2006年07月31日(月曜日)

 (06:23)そうそうこれは驚いたのですが、6日に投票日を迎える長野県知事選は、予想外に69才の村井仁さんの陣営が頑張っているようで、どうやら「田中康夫知事に対する県民の批判の高まり」が浮き彫りになる選挙となりそうです。

 昨日当たりから新聞各社の選挙予想が出始めているのですが、昨日、一昨日と諏訪に居て、古い友人達と何かと話題になる県知事選の話をしたり、聞いたり、自分でも感触を探っていると、男性の間には田中康夫に対する嫌悪感が非常に強い。また私が4年前の田中再選の時にかなりの数の人に聞いたときには「まだ期間が短いので、もう一回やらせたい」と圧倒的に田中再選を支持していて女性は、依然として潜在的支持(村井さんよりはという意味も含めて)が多いものの、批判に回る人が増えている。

 反田中派の人々がこの週末に口々に言っていたのは、「もっと若い候補を出していれば、絶対勝てた」ということのようです。選挙序盤の情勢だと「田中、圧倒的に有利」だった。それで県内の若手が出馬を相次いで辞退したという状況だそうです。そして最後に「対抗馬」として残ったのは、以前国家公安委員長を務めたこともある村井仁さん。同氏の一番の問題点は年齢。半分冗談で、「むらいじん」がどうしても「むらいじいさん」に聞こえてしまうことが大きい、と言っていた人もいた。

 他の候補者を模索する動きもあったが、序盤に「田中は強い」と結論づけてしまった為に、若手は出てこなかった。「他の陣営は、情勢判断を誤った」というのが一般的な見方だった。今朝の朝日新聞のサイト記事も、他の新聞の世論調査でも、「田中、村井激しく競る」となっていて、「劣勢だった挑戦者が、この時期に選挙戦で現職に並んだと言うことは挑戦者の勝ちを意味する」という分析もある。

 4年前に圧倒的に田中康夫に流れた票がなぜこれほど村井に傾こうとしているのか。いくつか要因があるようです。

  1. 理想は理想として、政治の手法に対する関係者の批判が強まっている
  2. 知事は県庁内でも、県議とも市町村長ともガタガタしていて、「もうこれ以上の混乱は結構」という声が強まっている
  3. 信濃毎日新聞の調査では、「今の県政の流れを変える必要があるか」との質問に対して、実に86.7%の人が「必要あり」と答えた
 こうした見方が正しいのかは知りませんが、「田中手法に対する批判」は頷けるところがある。即日開票なのか翌日開票なのか知りませんが、最初は「田中三選」でほぼ決まりと思われていた長野知事選も、どんでん返しがあるかもしれないという状況のようです。


2006年07月30日(日曜日)

 (23:23)蓼科高原でのセミナーを企画してくれた茅野市市役所勤務の竹内君(高校同期)が予定よりかなり早めにホテルに迎えに来てくれたので、もし見ることが出来たらと言うことで、全国的なニュースになった岡谷市小坂の土砂崩れ現場に行ってみました。交通止めだったので、最後は歩いて。

 諏訪湖岸から歩いてもそれほどの距離ではない、中央高速道路の上から下まで土砂が凄い勢いで流れていった後が、生々しく残っていました。写真を何枚か撮りましたが、高速回線でネットに繋がっている方はご覧ください。撮ったままでまだ軽くしてないので重い。回線速度が遅い方は見送った方が良いと思います。ここですが、とにかく生と死とか、被害に会う会わないは紙一重だと思いました。通りが一つ違うだけで何もなかった家と、すべてを失った家があるのです。

 土砂が一番激しく流れ落ちたであろうと思われる場所を見ると、人間の建造物のうち残ったのは実に堅牢に作られている中央高速道路の足下駄のみ。あとは押し流されている。電柱などは惨めにひっくり返っていました。

 これに対して、自然の大木は土砂を含んだ濁流に直面しても、大きな石がぶつかったであろうことから幹に傷は何カ所もついていましたが、しっかりと大地に根を生やしてびくともしていなかった。根を生やした木の強さを、自然の強さを感じました。

 現場に行くと、被害にあったか会わなかったかは、実は数メートルの違いだと分かる。道一本違うと、全く被害に会わなかった家が並んでいる。しかしそこから数メートル歩くと、その一体は上からの土砂に押し流されているという惨状。

 押し流されたり、一階が濁流に流された家を見ると、例え2階が残っているにせよ、その家はもう使えないのではないかと思いました。家に流れ込んだ土には、実にいろいろなものが含まれていて、10日たっても臭いがする。あの臭いがなくなるのには時間がかかりそう。

 救われたのは、大勢の方がシャベルをもって徐々に土の除去を始めていたことでした。リンク先の最初の二つの写真の家に、後の方で人が作業に取りかかっているのが分かると思います。土を取り除いた後に、家を再び建てるのか、それとも引っ越すのか。押し流された家にローンのあった人は、これから大きな負担を背負うことになります。

 岡谷から蓼科高原に向かう際に、霧ヶ峰、車山を通っているビーナスラインを通りましたが、ここも5カ所が崩れていた。道路の上に土が覆い被さってくるのではなく、道路の下が崩れているケースが多い。これは工事に時間がかかるだろうと思いました。下を固めて、再び道路を上に通すのは、なかなか難しい作業です。しかしそれでも、作業がいち早く進められたのか、ビーナスラインそのものは問題なく通行できます。

 市の観光課の課長でもある竹内君が言っていたのは、「水害でも何でも”害”が報じられると、まるで長野県全体が害にあったように思って、観光にも来てもらえないケースがある。これは困る」と。新潟県の山古志村の地震の時もそうでした。メディアが一斉に報道すると、それがあたかもその地域全体が同じような状況だと感じてしまう。しかし岡谷市小坂に行ってみると、実際に水害に遭った家の数は想像よりはるかに少ない。この問題はいつまでも残るでしょう。


2006年07月29日(土曜日)

 (25:23)諏訪に来ています。「nice to be home」って読者からいただいたお煎餅な感じですな。地滑りとクマエリで今は取り上げられることが多い諏訪(岡谷も諏訪の一部です)ですが、それまでは「東洋のスイス」とか「精密工業の諏訪」その前は「製糸の街」とも呼ばれました。でも私は、「祭の街」でもあると思っているのです。

 御柱祭は、次回は平成22年の寅年。7年に一回しか開かれない、非常にダイナミックな祭です。まあ今回は、出身小学校の同窓会に呼ばれて。結構テレビを見たり私のHPを読んでくれている人が多かった。

 感激したのは、写真のような形で読者からいただいたお煎餅ですかね。もったいなくて、食べられない。右の方に私の似顔絵が描かれている。諏訪大社上社の近くの「手焼きせんべい本舗」の作品ですが、お上手です。もうこれは家宝ですよ。ケイタイで夜撮影したのでちょっと写りが悪い。実物はぴかぴかしていて美しい。左の黒い帯には、「絵馬せんべい」と書いてあります。

 日曜日は蓼科に行きます。多分盆地よりもっと涼しい。それが楽しみ。まだ岡谷の水害現場には行っていません。明日の朝時間があるので、ちょっと寄ってみようと思っています。


2006年07月28日(金曜日)

 (25:23)ははは、夏ばて防止を理由に、随園別館で久しぶりに羊肉のしゃぶしゃぶを頂きました。あのたれが得も言えず「夏ばて防止」に役立つのではないか、ということで。

 メンバーを見て場所を決めたという面もある。目原君はこの新宿三丁目に行き着けのバーがあって、彼は二次会はそこに行こうと主張するであろうと予測して、考えたら「随園別館」が近いことを思い出し、それだったら「羊肉だ」と考えたのです。そのバーには予定通り行きました。

 羊の肉は、凍らせなければうまく切れないと聞いた。で、やはり注文してしばらくしてしか出てきませんでした。それだったらこれも久しぶりに、薄い卵焼きを上に乗せた野菜炒めの薄皮包みと水餃子を頂こうと思っていただいたのです。うーん、まだ美味しいのですが、ちょっと昔より味が落ちた気がする。羊肉のしゃぶしゃぶは昔通りの美味しい味でした。

 90年代の半ばには、本当によくここには来ました。どんなに食べても、一人3000円くらい。安いのです。羊肉のしゃぶしゃぶなんて、4人前で10000円ですからね。しかし4人で4人前頼むと食べきれないくらい来る。当時テレビ東京さんの日曜日朝の30分番組をやっていて、それを土曜日の夜に収録していた。

 収録が終わった後は何回もここで食事をしました。我々が駆け込んだのは、従業員さんが固まってまかないを食べ始める頃で、そのまかないをよく食べさせてもらったものです。今でも従業員の何人かは覚えていてくれる。あの店はずっと「おいしく安い店」であって欲しいな。

 ははは、目原君に怒られちゃったな。松井応援サイトに少しは書き込みして下さいよ、と。うーんでもね、松井のいないヤンキースなんて、僕にとってカレーが乗っていないカレーライスのようなものですからね。NHKの中継もめっきり少なくなったし。

 まあでも、8月の中旬から彼は出てきますよ。そしたら彼の試合を見る気がするな。林君とはニューヨークで会って以来で、元気そうでした。


2006年07月26日(水曜日)

 (16:23)大阪から帰ってきてFTを見たら、「BoC acts to freeze N Korean accounts」という記事。BoCは「Bank of China」と分かるから、「ほう、中国が北朝鮮の銀行勘定を凍結か....」と。興味深いニュースですね。

 アメリカがマカオのバンコ・デルタ・アジアの金正日の銀行口座を閉鎖したことが、北朝鮮の最近の動き(ミサイル発射など)の背景になっていることは良く知られている。加えて、中国が数百万ドルに及ぶ北朝鮮勘定を封鎖すれば、それは当然ながら北朝鮮の金融情勢に大きな打撃を与える。

 FTは、「この中国による決定は特に重要である。なぜなら中国は北朝鮮が大混乱になってその東北の国境地帯が混乱状態になる危険性を懸念して、これまでは北朝鮮情勢を不安定にするような措置を回避してきたからである」と指摘しているが、その通りである。この程度のことをしても北朝鮮は混乱しないと思ったのか、そうでなければ混乱してもいいと思ってやったのか。徐々に後者の可能性が高まっていると思う。

 FTの記事によれば、北朝鮮はアメリカのドル紙幣ばかりでなく、人民元紙幣も偽造しているそうで、これも中国の怒りを買った可能性がある。中国は北朝鮮の勘定を、北がミサイルを連射する前から凍結しているという。

 この記事でも改めて思ったのですが、どうも最近また同じような記事が多い日本の新聞ではなく、海外の新聞に目を通す必要が高まっていると思うのですが。
 ――――――――――――――
 この問題に関しては、27日の早朝の日経新聞のサイトには以下の記事があって、FTの報道を確認している。

北朝鮮口座凍結、米政府が確認・中国政府の措置評価

 【ワシントン=小竹洋之】スノー米大統領報道官は26日、中国の国有商業銀行である中国銀行がマカオ特別行政区の支店にある北朝鮮関連の口座を凍結したことを確認し「中国政府の積極的な措置に勇気づけられる」と評価した。ホワイトハウスで記者団に語った。詳細については明言しなかったが、この問題で米政府が公式に事実関係を認めたのは初めて。

 中国銀行の口座凍結は、前米政府高官が訪米した韓国野党議員に明かしていた。凍結額などは明らかになっていない。

 米政府は昨年9月、マカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア」が北朝鮮による米ドル札偽造やマネーロンダリング(資金洗浄)に関与した疑いがあるとして、同行と米金融機関の取引を中止。マカオ当局は同行の北朝鮮関連口座を凍結した。その後、北朝鮮が口座を中国の国有銀行に移したという指摘もある。


2006年07月25日(火曜日)

 (00:23)札幌から移動してきたら、大阪は天神祭のお祭りで、関西テレビの周辺はすごい人出。このお祭りは、知らなかったのですが日本三大祭の一つだそうで、「どうりで人出が多い」と思いながら。

 天神橋の商店街もほとんどが店前店をつくって、客の呼び込みをしている。コンビニまでいろいろなものを売っているのにはちょっと笑いました。祭りのウリは花火のようです。女の子は皆々浴衣を着て。「日本の夏」という風情。私もほんのちらっと見ましたが、明日の朝は団扇が山のように落ちているのだろな....とか思いながら。

 雑踏を避けて、番組後には祭の北を避けて南に向かい、心斎橋の近くの「とうがらし屋」という居酒屋へ。吉富さんの紹介で、村西氏と三人で。何から何にまでとうがらしを使っているというわけではなく、一品一品はよく気が利いていてうまかった。軽く一杯というのに良い店と判断しました。北から行って、御堂筋を下って左側に三井住友銀行があるので、そこを左に入って暫く歩いたところ。最後のうどんが関西風で良かった。

 その後もちょっと面白かった。札幌で大阪勤務が長かった人から教わった店に行ったのです。「ママは宝塚出身」と聞いていたので、年格好からして私がひょっとした縁で知っている女性(宝塚出身)を知っているのではないかな、と思って行ったらやはりそうでした。ははは、またしても「It's a small world」。村西氏とその女性とのつながりも発見。それやこれやで結構話が盛り上がったな。

 大阪に来ているので、「一つ美味しいお好み焼き屋が知りたいと思っているのですが、局の近くの「菊水」というのが安くてうまいらしい。お好み焼きの焼きそばが好きなんですよ。来週か再来週にはと思っているのです。
 ――――――――――――――
 幻冬舎の雑誌「ゲーテ」にデジタル新製品のページを持っているのですが、今回は今週木曜日(27日)発売予定のW-ZERO3 ES。出版社から先週末に実物をもらって使っているのですが、なかなか面白い。誰に見せてもみんな驚く。

 しかしまだ売り出されていない製品を持ち歩くというのは不便だな、とも思う。実は札幌でバッテリーがなくなった。ACアダプターをもらってなかったので、使えなくなった。で考えたのは、大阪駅の近くのヨドバシカメラに行って、一つ古い型のACアダプターで代用しよう、というアイデア。

 店で調べてもらったら、ACアダプターの型番は違うという。しかし普通は一つか二つ違いの型用のACアダプターは共用が可能なので、えいやっと買って使っているのですが、今のところ問題は生じていない。しかし本当はACアダプターも微妙に本体のバージョンに合わせてあるので、それはやらない方が良いということは知っている。まあ、東京に帰るまでの話です。


2006年07月24日(月曜日)

 (00:23)札幌に来て、夏の北海道はええな....と。千歳では雨が降っていましたが、札幌市内に入る頃には晴れになった。本当に久しぶりの晴れ間。一週間ぶりかな。関西も東京もずっと雨空でしたから。空の色が綺麗なんですよ。

 久しぶりに札幌市内を歩きました。夏休みに入ったからでしょう、「観光に来ている.....」と一目で分かる子供連れが多いし、若者も多い。北海道の有効求人倍率は0.67ですから、就職状態はあまり良くないのでしょうが、札幌の中心街を歩いたのではそういう感じはしない。

 札幌は夏場でも昼間の温度は一番上がって25度くらいらしいし、特に湿度が低い。夜などはちょっと肌寒い印象さえ受ける日もあるという。グランドとかケープラとかいろいろあるのですが、今回は初めてアートホテルズという、聞いたときには「何それ」というところに泊まっていますが、なかなかしっかりしている。まだ入っていませんが、天然温泉がわき出ているという。

 火曜日はいつもの通り大阪に行きますが、暑くて湿っぽいだろうな.....と。


2006年07月23日(日曜日)

 (00:23)「中京地区からトヨタに入る人間で、変化を求めて入ってくる人間なんて一人もいない。これを動かすのは容易ではないんですよ....」

 なぜかこの言葉をふっと思い出しました。数年前にトヨタの役員と食事をしているときでした。確か彼はこう言ったと思う。収益力も凄く、世界一が見えてきたトヨタが最近になっていろいろ問題を報じられている。

 その時この役員が、「トヨタには三つ問題がある。株価が上がらない、F1で勝てない、そして急拡大による人材不足」と言っていた。株価は当時の4000円前後から上がった。F1も去年よりは良い。問題は「人材」ですかね。

 ところで、深夜に全英オープンを見ていたら、深堀さんはランクが落ちちゃいましたね。谷原さんが頑張っていますが。うーん、進藤さんの推薦で行った大阪のレストランのご主人が、「進藤さんも1ヶ月行っていると言ってましたよ。その間仕事をなげうって...」というので、気になっていたのですが。そういえば、映像の中に彼女が映っていましたね。

 谷原は−10で、首位のウッヅが−13。エルスが−12。日本の選手は最終日にスコアを落とすケースが多いので、谷原にはちょっと頑張ってもらわねばと思っているのです。しかし、日曜夜10時からの決勝戦はちょっと面白そうですな。


2006年07月22日(土曜日)

 (09:23)みんなでギョッとして、もの凄く驚きました。場が一瞬止まったような。あの有名な方のピンクのネグリジェに包まれて...............

 ははは、昨日は7月16日に放送された「地球特派員」の打ち上げを、新宿の松屋で行いました。インドの打ち上げを韓国でやるというのもおつなものかな、と思って。大勢さんが集まりました。楽しかった。佐藤P、林P、鈴木D、編集の森田さん、諸事万端整えてくれた金さん、翻訳・英語に強い関さん、実力派ならが物静かな江袋さん、お茶目な石田さん、そしてゴールデン街の飲み屋に駆けつけたドヴァルさん。私を入れて10人。一人欠席で残念でしたな。

 まあ松屋はどっぷり韓国、その後移動したゴールデン街はどっぷり日本。そして、インドの農村にまで行ったロケは、どっぷりインド。ははは、昨日は「どっぷり」が三つもあった。そして話は「どっぷり」テレビでした。全員が業界の人ですから。「どっぷり」が四つ。結構濃かった。

 息を飲むというか、歴史の証言というか、もっとも全員が「そりゃ知らなかった」という話は、江袋さんがダブルで我々との前半を終えて午後10時過ぎに帰り、江袋さんのあの北京での衝撃的な映像の話になったときです。私はインド滞在中の6月17日の当コーナーに以下のように書いた。

 夜全員で飯を食べながら、江袋さんの話を聞くことが出来ました。学生が動き出したと聞いて観光ビザで北京に入り、天安門の直ぐ近くのホテルに投宿。あの映像はそのホテルのベランダ(16階)から撮ったというのです。私は今でも覚えているのですが、絵が少しぶれながら映っていた。「遠くから撮っているのかな...」とずっと思っていた。それが確認できた。

 あの戦車は、これから天安門を制圧しに行く戦車ではなく、制圧を終えて撤収する途中の戦車だったそうです。キャプションの付け方によっては、「これから制圧の戦車の前に立つ市民」という構図になるが、「それは違う」と江袋さん。へえ、それは知らなかった。あと彼が持った印象として言っていたのは、「学生は冷静だった。市民が荒れていた」と。やはり目撃証人には話を聞くべきです。

 話し出したのは森田さんです。彼は実によくその辺をよく覚えていた。北京の当局も苛立っているし、カメラを回すにしても「撃たれちゃいかん」というのがまず頭に走ったそうです。だから江袋さんもホテルの16階から撮った。問題は撮った絵をどうやって持ち出すか。当時のテレビ朝日・ニュースステーションの為の作業だった。見つかったら当然没収です。撮った人間も罰せられたかも知れない。

 その時、中国のこと、中国人のことを実によく知っている滞在歴の長い朝日の人が、「中国人は女性のネグリジェなんかはよう手に取れない」と言って、その時は番組の手伝いをしていた、今NHKで「クローズアップ現代」のキャスター・国谷祐子さんに「ネグリジェに包んでテープを持ち出せ」と言ったというのです。そしてその色が「ピンクだった」と森田さん。

 「そうか、国谷さんのピンクのネグリジェがなければ、あの世界的スクープ映像は中国から出てこなかったかも知れない....」と。まあ普段身につけて彼女が持っていっていたものでしょう。表に出てきた歴史の有名事実の裏には、一杯面白い話がある.....と。ははは、衝撃的というか、面白い話でした。

 そんなこんなで、延々と。放送された仕上がりのテープがなぜああいうことになったのか、ということがまず議論の対象。あそこの音が落ちたのは何故か、あそこの私の発言を落としたのは誰か.......。責め合いながら、楽しんでいる。私も10日間もロケしたのは初めてだったから、話していて「おおなるほど」とか、「うーん、許せんな....」なんて話が結構ある。いや冗談も込めてですよ。

 番組の話が済めば、それぞれの話やその奥さんの話です。子供の話はおもろない。ずっとこの業界で来たと思われた人が実は社会人になって5年は鉄鋼メーカーの社員で、上司のお付きで週に2回は当時の銀座に接待で行っていたとか、誰かは実はロックアウトの学校に嫌気をさしてとっとと大学を中退していたとか。加えて、誰々の奥さんは20才年下だとか、5才年上だとか、7才年下だとか、奥さんとはどういう取り決めでお金を管理をしているとか。まあ、延々と。

 金曜日はなんだか私は荷物がいっぱいあって、移動したいという気がしなかったので、結局ゴールデン街の店に4時間以上いて、12時を過ぎたところで眠くなったし私は退出しました。あれで私が荷物がなかったら、絶対その後、その後があったな。ははは。

 今朝になって、「あの人にはこれを聞いておくべきだった」「あの人にはあれ....」とかいっぱいあることに気付いた。森田さんとはもう飲む約束をしたし、本の関係でドヴァルさんにはまだ聞くことが残っているし、アンビリバボなことにインドから帰った後、変な名前の会社に林さんは転職しているし。あの人には食事券を渡しているし.....。昔取った杵柄の人の腕も見たいし...ははは、要するにまた飲みたい.....と。


2006年07月20日(木曜日)

 (25:23)今朝の日経は気持ちよいぐらいの「抜き」ですね。日経新聞が企業モノで抜きをするのは、慣れてます。まあ一種そういう仕組みが出来ている。しかし、この富田メモは、他の新聞やテレビ・ラジオがやっとその日の昼ぐらいになって後追いできた一級品。

 今朝のテレビでも言ったのです、昭和天皇は戦争の経緯や誰がいつどのように振る舞ったのかを一番ご存じの方です。小泉さんは「個人の自由」とおっしゃるが、私はその時その時の昭和天皇が何をお考えになっていたかをもっと知りたいと思いました。今後日経で連載が始まるそうなので、楽しみ。新聞協会賞ものでしょうな。

 夕方のbizpodcastは、番組始まって以来のゲストをお迎えした。ははは、楽しかったな。IBMビジネス・コンサルティング・サービスの金巻龍一さん。やっぱし、人に教えてもらいながら喋りができるというのが良い。岸田さんと喋っているのも楽しいが、情報を聞きながら番組を進められるというのが。確か来週の火曜日がリリース。金巻さんの話を聞いていて、「innovation」の意味の広がりを感じました。お楽しみに。

 北朝鮮が領内での共同事業からの韓国の労働者の引き揚げを要求したり、戦時体制に突入したり。何を考えているのか分からない。戦車を動かすガソリンにさえ事欠く状況ですから、それほど大きな動きは出来ないとは思いますが、通常では考えられない国だけに、何が起きているのか。相変わらずアメリカに金正日口座の凍結解除を求めているようです。まあ自衛隊は監視強化を行っていると思いますが。

 そう言えば、北朝鮮のミサイル発射に関して「国際法違反」ということになると、援用できる法律は国際民間航空条約(シカゴ条約)、海上での人命の安全のための国際条約(SOLAS条約)の二つだそうです。シカゴ条約は北朝鮮も署名しているらしい。しかし法律以前の問題として、常識的にみて漁船などの船舶、航空機がいる可能性がある海域にミサイルを撃ち込むのに、関係国への通告なしというのが、全く常軌を逸している。

 街で聞いた興味深いニュースとしては、「Nobuの10月閉店」でしょうか。Nobuとは、六本木から渋谷に抜ける道の右側、高樹町を過ぎた当たりにある店です。あの夜はブルー基調の。幻冬舎の渡辺君と Body And Soulに行った後バーで話していたら、顔見知りの店員の方が教えてくれた。

 まああそこが提携していた日本の会社が以前潰れましたから、「そうなるな」とは思っていましたが。Nobuは中の日本食はクビを傾げるものが多かった。しかし、バーはまあまあの雰囲気だった。中は外人に人気があった。なので、新たな店をNobuさんは作るそうですが、今の建物は取り壊しになるとか。「半分は道路に...」とか言っていたな。

 なくなる店があれば、出来たばかりの店もある。六本木から西麻布に歩いていたら、電車の吊り広告で出ていたZABOOが、まさに20日オープンで。歩きながら、「なんだこの名前は....」と考えたのですが、頭にさっと浮かんだのは「ざんぶりこ...」と「にしあざぶ....」の「ざぶ」という語感から誰かが考えたのかな......なんて。全くの推測ですが。

 ははは、「天然温泉」と打っているので、そのうちちょっと寄ってみてもいいかな、と思ってます。テレ朝の番組のあとちょっとひとっ風呂なんてのも良いが、その時間にやっているかどうか。


2006年07月19日(水曜日)

 (25:23)午後1時前の新大阪発の新幹線に乗ったら、その直後に「ただいま熱海と新横浜の間で運転を見合わせて......」と放送。「しまった飛行機を使うべきだった」と思ったのですが、「まあいいや」と腹をくくったら、1時過ぎに運転再開と放送があって、実際にちょっと遅れましたが、東京着は8分遅れたぐらい。大事にはならなかった。

 それにしても、通りかかった川の水は異常に増水していた。線路まではまだかなり余裕がありそうでしたが。まだ明日もかなり雨が降るそうで、まだ被害が出るんでしょうな。諏訪湖周辺、その水が流れ出す天竜川の流域では堤防決壊があったり、死者が出たり。

 岡谷の事故があった地域は、小中学校は私が通った学校とは別の学区ですが、高校については同級生や同窓生がいてもおかしくない地域。多分、近くを何回も通っている。心配です。天竜川は諏訪湖の水が唯一流出する川。昔から、水害が多かった。

 ニューヨーク市場を見たら、バーナンキの「ハト派的発言」で株価が急騰してますな。ウォール・ストリート・ジャーナルには次のような記事がある。

WASHINGTON -- Federal Reserve Chairman Ben Bernanke said a moderation in U.S. growth "now seems to be under way," which "should help to limit inflation pressures over time."

While noting that some of the recent rise in underlying inflation is due to technical factors and that inflation expectations "remain contained," inflation remains "of concern" to policy makers, Mr. Bernanke said in semiannual monetary-policy testimony prepared for delivery Wednesday to the Senate Banking Committee.

 まあこのところ急激に下がっていましたからね。


2006年07月18日(火曜日)

 (25:23)おもろいニュースです。あのMKタクシーがインドに進出すると。

 タクシー大手のエムケイ(本社・京都市)が、インドでタクシー事業に参入する。近く地元企業と合弁会社を設立し、年内にハイヤー営業を始める計画だ。急速な経済成長で注目されるインドでは、タクシーは台数が少なくサービスの質も一定していないという。実現すれば、外国企業による初の本格進出となりそうだ。

 合弁相手はコンサルティングなどを手がける「チームインディア」で、新会社の社名は「チームエムケイ」の予定。エムケイは30%程度を出資する方向で、役員も派遣するほか、人材の訓練などにあたる。チームインディアは人材募集や営業戦略、政府の許認可取得などを担当する。

 まずデリーで、500台規模での参入を計画している。コールセンターや独自の携帯電話による呼び出しシステムを整え、顧客からの連絡を受けて配車するハイヤー方式が中心になりそうだ。デリーで軌道に乗れば、ムンバイやコルカタなど他の大都市への展開を目指す。

 そういえば、私はインドでタクシーに乗ったことがない。いつもチャタルジー夫妻かコーディネーターのセットしたレートで動いていたし、地名をあまり知らないということもあるが、あのミゼットのような黄色と緑の乗り物に乗る気がしなかった、ということもある。

 MKがインドに進出して、どのようなタクシーを導入するのか。そう言えば、インドの道路を走っていて4輪でタクシーと分かる車が走っているのを見たことがないような。世界中どこでも走っている天井に何か乗せたパターンの車がないからです(私が覚えていないだけかもしれませんが)。

 インドと言えば、日曜日の「地球特派員」については、メールや実際に会ったときなどにいろいろな感想をいただいています。大勢の方が見てくれたんですな。TKS。いろいろな見方があるのは当然で、「あれでは時間が短すぎる」という声が多かったな。ま、そうなんですよ。まあでも番組の枠というのは決まっているわけで、その中でいかに伝えるか、というのが大事。今週金曜日には関係者で軽い打ち上げをしようと思っています。

 MKの話に戻すと、インドはサービス産業(IT産業)で富を築きつつあると言っても、実際のサービス業におけるサービスは始まったばかりという印象が強い。何でもチップの世界ですから、MKがインドに進出して、その辺をどう決めていくのか、また客が降りるときには日本でしているように運転手さんがさっと降りてきてドアを開けてくれるのか ? いろいろ楽しみですな。


2006年07月17日(月曜日)

 (22:23)もう何年も使っているDVDレコーダーがいかれたので、最新式に変えたら地上デジタル対応の機種。「へえ」と思って電波が来ているのかと思ったら、杉並ケーブルを通じて我が家にも来ていることが判明。でさっそく、地上波デジタルとはどんなものかと見てみたのです。

 もう綺麗でしたね。例えば月曜の10時頃からNHK(NHKG)が富士山の特集番組をやっていたのですが、それを地上デジタルで見たらアナログのNHK番組とは決定的に色彩の鮮やかさや対象物の輪郭が違うことが分かった。各放送局とも既に番組の地上デジタル対応をしているので、各局とも綺麗な画面で見られる。画質はハイビジョンと同じなんでしょうか。これからは、アナログ放送を避けて、すべて地上デジタルで見ようかなんて思っています。

 しかし電気屋さんの説明によると、地上デジタルの画像は一回分しか録画できないということで、例えばHDDに残した地上デジタル放送の録画は、例えばDVDに移した場合にはHDDから消えてしまうらしい。確かに画面の上に「一回録画....」とか書いてある。これはちょっと不便ですね。ちょっと枚数多くダビングしたものは、当面アナログ録画しないと。
 ――――――――――
 日曜日の「地球特派員」は、10日以上も向こうにいて取材した人間としては、「まあそういうことだったな....」という満足な気分と、「あれ、ここはもうちょっとつっこんで欲しかったな....」という不満足な部分と。まあでも、テレビ番組なんてのは、大体制作に参加した人間にはそういう二面的な印象が残るんですよ。なにせ、時間は50分しかない。いくら面白い会話をしても、スタジオ部分は15分に削られる。

 「あそこを切るんだったら、あの部分でああいっておけば良かった」とか、「なんてあそこを切るんだ」いった反省や文句はいっぱい残る。しかし、後の祭りです。その時その時の印象を述べ続けるしかない。今回残念だったのはちょっとした手続き問題で、結構キモの部分のインドの農村のVTRが使えなかったことでしょうか。まあいろいろあります。

 しかしいつも細切れのテレビ関連の仕事の中にあって、ああいうまとまった仕事をしたことは楽しかったし、自分のインドに関するアイデアも凄くまとまった。あの映像だけではとてもとてももったいないので、今本を一冊インドに関して書いています。文章はほぼ出来上がっているので、来週中には出版社に手渡す予定。

 見落とされた方には、またインド投資をしている方には是非「番組」と「本」は読んで頂きたいですね。日本人が見落としているインドがいっぱい出てくる。番組もそのうち再放送されるでしょう。本は秋には出す予定です。


2006年07月16日(日曜日)

 (10:23)北朝鮮の現体制の危機感は相当な水準に達しているでしょう。何せ、国際社会が全会一致の国連決議という形で自国を非難してきた。北朝鮮の金正日政権の焦りは『数日内に各国にいる大使級を全員、平壌に招集する異例の「在外公館長会議」を開く』という報道で示されている。資金がないのに、お金のかかることを敢えてする。

 私の一貫した意見は、「外交は合目的的であればよい」というものでした。北朝鮮の現体制は拉致問題を含めて極めて日本にとって望ましくない、かつ北東アジア全体にとって安全保障上問題のある政権であり、かつ北朝鮮の国民そのものにとっても望ましくない、と考える。

 その点では、北朝鮮の行動を非難する決議が国連の場で通ったことは、「北朝鮮の現体制を追い詰めた」という意味で極めて意義深い。国連憲章7章とか同40条が直接的に盛り込まれるかどうかという話も重要だが、中国、ロシアを含めて北朝鮮に国際社会が一致して警告を決議の形で出来たと言うことがポイントである。全会一致とならずに中国やロシアが棄権したり反対したら、「国際社会は我々の問題で分裂している」という一番悪いメッセージを北朝鮮の現体制に送ってしまうところだった。

 中国やロシアも国連という場で最近北朝鮮が行ったこと(主にはミサイル発射)を非難したわけだから、北朝鮮がそれを無視して次に行動したら、非難を実効的制裁に移行せざるを得ないし、「制裁に移行しますよ」と中国もロシアも北朝鮮に警告したと見るのが自然です。だからこそ、友達がいなくなった形の北朝鮮は焦っている。この国連決議に韓国の盧武鉉政権がどう反応するかは、同政権の命運と本質を判断する上で一つの大きな試金石です。まだ韓国からの反応は入ってきていない。

 で問題は、北朝鮮は孤立し、国際政治の場でも、貿易など物流や資金の流れの中でも追い詰められてきている。アメリカはマカオの北朝鮮口座を封鎖し、日本はマンギョンボン号を止めている。そうした国がどう動くかでです。

  1. ミサイルの再発射など暴発的な行動に出る
  2. 一転して6者協議に戻ってくる
  3. 国内から反体制の動きが活発化する
  4. 国際社会を非難し、しかし何もせずじっと耐える
 などでしょうか。一つはっきりしているのは、この決議によって北朝鮮の現体制が瓦解する可能性が高まったと言うことです。例えば日本の国土に落ちる形で北朝鮮がミサイルを発射したら、それは直ちに今の体制の崩壊を意味するでしょう。軍隊を南に向けても同じ事です。つまり、動けば飛躍的に今の北の体制が崩れる可能性が高まる。

 では動かずにじっとできるか。私はなかなか難しいと思う。今朝の日本テレビの番組で黄長Y(ファン・ジャンヨプ)前朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)労働党秘書が「北朝鮮の人民がなぜ反抗しないのか」について、「牛は飼い主に反抗できない」といった趣旨のことを言っていたが、いつまでもそうでしょうか。金正日打倒で軍や党が動く可能性もあり、金正日が一回政権の座から降りれば、すべてを金正日に集めてきた(尊敬から軍の指揮系統まで)国だけに、その後は混乱状態になると見るのが自然です。

 で今の日本の議論で一番欠けているのは、「では実際に北朝鮮の金正日体制が瓦解したときに、日本はどうすべきか」という点です。それは明日かも知れないし、5年後かも知れない。しかし、当然今から議論しておかねばならない。この議論が全く足りないのです。金正日の後継者が次男になるか三男になるかなんて意味のないくだらない議論よりはよっぽど重要です。

 可能性としては、中国と韓国には大量の難民が流入する。両国ともこれが嫌なのです。「日本にも来る」という人がいる。私はごく僅かだと思う。なぜなら、北朝鮮の人々は日本は「鬼が住む国」と教わっているし、大体ガソリンをしっかり詰めた船はそれほど多くない。泳ぐのは難しい。来た船を接収していったら、大量にこれるわけがない。でも、来た人をどうするかという処遇の問題は発生する。

 東ドイツ領を当時のソ連は裏で駆け引きをしながらも西ドイツに渡したが、北朝鮮が瓦解したとき、中国やロシアはどう考えるでしょうか。米軍の38度線からの北上禁止などいろいろな条件が出てくるに違いない。その議論を日本で聞いたことがない。当然日本はその立場を表明すべきです。

 瓦解した北に対する経済援助はすべきか、それは拉致問題の解決の後か......。考えるべき事はいっぱいある。「今回日本の外交は勝利したのか、負けたのか」という議論も無価値だとは言えない。しかし、これから何がおき、それにどう対処すべきかの議論の方が重要だし、その議論の方にこそ傾注する価値があると思う。


2006年07月16日(日曜日)

 (00:23)ちょっと間があったのでどう入るのかと思ったら、「フー」と一呼吸置いて「暑いですね....」と。ははは。この番組の入りは格別でした。まあ帰りの車の中で運転手さんに、「今外は何度ですか....」と聞いたら、「32度」と言う答えだったので、特に秀逸な入りと言うことで。

 今日は話題もなかなか面白かった。水と魚。レストラン、バー、ホテル、家庭。どこにでも水が入り始めている。シャワーの時によく思うのですが、水は人間の故郷。水に抱かれているときは、人間は癒される印象がありますから、あちこちに進出するのは分かる。かつ水は今や貴重な資源で、世界のあちこちで取り合いになっていますから。貴重なものは美しい。

 魚も取り合いですよ。世界中が日本人の食生活を真似し始めた。BSEの関係もあるし、健康志向もある。特に今まで生の魚なんて絶対食べなかった中国の人がお魚好き・お刺身好きになってしまった。取り合いになりますよ。今の大きな漁船はインターネットと繋がっている。高いビットのところに運んで取引終了。河岸の存在価値は低下する。

 世界の魚の流通はこれから大きく変わりますよ。食べられる魚も徐々に日本でも変わってくるのでしょう。今年は秋刀魚としんこが遅い。「しんこ」は結局良いものが出回らないで終わるかも知れない、と知り合いのレストランの経営者。そりゃ困った。

 昼はNHKに居ました。また「地球特派員」の「モノローグ」の入れで。使えるVTRの制約が生じたため。ナレーションをやってくれていたのが道傳愛子さんだというのは今日まで知りませんでした。彼女は今日曜日の夕方の番組を担当している。ははは、ファンなんですよ。お会いできてラッキー。

 相変わらずモノローグの入れはイライラする。勉強にはなるのですが、ちょっとしたイントネーションが違ったり。「さ」行がなかなか難しいな。


2006年07月15日(土曜日)

 (10:23)ははは、仙台が涼しいかもなんて考え方は全く的外れでした。やはりどえらく暑かった。北海道のごく一部だったのかも知れませんね。日本でやや涼しいところがあったとしたら。

 ところで、今朝の新聞のテレビ欄を見て、いよいよ始まるなと。「中田もの」です。引退を表明した。ジダン問題については、今朝の東京新聞などにも詳しく載っていて、あとは二人の選手に対する聴聞と処分が残るだけ。むろん、尾は引きますが。私もコラムを寄せています。

 日本ではしばらく「中田もの」が続くでしょう。今日のテレビ朝日の午後7時からの2時間番組も見たいのですが、可能かどうか。というのは、もう完成だと思っていた日曜日の午後10時10分からのBS1「地球特派員」が最後の最後でまた手直しということで、昼からNHKに行かねばならないため。今日は夜にはテレビ東京さんのWBSもありますし。

 私が知っている範囲では、幻冬舎の雑誌「ゲーテ」が次の号で一挙21ページという中田特集を組む。この雑誌に毎月デジタル新製品のコラムを書いているので編集者とも付き合いがあるのですが、彼等が「泣いた」と言っていたので、結構中身のある特集なんでしょう。

 まあでも惜しいですよね。中田は29才でしたっけ。ジダンは今34才。中田は年齢だけから見ればまだやれるようにも思う。しかし、彼の人生は彼のもので、周りがとやかく言うべきものではないでしょう。何をするのかには興味がある。

 今週テレビを見ていて覚えた言葉は、「玲瓏」でしょうか。木曜日だったかな、たまたま少しNHKテレビを見ていたら、将棋の羽生善治さん(応援ページはここ)が好きな言葉をして紹介していた。全く知りませんでしたが、良い言葉だと思いました。


2006年07月13日(木曜日)

 (20:23)暑い上にチート忙しゅうござんした。明日は仙台に行くのでちょっと涼しいかな.....と思っているのですが、この全国的な暑さでは無理でしょうな。

 午前中はやじうま終了後にNHKで7月16日の午後10時10分からBS1で放送される「地球特派員」のモノローグ入れを。なかなか難しいんですよ。もう「国家知識人会議」「主張」などがなかなかスムーズにかすれないように発音できない。声優さんというのは大変だなと思いました。大体、しばらくやっていると声が枯れてくる。これもNGです。勉強になったな。何回も繰り返して、スタジオの皆さんには失礼しました。

 これで放送日まで私がやることはなくなった。もう放送されるだけです。なんだか「終わった」という気持ちと、「寂しい」という気持ちが。カメラと音声の江袋さんや石田さんも録音スタジオに来てくれたのですが、そりゃあもういい絵とかいっぱいあるのに、流れの中では使えなくてお蔵入りするものがいっぱいある。もったいな、と私は思いました。

 だから合計19時間分くらいあるのですが、それをなるべくもらい受けられるように頼みました。DVDに移して。これだけ長くロケをしたのは初めてですから、後々の参考にしようと言うわけです。記念にもなりますし。放送が終わったら、打ち上げをしたいなと皆と話しました。

 午後は高校の先輩であるNHKの元モスクワ支局長である小林和男さんと1時間半ほど対談。年齢を見せて頂いたら私より10才上の方でした。でも若いですよ。作新と名前のつく大学で教えられているようで、特派員時代のソ連の話から始まって日本、朝鮮半島の話など。まあこれは、高校の卒業生にしか基本的には配布されない。

 夕方からはラジオ、ポッドキャストなど。ポッドキャストは「LOHAS」をやりましたが、あれにライセンスがかかっているとは知りませんでした。今回私がこの問題を考える上で閃いたのは、「消費者のLOHASと起業のCSR、消費者を中心に置いた行政」というのが、一つのパッケージになっているのではないか、という点。今日は論じる気力がないので、また取り上げます。

 ジダンの問題は、徐々に周辺情報は固まってきた。しかし、一番肝心な「マテラッツィは結局何を言ったのか」が分からない。私の考え方は固まりつつある。ジダンの頭突きはやはり許されない。しかし、マテラッツィが言ったことが常軌を逸したものであれば、FIFAの規定にもあるそうですが、事後的にでも彼のAマッチへの出場を試合数を限って禁止するというのが良いと思う。


2006年07月12日(水曜日)

 (20:23)11日夕方の列車連続爆破テロを受けた12日のムンバイの証券取引所の動きを注目していたのですが、今見たらSENSEXは315ポイント、3%弱も上昇している。今日の東京市場が一要因として「インド市場を懸念して下げた」としたなら、考え過ぎということです。

 実は去年の末に私がちょうどバンガロールにいたときですが、同地の有名な大学(インドで唯一ナノテクをやっているIIS=Indian Institute of Science)がテロに見舞われる事件があった。私も危うく巻き込まれそうになったのですが、その時のムンバイの株式市場の動きは非常に興味深かった。このときも、ムンバイのSENSEXは上げたのです。

 日本的な常識から言うと、「180人近くも死亡した大きなテロがあったのだから、インドの株価は下げるだろう」というのは普通です。しかし、日本と違ってインドでは定期的に(この言葉は適切ではないかもしれないが)テロは発生してきた。悲しいことだが、市場は「テロ慣れ」しているところがある。

 ウォール・ストリート・ジャーナルでインド市場の市況を見たら「 Mumbai shares defied expectations of a fall amid strong earnings from Infosys.」とあった。現地の人でも下げを予測していたと言うことです。さらにこういう文章もあった。

"I did expect the Sensex to start on a negative footing, but didn't expect it to negate last evening's effects so quickly. Infosys came in with great numbers and that has had a soothing effect on the markets," said Devina Mehra, chief strategist at First Global.
 インフォシスは、IIT出身の創業者がいることで有名な企業ですが、その企業の好業績がSENSEXを救ったという図式でしょうか。まあ12日の日本の株の下げは、明日から始まる日本銀行金融政策決定化合を控えて、という側面がある。まあでも私に言わせれば、市場は織り込み済みです。


2006年07月11日(火曜日)

 (24:23)東京にいるときはよく行っている店のご主人から電話が入っているのを関西テレビの番組の最中に気づきましたが、出られず。番組が終わったところで留守電を聞いたら、「北海道からサンマが入りました....」と。ははは、頼んでおいたのです。「入ったら教えて....」と。初物のころの焼いたのが好きなんですよ。

 今年はいろいろなものが遅いのです。サンマが良い例でしたが、たとえば「しんこ」。小鰭のおちびちゃんです。これが美味しい。しかし、今年の出回りが遅くて、先週だったかなお寿司屋さんで板前さんと話をしていたら、「今日はキロ6万円で、しかも物は悪かった」と言っていました。「誰が買うんでしょうね」とも。小鰭とこの時期のしんこは江戸前では欠かせない。

 祇園浜作の森川さんも、「今年はおかしい....」と。一方で早かったものもある。それは「徳島から入りました」と出してくれた松茸。でかいやつで、綺麗な色をしていました。かつ、香りも少し弱かったがきっちりあった。「こんなでかいのがこの時期に入ってくるのは珍しい」と森川さん。ちょい季節がおかしくなっているんですな。

 一方、FTを読んでいたら「A burden too heavy to bear for the hero of the banlieues」という記事があって、ジダン選手の問題を扱っていた。副題が「In a country where football has been seen as a force for unity,Zinedane's tortured departure is a bitter blow」というのです。そりゃそうだ。

 この記事を読むと、「頭突き退場」は「sending-off for headbutting」と表現されている。「headbutt」はブックシェルフにないのですが、「butt」でちゃんと意味があって

「(…を)頭[角]で突く[押す]《 at, against... 》;頭[角]を突き当てる,ぶっつける;(人に)ばったり出会う《 against, into... 》」
 とあった。「headbutt」ね。覚えておこう。真相が徐々に出てきている。11日付のイタリア紙ガゼッタ・デロ・スポルトは、頭突きされたイタリアのマテラッツィ選手が「ジダンのシャツをつかんだら、彼が横柄に『そんなにシャツが欲しいなら後でやるよ』と言ったので、侮辱の言葉で答えた」と話したという。で問題は、「侮辱の言葉」です。

 フランスでは、ジダンの暴力行為を「侮辱の言葉を受けたもの」であるから、許そうという世論になってきているという。しかしこれは危険だ。フランス社会に照らしてみると「侮辱されたら頭突きは正当」ということになる。今までの融和社会の大方針とはかけ離れてくる。ジダンが好きだというのは分かるが、そこまで言っていいのか。ジダンには再び「Zizou」の愛称が使われるようになってきている。これはいいでしょう。

 ジダンの代理人は、「二〜三日のうちに彼が自分の口から真実を語るだろう」と言っているので、双方の主張が出そろうのも時間の問題となる。二人が同じ事を言うのか、言った言わないの問題になるのか。推測だけで外野が騒ぐのはちょっと危険すぎる問題です。FIFAも調査に乗り出すという。

 準決勝の時だったのか、試合開始前に両チームのキャプテンが「差別反対」の声明を読み上げいるのを見て、「へーえ」と思ったのですが、最近の各地ヨーロッパ・リーグではその手の発言がたびたび出ているようで、それへの警告もあったらしい。もしそれに近い侮辱の言葉だったら、マテラッツィ選手への制裁に発展するかもしれない。

 まあ思うのです。スポーツはヤジにしろ本音のぶつけ合い。ちょっとその手の言葉が出てきたから「暴力行為→退場」を繰り返していたら話にならない、と。だから「やはり手を出した方が悪い」という原則は曲げないようにしないと。むろんヤジや投げかける言葉にしても最低限の礼儀は必要で、この辺の匙加減は難しい。


2006年07月10日(月曜日)

 (24:59)ちょっと仕事があって月曜日の昼から関西に来ていますが、神戸のタクシーの運転手さんが面白いことを言っていたな。もともとは関東の土建屋さんだったのだそうです。東京を仕事の拠点にしていたのですが、神戸で地震からの復興が始まったことから、大工さんなどを数十人つれて神戸に来て起業したのだそうです。神戸の地震は1995年(平成7年)1月17日(火)の午前5時46分52秒でした。

 その時、「神戸の復興事業は10年は続く」という見方が一般的だったこともあって、仕事の場を神戸に求めた。「10年うんぬん」の話を彼が誰から聞いたかは知りませんが、一般的にそう見られていたと言うことでしょう。彼はこの言葉を信じて神戸に進出した。当初は本当に忙しかったそうです。あっちの現場、こっちの現場と駆け回って、職人さんに徹夜してもらったこともあるらしい。

 しかし、3年でぱったっと仕事がなくなったというのです。10年かかる筈だったのが神戸は3年で既に復興にめどがついた、と。私の印象でもそうです。震災の直後に神戸を訪れたときはすさまじかった。ビルなんかかしいでいましたし、古いビルは倒壊していた。地面には地割れが走っていたのです。

 しかし一年たって行ったらすごく立ち直っていた。大通り沿いは綺麗になっていて、裏通りに入るとまだちょっと地震の名残があった。そうですね、3年後に行ったときには、かなり綺麗になっていた。だから元建設業者のこのタクシーの運転手さんが言うことは分かる。

 3年たったら仕事がなくなって、連鎖倒産に巻き込まれて会社も解散、仕事を辞め、それ以来タクシーの運転手さんをしているのだそうです。運転しながら、「ここは私がやりました....」といった会話になった。無念だったのでしょうが、それだけ技術革新とか、集中的な資本投下などで、「10年かかる予定が3年で」になったということでしょう。神戸にとってはナイスなことですが、思い違いをした業者が予期しないことにもなった。昔の色気のある神戸はまだの気がしますが、三宮の駅前なんてかなり綺麗になった。

 夜は新潮社の内田さんと祇園浜作本店に。八坂神社の直ぐ近くにある落ち着いた店です。ははは、ここでも「予想しないこと」が起きましたが、それは置くとして食事は美味しかったな。9月20日に発売される私の次の本の関係で。新潮新書として出ます。ここのご主人である森川さんも、本の中に登場するのです。内田さん古い写真を借りていたな。本で使うのでしょう。

 うーん、この本は私としても楽しみ。いままで出した本とはちょっと色合いが違うので。


2006年07月10日(月曜日)

 (12:59)ほんまに世の中というのは予想しないことが起きるものだと。彼は理由について語ることもなかったし、表彰式にも出てこなかった。何が心に去来したのか。マテラッツィが何か言ったのか、それとも何かの怒りがこみ上げてきたのか。

 それにしても、カメラは明確にジダンの行動をとらえていた。言ってみれば頭突き。副審もそれを見ていたと思われる。全く突然で、やられたマテラッツィも予期しない行動だったように見えた。自分がPKで一点入れたのに対して、彼が同点のヘディングを決めたからか。それともしつこくマークされたからなのか。まあ、試合を見ていた人間としてはいつか聞いてみたい。

 試合は明らかにフランスが支配していました。パスの渡しもフランスが勝っていた。イタリアはしばしばパスも繋がらなかった。しかしフランスはゴールの前にそもそも人がいなかった。開始直後は30度あったそうですから、30超えの選手が多かったフランスは動けなかったのかもしれない。

 ジダンが退場し、アンリも交代した後のフランスのPK陣は、PKが弱いとずっと言われてきたイタリアよりもやや劣っているように見えました。結果もその通りになった。やっと出てきたトレゼゲが外すとは、勝負の世界は厳しい。

 32チームが出て、勝って大会を終われたのは2チームしかない。3位のドイツと優勝のイタリア。記憶に残ったシュートやパスは、アルゼンチンのロドリゲスの胸トラップ後の左足のシュート、イタリアのグロッソの左足を振り抜いたシュート、それにフランスのジダンの得点につながったアンリへの綺麗なパスでしょうか。優勝したイタリアは結局オウンゴールとPKの二つしかゴールを許さなかった。ブッフォンの素晴らしさでしょう。

 日本は4年後の南アフリカ大会は出場さえ厳しい。若手を育て、世界で戦える戦力を備えなければならない。20年前に行った南アフリカは綺麗な国でした。喜望峰やケープタウン、ヨハネスブルクやダイヤモンド・ホールや金鉱山を覚えています。どう変わったか機会があれば再び行ってみたい。


2006年07月09日(日曜日)

 (17:59)ワールドカップの審判の定年は45で、上川さんは最後のワールドカップだったそうです。残念。今朝見ていたら非常に落ち着いていて、試合後の選手や監督の評価も良かった。ポルトガルの選手が一つトリッキーな転び方をしたのがあったのですが、彼はしっかり見ていた。

 試合はドイツがポドルスキーに並ぶ若手のシュバインシュタイガーのシュート2本などで快勝。フィーゴも最後は見せ場のクロスを出したし、ドイツは盛り上がったし。ポルトガルが優勝決定戦に残っていれば、強烈に応援していたのですが。ま、優勝決定戦は見なきゃいけないでしょう。

 週末に明らかになったことは、中国もロシアも北朝鮮のミサイル発射を事前には知らされていなかったということ。ロシアはマスコミの批判が政府に集中しているし、中国に関しては唐カセン元外相が明らかにしている。この二カ国が日米欧が中心として出している決議案にどう対応するのか。

 ロシアはこの週末のサミットの議長国。出方によっては、アメリカ議会の一部にある「異質な国」批判を強める結果になるかもしれない。中国は北朝鮮に対して腹は煮えたぐっているのでしょうが、自国の利益をどう考えるか。

 今週は日銀の政策決定会合、サミットと大きな会議が続く。その前には国連安全保障理事会があり、まあ興味深い一週間でしょうな。


2006年07月07日(金曜日)

 (17:59)時間を見つけて面白い映画を見ました。佐賀のがばいばあちゃんというのです。特に秀作というわけではない。すごい予算を使っている映画でもない。しかし何か心の琴線に触れる映画です。

 おばあちゃん映画で最近で思い出すのは、韓国のおばあちゃんの家です。この映画も、おばあちゃんと孫(男の子)の映画だったが、「がばい」もそうです。広島で自分の子供の面倒を見れなくなったお母さんが、子供を泣きながら佐賀のおばあちゃんの家に送るところからこの映画は始まる。

 孫とおばあちゃんの関係がまた良いのです。そしてこの恵まれない子供を取り囲む佐賀の先生とか、子供達。優しい世界です。久しぶりに目に涙が.....。おばあちゃんの家の時もそうでした。

 おばあちゃんには思い出があるな。親がむしろ責任を持つが故に時に厳しいのに対して、無制限にかわいがってくれる存在。しかし、長く生きてきているから、一本そこには筋が通っている。歳が進むと同じ事を何回も繰り返す人になって閉口したことを思い出すのですが、それでもいつでもおばあちゃんは優しかった。

 この映画のおばあちゃんもそうです。「産め、産め、産め」と言った後は、「行け、行け、行け」という。しかし最後は、「行くな....」と。見終わった後、良い物を見たと思える映画です。


2006年07月06日(木曜日)

 (17:59)ポイントはGMの経営陣が何を言うかだと思っていましたが、まあこんなところなんでしょうな。今見たウォール・ストリート・ジャーナルのトップ記事。

General Motors Corp. management is marshaling potential arguments against a proposed alliance with Nissan Motor Co. and Renault SA and plans to air them at a meeting of GM's board tomorrow, say people familiar with the company's plans.

GM Chairman and Chief Executive Rick Wagoner won't dismiss the proposed alliance outright at the meeting and is expected to launch a due-diligence review, say people close to GM's management. But he will make it clear to the directors that management has major concerns with both the substance of the proposal and the way it was broached.

In essence, Mr. Wagoner and his management team intend to treat the alliance proposal, publicly disclosed last Friday by GM's largest individual shareholder, billionaire Kirk Kerkorian, as a hostile move against management, according to individuals familiar with the company's thinking.

 自分たちで再建の道筋を立てられないんだから何を言われても、と思うのですが、しかしカーコリアンの提案も曖昧模糊としているし、日産やルノーの「テーブルに着いても良い」という姿勢はいまいち明確性に欠ける。そこで出てきたGM経営陣の反対意見。

 まあわかりゃしないですよ。GMの経営陣だってワーゴナー支持で固まっているとは言えない。カーコリアンに賛成する輩も出てくるかもしれない。しかし、「そっちの方が株が上がりそうだから」という思惑の、具体的に何が出来るのかという点が欠ける彼の提案ではちょっと乗りにくい。日産サイドはGMの販売力が、GMサイドはベースの統一によるコスト削減などがメリットかもしれないが、ハイブリッド技術では日産・ルノー陣営は遅れている。GMが一番欲しいところがない。

 一方で原油価格は75ドルを上回るところまで来た。大型車中心の米メーカー戦略ではいかにも苦しい。ダイムラーとクライスラーの合体もうまくいったとは言えない。私は日米欧の合体自動車メーカーがうまく行くとは思えない。

 必要なのは、カーコリアンにしろ日産、ルノーにしろ、GMをどうやったら立ち直らせるのか、そして3者連合が有効かを具体的なプランとして示すことでしょう。GMの株が一時上がったもののその後は低迷しているのは当然です。ワーゴナーも「反対」なら、じゃどうするのかというプランが必要。トヨタはこの動きを横目でどう見ているんでしょうか。


2006年07月06日(木曜日)

 (13:59)「今後もミサイル実験を継続する」と北朝鮮外務省。国防力強化の一環だそうですが、近隣諸国が存在する場合には漁船などへの警告を含めて事前に通告するのが国際社会の常識。北朝鮮がまったく常識が通じない国であることが改めて鮮明になった。

 この文章を書いている現在では、ここ一両日で発射された北朝鮮のミサイルは7発。いくつがスカッドで、ノドンで、テポドンかは知りませんが、危険この上ない。日本にとっても、ロシアを含めた周辺の国にとっても。体制が行き詰まっている証拠でしょうが、だからといってほっておいても良い問題ではない。

 水曜日の午前中は大阪から秋田に飛んだのです。左側に日本海が見える。日本海側に行くと、北朝鮮とか韓国、ロシアがすぐ近くにある。太平洋側には他国がないが、日本海側には隣国が存在することを実感する。佐渡島からは5日早朝の北朝鮮のミサイル発射がオレンジ色に見えたという。

 海岸から直ぐ近くにミサイルを落とされたロシアがよく抑制しているな、と思う。事前に通告を受けていたのかもしれないが、間違ったら実損(漁船などへの)が出ていた可能性がある。この国に技術を供与するのは、中国にとっても、ロシアにとっても危険だと判断すべきです。金正日は自分の体制維持しか頭にない。

 ロシアと中国は地政学的に北朝鮮という国が存在した方が良いと考えているのでしょう。韓国は今北朝鮮に崩れてもらっては困ると考えている。しかし、この三カ国にとっても今の金正日政権ではあまりにも危険になっていると考えるのが自然だと思う。そこで今朝のテレ朝の朝番組のゲストである小池さんにこそっと、「金正日に変わる北朝鮮の指導者はいるんですか」と聞いたら、「居るとしたら軍部」と。しかし、軍部でも正気なら金正日より話は通じるかもしれない。

 もっと問題なのは、北朝鮮がミサイルを輸出品にしている事情が見えることです。ウォール・ストリート・ジャーナルにはその辺の話が長く載っていた。覚醒剤が締め付けられ、偽札作りも監視され、最後はイランなどにミサイルを輸出して希少な外貨を稼いでいるらしい。中国や韓国が物資を提供しなくなれば、かなり北朝鮮は苦しくなるはずですが。

 ところで、ご主人ともども私の友人である木村秀美さんが経済産業研究所のHPに、開発援助をめぐる経済学者の「知の冒険」という興味深い文章を寄せている。ただ援助をすれば世界の貧困は減るのか、それとも持続的な成長の為には他の手段を講ずる必要があるのか。「サックス・イースタリー論争」というそうですが、これは日本の援助政策、さらには国内政策を考える上でも興味深い。

 私は明確にイースタリーの見方に賛成です。例えば今のようなアフリカの状態で援助を続けても決してアフリカの人たちは豊かになり得ない、と思う。なぜなら、援助を得た瞬間の彼らの豊かさが自立的・持続的ではないからです。彼らはまた次も欲しくなる。これは世界にとっても不幸です。

 世界の各国を見ると、「豊かになるプロセス」がある。資本の集積、技術の獲得、そして勤労意欲。それらが揃わないと持続的成長は無理です。そのことをきちんと理解する必要がある。彼女が

 「重要なのは、援助を外交や政治的な関係の一部としてみるだけでなく、どうすれば発展途上国の将来を担う子供や若者たちがその国を自立的に発展させることに援助が貢献できるのかという視点であり、その点について考え続けることは翻って自分達の国、日本社会のあり方についても有益な示唆を与えてくれるだろう」
 と述べているのは正論だ。それは日本の国内にあっても開発と発展において置いていかれつつある地方をどうするのか、ただ公共投資を続ければ良いのかという問題とも関連する。私は援助しただけではダメだと思う。そこには、ステップ(持続的成長への)が必要です。今の日本はそのステップなしに事を進めようとしている。むろんのこと、取り残されつつある企業や地方自身の努力が必要です。この論文はその問題を考える上でも参考になる。


2006年07月05日(水曜日)

 (06:59)早起きしてドイツ対イタリアを見ていたら、北朝鮮のミサイル発射の報道。3発らしい。なんという国でしょうか。アメリカの独立記念日に、しかもスペースシャトルの発車時間に合わせて。それだけ困っていて、注目して欲しいと言うことでしょうが。警告もなく、国際社会への挑戦と受け取れる。

 一発は空中分解したとも、発射自体に問題があったとも見られているのですが、周囲の国ばかりでなくアラスカまで射程に置いてのミサイルの実験は、国際社会から強く非難されるべきでしょう。具体的な措置も必要になる。

 今回のミサイル発射は、日朝平壌宣言にも違反する。金融封鎖で北朝鮮の経済状況(特に指導部周り)は明らかに悪化している。最後のあがきでしょうが、韓国もそろそろ北朝鮮支援の姿勢を変えるべきです。支援した資材がミサイル発射に使われているとしたら、国際社会に対する攪乱行為です。

 サッカーは、最後の最後に劇的な幕切れ。グロッソのシュートは最後の力を振り絞って左足を振り抜いたもの。わずかに右にカーブしてポールの右に入った。あそこしかない、という場所。ドイツは後半ちょっと足が止まっていた。クローゼがこれといったシュートを打てずに、ポドルスキーがチャンスに外したのが最後まで響いた。

 デルピエロが決めた2点目は、もうドイツの選手が攻める気持ちしかなかった中での虚をつかれた形で。対ブラジル戦での最後の日本をちょっと思い浮かべました。残酷ですな、勝者と敗者。デルピエロの打ったシュート。自分の頭の上を行くボールをレーマンが呆然と見送っていたのは印象的でした。

 サッカーネタではいろいろな方からメールをいただいている。ドイツにも行っていた中村さんから。

 ベスト4は欧州勢の独占になりました。 過去ワードカップは、今回が18回目です。 過去、ヨーロッパでの開催は9回。 このうち、欧州勢以外が優勝したのは、 58年スウェーデン大会のブラジルだけです。 今大会でも欧州勢の優勝は決定しましたので、 10回中、9回の優勝。 欧州勢の確率は9割に上ります。

ヨーロッパ以外の大会は、8回ですが、 欧州勢の優勝は、なんとゼロ。 確率はゼロ・パーセントです。

実際、ドイツで感じたのは、 ドイツ以外の欧州国にとっても「ホーム」なこと。 各国のサポーターがスタジアムを埋めます。 そして、いかに「ホーム」が有利かというと、 今回のドイツ×アルゼンチンのPK戦でのブーイング。 前回の韓国ベスト4、日本ベスト16などなどを 見れば明らかです。

ベスト4は、ヨーロッパ選手権と化しましたが、 どこが勝つのか楽しみです。 もしポルトガルが優勝すれば、 「初の外国人監督の優勝」 「地元開催以外での初優勝はブラジル、ドイツ以来」 という記録にも挑むことになります。


2006年07月04日(火曜日)

 (23:59)ははは、人を再会させる不思議な力があるような......。

その後にインド人の友人をアイスバーに  その「1」。先週の金曜日です。一緒にインドに行った林さんと、その時インドでお世話になったドヴァル君(日本在住)、それにインドからたまたま日本に出張で来ていたインドのIT会社の社長であるビピンさん、それにその日本法人の社長の5人でキッチン5で食事をしたのです。日本語とインド英語が飛び交う不思議な会話になったのだが、しばらく我々を眺めていた店のご主人である小林さんが、「ドヴァルさんとは会ったことがある」と言い出した。そしてドヴァルもそのうち、「そうそう」と。

 小林さんが23年だか前に、ツアーでインドに行ったことがあるらしいのです。まだキッチン5を開く前。スパイスを勉強したくてツアーに紛れ込んだ。実際には向こうで結構独自に動いて、料理やスパイスの勉強をした。その時に学生でアルバイトとしてツアーコンダクター(の補助)をしていたのがどうもドヴァルらしいのです。そしてその時にドヴァルさんと一緒にツアコンとして働いた日本人の名前(コガさんとか言っていた)で双方がお互いを確認した。

 まあ23年もたつと人相も変わりますから、お互いに一発では確認できなかった。特に「ドヴァルは大きく変わった」と小林さん。ドヴァルは小林さんにスパイスを丁寧に教えたそうで、実はその後に一回キッチン5に来ていたらしい。ドヴァルもそれを忘れていた(なんて奴だ)。

 しかし、共通の人の名前で「ありゃ」ということになった。ははは、私や林さんなど聞いていた方がびっくりしましたよ。キッチン5を選んだのは、ビピンさんらベジェタリアンに良いメニューがあると思って私が考えて選んだのですが、それが23年ぶりという出会いを演出した形。

 その「2」。火曜日の大阪。北新地の店で鍋をしたのです。夏ばてしないように。ホテルで「美味しい鍋」ということで紹介された店を選んで。ホテルのコンシェルジェはそれが主な仕事の一つですから、「どんな店を紹介してくれるんかい....」と思って。そしたら、一つの店を紹介してくれて、「それは良さそうだ」と吉冨、村西両氏と行った。

 ちょっと時間的に遅く行ったので、雑炊になる頃には客は我々3人になった。店のご主人とかそのお姉ちゃんとか、従業員が集まってきて、「どこの生まれだ...」とか四方山話になった。私はとんと大阪の地理には詳しくないのですが、吉冨さんとそのお店の女将さんのお姉さんが特定の地名(確か「みのう」)で意気投合し始めた。確か吉富さんが、駅前の何とかで塾の講師をしていた.....と言ったのだと思う。

 そしたら、女将のお姉さんが「私の息子はその塾に行っていた」と言い出した。「え、誰ですか....」と吉富さん。女将のお姉さんが言った子供の名前をなんと吉富さんが覚えていた。27年前のことです。そして彼はその子の兄弟の事まで覚えていて、「確かお母さんにも会ったことが....」と。

 ここでも聞いていた私と村西さんが「唖然」という形。ははは、ここでの再会は27年ぶりだとか言っていたな。まあね、いつも思っているのです。「It' a small world」だと。しかしちょっとこのところそれが続いている。おもろい。

 もっとも火曜日について言えば、最後の主役は店の客全員に特定日に歌ってもらえる歌を実際に歌ってもらった村西さんでしたがね.....。


2006年07月03日(月曜日)

 (23:59)「今年は何としても出たかった」というイチローの闘いは続き、「子供のころに持っていたボールに対する瑞々しい感情は失われていった」というナカタは引退を選んだ.....。一方は希望するもののほぼすべてを手中に収めつつあり、もう一方見切りを付け「新たな旅」を始める。

 そう言えばワールドカップの前からスポーツ紙などが、「中田、ワールドカップ後に引退」の記事を載せていました。「おいおい、早過ぎないかい」と思っていたのですが、nakata.netによれば「半年ほど前からこのドイツワールドカップを最後に約10年間過ごしたプロサッカー界から引退しようと決めていた」というので、予定通りの行動ということになる。

 今回のワールドカップを振り返って、彼に関して一番記憶に残っているシーンとして浮かんでくるのは、日本がブラジル戦で玉田のゴールで一点取った後、前半のロスタイムにロナウドにヘディングを決められ同点になった瞬間の彼の顔でしょうか。彼がポジション的にどこにいたのか知りませんが、「またか」と顔に書いてあった。

 ブラジル戦後の7分だか10分だかの時間続いた芝生の上での彼の倒壊の方をテレビは映していましたが、瞬間の顔の表情としては、あの前半の最後が私には印象的で、HPではあの時の気持ちを書いて欲しかったような気がするのですが、それは一瞬。思いとしてはブラジル戦後の「芝生の上で」の方が強かったのでしょう。「プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。」と。

 「厚い壁」ね。彼自身にとっても、そして他の日本の代表選手にとっても、それは存在したと思う。それは彼の気持ちが内部で作り上げたものだっただろうが、チームメートを含めて周りの人間も感じることが出来たものだと思う。それがどのようにケミストリーを操作したのかは、彼自身も自信がないようだ。

 「これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振舞った。しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢れ出した。」

 ブラジル戦後の彼に、また「壁」は出来たのか、出来なかったのか。出来たとしたらどのくらいの厚さか。彼はどのような形で再び社会に、世界に登場するのか。これから始まる彼の「新しい旅」とは何か。

 「今後、プロの選手としてピッチに立つことはないけれど サッカーをやめることは絶対にないだろう。 旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりに ボールを蹴るだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。」  

時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び
時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。
 「新しい旅」としての彼の人生は、これまでの29年間よりもきっと長い。そっちも語られる人間でいて欲しいな、と思う。なぜなら、確実に言えることは彼は「変わった日本人だった」と思うから。良い意味で。彼に再び贈りたい。

 Life goes on.......till you die.


2006年07月02日(日曜日)

 (23:59)朝「準決勝に南米が出場しなかった大会というのは過去にあるのでしょうか」と書いたら、フジテレビでEZ!TVの時の浜さんから「欧州だけがベスト4をしめたのは一番最近では82年のスペイン大会で西ドイツvsフランス、ポーランドvsイタリア」とメール。ということは、20年以上前。

 さらに、「(82年は)優勝はロッシが得点王をとったイタリアです。他には66年イングランド大会、34年イタリア大会」と。やはり、欧州で大会が行われたときに準決勝残留組が欧州だけ揃うとなりがちだと分かる。82年の時は、『ブラジルはジーコなどで「黄金の中盤」を形成し、アルゼンチンには若き日のマラドーナがいました』と。今回もブラジルにはロナウジーニョがいたし、アルゼンチンにも何人か才能溢れる選手が居た。しかし準決勝に進めなかった。

 今回のブラジルでも、むろん欧州転戦組もいるが、ブラジル国内でプレーしている組もいる。彼等はほぼ一ヶ月近くも慣れ親しんだブラジルでの生活から離れて暮らす。アルゼンチンもそう。慣れた言葉、慣れた人間、慣れた食べ物を離れて、違う言葉、違う習慣、違う食べ物の世界で過ごすというのは、何かと疲れるものです。彼等は我々のことをどう考えているのだろう...とか、この食べ物は本当に大丈夫だろうか....とか。

 欧州で大会を開けば、欧州の国だけが残る確率が多少他の大会より高くなるというのは、まあ印象だけかも知れませんがあるのでしょうな。ファンの数も微妙に影響しそう。ブラジルやアルゼンチンが残っていないのは残念だが、この四つしか残らなかったのは仕方がない。次の試合日はいつでしたっけね。楽しみ。
 ――――――――――
 日曜午後2時過ぎからは7月16日放送予定の地球特派員向けのスタジオ撮りでした。お相手は姜尚中さん。ここ数日で判明したのですが、大学の同学年。私と違って静かにしゃべる感じの人で、ちょっと対象的でした。スタジオ撮りが終わったので、あとは最終的な編集と、私のモノローグ撮り(それは直前です)があって、それで the end。

 前宣伝ばかりではなんですが、まあ結構面白いインド論になりそうな気がする。NHK出版の方ともそろそろ本格的に本の話をしようと思っています。新潮社との本の話は「9月出版」で固まっているので、あと2週間ほどはインド本に集中しようかな、という感じ。


2006年07月02日(日曜日)

 (06:59)ブラジルの負け、フランスの勝ちが決まってしばらくして、「あれっ、この4カ国ってずっと国境を接しているのでは.....」と思って世界地図を引っ張り出しちゃいましたよ。残念、ポルトガルはスペインのまだ左。フランスとは国境は接していない。

 しかしドイツはフランスと国境を接し、フランスはイタリアと国境を接す。この3カ国は国境を接している。スペインを挟んで、フランスとポルトガルも近い。要するにワールドカップの準決勝進出を決めたのは「欧大陸の4カ国」ということです。準決勝に南米が出場しなかった大会というのは過去にあるのでしょうか。

 ルーニーが一発退場した後、延長を含めて1時間近くを闘ったイングランドの10人の選手は、明らかに疲れていた。それがあのPKの連続失敗に繋がっていたと思う。つまり監督のPK作戦は失敗だったと言うこと。時間の経過がポルトガルに有利に働くことは素人目にも分かりました。

 フランス対ブラジルは、結局ロナウジーニョが働けなかった結果という気がする。ずっと彼が目立たないで形で試合が進んだし(フランスがそうしたのでしょう)、最後の見せ場だったゴール前のフリーキックも、壁の上だったのだが、それはバーの上でもあった。あの時に揺れ落ちるシュートが出来たら、ブラジルも息を吹き返した可能性があるのだが。

 南米も最後の砦であるブラジルが消えて、欧大陸に存在する4カ国のつぶし合いに。うーん、全くの予想ですが決勝は独仏戦争になりそうな気がする一方で、そうは進まないような気も。組み合わせでしょうがないのでしょうが、ドイツ対アルゼンチンなんてのが最後に残ったカードだったら、最高だったんですがね。


2006年07月01日(土曜日)

 (23:59)サッカーは面白いですな。ボール保持率が高く、シュートの数が多い方が負けているケースが多い。ドイツ対アルゼンチン、イタリア対ウクライナがそうでした。なんでしょうな。カウンター攻撃の方が有効なのか。

 今日はこれからイングランド対ポルトガル。その約2時間後にブラジル対フランス。この二つは見ないと。ははは、いままで寝ていました。それにしても、アルゼンチンはいつも力があると言われながら、敗退する。

 昼間は久しぶりにお袋のところに行きました。インドに行ったりしていたので、1ッカ月ぶりでした。相変わらず元気で、「あれはしたか、これはしたか。親戚のあの人がこう言っている...」とうるさい。親にとっては、子供なんていつでも子供なんですな。ははは。

 帰りに新宿のデパートに寄ったら、凄い人出。なんだろうと思ったら、正月とその半年後の7月の頭には特別なセールをやるそうで、その影響だとか。そういえば、ルミネも凄い人出で、おまけに人が集まるから車も多くて、特に新宿の周りなど渋滞だらけでした。

 電車の中で2冊の本を読みました。日曜日に姜尚中さんとNHKの番組で対論の収録があるので、どんな方だろうと思って在日を。本屋に並んでいたのは知っていましたが、まだ読んでなかった。一般の日本国民の「明日をも知れぬ」という意味での「在日化」という話と、あとはサイードの「知識人とはアマチュアである」という一文に興味を持ったな。

 まあ長く論評する気はないのですが、「明日をも知れぬ」というのは技術革新と社会環境の変化の加速が招来しているもので、それはある意味で活力の増大を意味している。その認識が必要です。

 もう一冊は、BRICs 新興する大国と日本という本です。まあまあまとまっていると思う。しかし、この本が一番欠けているのはブリックス諸国の絶対的な経済水準が低いという視点です。成長率だけを議論の中心に挙げるのは誤解を呼ぶと思う。



ALL RIGHTS ARE RESERVED.Copyright(c)1996〜2016 伊藤 洋一