2004年03月31日(水曜日)

 (23:39)ホームランが出たときもそうでしたが、試合が終わってから松井のインタビューが終わるまでもずっと球場全体が立ってましたな。いや、ヤンキース・ファンには昨日が酷い試合でどしゃぶりの中を帰らされましたから、今日はどうかなと思っていったら最高の ending。インタビューのアナウンサーもちょっとしつこかったが、それに応ずる松井も嬉しそうだった。

 今の松井は当たっている。今日の最初のインフィールドに飛んだ四打球はまっしん。最初はライトへのライナー、次が痛烈な当たりの1−2塁間打点付きヒット、次が完璧な当たりのHR、次がセンターの一番深いところに角度の良いあわやいりこのフライ。右左どちらかに角度を変えていればHR。開幕第二試合でHRが出て、打点も3、打率が333で帰れるというのは、最高でしょう。インタビューで松井は「今年は期待して下さい」を2回言っていた。アナウンサーが言わせた面もあるが、しかしあのいいっぷりは相当自信があると見た。

 彼が第三打席でHRを打ったときには、隣にいた松井ファンクラブの佐々木君と盛り上がっちゃいましたよ。いつもはクールな我が家のガキも友達と嬉しそうだった。そりゃそうだ。自然な感情ですよ。インタビューの内容も良かった。

 それにしても、二日間のドームでの試合は、今年のヤンキースの強さ、弱さが良く出た。強いが気分屋の面がある打線、いつも不安の残る投手陣。どうでしょうかね、松井が望むワールド・シリーズ制覇は。大体左の先発がいない。クレメンス、ペティット、ウェルズが抜けたあとは大きい。

 それにしても、日本で2試合しかない公式試合の一つで、きっちりHRを打つ。力が付いてきているな、と。A.ロッドも影が薄かった。ポサダの右と左のHRもなかなか見れない。トーリが最後にリベラを出したのも、調整60%、40%ファン・サービスでしょう。最初の試合は負けましたが、ヤンキースのデビルレイズを帯同しての(本当は逆ですが)来日は、成功だったということです。

 来週からですかね。日本もアメリカも本格的シリーズ入りする。楽しみな2004です。サッカーで日本の2点目が入ったのは、家に帰り着く数分前でした。


2004年03月30日(火曜日)

 (23:39)医者の偉大さを痛感した一日。風邪を引いたことは書きましたが、熱は直ぐなくなったのですが、その後お腹がいたくなったり体の筋肉がいたくなったり。最悪の状態になったのです。月曜日の夜から火曜日の朝など最低だった。

 で思い切って30日の午前中に医者に行ったのです。「なんか菌が入ったのですかね...」と注射をしてくれて、抗生物質を含む薬を3種類ほど。そしたら夕方にはかなり良くなって、夜にはほぼ完調状態。日頃めったに注射を打ったり、薬を飲まない人間なので効くのかもしれません。良かった。

 ところで、この方の要請もあり、このページの最後の方に先に行った成都と上海の「これは」というレストランをリスクアップしておきました。内藤さんからは、張生記と小南国の二つのレストランを紹介して貰いました。もっと紹介して貰ったのですが、行けなかった。次の機会、ということです。


2004年03月29日(月曜日)

 (08:39)中国から帰ってきたあとずっと忙しくしていて、おまけに風邪まで引いて気が付かなかったのですが、フロント(digital ...を指すと出る)と day by day 、つまりこのページの下に付けたあるカウンターが200万アクセスを超えていました

 別にアクセスの多さを誇っているわけでも、誰かと競争しているわけでもなく目立たないところに参考につけてあるだけなので、いつもはつい忘れているのですが、まあ個人のページで200万というのは、一つのメルクマールでは。

 数字を見るたびに始めた頃を思い出します。それは大変だった。html を書き、フレームを考え、そしてコンテンツを揃えていった。それはそれで楽しかったな。今はある程度フレームが出来上がっていますから、そこにデータを流し込んでいけばよい。良く「なんで続けているのですか」と聞かれる。

 まず自分にとってのデータベースであること、二番目にこの文章を読んでいる人々との意見交換が楽しいこと、情報をくれる人も一杯いること。情報は消える。しかしホームページは形として残る。始まってしまえば、継続するのはそれほど難しいことではない。

 最近はあまり「誰々と食事に行った」とか「誰々と何かをした」という形で個人名は載せないようにしているのです。何時だったか、「伊藤さんのサイトから私の名前を除いて欲しい」と言われて、「そりゃそうだ」と思ったからです。こちらは善意で名前を載せても、時間の経過とともにその人は名前がサイトに載っていることを嫌がる人も居るだろう。私はプライバシー保護派ですから。
 


2004年03月27日(土曜日)

 (10:39)中国から帰ってきて「桜はどうなったの」とちょうど一週間前に行った千鳥ヶ淵に友人と金曜日に行ったのです。驚きました。咲き具合が印象として、あまり変わっていない。進展はしているのでしょう。しかし想像していたより遅いので、「変わっていない」という印象の方が強くなってしまった。

 お花見をしているグループも気が付いた範囲では1グループだけ。まあ、あの寒さの中では宴会の雰囲気も出ない。6人くらいのグループでしたが、ちっとも盛り上がっていませんでした。この週末は少しは温かくなるのかどうなのか。あまり満開に至る時間が長いと、サクラのイメージと齟齬してくる。ま、月曜日の夕方くらいですかね、ピークは。

 桜とともに、と言うことではないでしょう。ヤンキースとともにと言った方がまだ当たっている。上海から帰国した成田エクスプレスのホームもそうでしたが、都内は凄い警戒ムードになっている。通りかかったニューオータニには両球団の球団旗がかかっていましたから、呉越同舟で同じホテルに泊まっているのかな、と。ま、来週は賑やかな一週間になる、ということです。


2004年03月26日(金曜日)

 (06:39)あらら、楽しみにしていた人もいたでしょうに。ipod の小型、1000曲に入りのミニの発売が、アメリカでのあまりにものの販売好調で海外では6月まで先送りになるそうです。

Apple Computer Inc. postponed the release date of its iPod mini outside the U.S., citing stronger-than-expected domestic demand since the product's February launch.

Early Thursday, the Cupertino, Calif., personal-computer maker said it pushed back the world-wide availability date of the iPod mini to July because Apple needed more time to meet anticipated global demand.

"The iPod Mini is a huge hit with customers in the U.S. and we're sure it will be the same world-wide once we can ramp up our supply in the July quarter," said Tim Cook, Apple's executive vice president of world-wide sales and operations, in a prepared statement.

 日本でも盛んに宣伝を始めましたが、すでにipod はアメリカでは「a huge hit with customers in the U.S.」だと。そのアメリカではネットでの曲購入(確か1ドルが多い)が始まっていますから、日本とちょっと事情が違うのかもしれない。

 日本ではネットでの曲購入の開始はいつからになるのか。アルバムごとに入れるのがまとまっていて良い気もするのですが。でもいつも思うのですが、この商品は面白い商品です。使いこなすためにはいくつもの関門がある。だから私は「関門商品」と呼んでいるのです。

  1. PCがあり、それが扱えないとダメ
  2. CDを持っていて、それをコンピューターの中に一度入れる作業をしなければダメ(日本では)
  3. itunesというソフトウエアが扱えなければダメ
 などがその関門。買って直ぐ使えるという商品ではない。だから、新宿駅の西口の柱に貼ってある無数の宣伝を見ながら、「どのくらい有効かな...」と思うのです。日本ではまだまだこうした関門故に、アメリカのような「爆発的ヒット」にはまだならないような気がするのですが。


2004年03月25日(木曜日)

 (08:39)「昨日までで大部分仕事は終わったな.....帰るだけだ」と思って7時過ぎに風呂に入っていたら突然停電。真っ暗になった。あれれ「インド化か....」と思っていたら、一分くらいで回復。中国の東部の電力不足は日本でも伝えられているのですが、実体験したのか、それとも単なる偶然か。

 四川省の省の人たちが言っていたことを思い出しました。「我が省は水力資源が非常に豊富。東部に電力を売ることを経済発展の一つの柱にしたい」と。「売るんですね、それでは価格は誰が決めるのですが」と聞いたら、「中央政府です」と。中国ではまだ中央政府の影響力が大きいのです。

 それはそうと、今回上海で泊まっているホテルは浦東の中、しかも浦東を象徴するテレビ塔のすぐ近くにある。かつ名前が「riverside」で、バンドと浦東を隔てる揚子江支流の川の直ぐ近く。ホテルに入ったのは夜で気がつかなかったのですが、窓から見ると右手にバンドが見える。

 バンドを前回見たのはテレビ塔を対岸に見てですから、今回は対岸からバンドを見たことになる。相変わらず綺麗です。浦東の背の高い夜景を見るのもいいが、浦東サイドから背の低い黄色と橙色に彩られたビル群の照明を見るのはまた味が違って良い。

 今回は、インド行きと違って大勢での移動。富士通総研経済研究所の柯隆さんも一緒で、彼は、当たり前ですが、本当に中国をよく知っている。で、食事はすべて彼の選択に任せました。それが非常に安くてうまい。なにせ、何回も6人とか7人で食事をして決して500元いかない。まあ見て15倍ですから、500元とは7500円です。一人1000円を支払ったケースは、わずかな例外を除いてありませんでした。

 今回は四川でも上海でもせねばならないので食事をしましたが、個人的な趣味をいうならばやはり「中華料理は四川料理だな」というのが私の印象。上海もうまい。しかし、食べた瞬間にうまい、と思うだけ。それに比べて四川の料理は、そのおいしさが長く口に残る。「四川がいいなあ....」というのが印象でした。


2004年03月25日(木曜日)

 (06:39)24日は朝から上海の浦東にあるホテルから一時間半もかかる上海フォルクスワーゲン(SVW)に。結構道は混んでいる。それは覚悟していたのですが、成都で見たほどの秩序は見られないが、車は前回、一昨年の秋に上海 に来たときほど混乱状態では走っていないことに気がつきました。まあ、高速道路が混乱状態だったら恐ろしい。しかし、相変わらず上海の運転手さん達には日本に比べて「車線」「譲り合い」という考え方は希薄なようです。午前はそれで終わり。

 午後は、海立集団が日立と合弁で作った上海日立電器有限公司と、上海交通銀行に行きましたが、それぞれ興味深かった。前者が何を作っているかというと、エアコンのコンプレッサーです。1993年に年産25万台で日立25%、海立集団75%の出資比率で始まり、去年は800万台を作る中国でも有数の企業に育った。2005年と言っていたと思うが、1000万台が目標と言っていた。

 稲場さんという日本の方が最初説明してくれたのですが、企業の概要など少し立ち至った話をお伺いした後、ずっと隣にお座りになっていた「生産総括」という肩書きをお持ちで、下に部長を6人持つ中国人幹部の李さんにも話を聞いたのですが、この人の話し、話し方が非常に自信に溢れていて印象に残りました。幹部二人を見ていて、「うまくいっているんだな....」と。

 日立も海立もお互いを尊重しながら目標に向かっている構図が見える。中国側は日立の技術を、日本側は中国側のやり方を。日本の人は6人しかいないそうだし、中国に進出した日本企業の一つのパターンとは言え、126人ものR&D部門(日本人は3人)を持っていて、実際に大きなR&Dのためのビルを作っているのを見て、なるほどと。この合弁会社の将来は、日本から持ってきた技術だけでなく、いかにこのR&D部門を活性化して独自の製品を作るのかにかかっている、と思いました。

 最後の交通銀行は面白かったな。この銀行、英語名が「Bank of Communications」というのです。最初聞くとこの銀行は新幹線や地下鉄建設、道路建設にもっぱら特化している銀行のように思えるが、そうではない。「交」と「通」はそれぞれ交わりと通信の意味で使われているのであって、我々が「交通」から連想される内容ではない。

 金融は、今の発展を続ける中国経済の中になって弱い環です。交通銀行は1985年に上海のビジネスマンや市当局がいわばそれまで中国の金融を支配していた国営銀行に挑戦する形で設立され、瞬く間に中国で上位5位に入る銀行になった。浦東にある本店は立派なもので、我々の相手をしてくれた宋峰さんも同行の幹部というだけではなく、経済の理論と知識に詳しい方の印象でした。

 今の同行の経営状況、今の経営方針、顧客層の変化とそれへの対応、今後の同行の経営方針、不良債権の問題、中国の金融政策の問題、人民元の切り上げ問題など実に幅広い問題で意見交換しました。あまりに興味深くてここに書ききれないのですが、やはり日本で受けていた印象、情報とはかなり違う。また機会があったら書きます。


2004年03月24日(水曜日)

 (06:25)23日の夜に、誠に慌ただしいことに上海に移動してきました。突然に成都から上海の予約していた便がキャンセルになったりして、まあいろいろあったという印象です。23日の日中、丸一日をかけた取材はコンデンスされた、興味深いものでした。

 何カ所行ったかな。全部で4カ所だと思う。四川トヨタ(トヨタと中国資本との折半合弁会社)、四川省の開発改革委員会、四川省の社会科学院(省政府や中央政府に経済政策などを諮問する機関)、それについ最近まで国営企業だったものの今は従業員持ち株制になっている湯沸かし器メーカー。それぞれトップが出てきてくれて、みっちり1時間以上、柯隆さんに通訳をしてもらいながら取材かつ対話をしました。通訳付きは時間が倍かかるのです。

 中国では先の全人代でも大きな議題になりましたが、「均衡ある発展」が大きなテーマになっている。いろいろな意味があると思う。貧富の差が拡大していることに対して、もうちょっと底辺の引き上げは出来ないのかが一つ。沿岸地方(大連から上海にいたる海沿い)に比べて、成都もその一部となっている中国西部が平均所得などでも大きく劣っている、それがどうにかならないか、の地域格差の問題。

 ま、当然私の関心はこの二つの格差を西の地方がどう解消しようとしているのか、そのために中央が用意した「西部大開発」計画が具体的にどう立案され、当該計画の対象となる地方では具体的に何が進みつつあるか、でした。

 やはし来て良かった。日本で聞いている、想像している「西部大開発」とはかなり違っているのです。今ここで詳しく書き上げることは時間がなくて出来ないのですが、想像していた「開発」の中身とは大きな違いがある。と同時に感じたのは、中央のかけ声の割には、当該地方、具体的には省の開発改革委員会や社会科学院にはそのための具体的なアイデアが十分にあるわけではない、ということです。地方としても宣伝不足。まだまだ「中央の支持待ち」といった雰囲気が残っていて、こちらがいらいらする話も多かった。対して民間企業のトップとは、話していて気持ちがよい。

 成都は、都市としては立派です。夜は分からなかったが、朝になって出現した都市は立派なものでした。一人道、中国の都市としては非常に落ち着いた交通事情、点在する高層ビル。街も上海に比べて、それほど格落ちするわけではない。大きな都会の進展具合は中国でもあまり格差がない。

 成都の西部開発に携わる人々も「都市そのものにはあまり西、東で格差はない」と言う。どこが違うか。一歩都市を出たら、という話です。確かに彼らから聞いた所得などを聞いていると、西と東ではかなり違う。なにせ、中国西部の最大の産業の一つが「出稼ぎ」であり、西部開発の大きな柱と期待している、というのですから、この地方の置かれた状況というのは想像できる。この問題はまたチャットのコーナーにまとめようと思います。

 一つ非常に面白かったのは、開発改革委員会の劉さんが、全人代でも話題になったし日本のマスコミ記事にもしばしば登場する「小康生活」について問いつめていったら、「それはパーキャピタの年収で、3000ドルを意味する」と言ったことでした。日本の記事でこの具体的な数字が出てきたことはなかったと思う。「小康」とは「国民全員がまずまずの生活が出来る」ということです。

 パーキャピタ3000ドルというのは、どういうレベルか。確かでないのだが、今の韓国は大体それで言うと10000ドルだと思う。つまり、韓国の国民一人当たりの年収の約三分の一のレベルを目標としよう、というのです。むろん、特に沿岸、都市部を中心にこのレベルを超えている中国の国民の数は日本の人口総数ほどに多い。だから、成都でも一台500万もする四川トヨタのプラドというSUVは凄い人気で、今急速に売り上げを伸ばしているという。年収150万円くらいの若者が自動車ローンを組んで500万の車を買うというのですから、なかなか迫力のある社会、発展です。

 要するに、西部大開発というのは、農村、農民をどうするか、という大きな問題との取り組みだということです。あとは、産業構造の変化と環境保全。重慶に比べればすっごくましですが、成都も日中街を走っていて空気が良いとは言えない。「西部大開発」の中身がかなり見えてきたのが収穫でした。


2004年03月23日(火曜日)

 (06:25)あららってなもんですな。2年ほど前からですかね、auのグローバル・パスポートを海外出張用に持っていて、今回も持ってきているのですが、成都まで来たら、うんともすんとも言わない。で、ホテルのрゥら東京で通常使っている携帯に電話して転送されるかどうかチェックしたら、そのままau留守番電話センターに繋がってしまった。

 上海に着いた時にはグローバル・パスポートは使えたので、「中国でも都市によって違うのか....」と思ってauのHPを見たら、確かに成都は通信可能地域に入っていない。難しいな、この携帯は。まあ週の半ばには上海に戻りますから、そしたらせっかく転送電話を仕掛けておいた成果はあるかもしれない。


2004年03月22日(月曜日)

 (23:25)上海を経由して、中国の西部にある成都に来ています。餃子と麻婆豆腐、タンタン麺の故郷と本には書いてあるのですが、三国志の舞台と言った方が良い。しかし、むろん狙いは発展する中国の中で比較的遅れている、とも言われる西部の経済状態、ここに進出している日本企業を見に来ているもの。

 でもちょっと遠い。上海まで成田から3時間10分。接続が悪くて上海空港の中で3時間近く待って、今度は夕方から2時間30分かかって上海から成都に。中国時間で到着したのが午後7時30分、日本時間の午後8時30分でした。まあ、移動だけで一日仕事、ということです。家を出たのが22日朝7時過ぎでしたから、13時間かかって到着した。

 成都は初めてです。一昨年重慶まで中国の内部を西進していたので、「今度は是非成都」と思っていたら、実現した。全部で4人で来ていて、富士通総研経済研究所の柯隆さんも一緒で、当然ながら彼が完璧な中国語をしゃべれるので大助かりです。

 何せ夜に着いて、空港からレストラン、レストランからホテルと市内を車で走ったに過ぎない。何も見えはしないのですが、受けた印象からすると相当落ち着いた街だということです。まあ、私が最後に見た海外の街はインドのデリーとムンバイですから、それに比べればどこに行っても落ち着いている、ということになるのでしょうが。

 しかし、いくつか気がついたことがあります。ホテルのネット関連の通信設備は完璧だし、道路を走ればETCがきちんと配備されている。非常に近代的な街に見える。道路も広いし、そこそこ高いビルも見える。行ったレストランは世界中に麻婆豆腐を広めたと言われる元祖麻婆の「陳麻婆豆腐」でしたが、うーんやはりうまかった。辛さはそれほどでもなかった。しかし、山椒のにおいなどがして香ばしいのです。料理は臭いだ、と改めて思いました。


2004年03月21日(日曜日)

 (19:25)日曜日の夕方、ちょうど新宿に行ったあと帰宅の途中だったのですが、文芸春秋の知り合いの記者から電話で、今回のことについて意見を、と。きっと意見を集めているのです。次号ででも取り上げるのでしょう。

 記者の方には申し上げたのですが、私がこの問題でポイントだと思っているのは

  1. まず「表現の自由」は憲法では第21条、集会・結社の自由などとの並びで表記されており、これが政治的立場、見解の表明の自由を念頭に置いていることは明確であること
  2. しかし私の印象では、最近の日本では表現の自由が個人に対して、個人をターゲットにして使われる傾向が大きいこと(本来の意味合いを外しているケースがある)
  3. 将来選挙に出るかもしれない、というだけで「半公人」扱いを田中真紀子さんのお嬢さんに対してするのは難しいこと(誰でも選挙に出得る)
  4. 全体的な傾向から言うなら、テクノロジー的にも今の日本は個人のプライバシー権(憲法13条の幸福追求権の派生と考えられる)が侵害されうる状況(個人情報の漏洩、街中のカメラなど)が醸成されつつあり、こうした点を考えるならば、公人とは言えない個人のプライバシーは意識的に守る体制が作り上げられるべきであること
  5. そうした観点からすれば、文藝春秋側の主張にはかなり無理があること
  6. しかし、記事全体を見て「事前修復」(出版差し止め)に値する記事かどうかについては疑問が残る
 というものでした。「表現の自由」が憲法21条に入っていることは重要だと思う。これは逆に言えば、政府やその構成員(閣僚、高級官吏などの公人)が「プライバー権」を盾にマスコミの表現の自由から隠れ得ないことも意味するとも思う。

 「公人」の定義は難しい。一概には決められない。立候補すれば公人でしょう。私が一緒に出たあるコメンテーターは、政治家とその親族、テレビに出ている人間とその親族にはいっさいプライバシーはない、という主張だった。それはあまりでしょう。では「親族とは」と聞いたら、「それは私も考えている」と。「それはない...」と私は真っ向対決した。

 東京高裁が文藝春秋サイドの抗告にどういう判断を下すのか。難しい問題だが、私は今後の情報環境を考えても、「プライバシーの権利」をより重視した判断を下すのが妥当だと思う。ま、みなさんそれぞれのお考えがあるでしょうが。


2004年03月19日(金曜日)

 (21:24)実に、実に久しぶりの方に会いました。会ったというか、ゲストにお招きしたのです。この放送局の番組を毎週やっているのですが、今回のゲストは小口幸伸さん。外国為替市場を昔から知っている人は、思い当たるはずです。

 彼の卒業は1973年。特筆すべきは、その時代に横浜国立大学を出て直ちにシティバンクに入られたこと。当時はまずあり得ないコースでした。それからはずっとミッドランド、ナットウエストを経て、外国為替一筋です。Once a dealer always a dealer。変動相場制が始まったのは1973年の2月ですから、今の相場制度の落とし子なのです。逆に言えば、まだ変動相場制は30年ちょっとしか続いていない。

 私も為替を勉強し始めた時には彼が書いた「外為市場の素顔」という本を読んだ。昔からの知り合いで、番組そっちのけで話に花が咲きました。知識がぴったり合うのが良い。カーター・ショックの経緯から、プラザ合意。円の史上最高値。生まれた年も同じ、誕生日も1月で8日しか違わない。

 しかもびっくりしたことに、小口さんのご両親は長野県の諏訪の、私が生まれたところからほとんど離れていないところだった。それは今回分かった。「小口」という名字は、実は諏訪が多い。浜とか岩波とか宮坂がそうであるようにです。名字にも興味があって各地の名字を調べているのですが、その地方を直ちに連想できる。例えば阿久津は、絶対に栃木県です。

 しかし最近本当に世界は狭い、と思うのです。先日は全く最近知り合った弁護士の方と話をしていて、その方の奥さんが実は私がニューヨークでお世話になった方のお嬢さんであることが判明した。それはそれは驚きました。本当に「It's a small world !」なのです。今後もこういうことが続きそう。ある意味では楽しみです。


2004年03月18日(木曜日)

 (21:24)風は強い。雨は降る。こんな日は屋内にいるのが一番ということで、ずっとサッカーを見ていましたが、溜飲の下がる試合。それぞれのシュートが素晴らしかった。懸念は杞憂に終わった。良かったですね。

 目立ったのは田中、大久保、那須でしょうか。田中は目がいい。大久保は悔しさをぶつけたプレー。バーレーンはレバノンを買収するのではないか、といった冗談まで流れましたが、レバノンはレバノンでしっかり闘った。

 UAEで体調を壊したのは、原因が不明な分がちょっと気がかりなのですが、大久保がUAEに行けなくて、体調を崩さなかった分、日本は隠し玉を出せたような印象。彼の取った点数は貴重なものでした。ま、最後にもう一点、という雰囲気でしたが平山君はまだいっぱいチャンスがありますよ。

 ワールドカップの方もがんばって欲しいですね。今週末でしたっけ。


2004年03月17日(水曜日)

 (06:14)FOMC声明で何が変わったかと言って、景気の拡大ペースに対する認識と、労働市場の現状認識をほんのわずかだが引き下げた、先行きにいままでよりは悲観的になったということでしょう。だから、ニューヨークの債券市場では債券利回りが低下し、外国為替市場では特殊円的現象ながら、ドルが下がった。株は昨日の下げの反動が主因だが、あえて言えばFOMC声明による「低金利持続」を好感し、ダウが80ドルちょいの上げ。しかしNasdaqはやっと水面に顔が出た程度の数ポイントの上昇。
 

(3月)The evidence accumulated over the intermeeting period indicates that output is continuing to expand at a solid pace. Although job losses have slowed, new hiring has lagged

(1月)The evidence accumulated over the intermeeting period confirms that output is expanding briskly. Although new hiring remains subdued, other indicators suggest an improvement in the labor market

 声明の他の文章は完全にアイデンティカルです。違っているのは上に掲げた第二パラの二番目の文章。景気の拡大ペースに対する認識は、1月の「is expanding briskly」という誠にストレートな、力強い表現から、「is continuing to expand at a solid pace」という目新しさのない、新規と継続の差が出た、brisk と solid の二つの単語が持つ勢いの差が目立つ表現となった。むろん、1月の方が力強かった。

 労働市場認識では、1月の声明文の中には「improvement」という誠に勇気づけられる単語が入っていたのに、3月の声明文には新規雇用に関して「lagged」という誠に白ける単語が使われている。ここでもFOMCは認識を劣化させた。

 まあそうなんでしょうね。こう表現せざるを得ないアメリカ経済の現状ではある。ブッシュ政権には誠に失望なことながら、一時の力強さは実体経済からも株式市場からも聞こえない。しかし、明らかに悪くなっているわけでもない。その辺が微妙なのです。微妙なまま、大統領選挙に突入している。
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 全体的に見れば、今はブッシュに逆風と言えるでしょう。欧州では最大の同盟国の一つであったスペインで支持政権を失った。スペインにはブッシュと距離を置く政権が出来た。これでオランダが撤退表明したら、「西欧」と呼ばれた国でイラク派兵につきブッシュを支持するのはイギリスだけになる。目立つ欧大陸の国ではゼロ。だからブッシュは、訪米中のオランダ首相に対して「平和を維持し、テロ対策を推し進める上で、オランダ軍がイラクにとどまることが枢要」と述べている。

 オランダ軍は日本の自衛隊と同じサマワにいる。仮にオランダも撤退と言うことになれば、イラクに展開している自衛隊のポジションに大きな影響がある。スペインの新政権は撤退は6月がメドと言っているし、オランダは従来からイラクでの新政権樹立を機に今年の年央を撤退メドとしていた。ブッシュはオランダ首相に「その後も」と言ったのだろう。しかし、オランダ首相は慎重な答えだったと言われる。

 スペインの選挙結果は、「アルカイダの欧州での最初の勝利」との見方もある。アルカイダの行為によって、一国の選挙結果が左右されたからだ。それはそうだが、テロを止められなかったのも事実だ。イギリス以外の有力な欧州国(スペイン、オランダ)が軍をイラクから抜いたら、日本は韓国とともに非常に目立つ派遣国となる。

 おっと、今日は話しが飛んですみません。ま、経済も外交もブッシュにとってはあまり朗報になっていない、ということです。


2004年03月15日(月曜日)

 (17:05)陸連の出した結論は、一つの見識なんでしょうな。過去の実績だけではダメ。きちんと選考会で良い成績を残しなさいよ....、選考会を無視しないでね...という。高橋さんには残念でしたが、東京国際女子マラソンでの失速は、やはり準備不足、体調管理不足だったのでは。監督の責任もあると思う。出場する野口、坂本、土佐の3選手にはがんばって欲しいものです。

 ところで、日曜日の夜から読み始めた「反日」で生き延びる中国はなかなか面白い。著者がどういう人か、この本の主張がどのくらい信憑性があるかは知りませんが、中国で時折起きる日本人にとっては予想外の激しい「反日感情」の大きな背景には何があるのかを伺うのには良い本です。かなりの信憑性があるのではないか。

 いろいろなことが起きたときに、それにストレートに反応するだけでなく、その背景には何があるかを複層的に、多様な視点で見る必要が常にあると思う。その複層的な、複眼的な視点がないと、むしろ罠にはまる危険性が高い。

 中国は大きい。あの大きな国をまとめるために、歴代の指導者は国民に団結に向かわせるいろいろなターゲットを設けてきた。この本は、江沢民の国民糾合、自らの指導者としての地位堅牢化のツールとして、10年以上の長きにわたって「民族苦」の根元としての日本があり、それが「反日運動」に繋がったと見る。

 著者はよく調べているように見える。表面の動きでなく、そこに流れる政治力学を見る上でも興味深かった。


2004年03月14日(日曜日)

 (10:05)スペインのアセベス内相の深夜(日本時間の午前10時前後)の声明は、日曜日の同国総選挙を数時間前に控えた、これを発表すれば与党(アメリカとの紐帯を政策の柱とする)が不利になることが確実な内容を含んでいる。それだけに、政府としても無視できない事実を発見したが故に発表した、ということでしょう。声明は、「マドリードでの同時爆破事件を起こしたのはアルカイダであることを主張するテープが見つかった」というもの。

 アセベス内相は、「このテープが本物かどうかは分からない」としているものの、同時にスペインの警察はモロッコ人3人、インド系のスペイン人2人の逮捕・拘束を発表しており、モロッコ人はイスラム教徒と見られ、また事件後に発見されたバンから出てきた若者(スキー帽をかぶった)の数とも一致する。事件に「イスラム」の要素が強いことを強く示唆している。スペイン政府が翻訳したこのテープの声明は以下の通り。

 ”We declare our responsibility for what happened in Madrid exactly 2 1/2 years after the attacks on New York and Washington," said the man, according to a government translation of the tape, which was recorded in Arabic. "It is a response to your collaboration with the criminals Bush and his allies.”
 テープはマドリードの放送局にアラビア語を話す男からその所在を示唆する電話があり、その電話に基づき発見されたという。スペイン政府はETAを依然としてテロの首謀者として見ているようだが、ETAそのものが否定していたことに加えて、87年のテロでもETAは民間人に死傷者が出たことを詫びていた、死傷者が極めて大規模であるなど諸環境を見れば、ETAとアルカイダが手を組んだにしても、今回のスペイン内相の発表でアルカイダ主犯の可能性ががぜん高くなったのでしょう。

 アルカイダの犯行は、時間を置いて行われる。それにしても、彼等から「アメリカの支援者」と見られている日本も警戒度を高める時期に入ったと言うことです。それにしても、一度に200人もの人間の命を奪い、爆弾の殺傷能力を高めるために爆弾の周りに釘とかを入れて事件を起こす。許し難い、ヨーロッパで1000万もの人が抗議行動を行ったのは当然でしょう。


2004年03月12日(金曜日)

 (05:05)スペイン政府は、早とちりしたかもしれませんね。スペインのアトーチャ駅を中心に起きた同時爆破事件をいち早く「バスク祖国と自由(ETA)の犯行」と言い切っていた。この事件で12日早朝現在で190人が死亡した。スペイン最大のテロ、欧州の歴史の中でも記憶にない大きなテロ、と報じられている。

  ETAがこれまでもテロ攻撃をしてきたことはよく知られている。1987年にバルセロナのスーパーマーケットで21人が犠牲になった。2月下旬の段階でスペイン東部カルターニャ地方を除く国内各地でテロ活動を続けることを宣言していた。だから、スペイン政府が「ETAが怪しい」と思っても不思議でない環境にはあった。

 しかし、今回の事件は従来のETAのテロに比べると、明らかに規模が大きい。またETAはテロ攻撃をする場合は、通常は電話で警告を行ってきたという。スペイン内務省によれば、今回はその種の電話はなかったという。スペイン政府の非難に対してETAと関連のあるBatasuna(非合法パスク党)の指導者は、自分たちが仕掛けたことはない、と否定し、「アラブの要素」を指摘していた。それはアルカイダを指す。

 日本時間の午前5時前からCNNが報じている報道によると、テロ犯人が使ったと思われるバンの中から、「起爆装置とアラビア語のテープ」が見つかったという。もしこのニュースが本当だとすると、「ETAではない、アルカイダだ」というETA側の主張が裏付けられるかもしれない。

 スペインのテロをETAが起こしたのか、それともアルカイダが起こしたのかで、その意味合いは全く違う。アラビア語のテープ報道で反発基調にあったニューヨークの株が、CNNN報道で一転して再び反落に転じたのは論理的である。なぜなら、ETAのテロは起きてもスペインやフランスでしか起きないが、アルカイダのテロは世界中どこでも、もっと言えばアメリカやその同盟国でいつでも起きておかしくないからだ。

 可能性は低いが、イラクでの戦争でアメリカを支持した日本がターゲットになる可能性もあるし、同じようにアメリカを支持したスペインでの事件は、日本にとっての警告になる。真相が分かるには数日間が必要かもしれない。


2004年03月11日(木曜日)

 (07:45)あらら、寝るときはまだそれほどでもなかったのに、起きてみたらダウで160ドルの下げ、Nasdaqで31ドルの下げ。ちょっと最近では大きいし、これでニューヨークの株は今週に入って三日連続の下げ。ダウでは300ドル近い下げなのでは。Nasdaqは2000の大台を大きく割り込んだし、ダウも10000ドルの線維持にクビの皮一枚、といったところ。

 ウォール・ストリート・ジャーナルを読むと「 the same old worries - higher stock valuations, slowing profit growth and a weak jobs market 」と、新しい下げ材料があったわけではない、という書き方。それにしても、先週末土曜日のウォーレン・バフェットの言葉は至言だったことになる。

  1. 現在のアメリカにおいては、株式、債券ともオーバーバリュー(過大評価されている)。つまり高すぎる
  2. 株式市場について言うと、当社が買いたいと思うような魅力的な価格水準の株が引き続き不足している
  3. 国内に有望な投資チャンスがないため、今後の当社のパフォーマンスは過去に見られたほどではなくなろう
  4. ただし、株でも債券相場でも調整があって魅力的な相場水準になれば、当社の不稼働資金を直ちに稼働化させる
  5. The Great Bubbleの時期において大規模に持っていた一部の保有株を売らなかったのは大きな間違いであり、反省している
 これはこのコーナーの今週月曜日の朝書いた文章にも掲載しましたし、マネックスのメルマガにも載せました。日本にはあまり伝わっていない、と思ったので。今週に入っての下げに特段新しい材料がないにしても、やはり相場であがめられている人が「株式はオーバーバリュー」と言えば、買えない。買えない状態で新しい材料がないとしたら、売るしかない、という状況。その影響力は強かった、と思う。

 もう一方「オーバーバリュー」と言われた債券は夕べは「pause」とある。今週に入って一段と値を上げているが、こちらはバフェットに挑戦、という動き。日本の介入資金の流入が、アメリカの債券市場に「歪み」をもたらしていなければ良いが、と思う。介入が止まった後が恐ろしい、と思う。

 為替はどうか。これを見ると、ニューヨークの株価の売られようにもかかわらず、まだ「アメリカ売り」にはなっていないことが分かる。ユーロもポンドも急落。だから、ドルが強い。本当に「アメリカ売り」なら、全て売られないといけない。ニューヨークの株価指標を見ると、ダウ、Nasdaq、SPとも夕べだけで1.5%前後の下げ。バフェットがどの程度の株価調整を理想としているか知らない。しかし彼は同時に、「調整があって魅力的な相場水準になれば、当社の不稼働資金を直ちに稼働化させる」と述べている。
 ――――――――――
 ところで昨日は夕方ボーとしながら、ふっと面白いアイデアが浮かんできました。面白いと思っただけで、実際にはやっていませんし、著作権上の問題もあると思うのですが。まあ言ってみれば、ipod family 結成の可能性

 お持ちの方しか直ちには分からないと思うが、ipod はコンピューターの入れたitunes のソフトが抱えている音楽をあのちっちゃな箱に流し込む方式。既に入っている音楽を無視し、itunes が抱えた新しい音楽を流し込む。

 「ということは、同じ itunes のソフトをコンピューターに入れ、その中に音楽を抱えた人の itunes に自分のマシンを組み込んで入れれば、二人分の音楽ライブラリーが出来る.....と考えついたのです。自分が持つ ipod の中にです。

 むろん、こういう問題はある。それによって出来上がった ipod はもう「my ipod」「my music library」ではない、ということ。つまり、全く別の人の音楽ライブラリーがどっと流れ込むからです。だから、技術的な可能性を知りながら、それが嫌な人は居るだろう、と思う。

 しかしその一方で、ある人が itunes に1000曲、別の人が1000曲入れていて、ジャンルが相当違えば、マージによりあっという間に2000曲のライブラリーが出来ることになる。これななかなかのものかもしれない....と。法律的な問題があるかどうか.....。

 ま、こんなことを考えながら、夕べは尾道の石井さんご一行様とちょっと都内小旅行といった雰囲気でした。尾道は好きな街なんですな。またいらっしてください。私も行きますので。


2004年03月10日(水曜日)

 (08:23)私が読んだ今朝の新聞の中で、「これはうまい」という見出しは、日経産業新聞にあります。3面。『「トヨタ・インサイド」狙う』。ま、このサイトをお読みの方だったら直ぐ分かる。

 殆どの人が使っているウィンドウズPCのどこかを見れば、それが何であるかが分かる。「intel inside」とあるはずです。このコンピューターにはインテルのペンティアムが入っていますよ、と。

 だから「toyota inside」とは、「トヨタのテクノロジーや部品が入っている状態」を指す。フォードがハイブリッド技術に関する特許約20をフォードに供与することに関連した記事での見出し。なかなかうまいじゃないですか。

 トヨタは日産とも技術供与取り決めをしている。ただし日産との取り決めはシステムそのものの提供。対してフォードとの契約は、「ライセンス供与」。ハイブリッド技術でトヨタは世界制覇に接近している。今回の契約のポイントは二つです。

  1. トヨタはライセンス供与によって、フォードの当該車が売れれば売れるほど、ライセンス料が入って、膨大だった開発費を回収できる
  2. 技術供与をする関係を結ぶことで、貿易摩擦が起きそうになっても米企業に対する有力な抑止カードを握ることになる
 以前は「販売のトヨタ、技術の日産」と言われた。しかし今は誰もそうは言わない。そこがこの会社の凄いところだと思う。


2004年03月10日(水曜日)

 (05:23)まだ「恨解」(ハンプリ)については調査を開始できていないのですが、角谷さんという方から「こういう本がありますよ」とメールを頂きました。私だけにとどめるのはもったいない。皆さんにも書籍情報を。

 いつもY-casterを興味深く拝見しています。 「恨」をキーワードに韓国や韓国文化と日本文化の違いを 読み解く本が過去に出ていたという記憶を頼りにネットで 検索したところ以下の本がヒットしました。私自身は韓国に詳しい訳ではありませんが、ご参考まで。

ワサビと唐辛子―恨の国・韓国から見た「受け身文化」の国・日本
呉善花 /祥伝社 2000/04出版 274p 15cm NDC:361.42 \562(税別)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/439610359X.html

「恨の国」見聞録<現代ソウル16景>
粟村良一/共同通信社/1995年/初版/B
人びとの心の奥底、感性の内懐にひそむ「恨(はん)」をキーワードに読み解く、 新しい韓国像。
http://asia-shorin.com/kankoku-chousen.htm

韓国人の心
李御寧/学生社
韓国文化のバックボーンを解明し、多くの読者に感銘を与えた「恨の文化論」を増 補改訂。 60501-3 82.7 B6判並製 306
http://www.gakusei.co.jp/mokuroku/m_bunka.htm
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4311605013.html


2004年03月09日(火曜日)

 (06:45)日本の通貨当局が何をお考えになっているのか、よく分かりません。ニューヨーク外国為替市場ではスノー財務長官の従来からの繰り返しの発言、すなわち「the global financial system is more stable when currency values are left to flexible, competitive markets.」という発言後の112円台前半での介入ビッド撤退によって、一気に111円台に。

 もちろんスノー財務長官の発言のタイミングというのはある。しかし、それでは今までの介入は何を意図していたものなのか。国の大事な資金を使いながら、それに関する説明が全くないというのは解せないし、終着駅も示されていない。何をなさっているのか、分かりませんな。

 ところで、月曜日は会合犇めきで結構忙しかったのですが、それに関連して皆さんに一つ紹介したいサイトがあります。インターネット・テレビの「今日からワイン」というサイトです。番組公式サイトはここにありますが、私がなぜここを紹介するとかというと、この番組に出たんですな。

 このサイトを主唱している一人は太田君といって、数年前まで住信の社員だった。今年の鍋大会のおりに久しぶりに会って頼まれたので、「お役に立てるなら...」ということで。むろん、興味本意のフリー出演です。私もネットラジオ、ネットテレビには興味がある。

 あっと驚く放送局の一つの番組で、私が対談したのは松浦尚子さんというワイン・コンサルタント。あたしゃ、ワインはいくつかの名前を知っているだけでどうなることやらと思ったのですが、多少デザート・ワインが好きで詳しいので、その辺から入って、あとは松浦さんのお導きで、番組の収録を終えたのが2週間ほど前ですか。

 昨日はその打ち上げという会合で、結構面白いメンバーが揃いました。私は基本的には誰と食事をしてもその名前をネットでは明らかにしない(それぞれの方にプライバシーがありますから)のですが、昨日のメンバーはプライバシーを放棄したような人ばかりで、多くの人がサイトを持っていますのであえてちょっと紹介すると、松浦さんの他には

  1. 雲藤真理さん。珍しい名前で羨ましい。サイトはhttp://www.o-felice.com
  2. 内藤忍さん。男です。サイトはhttp://www.shinoby.net
  3. 木村裕亮さん。M3という会社の代取。サイトはhttp://www.kabuda.com
  4. 太田行信さん。番組直接担当者。サイトはhttp://www.e-wine.tv/
 あと珍しくサイトがない(ホーム page レス homepageless)のは、平田能子さん(今プーちゃん、以前はロブションのPR担当)、橋本佳子さん(銀座8丁目の有名会社の敏腕セールスウーマン)。ま、自分のイメージ作りに悩んでいる人は、雲藤さんに相談すればいいし、ネット証券については内藤君が詳しい。木村さんはもと某証券会社で株そのものに詳しく.....といった感じ。

 実は私も以前ネットラジオくらい出来そうだ、と検討したことがあるのです。技術的には簡単です。しゃべれるし、音も収録できる。それをサイトに格納することも出来れば、on demand で出すことも出来る。では何が障害になったかというと、音楽です。音楽の権利関係は極めてがっちりしている。放送局のような包括的な契約の有るところはよい。しかし、それがない個人が音楽を使うのとなると、これは至難の業なのです。で、今は「いつか」と思っている状態。ま、そういう遠大な計画の関連でも、面白い会合でした。


2004年03月08日(月曜日)

 (00:45)へえ、これは面白い単語ですな。朝鮮半島の人々を理解する一つのキーワードかもしれない。それは、「ハンプリ」。というのも私には今までずっと理解できなかったのです。例えば大田(でしたっけ)での地下鉄事故。韓国の人々は、凄まじい嘆きようなのです。家族を失ったのだからある意味で当然ですが、日本人はあそこまで泣き叫びはしない。何故だろうか、とずっと思っていたのです。様々な局面における、朝鮮半島の人々の感情表現が、全体的に我々日本人の想像を絶するストレートなのは、何故だろうなと。

 EZ!TVに出て、韓国語使用・日本語字幕の映画ホテル・ビーナスを作った草g剛さんの話しを聞きながら、早とちりかもしれないが、「あ、これか」と。彼は言うのです。韓国に行ってもっと自分の感情を露わにしていいんだと思った、その切っ掛けとなった言葉が「恨解」(ハンプリ)だと。

 この言葉をしげしげと見ると、「恨みを解く」と書く。彼がスタジオで用意したこの単語の解説はこうでした。

 内面にある感情(喜怒哀楽)を激しく発散させること。韓国では日常的に使われる言葉
 だと。なるほどね、そうすることが彼らの美意識に叶っているから、彼らはそうしている、ということなのでしょう。ああいう行動(泣き叫ぶ、激しく起こるなど)を取ることによって、恨みを解除している、解き放っているのだと。

 ネットでこの単語を調べると、もっと歴史的な記述がいろいろ出てくる。

 各々の時代にはその時代時代に主流をなす思想が存在してきた。これらの時代思想は時にはさまざまな解釈をもたらす一方、ある時には民衆を教化し、民衆とともに歩み、ある時には民衆を利用し、民衆に背を向けることもあった。後者の場合、民衆には「恨(ハン)」が残り、上からのあるいは下からのダイナミックな変革を通して「恨解き(ハンプリ)」がなされてきた。
 と要するに体制の変革にからむ単語であるとも解釈されている。またこういう解説も見つけることが出来る。
 ハンは長い歴史(個人や集団の)の中で埃のように積み重なり生み出されてしまう情緒で、それから容易に解き放されることは難しいため、逆説的に希望の物語を生む。人々は希望としてのその「ハンプリ」(ハンを解き放すこと)の物語から、苦難を耐え抜く力を得て慰められる。だからハンは恨みや憎悪の感情を含まないわけではないが、希望につながるものであり、生きるエネルギーとなっていく。それが、朝鮮民族の普遍的情緒がハンだと言い表し、その情緒を通して語る時の朝鮮民衆の生き方のストーリーではないかと思えるんです。
 うーん、この単語は面白い。韓国の姜さんに電話したりして、しばらく調べよう。それにしても、草g君自身の「ハンプリ」体験はもっとどのようなものだったのか知りたい気もした。VTRの中で彼を称して「受信する人」という表現が使われていた。彼の言葉を借りれば「何をしても誤解される。それなら黙っていればいいやと思った」と。

 受ける印象も、人のことを良く聞く青年に見えた。彼自身「スタッフに恵まれているので、スタッフの言うことを良く聞く」と。ま、そういう自分に不満、不安だったのでしょうな。で、一方で「ハンプリで行こう」という彼がいる。「起こると怖い」という表現があったのが、それを裏付けているのかもしれない。一見、怒ることなんか知らない若者に見えましたが。
 ――――――――――
 生スマップに会った印象。草g君は真面目な方です。インタビューが進むにつれて額には汗がじわり。途中では内輪であおぎまくっていたんですな。小柄ですよ。テレビは大きく見えると言うことでしょうか。痩身だが、「脱ぐと凄いんです...」が写真の中味。しかし、私には実物もそうだったが、彼の話が面白かった。そりゃ、5人もいるSMAPの中でも、「それぞれの生きる道」の模索はあるでしょう。競争という意味ではなく。


2004年03月06日(土曜日)

 (15:23)二人の方の「長距離タクシー」に関するレスから、東京から普通のタクシー料金で名古屋に行くのは10万円、大阪まで足を伸ばせば16万円、という結論が出ました。それにしても、長距離のタクシーを利用する人、というのはいるものですね。ま、人それぞれいろいろな事情がある。

 正直言って、私の一番の長距離はもう10年くらい前、日曜日に千葉のニュー南総でゴルフを約束していて、しかし千葉への列車の乗り方は難しくて(東京駅の丸の内北口の地下と東京三菱の下の京葉線のホームの違い)、京葉線に行くべきところを丸の内北口に5分前に着いて、降りていって「アウト....」が確定した段階で、絶対行かねばならないゴルフだったので、そのまま上に上がってタクシーに乗ったことはあります。

 行ってみたら、日曜日で道が空いていたのがラッキーで、列車組より早く着いていた。確か、ゴルフ代と同じくらいだった。ほんまに高いゴルフだった。しかし、ちょっと考えると、この料金は一台当たりで、今は6人乗り、8人乗りのタクシーはある。それを使うと名古屋10万円も一人当たり1万円ちょっとで行ける。大阪のタクシー会社のような割引が有れば、1万円を切るかもしれない。

 そしたら、使ってもいいケースが増えるかもしれない。時間は新幹線が圧倒的に短いが、新幹線が走っていない時間帯はある。思い出した、4月から個人タクシーが新たな割引制度を導入するんじゃなかったな。ま、でも私はゆっくり寝られる新幹線が好きですが。 

(その1)kanbeiさんが「昔聞いた話」として送ってくれたメール。

東京駅前でタクシーを拾った家族が「名古屋まで」。
運転手さんはホクホクしながら、でも、
なんで新幹線に乗らないの?
と聞いたんだそうです。

そしたらこの家族、東京で単身で試験の勉強をしていた息子を
連れ戻しにきたのだけれど、本人はすでに心身症状態で、
「僕は新幹線には乗れない」
と言い張るのだそうです。

おそらく夢破れて故郷に帰る日の絶望感と
新幹線のイメージが頭の中で結びついて、
そういう心理状態になったものと思われます。
やっぱり10万円以上になったそうです。

(その2)佐々木さんから「伊藤さん、私の事務所にもいました」
「大阪ー東京間をタクシーで行く人。」というメール。

やはり女性です。

彼女が大阪にいたころは
毎年大阪から京都の八坂神社まで
タクシーで初詣に行くって聞いてたので
(大阪・京都間は1万5千円だそうです)
ひょっっとしたらって思って聞いてみたら
案の定そうでした。

6時間半かかって16万円だったそうです。

「おっちゃん、東京まで行って頂戴。」
「東京ってどこの地名ですか?」
「東京よ。トオキヨウ。」
「新大阪までですね。新幹線ですね。」
「東京。」
「ホントに行くんですか?」
「心配ならお金は先に払うから。」
「・・・・」
「わかりました。ちょっと、無線で許可とりますから。」
「行って頂戴。」

笑いましたわ。


2004年03月05日(金曜日)

 (20:23)忘れていましたが、大阪では難波の近くにあった大阪球場の跡地利用でできたNamba Parksに行きました。会社の若手に「ここが新しい」ということで、連れて行ってもらった。難波駅の直ぐ近くで、かつての南海サウス・タワー・ホテル、今のスイス・ホテルの先にある。

 まあアミューズメントとレストランの集合体。ディズニーシーの何とかマウンテンのような形をしていて、イメージとしては六本木ヒルズでしょうか。ただし、あんな大きなビルはない。時間がなくて見ただけで何も食べられなかったのですが、今度ははゆっくり食事をしようと思いました。

 日帰りの大阪出張は講演が終えると直ぐに帰ってくるのですが、今回は最終までの時間を見つけて、また目的をもって悲田院町の和食屋さんに行きました。ここの終わりの方に掲載した「岬寿司本店」です。

 そこでも書いたのですが、びっくりしたのは九重親方と梨田・近鉄監督が二人そろって食事に来ていたのに遭遇したこと。お相撲さんの贈った花も二つ、三つ。しかし、何よりも味がいいんですな。大阪に行ったら、また行きたい。もう一つ「薮原十区」という非常に変わった東京の富久町の店をリストに追加しました。


2004年03月04日(木曜日)

 (15:23)まさかそんな人はいないだろう、と思っていたのでしたが、いたそうです。何かというと、大阪ー東京間をタクシーで行く人。

 日帰りで大阪に来ているのですが、新大阪駅から乗ったタクシーの窓に「5000円以上は半額」と書いてあったので、それについて女性の運転手さんと話していたら、面白かった。

 5000円以上というのは、別に大阪の全タクシーが実施しているのではなく、一部の会社がやっているらしいのですが、具体的に言うと1万円乗ると、5000円以上が半額なので7500円になるというシステム。その効果は当然ながら長く乗れば長く乗るほど大きくなる。

 彼女ではなくて、同僚の運転手さんの身に起きたことなのですが、誰がそんな長距離を乗ったかというと、若い女性だったそうです。北の新地の店から早朝に出てきて泣いている。そしてタクシーの運転手さんに、「顔も乱れているし新幹線に乗るのも嫌。大阪の街から一刻も早く出たい。東京までタクシーで行って」と頼んだのだそうです。恋いに破れたのでしょうね。

 その運転手さんは以前東京まで行って、そのときは16万円かかったそうです。今回は5000円以上半額サービスがあるので、どのくらいか分からない。いやいや帰りの高速代を保証してもらって東京まで7時間かかって行ったのだそうです。そしたら、当然ながらタクシー代は、以前のほぼ半分の8万円ちょっとになったというのです。

 しかしその運転手さんはこうも付け加えた。「それでも、5000円以上の距離を乗る人は少ないのです。大阪は不況ですから.....」と。大変なんですな。


2004年03月03日(水曜日)

 (18:23)グリーンスパンまでもが日本の介入政策に苦言を呈している。金融市場を歪めると。世界の先進国の中で一番成長率が高く、株式市場への資金の流入がある国の通貨が下がる怪は、日本の通貨当局の行動を抜きにしては語れない。

 歪んでいるのは外国為替市場だけではない。日本の短期金融市場も債券市場もそうだし、アメリカの債券市場も本来の姿からは遠い。グリーンスパンは日本や中国の米国債保有が「驚くべきスピードで伸びている」とその異常さを認めながら、「米経済への影響は大きくない」とかわしている。しかし、警戒感をもって見ていることは間違いないだろう。日本の通貨当局にとっての現状からの出口戦略はなかなか難しい。


2004年03月02日(火曜日)

 (18:01)うーん、今年は調子がよい。いや、決めたのです。今年の花粉量はいつもの年の十分の一だと聞いたとき。「今年はならんぞ...」と。決めてどうなるものでもないのですが、とにかく決めたのです。病は気から、と言いますから気持ちを持って行った。

 そしたら、本当に全く今年は私の鼻が蠢かない。快調そのもの。まあ、今年もどうも...という人は、こんなのも参考になるかな。


2004年03月02日(火曜日)

 (17:31)例の日経の最近の事件で有名になった大塚将司さんが書いたスクープという本を読みましたが、なかなか面白かった。最近の事件を扱ったのではなく、作者が若かりし頃得た特ダネの裏話を、刑事コロンボになぞらえて解説している。

 「基本に忠実になれ」「木を見て森を見ないのはダメ」「定点観測の重要性」などなどが並んでいるのですが、これは記者の方々の基本であると同時に、広くビジネスマン全体の必須要件だなあと思って読んでいました。アナリストの必要条件にこの三つを当てはめると、そっくりはまる。

 いつも思うのは、本当に仕事が出来る人というのは、どこの業界にいても出来る人なんだろうな、ということ。私の周りも見てもそういうことは言える。でも、調査報道、取材報道をギリギリ詰めていく手法は参考になる。

 一つとっても気になったのは、80年代半ばの三光汽船の倒産の話が出てくるのですが、そこに出てくる銀行名を見てギョッとしてしまった。ああ、そういえばこういう都市銀行があったな、と。当時の銀行の序列に関してこの本には以下の記述がある。

  1. 第一勧業銀行
  2. 富士銀行
  3. 住友銀行
  4. 三菱銀行
  5. 三和銀行
  6. 東海銀行
  7. 三井銀行
  8. 太陽神戸銀行
  9. 大和銀行
  10. 協和銀行
  11. 埼玉銀行
  12. 北海道拓殖銀行
  13. 東京銀行
 という名前の列挙。上位5行、中位3行、下位5行という表現になっている。そういえばそうだったな、と改めて見直しました。さて、どこがどうひっついてどうなったのか。この序列と今の日本の銀行業界を比べると、やはり変わらないようで日本の金融業界は長い道のりを歩いた、と言えるような気がする。しかし一方では、業務の中味はあまり変わっていないような。あと15年たったらどうなっているんでしょうね。


2004年03月01日(月曜日)

 (18:58)3月になったとたんの雪。いいですね、「春の雪」は。同名の三島由紀夫の小説を思い出す。豊饒の海の第一巻。二巻以降は、「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」と続く。でも、やっぱし春の雪が一番良い。最後は死に急いでいた。

 最近いろいろな人と話していて、三島由紀夫の話が結構出てくる。彼は「自分の死は10年後に日本の行方を変える」と言った。どうなったか。変わったのか、変わらなかったのか。その後の話もいろいろ出てきている。暇になったらまた読みたい作家です。

 渡辺謙さんは結局助演男優賞を取れず。ミスティックリバーは手強いと思っていたのです。奥の深い映画ですから。ちょっと謙さんの演技だけでは超えられないものがあったような気がする。それにしても、昨日のEZ!TVで取り上げていたナンシー梅木さんの話は面白かった。正直聞いたことはあるが、全く知らない。小樽の時代から、ぱっと東京の時代に移って、その後はアメリカ。活躍したあとは、さっと姿を消す。まだ存命で75才だそうですが、「そっとしておいて」ということで、所在も分からない。

 VTRで流れた古い映像を見ていて、特に美人ではないが、当時の日本人としては感情表現が凄く自然で可愛い人だなと思った。目もくりくり可愛い。日本人初のアカデミー賞受賞者。さっと活躍して、さっと消える。生き方ではある。

 アカデミー賞を取ればまた見る人が増えたでしょうから、「たそがれ清兵衛」も賞を逃したことは、日本の映画界にとって残念でしょう。しかし、徐々に注目される映画が出てくるようになれば、復活も夢ではない。ラスト・サムライのように、海外の監督が日本に注目している。日本人ももっと良い映画が作れる筈です。



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