2004年09月30日(木曜日)

 (08:37)おおお、松井の打球はレフトの頭上を越えて30号。29日のヤンキースタジアムは対ツインズでダブルヘッダーで、松井は第一試合で29号。30号にリーチ状態で第二試合だと思ったら、第二試合の第一打席ランナー1、3塁でいきなり初球を3打点となる課題の左への本塁打。

 ははは、素晴らしい。イチローも楽しみな残り3で、やはり今年は日本人にとっても大リーグが面白い。松井は3割にもリーチ状態で、3割、30本越えが実現したら良いと思う。松井応援団としては松井の30号は素晴らしいと思う。しかも、今年の松井は4番の打率が非常に高い。去年の4番打率は低かった。ここに来ての松井は、ほぼ毎試合4番で、押しも押されぬ大リーグを代表する打者の一人となった。ヤンキースの4番をこなせるのは、彼の精神的安定度を物語る。
 ――――――――――
 野球の話題で言えば、巨人軍の元監督・長島茂雄さんが公的にも動き出しましたか。29日には、渡辺恒雄前巨人軍オーナーを訪問して、次の北京五輪のこと、今年の巨人軍の敗因などについて語ったという。本当かどうか知りませんが、「北京五輪に意欲」とも報じられている。

 実は今週の初めだったと思ったのですが、長島監督が懇意にしている和食屋さんがあって、私もそこにしばしば行くんで知り合いの板さんと話していて長島さんの話になったら、「監督、この前いらっしゃいましたよ」と。「へえ」と思っていました。

 ですから、長島さんがかなり体調良く、既に都内で外出をしているのは知っていました。そのときは、カウンターのお客さんにまったく気づかれずに奥のテーブル席に座って、おいしそうにいろいろなものを食べたそうです。

 ま、無理をなさらずに、徐々に体調を回復されるのが良いのかと。良くなったと言っても、加齢は進むわけで、その面ではやはり体調は完全には戻らない。その点を勘案して北京も考えられた方が良いのでは。
 ――――――――――
 もう一つ。来年は6−6になることを前提に、1チーム36試合の交流戦を行うそうだ。臨時コミッショナー会議で決まった。だから、今加入を申請しているライブドアと楽天のどちらかがパ・リーグに参入すれば、巨人対新球団の対戦が一シーズン6試合組まれることになる。ま、別にこのカードだけではなく、西武対巨人なんてのも当然組まれる。

 当たり前です。私はずっと「6−6に戻した上での交流戦実施」を主張していた。日本のプロ野球そのものの人気が離散状態にあるなかで、ほぼ現状戻しの6−6で人気が戻ると思ったら大間違い。日本シリーズの対戦くらいしか期待できない、であるがゆえに、10年に一度くらいしか実現しないカードが来年から実現するとなれば、今年は一回も日本のプロ野球を見ていない私など失望プロ野球ファンも多少は戻るでしょう。

 しかしそれでも日本のプロ野球人気が来年戻ると言う確信は持てない。選手会も球界もファンがあってこそ存在自体が許されているということを思い返すべきだ。競合スポーツはたくさんあり、また何よりも日本の有望選手が籍を移したアメリカの大リーグが強烈な競争相手であることを自覚すべきだ。


2004年09月29日(水曜日)

 (09:38)たまたま新宿でしたか、ユニクロの前を通りかかったので「何が変わったのか」と寄ってみました。しかし、見たが何が変わったのか具体的にはちっとも分からない。ディスプレイもあまり変わっていないように見える。ま、私も常日頃ユニクロを観察し、プライス・チェックをしているわけではないので、明確には分かりませんが。

 一部の報道に寄れば、報道は大々的にやるが、急激にプライス・レンジを上げるわけにもいかず、2000円〜3000円高いものを並べるくらいの変更を加えていく、という方針のようだ。だとすると、あの一面広告にはビックリである。

 まあこれからの展開の部分があるのでしょうが。


2004年09月27日(月曜日)

 (07:38)今朝の新聞では、二つの全面広告が面白い。一つはユニクロの、もう一つは三菱自動車の。

 中でもユニクロの「低価格はやめます」宣言は、「この会社はどうなるのだろう」と思わせる。『低価格であることが、一部のお客様の「ユニクロは安物」という誤解につながっているのかもしれません』という文章で始まる告知は、「何よりも質があり、そして価格がある」会社にすると大転換宣言。

 ということは、質さえよければ価格が高くなる可能性がある、と言うことだ。どんなものが並ぶのか。上質なカジュアルという表現で、具体例として内モンゴル産のカシミヤ、温度調節素材のアウトラスト使用したフリース、イタリアで紡績したメリノウールなどなどを具体例に挙げた。

 へえ、どんな店舗、どんな商品ディスプレイ、どんなプライスタッグになるのか楽しみ。なぜ方針転換を図ったのか。全面広告には書いてないが、私が想像するに「ユニクロは安物」というイメージ払拭の公表目的以外に

  1. 若者ほどブランドに拘る傾向が強まる中で、「ユニクロ人気」が明らかに陰りを見せている
  2. 人口構成の高齢化の流れの中で、質を強調して今までより年齢が上の層にもアピールする必要があった
  3. 自動車会社にとって小型車より大型車(高額車)の方が儲かるように、「質」を売って価格帯を上げることによって、利益率の引き上げを図った(経営戦略の転換)
 などが考えられる。全面広告の最後には、「”好”価格」という表現が。まあこれは言ってみれば「バリュー」ということですよ。ユニクロの店は私の周りにもいっぱいある。機会があれば寄って、何が変わったか見たい。
 ――――――――――
 気になったもう一つの全面広告は三菱自動車のそれ。ユニクロの全面広告は一部の全国一般紙にしか載っていないが、三菱のそれは日経産業新聞にまで載っていた。えらいカネを使っているな....と。

 目立つ縦のラインで、「お詫びさせて下さい」と。重要なところには下線が引いてある。リコール対象車の無償修理を急ぐ、とか。「何を改め、どんな取り組みを始めたのかについては、明日、この同じ紙面で具体的に報告させて下さい」と。ということは、明日もこの全面広告が続くと言うことです。

 「いまは信じていただけないかもしれません。だからこそ、行動を見て頂く」と。「三菱自動車全社員の行動についても、厳しく指導」と。こりゃ大変だ。三菱自動車社員は変な酔い方も出来ない。ま、明日の紙面に注目しましょう。

 会社のイメージ転換にも、信頼の回復にも時間がかかる。この二社はその難しい作業に取り組み始めたと言うこと。どう展開するか。興味があるな...。


2004年09月25日(土曜日)

 (21:48)久しぶりに渋谷の文化村に。ニューヨークにいるときはしばしば見ていたニューヨーク・シティ・バレーが来日しているのでそれを見にマチネに。といっても、日本人が知っている代表的なバレー出し物ではない。「プロットレス・バレエ」と言われるバランシンのもの。

 最初の二つのステージは良かったな。衣装は白と黒。舞台にはなにもない。ただダンサーの体の動きだけを見せる。「バレエをすべての物語性から解放」というだけあって、筋書きはない。動きだけが見物。

 水泳のシンクロの方が揃っている感じはするが、そういう問題ではない。不調和の調和というのもある。今まであまり見たことがないもので、斬新さを感じました。もっともニューヨークにいるときは、アメリカン・バレー・シアター(ABT)の方をよく見ました。どうやら、来年の夏にはABTが来るらしい。

 しかし、最後がいけない。三番目の舞台は「スターズ&ストライブス」と名付けられているとおり、アメリカという国を前面に出したもの。これはニューヨークにいるときもその後も何回も見たな。同じものを見せられると白けるし、この時期に星条旗でもないだろうに。終わり方が良くない。来年のABTでも期待しましょう。  それにしても、観衆の9割は女性でした。だから休憩の行列は一方的に二方の一方に出来る。均衡して作ったあるのをあざ笑うように。男性は一体どこにいるのかという感じ。まあバレーだからそうなるのかもしれませんが。


2004年09月24日(金曜日)

 (07:48)選手側と経営側(機構側)の7項目の合意をつらつら見ていて、「甘いなあ....」と思ってしまいました。基本は「新規参入を図って来年から6−6に戻す」ということ。しかし、では来年のセリーグは今年とどう違うのか。

 まったく違わない。同じようなメンバーで巨人中心で試合を編成するのである。それでどのくらいプロ野球の人気が戻るというのであろうか。スト後も日本のプロ野球の視聴率は惨憺たるものだ。20日が巨人・中日で9.8%。10%割れだ。21日の巨人・横浜は6.3%だったそうだ。各テレビ局とも最低12〜13%は欲しいゴールデンタイムの放送でこの状況である。

 来年例えば楽天、ライブドアがチームを作ったとして、今の枠組みだとセリーグのチームが新チームと当たるのは新チームがリーグを制してからである。いったいどのくらいの確率があるというのか。業界全体にとっては、何ら意味がない。

 選手会はどうして「交流試合」を最初から要求しなかったのか。6−6になれば良いと思ったのか。もしそうだとしたら、甘い。球界の盟主と言われた巨人の試合さえ、もうファンから見放されつつあるのだ。その意味をじっくり考える必要がある。10%を切る視聴率では、テレビ局も放送を考えるだろうし、1億円と言われる放映権を巡る争いも無意味になる。

 球界全体がピンチになっていることを忘れると、今年の改革が無意味になり、来年の日本のプロ野球はピンチが続くことになる。


2004年09月23日(木曜日)

 (14:48)BSデジタルラジオの300チャンネルで、先に私が行った中国取材に関する番組が午後5時から2時間流れます。ご興味のある方はどうぞ。BS放送のラジオ/データのボタンを推すと、462チャンネルまで見れるようになりますから、そこから300チャンネルを選んで下さい。

 ちょっと長いのですが、中国の金融に関心のある方には参考になると思います。


2004年09月23日(木曜日)

 (14:48)つい見ちゃいました。最後の4安打目は、イチローらしい投手の頭を抜くチョッパー。セカンドが掴みましたが、投げられもしない。今シーズン247本目の安打。

 残りは10試合。シスラーの記録に並ぶのに10本必要で、新記録のためには11本必要。「あと14試合で、一試合平均1.6本のヒットが必要」と私が言ったのは、日曜日夜の番組の最後。それが今日段階で「残り10試合で1本の割合」で当確。4試合で凄く打った、ということです。固め打ちの出来るイチローらしい。昨日は5−5、今日は6−4。

 このペースだと、残り3試合くらいを残して、新記録達成の可能性大。アナハイムの球場でしたが、ファンは最後は拍手ですよ。チームメイト全員にも迎えられて、このチームの存在価値を一人で背負っている印象。明日はイチローの試合はないが、その先10日間は楽しめそう。


2004年09月22日(水曜日)

 (18:28)人間思いこみとは恐ろしい。「蕎麦」と聞いて私はずっと「日本の食べ物」との印象を持ち続けていた。だから、「そば粉でできたクレープのようなもの」と聞いて直ぐに発想したのは、「蕎麦粉はいつフランスに渡ったか.....」でした。ははは、知識がないとは恐ろしい。

 数日前でしたかね。ある人から「ガレットが食べたい」と聞いた。それが何かは知らなかったが、それで「ガレット」という名前は頭には残っていたのです。ところが、出会いは突然、しかも直ぐにやってきた。火曜日に相模大野で一つ講演を行う直前におなかが空いたのでホテルのレストランで軽い食事をした。終わるころに出てきたのが「蕎麦粉のクレープ」ですと女性従業員が持ってきてくれた食べ物。「頼んでない」と言ったら「サービスで、ガレットです」と。「これか....」といった感じ。食べたら結構美味しかった。

 で、今日はサービスでないガレットを食べたいと、オフィスの近くのこの店の表参道店に行った。私がオフィスから表参道に抜けるときにはいつも通る道の直ぐ近くにありました。いつも見ていたのに、入ったことはなかった。

 このサイトにははっきり書いてありますね。『「ソバ」というと日本のものというイメージがありますが、実は、アジアはもちろん、ヨーロッパやアメリカ大陸でも栽培されているグローバルな作物なのです』と。はいはい、恐れ入りました。ロシアにも蕎麦粉を使ったガレットのような食べ物があるのだそうです。

 小麦粉を使ったのがクレープ、蕎麦粉を使ったのがガレットという説明もあった。ということは、「蕎麦粉のクレープ」という表現はおかしい。最初から、ガレット、クレープと表現しないと。この店は、丁寧にブルターニュ地方のパンフレットまでくれた。ガレットを含めて、このフランスの一地方の勉強になりました。それにしても、「蕎麦はワールドワイドな作物」とは、勉強になりました。


2004年09月22日(水曜日)

 (07:27)FOMCは予想通り短期金利の誘導目標を0.25%引き上げ、それに関する声明を発表して閉幕しました。声明は、「output growth appears to have regained some traction, and labor market conditions have improved modestly」(生産の伸びは若干の強さを取り戻したように見え、また労働市場の環境はまずまずの改善を示した)とある。FOMCはアメリカ経済の先行きには、引き続き強気の見方を崩さなかった。

 もともと大統領選挙を直前に控えた今の時期に、FRBが突然弱気になるとの予想は難しかった。利上げをしなかったら、FRBが見方の大転換をしたということになり、それはそのままブッシュ政権の経済政策運営に対する大きなパンチになる。だから「それは出来ないから、引き上げを続けるしかない」という見方だ。また一方で、アメリカ経済は実際に良くなっている。だから、「FRBの(金融政策)中立化政策は続く」との判断もあり、両方足し合わせれば「利上げは続く」との見方だった。実際その通りになった、ということだ。

For immediate release The Federal Open Market Committee decided today to raise its target for the federal funds rate by 25 basis points to 1-3/4 percent.

The Committee believes that, even after this action, the stance of monetary policy remains accommodative and, coupled with robust underlying growth in productivity, is providing ongoing support to economic activity. After moderating earlier this year partly in response to the substantial rise in energy prices, output growth appears to have regained some traction, and labor market conditions have improved modestly. Despite the rise in energy prices, inflation and inflation expectations have eased in recent months.

The Committee perceives the upside and downside risks to the attainment of both sustainable growth and price stability for the next few quarters to be roughly equal. With underlying inflation expected to be relatively low, the Committee believes that policy accommodation can be removed at a pace that is likely to be measured. Nonetheless, the Committee will respond to changes in economic prospects as needed to fulfill its obligation to maintain price stability.

Voting for the FOMC monetary policy action were: Alan Greenspan, Chairman; Timothy F. Geithner, Vice Chairman; Ben S. Bernanke; Susan S. Bies; Roger W. Ferguson, Jr.; Edward M. Gramlich; Thomas M. Hoenig; Donald L. Kohn; Cathy E. Minehan; Mark W. Olson; Sandra Pianalto; and William Poole.

In a related action, the Board of Governors unanimously approved a 25 basis point increase in the discount rate to 2-3/4 percent. In taking this action, the Board approved the requests submitted by the Boards of Directors of the Federal Reserve Banks of Boston, New York, Philadelphia, Cleveland, Richmond, Atlanta, Chicago, St. Louis, Minneapolis, Kansas City, Dallas, and San Francisco.

 赤字にしたのは、8月の声明と違っている部分です。いわゆる「soft-patch」を「もっぱらエネルギー価格の大幅上昇に起因する」とした部分。同月声明は以下のようになっていた。
「In recent months, output growth has moderated and the pace of improvement in labor market conditions has slowed. This softness likely owes importantly to the substantial rise in energy prices. The economy nevertheless appears poised to resume a stronger pace of expansion going forward. Inflation has been somewhat elevated this year, though a portion of the rise in prices seems to reflect transitory factors. 」
 次のFOMCは10月がなくて、11月は10日、12月は14日。アメリカの大統領選挙は11月2日だから、これで選挙前のFOMCはすべて終了となった。直近3回のFOMCはすべて0.25%の利上げ。さてその後は景気に対する見方を変えなくて良いのかどうか。「中立化政策」が議論された頃の水準は短期金利誘導目標2〜2.5%だった気がする。とすると、まだ引き上げは続くと理解できる。


2004年09月21日(火曜日)

 (25:27)以下のような文章をマネックスに提供しました。「好き、嫌い」説は私は結構信じているんですよ。人間がやっていること。好きだからこそ前進する事がある。川渕さんは本当にサッカーが好きだと思う。だからここまで来れた。熱意は必ず伝わる。逆にしらけも伝搬する。

 ゴーンさんが社長に就任する前の日産はどうして駄目だったのか。経営手法の欠陥、日本的しがらみなどいくつか指摘があった。しかし私がもっとも信じているのは、当時の日産の経営トップは実はあまり自動車が好きではなかった、という説だ。「好きこそものの上手なれ」とはよく言ったものだ。好きだからこそ良い車を作ろう、その為に経営を改革しよう、そしてそれを買って貰おうとする。その気持ちが買う人に伝わる。会社が「上手」に動く。

 ゴーンさんの「自動車好き」は有名な話だ。ホンダの創始者の本田宗一郎さんもバイク好きで有名だった。その熱意が良い車を作る。会社のラダーをただ上がってきただけの人は、結局は製品に対する愛情に欠ける。自分の会社の製品を愛さない、さらには平気で悪口を言う社員、特に経営者が多い会社は駄目だ。社員や経営陣の「しらけ」が消費者に知らずに伝わる。伝われば消費者の購買意欲は萎える。萎えは伝搬し、忌避に繋がる。

 最近よく思う。「日本のプロ野球球団の経営者達は、実は野球が嫌いなのでは」、と。なぜなら、もし本当に野球が好きだったら、「たかが選手が」などという発言は、どこからも出てこようがない。本当に野球が好きだったら、「球団を減らそう」などとは思わないだろう。球団経営者のサイドから我々に伝わってこない最大のものは、「野球に対する愛情」だ。対して、選手達は一生懸命ファンサービスに尽くした。彼等のファンに対する「申し訳ない」という気持ちは伝わってきた。彼等は少なくとも野球が好きだ。野球ファンが選手達につくのは当たり前だ。

 だから思う。テレビでも言ったが、実や野球が嫌いではないかと思える経営者側が選手を押さえつける形でこのストを終わらせ、また古田が涙するような状況になれば、来年の日本のプロ野球は悲惨なことになるだろう。パリーグの一部球団が狙う巨人カードも今年以上の視聴率低下に見舞われることは必至だ。来年日本のプロ野球が今年以上に良くなるためには、

  1. 新規参入を認め、球団数を「6−6」に戻す
  2. その上で、セパの交流戦を行う
  3. 加えて、各球団は球場に来る子供(将来のファン)などに対してサービスを行い、地域に根付く努力をする
 しかない。そして野球が好きな若い経営者が球団経営に携わることだ。これは長期的な課題だが。そして思う。株を買うなら、自分の会社が好き、自分の会社の製品が好きという社員、経営者が多い会社がいいと。社員が平気で自分の会社の悪口を言うような会社は駄目だ。単純だが、有効な戦略だと思っている。


2004年09月19日(日曜日)

 (19:27)日本に帰ってきて一番気になっていた中国関係のニュースと言えば、16日から開かれていた中国共産党中央委員会が江沢民の去就についてどう決断するかでした。というより、江沢民自身がどう決意するかでした。というのは、先の胡錦濤主席の中央委員会を控えた演説は、江沢民を褒め称えたと日本では報道されたものの、その筋の専門家の人達には演説の最後の一言で江沢民氏に引退を勧告したものとの見方が私が北京に行った時には強かったからです。

 胡錦濤はこの演説でさんざん江沢民を褒めた後、過去の例を引いて国家主席を降りた後には軍事委員会主席も速やかに辞任した先輩を褒め称えた。海外のメディアが注目した褒めたところよりも、「最後の一言が重要」(時事通信の村山支局長)という見方がプロ筋の見方だった。私は、「そうなのか」と。中国語が読めないので、演説全文を読めない。

 江沢民はケ小平から権力を継承した。中国の急速な発展を主導した面もあるが、自分の権力基盤を強めるためにもともと中国民衆の中にある強い反日感情に火を付けるような形で愛国教育を行ったと言われる。90年代の話だ。それが今の若者世代の草の根の「反日感情」に繋がった可能性があると見られている。

 一方胡錦濤政権は、言ってみれば「新思考」をバックしたとも見られる。今は香港に逃れている馬さんなどが提唱した対日新思考である。中国の民衆がどう反応するかは分からないが、江沢民が去り胡錦濤が全面的に中国の権力を握ったと言うことは、中国にとっては大きな変化である。

 第一に、それは革命時にはなんら役割を果たしていなかった世代の最高権力への登場であり、その意味では権力の正統性は低下する。一方で、正統性は低下するから、その分中国の発展を促進し、国民の要望により応えねばならない必要が生じる。国民も、革命を主導した毛沢東やケ小平に対する畏敬の念は胡錦濤には持たない。より身近な最高権力者の登場である。

 それは両刃の剣だ。国民は胡錦濤政権の失政に対しては、今まで以上に言いたいことを言い、そして行動するだろう。胡錦濤政権がそういう事態が起きたときにどう対処するのか。一方で、国民の声を聞き、要望を入れた政治を目指さざるを得ないだろう。そういう意味で、対日政策も微妙に変わってくる可能性がある。

 筆者はそういう視点で、中国の最高権力の胡錦濤への集中を見ました。そういえば、今日の午後読んだ「フォーサイト」には、『江沢民「引退」に引かれた道筋』という記事があった。まだ読んでありませんでしたが。見出しからすると、この記事は良い視点をしていたかもしれない。今の新聞記事から

中国共産党中央委員会は19日、江沢民氏の中央軍事委員会主席の辞任に同意し、胡錦涛国家主席が後任に就くことを決めた。国営新華社通信が伝えた。

 江氏は党総書記を02年11月、国家主席を03年3月にそれぞれ退き、胡氏に譲っていた。中央軍事委員会主席の辞任で江氏は表舞台からは事実上引退し、胡氏が党、国家、軍のトップとして権力基盤を固めたことになる。胡氏が務めていた同委副主席には徐才厚・人民解放軍総政治部主任が選出された。


2004年09月19日(日曜日)

 (12:27)ははは、土曜日の午後でした。買い物があって伊勢丹に行ったんですな。上の階で用事を済ませて、地下鉄に乗るために地下に降りた。デパ地下を見るのは比較的好きなんですよ。

 そしたら、予想をしないところに長蛇の列。本当に長かった。途中で切れていて、また続いている。その列の先を見て、「ああそうか」と。なんて書いてあったかというと、「北島商店メンチカツ」。あの北島選手の親御さんの店が出店していた。

 親孝行ですな、彼は。伊勢丹の地下にあんなに長い行列が出来ていたのは、久しぶりでした。というか、見たことなかったかな。といっても、ずっと出店しているわけではない。周りの店の人によると、21日まで。22日からはなくなるのだそうです。

 ははは、ご興味のある方はどうぞ。私は急いでいたし、あまりにも長い列だったのでその気は多少あったのですが、通り過ぎました。ちょっと残念。


2004年09月18日(土曜日)

 (12:27)中国にいる間に自分のメールアドレスに送っておいたものの読む時間がなかったイチローに関するニューヨーク・タイムズの記事「An Artist Who Makes the Field His Canvas」(フィールドを自分のキャンバスにした芸術家)をやっと読むことが出来ました。これを書いている時点で、イチローはヒットを一本打って、あと23。結構ぎりぎり出来るか出来ないと、という展開。大リーグ記録は257。今のイチローは234。

 結構長い記事なのですが、「野球のバットをあたかもテニスラケットのように振る」という表現が良い。ライン際にボールをスライスさせ、とんでもない方向にボレーさせ、守備陣が下がっているときにはドロップショットを打ち、彼らが全く予想していないときに強いトップスピンのショット打つ.....とある。野球バッターは一つのスイングを信条とするというのは本当でしょう。しかしイチローは「a multitude of ways to beat a ball into the ground」と。そりゃ守りにくい。

What makes Suzuki's bat unusual is not the packaging or the sheen, but the unorthodox way he uses it. He swings the bat as if it were a tennis racket, slicing balls down the line, volleying them the other way, hitting drop shots when the defense is back and hard topspin drives when they are least expected.

While hitters typically strive for one consistent swing, the 30-year-old Suzuki has developed a multitude of ways to beat a ball into the ground, flare it over a third baseman's head, sneak it up the middle or smash it into the gap.

His variety of swings, unique even in his native Japan, has made him impossible to scout and difficult to defend, helping him capture the 2001 American League Rookie of the Year and Most Valuable Player awards and yielding a major-league-leading 231 hits this season. To eclipse Sisler's record, Suzuki needs 27 hits in the remaining 19 games. He may be the only man who could swing it.

 記事の後半で気になる単語は、「chopper」ですかね。これを辞書で引くと「高くバウンドする打球」とある。大部分のバッターはこれを嫌う。セーフにならないかだ。しかし打ち終わるときには既にバッターボックスを出て一塁に向かっており、ホームから一塁まで3.7秒しかかからないイチロー(彼はそれを”足は速くない自分のテクニック”と言っている)はそれを狙うのだそうです。狙い方は「ボールの上半分を叩く...」と。そりゃそうだ。

 そのchopper が今私の目の前で展開しました。イチローの第三打席。高いバウンド(chopper です)のショートゴロ。ショートが一塁に投げた球が一塁手に届いたときには既にイチローの足は塁に触っていた。見事な chopper hit と言いたいが、駄目な審判はアウトの判定。アメリカのテレビでさえ、「セーフ」と言っているのに。イチローはヒットを一本損した。

 記事の「The Seeker」のパラグラフも良い。ジオンビーやボンズを見れば分かるのですが、アメリカはボールを出来るだけ強くバットを振る。しかしイチローは違うとニューヨーク・タイムズの記者(LEE JENKINS)は

Players are taught from T-ball to hit every ball as hard as they can and hope it finds a hole. Suzuki treats the art of hitting as a more exact science. He changes speeds like a pitcher, slowing his swing to increase his accuracy.
 と書く。彼の打撃法に関して「art」という単語を発しているのは、チームメートのブレット・ブーンです。恐らくこの記事の見出しで使われている「art」の単語はブーンの口から出た。
"He's made an art out of it," said Bret Boone, the Mariners' second baseman. "I've seen the guy have five at-bats in a game and get four infield hits. No one in baseball can get a hit in as many ways as he can. He goes up with so many different approaches, and he decides pitch to pitch which one he'll use."
 へえ、そうなんだと思う文章もある。それは以下です。この記事を読みながら、「ゴルフも8割の力で」というのを思い出しました。
Anyone who watches the Mariners take batting practice would assume Suzuki is the best home-run hitter on the team. He turns on almost every pitch, blasting deep drives to right field. His coaches remember him hitting seven consecutive batting-practice home runs. And, yet, Suzuki has only eight home runs. Like Wade Boggs before him, Suzuki has the ability to hit with power, but the inclination to hit for average. For Suzuki to use his power stroke, he has to feel certain he can get in front of a pitcher's fastball. Such an opportunity arises daily in batting practice, not as often in games.
 ま、オールスターのホームラン競争にイチローを出そうという意見もあったそうですから、練習ベースではイチローの外野席への打球というのは、本当に多いんでしょうが。それにしても、イチローは aloof で、それは以下の文章にも表れている。
In a clubhouse where he has few friends and isolates himself from the international news media that follow him, Suzuki seems closest to his bat.
 イチローの第四打席は、一二塁間を抜く見事なライナーのヒット。記録まであと16試合で22本。「チームメートよりも誰よりも自分のバットに近い男」の奮闘は続く。


2004年09月16日(木曜日)

 (17:57)成田に降り立って都心に向かうバスの中でつらつらと考えたのです。「何かおかしいぞ.....」と。いつも成田に降り立つと、向こうで使ったお金、特に硬貨の処理をどうしようと考える。持ってきてしまうケースが多いのです。しかし考えたら、今回の北京への出張では現地で一度として硬貨を受け取らなかった。

 レストランで食事をし、店舗で買い物もしている。しかし、一回として硬貨をおつりの一部としてもらった記憶がないのです。すべて北京でのお金のやりとりは紙幣で片づいた。上海から成都、大連から瀋陽と今年だけでいろいろ行きましたが、成田の着いた時、ポケットの中には結構な数の硬貨が残った。しかし今回はゼロ。

 思い出しました。そういえば、柯隆さんが、「上海は硬貨が多く、北京はそれが少ない」と。その通りだったと言うことですが、しかし私が5日間も北京にいて一度として硬貨を受け取らなかったということは、北京はかなり徹底した紙幣社会になっているということだと思います。私のポケットには全部毛沢東の肖像になった中国の紙幣だけが見事に残った。今まで少数民族の女性の顔を掲載していた1元紙幣も、毛沢東の肖像になったこと、その意味については既に書きました。でも、驚きました。
 ――――――――――
 驚いたと言えば、私が故宮の中で「なんだか知らないが、有名な先生(Aixinjuelue Yuge)に書を書いてもらった」と先に書きました。しかしあとで調べてみると、その先生は中国でも今生きていらっしゃる方としては書家として三本の指に入る、しかも清王朝の最後の皇帝である溥儀の甥に当たる人物であったことが判明しました。

 ものの本によると、愛新覚羅(この性に関してはこのサイト)という名字を持つ先生は週に二回だけ故宮の私が買い物をした店に出てきて、ボランティアとして書を書き、売れるとそれを施設かなにかに寄付しているのだというのです。そういえば、店の女の子がわかりにくい日本語で一生懸命そういう説明をしていたような気がする。まあ私はその一生懸命さにほだされて二文字書いてもらったのですが。

 ボランティアでない場で書をその先生に描いてもらうと、なんだか大きな文字だと一字8万円するとか。私はもっともっとずっと安い値段で書いていただきました。ラッキーというか、幸運なことだと日本に帰って思いました。日曜日でしたが、故宮に行ったことを幸せに思わないと。ははは。


2004年09月16日(木曜日)

 (06:57)水曜日も午前と午後に一つずつの長いインタビュー。午前は、若い頃「日本橋のあの長い野村證券のビルで研修をした」という国務院発展研究センター金融研究所の夏所長。この人との議論で一番面白かったのは、定期借地権をベースとして始まった中国の不動産取引と、それの valuation の問題。加えて、中国の不良債権論議でした。

 周知の通り、中国は土地は全部国のものです。建前は社会主義経済だからそうなのですが、しかしそれを大まかに言えば商業地については50年、宅地についていうと70年の定期借地権で民間におろして、民間はその権利を元に不動産を活用(ビルを建てたり住宅を建てたりして)して、その上でそれを取引している。上海の不動産バブルと言っても、その内容は、所有権を売買する日本のそれとはかなり違う。

 問題なのはその定期借地権のアセスメント(評価)の問題。これが透明性のある、また市場性のある形では行われていない。ということは、日本で言えば企業が持つ、また個人が持つ資産の非常に大きな部分である不動産の評価が中国では曖昧だ、という点だ。これは企業価値とか、個々の住宅保有個人の資産査定が実際には非常に難しいことを意味する。

 日本ではそれが良いか悪いかは別にして、「土地や不動産は資金のフローの中での非常に重要な担保の一つ」である。日本は土地本位制と言われたこともある。一方のアメリカでは株式本位制と言われ時期もあった。では、中国は何を資産バリュエーションの基礎に置いているのか。それが定期借地権という期限のある、つまり time decay するもので良いのか、という疑問がずっと私にはあった。

 不動産は日本の資産の価値体系の中にあって非常に重要な意味を持つ。アメリカでも、土地は企業や個人の資産の重要部分で、市場経済の資産価値の大宗である。それが今の中国では所有権ではなく定期借地権という、夏さんもいる「アセスメントに問題がある」もので成り立っている。これは企業価値の査定や、銀行の対企業融資の評価でも大きな問題な筈だ。つまり資産の価値体系の脆弱性。

 夏所長の答えは、ある意味では驚くものだった。彼は、「とにかく突破口を開くことが重要だ。70年後は誰も生きていない。だからタイム・ディケイする定期借地権の行く先は不透明な面がある」というものだった。実際に、定期借地権が切れた後の所有関係などに関しては、法律的にも詰まっていないようだ。ある人はこの問題について、「誰も中国の政治体制が70年後も今と同じとは思っていない」ということを言っていた。

 その意味は、「70年後は例えば中国が選挙で選ばれる政府を持っていて、そのときには定期借地権は所有権に移行する可能性だってある」という意味でしょう。そうした点を曖昧にしながら、そして曖昧にするのが賢明であるという認識の上で、「とにかく突破口を開いた」(夏所長)と言うことかもしれない。

 とにかくそれをベースに、都市では大規模開発が始まってビルやマンションが建ち、企業が個人の所有が始まり、富が創造され、経済が活発化した。一見、日本やアメリカと同じような取引市場ができあがりつつあるように見える。しかし、取引している権利は、一方は所有権であるのに対して、もう一方は「とにかく突破口として開始した」という定期借地権である。これはかなり違う。

 夏所長の中国の不良債権発生理由の4分類も面白かった。

  1. 経済システムの計画経済から市場経済への移行に伴うもの
  2. 景気循環によって発生したもの
  3. 銀行の経営者のノウハウ不足によるもの
  4. 意図的な不正(知人、親戚などへの非合理な融資)
 夏所長は、中国の不良債権の圧倒的部分は「システムの移行」に伴って発生しており、安易に責任者の責任を問えないという難しい問題があると指摘。
 ――――――――――
 最後は中国銀行国際金融研究所の王副所長とのインタビューでしたが、王さんとはもっぱら人民元の話をした。フライトとの時間の関係で長くは書けませんが、13億の民を抱える中国での金利や為替レートの操作の難しさが分かって意義深いものだった。しかし、ただ先送りしていれば良いというものではない。

 今後1〜2週間の間に、今回の北京での活動を一つの文章にまとめられればと思います。16日の昼頃には東京に戻る予定です。


2004年09月15日(水曜日)

 (06:58)火曜日からは光明日報の張さんも加わって5人で一日中一緒に移動。タクシーでは無理なので、小型のバンを借りて。それにしても酷い渋滞で、おまけに「北京では珍しい」という雨。雨で余計車が街に出てきた。

 午前中は中国対外経済貿易大学金融学院に。呉軍院長以下、丁副委員長、さらには何自云助教授がおよそ二時間も中国経済と金融、金融政策に関して取材。院長以外の二人は「金融学博士」と名刺に刷られていた。

 私にとって非常に興味深かったのは、学院から出てこられた3人のランクの人が、それぞれ中国の研究者の中で最高権威(組織ランク上でも)、中堅、若手の印象のする、しかしそれぞれ非常に鋭い視点をもっておられる人に会えたこと。つまり中国の三世代の研究者からの意見を目の前で比較できるように話を聞けた。あらゆる種類の質問に対しても、逃げることなく虚心坦懐に。非常に取材のしがいがあった。

 大学に所属する金融学院の指導者達だからでしょうが、数多く中国を取材していて初めて今の政権が実際にとっている政策や改革のペースと自分たちが望ましいと考える政策と改革のペースには歴然たる差があり、その点では不満であるという意見が出たことだった。中国では、思ってはいてもそれが取材の場で出てくることは非常に珍しい。これも時代の変化だろう。聞いているこちらも、しばしばどきどきした。まあ、遠慮なく聞いたし、意見も言いましたが。

 午後は中国社会科学院金融研究所の所長(博士)で、つい最近まで中国人民銀行通貨政策委員会の委員だった李揚所長に1時間以上に渡って、特に中国の金融政策について話を聞いた。この所長の一言は市場を動かしたばかり。先に彼は「今の中国では利上げをすべきでない」と発言し、それで市場が動いた。人民銀行の周総裁があわてて「8月の統計を見てから」と言った経緯があった。

 二つのインタビューは、私にとっても、恐らく通訳をしてくれた柯さんにとっても、そして局にとっても非常に知的好奇心を満たされる、そして中国が直面する数多くの問題に関して深い示唆に富む、問題意識の高いものだった。中国では経済問題への対処を突き詰めて聞いていくと、当然ながら政治の問題にぶつかる。ぶつかっても4人の方はきちんと自らの言葉で考え方を表明した。

 とても膨大で、その中身は書ききれない。いずれ番組になるでしょうし、私もまとまった文章を書く予定です。まあメモを見返さないでいくつか思い出すことを記すとすれば

  1. 8月の消費者物価上昇率が警戒水域とされる5%を超えて5,3%になったが、鳥インフルエンザの去年の時期との比較であり、野菜など食料品が異常な値上がりをしたという一時的要因を背景とするもの。「(当面は)中国は利上げすべきでない」(李揚所長)という見方の人が多い。呉院長も同じ考え方だった(国慶節利上げ説は彼らの話を聞いている限りではないように思えた)

  2. 社会主義体制下で市場経済を運営することなどに伴う法体系不備、中央政府と地方政府の権限の所在の不明確な体制と、地方政府のトップの交代に伴う業績誇示の動きがもたらす歪み、金融市場の歪み(企業への資金の流れの源泉は91%が銀行、8%が株式市場、1%が債券市場経由)などなどから、中国の経済政策、金融政策はナローバス、しかも極めて狭い道を危なっかしく通過している印象がした。目覚ましい発展を見ても、今まではそれでokだった。問題は政治的軋轢を生じさせずに、今後もこの狭い道を歩け続けられるかどうかだ。彼らの口からしばしば出てきた言葉は「安定と効率」だった

  3. 多様化する民衆の欲求、インターネットを通じて広がる知識や情報に対しては、「政府は一歩ずつ下がっているし、その下がるペースはスピードアップしている」という意見があった。政治、イデオロギー、経済が非常に密接にリンクしていた中国で、この三つが別のベクトルをむき出していることは確かで、その調整は難しい。1元札にまで登場した毛沢東は、言ってみれば今の中国で唯一使える象徴である。しかしそれが20年後もそうかと言えば、それは分からない
 夕方からは柯さんの推薦する店にいくつか行きましたが、中国の新しい顔が見ることが出来て興味深かった。特にシェラトンに入っていた「Passion」という名の店は興味深かったな。これが中国の首都か、という印象。まあ、こちらの印象が遅れていたんでしょうが。


2004年09月14日(火曜日)

 (06:52)北京の街は、週末に時間の制約なしに移動している分には良いが、平日に時間を決めて移動するには極めて難しい街だ、ということがよく分かりました。とにかく凄い車の数なのです。日本からすればもの凄く広い道なのですが、やはり車がうまく裁ききれない。だから凄い渋滞で、タクシーを利用するといったい何時に目的地に着くか全く予想できない。

 というのも、富士通総研経済研究所主任研究員の柯隆(か りゅう)さんとラジオ局の二人が到着した13日の午後に天安門に向かったのです。が、これがえらい渋滞で、「地下鉄の方が良かったな」といった会話にタクシーの中でなった。ホテルからは一回乗り換えると天安門に出られる。それは知っていた。だから私も提案すれば良かったのだが。

 加えて、私が「こんなんで、北京のオリンピックは大丈夫かな.....」と言ったら、柯さんが

  1. (現在は三路線だが)あと、地下鉄を三本作ります
  2. タクシーの色を統一する計画を進めています
 などと説明してくれた。北京のタクシーの色は赤が多いのだが、しかしよく見るとシルバーもあるし、黒っぽいのもある。上にそれとわかる突起が出ているので分かることには分かるが、確かに色は統一した方が良い。しかし、地下鉄を三本余計に作ったからと言って北京のこの酷い日中のから夕方にかけての交通渋滞が一朝一夕には解消するとは思えない。4年後は凄いことになりそうだ。

 夜は4人に加えて、日本の中国大使館の経済部にお勤めで、柯さんの昔の同僚である荒井さん(経済研究員の方です)も加わって長富宮中心(日本のホテル・ニューオータニの関連ホテル)の近くにある「呉越人家 月河食府」と書かれたレストランで中国話をしました。レストランの名前も紹介したいのだが、店名が中国の今は簡略火された文字になっていて、書けない。内容は結構面白かった。まあまたいつか書きたいと思う。

 経て、柯さんは荒井さんと、私はラジオ局の土肥、岸田両氏を連れて三里屯に。2、3日でもの凄く歩き回ったこと(足が痛いのです、あまりにも歩いて)、北京の街は碁盤の目で徐々に頭に入ってきたことから、私にはある程度の自信がついて、ホテルから二人を私が先導したのです。ははは。たどり着いて良かった。月曜日だというのに凄い人。北京の新しいないとスポットなんですな、三里屯は。


2004年09月13日(月曜日)

 (14:50)東京からのご一行様が到着する前の最後の自由な時間である13日の午前は、頤和園に。案外近い。ホテルから25分くらいです。通訳の方と一緒に。

 広い。とにかくこれがたった一人の女帝の命令で、日清戦争の戦費が回遊されて作られた宮殿かと思うと、その規模にはびっくりする。もっともこの場所そのものは、中国の過去700年近い王朝の歴代皇帝の夏の宮殿だったそうで、西太后はそれを大規模に作り直した、とのこと。

 月曜日だというのに、中国の観光客が大量に押し寄せてきていて、中国の旅行ブームのすさまじさを目の当たりにした。珍しく日本人にはほとんど会わなかった。この通訳という人が面白い人で、ホテルに「日本語か英語が出来る人を紹介して」と言ったら、本当に両方が少しずつ出来る人が来た。日本の会社では三洋電機に勤めていた(北京でですが)ことがあると。あとベルギーの会社とか、アメリカの会社。

 だから通訳というより、二人の間で日本語と英語を使っての産業論のような会話になってしまった。これが結構面白かった。また紹介しますが。
 ――――――――――
 思い出しましたが、王府井(ワンフーチン)に行ったときに、「何かおかしいな」とずっと思っていたのです。そのわけがやっと昨日分かった。何せ私の記憶では、王府井は90年代の初めまでは道路が片側一車線程度の細い道だった。それが今回はものすごく拡張されて、週末は歩行者天国に。

 90年代の後半に完全に作り直されたのだそうです。それを知らなかった。だから王府井と言われても、最初そこを見たときに「ここか」と私が思ったとしてもおかしくなかった。北京ももの凄いスピードで変化しつつある。


2004年09月13日(月曜日)

 (06:50)吉田義男さんがなぜ北京にいたのかがネットのニュースでわかりました。村田兆治さんが投げて石毛さんが守ると言ったオールドタイマー中心の日本の野球チームが北京に来ていて、北京で若手中心の中国チームと対戦し、大敗したりしているんですな。吉田さんもそれで来ているのでしょう。

 ところで、日曜日は昼を住友信託・北京事務所の甲斐さんと飲茶を食べていろいろな話をした後、午後は朝外側を一回りした故宮(紫禁城)に入ってみました。チケットを買う場所で声をかけてきた人の良さそうな日本人相手のガイドを雇って。家族のいらっしゃる甲斐さんに付き合って頂くのは恐縮ですので。結構面白い奴で、結局夜まで付き合ってもらった。

 故宮は広い。歩くだけで時間がかかって疲れる。古い宝物の宝庫、といった印象。蒋介石が小さい、運べる宝物をかなり持ち去ったと言われ、私も行ったことがありますが、その大部分は台湾の台北の北にある国立故宮博物院にある。だからかつての紫禁城の宝物を全部見るには両方を見ないといけないのですが、とにかく片方だけでも見るのに時間がかかる。

 時計のコーナー、宝石のコーナー。ただし古いものですから、今の日本の宝石店で見られるようなきらびやかさはない。しかし当時のきらびやかさが忍ばれる宝物が多い。こういうものを700年、800年と貯めておく国力もさすがなものです。紫禁城の中で、有名な書家がたまたまいらっしていたので、書を二つほど書いてもらいました。赤い紙に書いてもらった。日本では珍しいので。

 二人で疲れるほど歩いた後は、休憩して故宮の裏口を出たところにある景山に上がりました。北京で一番高い山で、標高43メートルと言っていたな。故宮を取り巻くお堀の土を盛り上げて、人工の山を作った、ということらしい。メリットは、故宮や北海、中海、南海が全部見えるということ。むろん、故宮が皇帝の住居だった頃は一般の人の出入りは出来なかった。見下ろせますから。見ると一望です。また、天安門、故宮から一定距離には高層建物はないことが分かる。

 その後は胡同という地域を見て、あとは雑伎団を見学というコース。故宮に入れたことは良かったと思う。月曜日の今日からは後続部隊が来るので、いよいよ仕事です。


2004年09月12日(日曜日)

 (10:50)東京を出るときから久しぶりに天安門を見ようと思ってはいたのですが、朝起きて「そうだ」と思った。自転車を借りよう、と。だって中国は自転車の国じゃないですか。自転車を借りれば「ホテルから歩けば30分以上はかかる」と村山さんに言われた天安門も素早く行ける、と。

 で、聞いたんですな。電話で。しかしホテルからは「ホテルに自転車はありません」とつれない返事。しょうもないな、北京のホテルのくせに、と思いながら歩きでホテルを出たのが7時ちょっと前。北京の街は碁盤の目にようになっていますから、地図で位置関係を確かめて頭に入れれば、それほど迷わなくて行けるだろうと。

 ぶらぶら歩きながら、また細い道に入ったら、市場を見学しながらペニンシュラ・ホテルの前を通って昨日しゃぶしゃぶを食べた SU DONG ANの建物を左に曲がって王府井のホコテンをぶらぶら歩き、北京飯店の前を通ってまさにもうすぐに天安門と思ったところで、向こうから知った人が来た。阪神の元監督の吉田義男さんなんですよ。がたいは大きいが、背丈は私と同じくらい。向こうも「こいつどこかで見た奴」という顔を明確にしたので声をかけたのです。

伊藤 吉田さん......
吉田 ああ....
伊藤 今日は何ですか.....
吉田 いやね、今日はここのどこかで野球があるんですよ。で朝の散歩ですわ...
伊藤 そうですか......
吉田 はあ.....
両者 それじゃ....    

 といった感じ。中国の人と日本人が着ているものには明確に違いがある。何となく分かるのです。なにかいいものを着ている人が来るな、と思ったら吉田さんだったということです。中国人ははっきりした白を着ない。ちょっとくすんでいる。吉田さんは白のポロシャツでした。うーんしまった。何の試合か聞くのを忘れた。

 その後、毛沢東の写真の前から門の中に入り、そこでしばらく佇んだあと、また西に向かって南海、中海を見ようと歩いたのですが、歩いているうちに天安門と故宮のあの長方形を全部歩いて回ったら面白いかもしれない、という気になった。で、ぐるっと一周。

 結構時間がかかりました。ちょい疲れたかな。しかし面白いことが分かりました。天安門の反対側(裏側)の故宮博物館の入り口の東側には、「美木」と書いた額屋が数多くなる。つまり芸術用品がいっぱい売っている一角があるのです。あとトロフィー屋街とか。歩くといっぱい面白いものがある。あと故宮の方には非常に水が多いことに気が付きました。毛沢東の写真が見える範囲には水はないのですが、裏に行くと多い。その裏手には景山と言って、本当に山があるのです。あの山は何なんでしょうね。のろしを上げていたような、または他のところののろしを見ていた場所のような気もする。

 そしてまた王府井大街に戻って、SU DONG ANの建物に。さすがに疲れて、その近くにあるマックでコーラを買って、しばらく椅子に座って人々の動きを見ていました。じっと見ていると面白い。またその話は書きます。

 そのとき、最初に北京に着て天安門の広場で強烈に感じたことを思い出しました。それは、「この国はでかい。このでかい国に、ああせい、こうせい言うのはちょっと難しいかもしれない」というものでした。今回もそう思いながら歩いたのですが、「でもそうは言ってもこの国も変わるんだろうな....」なんて思いながら。


2004年09月11日(土曜日)

 (23:50)10数年ぶりの北京の第一印象は、

  1. ビルの装飾、ネオンサインなどでカラフルになった
  2. 夜も大勢の人が街に出ていて賑やか
  3. 痩身しかいないと思っていた中国人が、ちょっと太めになった
  4. どこに行っても建設ラッシュ
  5. 首都の貫禄のようなものが出てきた
などでしょうか。

 夕方から、旧知の時事通信・村山支局長(彼は三回目の北京駐在です)と食事→夜の街探訪という感じで動きましたが、土曜日ということもあって王府井の近くの老舗羊のしゃぶしゃぶ店はものすごく込んでいましたし、その後に行った北京の新しいバー街・三里屯ももの凄く大勢の人が繰り出していた。街には活気がある。

 この三里屯は、ホテルの近く、よって外務省も含めて外交使節が多い場所で、実際に三里屯の各店のお客を見ても欧米人が多い。道の横にオープンカフェ方式のテーブルが出ていて、なかなか良い雰囲気で、我々もそのうちの一軒である「Lily」という店に入ったのです。ナマ演奏をしていたので、それを聞きに中に。女の子三人組が音楽に合わせて歌い、しかし客は聞くでもなく、大部分は自分たちのゲームに興じながらハイネケンを飲み、その飲み終えたハイネケンを何本飲んだと誇示するようにテーブルに並べておくという雰囲気。

 彼らは面白いゲームをテーブルの上でしているのです。それぞれがダイス(さいころ)を四つ入れた黄色いプラスチック・コップのようなものを振ってテーブルの上にかぶせ、自分の四つのダイスをこっそり見る。見た上で、他の人とたぶん合計かなにかを競っているのだと思うのですが、心理ゲーム的にやっているのです。一種のポーカーのようなゲームかなと思いました。永遠にやっているのです。トランプ・ゲームをしているグループも居ました。中国人はゲームが好き ?
 ――――――――――
 村山支局長とはいろいろな話をしました。キーワードは「単位から個へ」「革命後50年」「権力の正当性」などでしょうか。「単位から個」というのは、今回のサッカー騒動に関連してです。例のサッカー場は本当にホテルから歩いて直ぐのところにあるのですが、彼の話によると今回の事件は全容を知っている中国の指導部(一般人民はマスコミが報じなかったので知らない)にとって衝撃だった、という。

 なぜか。それはああいう反日の動きが出たことではなく、それを必要に応じて抑えられなかった、ことだというのです。以前だったら、指導部が抑えようとしたら抑えることが出来た。中国の共産党支配は国営企業、村落など各単位を党ががっしり押さえて、その政治意識を押しつけていく、浸透させていくというプロセスだった。それがワークした。

 しかし今回の事件は、重慶サッカー場の例もあってあまりにもひどく、国際的非難を浴びそうだったので北京では日中の決勝戦を整然と行おうとしたが、それが出来なかった、それが中国の指導部にはショックだったというのです。つまり、民の、そして若者の意識が横溢した。そこに見えるのは、支配構造の変化です。

 そらがなぜ起きたかという点で、「単位から個」という言葉が出てきたのです。つまりそれは、中国において「単位」が崩壊して、今や若者を中心に「個の時代」に入りつつある、そこではしばしば政府のコントロールが効かなくなる、という点です。今回のサッカー事件はそれを如実に示した。

 「単位の崩壊」というのは、例えば国営企業の行き詰まり、大量のレイオフ、農村社会の共同体から利益優先への変化などの形で進行している。「個」が前面に出てきた「砂」のような大衆が集う社会をある方向に動かそうとするのは難しい。中国もやっとそうなってきた、ということです。「個」は、夜中のインターネット通信の中でいくつかの固まりを作って、感情を爆発させる。それを国は抑えられない。

 外にははっきり見えないが、それで彼らが見直し始めるであろうと思われるのが、愛国教育と裏表の関係にある反日教育です。90年代のやり過ぎをどう修正するか。今のままでは4年後の北京オリンピックが危ない、というわけです。世界中のマスコミが監視する中でオリンピックは行われる。

 しかし愛国教育を止めるわけにもいかない。革命後50年たって、実際の革命運動での英雄的役割を認められた人々は政界を去りつつある。彼らは革命運動での成果で統治や政治の正当性を与えられていた。しかし、胡錦濤もそうですが、今の指導部の彼らにはその実績はない。江沢民でも、自らの統治の正当性を裏打ちするために、90年代に国をまとめるために愛国教育をした。彼は日本嫌いだったとも言われている。

 村山支局長は、「日本で言えば今の中国は、日本の維新後50年くらいの明治から大正への時期に当たる」との見方をする。指導部も代わり、革命(明治維新も一種の革命です)の理念は薄れ、社会の流動化が進む。まさに今の中国は、サッカー場での出来事を見ればそうなっている。これは中国の指導部には脅威だ。

 中国の指導部には、他の多くの国がそうであるような「選挙で選ばれた」というような、正当性が存在しない。胡錦濤だってなぜ彼が江沢民の後任になったのか何ら説明はない。今はニューヨーク・タイムズの報道をきっかけにその江沢民が辞める辞めないの話になっているが、それにしても中国の指導部は自らの権力者としての正当性の担保に苦慮している、というのです。それはそうだ。選挙が行われる国だったら、「選ばれた」という正当性がある。

 正当性がない政権が正当性を主張しようとしたら、「その政権でうまくいっている」という証、国民に対する説得材料がほしい。中国の場合はそれは「経済発展だ」と支局長は言うのです。まあ有人衛星を打ち上げるなんてのもそのうちに入るかもしれないが、日常的に「この指導部で良い」と思ってもらうためには「国民を豊かにする」ということしかない。それが出来れば、国内は治まる。ということは、今後の中国の指導部は、今まで以上に「成果」にこだわるだろう、ということです。

 その「成果」の最大のものである経済は微妙な段階にある。統制が中央から効かなくなったのは地方政府に対しても同じようです。「個」に対してと同じ。地方も豊かになることを急ぐ。だから隣の省が製鉄所を作れば我もということになる。それを足し合わせると、国としては過剰投資になる。

 中国は、春からのマクロ経済政策で一生懸命それを抑えてきた。しかし、どうやらまたぞろそうした動きが出てきているようで、投資は8月は再び息を吹き返してきたと言う見方がある。8月の中国の鉱工業生産は対前年同月比15.9%も増えた。「マクロ経済政策の抑制効果は、影が薄くなりつつある」(China Daily)というわけだ。加えて物価が上がってきた。食料品がかなり上がっているらしい。石油も世界的に高い。

 国慶節の最中に利上げ、という説が今北京ではささやかれている。「8月の物価統計を見て」と中央銀行の総裁(周さんでしたかね)。その重要な物価統計は、この明けの13日に発表される予定だ。

 最後に村山支局長が、「まだこの国はこれはなんだ、というような驚くことがいっぱい起きますよ。だから面白い」と一言。その通りだと思う。進む「個」化と豊かさを渇望する民。政治の安定はどう担保されるのか、そして国民意識の形成が反日感情と表裏一体で育った経緯。そうですね、驚くようなことは起きるでしょうね。そんなことを思いながら、初日を過ごしました。支局長は、明日は川口大臣におつきあいだそうです。ご苦労様。


2004年09月11日(土曜日)

 (14:50)そういえば、今日が3周年でしたね。9.11の。ましかしそんなことお構いなしに、成田は非常に込んでおりました。

 北京に移動してきています。実に久しぶり。今年だけで既に3回目の中国だし、中国には最近数年間だけで非常に数多く来ているのですが、そういえば上海が中心で北京は天安門事件の直後に来たことがあるだけ。随分と緑が増えて、首都の貫禄が出てきた印象がします。

 凄い勢いも建設ラッシュ。空港からホテルまでもそうでしたが、今いるホテルの窓からも、大きなクレーンが6機も見える。北京のSwissotelにいて近くに大きな交差点や、まだ行ってないのですが先に日中のサッカー決勝をやったサッカー場もあるらしい。ネット環境は完璧です。

 しばらくここにいて、引き締め後の中国経済の現状や今後の展望を取材できたら、と思っています。日本で使っている携帯に転送をかけておきましたので、急ぎの方はケイタイに電話をかけてくださればこちらに転送されます。ケイタイメールも早く使えるようになってほしい。

 日本と同じ気候だと聞いてきましたが、夏のように暑い。しばらく北京に滞在です。


2004年09月10日(金曜日)

 (07:01)パーティーの組成が非常にうまい人に聞いたことがあります。例えば、6人くらいの定期的食事会を作り上げる。その食事会を長続きさせ、楽しくするにはどうしたら良いか。

 一番のコツは人数を減らさないことだという。減らすと、会そのものが勢いを失う。そのうち一人、一人と来なくなる人がいる。そしたら、自然消滅です。一番のコツは、都合があって出てこれない人もいるし、会話の弾まない人もいるから、一定インターバルで一人、そしてしばらくして一人とメンバーを入れ替えることだというのです。それが最大のコツだ、と。

 新しいメンバーが入ると、話題も再び増えるし、従来からの参加者の好奇心を満たすことも出来る。会話が弾むというのです。ずっと同じメンバーでも駄目。なぜなら、会話が行き詰まり、場が盛り上がらなくなる。

 何を言いたいかというと、今進行している選手側と経営者側の話し合いの落としどころは、「新規参入」を認めることなのです。これだけ騒いだあとの新規参入にはファンの関心も高まるでしょう。さもないと、今まで6球団のパリーグは、5球団になった段階でシャビーな落ち目のリーグになってしまう。ファンの心も遠ざかるでしょう。

 そして何よりも抜本的な解決策は、「いかに日本のプロ野球を魅力あるものにするか」です。これは数あわせじゃない。プロ野球は、今だと「オジさんのスポーツ」になってしまう。ファンサービス、放映権料のシェアの問題。私は、球団数を減らすのは我々の常識から言っても最悪の選択だと思う。


2004年09月09日(木曜日)

 (08:01)少し夏ばて気味ということで「体力を付けねば」と石頭楼で食事をした後、軽く飲んだのです。総勢5人で。で、水泳の話になった。メンバーの中に学生時代は水泳選手、県大会バタフライ6位という人物がいた。そこで出た話が面白かった。まず、じゃバタフライは何の為にあるか、です。

 だってそうでしょう。他の種目、クロール、平泳ぎには明確な狙いがある。クロールは速い。自由形を泳ぐ選手はほぼ全員クロールを選ぶ。平泳ぎは長く泳げると言うことがあって、実生活上で有用である。特に海での平泳ぎは有用だ。背泳にはその意味に多少疑念があるが、「息が継ぎやすい」という話になった。じゃ、「バタフライは.....」。その場では結論は出なかった。

 出なかったが、「これは面白い話題だ」ということで、家に帰って私は調べたのです。そしたら、面白いことが分かった。まず、このサイトには、

 今でこそバタフライと平泳ぎは別種目ですが、過去には同一種目だった時代があります。1928年のアムステルダムオリンピックでドイツのラーデマッヒェル選手がバタフライ泳法をあみ出し平泳ぎのレースに出場。当時の平泳ぎルールでは手と足が左右対称の動きであれば問題なかったのでこんなことができたんです。そして、平泳ぎよりは推進力の得られるバタフライ泳法で見事優勝、その後の大会で真似る選手が続出し、1956年のメルボルンオリンピックからは正式に独立種目となりました。
 とある。なるほど、この元水泳選手もバタフライの起源は知らなかったが、当時の指導者から「バタフライは新しい」と聞いていたそうだ。その通りだったと言うことです。バタフライはオリンピックの正式独立種目になったのは1956年とある。私が生まれてからです。上の文章では、「ドイツのラーデマッヒェル選手がバタフライ泳法をあみ出し」とある。

 しかし別のサイトには『(バタフライは)オリンピア水泳大会の「泳げない人部門」から誕生した。もともとは純粋に泳げない人々を海に突き落としてその速さを競うという(一種の公開処刑にも似た)競技であったが、後に溺れる振りをしながらいかに早くゴールできるかを競うという、妙に回りくどい競技へと発展した』とある。どちらが正しいのか知りませんが、バタフライが平泳ぎより速いのは事実です。それは記録を見れば分かる。ははは、もうちょっと調べると面白いかもしれない。
 ――――――――――
 もう一つ笑い転げた話題は「網」です。全日本とかオリンピックとかの大大会には見られない。しかし、市レベルの大会にはこれが良く登場すると元水泳選手。彼女が言うのです。水泳には「タイム失格」というのがある、と。何かというと、シドニー・オリンピックの時の溺れそうになった選手のようなのが出てくるので、それを途中で諦めさせる方法だというのです。野球で言えばコールド。

 どうするかというと、「タイム失格」の選手をターンの時に網ですくい上げるようにするのだそうです。まるでつり上げた魚を網で手元に寄せるように。で「網がかかると選手は失格になったことを悟る」というのです。そんなシーンは今までテレビで見たことがなかったので、想像を逞しくして笑ってしまいました。ははは。

 網ですくわれた選手は、「屈辱に身震いする」というのです。あと、背泳ぎについては、「今でこそ公式の泳法として定着しているものの、オリンピア水泳大会の「お笑い部門」が起源。会場を笑いの渦に巻き込みながら一番先にゴールしたものが栄光を手にするという最も過酷な部門」との説もネットには掲載されていました。


2004年09月08日(水曜日)

 (08:01)火曜日の夕方に六本木を通りかかったら、「青山ブックセンター」に明かりが。入ってみました。そしたら一階の入り口は倒産前と変わらない状況。雑誌が山積みになっている。

 しかし10メートルほど中に入って気が付いたのは、奥の上がったところからびっしり詰まっていた単行本が全くない。棚がそのまま。従業員の方に聞いたら9月29日から通常営業に戻るそうです。店の入り口に置いてあったちらしを見たら、青山店は同日朝10時から、六本木店は午後2時から。

 六本木が地方の都市のように店舗歯抜け状態になっては困る。ちらしには「今まで以上の品揃えでお客様のご来店を心よりお待ちしております」となっている。どんな趣向が打ち出されるのか楽しみです。


2004年09月07日(火曜日)

 (08:01)その日の丸の旗は、入り口の右の壁に飾ってありました。改装して明るくなった店内では目立つ。それでも、入り口の少し暗いところで、少し寂しそうに見える。右上に薄緑で「FOR THE FLAG」とあってその下に「長嶋JAPAN」と赤で抜いてある。

 旗の白地のところに、24人全員のサインがしてありました。黒いマジックで。誰と推測できない人も多いが、谷選手と三浦選手のサインは分かった。アテネでオリンピック種目の野球を戦ったメンバーです。今はその多くの顔を、プロ野球選手会のスト宣言の記者会見場などで見ることが出来る。小笠原、高橋、和田など。とく山にある長嶋JAPANのサイン入り日の丸

 24人の選手と監督、コーチの選手団に付いていったスタッフの数は60人に達したという。医者、料理人、ボディケアの人々など。つまり、日本の野球チームは100人ほどの大集団だったと言うことになる。

 この店と系列店の従業員は時期にもよるが4人ないし5人がずっとパレルモ、アテネとチームに帯同した。「食」を担当した彼等の話は面白かった。選手が一番食べたのは、パレルモで練習や練習試合を行っていた期間。食べに食べ、毎日行っている体調検査でも体重が増えるのが分かったという。何を食べたか。手の込んだものを作ってもあまり歓迎されない。肉が何と言っても歓迎されたというのです。それにサラダなど。

 アテネに移ると、選手達は今度は食が細ったのだそうです。試合の緊張、ストレス、国民からのプレッシャー。そして体重もほぼ例外なく減ったのだそうです。彼等は一つの宿舎に閉じこめられていて、試合の時以外はほとんど外に出なかったらしい。部屋でごろごろしたり、集まって喋ったり。街に出るなど、少し解放してやれば良かったのに、と思いました。

 料理人達も試合を見に行った。選手が帰ってくるころには食事の用意をしなければならないので、5回くらいまで。時々彼等は中継に映っていた。私は誰だか直ぐに分かりました。あの白装束は目立って、会場で「写真を一緒に撮らせて」とあちこちで言われたそうだ。スタジアムの入り口では、「また来たか....」と。私が「日本でも映っていたよ」と言ったら喜んでいたな。右腕に打球を受けた松坂の右腕は、本当に青く腫れ上がっていたそうです。

 アテネには一日遅れでオリンピックの情報が届く。現地のテレビ、新聞はあまり日本の選手の活躍を刻々とは伝えない。だから料理人達は一日遅れでアテネの情報を日本の新聞で読んだというのです。日本の新聞にオーストラリアとの第二戦に負けたあとの新聞が来た。「松坂見殺し」の見出し。そこを打撃陣の選手が通った時には、その板さんは新聞を隠した、と。

 記念に日の丸と一緒に写真を撮りました。でも「旗が寂しそうだった」のは、アテネ五輪が結果銅に終わったからか、それともサインした24人の選手が所属する日本のプロ野球界が今置かれている状況が投影されていたのか。合併を承認した機構側臨時実行委員会と、合併の一年凍結を要求してストを設定した選手会。歩み寄りが難しいように見え、かつ日本の野球ファンをワクワクさせるものにするにはどうしたらよいかの抜本的アイデアがまるでないのが、寂しい。


2004年09月06日(月曜日)

 (19:41)やっと終わりました。service pack 2 のXPベースのPCへの導入。いや、いろいろな関係でXPベースで複数台のPCがあるし、徐々に入れなければならないので、時間がかかったのです。最初の一台に入れたのは金曜日でした。

 漏れ聞くところによるといろいろpack 2 の導入には問題がある、あった方が多かったようですが、私はなんもなかったですね。導入にちょっと時間がかかるのがいらいらしましたが。まあどういうソフトウエアでもアップグレードは必要なんでしょうが、Windows は多少多すぎるような気がしますな。
 ――――――――――
 日曜日でした。とっても驚いたので、記しておきます。高円寺の古着屋。といっても、若者が集まるファッショナブルな店です。商品の展示は一見ユニーク。中でも驚いたのは、なんとジーンズを床にそのまま置いて売っていたこと。なんも敷かずに。そりゃ古着だが、私の感覚だと「そりゃないだろ」でしたが。

 いろいろなショップで靴をそのまま床に並べているのは今までも見てきましたし、違和感はない。そもそも床や地面と直接接しているものですから。しかし、パンツはそうじゃない。それが商品の展示として床に直接置いてあるというのは、売る人、買う人にとって違和感がないということでしょう。

 一つ思い出したのは、最近の渋谷の若者もそうですが、平気で地面や床に座る。電車の中でもそうです。もしかしたら、ジーンズなどは床に座る、地面に座るための衣類と彼らは考えているのではないか、という想念に取り憑かれました。その時は急いでいたので、「なぜ床になんか直接並べるの....」とは聞きませんでしたが。

 高円寺の街は、ときどきチャリで見て回ると面白い。ちょっと見ないと店が代わっている。住宅だったところに店が出来ている。中野の人も言うくらい、変化の激しい街なのです。


2004年09月06日(月曜日)

 (10:40)先週のフィナンシャル・タイムズに続いて今週はウォール・ストリート・ジャーナルが「三井住友によるUFJへのTOB」を報じている。日本ではあまりそういう報道は目立たずに、あたかも「UFJは三菱と一緒になる」というのが既定事実のように受け取られているのに。ウォール・ストリート・ジャーナルの報道は以下の通りです。

TOKYO -- Sumitomo Mitsui Financial Group Inc., an unsolicited bidder in Japan's first bank takeover battle, might offer to pay cash directly to shareholders of UFJ Holdings Inc. if UFJ's management continues to spurn its approach for friendly talks, according to people familiar with the situation.(中略)

Sumitomo Mitsui still prefers a friendly merger, but a hostile tender offer made directly to UFJ shareholders, particularly one offering cash, would push the unprecedented battle between two giant banks further into uncharted territory. Because this is the first time that two large Japanese concerns are fighting over control of a public company, it's not clear how Japanese shareholders would react to a hostile offer for their shares.

A Sumitomo Mitsui spokesman said a decision on launching a tender offer would be made only after the bank is convinced there is no chance of discussions with UFJ's management. Representatives of UFJ and Mitsubishi Tokyo declined to comment

 まあ詳細に読んでも、その信憑性は分からない。しかし三井住友がUFJと東京三菱の合体を快く見逃す可能性も少ないとも読める。まだ一波乱ありそう。


2004年09月05日(日曜日)

 (10:40)すごいなあ。BSで試合を見ていたら、その瞬間に敵地であるシカゴのファンが拍手をしながら立ち上がりました。スタンディング・オベーション。敵地ですよ。シアトルのセーフコ球場ではないのに。イチローのこの日5本目のヒットは、一塁手の頭の上をワンバウンドで大きく抜いていった。

 ファンもよく知っているんですよ。イチローが大リーグ記録に挑戦していることを。あと27試合くらいですか。今日で223本に達したので、記録達成の可能性は非常に高まった。残り試合の最初に5−5打っておけば、記録はぐっと近づく。大リーグ記録は257でしたっけ。はっきりは忘れましたが。

 去年の秋のイチローは見ていても気の毒でした。自分でも「呼吸がよく出来ない」と言うほど苦しかったと後で懐古している。今年はどうかなと思っていたら、見事に修正して打ちまくっている。ホームランが崇められるアメリカの野球界で、改めてヒットの価値を見せつけているように見える。

 イチローは8月にはチームのど不振にも関わらず、月間MVP。日本は凄い男をアメリカの大リーグに放出しておりますな。5−5打っても、マリナーズは負け。イチローをワールド・シリーズに出してあげたい。


2004年09月04日(土曜日)

 (23:55)ははは、土曜日はいつもは予定も余り入れずに一番休める日なのに、昼から東京国際フォーラムでこの会合。今日の今日まで知らなかったのですが、松井証券など4社連合が同じ日に同じようなセミナーを開いていたそうで、産経新聞の見出しを見たら「ネット証券2大勢力が対決 セミナーで投資家獲得狙う」と。

 サンプラザ中野さんとは、私が先輩で同じ大学・学部の同窓。旧知の間柄で、二人で一時間話しましたが、まあまあの幅の広い話が出来たのではないでしょうか。ついでに打ち上げで夕食も一緒にしました。

 「あまりにも聞きに来られた方の数が多いので」ということで会場からの質問を受けられなかったのが残念だな。私は講演会をした場合には、必ず質問の時間をとってもらうのです。次回はそうしてもらおう。


2004年09月03日(金曜日)

 (16:22)ところで、9月の11日(土曜日)からその週の後半まで北京に行きます。13日(月曜日)からは仕事が詰まっているのですが、11日の午後と12日の昼以外は比較的空いていて、北京に住んでいる学生さんとかビジネスマン(日本語か英語が出来る)の方と意見交換が出来たり、一緒にどこかにいけたらと思っています。12日の昼は入りましたので、「それはおもろい」と思われる方にはメールをいただけると幸いです。

 それから、今朝の朝日新聞に出ている「韓国で未申告ウラン濃縮」という問題は結構重要だと思っていて、今朝のラジオ番組でも取り上げました。今朝段階では日本の新聞の分析は物足りないと思われるもので、注目していきたいと思っています。


2004年09月03日(金曜日)

 (15:19)ケリーが民主党大会で国民に印象づけようとして持ち出した言葉が「America can do better」、「Help is on the way」だったとすれば、ブッシュがニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで使った言葉のなかで一番印象に残ったのは「Nothing will hold us back」かな。いろいろな意味がこの言葉にはある。しかし一頃で言えば、「我々は必要だと思うことを誰に止められることなくやる」という意味でしょう。

 それはある場合にはリーダーシップにもなるし、ある場合には一人合点の単独行動主義になる。ブッシュの行動パターンの可能性と危険性をともによく表している。ブッシュが大統領になれば、世界は「誰にでも我々を止めさせない」と考えるアメリカのトップの人達と付き合うことになる。それが良いか悪いかはまだ分からないが、かなり危険なことは確かだ。

 ブッシュの受諾演説を聴いていて、やはり(受諾演説を)後にやった方が有利かなと。名前は出していない。しかし、「my opponent」という表現で以下のような発言をブッシュはしている。ケリーの最近におけるブレをうまく突いている。

My opponent recently announced that he is the candidate of "conservative values," which must have come as a surprise to a lot of his supporters. Now, there are some problems with this claim. If you say the heart and soul of America is found in Hollywood, I'm afraid you are not the candidate of conservative values. If you voted against the bipartisan Defense of Marriage Act, which President Clinton signed, you are not the candidate of conservative values. If you gave a speech, as my opponent did, calling the Reagan presidency eight years of "moral darkness," then you may be a lot of things, but the candidate of conservative values is not one of them.
 ははは。まあそうですわな。あと演説はケリーが最初からテロとの対峙の問題を前面、全面に出していたのに、イントロでは家族、学校、教育、税制、労働環境の変化、市場経済、医療保険などなど多様な問題にまず触れたのが特徴。ケリーの熱さをかわそうとしているように見える。経済で自慢はあまりしていない。日本時間の金曜日の夜には8月の雇用統計が出る。軽々しいことは言えない、と思ったのでしょう。

 しかしケリーより今の世界、世界経済をしっかりとらえていると評価できる部分もある。彼は言う。

The times in which we live and work are changing dramatically. The workers of our parents' generation typically had one job, one skill, one career -- often with one company that provided health care and a pension. And most of those workers were men. Today, workers change jobs, even careers, many times during their lives, and in one of the most dramatic shifts our society has seen, two-thirds of all moms also work outside the home.

This changed world can be a time of great opportunity for all Americans to earn a better living, support your family, and have a rewarding career. And government must take your side. Many of our most-fundamental systems -- the tax code, health coverage, pension plans, worker training -- were created for the world of yesterday, not tomorrow.We will transform these systems so that all citizens are equipped, prepared -- and thus truly free -- to make your own choices and pursue your own dreams.

 まあその通りですは。だからケリーのように軽々しくオフショアリング(海外事業展開、雇用の流出)を非難するようなことは言っていない。この二つのパラは、「Americans」を「Japanese」に入れ替えれば日本の総理大臣が言ってもそのまま使えるし、認識として正しい。こういうところは、経済をいじくり回そうとしているかのように見える民主党より賛成できるな。苦しいところもある。例えば以下。
Our strategy is succeeding. Four years ago, Afghanistan was the home base of al Qaeda, Pakistan was a transit point for terrorist groups, Saudi Arabia was fertile ground for terrorist fund-raising, Libya was secretly pursuing nuclear weapons, Iraq was a gathering threat, and al Qaeda was largely unchallenged as it planned attacks. Today, the government of a free Afghanistan is fighting terror, Pakistan is capturing terrorist leaders, Saudi Arabia is making raids and arrests, Libya is dismantling its weapons programs, the army of a free Iraq is fighting for freedom, and more than three-quarters of al Qaeda's key members and associates have been detained or killed. We have led, many have joined, and America and the world are safer.
 そうかな....と誰もが思いますよね。日本(japan)という単語が私のカウントだと一回登場する。対イラク戦争でアメリカに協力した国として登場するのかと思ったら、アメリカが民主主義を植え付けるのに成功した国として。
The progress we and our friends and allies seek in the broader Middle East will not come easily, or all at once. Yet Americans, of all people, should never be surprised by the power of liberty to transform lives and nations. That power brought settlers on perilous journeys, inspired colonies to rebellion, ended the sin of slavery, and set our Nation against the tyrannies of the 20th century. We were honored to aid the rise of democracy in Germany and Japan and Nicaragua and Central Europe and the Baltics -- and that noble story goes on. I believe that America is called to lead the cause of freedom in a new century. I believe that millions in the Middle East plead in silence for their liberty. I believe that given the chance, they will embrace the most-honorable form of government ever devised by man. I believe all these things because freedom is not America's gift to the world, it is the Almighty God's gift to every man and woman in this world.
 あまり嬉しくないかな。ケリーの民主党大会の後では、ケリー支持は伸びなかった。今回はどうでしょうか。見ていて、ローラ夫人と双子の娘はブッシュにとって武器になるな、と。ケリーの奥さんはその点がちょっと。ま、アメリカの大統領を決めるのは、アメリカ国民です。日本は日本で自分の国の行く末を考える必要がある。がたがた振り回されずに。


2004年09月03日(金曜日)

 (08:19)ちょっと焦ったというか、「こんなに違うのかな....」と。何かというと、木曜日の夜のラジオ番組はつい最近までインド貿易振興会の東京駐在局長だったN.K.サイガルさんがゲストだったんです。ゲストと言っても、電話を繋いでのそれで、彼が英語しかしゃべれないと言うことで、私が英語で質問し、彼の答えを英語で聞いて、その上で私が日本語にしながら番組を進めるということになった。

 ナマ番組ですから、まあ言ってみればぶっつけ本番英語。私も自分の英語をそのまま番組に出したことはそれほどはない。日本人から「わかりやすい英語」と言われる英語ですよ、私のは。まあでも何とかなるだろう...ということで。

 しかし始めたら二つの障害が直ぐ明らかになった。まず第一は、サイガルさんの英語、インド訛りの英語が予想以上に凄かったこと。えらい苦労しました。基本的には経済と政治の話だから大体分かるが、それでも難しい。イントネーションもかなり違う。

 第二は、インタビューです。相手が日本語の場合は、相手がしゃべっている間も「ああ、そうなのか。じゃ次はこの質問をぶつけよう」と次の質問の準備が出来る。私は基本的にはあらかじめ質問をがっちりとは決めないタイプで、話を発展させる方を選ぶ。しかし、英語での向こうの話を聞きながら、「じゃ次の質問はこれだ」というところまで到達は出来るのです。その時は日本語で考える。

 しかし、そこで「じゃ、それを英語にしたら」と考え出すと、向こうの話が聞こえなくなることに気が付いた。日本語なら聞きながら次の質問を日本語で考えられるのに。質問を英語に置き換える時に、相手の声が聞こえなくなる。

 これには驚きました。質問を英語に転換する間は相手の言葉が聞けないと分かった段階で、「じゃ英語の質問は短くしよう」と考えたのですが、「聞けない」という想念の方が先に来て、なかなか前の進まない。ははは、サイガルさんのインド訛りの英語と格闘する一方で、次の英語の質問はこれだ....と決めていく過程がなかなか大変だった。いい経験になりました。

 話の内容は、政権交代後のインドということですが、彼は楽観的でした。シン首相を含めてインドの改革にこれまでも携わってきた人ですから、「政策の継続性はある」と指摘していたのが記憶に残りました。あと彼が言っていたのは、インドは「世界最大の民主国家」だという点です。だからあの予想外の選挙結果もあるし、多様な動きが出てくる国だ、ということです。まあ、インドにはまた行きたい。

 あ、それから、「インドは10億人も人間がいてなぜオリンピックで銀メダルが一つだ」と聞いてしまいました。うーん、明確な答えはなかったな。今はいい選手が育っているから、次はいいよ...というような答えだった。しかし私は一つ思い出した。インドで最大の人気スポーツはクリケットなんですよ。インドの新聞のスポーツ欄はクリケットの試合結果とスター選手の話で埋まる。だから、オリンピックになんかあまり興味がなかったのかも。

 ははは、それにしても「10億人に一個」は少ない。地球上の人口は60億ちょい。その割合だと、60億人で銀メダル6個しか取れない。


2004年09月02日(木曜日)

 (07:29)最初話を聞いたとき、「大野町ってどこだ」と思いました。どこにでもありそうな名前じゃないですか。ネットで調べたら、北海道大野町など直ぐに四つ出てきた。

 この町なんですよ。岐阜県大垣市の近くの。今は北米トヨタのトップになっている旧知のO先輩から、「町興しの手伝いしない」と声を掛けられたのは随分前。町興しって言ったって、難しいですよね。でも話があってから半年たった昨日夜ですかね、最初の会合があった。水道橋で。町長さんも来て。

 まあ最初ですから顔合わせですよ。O先輩もアメリカから帰ってきていて。空間デザイナーのような方、地方行政のCS(顧客満足度)に一家言を持つ人。今まで会社の経営に携わっていた人などなど。全部で12人くらいの顔合わせになった。町のビデオを見て、「二度咲きのさくら」「バラ」「竹中半兵衛生誕の地」とかいろいろな事実を頭にたたき込んで。私が弱いのは、この町を一度も訪れたことがない点かな。

 しかし、今の日本の地方都市が抱えている問題には共通がある。市町村合併の話、税収不足と地方交付税の減少問題、街の活性化の課題、人口減少との戦い、老齢化との戦い、雇用機会創出不足との対峙などなど。人、もの(情報)、カネをどうやっておらが町に誘導するか、そしてそこに豊かなライフを築くのか。

 人口24000人の大野町も、こうした日本の地方都市が抱える問題の多くを抱えている。話を聞いていて、日本の地方の縮図だと思いました。そういう意味では、今後アイデアを出すにしても、まずデータをじっと見ると勉強になるし、日本の地方が透けて見える。富山で二つの大きな市の市長さんの対談を仕切ったときも思いましたが。

 難しいのはわれわれは市長側の要請で集まっているのですが、市民がその思いを共有しているのかそうでないのかが読み切れない点。町を活性化することには賛成の人が多いはずだが、その方法論にはいろいろあるでしょう。そういう観点を含めて考えていかねばならない。マーケットの刻一刻を争う仕事ではなくて、「では次は来年の春頃に会合しましょう....」といった悠長な会合。目標は年4回だそうで、どういう展開になるのやら....。でも、視点が変わって面白い。


2004年09月01日(水曜日)

 (12:29)えらいことというのは起こるものですね。昼休みにヤンキースの試合結果を見たら、なんと22−0で負けている。「22」はえらいこっちゃ。なんだか大リーグタイ記録だそうで、松井はどうしたかと思ったら、2打数1安打(二塁打)の段階で引っ込んでしまった。打率303。

 どうしたのかと思ったら、バスケスが最初からバカスカ打たれて、あとのピッチャーも締まりなく打たれて、ホームグラウンドで見るも無惨な敗戦。ニューヨークのファンは怒ったでしょうね、ましてやスタインブレナーは。その結果、2位のボストンとは3ゲーム半のゲーム差に。首位も危うくなった。一時はたしか10ゲーム以上離していたのに。今年も秋が熱くなりそうだ。

 えらいこっちゃと言えば、昨日は中堅だがすこぶる優秀なエコノミスト、ストラテジスト二人と食事をしたんですな。のんびり。一人が転職する(いや、した)というので。華やかなやっちゃ。会社は上り坂の方がいいでしょ、だって。

 そしたら、ニュースはそれだけではなかった。何と結婚し、かつ新しい住居を契約したと言い出したのです。なんだそれは。たった10日程の間にそんなに良いこと三つもあって良いものかと非難したら、ニコニコ笑っておる。けしからん.....と言っても仕方がない。

 結婚相手は私も知っている人でした。ま、「おめでとさん」といった感じ。しかし契約したという住居の場所と広さにはちょっくらびっくり。「なんであそこでそんな広いところが必要なんだ...」と言ったら、ペットが居るので、と。勝手にしろって感じ。わいにも何か話がこないかな....なんて。最近は寂しい。以前は結構電話もあったのに。ははは。

 までも、彼らと話すといつも面白い。経済の話、物価の話、日本経済の形、エコノミスト仲間の近況、マーケットの事などなど。ま、定期的にやりたいメンバーですな。



ALL RIGHTS ARE RESERVED.Copyright(c)1996〜2006 伊藤 洋一