2004年06月30日(水曜日)

 (22:23)「微妙、ビミョー」に関しては、大勢の方からメールをいただきました。tks。一番身にしみてこの問題と取り組んだのは、『高校生の息子は、親子の会話の返事をほとんど、「微妙」で済ませた時期がありました』という医療研究関連パート職有主婦のTさんだったように思います。彼女からのメールです。

 かなり前から、ホームページをのぞかせてもらってます。高校生と中学生の男子をもつ、医療研究関連パート職有主婦です。(省略)さて、「微妙」ですが、高校生の息子は、親子の会話の返事をほとんど、「微妙」で済ませた時期がありました。

「いらないけど・・」「好きじゃないけど・・」「関心ないけど・・」  :軽い否定、でも、強く勧められたら仕方なく受け入れると言う感じ。

「変だけど・・」  :対象物を遠慮がちに批判、でも本人がいいなら別にという感じ。

そして、もう一つ、「今答えたくない」「誰か話しかけてきたけど聞こえなかった(意味がわからない)から、とりあえず返事しとこうか」  :意思保留

といった感じでした。人間関係が難しい時期、あいまいに軽く済ませたい会話にはとても便利な表現だったのだと思います。我が家では、会話がつまらなくなるし禁止にしました。頻度が多いと、「微妙」といわれるくらいなら、いらない、嫌いとはっきり答えて欲しいと感じるようになるものです。

「ノリ」については、親子の会話ではそれほど出ませんので、コメントはなしです。

最後に、事件のヒントにはならないかもしれませんが、最近息子は、「要は」と、いきなり前置きしたり、必要以上頻繁に会話にはさむことがあります。息子だけでなく研究室の20台前半の子も同じような使い方をしたので、気になっています。 「要は」・・・ボキャブラリーが少ないし、会話を膨らますのも大変なので、一気に結論で済ますよ、という感じ。女子学生は使いませんか。どうでしょう。

 会話をすべて「ビミョー」で返されたのでは、確かに会話は成り立たない。yes no の選択の中で会話というのは進むわけだから、それは耐えられないでしょう。禁止したのは正解だったのでは。

 大阪商業大学のYさんは、以下のようなメールをくださいました。

 「微妙」と「ノリ」は関西でも使う学生がいます。ただ、地域や人、シチュエーションによって意味が違うかもしれません。私が聞いた範囲で整理すると、以下のようになります。なお、東京在住の30歳前後ぐらいの知り合いも似たような言葉遣いをすることがあるので、学生には限らないかもしれません。

(1)「微妙」

 なにかを提案したり、考えを述べたときにその提案や考えに否定的な意見・感情を 表現する際に用いられることが多い。文字通り、微妙な事態等について形容する際に 用いられる場合もあるが、そのような場合には「微妙」というより「うーん」となることが多い。

(用例1)
 A: 再来週ぐらいにゼミで食事会をしようと思うんだけど。
 B: 微妙っすね。(この場合、Bは、より先に予定を組んだ方がよいと考えている。)

(用例2)
 A: それって上司に報告した方がいいんじゃない?
 B: 微妙っすね。

(2)ノリ

 「ノリがいい」、「ノリが軽い」と言う場合の「ノリ」とほぼ同じ意味で使う場合が多いが、現在ではもっとあいまいである。強いていえば、その場や場を構成している個人の勢いや流れを表そうとしているようだ。

(用例1)
 A:いつもグループ面接で落とされちゃうんだ。
 B:面接なんてノリだよ、ノリ。

(用例2)
 A:PowerPointでプレゼンって緊張しちゃうんですけど。
 B:あんなもの、ノリ。

 両方とも言われてみれば、私も「?」はありますが、周囲ではこのように使われているようです。あまり御参考にならないかもしれませんが、読み流していただければ幸いです。

 いや、大変参考になりました。あとHさんは先週の金曜日の日経新聞の記事を教えてくれて、以下のような解説してくれた。
 若者言葉「微妙」ですが、 先週金曜日の日経新聞に面白い記事がでてますよ。「ジェネレーションY」という新世代の若者たちを特集した連載企画の中で、若者の「微妙」の使い方を説明してます。

Y語辞典
「ビミョー(微妙)」

正(※正しい使い方) 趣深い 複雑
若(※若者の使い方) 嫌い

 平坦に発音、文字表記はカタカナ。「微妙な味わい」など本来、肯定的に使う語だが、Y世代にとっては「嫌い、問題あり、なんか変」など、主観的な否定の意思を遠まわしに伝える表現。

 言葉は面白い。本来プラスの意味を持った言葉がマイナスになるのは良くある例です。例えば「いい加減」。風呂加減などでこの言葉は、「ちょうど良い」です。しかし、それが他の局面で使うと、マイナス用語となる。私などには、「微妙」はプラスマイナスなしの無職な単語に見える。しかし、それが若者には上記に上げたような意味を持つのですな。言葉の変化も知っていないと。


2004年06月29日(火曜日)

 (22:21)出張帰りで体は重いし、暑いしで「嫌だな」と思って行ったのですが、今日の午後の大学での授業は私にとっても興味深いものになりました。

 取り上げたのは、日本中を震撼させた小六殺人事件。最初にこの事件について彼女らの思いをレポートに書いてもらったのです。私が担当している講座は「マルチメディアを読む」で、この事件にメディア(インターネット、HP、チャットなどなど)が関わっていたことは明確だし、私にとって興味深かったのは加害者、被害者に私などより遙かに近い彼女ら(学生達)、つい6〜7年前には小六だった彼女らがこの事件をどう見ているか、ということでした。

 あまり社会的事件に関心を示さない彼女らも、この事件は非常に重く受け止めていることは「この問題でレポートを書いてもらいます」と私が言った瞬間に顔が引き締まったことで分かった。性別も女性で同じですから、授業で取り上げなくても彼女ら自身で考えていたのでしょう。

 ただ漫然とレポートを書いてもらってもまとまりがないので、私から三つの視点を与えました。

  1. どうしてあのような事件に発展してしまったと思うか(推測も含めて)
  2. ネットとか携帯が人間関係に及ぼす力とその限界(意志疎通の不備はなかったか、ネットの限界)
  3. 子供達のHPの存在を知らないなど親のサイドに事件を防ぐ上で落ち度がなかったか(子供の異変に気が付かなかったのか、親として出来ることはなかったのかなど)
 ですが、こうした質問に対する彼女らの意見を読んでいて、男の、そして小六の時期など遙かに彼方な私などが今まで気が付かない視点もいくつか出てきた。最初の点で言うと、彼女らのかなりの部分は「(小六は)思春期で、今思い出しても非常に不安定な時期。よく喧嘩もしたし、いじめもあった」と証言した。「女の子に特に多いケースですが、蔭で人の悪口を言ったり、グループを作りたがる時期でもある」「ちょっとのことで喧嘩になり、感情的になる」「私の体験でも、小六のころは友達とのトラブルが多かった」「特に容姿と、それを他人がどう考えているかに敏感になる時期」などという意見もあった。我々が考えている以上に、「はるかに大人」(ある生徒)であり、その人間関係も「小六」という単純な区分けの範囲を超えて、複雑かつ感情的な面があったということでしょう。

 第二のポイントンに関して彼女らが明確に指摘したのはネット、またはケイタイの持つ伝達手段として不備です。彼女らはこれを良く分かっている。なぜなら、ほぼ例外なくメールやチャットでの意思疎通の不備・問題を体験していて、彼女ら自身が気を付けていることだからです。顔文字を使う、言葉を工夫するなどの努力をしている。小六ではその辺がまだ分からなかったのでは、という彼女らの意見なのです。私もそういう面があったと思う。

 第三の点に関しては、少数だが「親に責任はない」というのがあったのが興味深かった。「どうせ一人で部屋に入っている」し、「HPを見つけて何をしているのと聞いても、”別に”という答えが返ってくる」のだから、親には責任はない、という意見だ。数人がこういう意見だった。

 しかし圧倒的にあったのは、やはり親を責める意見だ。「要するにコミュニケーション不足だったのでは」という意見が多かったのに加えて、「事件の前になぜ気付いてあげられなかったのか」というもの、「子供に使わせる前に親はインターネットを知っておくべきだった」「もっと色々なことを話せる環境を作っておくべきだったのでは」から、「親はもっと子供の状況を把握すべきだ」「場合によってはコンピューターを取り上げるのも方法では」まで。

 こういう調査をしたからと言って、何か解決するわけでもない。しかし小六がつい最近だった(彼女らはそうは思わないかも知れないが)人たちがこの事件をどう考えているかを知る価値はあったと思う。一つ思ったのは、彼女らが母親になるころには、多少のノウハウの蓄積が出来ているのかも知れない、ということ。しかし、テクノロジーの変化は次々に新しい問題をもたらすでしょうな。

 あと授業の中で彼女らと話していて面白かったのは、最近は「微妙」というのが、非常に若者に頻繁に使われる言葉になっている、という点。そういえば聞いたことがあるが、そんなに頻繁だとは思わなかった。例えば、「前からあの子のこと微妙に嫌いで....」といった感じ。あと「ノリ」もよく口の端に上る言葉だという。これらの言葉も、事件のヒントの一つかも知れない。

 この「微妙」って言う言葉は気になりますね。ちょっと調べますので、何か情報持っている方はください。


2004年06月29日(火曜日)

 (08:21)こんな涼しくて気持ちよいのに、帰りたくないな....と。朝のニュースによれば、東京の最高気温は31度だとか。都会の真ん中は体感温度はもっと高い。ま、でも、大学が午後にあるし。

 誰に聞いても評判のよくない夜のすすき野はタクシーで通りかかるだけにして、朝中央卸売市場の場外市場に。「北のグルメ」という店が有名なそうで、そこに朝行って食事までしました。ホテルの食事はおいしくない。はらすと好きなどんぶりを。

 JTB推奨ということで、数ある店の中でも一番人が多い。どこでも、人が集まるところには集まる。あとの店は閑古鳥。どうして選別が進むんでしょうね。あと二日ぐらいここにいたい.....。


2004年06月28日(月曜日)

 (25:21)「蒸し焼きになりそうなほど暑い」とメールをくれた人もいましたが、そうですか、東京はそんなに暑いですか。ははは、札幌はすがすがしい。地元の人がどう感じているかは知りませんが、私には気持ちが良い。湿度も低いし、温度も適度。

 10時の飛行機で羽田を出て、札幌の市の中心部に着いたのは午後1時を回っていましたかね。飛行機に乗っている時間よりも、降りてからの移動の方に時間がかかった。北海道は久しぶりです。新千歳と札幌の間の道路の周囲は、相変わらず緑が多い。

 以前は見られなかった異様なものが。これです。道路を走っていたら、バス停に「札幌ドーム」という停留所があって、「どこだどこだ」と見ていたらしばらくしてその異様な姿を見せた。

 南から言うと福岡から大阪、名古屋、東京とすべてのドーム球場を見てきましたが、こんなに変わった形をしたドームは私には初めてです。名古屋のドームが一番大人しい。綺麗なのは東京ドームで、大阪は銀色に光っている印象が強いのですが、札幌のドームはなんと表現したらよいのか。福岡は駐車場が下に入っているので、大きいという印象。
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 札幌にはジェトロ主催・北海道庁後援の講演会に来ているもの。といってももう終わりましたが。まだまだ日本の景気の良さは感じられないが、これからどうなるのか、という問題意識だったのだと想います。貿易記念日だったそうで、その記念講演ということで。

 私は講演に行っても自分の話を終えた後は、その地の人々の話を聞くのが好きで、何かとこちらから北海道経済はどうなっているのかといった話を聞いていました。予想通り産業の核がない状態のようで、「東京で見られる明るさはない」という意見の人が多かった。問いつめていくと、北海道で一番の雇用主は道庁で、その次はJR、その次は北海道電力といった話が道庁経済部長の小林さんの口から出てきたりする。

 まあ彼が言っていた面白い話の一つは、「北海道のジャガイモを中国にもっていったら売れるかも」といった話で、やっと攻めの姿勢が北海道にも出てきたのかと面白かった。外目でものを言ったら怒られるかもしれませんが、北海道というのは要するに保護と公共投資で食べてきた面が強い。だから、この10年は一番厳しかった筈です。基幹銀行の北海道拓殖銀行も破綻した。

 だから逆にそろそろ再生に向けた自助努力が始まっても良いと想うのですが、相変わらず「中央依存」が強いのですかね。地元でこつこつと新しいことを試している方にもお会いしましたが、産業の核になるには迂遠な話が中心だった。

 東京にいるよりも、北海道の北の情勢に関してはさすがに面白い情報が結構ありました。サハリンの話など。網野史観に基づく地図が登場して、北海道を中心に地図を作ってみると、北海道というのは日本地図で見る「北のはずれの島」という印象ではない。この島の発展には、そういう従来にない発想が必要なんでしょうな。いつまでも「北の外れの島」では仕方ないでしょう。

 私が一つ話題にしたのは、日曜日の報道特集(TBS)でやっていた「北海道物産展」でしばしば見られるいかさまです。催事屋と書くのでしょうか、北海道産でもないものを北海道物産展で売っている人々、業者の話。「あれはどうなんですか」と聞いたら、小林部長が「知っています。悔しいので対処を考えています」と。そりゃそうだ。物産展に対するイメージは壊れかけているのだから道の方から対処しなければ。

 小林さんが面白いことを言っていたな。東京では「東武デパートの北海道物産展は大丈夫です」と。高円寺の人間にとって東武デパートは遠いのですが........。いや、東武デパートだけでもなくすべての東京におけるデパートの北海道物産展を真性なものにしてほしい、と思います。


2004年06月28日(月曜日)

 (07:21)あれ、第1試合はどうなったのかな、と朝起きて新聞のネットサイトを見たら、一つ読売新聞に「松井、15号満塁ホームラン」と。これはと思ってニューヨーク・タイムズのスポーツ欄を見たら、見出しは松井ではない。コントレラスが6イニングで10の三振を取る活躍をした、とある。

 コントレラスね....。あのでかい体で、また元キューバの最高エースで、ヤンキースが去年松井よりも多額の年俸(3200万ドル4年、松井は2400万ドル3年だったか)を用意して獲得した選手。しかしこれまではいけなかった。投球に安定感がなかったのです。突然崩れる。トーリ監督もさぞかし頭に来ているだろうな、いやスタインブレナーは激怒しているのでは、と思っていたら、サブウェイ・シリーズ第二戦での好投。

 記事を読むと、どうもコントレラスにとって非常に良いことがあったらしい。それは、奥さんと子供さん(二人のお嬢さん、11と3)の合流。今まではコントレラスは亡命してアメリカ、奥さんと子供はキューバ残留という具合だったらしい。コントレラスは奥さんと子供達への思いをこれまでも口にしていたらしく、トーリ監督も「コントレラスの不安定の一因は家族問題」と判断してきたという。

 ところが奥さんと二人の子供さんは先週日曜日に31フィートの小型ボートでキューバを離れ、次の日にフロリダ州の Big Pine Keyで米沿岸警備隊に救出されたという。コントレラスは先週火曜日にマイアミで家族と再会、木曜日にはコントレラス家はニューヨークでリユニオンしたそうだ。そして、第1試合は家族が見守る中でのコントレラスの投球。

 見ていないので知りませんが、新聞記事を読む限りはコントレラスの投球は素晴らしかったらしい。記事の中には、「Wigginton があまりにも打者を翻弄する素晴らしいコントレラスに頭に来て、バットを二つに折った」と書かれている。コントレラスが家族とのリユニオンで投球安定となれば、ヤンキースにとって心強いことです。

 金曜日の試合ではメッツの松井が大活躍。ヤンキースの松井もソロ・ホームランで活躍し、この二人がニューヨーク各紙のスポーツ欄を飾ったらしいが(私も何本か見ました)、土曜日ダブルの第一試合はメッツ松井は打棒は振るわず。ヤンキースの松井の方が活躍は目立った。ジータがソロ二本、シェフィールドもホームランのあと、つまり試合がほぼ決まった状態の8回に松井のHRが出たらしい。ま、ニューヨークの新聞の関心もコントレラスに向くでしょう。

 でも今朝の日本のテレビを見ると、松井も久しぶりにカーテンコールをやっている。日本時間の午前9時からの第二試合も面白いかもしれない。ま、私は飛行機の中で見られませんが。


2004年06月27日(日曜日)

 (08:21)ははは、「フーラッシュ・バック」。何がバックするかと言って、当時の顔、会話、シーン、そして想い。同学年320人のうち、90人が集まったのだそうです。前後や先輩の年次、後輩の年次を含めて、同窓会に集まったのは実に300人を超えたとか。同一年次が90人も集まったのは、恐らく110年の高校の歴史始まって以来とか。30数年ぶりですわ。

 むろん、この成果は幹事団とその応援団の努力の結果ですが、久しぶりに行く私のような身にとっては嬉しい。嬉しいを超えていますよ。日頃連絡を取り合っている増沢、丸茂、竹内各君以外にも、高校以来というすっごい久しぶりの人が多数。風の噂で消息をうっすら知っていた人に、実際に会えるのは実に楽しい。

 思い出す順ですが、近所に住んでいた堀田ご兄弟に会えたこと、高校時代にいろいろ一緒にやった小松さん、清水さんに会えたことが特に嬉しかったな。「おまえが...」という奴が大学教授になっていた例、田中知事に対抗して政治活動をして破れた垣内、その田中知事を当時は支持したものの、最近はげんなりしている同期。最近銀行を辞めた岩本....。幹事をした渋江、珍しい名前で忘れない一保。博士が何人もいたのには驚きました。

 挙げていけばきりがない。正直言って90人の同学年の当時の高校生が今の姿とすべて繋がったわけではない。顔が全然変わらない奴と、変わった奴と。小林なんて全然変わらないな。在野の経済学者の白鳥。名刺がいっぱいになりましたが、あとでしげしげと見るのが楽しみです。最近では一番楽しかったこの手の会合かな。そうそう、先生も3人見えられていました。

 私が出た高校は、以前日本テレビかなにかで「日本で一番校歌が長い高校」として紹介されたことがあるのですが、今回はその校歌の他に、応援歌、賛歌、学園祭の歌とまだまだあり、それに隣の女子校の校歌まで歌うのが習慣だったことを思い出しました。ははは。またこよ。おもろかった。


2004年06月26日(土曜日)

 (08:21)昨日で、退屈だった市場にもしかしたらお別れできるかもしれませんな。来週は本当に予定が目白押し。市場の人間にとって圧巻は、1日の朝でしょうか。

 日本時間の早朝に出るのはFOMCの決定です。これは多分、公定歩合の0.25%引き上げとなる。問題はそこに添付されて出てくる声明の内容です。金曜日に発表になった米今年第一・四半期の米GDP統計改定値は、事前の発表である4.4%を大幅に下回って3.9%になった。私の記憶では4%を下回る米成長率は久しぶりです。

 その前に発表になった同国耐久財受注も予想を裏切る数字。ちょっとweak spot が出てきたかな、という印象。消費のところです。これをFEDがどう考えるか。GDP統計で言うと、成長率は下がったものの、インフレ率は逆に上がっている。ま、FOMCは公定歩合(現行1.0%)を上げるでしょう。ポイントは、この動きは「引き締め」というよりは、「back to the neutral」の動きだ、という点です。今までのアメリカの金融政策は、デフレ懸念の「超緩和」であった。そこからの中立への戻しが始まる。

 1日の早朝のFOMCの発表のあと数時間後に、最新の日銀短観が発表される。だから、日本中の銀行で家に帰らず、ディーリング・ルームで夜を明かす人が出てくるでしょう。短観は伝統的に朝の8時台の発表です。1980年代の最後の高い数字以来の数字が出るのかどうか。市場はかなり強い数字を織り込んでいる。製造業大企業の業況判断で+17くらいを見る向きも多くなっている。

 ま1日、つまり木曜日の朝がヤマ場。そういう朝についでだから話題も多いしラジオ番組とかがあれば良いのですが、毎週私の出番曜日はTBSについて言うと金曜日ですから、また木曜日に話題出尽くしとなる可能性あり。そういえば、今週はネタ探しにTBSの若い連中が苦労していた。

 その一日前には、イラクの暫定統治機構からイラク人への政権移譲がある。6月30日です。主権者はブレマーからアラウィーへ。それまでにイラク国内の混乱はピークに達する可能性が高い。ポイントは金曜日の朝の番組でも言いましたが、攻撃がイラク国内のテロリスト対新政権の治安部隊になるなかで、イラク国民が何を選択するかです。生活、安定、それとも対米聖戦の継続 ? シーア派のサドル派はこうした中で「停戦」を行っているが、サドルがおとなしくなったのは明らかに民衆のサドル離れ。

 今のイラクには、世界各地から来たテロリストが反米の名の下に、また「聖戦」の名の下に自爆などテロ行為を続けている。そして、対象は米軍ではなく、明らかに新政府の治安部隊や警察になっている。つまり、純粋のイラク人。日本時間の金曜日にあった一連のテロ攻撃では100人以上の死亡が伝えられているが、私が知る限りでは米軍の死者はほんの数名。攻撃はイラク人に向かいつつある。いくら新政権の治安・警察と言っても、どういう人かというと生活のために職を求めた人である。

 そういう人達が殺され続けることに、ましてや海外から来たアルカイダの一派などの非イラク人に殺されることに、イラクの人々がどう反応するか。政権移譲最初の一ヶ月が私はポイントだと思う。

 で、週末2日は雇用統計。グリーンスパンが経済統計の中で何よりも雇用統計の中味を見ているのはよく知られている。多少GDPが落ちても、例えば時間当たり労働賃金などが上がり、かつ非農業部門の就業者数が過去3ヶ月と同じように大きな伸びになれば、彼は8月のFOMC以降も利上げ、つまり「back to the neutral」を続けるだろう。ではニュートラルな水準とは。今のインフレ率だと2%前後だと思う。つまりそれまでは、アメリカの金融政策は「引き締め」と報じられるかもしれないが、内容は「back to the neutral」です。来週はその他にも指標の発表などが目白押し。
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 私も出張モードですかね。今日はこれから長野県の諏訪に。出身高校の周年記念で短い講演のあと、市長さんとの討論。うーん、出身であるにもかかわらず諏訪地方についてはあまりよく知らない面がある。勉強してこようっと。日曜日はテレビもあるし東京に戻りますが、月曜日は久しぶりに札幌です。確かジェトロ北海道さんなどに呼ばれたような。


2004年06月24日(木曜日)

 (23:21)夕方銀座のアップルストアに。なぜって、私のiPOD が動かなくなってしまったのです。全く。どうやっても動かない。で、これは直接持って行くしかない、と。銀座二丁目の店です。

 丁寧に見てくれて、時間もかかりましたが、直らず。で、とっかえということになりました。ただで新しいのを頂きましたが、入れていた曲は消えた。まコンピューターから入れれば良いのですが。何が原因か分からないのですが、とにかくあんなに堅牢そうなマシンでも壊れるのか、と。

 音楽からの連想で行くと、今週の確か火曜日だと思ったのですが、Body And Soulに行ったらこのグループが出演していました。初めてでしたが、なかなか良かったな。凄い人で、若い女性が多かった。グルーピーのような連中が多かったな。ジャズのグループとしては珍しい。機会があったらまたゆっくり聞きたいと思います。


2004年06月24日(木曜日)

 (07:21)今朝の新聞記事では、日経金融の最終面「サムスンに揺れる日本株」が面白かった。日本の株式市場を見ている人なら誰でも、今の日本の市場の非常に重要なファクターが隣国・韓国の巨人サムスンの株価動向であることを知っている。サムスンがいかに韓国において巨人かについては、5月22日に筆者は以下のように書いた。韓国から帰った直後かな。

その韓国の製造業の中でも、サムスンの地位は圧倒的である。昨年は5分の一になったが一時は同社が支払う法人税は韓国の全法人税収入の四分の一を占めたし、同社は

「韓国の株式市場の時価総額の22%」
「全企業の純利益の25%」
「全輸出の16%」
「貿易黒字の三分の一」

 を占める。つまり韓国経済はサムスン依存が極めて高い(一方で、同社はデジタル家電、半導体、TFLLCD、携帯の四事業がよくバランスしていて、同社が突出しているだけであって他の韓国企業の影が薄いというわけではない、という意見もあった)

 サムスンの世界の業界に占める地位も非常に高い。機敏な行動、動かせる巨額の資金などなどで、日本勢にとっても非常に大きな脅威になってきた。一方で、経営決定の不透明性などが指摘されていた。この記事にある「サムスンと松下・シャープの株価」のチャートを見ると、サムスン株が2001年と2003年にいかに大きく上ぶれたかが分かる。松下とシャープの株価は地を張っているような動きに対して、サムスンはまるで空に駆け上がっているように見える。

 私が韓国に行っている間でも、韓国のビジネスマンの話題は63万8000ウォンにまで上がったサムスン株が40万ウォン台の下に落ち込んだことだった。私が冗談半分に「もうそろそろ買えるんですか」と聞いたら、皆が首をかしげていたのを今でもはっきり覚えている。まあそれからはあまり下がってはおらず今のところは反発基調のようですが。

 この記事のエンディングは、「ますますサムスンから目が離せなくなった」というどうでもいい常套文句になっているが、一つ言えることは、サムスンの株価が持つ意味は、ハイテク株全般、それに韓国経済を考える上で重要だということです。筆者はそういう観点からこの特異な会社の株価を見ている。


2004年06月23日(水曜日)

 (15:23)あまりにも暑いので、「何か涼しくなる手だてはないか」と考えていたら、最近見たDay After Tomorrowという映画を思い出しました。この映画は本当に涼しくなる映画です。

 最近のNHKで「全球凍結」という地球全体が凍った時期の話を特集でしていました。その中でも生命は生き延びた、という話でしたが、邦訳すれば「つい明後日に」というこの新作の映画は、地球温暖化が海流の流れを変えて、逆に急速に地球の冷却を巻き起こす危険性を予測している。科学的に本当かどうかは知りませんが、題名に「Day After Tomorrow」という非常に身近な、ごく近未来を示す単語を使ったのは、「そういう事態がそれほど急激に起きるかも知れない」ということを警告しているように見える。

 映画としてはまあありがちな、親子愛とかそういうところにテーマを落としてしまっていて、もっと科学的にどうなのか、という突っ込みが足りない。不満なんですが映画ではこんなところかと。特に損したとは思わなかった。

 「暑くてまいる」と言う人には、この映画を推薦します。兎に角、北半球が氷に閉ざされて、アメリカ人がメキシコに逃げるという話ですから。


2004年06月23日(水曜日)

 (06:23)深夜にケイタイに入ってきたニュースは衝撃的なものでした。理由はいかにあれ、罪のない人間の首を切り落として殺害するとは。野蛮極まりない行為といえるでしょう。

 韓国の友人達とは話していませんが、同国の人全員が怒りにふるえているのではないでしょうか。合掌。


2004年06月22日(火曜日)

 (13:29)午後一番に私の愛すべき、しかも出来の良い渡辺君から電話。「伊藤さんが最近資格の事を書いているので....」と。「なあに...」と言ったら、彼がこういうたとえを知っていますか、と。

資格と掛けて、足の裏にこびりついた米粒と解く

 その心は:取らないと気持ち悪いが、取っても食べられない

 なかなか良くできている。彼が作ったのではなく、誰かが言ったことらしい。掛詞となると、私はいつも次のを思い出す。ずっと前から知っているのですが、これも良くできていると思う。
今年の風邪と掛けて、○○さんちの夫婦関係と解く

 その心は:熱は冷めたが、咳(籍)は抜けない

 ま、例外はありますよ。どんな掛詞にも。誤解なきように。何かの目的のための第一歩として、資格を目指す人を私は応援していますので.....。こんな懸詞を笑い飛ばしながら資格取得に邁進しましょう。


2004年06月21日(月曜日)

 (18:29)金曜日に書いた日本の女性と資格取得傾向に関しては、何人もの方からメールをもらいました。私が書いた以外に女性が資格を求める気持ちを、自分の体験を含めて寄せてくれた方が多かった。むろん、男性からの意見もありましたが。参考になりました。

 と思っていたら、月曜日の日経新聞の社会面に『「食」の民間資格 女性食指』というなかなかうまい見出しの記事がある。業界関係者向けに想定して作った制度、資格に、主婦やOLらが殺到している、という記事。

 記事によれば、この食の民間資格取得に関しては、最近食の安全を疑わせるような事件があり(確かにありました)、自衛の為ということも理由として多いらしい。しかし、ここでも女性の資格取得意欲が示されているように思う。「野菜マイスター」「ソバリエ」などというあまり聞き慣れない名前が出てくる。最初はドイツ語のマイスター(名人、大家、巨匠)から、次はワインのソムリエから取ったものでしょう。

 ま、業界の人に言わせると元祖「ソムリエ」の資格に関しては、特に日本ではいろいろな問題点があるらしい。やたらにソムリエ資格を出す、しかも資格維持で年会費を取る。つまり、日本のソムリエを束ねる団体の維持に役立つシステムになっている、と批判する人は多い。あのブドウの房の金色のバッジは2万円だそうです。私がよく行くワイン・レストランのワイン専門家は、「私は日本のソムリエ資格は取りません」と言っている。日本のシステムは、我々顧客を向いているシステムのようには見えない。

 普通に考えても、世界中のワインは数知れない。地域といい、畑といい。それらは実は幅広く、深く知っている人は少ないでしょう。所詮フランスのワイン中心の知識になる。あちこちでよく飲んでいる人の方がよほど詳しい、ということも多いに違いない。ま、すべてがそうという訳ではありませんが、資格とは所詮その程度のものでしょう。

 しかし、では何もなくても良いか、というとそうでもない。欲しい人は欲しい。だから、スタート台として資格が欲しい人が取るのは、それはそれで結構なのです。問題はその後ですが。資格だけで威張られても困る。


2004年06月20日(日曜日)

 (06:23)心情的には連敗にもかかわらず懸命に頑張っている野茂を応援していたのですが、勝負としては松井の勝ちという結果。でも、かわいそうですな、あの松井のホームランはある意味では凄いが、ある意味では非常に松井にとってラッキーなホームラン。野茂にとってはきつい。

 引けて砕けた腰、しかしバットだけは頭がしっかり回って、そのバットにうまく球が乗った。そして飛び込んだのがライトのポール際の一番短い飛距離で入る場所。しかも、空中にある時に、外野ポール際のファンがもぎ取った。まあHRなんですが、実にきわどい。野茂にしたら、「なんで」と思ったような当たり。

 松井はあの当たり以外は野茂からの良い当たりはなかったので、投球としては野茂は勝っていた。6月の松井はどうも見ていておかしい。何か体が重いように見える。野茂も重そうですが。面白いのは、その体の重そうな二人が試合で出た二本のホームランを打ったこと。
 ――――――――――
 それはそうと、特に予定がないのにまかせて週末は続けざまに野球映画のDVDを見ました。金曜日に久しぶりに会った町田さん(映画関係の方)から頂いたベースボール・ボックスに4本入っていた。

  1. 「For love of the game」
  2. 「ナチュラル」
  3. 「フィールド・オブ・ドリームズ」
  4. 「さよならゲーム」
 「3」は映画を二回くらい見ましたかね。よく知っているが、他のはあまり記憶にない。それで他の3本を見て、もう一度見たかったので「3」を早送りしながら見た。泣けたのは「1」と「3」ですかね。驚いたのは、4本のうち3本がケビン・コスナーの映画だったこと。残る一本は、ロバート・レッドフォード。

 「1」について言うと、「そりゃそうだ」と。完全試合をやったときに、誰も一緒にいてくれない、誰もお祝いのメッセージもくれない。そりゃ寂しい。ま、彼はロンドンに行ったのでしょう。野球を辞めて。よかった。


2004年06月18日(金曜日)

 (18:23)今日日中でした。ある人と話をしていて、面白いことにはっと気が付いた。女性で通訳をしている人なのですが、久しぶりに「何しとんの...」と。そしたら、「また勉強を始めた」というのです。なんでも自分で通訳業を始めることが出来る国家試験が9月にあるので、それに合格するために外にも出ない生活をここ数ヶ月続けていると。

 「へえ、それに比べれば自分は何もしていないな......」と考えながら、「まてよ」って気が付いた。実は私の周りにいる女性、様々な分野の女性ですが、彼女らはほぼ例外なく、「他人に説明できる時間のかかる事」をしている。彼女は通訳の資格を持ち、それを業に格上げできる資格のための試験に備えているのですが、一級建築士を目指している人もいれば、司法試験を目指している人もいる。MBAを取り終えた人もいれば、ワインの勉強を続けている人もいるし、料理を学んでいる人もいる。バレーやボクシングに打ち込む人もいる。留学を狙っている人もいれば、ファイナンシャル・プランナー希望者で勉強を始めた人も知っている。それが全部、女性なのです。

 で、これは非常に重要なのだが、私の周りで「何か資格や趣味のために人様に説明できる時間を使っている男は...」と探してみると、一人もいない。実に見事に、私を含めて。で、「これはいったい何だろう」と考えたのです。通訳の彼女も言っていた。「周りの人が皆言うんです。日本の女は勉強好きだ.....って」と。

 どうして今の日本では、男と女でこうも違ってくるのか。それとも、私の周囲が例外なのか ? 考えてしまうのです。経済合理性から言えば、資格を目指す人が多ければ多いほど、その資格を取ることは難しくなるし、資格の枠が広げられれば、資格の持つ経済的価値は通常減価する。例えば、司法試験は私が知っている時には年間500人しか受からなかった。しかし、現在はその倍以上は合格している。通常考えれば弁護士希望者が増えるから、弁護士同士の顧客獲得競争は厳しくなる。この状況下で弁護士を目指すとなれば、必ずしも経済合理性が高いとは言えない。結局最後にものを言うのは、対人関係や対外交渉能力であって、資格そのものではない。食えない弁護士、いつ警察に逮捕されてもおかしくない弁護士は山といる。

 それでも、私の周りの女性達はほぼ例外なく、「これになりたい」と勉強をしている。へらへらとただ単に時間を過ごしている人は少ないのです。私もそういう人に接すると、「資格取ってこの人達はどうなるのかな....でもま頑張ってね」と思う。周りの男には殊勝に資格を狙って勉強している人間なんていやしない。

 一つこういう事はあるかもしれない。男は社会的に活躍している事が、直ちに肩書きになるからあえて資格なんていらないということ。出来が良かろうが悪かろうが男の名刺には何かしら役職が付いている。それはある意味で資格に等しい。対して女性は、例えばアナウンサーであれ、時間の経過とともに自分が活躍できる場が狭まることを自覚している。だから若いうちから、「あれやこれや」とやりたがるし、事実やり遂げている人を知っている。女性は通常は肩書きは男に比べて低い。だから資格で自らの引き揚げを図っている、とも言える。

 また過去と比べてみると、どう考えても出生率が1.29に下がった今の日本では、女性は結婚していようがしていまいが、桁外れに多い時間を自分のものとして過ごせる。昔の女性に比べてです。子育てはすこぶる time-consuming だ。その状況から善し悪しの問題は別にして解放されているとしたら、自分の為に使える時間の長さは膨大だし、何もしなければ女性はその時間の長さに潰されそうになるに違いない。

 男の時間の使い方がしばしば惰性的、付き合い的であるのに対して、女性の時間の使い方は見ていると勝手的、非集団的である。つまり、個が表に出る。個が究極的に個を社会的存在として認知されやすい形で主張しようとしたら、社会的に認知された資格が一番良い、とも言える。私の周りを見ても、資格を欲しがる女性ほど、自己主張的、負けず嫌いタイプが多い。それは悪いことではない。

 では資格を取りさえすれば彼女らはハピーになるのか。とりあえず、自己満足は得られるだろう。それを目指したのだから、とれないよりはよい。しかし、資格がもたらすメリットを十分に、そして社会的に享受しようとしたら、そのためのハードルはまたいくつもある。留学して帰ってくれば会社や大学が大事にしてくれると考えるのは早計だ。資格は社会的に能力を発揮するためのたった一つのハードルにしか過ぎない。

 それは分かっているはずだが、それでも私の周囲の女性はほぼ例外なく「目的」を設けて歩く。牛歩のような人もいるが、中には素早い人もいる。対して惰性的に時間を過ごしがちな男は、見ていても組織から離れる時にはひどく動揺する。女性にはそれがほとんどない。彼女たちは最初から個的存在なのだ。そのために早めの準備をしているように見える。今の日本で、「性」としての勢いが女性にあるのは十分に頷ける。

 で半分冗談で思うのです。日本の女性がそれほど勉強好き、資格好きなんだったら、「子育て一級」とか、「子育て二人済み級」とかの資格を作れば、彼女らは案外チャレンジするかもしれないな.....と。見ていると、女性の資格取りは子育てと同じくらい time-consuming なケースもある。資格という果実と、ある程度成長した子供という果実のどちらが満足できるかは、その人の価値観だから何とも言えない。

 しかしそれにしても、今の日本の男の生き方と女性のそれはあまりにも違っているのである。それが面白い。


2004年06月18日(金曜日)

 (08:23)「たった40〜50万ドルのコストで、アメリカなどに与えた経済的損失は950億ドル....」米議会独立調査委員会が木曜日に発表した報告書(最終報告書は来月発表)は、9.11テロの凄まじい影響(テロリストにとっての効率性)や、それに携わったアルカイダ内部の人の動きを見事に浮かび上がらせている。「Initial Qaeda plan called for 10-jet attack on 2 coasts」(IHT)などの一連の新聞報道は、まるで小説を読むように興味深い。

 一読して分かることは、アルカイダという組織が本当に柔構造だ、ということだ。首領とされるビンラーディンの言うことも簡単に覆される、テロの実行犯となって死亡したメンバーを含めて実に自由に意見を出し合って実行計画が決められていくのである。ラジオ番組でも言ったが、これは撲滅に容易ならざる組織だと言うことが鮮明だ。私が日本の新聞に掲載されきれていない部分を含めて興味深いの思った点は、以下の通りです。

  1. 2001年9月11日に実行された同時多発テロは、オサマ・ビンラディンの計画ではもっと早い同年5月とか6月に予定されていた。それが11月に延期されたのは、攻撃目標に当初入っていた米議会が開催中が良いというメンバーの意見で、半年ほど延期されたからである。当初ターゲットには米議会の他に、CIA、FBIなども入っていた。実際に攻撃されたのはワールド・トレード・センターや国防総省だったが、アルカイダは当初は遙かに広い攻撃目標を持っていた。米西海岸のビル、シンガポール、韓国、日本の米関連施設(大使館など)も入っていた。攻撃の広域性、世界に与えるショックの大きさを狙ったからである。しかしアジアでの計画は、ビンラーディンの「世界同時は難しい」という判断で実施されなかった

  2. しかし、攻撃目標を絞り込む中で、しばしばビンラーディンの意見も覆されるなどして最終的目標が決まっていく。ビンラーディンは当初ホワイトハウスをターゲットとしようとしたが、実行犯が「ホワイトハウスは物理的に小さすぎて、攻撃するのに難しい」と主張して対象から外された。またビンラーディンは当初ワールド・トレード・センターの攻撃に興味がなかったが、モハンメドが強く主張したのでそれが通ったといった経緯があった。つまり、アルカイダは非常に緩やかで、自由な主張が出来る組織だった。ビンラーディンが全てを仕切っているわけではない

  3. そうした中で、「ロシアのミサイル発射基地を押さえ、そこの科学者を脅してアメリカにミサイルを撃ち込む」「イランのユダヤ人居住区を狙って毒ガスをまく」「航空機をハイジャックして、それを空港ターミナルや都市の街路に墜落させる」など実に自由に、かつ奔放にテロ計画を考察した形跡がある

  4. 一連のテロ計画の噂がアフガニスタンで広がるにつれて、タリバンのオマル師は数少ないタリバン承認国であるパキスタンなどを怒らすことを警戒して、大規模テロには消極的になっていた
 などが書いてある。この文章を読むと、アルカイダがあまりにも緩やかな、自由な発想を持つ組織であって、ビンラーディンを捕まえたらあとは大丈夫、とは言えない組織であることが分かる。あとは、日本の新聞に載っているような「アルカイダとイラクとの関係はなかった」といった主張が掲載されている。

 この報告書は調査委員会が10カ国で1100人にインタビューして、さらに政府の極秘文書を参照して作成されたという。だからどの程度まで全容が明らかにされているのかは不明だ。しかし、それであっても報告書としては興味深い。来月の最終報告書の公表が待たれるし、当時のテロ組織内部の人の動きを振り返る上でも興味深いものになっていると思う。


2004年06月18日(金曜日)

 (08:19)17日のロンドンFTの一面トップはちょっと変わっていた。事件でも発表でも何でもない。世界最大の債券ファンドであるPIMCOのファンド・マネージャー、ビル・グロス氏と同紙とのインタビュー。その見出しが、「Outlook is the most uncertain in 20 years」というのです。最初見たとき、「変わった一面トップだな」と思った。

 有力な人で、昔のヘンリー・カウフマンのようにその人の言葉故に市場が動く、と書いてある。へえそうなんだ....と思いながら読んでいくと、特に珍しいことを言っているわけではない。「(世界経済は)債務過多だし地政学的なリスクもある、かついくつかのバブルもみられる。よって世界は極めて不安定な環境に置かれており、こうした状況はいつ何時危機に発展するかもしれない...」と彼は言っている。「いつ何時何かが起きる可能性は、今が過去20年、30年で一番高い」と。

 同氏は世界的な「levered な国」(債務の多い国)として、日本とアメリカを挙げ、具体的には消費者債務、企業債務、国家債務を指摘して、「金利のほんの少しの動きが、増幅的なインパクトをもたらし、ボートをひっくり返す可能性がある」と指摘する。ま、そりゃそうなる可能性はある。さらにグロス氏は、商品市場とイギリスの住宅市場、それにアメリカの通貨であるドルに「バブル」が見られと指摘する。

 前二者は比較的素直に頷けるとして、ドルのバブルとは何か。彼は「今のアメリカのドルは、日本と中国というよそ者によって支えられている。中国と日本はいつかスタンスを変える。今のドルは本来の価値から20%ほどアジア通貨に対して過大評価されている」と指摘する。グロス氏は、「世界が不安定になっているのはヘッジファンドのせいであるとして、その中身を見ればヘッジファンドは銀行と同じこと、つまり短期借りの長期運用を行っており、銀行が規制されているのなら、basically unregurated banks とも呼ぶべきヘッジファンドも規制されるべきである」と述べる。じゃ、債券ファンドとしてのPIMCOは何をしているのというと、アメリカからは資金を抜き、イギリスやドイツに資金を置いているのだと。リフレの先を行き、イギリスやドイツはインフレの打撃が小さい、と。

 この記事を読んだ私は、「まあそういうこともあるかもな...」ということに加えて、「こういう慢心に警戒を示す見方があることはむしろ健全なことだ」と思いました。市場を見ている人間として言えることは、「慢心」こそ危険で、市場の崩壊的変動をもたらしかねない。油断大敵なのです。グロス氏の言っていることは当たっている面も確かにある。しかしだからといって、世界経済がそのまま大崩れするような危機が直ぐに来るかというと、そういう気もしない。全体的に言えることとしては、グロス氏が提示したような警戒感がある方が健全なのです。
 ――――――――――
 それはそうと木曜日は私にとって「韓国デー」でした。韓国の旧知の知り合いである記者さんの洪さんがいらっしていて、昼飯後に東京駅で待ち合わせて一時間くらいしゃべった。彼は日本経済に関して取材に来ているのです。もっぱら聞かれる役割でしたが、つい行ってきたばかりとはいえ、韓国経済に関しても聞いた。「大変ですよ」と洪さん。と思ったら、夜7時30分からのラジオ放送の「アジア・レポート」は、JETROアジア経済研究所領域研究センターの安部誠さんとのインタビューでした。

 韓国からの経済ニュースはちょうど日本の反対側に位置する。日本の短観に相当する韓国の調査でも景況感は悪化しており、同国において企業の設備投資意欲と実際の設備投資は減っている。消費者は300万人(韓国の人口は4600万人)のカードローン返済困窮者を抱えて景気の担い手になれず、株式市場を見ると肝心要のサムスンの株価がLCD市場の先行き懸念で急落。

 ほんの数年前を見ると、アジア危機をIMF管理下で乗り切ったように見えた韓国は、構造改革で日本の先生であるかのような印象が強かったし、日本でそう解説する人も多かった。大胆なリストラ、財閥に対する大なた。しかし、韓国経済は2000年代に入って力を失い、今は世界的な景気回復、中国という需要の海の存在にもかかわらず、呻吟している。「なぜ」というのがテーマなのです。

 IMDなどは「労働市場」に韓国経済の課題の一つを見つけようとしている。しかし安部さんは、「外の世界の人は、韓国の労働問題に関心を払いすぎるし、韓国の抱えている問題を労働問題に帰しすぎる」と指摘する。政権の政策のブレ、盧武鉉政権の中にある勢力の、旧態依然とした経済運営の考え方などなどいろいろ問題があるのでしょう。サムソンこければ皆こける、という韓国経済におけるガリバー問題もある。

 韓国に関してよく言われるのは、「1万ドルの壁」です。97年のアジア危機の時も、韓国の一人あたりGDPは1万ドルに接近したところで落ちた。今回もまたそのレベルで韓国経済は不振に直面している。日本のそれは3万6000ドルくらいです。はるかに高い。1万ドルを綺麗にクリアできるかが、韓国経済にとっての大きな課題なのです。しかし今の韓国経済の不振では、「素早くバーをクリアした」とはなかなか行きそうもない、「なぜなのか」が暫くの課題です。


2004年06月17日(木曜日)

 (07:19)水曜日でした。朝登録のない人からケイタイに電話。「誰だろうな...」と思って出たら、銀座のITO-YAさん。「2本だけ見つかりました...」と。嬉しい電話でした。

 時計とペンが好きと以前書いた中で、「好きなペンにL-456とL-459があったが、メーカー(ラミー)が製造を中止してどこにもない」と書きました。なくしたのです。ラミーの三色ボールペンで、シャープな印象が好きだったのです。他の店で「もうない」と言われてもずっと探していて、最後に銀座のITO-YAさんに頼んでいたら朗報。

 実は最近この店によく行くのです。結構面白いものがある。干支のケイタイストラップとか、自分が生まれた年のコインをアレンジしたストラップなど。ちょっと変わったものがある。デパートに行っても必ず文房具のコーナーには顔を出すのですが、ITO-YAさんも面白い。

 今度はなくさないようにしないといけないな...と思いながら店を出ようとしたら、店員さんが鉛筆を二本くれた。「何ですか」と言ったら、実は今日(6月16日)が「創業100周年」です、と。なるほど

 いや、17日の今日行ったら鉛筆を頂けるかどうかについては、知りませんよ。


2004年06月16日(水曜日)

 (07:09)グリーンスパンという人間は面白い。これだけ長くFRBの議長をやっていても、実に素直なんですな。昨日の再任承認のための議会証言で一番気に入った部分は以下の処です。

 However, despite extensive efforts to capture and quantify what we perceive as the key macroeconomic relationships, our knowledge about many of the important linkages is far from complete and, in all likelihood, will always remain so. Every economic model, no matter how detailed or how well designed, conceptually and empirically, is a vastly simplified representation of the world that we experience with all its intricacies on a day-to-day basis. Policymakers have needed to reach beyond models to broader--though less mathematically precise--hypotheses about how the world works.
 まあこれだけ素直にいわゆる「経済モデル」の不備を最初から言える人は少ない。モデルに従って説明をし、「それで終わり」と事を済ませる人が多い。彼は結局「街のエコノミスト」なんですな。それが彼が好きな理由です。

 議会での準備された発言はこの場所以外は面白くない。議員とのやり取りなどで、以下の発言をしたとウォール・ストリート・ジャーナルには書いてある。備忘のために残しておきます。

 Mr. Greenspan didn't comment specifically on the consumer-price report but said that the Fed's "general view is that inflationary pressures are not likely to be a serious concern in the period ahead." That's partly because of slack in the economy, as evidenced by relatively low level of business inventories as compared to sales. But he quickly added that the Fed was regularly searching economic data to see if its view was too sanguine. "If our judgment as to how the economy is going to evolve and how inflation is going to evolve turns out to be mistaken, we will change," the Fed chairman stated.

The Fed's "central focus," when it comes to economic activity, he said, is the cost of labor, which makes up about two-thirds of business costs. A combination of a "slightly quickening pace" of wage increases and a diminished increase in productivity -- workers' output per hour -- have begun to push labor costs upward, Mr. Greenspan said, but "those increases are still modest."

 原油とかは激しく動く。FRBが見ている「central focus」が「cost of labor」というのを改めて強調しているのが良い。賃金が上がり始めたら、それはインフレが本物になる可能性大ですよ....と彼は言う。アメリカの金融政策を見る上での、「central focus」だということでしょう。


2004年06月16日(水曜日)

 (06:59)中国の問題を取り上げ続けている関係もあり、また火曜日も夜に中国経済に関する勉強会をしたこともあって今朝の日経の朝刊には目が行きました。「中国、過熱投資に減速感」という記事。それによると  

  1. 中国の5月の輸入量は鋼材が前年同月比30.2%の減少(213万トン)
  2. 同鉄鉱石が同4.3%減の1322万トン
  3. 大豆が同46.2%減の84万トン
 となったという。あとウォール・ストリート・ジャーナルには中国の5月の自動車販売台数が4月に比べて19.4%減少した、とのニュースもある。中国の自動車販売が減少するのは、二ヶ月連続。4月は3月比2.7%の減少だったので、減少が加速している。

 12日に書いたように、中国では既に鉱工業生産、固定投資、通貨供給量、銀行貸し出しなどが5月に大きく減少している。一連の統計に関連して中国政府は「マクロ管理政策が初歩的な効果を表し始めた」と言っているという。

 それに関連するニュースとしては、同じニュースの続きとして、「日本の建設機械各社は中国での生産を減らす」との記事がある。4月以降の需要の減少を受けたもので、コマツは既に主力工場で操業時間を短縮し始めたという。

 中国の景況の変化は速い。昨日の勉強会でも一人の講師は「中国経済は過熱」と強調していた。もっと新しい数字を把握して貰わないと。違和感があったので.....。最近の数字や私の意見はぶつけておきましたが。


2004年06月15日(火曜日)

 (06:34)週明け軟化したニューヨークの株式市場の市況記事を読んでいたら、またまた「Lingering Interest-Rate Fears」(根強い金利引き上げ不安)という単語が出てきました。実際のところ、米債券市場では午後になって相場が急落して、指標債券の利回りは10年債が4.87%に、30年債が5.53%になった。ともに大幅な債券相場安、利回り上昇である。

 このウォール・ストリート・ジャーナルの市況記事を読んでいて面白かったのは、先日も紹介した中国5月の消費者物価の4.4%上昇がきちんと書き込まれていたこと。週明けの日本の株式市場は既にこの統計が金曜日の段階で出ていたのであまり気にしなかったのだが、ニューヨークは3連休明けでこの中国の数字が目新しかったからでしょう。それにしても、今後中国の数字がアメリカの株価にも響くことが増えるのではないか。

 中国のインフレ率の分析は、ここに置いた文章に委ねますが、言ってみれば非コアの部分の、つまり食料品など価格変動の激しいアイテムの価格上昇が主因。だからそれほど気にする必要もないと思うのだが、例えば中国の新聞が「中国の利上げは6〜8月の物価統計を分析して...」などと出ると、またまた心配になる、という展開。

 アメリカの市場で改めて利上げ懸念が始まったのは、実は上記文章に書いておきましたが、「今の市場のコンセンサス」を揺さぶるFRBの戦略にも一端があるように見える。グリーンスパンに続いてアトランタ連銀のグイン総裁が、「前回のFOMCでのFRB声明にある measured の単語の意味は、誓約ではなく計画」と言ったから、それを巡る思惑が先行した。

 実際のところまだ頭の体操の世界の話しだが、6月の利上げ幅が0.5%になる可能性を検討しておいた方が良いかもしれない。このことも、6月14日のレポートに書いた。市場予測に慢心は禁物だ。グリーンスパンとグインの二人は、「慢心しなさんな」と言っているように見える。しかし肝心なことは、たとえ6月29/30日の最初の利上げが0.5%になっても、その後の利上げが足早なものになる、とは限らないということだ。


2004年06月12日(土曜日)

 (17:34)中国からの朗報、つまり過熱投資(それに一部の景気過熱)の鈍化を示す数字の発表がありました。日本の新聞にはあまり載っていないが、これは世界経済の先行きを考える上で重要です。この週末に発表された統計は以下の通り。

  1. 5月の鉱工業生産は対前年同期比17.5%という伸びだったが、これは4月の19.1%を大きく下回った

  2. 5月の固定資産投資(fixed-asset investment)は対前年同期比18.3%伸びたが、これは4月の34.7%を大幅に下回った

  3. 中国人民銀行によると、同国で最も広義の通貨供給指標であるM2の伸びは、5月末現在で17.5%と、4月末の19.1%を大幅に下回った

  4. 5月の人民元建ての銀行融資の対前年同期比の伸びは18.6%で、4月の19.8%を下回った
 前二者の統計は、投資や生産が5月に大きく伸びを落とした、ということです。FTのインタビューを受けたクレジ・スイスの中国エコノミスト Dong Tao氏は、「これらは、中国経済が本当の意味で大きく鈍化していることを示す最初の、そして確かな証拠である」と述べている。残る二つの統計は、投資や生産の現在の鈍化と将来の姿を示す、金融面の統計と言うことになる。

 世界経済に占める中国の立ち位置は、アメリカをトップにランキングすると急速に上位に上がっている。世界のGDPに占める中国の割合はモルガン・スタンレーによれば3.9%。これは現行為替レート基準。遠くない将来に予想される元の切り上げでは、この割合は直ちに上がる。現行3.9%は先のサミットに参加したイタリアとかカナダを大きく上回る。日本は13%前後だと思った。

 世界経済の成長に占める中国の割合は全体の成長を100とすると15%に達している、との見方もある。であるが故に、中国は世界の資源、商品市場に大きな影響を与えてきた。同国の原油輸入の急増は同価格がバレル40ドルを上回る水準にしばらくとどまる大きな原因の一つだったし、昨年の統計では中国は世界の鉄鉱石供給の27%を、セメントの40%を消費したと言われる。

 この中国の成長が鈍化することは、今の世界にとっては朗報である。中国需要、それにそれを口実にした投機資金の集中もあって上がっていた世界の商品価格は、沈静化に向かう可能性が高いし、持続可能性という面からも今のペースでの中国経済の拡大は鈍化が望ましい。中国では既に電力などの不足が顕著で、このままではインフレ発生が必至で、「バブル→破裂」という展開を辿りかねない。中国経済の急速な鈍化は、中国を持続的な輸出市場、投資市場としたい世界各国の企業、投資家にとっては望ましくない。

 5月に出てきた各種の統計は、中国政府が4月から実施している一連の引き締め措置(預金準備率引き上げ、裁量的・選別的な融資コントロール)が、実を結びつつあることを示している。それがそのまま中国経済の「soft landing」に結びつくかどうかは不明だが、その可能性は出てきたと言える。何せ世界各国の企業は、昨年だけで2220億ドルの輸出を行った。これは1994年の420億ドルからは大きな伸びである。この伸びは多少落ちるかもしれないが、中国経済が破裂して輸出が激減するよりは良い。つまり、世界経済にとって良い。

 中国はこの週末にもう一つの統計を発表した。消費者物価指数である。5月の同指数は、年率で4.4%と過去7年ぶりの高い伸びとなった。同国の消費者物価指数はこれで18ヶ月連続の伸び。今年1〜3月は2.8%、4月は3.8%の伸びだった。中国のインフレ率は加速していることになる。

 5月の統計を見ると、年率でのインフレ率上昇の主因は食料品価格の大幅上昇が背景。年率で見て穀物価格は32.3%、食用油は24.6%、果物や鶏卵が約20%の上昇となっている。つまりアメリカで言うと、コアでない部分での上昇がインフレ率上昇の原因となっている。対して多くの産業資材の価格は下落した。つまり、統計ほどには中味は悪くない、ということだ。ではなぜ変動が激し食料品、食用油などが大きく上がったのか。一年前のSARS騒動を想起すれば理解が速い。それほど懸念することはない、ということだ。
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 それにしても自分でこういう文書を書きながら、つくづくと中国という国の重要性の増加を思ってしまう。中国のインフレ統計の中味まで分析するようになるとは、つい数年前には考えなかった。今後は、「世界の統計発表」の覧に、中国の重要統計の項目を入れて欲しいものだ。

 アメリカでのサミットは、こんなに重要になった中国を排除して行われた。金曜日の朝のラジオ番組でも言ったが、経済問題の討議が実質的には全く行われなかったのは、ある意味で当たり前だ、ということだ。なにせ一番肝心の国が出てきていない。来年はイギリスでのサミット。インドを含めて、世界の図式は大きく変わりつつある。


2004年06月12日(土曜日)

 (04:34)金曜日は珍しく早寝して土曜日の早朝に起きたら、ちょうどCNNでレーガンファミリーがカリフォルニアに帰るために飛行機に乗り込むところでした。左手を兵士の右手にかけたナンシーさんがゆっくりと進む。右には傘を差す兵士を従えている。

 タラップを上がって眼鏡をかけたまま見送り者の方を向いて手を振り、そして投げキッスをし、そのうえで眼鏡を外してもう一度挨拶をした彼女。この眼鏡を外す行為が記憶に残りました。この人はどこか毅然としている。お歳は取りましたが。

 CNNのアナウンサーが「完全な中継を5時間続けましたが」といっていた。ということは、日本時間の10時過ぎからやっていたということですか。その全部には付き合えなかった。ま、最後が見れて良かった。携帯に入っていた速報によれば、正式な国葬が始まったのは日本時間の午前零時過ぎからだったそうで、まさに11日のアメリカはレーガン一色だったのでしょう。

 しかし、レーガン国葬の中継が終わったと思ったら、CNNはレイ・チャールズを「Losing a legend」という形でやっていた。本当に「legend」でしたよ。こちらは形式張らずに明るい。友達がCNNに二人出てきて、思い出話をする。アナウンサーはそれに馬鹿笑いをする、という進行具合。レーガンが93才なら、レイ・チャールズは73才で天国に召された。二人のアメリカ人に改めて合掌。


2004年06月11日(金曜日)

 (05:34)アメリカでは、このところ立て続けに良い人が亡くなる。先日はレーガン元大統領だった。今度はレイ・チャールズ。ラジオ放送のために早起きしていたら、ケイタイに速報が入った。直ぐにipod を取り出して

Georgia of my mind
I cant stop loving you
Unchain my heart
You are my sunshine

    ↓

Ellie my love

 とベストアルバムを聞けるだけ聞きました。惜しい人を亡くしました。合掌。


2004年06月10日(木曜日)

 (06:56)これは朝日新聞の抜きなんですかね ? 日本の2003年の出生率が政府想定を下回って1.29になったという記事を読んで、「ああ、韓国より上じゃ」と。韓国はいつの統計か知りませんが、1.17と最近行って知って帰ってきた。だから、まずそれと比較した。

 韓国より上だと言っても、日本の出生率が1.30を下回ったことは戦後なかったから、騒ぎになるんでしょうね。欧州の先進国では、既に出生率は底打ちから上昇になっている。

 政府が年金システム構築に当たって前提にしているのは、現在から上がって50年後には1.39近くに回復する、となっていた。政府見通しでは03年は1.32の筈だった。つまり、「日本の出生率は、政府見通しより急速に低下している」ということになる。

 政府は「いろいろ施策は施している」と言うでしょう。しかし、私の身の回りにいる女性達、それに男性達の動きを観察していると、どうも近々には上がりそうもない。だいたい、結婚しない。しなくても子供が産める人、生まざるを得ない人はそれほど多くないから、まずは結婚のペースが上がらないといけない。しかし、私の身の回りで結婚が増えている兆候はない。だとしたら、出生率が上がることはまずない。

 結婚するしないは、個人の自由であって周りが何かを言うべきではない。今の若者だって、「それが楽しい」「それが自分のやりたいことをすることの障害にならない」「その方が有利」となれば、結婚するでしょう。今はそういう状況が整っていない、ということです。

 それは時代というか、状況ですから一朝一夕には変わらないかもしれない。しかし、子供は旧暦で10月10日、現在の歴だと10ヶ月くらいで出来る。一年かからない。そういう状況になれば、また戦前のようにそうすることが普通であるような意識が世の中に広まれば、出生率は急速に上がる可能性がある。

 年金議論とのからみで言うならば、出生率はいかようにも変化する。前提は置かねばならないだろうし、置くんだけれども、置いた上で負担と給付の両方、つまり入り口と出口の両方を約束するやり方は前提として間違っているんでしょうね。だって、その中間にある変数(例えば出生率)が分からないから。

 負担率とか給付率はどちらかは固定できる。しかし、両方固定して国民に「こうしましたから」というのは、無理な話でしょう。素直に、どちらかをオープンにして、「多分こうなるが、分かりません」というのが正直で、逆に説得力があるというものです。


2004年06月09日(水曜日)

 (07:23)日本時間の早朝に、国連はイラクに関する新決議案を全会一致(15−0)で採択。イラクに関する世界の意見が一致したのは実に久しぶり。新決議案は6月30日にイラク占領を終わらせ、同国の暫定政府に「完全な主権」(full sovereignty)を与えるもの。新決議案はまた、アメリカ主導で現在16万人いると言われる多国籍軍が、平和をもたらすためイラク軍とのパートナーシップの下に、必要なあらゆる措置(all necessary measures)を取ることを承認した。

 シーアイランド・サミットの直前のこの新決議案は、ブッシュにとっては勝利でしょう。彼は「国連の決議は、非常に良い決議だ」と述べた。しかし、この決議案が具体的にどのような変化をイラクにもたらすかはよく分からない。フランス、ドイツ、ロシアなど、アメリカのイラク統治方法を批判してきた国々も賛成した。決議案は、より多くの国に軍隊の派遣を求めている。

 しかし、ではこの新決議案を受けて、フランス、ドイツなどがイラクに軍隊を派遣するかというと、それは望めない。フランスは新決議案に賛成を投じながらも、「新決議案には問題が残っている」(フランスの国連大使)と述べて、軍隊を派遣する気のないことを明確にしている。

 新決議案の中で一番目を引いたのは、イラク政府に多国籍軍に同国からの撤退を要求する権限を認めたこと。ただしイラク政府に権利はあるが、現在のところそれを求めるとは考えられていない。イラク政府の国連大使などは、「多国籍軍に残留を求める」と述べている。

 多国籍軍には、現在イラクにいる自衛隊が加わる。小泉首相の訪米先での発言をベースにするならそうである。しかし、これは問題が多いと思う。これから国内で議論が起きるでしょう。多国籍軍の任務に「復興・人道支援」が加わったものの、自衛隊の持つ制約が多国籍軍の中でどういう形で傷害になるのか、迎える方はどう考えるかが不明だから。

 何よりも、イラクの人々がこの決議案を受けた状況をどう受け止めるかが重要だろう。一年以上混乱しているイラク。反フセイン、反米の熱気も徐々に冷めて、人々の心に平穏と平和を求める気持ちは強まっているとも予想できるが、だからといって直ぐに事態が沈静化するとも思えない。一歩前進だが、まだ道のりは遠いと考えられる。


2004年06月08日(火曜日)

 (07:23)前回このグループのコンサートを聴いたのは、4月5日でした。でも飽きないんですよ。昨日も行きました。新しいCDも出たし、またまたその歌のうまさに感心しました。アンコールが止まなかったな。

 グループは岩瀬明美と東京トライブ、コンサートの会場はこれも前回と同じBlue Jay Way。サイトにもまだ載っていないが「春よ恋来い」というアルバムを出したのです。

 このグループは最近では、NHKの「日本の歌」にも出た。確かBSの歌番組だったと思った。遅咲きのグループですが、歌唱力は素晴らしい。砂利タレの訳の分からない歌とは全く違う。日本の心を歌っている。本物です。
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 ところで、昨日でしたが今年の7月から始まる2004年度夏講座のパンフレットが送られてきました。この学校ですが、私も今年の秋は全5回(9月28日から毎週火曜日で10月26日まで)で講義をする予定で、大妻女子大は18〜19才のお嬢様相手であるのに対して、早稲田の講義の相手は社会人。ちょっと楽しみ。

 私の講義は「伊藤 洋一のグローバルエコノミー特講」(310200)というのですが、他の人の講義名を見ると、国際金融情勢(310129)、マネー運用講座(310191)など。マネー運用講座は、私をずっとこの講座での講義に誘ってくれていた内藤君の担当。あれ、同じ火曜日の同じ時間。ということは、ま、何回かは終わったら飲みに....ということでしょうか。


2004年06月07日(月曜日)

 (21:49)アップ情報です。5月の下旬に韓国に行った時のまとめをhttp://www.ycaster.com/chat/2004korea.htmlに、また3月と4月に訪れた中国に関してはhttp://www.ycaster.com/chat/2004china.htmlに写真ともども掲載しました。

 1996年にサイトを作って以来、chatのコーナーは追加をずっと続けていますが、まそれほど重くもないし、当面このまま続けます。自分で読み返しても結構面白い文章がある。まだな方はどうぞ。


2004年06月06日(日曜日)

 (07:49)昨夜寝る時に「急激に容態が悪化」という記事が小さくあったので気になっていたのですが、朝起きたら「死去、93才」と。80年代のアメリカ大統領、ロナルド・レーガン氏である。記憶に残る大統領でした。合掌。

 レーガン氏が私にとって鮮明に記憶に残っている理由は、彼が70年代後半の米大統領であり、ピーナッツ農場の経営者であったジミー・カーターを打ち破ってちょうど大統領に当選した年に、アメリカに居たからです。カーターとレーガンの大統領選挙は1980年で、私のアメリカ駐在の最終年。

 カーター大統領の実質最後の年である1980年は彼の人気が非常に低かった時でしたが、一方でレーガンが共和党の大統領候補になる、そしてなった段階でも、「二流の俳優上がりが....大丈夫か」と言われたものだ。確かカリフォルニアの州知事はやったことがあるが、「(レーガンは)大統領は無理だろう」という人が多かった。しかしあの段階では、敵失が大きかったと思うのだが、レーガンはカーターを圧倒的な票差で破った。それが1980年の11月です。私が帰国する一ヶ月前。

 私の記憶では、敵失とはカーターの政治家らしくない、南部人特有の人の良さだった気がする。ソ連の指導部を安易に信用してアフガニスタン侵攻を許してしまう、人権外交を掲げたものの世界の各地でその政策が裏目に出る、経済はドル安が極端に進行する中で公定歩合の1%引き上げなど緊急経済政策の発動(カーターショック、確か1978年の10月31日だと思った)を余儀なくされるというような失態が続いた。

 加えてカーターにとって致命的だったのは、テヘラン(イラン革命下での)の米大使館占拠事件対応で、ヘリコプターを使って救出作戦を行ったのですが、確か「救出に行ったヘリコプターが故障で砂漠に墜落する」といった米国民が自信を極端に失ったに違いない軍事的失敗があった。これには私も唖然とした。それをテレビで発表したときのカーター大統領の顔は、今でも覚えています。あれが彼にとっての最終的打撃になったと思う。カーターがレーガンに再選を阻止されたときに、「ホワイトハウスでさめざめと泣いた」という話しをワシントンの佐藤さんから聞いた時のことも、今でも覚えています。
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 レーガンの人気が出たのは、大統領になってからだと思う。明るい性格、うまいジョーク。ナンシー夫人も含めた周囲に漂うゴージャスな雰囲気。カーターがどこか貧乏くさい、真面目くさい、敬虔だがどこかふくらみのない雰囲気だったのと対照的だった。アメリカ人は明らかに、「レーガン好き」になった。民衆が好きなら、マスコミのレーガン批判も鈍る。

 その結果出来たのが「テフロン大統領」という呼び名だった気がする。テフロンは傷つけようとしても傷が付かない。私が知っている過去の米大統領の中でも、レーガンは一番傷つかなかった大統領だった気がする。国民の気の引き方は俳優だったと言うこともあって非常に旨かったし、暗殺未遂事件にあったときの病院からのジョークも実に旨かった。

 功績は何か。ベルリンの壁が落ちたのは1989年の11月だったと思ったので、レーガンの時代ではない。しかし、東の政策を行き詰まらせたのはレーガンの政策だったと思う。レーガンは軍拡をしたが、経済力が落ちたソ連がそれに対抗しようとして国力を疲弊させるだけだった。レーガンが「悪の帝国」と言ったソ連は、レーガンの政策もあってシステムとしての行き詰まりを早めたと思う。多分大統領がレーガンでなくても、西側先進国の経済の繁栄に比べれば、システムとしての社会主義の行き詰まりは明らかだったので、ソ連など社会主義国はいずれ行き詰まったと思うが、レーガンはそれを加速した。

 もう一つの功績は、戦後の「大きな政府」の世界的な風潮に対して、「小さな政府」を看板に掲げても、政治的人気の保持や経済の繁栄を国民に約束できますよ、という具体例を示したことだと思う。戦後の先進国の政府はみな、国民に「甘い約束」をした。その甘い約束がなければ政治家を続けられない、人気を保てないと考えられていたように思う。レーガンは明らかに反対側にいた。凄い勢いで軍拡はしたのである意味で凄い勢いで政府事業は行っていたのですが、看板は「小さな政府」で一貫していて、それが人気だった。アメリカ的特殊性があったが、今でも世界では「小さい政府」は人気のある標語だ。

 レーガンが大統領に正式就任したのは確か1981年で私はもう日本に帰ってきていた。だから、私は彼の就任演説をアメリカでは聴いていないのですが、ベルリンの壁が落ちた直後の1990年に西ドイツから東に入ってその違い(街の風景、人々の体格など)に唖然としたとき、あと10年社会主義の呪縛からの解放が遅れていたら不幸な人が増えていただろうな、と思ったことを今でも思い出す。レーガンが大統領になって10年弱で、その成果の一つがベルリンに出たということです。そういう意味では、今の世界はレーガンの遺産を十分に受けている。

 自らアルツハイマー病と発表したのは1994年。その後は時々消息が伝えられるだけでした。最近はナンシー夫人も分からなくなっていたという。93才。惜しいが、天命を全うした、ということでしょう。改めて合掌。


2004年06月05日(土曜日)

 (17:09)週末でゆっくりしながら、今週一番頭に残った言葉は何かな...と考えていたら、「そして誰もいなくなった」でした。古くから付き合いのある銀座の店のオーナーの言葉。

 このオーナーの言っていることは、つまり伝統ある銀座の店を訪れる人の、現在進みつつある世代交代。大阪の北の新地、札幌のすすき野、九州の中州などどこの盛り場でもそうだと思うのですが、特に銀座は「古くからのお客さん」「その人達が連れてきたお客さん」のリンクで店が成り立っている。銀座の専門用語では「幹」「枝」というのだそうですが、とにかく「客のリンク」で成り立っている。

 しかし話を聞いていると、このリンクがあちこちで断絶してきているらしい。まず、80年代を中心にこの街を大いに使った世代が大量に退職の時期に入っている。また、その世代の一つ下の団塊の世代は、早期退職制度などで早々に正社員の地位を失うケースが多い。となると、銀座で圧倒的に代金支払いのシェアを占める「社用族」は減少することになる。会社の経理も厳しくなっている。裕福な個人や中小企業の社長さん達は、昔ほどではないし、趣味も多様化している。

 リンク=繋がりという点では、以前の銀座の店のお客さんというのは、自分の後任を連れてきて、「これからこいつを宜しく」と言ってきたそうですが、最近はそういうこともなくて、部長の後任は別の街の違ったタイプの店を楽しむ、といったケースも多いのだという。つまり、ここでも断絶がある。古いお客さんがいなくなって、新しいお客さんにバトンタッチされない、それを油断していると、突然店には誰も来なくなる、というケースも出てくるらしい。だから、「そして誰もいなくなった」です。

 実際のところ、古い店で消えていく店が最近は多いそうで、お客さんの方が「行っていた店がなくなちゃったんだよ」とそのオーナーのところに言ってくるらしい。しかし、一方で新しい店が出来ていないかというと、そうではない。だから新陳代謝が激しいのです。

 結局のところ、その切れそうなリンクをきちんと他の何かで補完できる店が生き残る、ということなんでしょうな。そこで各店は凌ぎを削っている、ということになる。でも、「客のリンク」という点では、飲み屋さんだけでなく、例えば商品を売っている店だってそうだし、他のあらゆる商売に繋がる。結局は、客のニーズにどのくらい掘り起こせるか、応えられるかにかかっているのでしょう。


2004年06月03日(木曜日)

 (07:09)小学生は身の回りにはいないので、自分で実際に見ることは出来ない。しかし、2日の朝日新聞の夕刊などを読むと、今では小学生がHPを作ったり、それを経由してチャットを頻繁に行っているという。遅れていると思っていた日本の学校へのPC導入(12人に一台ではまだ少ないか)が進み、子供達もかなりネットを使っているようだ。HP作成に関しても、今はいろいろな簡易なツールがある。

 『小学生、広がる「チャット」』という社会面の記事の最後には、「チャットや掲示板では、悪口がエスカレートしてしまい、人間関係を壊す人が増えている。とくに子供の場合は、中傷の言葉に直ぐに反発してしまう傾向があり、注意が必要」と専門家が述べている。この専門家の言葉、ネットを昔から使ってきた私のような人間には、非常に納得がいくし、子供と大人の世界にそれほど違いがないのでは、と思う。

 「チャットや掲示板では、悪口がエスカレート」すると書いてあるが、それは本当である。それで閉鎖に追い込まれたHPは数知れない。対面での言葉のやり取りには、言葉自体に加えて、顔の表情の変化やボディーランゲージが付属する。しかし、メールにはそれがない。だから顔文字というのが頻繁に登場するのだが、あれは付属情報のない、時に受け手によっては刺激的なメールに、柔らかい、ユーモアある表情を与えているものだと思う。

 二人の小学生がどういう状況で会話をしていて、具体的にどういう言葉を使ったかは知らない。しかし、「メールやチャットでの書き込みは、常に危険な面がある」というのは、我々大人も心せねばならないし、メールではなるべく丁寧な、使い慣れた言葉を使って、相手に誤解が生じない努力をすることが必要だろう。
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 ところで、今週何時だったか忘れましたが、名古屋のひつまぶしはなかなか良い食べ物だと思っている私には嬉しい発見がありました。赤坂見附駅から溜池方向に歩く。そうすると、エクセル・ホテルからプルーデンシャルに向かうビルの中に、「ひつまぶし」と書いてある看板に気がつく。

 ずっと前から知っていたのです。しかし入ったことはなかった。今週機会があって入ったのです。「どんなもんやろ」と思って。そしたら、当たりでした。ここ一年くらい名古屋に行ってないので蓬莱軒のひつまぶしを忘れているので、比較は正確には出来ないのですが、美味しかった。

 店の人が、「うちのは名古屋のそれとは違いますから」と。違うって言うことをはっきり言うのが良い。


2004年06月02日(水曜日)

 (08:01)思い出しました。昨日でした。早朝の経済番組を長く担当したキャスターがこのほどやっと解放されて、昼のニュース担当になった。それで、ご苦労様会をしたのです。毎朝2時半には起きていたという。凄まじい。

 旧知の人だったので、ある会話の中で小生が少しポイントを突きながら、ちょっと毒舌をはいたのです。そしたら、「今の若い人はそれをなんというか知っていますか....」と。知らないので、「なんと」と言ったら、それを「痛い人」というのです、と。

 ははは、なるほど。痛い人ね。「痛いことを言う人」という意味でしょう。聞き手が、言われる方が言って欲しくないと思うような、本音、批判をまっすぐに言ってしまうような人。それを「痛い人」と言うのだそうです。

 ただしそれがどのくらい広まっているかは知りません。しかし、「使えるフレーズ」だと聞いた瞬間に思いました。


2004年06月02日(水曜日)

 (07:58)週末のサウジでのテロ事件に対する市場のイニシャル・リアクション(脚気反応)としては、ニューヨークの反応が妥当なんでしょうな。原油価格が6%ほど上昇して、期近は42.33ドルに。サウジの石油相が以下のように増産を約束しても、原油相場はやはり上がった。

 The Organization of Petroleum Exporting Countries will do "its best" to ensure crude-oil supplies meet global demand, Saudi Arabia's oil minister said as prices surged after weekend terrorist attacks in his country.
 サウジの石油相が石油輸出国機構(OPEC)を代表するような発言をしても、市場は「本当かい...」と疑っているように見える。

 問題はやはり6月3日の石油輸出国機構(OPEC)総会でしょう。サウジに加えて、クウェートなどが増産する、と言っている。しかしOPECの中で本当に増産しようとして出来るのは限られている。ベネズエラを初めとして、増産できない国も多い。増産できない国にとっては、将来の石油価格の急落は心配だが、「今」という時点を取ると、同じ量の石油の輸出でより多額の外貨(ドル)が稼げる価格の上昇は心地よい。

 昨日もマネックスメールに書いたのですが、90年代の初めとはちょっと事情が違う。あの時はバレル40ドル台を付けた後、直ちに原油相場は大きく落ちた。しかし、今回は需要サイドの動きも価格の下支えを示している。中国の需要増などだ。一方で、サウジのテロはうまく抑えられるかどうか不明。

 今のバレル40ドル以上が続くとは筆者は思わない。しかし、高値から反落しても案外世界の石油価格は30ドル台の、最近では高い価格状態を続ける可能性がある、と見たほうが良いのかもしれない。


2004年06月01日(火曜日)

 (07:34)珍しいテレビ局の番組に出ました、というより「出ます」。テレビ局とは、この局で、経済番組はほとんど自分の司会でしかしたことのない私としては、一方の当事者としての出演。面白かった。

 「経済討論バトル 頂上決戦」というタイトルなのです。今回はアメリカ経済に対して強気論、弱気論を戦わせるという内容で、私はどちらかと言えば強気派という設定。弱気派は、ニッセイ基礎研究所の櫨浩一さん。BSとかラジオとかの私の番組に彼に出て貰ったことはないので、初めてでした。まあ、どこかで会ったような。

 出演した私は結構楽しくやりましたが、番組が最終的にどう出来上がっているかは知りません。司会は蟹瀬誠一さん。テレビ朝日かなにかに出ている人かな。私が昨日の夕方に収録に築地の朝日新聞新館の14階で付き合ったのは約1時間で、番組中40分の討論場面だけで、あとの20分がどう構成されたかは知らないからです。

 「朝日ニュースター」は我が家の杉並ケーブルにも入っていて、今までだと愛川欽也のパックインジャーナルというのは何回か見たことがあるのですが、昨日は疑似ナマ収録で、放送は6月5日土曜日午後5時からと、6月6日日曜日午前7時から。ははは、6月6日と言えば、私が1996年にこのホームページを立ち上げた日です。このHPも8周年。
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 「周年」と言えば、昨日は収録が終わった後ここの一番上のレストランのオーナーが以前から「20何周年だ」とうるさかったので、いつもお世話になっているし、「とく山」さんで食事をごちそうしたのです。ここのグループから若手がアテネに行くことは、日曜日のEZ!TVで紹介した。

 しかし昨日詳しく話を聞いたら、日本の選手団全体のために行くのではなくて、もっぱら野球チームの為に行くらしい。期間は三週間で、そのことは既に5月16日のスポーツニッポンなどに大きく出ている、とそのコピーをもらった。長島茂雄さんと「とく山」「分とく山」のグループのオーナーが親しくて、シドニーの時だか時には選手はカップラーメンで食事をしたそうで、「それじゃ力も出ない」ということで、今回はこのレストラングループが長島野球チームの「職」、おっと「食」を受け持ったということらしい。2月に一回行って、食材の調達などをチェック済みという。

 「分とく山」さんは、最近香港ガーデンから見て広尾寄りに新しい本店を作った。それは前から知っていたのですが、行ったことはなかったので、「料理長の野崎さんを冷やかしに行こう」ということになって、二人で行ったのです。

 外から見た目よりも、中は狭い。しかし、一階と二階に分かれていて、なかなか面白い。いや、建築としてです。外側はブロックを組み合わせたような作りで、中には中庭があるし、道の反対側はうまく木が植えてあって、二階の道の反対側のテーブル席からこの木立を見ると、まるで軽井沢で食事をしているような感じになる。

 野崎さんが一階に居て、ちょうどカウンターが空いていたので座ったら湯葉のデザートを出してくれて、これが美味しかった。豆の緑を取り入れた薄緑色の湯葉に砂糖をかけただけですが、これがなかなか美味しい。二階に行ったら、また知り合いの、最近結婚したばかりの若手が出てきて、ここでもロータス味の葛のデザートを貰って...。ははは、食べ過ぎですな。

 分とく山は最近では、新宿の伊勢丹にも店を出した。一回だけ「どんなもんだろう」と行ったことがあるのです。中味も違うのですが、西麻布方面よりは安く出していた。伊勢丹に請われて行ったと言うことらしい。デパートも魅力作りに必死なのです。

 アテネに行くのはグループで4人で、野崎さんも10日ほど行くらしい。その間に、「とく山」は改装のため、しばらく閉店ということになる、と彼等は言ってました。



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