2004年11月30日(火曜日)

 (24:14)今日は面白い話しを聞いたな。「変わりゆく新宿」といった内容。どういう内容だったかというと

  1. 今年新宿区で成人式をやったら、いわゆる外国人が17%に達した
  2. また新宿区で外国人登録している人の国の数を調べたら103カ国に達した
 というのです。これはなかなか凄い統計でしょう。会社の先輩が新宿のホテルの役員をしていて、珍しくそこで昼飯を先輩と食べていたら、いらっしてそういう話しになった。新宿地区というのが、善し悪しは別にして本当に「国際都市」になってきた証拠といえるでしょう。それにしても、新成人の17%が外国人というのは立派な勢力です。いや、別に悪い意味ではなく。

 そのホテルの最近の稼働率は87%近くに達していて、非常に好調。半分は日本人、半分が外国人で、外国人の中ではやはり中国、韓国からのお客さんが多いというのです。今年だったか、富山で「韓国のお客が来るとタオルまで持って行くので困る」という話しを聞いていて、それを紹介したら、「うちに来る客はお金持ちばかり。そんな心配は何もない」と。

 外国人が増えた新宿を、「日本じゃないみたいだ」といって毛嫌いする人もいる。しかし、私はそれはそれで面白いと思う。というより、例えばロンドンに行っても、ニューヨークに行っても外国人の数の多さは別に自然だと思う。国際都市とはそんなものです。

 今日は山手線の西側に縁のある一日で、夕方に文化村にあった催し物との時間合わせで渋谷の109の中をしばらく見て歩きましたが、あそこも異空間という印象ですね。ビルのお客さんの90%は女性。あまり羞恥心のない私でも、あそこをゆっくり見て歩くには勇気がいた。面白かったですがね。

 世界のいろいろな都市に行っていますが、間違いなく東京は面白い都市の一つです。


2004年11月29日(月曜日)

 (23:54)久しく連絡がなくて、「彼は何をしているのだろう....」と思っていた人から、昨日久しぶりにメールが来ました。突然に、「作家になりました」と。そのメールです。

伊藤さん、ご無沙汰しています。KINです。覚えていただけてますか?

お知らせです。実は今年の3月末にサラリーマンを辞めました。 昔からの夢である作家になりたいと思ってです。並行して取り組む ことも考えましたが、不器用なので、サラリーマンの方を辞めて しまいました。

幸運なことに、ダイヤモンド社が主催する経済小説大賞において 私の作品が佳作を取りました。それから、その作品がようやく 12月に出版されることとなりました。告知用のブログを立ち上げ ましたので、ご覧いただければ幸いです。

※出版のお知らせの記事
http://kanazawa.cocolog-nifty.com/monokaki/2004/11/post_1.html

※ブログのトップ
http://kanazawa.cocolog-nifty.com/monokaki

 へえ、経済小説大賞の佳作ですか。なかなかじゃないですか。まだメールを貰ったばかりで本は読んでいませんが(当然ですが)、「社長解任動議」、配本日は12月16日ですか。

 彼は旧山一証券に勤めていた。私がこのサイトを立ち上げたのが96年ですが、その後にホームページ仲間でいろいろ会合をしたときに知り合って、その後は年に数回会う感じ。しかし最近はあまり会ってない。投資顧問会社にいるとばかり思っていた。メールの最後に彼の住所があって、それを見ると最後に聞いた住所から動いていないような。我が家の直ぐ近くです。中野の五差路の近く。

 金融業界出身の作家と言えば、幸田真音さんがいますが、実は月曜日の夜は久しぶりに本多さん、内藤さん、原屋さんという昔懐かしい仲間が集まって、「あいつはどうしてる」という話しをしていた。原屋さんは幸田さんの直接の上司だったことがあって、その時の話しは面白かったな。

 ませっかく意を決して作家になったのだから、行くところまで言って欲しいですな。久しぶりに彼の出版を祝う会をやっても良い。


2004年11月28日(日曜日)

 (23:45)全く予定外ながら、諏訪に来ています。祖父の弟の奥さんが危篤と言うことで。祖父の弟の奥さんですから、高齢です。あと20日で100才。それに達するまで、何とか頑張って欲しいのですが。そう考えると、我が家系の女性は皆長生きです。亡くなった祖父の妹の大叔母も92才だった。

三種類の算盤を並べました  思いがけずに帰郷しましたので、一つ調べものをしています。我が家の私から数えて4代前、つまり祖父の祖父は定太といって、その当時では結構名前のあった(といってもローカルでしょうが)和算家で弟子も取っていたらしい。江戸に出て和算を習ったあとの話ですが。まあどのくらいの人だったかは今では正確には分からない。

 で、我が家のお蔵にはその当時の面白い算盤が残っているのです。それを見たいと言う人が出てきて、探さねばと思っていたので、それを調べもした。珍しい上の段が三玉の算盤

 で見つかったうちのいくつかを携帯で写真を撮りましたので、ちょっとアップします。携帯の写真だから綺麗ではない。でも珍しいのはまず下の段が五つ玉であること(今のは四つ玉だと思う)、さらに上の段の玉の数が一つ、二つ、そして三つと三つのバージョンが揃っていること(右側の写真)。上の段が二つまではそこそこある。しかし、上の段が三つ玉(左の写真)なのは「わしもなんの目的で作られているのか知らない」とオヤジも言っていた。当然、私も知りません。やることがなくなって暇になったら調べようかと。

 まあ昔のものでも面白いものはいっぱいある。算盤の歴史も、調べる価値はあるような気がするのですが。


2004年11月25日(木曜日)

 (23:45)驚きました。会が終わって私が去ろうとしたときに、一人の紳士が近づいてきた。「秋山です...」。「いつもお世話になっております...」というとこで分かった。

 私の目の前にいるのは、ニューヨークの秋山君のお父さんでした。商社勤めをしていらっしゃるとお聞きしていましたが、今はIT関係のお仕事をしているらしい。息子よりはるかに上品で、しばらく話しましたが、この丁寧かつ生真面目そうなおとうさんのどこから....という感じ。ははは。

 私のような仕事をしていると、いろいろな方と会う。会合で会社で付き合っている息子、娘のお父さん、時にはご両親に会うことも多い。長竿さんのお父さんにもお会いしたことがあるな。なかなかいいものです。


2004年11月24日(水曜日)

 (00:45)火曜日の午後に移動してきて、今は高知にいます。24日の夕方には東京に戻りますが、講演を一つ行うため。

 高知の魅力の一つは鯨料理。鰹も魅力ですが、これは全国どこでも食べられる。と言うことで、高知の友達に最初から頼んでおいたら連れて行ってくれた店が、酔鯨亭。メニューを見ると、「調査捕鯨で捕獲されたミンク鯨を使っています」と書いてある。高知に来るのは3回目ですが、今までは船の進水式などで来ていて、コースが決まっていた。この店に来るのは初めてです。

 では鯨料理とは何か。その前に鯨の肉の部位ごとの名前がこの店の鯨料理のページの最初に書いてある。この店では、「さえずり」「ウネス」「花鯨」「皮鯨」「赤身」などがすべて頂ける。

 「さえずり」とは、鯨のベロです。牛で言えばタン。ウネスというのは、下あごから臍の直前までの鯨の下側の部位にある脂身たっぷりの肉、花鯨とは鯨の尾の部分のスライス、そした赤身とは背中の部分の肉、そして皮鯨とは文字通り皮です。少しずつ頂きましたが、それぞれ美味しい。花鯨は特に気に入ったな。

 「鍋」に当然挑戦。店の人がハリハリ鍋を推薦してくれたので、「これは大阪でも食べられるやつでしょ」と言ったら「うちのはちょっと違います」と。確か大阪の店のは、中に入れる鯨の肉は赤身が中心で、あとは水菜だと記憶していた。これは、大阪の店のサイトにもそう書いてある。

 しかし、この酔鯨亭のハリハリ鍋には、ウネス、さえずりなどもふんだんに入っている。この高知式ハリハリ鍋は、一昨年だかに進水式に来て、その後のパーティーの席で少しいただいた。しかし時間切れで、ほんの少しでした。今回はたっぷり時間があった。同じハリハリ鍋でも、ウネスやさえずりがたっぷり入った方が遙かに美味しいことを発見しました。うーん、ハリハリ鍋は大阪より高知ぞよ。
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 友人と二人での話題は、この28日に迫った高知での選挙の話。中心街を歩いていたら橋本大二郎の選挙事務所があったので、ちょっと外から覗いてみたら、ご本人はいらっしゃらなかった。高知の新聞社が世論調査をやると、まだ橋本さんがリードしているらしい。しかし、対立候補も追い上げているとか。

 一期、二期と人気が圧倒的(支持率8割以上)だった橋本さんがなぜ議会に追い詰められ、支持率でも大きく5割近くまで落ちているのか。どうやら、「何も良くならない高知の経済」に鍵がありそう。まあ高知の経済が不振なのは、街を歩けば分かる。はりまや橋の直ぐ近くの大きな道路の交差点、むろん中心部ですが、ここにあった地元のデパートは10年前に倒産したままで、今も何も入っていない。一等地の筈なのに。その斜向かいにあったインターなんとかというホテルも倒産して、今は明かりがない。

 高知の抱える問題は、景気回復の波に乗ろうとしても、「その火種がない」というのが現状のようです。つまり、ほんの一部の大企業の工場はあるが、その他は景気回復の恩恵を受ける産業がない。

 高知の人たちがショックだったのは、県の工業製品出荷高が、沖縄に負けたことだというのです。橋本さんはもう10年以上やっている。改革を叫んで成果を出しているかと思いきや、何も高知は良くなっていない、というよりむしろ全国の県で一番貧しくなってきている、といういのがまずは橋本さんに投げられている不満だというのです。

 聞いていて悲惨だと思ったのは、県の予算のうち県の税収であがる部分は10数%しかない、後は、つまり予算の80数%は全部国の補助金が支え、それで回っている県だという点だそうだ。主な産業と言えば土木。しかし、それじゃやっていけない。何か知恵を出しているかというと、「特区」などの申請も知事の方針があって全く進んでいない、というのです。

 街も少し歩いてみました。もう8時をかなり回っていましたし、休日の面も当然あるが、活気は確かにない。数多くあるパチンコ屋さんもがらがらな店が多かったな。昼間も店を開けないシャッターの店もかなり目立ってきたという。ただし郊外には大きなショッピング・センターが一つ出来たとも聞いた。人はそっちに流れているのかもしれない。

 今の高知の繁華街商店街の会長さんは、広末涼子さんの叔父さんだそうです。彼女の家は商店街の中心の大きな金物屋さんで、一族が持つ店の前を通りましたが、そこは結構人が入っていたな。飲食店などもやっているようで。

 選挙の結果は28日になれば分かる。今の勢いだとまた橋本さんが選ばれるのかもしれない。しかし、「(経済発展の)火種もない高知」では、なかなか今後の運営は難しそう。


2004年11月23日(火曜日)

 (13:45)関西で買ってきた「ICOCA」にちょっといたずらをしてみました。駅の近くのスイカが使えるコンビニにもっていって、「買い物が出来るかな....」と。

 ははは、ダメでした。なんだ「スイカと完全コンパチじゃないのか...」と。どうせ一緒に使えるようにするという思想があるのなら、ICOCAも東京のスイカ利用可能コンビニでも使えるようにすれば良いのに。中途半端ですよね。

 さすがに宣伝通り、東京の電車の乗り降りにはICOCAは全く問題なく使えました。それはそれで良かった。しかし、コンビニでも使えるようにすればよいのに、と私は思いました。


2004年11月22日(月曜日)

 (24:45)本当にびっくりしました。月曜日の夕方からは銀座の学校という大日本印刷がやっているまあ趣味の会のパネラーを務めたんですな。「鍋」について。他のメンバーはサイトに書いてあるとおり。

 何でも大日本印刷は発祥の地があの交詢ビルの隣だそうで、「コミュニケーションを楽しく考える学校」として、セミナーの形でもう10年以上もやっている、開催は半年に一回のペースらしい。今回で第46回。なぜ私が出たかというと、全日本鍋物研究会の石田さんから、「他の人はちょっと都合がつかないので、伊藤さんよろしく」と。まあ私もこの会の広報部長を自認していますから、「ほんじゃでなきゃ」ということになった。

 まず驚いたのは、(会の)他の人は都合が悪い筈なのに、研究会の女将の辻さんとナンバー2の今泉さんが会場にちゃんと来ていたこと。あちゃ、と思いました。この二人の前で鍋について偉そうに語ることなど、出来るだろうか....いや出来ない、と。ははは、私も鍋については一家言ありますが、二人の重鎮がいらっしている。で、私の出番になったときに最初にこの二人をご紹介。

 でも、このお二人を紹介したことがのちのち非常に良かったのです。私の分からない質問、例えば「昔は女性の名前に鍋さんとかいう名前が多いが、どうしてですか」というところで、今泉さんがきっちり決めてくれた。感謝。昔は台所回りの器具を名前にした女性が多かったのだそうです。

 まあ金井さんの司会による旧知の久保田さんとの会話は楽しかったな。ひっくり返ったのは私の直前に話したこの先生の話しだな。まあ大学の先生と言うこともあって決してうまくはしゃべれない。しかし、フィジーだったかな、そこの「共食」の話しをした中で普通の神経ではマジな顔をしてしゃべれない単語を先生は金井さんに対して連発。ははは。本人はあまり気にしていないようでしたが。いや、紙上ではとても再現・開陳できません。

 二番目に驚いたのは、打ち上げ、二次会(ここで次のテーマが決まりました)のあとでお口直しで4人で寄ったリンソランスで、なんと先週京都で会った祇園の豆千鶴さんに遭遇したこと。いや彼女とは京都の宴会の席で、「東京に行くと寄る場所がある」と言う話しから、しばらく「リンソランス話し」をしていたのです。しかし、直ぐ翌週に遭遇するとは。ははは。奇遇ですわ。

 それにしても振り返ってみると、いろいろあった月曜日でした。昼は講談社の人と食事をしながら、「久しぶりに本でも書こう」という気になったし、午後はNTTコミュニケーションのVPN(virtual private network)についてブロードバンドIP事業部の部長さんである西郷英敏さんとの対談。「西郷」というので、「もしかしたら」とご出身をお聞きしたら鹿児島、さらに誰でもが思う疑問を投げたら、「私は知りませんが、オヤジはそう言ってます」と。へえ。でもあの西郷さんの顔の大きさは、私の目の前の西郷さんからは消えていました。スマートな印象だった。


2004年11月21日(日曜日)

 (24:23)思い出しました。小沢さんが事件にあったと思ったら、別に事件に遭遇した一人住まいの女性の話を。今度はピッキングです。

 その日は体調が悪くて家で休んでいたのだそうです。そしたら突然、玄関でガチャガチャと音がする。おかしいと思って行ったら、明らかに外からピッキングと思われる動きが見られた。

 体が凍り付いたそうです。そりゃそうだ。で、どうしたらよいかと必至で考えたのだそうです。出た結論は、「家に居る」ということをドアの前にいる人間に教えること。で何をしたかというと、ドアをたたいて大きな音を出して、「何しているんだ....」と。

 ドアの前の犯人はびっくりして、そのまま逃げ去ったそうですが、逃げ去っても「体の震えが止まらなかった」と。そりゃそうでしょう。もう一つ考えたそうです。「顔を見られれば犯人は逆に攻勢に出る可能性がある。で、犯人の顔を見ないように、見たと思われないように....」と。

 しかし警察が来て調べているときに、「顔は見なかったのですか....」「出来れば見て欲しかった」と。ははは、まあ警察としてはそうなんでしょうね。しかしいずれにせよ、身近にも犯罪の話しが多くなった。日本は物騒になっているのです。奈良の事件もありましたし、小さいお子さんを持つ親は気がきじゃないと思う。

 最初の話しに戻ると、「そんな事件がどうやっても起こりそうもないマンションなのに」と。油断大敵 !


2004年11月19日(金曜日)

 (19:19)ちょっと久しぶりかな。時間を見つけて映画を見ました。会社の大先輩に勧められて、やさしい嘘という映画を。銀座シャンテでやっている。

 シュワルナゼが大統領の座を追われたグルジアの映画です。珍しいでしょう。しかしこの映画を見ていると、この国が置かれた状況というのが非常によく分かる。ソ連時代には随一の保養地で栄えたこの地方も、ソ連の崩壊とともに貧困のどん底に。シュワルナゼに対する反体制運動の中で我々が初めて知ったこの国の貧しさがこの映画にもふんだんに登場する。この映画を見ていれば、海外では評判の高かったシュワルナゼ失脚の理由が分かる。

 パリやアフガニスタンに出稼ぎする、せざるを得ない男達。オタールというこの映画に写真しか出てこないおばあちゃんの息子は、グルジアでは医者なにのパリでは建設現場で働く。そして事故で死(?)。彼だけではない。映画を見ると男がほぼ例外なく出稼ぎに海外に行かねばならず、実際に行っている様子が映し出される。

 主役はグルジアという国かもしれないが、具体的には女性三人です。おばあちゃんとお母さんと、そして娘(アダ)。それぞれの状況の中で生きている。おばあちゃんはスターリンの時代、グルジアの豊かだった時代が懐かしい。亭主をアフガニスタンへの出稼ぎで失っている母親は、おばあちゃんと娘の間に立つ。そして最後はパリに不法に残る決断をする娘。

 おばあちゃんが何とも良い味を出している。有名な女優なのか普通の人なのか知らない。韓国映画のおばあちゃんの家のあの方は全くの素人だったと思った。それにしても、うまいのです。

 母と娘がおばあちゃんにつくやさしい嘘は、おばあちゃんの予想外の行動でばれることに。しかし、事実を知り、そして静かに受け取るおばあちゃんの心模様が良く描かれているし、その後のこのおばあちゃんの気持ちの切り替えには拍手を送りたい気持ちになる。嘘をついた二人への優しい心遣い。いいなあ。そして、最後にアダが下した決断。

 良い映画でした。こういう映画がどしどし入ってきて欲しい。もう一本勧められているので、来週には機会があったら見ようかと。


2004年11月18日(木曜日)

 (23:19)京都では面白いことがあったな。葛きりが好きな私は時間を見つけて鍵善に行ったのです。注文して出てきた。しかし、開けてビックリ。葛が入っていない。前後の人も2〜3人そうでした.....。ははは。店の人の方が慌てていました。まれなケース。

 以前は鍵善の葛きりは甘すぎておいしくなかった。しかし、今回食べて少し甘さを抑えた印象がした。ちょっと変えたのかな。店は時間の経過の中から少しずつ変わっていきますから。その他の店でもそうでしょう。

 関西でスイカに当たるのはイコカ。「行こか!」から取ったとも言われていますが、せっかく関西に行ったので、買ってきました。関東でも使えるようになったと聞いていますから、東京のJRで使ってみようかと。使えるだけでは駄目。なぜなら、2000円分など直ぐ使い終えてしまう。チャージできないと。地下鉄カードも共通にして欲しいな。

 どうやら、東京でもイコカをチャージできるのだそうです。色合いはスイカが緑に対して、イコカはブルー。うーん、ブルーの方が格好いいな。で、私はしばらく東京ではイコカ(ICOCA)を使うことにしました。


2004年11月17日(水曜日)

 (07:23)毎年この時期に行われる会合のために京都に移動してきています。寒い。特に朝晩はそうです。しかし、肝心の紅葉はまだで、当地を訪れている大勢の観光客も寂しそう。去年は紅葉が進行する前に、葉っぱが落ちてしまって紅葉レスの秋だったらしい。この一両日の寒さでどうなるかですが、今年もその懸念ありとの見方があるという。

 それにしても、毎年のこととはいえ京都に来ると女性パワーに圧倒される。食事に行っても、ちょっと有名なお寺に行っても場を占拠しているのは女性の団体。圧倒的に京都の経済は女性の来訪者で成り立っている。きっとご亭主は一生懸命働いているんでしょうな。

 もっともこれは男性側の問題でもある。全般的に見て、日本の男性は女性に比べて好奇心が弱い気がする。コンサートに行っても女性ばっかし、観光地に行っても女性ばっかり、ブランドショップに行けば男は大体女性に連れてこられている。海外旅行に行くのも女性が多い。これじゃ、女性にばかり経験と知恵が着く。

 大阪にも行きましたが、あの大阪駅からリッツ・カールトンに繋がるなんと言ったかブランド街はなかなか迫力がある。まあでも私は大阪は「みなみ」だと思っているのですが。あの雑然としたところが良いのです。美味しい店もあるし。

 それにしても、今回の出張ではインターネットの接続に苦労したな。コンピューターは調子が悪くなるし、なんということはないダイアルアップ接続がホテルの交換機の関係からかうまく行かずに、すっごく苦労した。こんなことは初めてです。長く自宅外の接続を問題なくこなしてきた身としては信じられなかった。海外の方が接続を確立しやすいかな。日本にも本当に遅れたホテルというのはあるんですよ。

 ちょっとがっかり。


2004年11月15日(月曜日)

 (23:23)ちょっと気になっていたのですが、中国各地で暴動が起こっている。ついさっき見た朝日コムには以下のニュースがある。

中国南部の広東省掲陽市で、橋の通行料の支払いをめぐって地元当局と住民が衝突し、料金所が焼き打ちされるなど数万人規模の騒動に発展した。15日付の複数の香港紙が伝えた。住民側の1人が消防車にはねられて死亡するなど双方に複数の死傷者が出たようだ。地方役人の腐敗に対する住民の潜在的な不満の高まりが背景にあるとみられる。
 思い出すだけで、重慶の市民同士の言い争いをきっかけとした暴動(片方が私は役人だと言ったことで拡大したと言われる)、中国河南省北部の中牟県での回教徒と漢族の交通事故を巡る紛争をきっかけとする暴動、そしてつい最近は中国四川省漢源県で地元政府が収用した土地の補償に不満を持った農民ら数万人が抗議行動を起こし、鎮圧に当たった多数の警官と衝突して農民の男性1人が死亡するという事故が起きている。

 最後の事件では、反発した農民側は男性の遺体を掲げて「汚職役人打倒」「(地元政府は)温家宝首相の言う通りにしろ」などと叫んでデモ行進。一時は政府や学校、商店が閉鎖されたという。広東省の事件もそうだが、今の中国の暴動、衝突などなどは「地方役人の腐敗に対する住民の潜在的な不満」を契機とするケースが多い。

 つまり、胡錦濤が全権を握る予定の中央政府への反発と言うよりは、中央政府と一般国民の間にいる「地方役人」に対する反発の側面が大きい。なぜ大きいかというと、彼らが一般庶民から見て「横暴であり、腐敗している」からである。胡錦濤が全権を握る予定になってからこうしたことが激発していることに筆者は着目している。

 これが今の中国にとってどのような意味を持っているかは今直ちには読めないところがある。胡錦濤から遠ざけられる勢力が陰謀的に起こしているのか、胡錦濤の持つ体質が江沢民よりこうした事件を起こしやすいと中国の民衆に思われているのか、それとも今こそ胡錦濤なら地方役人の腐敗を打破してくれると考えているのか。

 しかし一つ言えるのは、中国は発展しているし、その発展は続くだろうが、各所で地雷を持っていると言うことだ。そうした地雷の行方にも関心を払いたい。


2004年11月14日(日曜日)

 (07:23)おお、これは凄い。私の高校の同級生達が、ネット上にホームページを作りました。今年の4月に行われた総会の模様などが静止画、動画の二つで掲載されている。懐かしい。

 世の中にこの手のHP、つまり高校の同級生達のHPがどのくらいあるのか知りません。うーん、まあでも少ないのでしょう。ちょっと自慢かな。こういうメンバーの中で高校時代を過ごしたというのが。ははな、何せ私の出た高校は「日本一校歌が長い高校」として日本テレビか何かの番組に紹介されていました。ユニークな高校です。

 このHPがどのように発展していくか、実に楽しみ。むろん、私も出来ることでこのHPの充実に参加したい。
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 ところで、先週の金曜日だったか、評論家の小沢遼子さんが話していた実話は恐ろしい話ですな。金曜日のスタンバイのゲストは、私が8時までで、その後は彼女です。彼女はラジオでその事を公表していたので、多少書いても良いのではないかと思いますが、お住まいになっているある青山の銀行支店に行ったのだそうです。土曜日、人もまばら。

 お金をおろそうとしたら、何か後ろに付いてくる人が居る。ちょっと気になったのですが、そのままお金をおろしたのだそうです。そしたらその直後にセーターの糸が解れているとか何とか言って人が近づいてきた。その瞬間に左手に持っていた鞄がちょっと揺れたような感じがした、というのです。たぶんその直前に、使ったバンクカードを鞄に入れたりしたんでしょうな。

 そのときは気が付かなかったが、家に帰ったらカードを入れたカード入れがない。さあ大変、てなもんです。土曜日だというのがポイント。犯人サイドはそれを狙っていたのかもしれないが、なかなかいろいろなところにカードストップを申し込んでも、連絡がつかなかったり、時間がかかったり。つまり、カードが止まらない。そうこうしている間に、具体的には10分程度の話だそうですが、犯人グループは小沢さんが使っていたバンクカードで何カ所からお金を引き出して、バンクアカウントはほぼ瞬間蒸発状態になってしまった、というのです。相当な金額。

 ある人がATMの前で指を動かす。プロが見れば、指の動きでよほど隠さない限り、いくつを打ったのかは分かるのだそうです。小沢さんの後ろにいる奴は、それを読み取る役割を担っていたのかもしれない。その暗証番号に関する指の動きを見た上で、そのとき使われたカードをスリの手法で取って、小沢さんがカードを止める努力をしている間にお金を引き出した。

 小沢さんが賢いのは、いくつかのカードにいくつかの暗証番号を適用していたことで、その他の暗証番号のカードが大丈夫だった、ということ。つまり、使われる前に止まった。これはなかなかえらいですよね。私も最近その努力をしていますが、まだ一緒のカードも少しある。そういうのは、危ない。

 それにしても、ちょっとそうかな、という気持ちはありましたが、「プロが見ると後ろや後ろ斜めで見ていると、その人が打っている暗証番号が分かる」というのは気をつけないといけない。夏の薄着の時など、もろに見えているかもしれませんね。

 話していて最後に小沢さんが、「私はそういうことには、本当に気をつけていた。その私がやられたことで、私は呆然とした」、と。その気持ちは分かりますよ。誰もが被害に遭うまでは、「まさか自分が」と思う。しかし、だからこそその人にもそれまで想像もしていない事件が起きる。

 皆さん、気をつけましょう。暗証番号を打つときは見られない努力をする、暗証番号はいくつも用意して、カードごとに適用を変える.....などなど。


2004年11月13日(土曜日)

 (07:18)朝日に「仏ルモンド紙、株式を売却 ?」という記事。「?」マーク付きですから本当にそうなるかどうか分からない話なのですが、この記事を見て、ヨーロッパの新聞業界が置かれた環境の変化を思い出しました。

 ロンドンで実際に手にしてみたのです。聞いていたタブロイド判のタイムズ。変化を体感といった風情。言ってみれば、タイムズとルモンドはヨーロッパを代表する高級紙です。それが、一方はタブロイド判に、もう一方は株式売却。象徴的な動きだと思う。確かにロンドンの新聞が長いし、でかい。タブロイドではない長い方の新聞をもってオフィスの近くのちょっとしたレストランに入って新聞を読んでみたら、テーブルに乗りきらない。大きいのです。

 そういう意味では、あのタイムズさえもタブロイドというのは分かる気がする。しかし、タブロイド判に高級紙のイメージを持たない我々日本人には、ちょっと違和感がある。まあイギリスの人もそうなんでしょうが。ルモンドの経営危機ね。無料タウン紙誌やインターネットの普及で...と理由が書いてある。今までは従業員持株会などで乗りきってきたそうですが。

 そう考えると、日本の新聞業界はよく頑張っている、というか、変わっていない。経営危機が叫ばれた新聞もあったが、サバイブしているし、株式が売り出したという話しも聴かない。タブロイドにもなっていない。ごく一部の新聞が夕刊をなくしたくらい。このまま行くかどうかは知りませんが。
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 ロンドンで体験した面白い事態を。いやロンドンの人々には日常化していて迷惑な話かもしれませんが。ある会社を訪問して、久しぶりの方々と話しをしていたのです。和やかに。そしたら、ビルのアラームが鳴り出した。最初無視して話して、相手側の会社の人が「これはもしかしたらエバキュエーションでは」と。

 意味くらい分かります。全員待避。冗談かと思ったら、本当にそうでした。ビルにいる人間全員が外に出されるのです。ビルのどこの不調があったのか知りません。煙が出たのか、爆破予告があったのか。しかたがないので、4人全員でビルを出て、近くのパブに移動してそこで話しの続きです。ははは、笑ったな。

 ロンドンは比較的そういうのがあるそうで、そういえばもう一社を訪れたときも、「今エバキュエーションで受付が誰もいない」(警備のオジさん)ということで、受付に長蛇の列ということがあった。ロンドンに住んでいると神経が太くなる ?
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 あと金曜日の日経産業には、ロンドンで見かけた奇妙きてれつな形をしたビルに関しての特集記事が「テクノトレンド」にあって面白かった。何でロンドンのビルに関する記事を日本で見つけるのか。まあしょうでしょうな。ロンドンの人は皆知っている....!

 新聞記事を見れない人には分かりにくいのでしょうが、要するに卵の長い方をさらに左右に引っ張って、その7割をどすんとビルにしたという形。ロンドンの街を歩くと、いろいろなところからその景観が目立つ。何を根拠にしているのか知りませんが、「Hビル」と呼んでいた日本の方もいた。「30セント・メリー・アクス」というのです。

 当たり前ですが、福岡のどこかにあるような「Hビル」ではなく、「高度な構造エンジニアリングに支えられた建築」なんだそうで、「風に逆らわないことで構造物にかかる負荷を軽減すると同時に、足元を歩く人に対するビル風を極力なくす」狙いを持たせている、というのです。ここまで聞くと、「なるほど」と思う。

 新しく登場する言葉としては、「ファサードエンジニアリング」。「環境装置としての建物正面(ファサード)」という考え方に立って、つまり、外壁の素材適性、耐候性、冷暖房や自然換気などの空調、物理環境としての室内気候といった多岐にわたる要素を関連付けながら建物のファサードを作るのだそうです。その結果があの卵ビル(私が名付けただけですが)。

 うーん、でもあの形はどこかで見たような。「エイリアン」だったかな....。


2004年11月11日(木曜日)

 (18:18)私が飛行機に乗っている間に、アラファトが死に、FRBが利上げし、円が急落し.....とまあ世の中色々ある。色々あるが、一つ一つ対処していかねばならないので、私が乗っている間に頂いたメールから紹介しましょう。ガーリック情報追加、かつブランドショップ情報等々。

 伊藤さん、こんにちは。

 ベルリンでご一緒させてもらった杉岡です。ベルリンの後、2003年には一年余りプラハで働き、2004年の2月からチューリヒに異動しています。

 今回話題になっているガーリック・トーストですが、チェコでは一度も経験しなかったですねえ。「ロシアではガーリックを生で食べるらしい」ということですが、まあモスクワなんかではまずそんなことはないと思います。ロシア人に言わせると、ウクライナとか田舎のほうに行くと、まだそういうことをする古風な男性もいるらしいですが・・・。

 ちなみに、ロシア、白ロシア、ポーランド、ウクライナの国境あたりのいわゆる田舎では、ラードの塊がパンと一緒にサーブされるようです。私はワルシャワのレストランで一度経験しました。(私は手もつけなかったですが・・・)

 ところで、チューリヒのバーンホフ・シュトラッセの有名店の集積具合もなかなかのものだと思います。プレステージの高さ、通りの美しさ(幅が適当で且つ緑が美しい)、歩きやすさ(トラムは走るが車は基本的に走れない)といい、欧州でも最も美しい高級店街の一つではないかと思います。

 メールにあるとおり、私が数年前にユーロ紙幣が出る正月にベルリンに行ったときに付き合っていただいた杉岡さんです。あのとき行ったシュベリーンの変貌ぶりには驚いたな。そうですか、今はチューリヒにいらっしゃる。ガーリック情報もまあチェコと言っても、ロシアと言っても色々あると言うことでしょうか。「バーンホフ・シュトラッセの有名店の集積具合」は見てないな。今度機会があったら拝見したい。
 とある地方私大でアメリカ史を担当しています。伊藤様の国際政治ウォッチは、現場の人々の認識を知るという意味で、いつも参考にして おります。

 ところで、私の専門領域とは全く関係ない話なのですが、手についたニンニクの においの消し方についてお知らせします。

 ニンニクの臭いの元は水溶性なので、流水でしっかり洗えば臭いは落ちます。一 分ぐらい流しておけば、それでOKです。それでも気になる場合は、茶殻を手に とってしばらくこすればすっきりします。万一のときはお試しください。

 突然失礼しました。

 これは平井さんとおっしゃる方から。へえ、ニンニクの臭いが水で消えるとは。料理をしない人間には知らないことでした。まあ今回のニンニク・プロブラム(騒動と言うほどでもない)で分かったのは、その地方その地方で料理に対する考え方は違うのだから、「聞けば良い」ということだと思う。

 だってそうでしょう。確かにあの堅いパンとバーリックの組み合わせの上にタルタル・ステーキを垂らして食べたら本当においしいかもしれない。各地の人間が頭を絞って「おいしく食べよう」と考えているのだから、その成果はちゃんと聞いてやらないと。今度チェコや東欧であのガーリック・トーストが出てきたらタルタルを頼んで試そう....。ははは。


2004年11月10日(水曜日)

 (08:18)ロンドンを出発する直前に欲しかったガーリック情報が。11月7日にアップした左側写真の白い固まりであるガーリックを我々はどう食べたら良かったのか、という問題に関して。

 小林君が知り合いの、チェコに詳しい女性に頼んでくれ、彼女が自分のチェコ語の先生から聞いてくれてこちらに回ってきた情報です。全文以下の通り。

 ガーリックトーストのご報告です。

 やはり、ガーリックはパンにこすりつけるのだそうです。パンは油で揚げたか、焼いたかしてありませんでしたか?

 硬めに油で焼いたパンにガーリックの切り口をなすりつけて、ビールのお供にするそうです。(もっとも)ガーリックはつけなくてもよいそうで、そこにトッピングするのもよし、だそうです。その名もtopinka、複数でtopinky(とぴんき)です。牛のタルタルステーキをのせると絶品だそうです。

 ロシアではガーリックを生でかじってウォッカをいただくという噂が。

 なるほど。パンでどうやってこすりつけるのかは自分で考えるとして、とにかくあの硬く揚げたパンにつけろ、と。確かにパンは「油で揚げたか、焼いたか」してあった。硬かった。まあ私だったらフォークでこすりつけたでしょうね。事前に知っていれば。手でつけるのは数日ガーリックの臭いが手に付きそうで、ちょっと。

 「タルタルステーキ」というのは、確かに良いアイデアだと覆う。肉くささをガーリックで消すのです。「人肉を食べた」と言われたタルタル人もそうしていたのかもしれない。そういえば、おいしいタルタルステーキをしばらく食べてない。ははは。

 「(ロシア人は)ガーリックをかじりながらウォッカ」ね。私はウォッカは Blue Monday などのカクテルでしか飲まない、あまり得意でないのですが、ガーリックとウォッカは合うかもしれない。私たちは知りませんでしたが、ここの読者の皆さん、チェコに行ってもガーリック・トーストを頼んだら落ち着いてパンにこすりつけるなり、タルタルステーキを頼んでくださいね。

 うーん、いつも得意なのに、聞かなかったのが敗因。もっともあのウェートレスは「今日が初日」と言っていたから、知っていたかどうかは分からないが、親切だったから誰かから聞いてきてくれたかもしれない。大騒ぎして済みませんでした。調査してくださった小林君の知り合いの女性、それからその先生には、tks 
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 ああもうひとつ情報を。私がゲットしたボーダフォンの新しい携帯では、メールに添付されてきたワード文書がテキストスタイルで読めました。どのくらいの大きさのワード文章まで読めるか知りませんが、これには小生も驚いたな。添付ワード文章が読める携帯は、私にとって初めてでした。


2004年11月10日(水曜日)

 (07:18)「この国は、齟齬の中で生きているし、生きていく国なのかもしれないな....」と。世界のこの数日のニュース、アラファトの生死を巡る騒動、ファルージャに対するアメリカ・イラク政府合同軍の侵攻、進むドル安とそれに対するヨーロッパの嘆き.....イギリスという国が、そしてその首都であるロンドンが実質的に関与できる、影響力を及ぼせる世界の出来事は実は極めて限られている。イギリスは既に世界の政治や経済を差配できる国ではない。イギリスのテレビを見ながらつくづくそう思う。

 しかし、BBCを見ると、男であれ女であれアナウンサーは世界の出来事をこと細かく報道するのが当然のようにニュースを読み上げている。そしてそれが実に相相応しく、信頼できるように見える。対して、アメリカのCNNのアナウンサーがアメリカ以外のニュースを読んでいるときにはつい、「あんたは、そんなことには本当は興味がないんだろう」と言いたくなる。私の意識の問題かもしれないが、このギャップは考えてみると面白い。

 我々の目から見ても、イギリスは、そしてそこに住む人々は依然として世界の出来事に関心を持つのが当然だし、それが自然なように見える。イギリス人と話すとそうでもないことが明確だが、我々にはそう見える。歴史の重みかもしれない。世界中の人々も、ブレアが決められる世界の出来事など少ない、イギリスはそういう国だということを知りながら、しかしこのロンドンという街に世界の動向を見に来る。そういう私もそうだ。

 力はないのに、引き続き関与している、それを周りも認めているというこの不思議さ。アメリカの中西部の連中のことを考える。今度大統領選挙があった。アメリカの中西部の人々の方が、本当は世界の行方に大きな影響力がある。なにせアメリカの大統領を決められる。しかし、実は彼らはそうは理解していない。「moral valures」(中絶問題や同姓結婚の問題、家族のあり方など)から自らの大統領を決めただけだ。同じアングロ・サクソンの末裔なのに、彼らの意識は見事に、そして完全に齟齬している。

 たいした産業もないのに、ロンドンの街を歩けば、世界中からお金が集まってきていることが分かる。街はゆっくりだが確かに綺麗になっているし、ここの日本人が口をそろえて言うから本当だろうが、人々が食べるものも良くなっているらしい。この4〜5年で。有名なロンドンのタクシーが綺麗になったのには驚いた。

 ボンド・ストリートとニュー・ボンド・ストリートをゆっくり歩く。一つ一つの店は小さいし、品揃えも同じ名前の日本のブランド・ショップの方が優れていると思う。しかし、あの有名店の数珠繋ぎは素晴らしいと思う。世界中のありとあらゆるブランドが並んでいる。世界各地に行ったが、あれだけ数珠繋ぎに揃っている街はロンドン以外にないような気がする。やはり世界中から買い物客を集めているのだ。日本にはまだ進出していない、しかし良い品物を売っている店もあった。

 日本は輸出でお金を稼いでいる。だからこそ、銀座や表参道の華やかさがある。ロンドンはどうか。誰がお金を入れているのか。アラブの王様、アブダビのお金、インドから、その他有象無象。お金の自由な出入りしを保証している、そして流動性の高い市場を提供している「シティ」があるからだ。公式統計以上に、「金融」で飯を食っているイギリス人の数は多いのだそうだ。「金融におけるもう一つのスイス」としてのイギリス。

 お金は現実的な力である。誰のカネであろうとも、お金の集まるところは勢いがよい。今のロンドンにはそんな面もあるように思う。世界中の国々の外貨準備を集めると、世界の富は着実に、しかも毎年かなり速いペースで増えている。それらの資金はどこかに投資されねばならない。流動性の保証という意味では、ロンドンはニューヨークに対抗する非常に魅力的な別ルートだ。

 そういう意味では、イギリス、そしてシティを抱える首都ロンドンには力があると言える。表舞台ではアメリカ追随の政治をしているように見えても、アメリカに対抗する勢力の資金が大量にロンドンには流れ込んでいたりする。それを扱うことで多くのイギリス人が飯を食う。なのにイギリス政府はそこに軍隊を派遣したりする。

 ロンドンという街も、美と醜、華やかさと悲惨さ、正義と裏切りが入り組んだ街だ。70年代のミュージカル、スイーニー・トッドは当時のロンドンの暗さ、都市としてのおぞましさをよく表現していたように思う。ロンドンには今でも幽閉場所が残り、ロンドンの悲惨な歴史を示す資料館もある。

 しかし一方で、大英博物館を見るまでもなく、世界の富を集めた歴史もある。都市計画はなっていないが、街のあちこちははっとするほど美しい。他の人にはあまり関心がないだけだと思うが、人種偏見も表面的にはごく少ない街だ。誰がいても驚かない。正邪があい同居する。

 お金が集まるところには、それに相応した情報が集まっているはずだ。だとしたら、ヨーロッパの主要都市の中では、ロンドンは久しく傑出した都市であり続けるような気もする。まあ、久しぶりに来て良かったかな.....と。感動はなかったが、いくつかの事項が確認できた。


2004年11月10日(水曜日)

 (06:45)ちょっとした街情報を。火曜日の午後は少し時間があったので、ボンド・ストリートとニューボンド・ストリートをゆっくり歩いたのです。以前に増して店の数が増えていた。その中で、ある人から聞いたFilofaxの店が「21 Conduit Street London W1S 2XP Tel: 020 7499 0457」にあることを調べてもらったので、寄ってみました。

 小さい店ですが、しっかりしたリフィルが可能なパーソナル・オーガナイザーが並んでいる。色といくつかの製品に採用されている縦線・横線各一本のラインが非常に良いのです。日本に店があるのかどうか知りませんが、これは良いものを見つけたという印象。

 両ストリートのその他の店にも寄ってみました。店が次から次と並んでいるのは素晴らしい。ただし、それぞれの店舗は小さいし、日本のようなブランド・ショップが大計画をビルの設計・建設から手がける(表参道のプラダとか、銀座のコーチ、ルイビトンのような)という考え方がないので、品数は少ない。しかし、日本にないものもあるようで、眺めるには面白いかも。ただし、値段はどちらが安いか知りません。時計なんは品数が多いかも。私はFILOFAX で文房具しか買いませんでしたが。

 レストランでは、火曜日の夜に4人で行ったTamarindはなかなか良かった。インド料理ですが、今までロンドンで食べたインド料理の中では、一番良かった。人気を反映してか、満席でした。何が良いかと言って、ここのサフラン・ライスは素晴らしい。キッチンから出てきた瞬間から、その見事で上品な白地に黄色の色合いに目を引かれます。そしてその素晴らしい香り。悪いが赤坂の Moti のそれの比ではない。そして細くてぱりっとしていて、それでいて硬くない。

 カレーはシェアする形でいくつか頼みましたが、特に記憶に残ったのはないかな。あああの野菜カレーは面白かった。全般にもっとジューシーにして、もっと辛くすれば良いと思う。「stuffed nann」てのも面白そうなので頼みました。要するにナンの中に詰め物がしてあるのです。日本ではあまり見かけない。作るのは簡単だと思うが。普通のナンより美味しかったような。

 その後は「ロンドンで唯一カラオケじゃないクラブがある」と言われたので付き合ったのですが、うーんて感じ。名前が「桜子」というのです。そういえば、ロンドン帰りの人が昔言っていたような。まあ言ってみれば、ニューヨークの「うさぎ」です。でも店も「うさぎ」よりちょっとシャビーかな。

 ネットで「桜子」を調べていたら、こういうサイトが出てきた。いっぱいあるんだ。ロンドンは駐在員が減って、学生さんとかが増えているとか。「英語を勉強しに」という女性が多かったな。どのくらい出来るかはチェックしませんでしたが。ははは、そんなことをしたら、逆チェックがかかったかも。

 いつもハロッズに行くので、小林君の推薦もあってセルフリッジに。初めてのデパートというのは、売り場がどこだか分からない。良さが分からないまま時間切れ。しかし、全体に緑が基調のようで、それが記憶に残った。「無印良品」があったな。あと寿司を握っている日本の女性が売り場にいて、回転寿司の回転マシンを使った食事コーナーには午後の早い時間だったのに、イギリスのおばちゃん達がいっぱいとりついていました。あの光景は笑えた。回っていたのは寿司ではなかったような。


2004年11月09日(火曜日)

 (06:23)月曜日の夜飯を終えてから、マネックスさん用に書いているエッセイを今週は以下のように書きました。素直なロンドンに対する私の印象です。この街に熱くなるのは難しい。何回も来ていると。しかし面白くないかと言えば、そうではない。不思議な街なのです。

 しかし昨日、お会いできた方々は確実に熱かったな。プライバシーや相互の企業機密もあるので名前は明らかにしませんが、うーん、すっごく前からの付き合いの方が多かった。ははは、20年くらい前からの。皆さん、お元気でした。

 当時は元気を失いつつあったのにすっごく流れに乗った会社の方、アップダウンを経験した会社の皆さん、ヨーロッパでの新しい商売の種を探していると言う会社の方。大きくなった、有名になった会社の名前をどう生かすかを財務を通じて考えておられる方。私が海外でも国内でも出張が好きなのは、人に会えばその国、その地方、その企業が直面している問題の所在が分かるからです。

 夜は久しぶりにソーホーの中華街へ。会社の旧知の若手を中心に総勢9人で一つのテーブルを囲んだ。安いが、結構おいしかったな。直ぐ隣で食事をしていたたぶんイギリス人夫妻のうち男性の方が、ちらちらこちらを見る。そしてついに二人で席を立つときに、私の方を向いてその男性が多少微笑みながら、たしか「good company !」と言った。「いい仲間だね」と言った意味か。嫌みではなく、本当にそう思っているように見えた。

 正直言って私は「男9人で食事か....」と思っていたので、「you good company too」と言ったと思う。その言葉には彼はニコッとしました。9人で細川話中心の馬鹿な話をして時間を過ごしていましたから、ご夫妻のうち男性には「楽しそうだな」と映ったのかもしれない。うーん、あの男性は確かに昔の自分を隣の席に見ていた。おかしかったのは、相手のご婦人(お綺麗な方でした)が、ご主人の発言にも私の発言にも「無視」を決めていたこと。

 あの夫婦はあれからどうしたんだろう。ちょっとしたことの思い出が、その都市の思い出になる。ははは、夕べの一シーンがそうなるかは知りませんが。

 このロンドンという街に来るといつもだが、不思議なデジャブーに取り憑かれる。今自分の前を走り去った黒いタクシーは、最初にこの街に来た1977年に私を乗せてくれたそのタクシーだったような....、早朝のシティを歩く背の高い黒っぽい服を着た、痩身で足の長い女性は、あの時も私の前を歩いていたのでは.....。

 とにかく、基本的なところではこの街は変わっていない...という印象がするのです。新しい場所もいっぱい出来た。それはそうだが、それほど高い建物が出来たわけではなく、ボンド・ストリートなど主要な通りも、店は凄く入れ替わっているかもしれないが、全体的な佇まいは変わっていない。最近は中国を中心にアジアに行っていたから余計そう思う。

 ついでに思うのは、ここの連中はなんで食べているのだろうか、ということだ。「お前はどうだ」と言われれば、「はい、霞のような...」と答えざるを得ないのだが、凄い産業があるわけでもなく、だから輸出品と言ったって思いついて出てくるのは小物ばかり。産業は海外との競争での敗北の歴史。「産油国だから..」と説明してみても、ノルウェーやサウジ、アブダビのようにたっぷりと輸出も埋蔵量もあるわけではない。

 確かに観光客は多い。それでも一国を支えるほどでは。うーん、英語かな...とも思う。アメリカに駐在した私でも「イギリスの英語は習いたい」と思う。しかし本当に海外の人が習いたいと思うような英語を喋るイギリス人は、ごくわずかだ。ロンドンでタクシーに乗れば、売店の売り子と話せば、北やリバプールから来た人と話せば、それがいかに貴重品か分かる。着いた日かその翌日かのザ・タイムズの一面に、「今後10年以内に、付加価値の低い職はイギリスから無くなる」というイギリス産業連盟(CBI)の調査報告が出ていた。そうだろうと思う。別に先進国としてはイギリスだけの話ではないが。

 たぶん、金融とか、統治のスタイルとか、ソフトな面でこの国が優位を保っている部分はずっと残っていて、それが人を呼び、資金を呼び、観光客を誘致し、英語を習う人の数を増やし、そしてアメリカほど憎まれてはいない国、魅力の残るイギリスを作っているのです。長くいようとは思わない。しかしたまに来るのは良い。ある意味では手本の国。

 で、じゃ、日本の20年後はどうなっているんでしょうかね。ははは。


2004年11月08日(月曜日)

 (22:23)いろいろな方からレスをもらっています。チェコのガーリック・トーストに関しては「横浜在住の市村さん」という方から、以下のメールをいただきました。なるほどと思う部分もある。

 横浜在住の市村と申します。 テレビ、ラジオ、サイトでのご活躍をいつも興味深く拝見しております。

 既にご存知かもしれませんが、 11月7日のブログで言及されたガーリックトーストの件で、 食べ方について気づいた点がありましたので、メールさせて頂きます。

 トーストについているにんにくときゅうりはそのまま食べるのではなく、 にんにくをトースト上ですりおろした後、さらにきゅうりをすりおろして、 最後にオリーブオイル(があれば)をかけて食べるとおいしいかと思います。

 私がかつてバルセロナでスペイン人の友人からその食べ方を教わった際は、 きゅうりのかわりにプチトマトが載っていましたが、 大変おいしく頂けました。

 以上、ご参考まで。

 うーん、「摺り下ろす」にふさわしいことが出来るような環境だったかというと、どうもそういうんではないような。あれを手で触ると凄い臭いが付いた気がするのです。しかし、もしそういうことが出来れば、それはそれで非常においしくなったことは容易に想像が付く。良いアイデアをもらいました。

 旧知だが、最近はとんと何をしているのか存じ上げないバブルバスターさんは、国際対応ケイタイに関して、以下のような詳細な報告をいただきました。

ロンドンへご出張の際の国際対応携帯の話が出ていましたので、私からも追加の情報を。

ご存知の通り日本の携帯は独占3社(より正確に言えばドコモ)の独自方式が主流で したので、海外で主流となっているGSM方式ではまったく使えないという状況がありま した。

これがいわゆる第三世代携帯(3G)というものが出るに及び状況に変化が現れていま す。日本で導入されている3Gは2種類あり、ひとつはFOMAとVodafoneの3Gとauの CDMA-Oneです。このうち前者は海外、特にヨーロッパとアジアで導入されている3G規 格と互換性があるのです。ですから、FOMAやVodafoneの3G端末のSIMカードを海外で 売っている3G対応の端末(まだ3Gの普及が完全でないので3G/GSM互換になっている のがほとんどです。)に差し込んで入れれば、海外ローミングがより容易にできるよ うになります。

日本の携帯端末は他のキャリアで利用できないようにロックがかかっていて特定のキ ャリア専用になっており、通話料のインセンティブキックバックで端末価格を抑えて います。(1円とかで端末が売られている反面、短期間で機種変更をするとべらぼう に高い端末価格を請求されるのはこのせいです。)ところが、世界のほとんどの国で はGSM用SIMを移せばどの携帯でも使えたので、ロックのかかっていない携帯電話を携 帯メーカーが売るもこともしばしばです、それゆえさまざまな種類の携帯が作られて きています。

この冬の商戦に向けてVodafoneは3G端末7機種を発売しますが、そのうちNOKIAや Motorolaの機種は海外ではキャリアロックフリーでも販売されている機種です。 Vodafoneの販売チャネルで販売される機種にはキャリアロックがかかっていますが、 NOKIAのお店で売られるものにはキャリアロックがかからないものも売られる予定で、 ある意味では日本の携帯販売方法に初めて風穴があく日が来ました。海外で売られて いるキャリアフリーの機種を持ってきてSIMカードだけを差し替えてFOMAやVodafoneで 使うことができるようになったともいえます。世界最大のシェアを誇るNOKIAが日本市 場に本格進出してくる日が遠くありません。

Smartphoneと呼ばれるPDAと携帯電話を合体させたキーボード付き機種(PalmのTreoや ブラックベリーなど)は海外では相当たくさん出ていますが日本ではいまだありませ ん。このあたりも3G化が進むことによって海外モデルを気軽に日本で使うようになる ことができれば楽しくなりますよ。

 なるほど。しかし、いずれにせよ、今私がロンドンで使っている携帯はスグレモノです。


2004年11月07日(日曜日)

 (22:14)ははは、出てきたものを見て、二人で仰天。いえ、夕飯は珍しいものを食べたいと言ったら、小林君がロンドンの中心から地下鉄でちょっと行ったところのチェコ・センターということろに連れて行ってくれたのです。言ってみれば、ニューヨークの日本倶楽部のようなところです。

チェコ式ガーリックトースト  ロンドンに住むチェコの人が集まってくる館。その中にチェコ料理を食べさせてくれるレストランもある。しかし、あくまでも建物はチェコ出身のロンドン居住者の為のそれで、入り口の右側には「車売りたし」「フラットを借りたい」「職を探している」といった張り紙がいっぱいある。それはそれで良かったのです。

ブルーに彩られたロンドンの夜景  ちょっとおなかが空いていたので、最初にガーリック・トーストを頼んだ。で、出てきたトーストが左の写真というわけ。ガーリックがそのまま乗っているのです。半分かじりましたが、それはそれは辛い。うーん、こういうガーリック・トーストは初めてだな。パンはまあまあでしたが。チェコ料理は初めて食べましたが、まああんなところでしょうかね。West Hampstead と綴る場所にあった。

 日曜日ですから午後からロンドン市内をあちこち連れて行ってもらいましたが、最初に来た1977年とはかなり違っている。しかし、最後に来た1990年代のいつかとどのくらい違っているかと言われれば自信がない。ロンドンにはあまり長く居たことがない、と言うこともあるのかもしれないが、上海などの変化スピードとはかなり違う。あそうだ、大観覧車があったな。30ポンドもするらしいし、時間がかかるので止めましたが。

 ロンドンは大ロンドンで人口700万人とあまり変化がない。この街は変わってはいるが、ゆっくり変わっているのです。まあそれがウリのようなものですから。それはそれでナイス。
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 ところで、大変失礼申し上げました。この機種(V801SH)の機能の中には、ちゃんと「リモートメール」がありました。いろいろ触っていたら出現して、ついでに登録してPCメールが読めるかやってみました。完璧でした。ちょっと遅い感じくらい。

 これで私の希望の95%を満たしてくれる端末になった。いえね、ロンドンにまで来てPCのメールまで携帯で読めるようにしたって何が嬉しいのか、と言われればそれまでですがな。しかし、世界どこにいてもやろうと思えば東京と同じ環境を確保できる、というのは仕事をしている人間には代え難い。携帯電話は転送してあるし、月曜日から平日が始まっても、フルカバーで行動できると言うことです。

 とっとと短時間で処理できる仕事を増やして、残った時間をロンドンでしか出来ないことに使えばokだと思うのです。なお掲載した写真は、V801SHを使って私が初めて撮ったものです。むろん写メールも出来るのですが、解説なしでは意味がないのでネットに掲載します。


2004年11月07日(日曜日)

 (06:24)なんだ、ってなもんですな。当然ながら成田空港を通過した私の残した分の甘納豆は、ロンドンのヒースローで誰からも誰何されることもなく、まったく問題なく各種ゲートを通過して、ロンドンの友人の方々の口に入りました。騒動、ネズミ一匹。ははは、自信満々に通過しました。人相が良かった<^!^>。

 それにしても、AUのグローバル・パスポートがイギリスでは使えないので「電話はどうしよう」と家から成田に着いた段階ではまったくアイデアがなかったのですが、イギリスに強いと思われる第一ターミナル一階のボーダフォンでちょっと話をしたら、まさにぴったりの機種がありました。

 この機種(V801SH)です。ちょこっと契約してゲット。この機種は私が海外に持ち出すケイタイに期待することの約90%が出来る。メールの授受、ネットの検索、そして通話。ロンドンで打った携帯日本語メールが、時間をおかずに東京の宛先(携帯でもネットでも)に着き、その返事が返ってくるのを体感するのは素晴らしい。日本人がいく85カ国、93%をカバーとか書いてある。まあ、自分が行くところで使えれば結構。

 ネット情報も非常に充実している。日本の新聞、海外の新聞もほぼすべて読める。バンキングやネット証券サイトにも対応している。私もまあ番組とか、やはりいろいろやっていますから、連絡というのは多いわけです。で、電話をもらうより携帯にメールを入れてもらった方が私としては楽です。対応できる時間を選べますから。ボーダフォンですから、「@t.vodafone.ne.jp」の前に私がいつも使っているハンドル名を入れると、直ちにロンドンの私の携帯にメールが届きます。これは使えるという印象。料金はちょっと高いかも。

 二つ不満がある。リモートメールが使えないこととボーダフォンの機種にドコモのメモリーを移植できないこと。この二つとも「そうである」という確信はないが、どうも出来なさそう。後者は店頭の女性に言ったら、「今まで出来たことはありません」と。これが出来るとボーダフォン機種の使い勝手は数段上がるのに。

 この電話は、日本でも使えるのです。モードを日本にすれば。面白いのはこの携帯を持ち出した先で「海外モード」(F20かな)に転換すること。コンピューターのリブートのような操作をする。そうすると、自動的にその地での最適ネットワークを検出して、メールの送受信、ネット検索ができるネットワークと繋がってくれる。ほんまに世の中便利になる。

 ロンドンの印象 ? もう暗くなり始めてから到着しましたから、あまりまだ印象はない。思い出したら、実に久しぶりだった。毎週の放送が飛び石になっているときは来れなかった。確か90年代の半ばに来た。まあ今日からちょっと行動です。

 ホテルに寄った後、迎えに来てくれた小林君と10数年ぶりですが持田君の家に。彼とは久しぶりです。今はロンドンで記者をしている。そこには、なんと20人近いロンドン独身族が集まっていて、土曜日の夜を賑やかに過ごしていました。わたしゃ、途中から眠くなりましたが。


2004年11月06日(土曜日)

 (06:24)日本の新聞などなどでは「史上稀に見る接戦....」と。嘘言え、と思う。最終的結果を見ると、獲得した選挙人の数、総得票、そして議会選挙の結果と、今回の米大統領選挙はブッシュ共和党の圧勝なのです。数字を厳密に見れば。

 結果が判明していなかった最後の州のアイオワが判明して、これがブッシュに流れた。これで選挙人の数で7つがブッシュに加わって、最終的な選挙人の獲得数ではブッシュ286、ケリー252となった。ケリーが早々にブッシュに電話して敗北を認めたのは賢明だったと言える。

 選挙人の数ばかりでなく、総得票ではブッシュがケリーを350万票も上回っている。ゴアが前回選挙ではブッシュを総得票で50万上回っていたのと400万票もブッシュにスイングしている。選挙に行く人間の数を増やし、総得票を増やすというブッシュの選挙対策本部の勝利だ。議会も共和党に大きく振れた。

 良い悪いの問題ではなくて、アメリカ国民は迷ったのではなくて、結果を見れば明確にブッシュを支持した。その意味を我々は理解する必要があるし、今後のアメリカを考える上で前提に置くべきだろう。アメリカの大統領選挙には、同国が世界に君臨する大国であるが故に、「我々も一票持ちたい」という思いは世界中にあったし、実際に投票を行ってみたところもある。

 そうした世界における番外編の米大統領選挙の結果は、「ケリーの圧勝」だった。それが本家本元のアメリカでは「ブッシュの圧勝」。これは良く考える必要がある。世界の世論とアメリカのそれは齟齬している。まあそんなことを考えながら、久しぶりのロンドンに行ってきます。徐々になぜブッシュが勝ったかのいろいろな数字が出てきているので。私が思っている以外のことがあるのでしょう。

 それにしても、金曜日の夜の日米野球は面白くなかったな。HRは一本も出ないし、日本の選手で目立ったのは城島と上原くらい。まあ多分来年もやるクレメンスの投球を見れたので良かったのですが。アメリカ・チームの調子が出ない最初の数試合で勝っておかないと、日本は勝てなくなると思うのですが。

 クレメンスにあっていたのは城島。二本のレフトへのヒットは、完全にクレメンスの球を捉えていた。和田にも一本いいあたりが出ていた。これはレストライナーだった。赤星の一塁牽制球アウトが痛かったな。球場も空席が目立った。放送が観衆は33000とか言っていた。ドームとしては少ない。佐々木君と行って、途中面白くないのでとっとと帰ってきてしまいました。


2004年11月03日(水曜日)

 (25:24)日本時間の4日午前1時過ぎにケリーがブッシュに敗北を認める電話をしたことから、長かった米大統領選挙も「ブッシュ勝利」で確定。来年の1月20日から二期目のブッシュ政権が始まる。選挙人数ではどちらも過半数の270を獲得していない時点でケリーが敗北を認めたのは

  1. 最後まで残り鍵を握ることになったオハイオ州(選挙人数20)が得票差でブッシュが13万票以上ケリーを離しており、暫定投票が17万5000あるとしても現在の得票差がひっくり返るほどケリー支持に傾くとはとても思えない状況下である
  2. よって、選挙人の数ではブッシュが270(確定分では日本時間4日午前2時前でブッシュ254、ケリー252)を上回る可能性が高い
  3. ゴア対ブッシュの時にはゴアの方が50万票上回っていた一般投票獲得数で、ブッシュが350万票以上ケリーを離している<。つまり明確にブッシュ勝利
  4. 前回の国際的に笑い物になった大統領選挙(結果確定が1ヶ月を要した)を巡るごたごたを民主党としても繰り返したくなく、2008年の大統領選挙での雪辱を方針とした
 ということでしょう。CNNによれば、ブッシュはオハイオ州に選挙戦の期間中に33回も行ったという。この州をいかに重視していたか、それが当たっていたかが分かる。加えて、同州のキリスト教のカトリック勢力を中心とした保守派が「投票率を上げてブッシュを勝ちに導く」戦術をとり(草の根選挙が徹底していたと言われる)、それを全州での戦略として波及させたことにより(ローブ戦略)、「投票率が上がれば民主党有利」の下馬評を覆した、ということでしょう。

 国際的に人気のないブッシュがなぜ勝ってケリーが負けたのか。選挙戦の大きな争点と言われたイラクなどの外交問題が、最後の最後の投票者の投票動機にはならなかったとも理解できる。イラク問題では、アメリカ人もブッシュにはうんざりしていた。これは選挙後の調査で明らかになるでしょうが、最後は「指導者としての資質」「pro-life、pro-choiceの戦いである中絶問題など宗教的、国内的問題」が決め手となった、ということでしょう。ケリーの敗因は、結局将来像を国民に与えられなかったということ。ベトナム戦争の英雄では売れない。いったい何時の話しか。

 オハイオ州での票の確定が行われる前に、ケリーは敗北宣言をし、ブッシュは勝利宣言をする予定。日本時間の4日の朝6時前にはともに予定されている。この順序で。ということは、オハイオの暫定票の数え直しはどうするんだろう。ま、やるんでしょうね。ケリーはその結果を待つ時間が、自分の評価と次の民主党大統領候補(ヒラリーか)にとって打撃と考えたのでしょう。

 ブッシュが再選されて今後の政策を思慮しているのは、ヨーロッパであり北朝鮮でしょう。アルカイダも何か考えているに違いない。市場に考え方を今時点で聞くと、ニューヨークの株は大幅高、ドルは当初こそブッシュ勝利を祝ったものの、今は対円、対ユーロで安い。そんなところが当面の姿なんでしょうな。債券と原油は小動き。

 10月23日のこのコーナーで書いたが、二期目のブッシュ政権の顔ぶれが揃うには少し時間がかかる。ワシントン・ポストの記事などが参考になる、ということでしょう。

 それにしても、多分意図的だと思うが、ジェンキンスさん問題は良い日を判決の日に選びましたね。アメリカのマスコミの目は選挙にみな行っている。私は曽我さんと日本に配慮した優しい判決だと思っており(日本政府関係者の反応もそうである)、そのままアメリカに伝えられれば批判が出たことが予想されるが、報道さえされないでしょう。時間的にも、スペース的にも。なかなかうまい。


2004年11月02日(火曜日)

 (24:24)ははは、昭和4年生まれの大先輩を囲んで4人で鍋。懐かしい人なんですよ。1987年とかからのお付き合い。もう会社を引退されて「今では思い立つと女房と車で出かけては写真を撮っている」という方ですが、会っていると直ちに当時がフラッシュバック。良い付き合いをしていると、何年経っても当時のことが鮮明に記憶に蘇るのがよい。

 知らない人が多いんでしょうな。でも為替をやっていたことがある人は分かる人もいるかもしれない。当時の時代を跳梁跋扈したH興業さんの石見さんです。もう75になられると。でも当時と殆ど変わらない顔の色つや。「いやあ、いつまで生きるかが分からないのが心配でね...」と笑顔で。ははは。

 朝思い立っては奥さんと400〜500キロ走っては写真を撮りに回るのだそうです。山古志村にも行ったことがあるとおっしゃっていたな。知らなかったのですが、免許は会社を引退してから、60になってから取ったのだそうです。

 「いやね、引退すると相方の方が強くなるんだよ....なにせメシを作ってもらわないことには....」「現役の時は何でも(会社の部下が)やってくれたが、今は全部やらないと...女房にあんまり頼むと怒るしな...」と。そりゃそうですわな。まあニコニコしながら言っていたので、半分冗談、半分真実と。

 卓球と麻雀がプロ並の秋元さんと、当時の東京外国為替市場の中の「洋一」で作った「洋一会」のメンバーだった中川さんも元気そうだったな。つい最近再開したのですが、時間を飛び越えて当時の話しとか当時の人の現況を話せるのが良い。また近々やろう、という話しになった。
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 家に帰ったら、「これこれの人に会って頂きます」とロンドンからスケジュール表。なんだ、彼か....という方が二人。金子さんは多分同期だったと思った。ははは、ロンドンでも「やあやあ」ということになりそう。

 それから、ロンドンへの食品の持ち込みに関しては、三人の方からメールを頂きました。自動車会社のTさんは

恐らく大丈夫ですよ。
確かに、米国、英国ともに、食品の輸入は制限されており、
テロ対策だけでなく、そもそも自然環境破壊に繋がる恐れのあるものはNGです。
が、先々週にロンドン・ヒースロー空港に降りたのですが、
ほとんど全く手荷物検査はありませんでした。
また、今年夏に米国に行ったときに、
カバンに入れた「茶饅頭」が見つかったのですが、
”for myself” と言えばOKでした。
”souvenir”と言わないよう気をつければ、大丈夫だと思います。

 ははは、「for mysefl」ね。うーん、一つの案。森崎さんは「まんが本」もいいですよ、と。そうかもしれないが、「あいつら喜ぶかな...」という連中なんですよ。包みを小さくして、「photo」とか誤魔化すってのもあったな。アイデア、tks。


2004年11月01日(月曜日)

 (25:34)すっごくがっかりしました。何かというと、テロ対策を理由に、日本からアメリカや、イギリスなどヨーロッパに送れる物が著しく制約されていること。

 夕方でした。この週末からロンドンに行くので、「お土産は早めに」といつもの通り、デパートから送る方法を選んだのです。私の体験から言って、海外にいる連中が一番欲しいのは和菓子、だと考えた。松井もそうだそうですが、海外に駐在している人間にとって一番嬉しい。私もそうでした。

 売り場で良さそうな物を選びました。選んだのは甘納豆などなどの和菓子。2週間の日持ちもする。適当な品数を揃えて伊勢丹だったので、奥の海外シッピングの場所にもって行ったのです。

 商品を見た瞬間に、そこの女性が「食品ですか....」。「そうです」(私)と。「今は食品はテロ対策で全部ダメなんです....」(女性)と。それによると、今年の7月1日からイギリス向けに食品を送ることは全く不可能になっているのだそうです。アメリカに対しても。

 がーんってなものです。押し問答しても始まらない。女性が「この階でお買いになった物ですか....」と。「そうです」(私)。「じゃ、私が一緒に行って事情を説明します....」「御願いします」(私)。で彼女に付き合って貰って、売り場に戻って事情説明して商品をバックして貰いました。あまりにも気の毒なので一部はそのまま買い取りましたが。

 なんだ、ロンドンの連中に美味しい和菓子を買っていこう、送ろうと思ったのに、全く計画は頓挫してしまった。で今考えているのです、日本からロンドンへの土産として「食品以外で何かあるだろうか....」と。少し鞄に忍ばせてもっていくことは出来る。しかし、見つかって没収されるのも嫌だしな....



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