<第7回鍋物コンテスト(予想外に準優勝) -Cyberchat>

 1997年から毎年ずっとやっている全日本鍋物研究会の第7回大会(2003年大会)が新宿西口の東京ガス・ショールームで開催され、我がチームは予想外の好成績で1票差の2位でした。ははは。

全予定終了後の全員写真  2000年に優勝して、その後はビリ、5位などまあ良きところを巡航。今年も「参加することに意義あり」と気楽に企画し、女性陣(松崎さん、木村さん)が発想して出たのですが、あにはからんや予想外に人気が高くて、1位の25票に対して24票の単独2位。「優勝など狙わずに、淡々と鍋を作ったのが良かったのね....」とか言って、1位よりたくさんの賞を頂きました。tks

 どんな鍋かと....。鶏ガラスープ、牛乳、エバーミルク、それに白菜でしばらく煮込みます。煮込んだところで牡蠣をかなりしっかり入れ、ほうれん草も同時に入れて、またしばらく煮て、塩こしょう、そしてチーズなど。はいできあがり。名前は「チチ鍋」としました。いい名前でしょ。参加は11チーム(1チーム4〜5人)と多かったのですが、その中で真っ先に出来た。私の担当は、白菜の刻み(というかかなり大きい)でした。

 優勝はどこだったかな、なんとかドットコム・チームで例によって「鍋」の書が賞。ところが、2位の我々は東京ガスの「東京ガス賞」(専門家が見てもっとも美味しい鍋.....)というのを頂いて、これがすごかった。Conranのお皿セット2枚4組。それに表彰状。今回の大会は、女性の出場が多かったな。私も泉チームを誘って、これが美女4人、内藤君も中尾チームを誘って、これも美女4人。

 でもねはっきり言ってトップにもなれたんですよ。チームメンバーの内藤君は、自分たちのチームと優勝チームを票に入れていた。彼がもし他のチームに入れていたら...。かつ我がチームの見学人が一人こなかった。うーん、彼女がきていれば。

 しかし、もう7回も続くと毎年この大会でしか会えない人に会うのが楽しみになるんですよ。「継続は力」ともいいますが、「継続は楽しみ」でもあるんですな。来年も続けたい。11チームの全タイトルとレシピーは全日本鍋物研究会のホームページに載るでしょう。我がチームにはもうレシピを求めて一人の方がいらっしゃいましたが。

 我々の次の優勝目標について私は、チーム代表として「初優勝が20世紀最後の年だったので、次は21世紀最後の年、2100年の予定」と。ははは。それから、近く日本経済新聞から研究会の成果として「鍋物辞典」が出版される可能性が極めて強くなった....とのことです。私も一章くらい書く予定。大会幹事の辻さん、ゆうりいさん、ご苦労様。
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 第6回鍋物コンテスト(2002年)

 (2002年1月26日)久しぶりに諏訪にも行かずに東京にいますが、寒いですな。まあ大寒が過ぎた直後ですから、寒いのは当然。寒いと鍋ということで、土曜日は第六回鍋物コンテスト。ここ3年くらい毎年やっている新宿健康作り推進センターで。

 正直、今年はあちこちに行っていて私は全く鍋作りに参加できなかった。構想の段階では。ですから、現場ではなるべく蝦の皮むきなどをしたのですが、途中で指の先を切ってしまってその後は水のからまない仕事しかできなくなった。情けない。今回の鍋を発想したのは内藤君ですが、二人のお姉さまが当然ながら完成させた。

 2000年の鍋大会で優勝してからは、あまり優勝せねばという気持ちはなくなって、今年は3位か4位。まあいいかな、という感じ。去年は最下位だったと思った。

 だいたいが作った人が自ら2票をもって投票するという内部投票システムですから、最初から複雑系の投票行動となる。つまり、どこかが非常にうまい鍋を作ったとする。そうすると、その鍋が優勝する可能性が強くなるのですが、投票者は自らも鍋を作っている人間ですから、自然と強い鍋を回避する投票行動を行いがち。

 つまり、投票といっても全員利害関係を持つ人間ですから、純粋な「おいしい鍋への投票」ではなくなる。今年も誰もが失敗で、作った本人達も失敗と思っている鍋がかなりの投票を集めた。「あそこなら入れても大丈夫」という投票行動の集積。本当にうまい鍋はどれか、ということを選べる投票パターンが良いのですが、そうはなっていない。

 まあ、そんなことはわかっているのですが、最近思うのは年のこの時期に一年に一度しか会わない人にあうことの楽しさです。これがあるから、行っている。あとは、どんな鍋が発想されるかです。

 ところで、このセンターは今年いっぱいで閉鎖されるようです。東京都のリストラの一環で。その後は何ができるのか知りませんが。二つのグループが新規参加してくれたことが嬉しいですな。名塚・平子・みずほ軍団チームと、内藤君の友達チーム。2チームとも成績はあまり良くなかった。「来年を期す」ということで、楽しみです。
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 第5回鍋物コンテスト(2001年)

 第五回鍋物コンテストは、過去2回と同様に新宿歌舞伎町裏のハイジア4階の東京都健康づくり推進センターで2月4日に実施。今年は直前の天童に注力しすぎてちょっと中だるみ的雰囲気もあって7組と少ない参戦。しかし、天童市から開催に際しての祝電を頂く中で行われました。

 思うのは参加者が毎年平均一才ずつ年を取っていくせいか、「あっさり系」の鍋が増えていること。センターの責任者の人も鍋を選ぶ基準について、「コレステロールが少ない....」とか何とか言っていた。第5回鍋コンテスト終了後の全員写真

 昨年は見事優勝の我々でしたが、今年は「連覇阻止」に向ける参加諸鍋の奮迅と、投票における心理作用もあって、はるか着外と消えました。ははは、なんとビリ。鍋アラおいしという名前は冗談のような鍋ですが、ちゃんと鯛の頭をアラとして使った美味しい鍋だったのですが、ちょっとあぶらっぽかったかな。

 私は美味しかったので自分のところの鍋を一番食べたのですが、どうも票の集まりは良くなかった。まあ、過去に連覇はもちろん、二回優勝したチームもないのですから、そんなもんでしょう。おもしろいですね。結構皆が「あの鍋が行けるかもしれない....」と思った鍋には票が伸びないケースもある。

 これは作っている人自身が票を持つという特殊な投票方法による。つまり、自分の鍋ともう一つを投票するのですが、心理的には「有力な鍋への投票集中を避けよう」という力学が働く。私は自分達の鍋以外では今泉チームのチーズをベースにした鍋が美味しくて「行くかもしれない」と思ったのですが、こちらは票が伸び悩んだ。

 優勝した「玉庭鴨なべ」は鴨肉をミンチしてワンタンのようにして鍋に入れて煮込んだもので、確かに美味しかった。鍋研の女将の辻さんや、若手メンバーの代表格である石田さんのチームだったので、皆納得という感じ。ははは、今年の優勝鍋はまた来年天童に行くんでしょうね.....。今度は私は行ったとしても手伝いというわけです。辻さん、ご苦労様<^!^>。

 なお、鍋研の山形県天童参戦に関しては、このサイトにまとまっています。
ycaster 2003/01/13)



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