2005年01月30日(日曜日)

 (23:45)週末にかけて面白い本を読みました。『「中国人」という生き方』(集英社新書)というのです。読み進むと、途中で実によく脱線する本ですが、それが面白い。

 この本は、中国の人々を理解するのに非常に役立つ。去年だけで3回も中国に行った私としては、「中国とはなんぞや」「中国人とは何人ぞ」と思っているので、非常に参考になった。

 興味のある人には読んで頂ければ良いのですが、一つ非常に勉強になったことがある。日本でも良く「百聞は一見にしかず」と言う。中国ではその後に「百見は一幹にしかず」というのだそうです。

 「百度の観察より、一回の実践が勝る」という意味だそうです。なるほど。良いことを教わりました。と言った具合で、勉強になる本です。推薦します。


2005年01月29日(土曜日)

 (23:36)街は変わりますね。六本木の芋洗坂を下っていって右側にあった「櫻川」。コストパフォーマンスが良い店だと思っていたのですが、金曜日に前を通りかかったら、聞いていたとおり閉まっていて、「根本」という店になっていた。聞いていたのは、「ご主人が腱鞘炎で店を閉めた....」と。

 ちょっと立ち寄ったら、店内はほとんど変わっていない。挨拶状には、「櫻川を引き継ぎまして割烹根本を新規開店できる運びとなりました」と書いてある。前の主人は吉兆で修行したと聞いていましたが、今度の料理長さんも「吉兆、旬春亭にて腕を振るっておりました...」と書いてある。

 今月27日のオープンとあるので、私が通りかかったのは2日目ということになる。ちょっと中を見せてもらって直ぐに目的地に向かいましたから店の人とは話していないのですが、もらった葉書に面白いことが書いてある。昼も夜もやるというのは櫻川と同じですが、「今後の予定」として「深夜の部」というのがある。営業時間を見ると24:00〜5:00までと。場所柄、朝まで営業すると宣言している。どんな店になりますか。
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 金曜日の昼に一つ収録があってTBSに行ったら、中村健吾君からジャッジマンなるペンをもらいました。何のペンかというと、サイトに書いてあるとおり偽札かいなかを判定する、と。このペンで新札の上に何かを書いても何も書けず、文字が乾いたら何も見えなくなったらお札は本物。私も新札をそうやってみたが、全部そうなった。つまり、本物だったと。

 このペンで他の紙に文字を書くと、ちゃんと文字が書ける。茶色い色で浮き上がってくるのです。つまり、普通の紙に対してはペンとして使える。ははは、どのくら有効かしれませんが。面白い製品が出てくるものです。


2005年01月28日(金曜日)

 (06:36)癒しの国と言われるミャンマーですが、番組で取り上げて実情を聞いていたら凄まじい。と同時に行ってみたい気持ちになってきました。

 電話に出ていただいたのはJETRO/アジア経済研究所の工藤研究企画課長。結構大きい国なんですよ。国土の大きさは日本の1.8倍。人口は5000万人を超える。周辺の国としては、インド、バングラディッシュ、中華人民共和国、ラオス、タイなど。以前はビルマと言った。

 とにかく聞いたらびっくりした。私も行ったことがないので、初歩から教わる感じ。ヤンゴンの街は車も増えて、渋滞も起きる賑わいだそうですが、停電がしばしば起きるらしい。その結果、街の信号が消えて、それで一層道が渋滞する状態という。

 国民平均の年収はなんと60ドル。日本円にして6000円です。驚きます。しかし、お米が十分に取れるなど、年収が小さいからと言って飢えるようなことはないという。1980年代の後半に国連はミャンマーをLLDCに指定した。「後発開発途上国」と訳されるが、英語はもっと正直です。「Least Among Less Developed Country」の略です。

 国の生い立ちが関係しているらしい。ミャンマーがイギリスの植民地になったときに、ミャンマーはそれまでの王国が一番勢力を伸ばし、周辺の少数民族を飲み込んだ時点だった。その時点でイギリスの植民地になり、そしてそのままの国境線で独立した。独立した時点で少数民族の独立運動が起こった。それを押さえるために軍が勢力を伸ばし、その中で社会主義が勢力を伸ばした時期もあり、と。

 その軍事政権はアウンサン・スー・チーさんと対立。それによる海外諸国、特にアメリカの制裁と続く。しかし、徐々に日本を初めとする国との関係も深まってきているようです。で、工藤さんが最後に言ったことは、「大化けする可能性のある国」と。まあそうかもしれない。でも道は遠いと思える。というのは、電話、鉄道、電気、道路、港などインフラストラクチャーは軒並み駄目らしい。とすると、この国が伸びるのは先だと言うことになる。

 まあ、そういう国こそ見てみたい気がする。


2005年01月27日(木曜日)

 (07:38)日本の昨年の貿易統計が財務省から発表され、「日本の最大の貿易相手国として、中国がアメリカを上回った」とネットに載っていたので、原統計に当たらねばとこのページをまじまじと見ていました。ネット記事にも出ていますが、この場合の中国には「香港」を含む。

 国(地域)別統計を見て分かるのは、日本の輸出サイドに占める香港市場の大きさです。依然として3兆8315億円ある。ところが、輸入サイドを見ると1757億円しかない。日本は香港との間では、非常に黒字を稼いでいるということになる。むろん日本の対香港輸出の最終仕向地は中国本土でしょうが、統計上はそう出ている。

 中国本土との貿易を見ると、輸出が7兆9963億円、輸入が10兆1970億円で、これはまだかなりの赤字。足しあわせると、香港を含む中国との貿易総額は22.2兆円となる。2003年の同様の統計を見ていたら、同年の香港を含む中国との日本の貿易総額は18.19兆円程度だった。

 これに対して、アメリカとの日本の去年の貿易総額は20.48兆。これは香港を含む中国を下回っている。2003年は20.24兆だったので、確かに日本の最大の貿易相手国としての地位は、2003年のアメリカから去年は中国(香港を含む)に入れ替わっている。日本と中国の貿易総額の伸びは、2003と2004では17%以上あるのに対して、日米貿易は1%ちょっとの伸びになっていて、トレンドしても中国の伸びが著しい、この傾向は続くと言うことになる。

 これをとらえたのがヘラルド・トリビューンの記事ですが、まあこれは一面を捕らえた記事で、読んでもあまり面白くない。確かに日本の企業は中国を生産基地にしている面があるが、日本にとっては中国のGDP統計のうちわずかに4割しか占めず、先進国に普通に見られるGDP6〜7割の消費の行方が今後どちらに向かうかに私の興味はある。

 ちなみに、日本の貿易を通貨別で見ると、日本からの世界への輸出の40.1%は円建てになっている。この部分は、円の為替レート変動のリスクは輸入元が負っている。対してドル建ては47.5%。日本の輸入サイドを見ると、円建てになっているのは23.8%に落ちる。対して、ドル建ては69.5%に達する。圧倒的なドルの地位。ここには改善の余地がある。

 アメリカの貿易統計を見ていると、アメリカが赤字を出している最大の国は中国。日本の地位はかなり落ちた。しかし、これは日本企業の生産基地が中国に移った結果とも受け取れるし、多分そうです。これはこの記事が指摘している通り。そのアメリカに関しては、ブッシュの一般教書演説はもう直ぐですか。就任演説の繰り返しにならずに、もうちょっと具体的に経済政策の行方を語って欲しいな、と思っているのです。


2005年01月26日(水曜日)

 (18:38)私の友人が一つのメールを転送してくれました。バンコクに居住する彼の友人から。その考え方が私の常日頃考えていることに非常に近いので、ここに掲載します。大天災が起きる。大報道になる。救助隊の活躍が報道される。支援しようという話になる。問題はここからです。

 「不謹慎」という考えが直ぐに浮かぶ。例えば今新潟に行くのはやめておこう....、プーケットに行くのはよそうとか。しかし救助隊の活動を阻害してはいけないが、私はそれが観光地であるなら、天災一過直ちに気持ちを「普通」に戻すことが必要だと思うのです。むしろ、行かないのではなくて、行くべきだと。

 なぜなら、以下のメールにも書かれているのですが、被災地の人々は観光の人に来てもらわないと困る。収入の道を絶たれるからです。彼等は普通は観光客の落とすお金で生活し、子供を学校にやっていて、お年寄りを養ってきた。観光客が遠慮すれば、被災地の多くの人はむしろ生活が出来なくなる。

 救助活動を阻害したりせず、被災した人々との気持ちの共有を図ることは当然です。そうした常識を守れるなら、是非行くべきだと考えるのです。私は9.11の直後にニューヨークにあえて行きました。ニューヨークは大混乱だというような報道ばかりだったからです。ニューヨークに住んだことのある私としては、「そんな筈はないだろう」と思った。

 その通りでした。被災場所は大変なことになっている。しかし、それこそ一歩はずれると街の生活は戻りつつあるし、戻さねばならない。ホテルはがらがらでしたが、私が行ってお金を落とすことで、ニューヨークのホテル稼業で生活している人が少しでも収入を得られればという気持ちもあった。

 今回の件で、ドイツの観光客がゆったり海岸で日光浴をしているところを写真に撮られ、それがドイツで報道されて「バカな」とか「常識はずれ」と非難されたと日本で報道された。しかし私はあのとき、その観光客の方がドイツに流れた報道よりほよど被災地の人にとって力になったのではと考えていた。なぜなら、ドイツに伝わった報道は人々にプーケット行きを思いとどまらせるが、海岸で日光浴をした観光客は、被災地に少なくともなにがしかのお金を落とし、雇用を創出したからです。

 日本の一連の報道が、日本人のタイ、インドネシア、インド、モルジブなどへの観光の足を止めないで欲しい、と思う。なにせ日本の報道は悲惨さばかりをクローズアップする。ニューヨークの時もそうでした。では、ずっと日本人がプーケットに行かなかったらどうなるか。プーケットの経済規模は縮小するでしょう。

 可及的速やかに邪魔にならないようにその場を訪れるのが、本当の意味の支援だと思う。被災地の人は、テレビカメラの対象になるより、お金を使う観光客に遠くから来てもらった方がよほど嬉しいだろう。プーケットの海岸でマッサージをしている女性がいるとしたら、なにがしかの義援金をもらうよりも、下手な英語でも客と会話した方がいいでしょう。話せば気持ちも楽になる。ただ義援金をもらうより、嬉しいに違いない。

 僕の友人(バンコク在)のレポートです。

 昨日プーケットに出張し、津波被災地も見てきました。プーケット島内では最も大きな被害を受けたバトンビーチを見てきたのですが、町は全く普通の状態でした。

 さすがに海岸に面した商店街は軒並みやられていましたが、多くの店が修理にとり かかっており、また営業を再開しているレストラン、バー、商店もあります。 海岸から中に道一本入った商店街は全く被害を受けていません。 津波関連お土産品の開発も盛んで、TSUNAMIのロゴ入りTシャツなどが売られている という話でした。

 砂浜には多くの外銀観光客(全て欧米人でした)が日光浴をしており、全く観光地 の日常的風景でした。 レスキュー隊が働く傍らで観光客が日光浴をしているのはけしからん、と言う報道 が日本でなされているようですが、これは全く馬鹿げた批判です。

 現地の人が本当に欲しているのは、緊急援助隊が形ばかり持ってくる僅かな水や食 料ではなく、生活再建を可能にする事業、仕事の復旧であるはずで、そのために観 光客が来て日光浴をするのは最も大きな復興援助になるのではないでしょうか。 日本の報道は被害の大きなところばかり報道し、それがあたかも全てであるかのよ うに「行くな、近づくな」を連発しています。

 一方外国のメディアは、何処そこの施設は普通に営業している、何処そこのホテル はレストランは閉まっているが部屋はOK、といった報道をしています。 事実同地域の観光施設の95%は普通に営業しているのですから、そちらにとっては 津波の被害より風評被害のほうがよほど深刻です。

 緊急援助活動を強調し、自衛隊の存在意義をアピールしたい政府方針に沿った報道 をするだけでなく、本当の現状を伝え、いっそ海岸清掃観光団の送り出しでも呼び かける報道機関はないものでしょうか。 以上、プーケットレポートでした。


2005年01月25日(火曜日)

 (24:45)「中国経済は軟着陸できるのか」といった雑誌記事が目立つ。じゃその「軟着陸って何 ?」「どんな状態 ?」と私は思う。どこの国の経済だって軟着陸なんてしていない。悪い良い、良い悪いの繰り返しだし、経済に対する見方は常に変わる。じゃ、日本経済はいつ軟着陸したのか。言葉は便利だが、定義しないと結局何を言っているのか分からなくなる。

 中国が昨日、昨年の経済成長率を発表した。その直後にマネックス用に以下の文章を書きました。非常に重要な点は、中国の発射台は非常に低いということである。上海に行けば見えない部分があるが、中国の田舎に行けば発展の恩恵を受けられない人の数は多い。彼等をどう食べさせるかが今の中国の経済政策を考える上で非常に重要である。

 中国が成長率を下げたらどうなるか。大量の失業が発生し、2.4億人と言われる移動人口も立場が弱い分だけ政治的に不安定な集団となる。そういう点を考えないと、日本の感覚で「中国経済の5〜6%での軟着陸」といったことを言っても意味がない。まあ、そういう気持ちで書いた文章です。

 ところで、その文章の前に一つHPを紹介しましょう。スタートしたばかりのほかほかです。ドリアンさんとおっしゃる。よくメールを下さる方です。プロフィールの蘭に「ドリアンとは果物の名前 。初めは取っ付き難いが、慣れると病み付きになる」と。ははは。まあでもスタートからきっちりと作っておられるのでは。楽しみですな、展開が。

 中国は引き続き高成長している。去年のGDP実質伸び率は前年比9.5%だった。日本では「投資過熱への抑制策にもかかわらず」という表現の記事が多いが、これは一面しか見ていない。暴動まで各地で発生している発射台(発展段階)が低い中国では、日本人が想像するよりはるかに高い成長率が必要であり、日本の一部エコノミストが言うような5〜6%への成長鈍化など政治的に無理である。

 9.5%(速報値)という伸び率は、1996年の9.6%以来の高成長。2003年(9.3%)に続き2年連続での9%台成長。市場の事前予想8.9%前後、2004年の政府成長率目標7%をともに大きく上回った。中国政府は05年の成長目標を8%前後に引き上げており、投資過熱防止へ「コントロールの手は緩めない」(温家宝首相)との姿勢だが、常識的に見れば「中国はいつか減速」という一般的な見方に反して、中国が高成長を続けると筆者は見る。

 なぜか。まず中国政府が05年の成長率目標を04年のそれから1%引き上げた理由に耳を傾けるべきである。「新規卒業者さえ7%目標では吸収できないから」となっていた。つまり、 社会の安定のためにも雇用の吸収を行おうとしたら最低8%の成長が必要だと言うことだ。従来から中国では、「7%成長では不況感が強くなる」と言われていた。

 次に、不況感の強まりを許せば、革命を先導した権威もなければ、国民から選ばれたわけでもない今の胡錦濤政権は大きく揺らぐ。一部セクターの過熱は抑えるべきだし、中国政府はその為の手段をとっている。しかし筆者は、実際には胡錦濤政権も国民も中国は高い成長を歓迎していると見る。

 日本人が忘れがちなポイントは、中国が国民一人当たりGDPで極控えめとしかいいようのない3000ドルの「小康社会」を"目標"としているということだ。ということは、そのレベルにも中国は達していないのだ。豊かさへの渇望がある。日本のそれは2万5000ドルを優に超える。中国が依然として、「豊かになることを急がざるを得ない、国民もそれを望む社会」である、ということは忘れてはならない。


2005年01月24日(月曜日)

 (07:45)土曜日にGMの話を書いたら、今日の日経産業新聞が特集の「上」としてこの世界最大の自動車メーカーの特集を始めた。あと一本で終わるのか二本続くのかは知りませんが、どんな新しい情報が出てくるのか楽しみ。まあ特集だから切り口が問題でしょう。

 それにしても、NHKと朝日の非難合戦は日曜日の夜のNHKニュースを見ても続いている。組織は、非難されたときに一番団結し、一つの立場に収斂する。そして、組織の中では他の見方が徐々に許されないムードが醸成され、それが組織を覆う。それは国でも同じ事だ。

 そこで思うのは、論争は論争でやってもらうとして、他の問題に対する報道姿勢にこの問題を引きずらないで欲しい、ということです。恐らく取材の現場でも、記者同士の感情も複雑なものがあるに違いない。25日にも海老沢会長は辞任の方向という。朝日とNHKの対立がどこまで続くのか、裁判に行くのか知りませんが、お互い報道に携わる人間同士でのインタビュー内容についての齟齬。かなり深刻な問題です。


2005年01月22日(土曜日)

 (23:31)ラジオ聴取率調査10連覇のスタンバイの宴席会場ではスタッフの方々にケーキまでご用意いただき、またEZ!TVのスタッフ一同様からは大きなお花を家に頂き、また多くの方からメールを頂き、many many tks。ははは、また年とっちゃいました。何歳だったかな、忘れました。ははは。

 でも今年は年初に海外に行ってないので、なんか寂しい。去年のインドが強烈だったので。これからあっちこっち行かねば、と思った一日でした。土曜日なのに、宴席会場の熱海の旅館から帰ってきてそのまま世田谷のスタジオで収録だったり、その後は...そうだシノビーの出版記念パーティーだったり。久しぶりに勝山さんに会えたのは良かったな。ははは、不良の甘言に負けて(?)土曜日の朝4時過ぎまで麻雀していたんで、疲れましたわ.....ははは。
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 ところで、ここ一両日で読んだ一番面白い、興味を引かれた記事は、「GM's bonds fall to record low」というファイナンシャル・タイムズの記事でした。そうだと思う。2007年になってやっとクライスラーと共同開発する予定のハイブリッド車を出す(ほんとに出来るのかな....)と言っているような会社が、例え世界一(生産・販売台数)だからと言って安泰ではないはずだ、と思っていたので、見出しだけで読む気になった。さすがにGMの社債の価格までチェックしていないので目新しくて面白かった。記事の内容は

  1. SPが去年10月にGM社債の格付けを引き下げて以降軟調に推移していた同社の社債相場は、先週大きく下落して史上最低となり、利回りは大きく上昇した。GMが抱える問題は、同社の長期的な競争力確保に対して市場に根強い不信感があると同時に、実際に市場での同社のシェアが低下していること、それに同社が抱える年金・健康保険関係の膨大な義務費用である

  2. 現在の同社のSPによる社会格付けはトリプルBマイナスで投資グレードとしては最低。今からもう一段の引き下げが行われると、同社の社債は「junk」とか「speculative」と言われる債券の範疇に入る。アメリカの機関投資家は通常、この手の債券を保有できない

  3. 他の格付け機関はSPより多少上の格付けを行っているが、SPの措置に関心を寄せているのは確かであり、今のところ同社の社債の価格が上昇する切っ掛けはなさそうだ。実際の所、アメリカの市場以外ではGM債券は既にジャンク扱いで、2013年満期の同社のユーロ債の利回りはブンズ(ドイツ国債)の利回りを390bpも上回っているが、これは通常「speculative」とされる社債の対ブンズ・スプレッド310bpを大きく上回っている
 うーん、なかなか厳しい話しですが、市場は良く見ているということでしょう。「ハイブリッドでトヨタの先行を許したのは戦略的失敗だった」と今頃になってGMは言っている。トヨタに頼むのはさすがに出来ないと思ったのでしょう。で、クライスラーと共同開発すると。ということは、単独開発も出来ない、ということだし、フォードが諦め、ポルシェも日本車メーカーに依存することを決めたハイブリッド技術を、本当に獲得することが出来るのか....。

 市場が同社のこれからの長期的競争力を危ないと見ているとしたら、その対極にあるのは日本車メーカーです。だから思う。実はトヨタもGMの健康度を心配してみているのではないか、と。さすがにアメリカ最大の自動車メーカーの命運がマスコミに載り始めれば、政治騒動に巻き込まれる。今のところアメリカの世論も消費者も、日本車メーカーには優しい。なぜなら技術が違うからです。

 企業の命運の盛衰は激しい。だから燃料電池で一気にGMが逆転ということもあるかもしれない。しかし、ここ当面のGMは厳しいし、それは注視するに値する問題だと私は思う。


2005年01月21日(金曜日)

 (07:31)本を一冊紹介しましょう。このサイトの持ち主である内藤 忍君が書いた「内藤忍の資産設計塾」。この短い文章の中に「内藤 忍」を2回も書かなくてはいけないのは、本の題名に「内藤 忍」が忍んでいるからですが、うーん、最近では資産設計に関して一番まともな、読み応えのある本ではないでしょうか。

 私のようにただ文章を続けて本にする方法ではなく、チャートを使い図表を使いの本ですから、これは結構、作成・確定に時間がかかっていると思う。そういえば、ここ数ヶ月の彼のサイトを読むと「本作りで苦労した、今こんな事に悩んでいる」とくどいくらい出ていたな.....。その成果がこの本だということです。

 今書店に行くと、100万円が一億円になるだとか、一銘柄で1000万円儲かったとか、ばかな本が一杯並んでいる。まあそりゃそういうこともあろうがな....と。しかし、まともな本は少ない。そういう中で、手元に置きたい本ではある。地味だが、資産運用、設計を哲学のところからまじめに考え、書いている。

 まあまだ彼は安月給で働いているから、自分ではそれほど資産運用しているとは思えない。証券会社に勤めているという制約もある。しかし、「人気セミナー講師」として、早稲田やその他自社・他所でずっと教えてきたその神髄が入っていると思う。推薦です。
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 ところで、毎週木曜日はアジアの番組があり、一週間のアジアのニュースを見直すのですが、昨日は面白いニュースの存在を再確認しました。

年収75万円から620万円が中国の中産階級・中国サイト報道

 【北京19日共同】19日の中国のニュースサイト「千竜網」によると、中国国家統計局はこのほど、中国都市部の中産階級の基準を発表し、3人家族の場合で6万―50万元(約75万―620万円)の年収がある人々を中産階級と規定した。

 所得水準を他国と比較、中国の購買力や地域の収入格差などを計算して基準を定めたとしている。現在この基準を満たす都市住民は約5%だが、2020年には45%に達すると予測している。

 というのです。結構凄いニュースだったのですが、新聞では見落とした。番組をやっているとこういうニュースを改めて見直せる点がメリットの一つですが、このニュースをまじまじと読むと、短いのですが、いろいろなことが分かる。

 まず、その下限の低いこと。年間75万円。昔私の友達が、「100万あれば、中国では一年間暮らせる」と言っていたのが本当だと分かる。それでも家族3人の中産階級の所得の枠内ですから。次にその幅の広さ。下限と上限では9倍くらいある。加えて、中国の都市部でこの範疇に入る人は5%ということは、その上が多いとは言えないから、大部分の、あえて言えば90%以上の所帯は年収76万未満の所得で生活しているということになる。

 とにかく中国は、貧富の差が激しいのです。同じ中国からのニュースに、「上海市、2ケタ成長を持続」というのがあったが、その直後には「都市開発に市民の不満も」と書いてある。それによると、「上海市の韓正市長は18日、同市の議会にあたる人民代表大会(人代)で演説し、2004年の域内総生産(GDP)の成長率が13.5%と年初の目標を大きく上回ったことを明らかにした。今年も2ケタ成長を見込むが、人代の会場の外には都市開発などに不満を抱く一部市民が集まり、抗議の意思を示した。」と。

 中国の経済運営者が一番考えねばならない点でしょうな。そうしないと、中国社会の安定が崩れることになる。皆が豊になれる筈の社会主義の理想は、貧富の差を激しくする野放しの市場経済で存在しないばかりか、人々の希望を奪う形になっている。各地で暴動が起きているのは、そういう背景があると思われるからだ。


2005年01月20日(木曜日)

 (00:31)日本式カレーの海外進出に関しては、いろいろな方から情報、賛意などなどを頂きました。tks。ハウス食品が上海にカレーハウスを出しているようですね。いろいろな方から教えて頂きました。CoCo壱番屋も中国を主要ターゲットにいろいろ動き示しているようです。

 しかし私は思うです。日本のカレーの海外進出は全く足りていない。子供の頃から食べ続けたあのカレーは、世界にデビューさせておかしくない、と。ニューヨークにカレーハウスが出来たら、多分私は行ったときには寄ります。
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 それにしても、19日の夜の日本のマスコミ数社の発表には驚くものが多かったな。TBSの「失跡者酷似の写真男女 韓国在住の脱北者と判明」(毎日新聞記事から)は、ここでも書いた通り番組(日曜日の夕方)を私も見ていて、なかなか良く調べているという印象を持ちましたが、それがお金狙いの写真提供で、日本人でもなかったとは。似ている人を探して、それを写真にしている人でもいるのですかね。ちょっと軽率というか、「もしかしたら生きている」と言われた家族は、ぬか喜びだったことになる。

 NHKと朝日新聞も主張が真っ向から対立。その場にいてやり取りを聞いていたわけではないので分からないのですが、報道に携わる人同士のやり取りが、結果的にこれだけ違う方向で表面化してくるとは。

 私も長らく為替関係で取材される立場にもいましたから、「ああ、この人はこういう方向で聞きたいんだ」と分かることはいっぱいあるわけです。今後円高になるから日本経済には厳しいって言う記事を書きたいんだな、とか。そういう時は、記者さんの既成概念を崩す話しをなるべくするようにしているのです。だって、日本は長い目で見ればずっと円高の大きなトレンドの中にいて、その中でこの経済大国を築いてきた。だとしたら、「円高=悪」なんてとても言えない。ただの間違った既成概念です。

 今回のNHKと朝日の対立がどう決着するのか。テープでも出てくれば面白いと思うのですが、まあないんでしょうね。両方とも思い込みが深くて、逆方向で理解したということもあり得ない話しではないが、まあどっちかがバイアスがかかっているんでしょう。とことんやって下さいよ。なあなあよりは良い。


2005年01月19日(水曜日)

 (07:31)ありゃ。気持ちの中では最初「年間所得」と書いて、「違う、生涯所得だ」と思っていたのですが、思っただけで直していませんでした。昨日の中村さんの話の中で「2〜3億円」の部分です。ご指摘tks。

 ところで、昨日ある人と店の人4〜5人で食べ物の話をしていたのです。そして、海外から帰って来た時に何が食べたいか、日本の食事はほんとうに旨い、というような話しをしていた。私はここでも書いたことがあるのですが、ニューヨーク4年駐在中に無性に食べたくなったのはカツカレーで、日本に帰ったときに、具体的には雀荘などで食事をするときは、しばらくずっとカツカレーを頼んでいた。そんな話しをしたのです。

 そしたら誰かが、「ニューヨークにだってカレーはあるでしょう....」と。それはあります。インド人がやっている。しかし、日本人が日本で食べる、例のああいうカレー、チェーン店が一杯展開していて、下にしっかりご飯が潜り込んでいるカレーというのはない。その時にニューヨークではそうだったし、多分今のニューヨークでもそうだと思う。ラーメン屋はあったのに、カレー屋はない。

 で、思ったものです。「まてよ、日本であれだけチェーン展開している店があるのだから、また旨いものを見つけ出す才能では日本人は才能があるはずだから、いわゆる日本のカレーは世界で通用するかもしれない」と。私も高円寺でふらっとよく行く店があって、そこの「牛しゃぶ」というのが好きなのです。牛肉と茄子が入ったカレーで、私はかつてはその上に生卵を落としていたが、店の方針でそれが半熟卵になった。そういう日本のカレーは、海外でもいけるのではないか、と。インド人がやっているレストランのカレーとは別ものとして売りに出すのです。

 だって、ラーメンは本来中国のものですが、日本化して、それでチェーン店が一杯できて、それがニューヨークに進出している。70年代後半の5番街には、「札幌ラーメン」があった。夜はその二階が雀荘でした。だとしたら、本来インドのカレーが日本に来て日本化し、日本でチェーン店展開しているものを海外に逆に持ち出してもおかしくない。パリにだって日本のラーメン屋は展開している。日本のカレーだっていけるはずだと思って、それを話題に載せた。

 そしたら、私以外は全員食べ物に関係した人でしたが、「うーん、それはいけるかもしれない」という話になった。おべんちゃらを言うような連中ではない。だから実際にそう思ったんじゃないかな。

 だって、日本のカレーはうまいものはうまい。子供を調査しても、カレーは好きなものの常に一位、二位に入る。日本人はカレー好きです。インスタントも一杯できている。日本人の味覚が「旨いもの」と判断して、日本で普及しているものは、世界に波及してもおかしくない。

 インドに日本のカレー屋を逆進出させたらどうか、などなどいろいろ話していたのです。ニューヨークでもいい。ロンドンでもいい。日本のカレーを展開している店は慎み深い。もしかしたらあるかもしれないが、私の知っている限り、また彼等(話題に加わっていた)の知っている限り海外展開していないと思う。作り方もマニュアル化されていると思われる店も多いし、座れば直ぐ出て来るし.....。

 そこまで話しが来たところで、私が思いつきで「じゃ、その店の名前はJカレーでどうだ」と。日本の「J」とカレーをくっつけるです。海外では、「J-curry」とでも付ければ良い。この名前に賛意が集まったな。集まったので、「だからさ、誰か店出したら...」と私。そこにいたのは、地中海料理屋経営者、和食店従業員達でしたが、そこで「私は嫌」とか「うーん」とかで話しが止まったのです。

 でもやる価値あると思いませんか。日本のカレーの海外展開。インドのカレーとは別ものでの展開。ちゃんと客が入ると思うがな.........


2005年01月18日(火曜日)

 (07:36)「弁護士に言われたので」「負けですよ、負け」と中村さんは記者会見で吠えていました。「600、200億がたった6億ですよ。負けですよ」と。しかし私はこの青色発光ダイオード(LED)の発明対価訴訟は非常に大きな意味があったと思ったし、その旨いろいろな番組で喋ってきました。

 企業と従業員の間に健全で前向きな緊張関係が生まれたこと、中村訴訟を受けて既に日立製作所など日本の有力企業の多くが社員の発明対価に関する報償的な・事前取り決め的な規則を設け始めたこと、これまで文化系に比べて評価が低かった企業内の理科系の人々に希望を与えたこと、などが理由だった。私はいつも思うしいろいろな場で言っているのです。「テクノロジーこそ、社会を変える」と。

 中村さんは「たった6億(利子を入れて8億4000万円)」とおっしゃっていましたが、まあこれは2〜3億と言われるサラリーマンの生涯所得の二倍〜三倍。社会に与えた影響は大きいし、実際に社会は社員の発明対価の設定という方向で動いている。

 ただ一つ、中村さんに不本意な「和解」を薦めたという弁護士の先生は何を考えていたんだろうと思っていました。中村さんは「日本の司法制度は腐っている」と言っていましたが、弁護士は何を考えていたのか、と。

 と思っていたら、今朝の日経産業新聞の一面「仕事人 秘録」という記事に、升永さんという中村裁判を担当した弁護士先生が登場している。「なぜ和解を薦めたのか」については、一般的に言われている「これ以上上級審に行っても得るものがない」という理由ではなく、「中村さんの研究者としての生命が失われる」点を挙げていた。和解を拒否すれば最高裁、差し戻し審、さらに二次訴訟と訴訟が続く。その間「中村さんは研究できない」と同弁護士。

 中村さん(50才らしい)はこの弁護士先生に、「もう一度発明をしたい」と言っていたそうだ。確かに、裁判を続ければ時間切れになる可能性はある。私もそう思う。社会に与えた前向きなインパクトは大きかったと。

 この記事の見出しは、「中村裁判、4つの画期的な意義」というのですが、この四つは升永弁護士が自分で指摘してるもの。以下の四つです。

  1. 「ご褒美」が「対価」に転換したこと
  2. 企業に埋没していた会社員が「個」として権利を主張したこと
  3. 「ご褒美」を「対価」に変えることで、産業振興を目指したこと
  4. 社会のルール作りにつながった
 うまく整理されていると思う。私の考え方と重複する部分が多い。だから私は、中村さんには不満が残ったかもしれないが、今回の裁判には非常に大きな意義があったと思うのです。


2005年01月16日(日曜日)

 (24:36)TBSの日曜5時半からの報道特集は家にいるときには見る番組の一つですが、16日の放送は情報の収集、検証、新たな推測、そして検証、一定の結論と、実に見事な調査報道になっていた。その結果が、16日夜の各紙追っかけネット報道「1968年12月に北海道稚内市で失跡した高校3年生、斉藤裕(ひろし)さん(当時18歳)と、77年10月に鳥取県米子市で失跡した家事手伝い、松本京子さん(同29歳)は拉致の可能性濃厚」に発展している。私が知っている限り、報道特集の報道が一番早かったし詳しかった。

 「脱北者とされる男性が、この2人の顔写真を日本の民放テレビ局に提供」(読売新聞)の民放テレビがTBSだったということでしょうが、政府が今まで「拉致の可能性はない」「少ない」としていた二人にも、これで拉致の可能性が濃厚になったと言える。

 家族の一人の方が、「複雑」と言っていたのは本音だと思う。嬉しいという気持ちもあるが、整理がついたところへの生存の可能性ということで、気持ちが動揺しているのでしょう。松本さんのお母さんもテレビで出ておられた。

 こういう問題が次々に出てくるようでは、政府が目指す形での拉致問題の決着というのはなかなか難しいでしょう。膿を全て出すという意味では、政権が変わることが望ましい。そうでないと、直接の責任者が政権の中枢にいるでしょうから、綺麗な形での決着は難しい。難しければ、日本の世論はいつまでたっても落ち着けない。

 北朝鮮には、「世論」というものが存在しない。国民の自由な発言が許されていないからだ。自国にないものは、その国に住む人はなかなか理解できない。今の北朝鮮の為政者にとって今はこのような状況でしょう。それにしても、拉致問題の闇は深いと感じる報道だった。


2005年01月16日(日曜日)

 (16:35)ははは、今年も二位でした。ゴールデン街の方々のチームと同票で。これで2年連続の二位。連複からみ率は結構高い....。

 順位発表後の全員写真第一回が1997年1月26日で、それから数えて今年で9回目。毎年1月中旬に行ってきて、この日は絶好の鍋日より。外は冷たい雨という天候。また今年も9種類の鍋を食べられて楽しかった。各チームとも多士済々のチーム構成で、また来年も楽しみです。

 今年は面白い鍋があったな。全く火を使わない鍋。まあ鍋の定義とかうるさいことを言えば、「火を使わない」ということでは、鍋にならない。しかも、ハーゲンダッツのアイスクリームの大きいのを三つも鍋の中にいれて、その中に具を入れて、はいできあがり。まあちょっとデザート風ですが、結構人気があって売り切れた。去年の大会直後に発想したそうな。一番ユニークでした。名前は確か「ほっと一息鍋」だった。

 我々の鍋は、シノビーの彼女の丁(てい)ちゃんが今年も発想してくれた鴨を使った不死鳥鍋。副題は「anti-aging」。鴨を煮るほどに味が出て、評判が良かったな。だから、27票を集めて堂々の2位。同じ票を集めた二位にはゴールデン街チームが入って、こちらの鍋は確か冬ソナ鍋。ママがヨンフルエンザ患者ということで。このチームは我々と同じくらい上位に毎年来る。

 優勝は今泉さんのチームの新春めで鯛鍋。確かに美味しかった。特に鯛が美味。私も票を入れました。最高得点、ぶっちぎりの42点だったかな。素晴らしい。今泉さんのチームはいままでも良いところに行きながら優勝を逃していて。実際に美味しかったし、優勝チームへの拍手は温かいものがあった。

 その他の気になったチームの鍋を論評すると、うまいものドットコムチームの鍋はちょっとしゃぶしゃぶ風のあっさり鍋、文化放送チームの鍋は....うーん忘れた。名前がめちゃ長かったので。銀座の学校チームの鍋は、ワインを使った大人の鍋。衣装まで黒ずくめで決めていたし、なかなか発想が豊かだったが、今一歩かな。来年も出るそうです。

 一番低い得票だったのは5票の「受験生必勝鍋」。一チーム5票だから、自分のチームの人しか入れなかった、という。まあ、聞いたら、即製チームだったそうで、そりゃ無理だ。来年の再戦を期待。

 今年も一位への賞は書です。最前列の真ん中の人が抱えている書。「菜」と読める。私が北京から買ってきた書も賞品に出して、自分ではもらえないので、同票2位のゴールデン街チームに献上しました。後ろの人がもっている「鍋」の書です。

 来年は第10回。ははは、よう続く。まあ楽しいから来年も、ということです。


2005年01月14日(金曜日)

 (00:35)こりゃ大変だ。何の話かというと、中国の社会保障制度、もっと端的に言えばその欠如です。つまり、中国には日本で言うような社会保障システムが人口の大部分に対して基本的にないというのである。そうした中で中国は日本より近い将来きつい「少子高齢化」に突き進みつつある。日本は制度の破綻の可能性が問題ですが、中国にはその制度そのものがなかった。これには驚きました。

 今年初めてのラジオNIKKEIの「Asia Today」は「中国の社会保障システム」についてニッセイ基礎研究所の沙銀華(さぎんか 男性です)さんの話を聞いたのです。その話の肝心の部分は以下の通りです。

  1. 年金、医療保険など日本で言う社会保障システムに入っている中国人は、全人口13億人の中で、せいぜい都市に戸籍を持つ住民の中でも1〜2億人に過ぎない。その他の11〜12億人の中国人に対しては、地域、会社によってごく例外的にあるが、基本的には社会保障のシステムが全く存在しない(年をとってからの保証がない)
  2. 中国の基本的な老人扶養のシステムは、ずっと「子供による扶養」であったが、それが一人っ子政策の影響で特に沿岸部では夫婦の子供が一人のために(内陸部では結構子供は多く、その結果”多子老齢化”になりつつあると)、平均して一人の子供が親やその親など6人を養わなければならないという非常に厳しい状況に差し掛かりつつある。厳しいと言うよりも、これは無理であり、非常に大きな問題になりつつある
  3. 中国の人々は、戸籍などから基本的に三つのグループに分けられる。農村戸籍の人、その農村戸籍でありながら都市に出稼ぎに出ている人(移動人口と呼ばれる)、それに都市戸籍を持つ人。農村戸籍人口は7〜8億人であり、そのうち家族を含めると2.4億人が移動人口になっている。残りは都市人口である
  4. 農村戸籍に入る人々については、ごく豊かな農村に例外的に存在する以外は、社会保障システムは存在しない。移動人口に入る戸籍は農村にありながら都市に居住する人々は、むろん社会保障システムは存在しないし、子供を都会の学校に入れることも出来ない
  5. 都市に住む人口の内でも、年金保険や医療保険に入っている人は1〜2億である。中国でも、社会保障システムを徐々に広げようと言う努力は行われている。移動人口に対しては、少なくとも医療保険制度を適用しようと言う一部都市当局の努力もある。しかし、急速に老齢化している人口に対処できているかと言えば、それはノーである
 沙さんの話によれば、大きなくくりで言えば中国の社会保障システムは「社会保障」「社会救済・福祉」「軍人優遇制度」の三つあり、二番目の「救済・福祉」のシステムはハンディキャップのある人を対象としているという。その「社会保障」の中に「年金保険」「医療保険」「失業保険」「労災保険」「出産・育児保険」があって、前2者がいわゆる西側社会の言う社会保障に相当するという。しかし、その恩恵に浴することが出来るのは人口のほぼ一割という。お国変われば、事情も変わるというわけです。でも、今のままで中国の高齢化が進んだら、どうなるんでしょうね。中国のあちこちで騒擾が起きていますが、人々の不安感が強いことは容易に想像が付く。

 まあこういう「特定分野」に限った中国取材というのは、結構面白いものです。そういうところにこそ、日本との違い、他国との違い、その国が本当に直面している問題が出てくるので。そういう意味で、非常に勉強になった番組でした。聞く身でしたが、ずっと強い興味が持てた。


2005年01月13日(木曜日)

 (16:35)ファイナンシャル・タイムズにアメリカの貿易赤字に関して面白い記事を見つけました。11月の米統計に関しては、「なぜアメリカの輸出がそれほど減ったのか」と並んで、「石油価格が下落したのに、なぜ石油輸入代金が21億ドルも増えたのか」が疑問だった。

 FTには以下のような文章があった。「Excluding imports of petroleum, imports were down 0.6 per cent. But the rise in oil imports was due to larger volumes and not higher prices. The crude import bill rose by $2.1bn despite a fall in the average price of imported crude from from $41.79 to $41.15 in November.」考えてみれば当然ながら、アメリカの11月の石油輸入代金が膨らんだのは、実は輸入量が著しく増えたためということのようです。ではなぜ輸入量が増えたのか。それはちょっと調べます。いろいろあった災害の関係かもしれない。
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 話はちょっと変わりますが、今日読んだ文章では日経ビジネスの「敗軍の将、兵を語る」がなかなか素直でいいな。シティバンクの在日代表のピーターソン氏が語っている。ここには今まであまり外国の企業は出てこなかった。読むと、何を反省しているのかが分かる。

 「日本の当局を甘く見ていたとか、なめていたとか、そういうことは全くありません」と。まあこれを言いたかったんでしょうな。そういう見方が日本には根強くあるので、それを否定したかったのだと思う。プライベート・バンキング部門は今年の9月で打ちきりとなるそうです。今そこに口座を持っている人はどうするんでしょうね。どこかに移すか、自分でやるか。

 しかし投資アドバイスの仕事は増えると思う。日本の個人金融資産は多い。しかし、常にマーケットを見ていられる人は少ない。となると本当のプロと投資・運用の透明性が求められる。今の日本にはこの両方が少ない。
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 また別の話ですが、運用に関連して、今日の昼は生命保険会社の人と飯を食べたのです。私が「なぜ日本の生保は株を買わないのか....」と。そしたら彼らの答えは、「株のような資産を持つと、ソルベンシー・マージンとかから見た会社の評価が悪くなってしまうんですよ」と。つまり日本では生保の評価体型そのものが「債券保有優位」に出来ているのです。

 しかし考えてみれば、今の金利で本当に債券投資が低リスクと評価できるのか。間違った概念が蔓延っていますね。特に今の金利では。おかしな事がまかり通っている。私のインスティンクトは、「横並びは危ない」と言っているのですが。


2005年01月13日(木曜日)

 (08:35)ドルが下がればアメリカの輸出が伸びて、同国の貿易赤字は減る....と言い続けた一部のエコノミストには、確かにショックな数字だったのでしょうね。11月の同国の貿易赤字は月間で600億ドルの水準を破り603億ドルになった。これはアメリカにとっての史上最大の月間赤字。これに驚いた外国為替市場ではドルが急落した。

 これに関するアメリカのエコノミスト達の意見をウォール・ストリート・ジャーナルで読んでいたら、面白かった。同紙の本文の記事には、

"Today's release ... continues to confound the 'experts' who have constantly predicted that a weaker dollar would be the cure for America's exploding trade imbalance," said Peter Schiff, president of Euro Pacific Capital Inc. in Newport Beach, Calif. "If anything, the statistical record is showing an inverse relationship between the dollar and the deficit: The more the dollar falls, the higher the deficit goes."
 という記述もある。つまりドルが下がれば下がるほど、アメリカの貿易赤字が増大する、と。これは一時の日本でも聞かれた言葉を指す。つまり「J-CURB効果」。つまりドルが下がれば、その時点でアメリカの同量の輸入額はドル建てにすると増加する。なにせ他通貨建てにすればドル安は輸入価格を引き上げるからです。つまり、通貨の上下の変動が初期の段階では、当該通貨の動きは対外収支の不均衡を増幅させてみせる。

 そういう技術的な問題以上に、アメリカの対外収支改善で問題となる構造は、そもそもアメリカ経済が輸出品との競合産業もあまりもたなくなっている、という点でしょう。おもちゃから始まって、かなり大きな産業分野でアメリカは国内産業を持たなくなっている。ソフトの輸出では強いアメリカ企業も、ハードの分野では弱いところが多い。テレビなんて作っていないのでは。

 つまり、ドル安にしても、アメリカには値段の多少高くなったおもちゃが引き続き押し寄せるというわけです。だから、はっきり言えば、ドル安はあまり効果的なアメリカの対外収支の是正策とは言えない面がある。一番良いのは、海外の消費者が買えるアメリカ製品をなるべく買うようになること(海外諸国の景気拡大)と、一方でアメリカの消費者が少し財布のヒモを締めてお金を貯蓄に回すことです。多分そうしないと、ドルを下げただけではアメリカの対外収支は改善しない。

 各エコノミストの意見の中には「On the export side, we sold less of just about everything but artwork and nuclear fuel.」というのがあった。私はまだ統計を詳しく見ていないのですが、この文章によればドル安で輸入額が増えたばかりでなく、アメリカの輸出サイドでは11月は増えたのは美術品と核燃料だけという。つまり、何もこれといった輸出の増加が見えなかったということです。穀物などを含めても。こっちの方が問題でしょう。

 アメリカの03年一年間の貿易赤字は4965億ドルで、5000億ドルを下回っていた。去年は既に11月までで5613億ドル。よほどのことがない限り、年間6000億ドル超えは必至。アメリカ経済を11兆ドル経済としても、赤字の対GDP比は5.5%近い。懸念すべき事態ではあるが、しかしドル安だけにこの赤字の縮小を頼るのは無理があるだろう。


2005年01月12日(水曜日)

 (24:35)今まで行きたいと思っていて行けなかった品達に初めて行きました。ラーメン好き。挑戦するかのように七人のラーメン職人がこっちを向いている電車の広告で知っていて、「ほんじゃ行かなきゃ」と思っていたが機会が出来て。

 品川駅の高輪口を出て左に折れて直ぐ。どの店が良いのか分からないので、時間をかけて制覇すればいいやと思ってちょっとうろうろしたあと旭川の塩ラーメンをトライ。うーん、イマイチかな。あとで「品達通」(?)に聞いたら、品川駅に近い方からうまいということらしい。ありゃ、旭川ラーメンはかなり遠い。まあいい、また行けばと思いました。

 品川まで行ったのは、「トランクルーム」とはどんなものぞと思って、まあ大手と思われる寺田倉庫さんにお邪魔したため。品川駅からタクシーで基本料金でした。

 まあ部屋の中というのはいろいろなものが増殖するんですな。各種書類とか。捨てるわけにもいかない、デジタル化にも限界がある。そこで、ちょっと「倉庫」が欲しいな、と思ったのです。昔は皆家々には「お蔵」があった。しかし今はそういうものはない。

 でいろいろなタイプを調べたり見たりしているのです。同じトランクルームでもいろいろタイプがある。借り手のいないビルのスペースを転用して、空調もなくパーティションしただけのタイプもあれば、まるで銀行のセーフ顔負けのしっかりした管理システムを取っているところまで。賃貸業者系と倉庫業者系と。

 家の近くが良いなと思って探したのですが、どうもいいのがない。まあ若干の重要物に属する書類なども入れようと思うので、上が抜けているのでは困る。家の近くにはそういうのしかなかった。で、寺田倉庫さんに行ったという次第。

 この会社の人と話していたら、面白かった。倉庫業者として三井だとか三菱には勝てない。「徹底して個人を顧客に考えている」と。株価を調べたら、上場していない。まあ、保管室などを見せてもらったらしっかりしていました。天王洲にあるので、津波とか地震とかが心配でしたが、保管ルームは皆上階だった。

 この会社は、金庫だ、ワインセラーだ、美術品収納だ....と実にいろいろやっている。ワインセラーね。ワインはたまるんですな。家ではあまり飲まないから。人にやってはいるし、会合の度に供出しているのですが、それでも衝動買いもあるからたまるし、いつか自分で飲んでみたいものもある。しかし、家にワインセラーを置くのは面倒。一つ店にスペースをもらっているのですが、それもな、と思っている面もある。まあでも、ワインのためにお金を支払って保管してもらうのもな、といろいろ考えるのです。

 まあでも思ったのは、実にいろいろな商売が出てきているな、と。「倉庫業者」など、今まではあまり個人のお客とは関係ないと思っていた。しかし、寺田倉庫は完全に顔をエンド・ユーザーに向けている。「これは」と思ったタイプがないほど、結構お客が付いているのです。それが面白かった。

 ここのいいのは、銀行のセーフと違って土日もやっていることと、スペースの大きさが選べることかな。銀行のセーフは多くて三種類。温度も一定なので、そういうものも預けられる。土日やっている代わりに、月曜日が休み。平日の営業時間中に銀行のセーフに行くのはなかなか大変ですから。


2005年01月11日(火曜日)

 (23:45)今年最初のマネックス・メール用に以下のような文章を書きました。今年はなぜか、投資に関する質問が多い。で世の中に出回っている「いわゆる情報」との付き合い方をちょっと考えてみたもの。世の中は一方向に傾きがちです。報道の視点、情報の理解方向などいろいろなところで。反対も見ないと。

 その間の事情を知った上で行動した方が良い、というのが私の考え方です。投資に関する質問が多いのは、情報金利の低い状態も長くなり、みんな困っているんでしょうな。ま、その手の本もいろいろ出ているし、さらに出てくる。でも私の基本的な投資哲学は難しくない。「臍曲がり」です。皆が買っているときは売り、皆が売っているときには買う。バリエーションはいくらでもありますが。

 年初からいろいろな"興味深い"「説明」を聞いたな。スマトラ沖地震のような地震が起きるのは「地球がおかしくなっているからだ」という説。その一歩裏には、人類の活動が地球の活動をおかしくしている、という自責強要型の体勢的、世界的、マスコミ的認識がある。

 一方年初から株安・ドル高で始まった世界の市場の動きに関しては早速「マネーの変調」という説明がまことしやかに日本の新聞に載った。海外の新聞には「マネーが変調した」などという説明はどこにもないのに、面白い現象だ。株安・ドル高になったのは昨年末のトレンドがあまりにもその反対方向に行き過ぎていたことへの反動の面が強いというのが世界の見方であり、私もそう思う。

 提供せねばならない情報の量が多くなり、情報提供時間が長く、スペースが大きくなると世の中ではしばしば「説明主義」が蔓延る。それがないと世の中の人は納得しないのだ。教養主義の一面でもある。しかもその説明は、目新しく、かつ誰でもが納得しやすい体勢的なものが歓迎される。地球がおかしくなっているのは(?)、人類のせいだと言えば我々はなんとなく納得し、自責の念にかられるというわけだ。

 しかし、地球は人類が誕生する前から全球凍結があり、氷河期もあった。今のように温暖で偶然の積み重なりの中で人類というような高等種が生まれた時期が来たことの方が実は例外なのかもしれない。何せ地球の中味は極熱のマントルであり、地球はいつでも「荒ぶる星」なのだ。そういう全体的認識の下で人類の責任を自問して欲しいものだ。私もないとは思わないから。

 市場に関するメディアの説明は、常に実際起きていることの一部を針小棒大に取り上げたものである。そしてそれがメディアの説明のスタイルであり、実際に投資をしている人間はメディアの「説明主義」を一方では嘲笑う知恵が必要だろう。その余裕がバランスの取れた投資行動を生む。自戒しながら、そう思う。


2005年01月10日(月曜日)

 (23:23)我が友人には鋭いのがいるな。土曜日に筆者がテレビ局から渡された再生媒体がDVDではなくVHSだったことに若干の不満を表明したら、バブチャンから

 さて、DiaryにありましたがVHSが送られてきたという話。多分わざとVHSにしてたのでは?と思いまして。一般公開前にデジタルにすると一気に世の中にWinnyとかでばらまかれてしまうというリスクがありますから配給元がそうしたのではないでしょうか。

  VHSだったら取り込んでもいったんアナログ化されてますから再度デジタルに取り込んでも画質は落ちますし。

 と。彼の推測は正しかったようです。「伊藤さん、あれはわざわざVHSにしているのです....」とテレビ局の担当者の浜君に説明されてしまった。ははは。そりゃすんません。まあでも、見事に画質は悪かったな。内容だけ把握しろという意味で渡してくれたのでしょうからそれはそれで目的は達しているから、やはりもう一度劇場で見ることが必要なんでしょうな。

 映画が好きな人が集まる映画館は、家で見るDVD、VHS映画とはまた違う。だからあの3本は機会があれば劇場でちゃんとお金を払ってみようと思います。ところでバブちゃんは最近ブログのHPをスタートさせたらしい。ちらっと見ましたが、賛成できる意見がいくつもある。


2005年01月08日(土曜日)

 (23:12)久しぶりに家でまとまって映画を見ました。日曜日の番組に必要だと言うことでテレビ局の担当者の方が送ってくれたので、一気に3本。時々テレビに出ると、こういう良いこともある。先に見れますから。

 まあでも驚きましたよ。「DVDが送られてくるだろう...」と思っていたし、DVDならどこでもラップトップのPCでも見れるな、と思ったのですが、なんと送られてきたのはVHSのテープ。再生機は家にしかないし、家のVHS再生機からのテレビへのコードは普通外してあって、テレビはDVDレコーダーなどと繋げてある。入れ替えて見ました。テレビ局も早くDVD化(デジタル化)して欲しいな、と。

 見たのはパッチギネバーランドコーラス。皆良い映画でした。一般公開の前にごちゃごちゃ書きませんが、日本の60年代後半の京都を舞台にしたパッチギは、久しぶりにパワフルな日本映画を見たという印象。強いのです、ストーリーも、メッセージも、そして登場人物も。久しぶりだな、こういう強い日本映画を見たのは。ははは、時代背景はちょっと懐かしかった。

 こういう日本映画がどしどし作られて欲しいと本当に思いました。パッチギとはなんぞやと調べたら、「朝鮮半島の言葉で突き破る、乗り越えるを意味し、また頭突きという意味でもある 」とネットにあった。映画では、いろいろな意味が込められた言葉です。

 ネバーランドは本当に心に沁みるような落ち着きを持った映画。「この男優、どこかで見た」と思っていたら、「カリブ海の海賊」の彼(ジョニー・デップ Johnny Depp)でした。無論髭は剃って登場。あの時はどこかコケティッシュでしたが、今回は本当に落ち着いた渋い劇作家を演じている。「ピーターパン」はこうやって出来たんだ、と。

 なぜだか知らないが、私は「フィールド・オブ・ドリームズ」を思い出しました。ちらっと。どちらも、信じることによって「決して存在しない世界」に入り込む物語だったからでしょうか。「信じること」というのは、確かにパワーに繋がる。それに音楽がいいのです。ウェブサイト=http://www.neverland-movie.jp/を起こすと自然とテーマ音楽が流れるので、今はそれをスピーカーで出して部屋の中のBGMとして使っています。

 「コーラス」は、どこかトーンがニュー・シネマ・パラダイスに似ていると思ったら、その監督でした。これも良い映画ですよ。最後に鑑別所的学校の高い窓から手紙がいっぱい舞い落ちてくるところなんか泣けてくるな。しばらく家においておいて、二回ぐらい見たい映画でした。

 考えたら、映画は去年の「やさしい嘘」以来。もっと映画をみにゃいかんな...と思ったら、今年に入ってハウルの動く城は見ました。まあでも、もっと見ないと。春夏秋冬そして春もまだ見てないし。

 それとちょっと話は変わるのですが、昨年の暮れも押し迫った時期だったと思ったのですが、日経ビジネスの発行人の酒井さんに頼まれて、ネットテレビというんですかね、それに出ました。最近はこういう要請も多いのです。雑誌も実際はネットテレビを抱える多層メディアになってきているということです。境目がだんだんなくなってきている。この傾向は多分もっと加速しますね。


2005年01月07日(金曜日)

 (18:12)タクシーで運転手さんに聞きました。「お客から偽一万円札を出されたら分かりますか....」と。そうすると、大部分の運転手さんが答えるのです。「なかなか難しい。特に夜は...」と。

 そりゃそうだろうな、と思う。年末年始の偽一万円札は、夜に、大部分が人でごった返す神社や露天で使われた。薄暗い。かつ次のお客が待っている。受け取る方は急かされているはずです。運転手さんも、「お客さんから、急いでいるから...」と言われれば、渡された万札などちらっとしか見る暇がない、というのです。

 つまり、すかしとかいろいろお札に努力してみても、そもそも偽札作りがとてつもなく苦労する仕掛けが最初から目に見える形でお札に大きく印象づけされていないと、状況によってお札への見えないところでの仕掛けはそもそも無駄になる、ということです。

 アメリカでは日本の一万円札に金額で相当する100ドル札を渡すと、どこでも驚いた顔をしてすかしを確認する。上にかざすのです。当たり前の行為です。何せアメリカ人が普通にお財布に入れている最高紙幣は普通は20ドル札。100ドル札は希有。そんなのを渡されたら誰でも疑ってすかしをチェックする。

 しかし、日本では発行されている日銀券の確か65%以上は一万円札。それをもらうたびにすかしはあるかとチェックするのは難しいし、それは日本では支払った人に対して失礼だと思われている。すればいいのだが、そうすれば喧嘩になる可能性がある。「おれの支払った紙幣が信用できないのか....」と。それを神社や露天の売り子、それにタクシー運転手に求めるというのは酷な話というものです。

 一方で、コピー、スキャニングなどの複製技術は目覚ましい進歩をしている。我が家にある3機能(プリンター、コピー、スキャナー)付きのまずまずのマシンでも目を疑うほど綺麗なコピーが出来るし、スキャニングも出来る。むろんすかしは出来ないが、そもそも急ぎの支払い、おつりの授受ですかしがどのくらい有効かには疑問がある。

 日本銀行がお札を工夫して作っているのは分かります。その意味では、新一万円札、新五千円札のホログラムは良い工夫かもしれない。あれはコピーもスキャニングもかなり難しい。だから犯人は急いで旧一万円札を印刷して作ったのかもしれない。

 通貨偽造は罪が重い。いまだかつて通貨偽造でペイした人はいないのではないか。今回が巧妙なのは、同一時期に一斉に使っていることだが、関係者が多ければ多いほど足が付きやすくなる。事実何人か捕まった。一人でゆっくり使えば、受け取る側の警戒感が高まる。捕まれば厳罰が待っている。ペイしない犯罪なのだが、依然として犯す人がいる。まあでも思う。普通は、「受け取った人には罪はないよな...」と。受け取った人が直ぐに「これは偽」と分かる仕掛けが望ましいのですが。


2005年01月05日(水曜日)

 (24:35)企業の命運というのは、経営者の手腕次第で本当に変わるものだ、と。松下です。ネットには同社の純金融資産が1兆円を回復したとある。一時は3000億円程度に落ちていましたから、大きな回復。一時の「松下銀行」時代には無論届かないが、設備投資にしろM&Aにしろ増配にしろ、松下の動ける余地は非常に大きくなったと言える。

 中村社長の「創造と破壊」については、当初社内から非常に大きな抵抗があったと言われる。そりゃそうでしょう。プライドの高い社員が多いでしょうし、会社の業績が悪くなっても、「なんで今までのやり方を変えなければならないのか」と思っていた人は多かったでしょうし、そういう人は今でもいるに違いない。

 しかし中村社長は、マスコミに対して積極的に喋りながら自分の方針を貫徹した。あれは社会に対して喋っていると同時に、多分自社の社員に語りかけていたに違いない。「こうやるよ、こう変わるよ...」と。プロ野球の監督が、マスコミを通じて選手を動かすようなものです。「新しい遺伝子としての言葉」の持つ重要性を物語っている。

 個人でも企業でも、命運はしばしばスパイラルになる。松下はこのほど「クリーン宣言」を行ったという。それは、

  1. 納入業者との会食、ゴルフ・旅行などの接待は会費制でも禁止
  2. 中元・歳暮など贈答品は辞退
  3. 金銭、商品券は受け取らない
  4. 納入業者の製品の割引斡旋は受けない
 とある。これだけなら「そうだな」というレベルですが、納入業者からの通報窓口も設置し、ルールを破って利益供与を受けたり、要求したりした社員には懲戒解雇を含む厳罰で臨む方針、と。これはなかなか徹底している。

 CSR(企業の社会的責任)を強く意識した動きでしょう。また、社員のこうした行為が企業にとってはコストになっている、つまり社員は得するかもしれないが、会社は損すると言う変な構造になっているという判断があるのでしょう。80年代や90年代の半ばには日本の企業には奇妙な慣行があったと聞く。接待ゴルフを受ける、受けた側は接待をしてくれた方にお土産やお礼を渡す。考えてみれば、社員が会社にたかっている。

 そういうのはやめよう、という歓迎すべき動きでしょう。まあ松下の今の動きを見ると、今は流れから外れている企業も努力次第で再び勢いを取り戻せる、ということでしょう。


2005年01月04日(火曜日)

 (18:24)ははは、年初から勉強になりました。ネットオーションのサイトには、「伊勢丹 福袋」とか一杯出品されているのだそうです。つまり、全てではないが買った値段以上にネットオークションに出して、高い値段で買ってもらうことを狙いとしている人もいる、ということのようです。

 二人の方からメールをもらいました。二人とも、福袋購入が同時に投資になっていると。まあ考えてみれば、例えば伊勢丹の福袋はそうはいっても誰でもが変えるわけではない。例えば1万円の福袋をそれ以上の交通費を払って買うのは非合理的。東京の近辺に住んでいて買った人から、交通費より遙かに少ないマージンで福袋を買うのは、確かに理にかなっている。売り手、買い手の両方に合理的メリットがあるというわけです。

 もっとも我が家の息子は福袋は買ったが、それを開けるのを楽しみにしていたような。昔ながらの楽しみ方の人もいるようです。私は買った袋の中にもう自分が持っているものが入っているのが嫌なので、もう何年も買ってないんですが.....


2005年01月02日(日曜日)

 (23:25)街を歩いたら、何か熱気を感じたな。街と言っても、新宿のデパート群ですが。温かい日差し、無風に誘われた面があったのでしょうが、元旦とは全く違った雰囲気。元旦は人通りが本当に少なかった。

 福袋なんて買う気もしないと思っていたら、ファンが多いんですね。身近にもいた。デパート周辺には袋を抱えた人が一杯。驚くのは若い連中にも福袋が人気だという点です。これは信じられなかった。もっと合理的な買い物をすると思ったのですが。

 伊勢丹の中は歩けないくらい。食事でもと思って周囲のレストランに行ったら長蛇の列。行きつけの店もとても入れない雰囲気だったので、少し並んで別の店で4人で食べました。実際初売りの数字は相当良かったらしい。「消費の熱気」が続くと日本経済には良いのですが。

 ところで、今年の一つの研究テーマはハレとケかな、と思っているのです。この文章を書いた人はお医者さんらしいのですが、実によく書けている。「中国にはお祭りがない」から始まって、今いろいろなことを考えているのです。中国ではまた広東で暴動が起きている。日本は本当に少ない....から始まって。ちょっと面白い研究テーマだと思うのです。

 「ハレ」を求める消費者がどう動くのか、とか。経済学の弱い点は、「人々がなぜ消費するのか」という点に関して、あまり突っ込んだ議論が行われていないことだと思う。「需要」という概念が経済学では非常に重要だが、「必要だから」という狭い議論をすると人々の行動が分からなくなる。なぜなら、人間は平気で不必要なモノを買う動物だからだ。

 まあその辺を含めて、ちょっと面白いから研究しようかな....と考えています。それから、社長解任動議を2日昼間紀伊国屋で買って読みました。夜はずっとそれを読んで、読み終えたところ。面白かったですよ。「重苦しい存在」ね。誰だろ....?

 個人的に知っている書いた本人の文章が、小説として出版社の本になったのを見たのは初めてかな。まあボジョレヌーボーって感じはしますが、処女作はそんなもんでしょう。次は芳醇なワインのような、こってり味覚に残るようなのを期待したいな。


2005年01月01日(土曜日)

 (10:25)朝起きたら、綺麗な空。まっさお。昨日の雪と雨で空気中の猥雑なものが地上に落ちて、透き通るような新年の青空です。

 31日は出かけるつもりでしたが、あれだけ雪が降ると誰もその気にならず、ずっと本を読んだり録画しておいたテレビ番組を見たり。NHKの「地球大進化」という番組は面白かったな。2本ほどをまとめて見ました。

 ネアンデルタール人(主に欧州に住んでいた)はつい3万年前まで我々の祖先と共存して生活していた、ホモサピエンスは地上に生まれたホモ属20種類の最後の生き残り、「新しい遺伝子としての言葉」、生き物に肺が出来た経緯、そして手が生まれた経緯などなど、記憶に残るフレーズや場面がいっぱいあった。

 ネアンデルタール人とホモサピエンスの僅かな違いは、喉仏の高さにあったという話しも面白かった。今の人類の方がそれによって言葉をうまく操ることができるようになったと。ネアンデルタール人は母音がうまく発音できなかったはずだ、と専門家が言っていた。

 「新しい遺伝子としての言葉」というのはその通りかもしれない。地球上の生物はそれまでは気の遠くなるような時間の経過の中で、遺伝子を変えることによって変わってきた。進化と言っても良い。しかし、言葉は情報を後世に伝え、我々人間にとって爆発的な種の伸張をもたらし、新しい遺伝子のような働きをしている、というのです。「言葉」という新しい遺伝子を獲得した人類の本来の遺伝子はもうあまり変わらないかも、という話しも面白かった。その通りかどうかは数千年あとにならないと分からない。

 「荒ぶる地球」という言葉も何回も出てきたが、最近のスマトラ沖地震の直後だけに説得力があったな。地球は惑星10個の固まりで、数千年に一度は惑星衝突を経験している、表面の極薄い部分を除けば地球は燃えるような灼熱の星、今から約2億年後には地球上の大陸は再びすべて一緒になる方向で動いている.....などなど。まあそうなんでしょう。

 そういう迂遠な話しと、とりあえずは「新年」という人間が勝手に決めた一つの区切りの到来。新聞を読んでも余り面白い記事はない。テレビ蘭を見ると絶望する。ま、ちょっと出かけて街の様子でも.....という新年ですかね。おっと、両親のところには行かないと。

 皆様には、良い年が訪れますように......。



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