finance, No.19” 1995

*6「金融システムの再構築に向けて」

  翁 邦雄  日本銀行金融研究所 Discussion Paper 96-J-9 1996

*7 Breaking Up the Bank -Rethinking an Industry under Siege-

  Bryan, L.L. Dow Jones-Irwin 1988

 

・その他、主に参考にしたもの(著者五〇音順)

 「経済システムの比較制度分析」

  青木 昌彦、奥野 正寛(編著) 東京大学出版会 1996

 「銀行の経営革新」

  岩村 充 東洋経済新報社 1995 

 「金融理論と制度改革」

  貝塚 啓明、池尾 和人:編  有斐閣  1992

 「企業組織の新潮流−急がれる持株会社規制の見直し−」

  通商産業省産業政策局 編  通商産業調査会出版部 1995

 「金融持株会社導入の意義と課題」

  早瀬 保行  さくら総合研究所調査報告 1996

 


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