2004年12月31日(金曜日)

 (21:25)3年続いた年末年始の海外への旅は、今年は取り止めました。最後まで検討したのですが、親父の健康状態が芳しくなくその対応に追われたのと、数えたら2004年は6回も海外出張や旅があった。それやこれやで、久しぶりの日本の年末・年始もいいな、という感じ。

 アブダビ、台湾など自分の中では候補は結構あったんです。本当は南米に行きたいのですが、この年末年始のスケジュールでは日程的に無理。それで今弟がいるアブダビがアラブの入り口としていいと思ったのです。ビザもいらないらしい。しかしアラブと言ってもリゾートを見ても、と思ってやめ。中国ともめている台湾を第二候補にしたのですが、これも時間切れ見送り。ははは、また機会を見つけて行きます。

 2001年から2002年にかけてはユーロ紙幣の発行を見に確かドイツのベルリンに行った、2002年の年末・年始は2002年末に韓国に行ってこの文章を書いた、2003年は年末まで東京にいましたが、2004年の年初に確かインドに行って、この文章を書いた。今回もインドも考えましたが、水の恐怖があった。

 まだ行きたいところが一杯ある。ロシアには一度も行ってない。特に、北海道の直ぐ近くにあるロシアの東には是非行きたい。しかし、冬はちょっと無理だな、と思いました。東欧はあまり興味がない。ポーランドとかは行ってますから。南アフリカは行ったことがありますから、北アフリカもいいな、と。久しぶりのニューヨークもいいな、と。

 仕事や放送も来週の初めがスタート。それまでは、講談社と約束した本の為の文章でも一生懸命書きます。皆様には、良い年末・年始を。本当に今年も、いろいろな方にお世話になったと感謝しております。

 ま、気が向いたらまた明日も書きますが。


2004年12月30日(木曜日)

 (23:25)年末の挨拶もかねて長野県諏訪に日帰りで行ってきましたが、まあ列車の空いていること。臨時列車だったと言うこともあったのですが、きっと帰省も分散型になっているのですね。

 新幹線の乗車率というのを聞いていても、昔は200%といかいうのが結構あった気がするが、最近のニュースで聞く率は100%が目一杯で、「ほぼ満席の状況」と空席の存在を臭わす内容もある。

 それにしてもジワジワと円高が。海外に旅行に行っている人は、帰ってきて自分の買ったドルは高かったと文句を言いそうな。12月13日に以下のように書きました。

 で、いつも相場の事を考えている私としては、今日オフィスで若手に手伝ってもらって調べたのです。変動相場制が始まって以来のドル・円相場の年間変動幅を。そしたら今年はドル・円の高値が5月15日の114円90銭、安値が12月03日の101円83銭。その幅は13円07銭。

 そこまで調べた上で、ブルームバーグの端末にある1971年以降のドル・円相場の年間変動幅をすべて計算しました。変動相場制開始以来で2003年までで一番年間変動幅が小さかったのは1996年の13円27銭。今年はこれまでのところこれを20銭下回っている。つまり、今年は「変動相場制始まって以来最も狭い値幅の年」になる可能性がある。まだ終わっていませんので、「可能性」です。

 今年は12月30日現在依然として、変動相場制始まって以来の小幅な値動き。しかし年末の31日までに101円83銭を下回って101円63銭以下になると、最小の値幅の年を1996年に返上しなくてはならない。ははは、どうなりますか。

 日本の株式市場も2004年は「膠着相場」だったと新聞に出ている。そうでしたね。確か4月の12000円越え(日経平均)が高値で、その後はだれた展開。来年はどうなりますか。年末の地合いは強かったが、市場がとりあえずは円高をどう受け取るかです。


2004年12月29日(水曜日)

 (24:21)へえ、と思いました。先日大阪に出張したときに、ブランド・ショップである小物を買ったのです。なくして緊急だったので、近くの店で。しかしそれを東京でなくしてしまった。で、同じ名の東京のブランド・ショップで買おうとした。当然あるだろうと思って。

 しかし、店員の人は「ない」とつれない。こちとら、同じショップは同じような品物を東京でも大阪でも並べていると思うから、意外でした。店員さんは次のように述べるのです。

 実は同じブランド・ショップでも、東京と大阪では商品構成がかなり違うのです。例えば、東京でカシミア100%のマフラーが売れるときでも、大阪では混紡が売れると言った具体です。他の商品でも同じようなことが言える。だから同じブランド・ショップでも、東京と大阪では商品構成がかなり違ってくるのです
 東京人と大阪人では趣味がかなり違う、ということ。これは驚きでした。だから、店の品揃えは違うと。そこでちょっと考えて、「じゃ大阪から取り寄せて」と言ったら、調べてくれた。しかしそれも、「ありませんでした」と。「あれは輸入物でした」と。同じ店名のショップでも、各店によって商品購入ルートはいろいろ違うらしい。同じ店名がついていても、経営は違ったりする。経営が違うと、商品の輸入ルートも違っている。

 ははは、結局「the only one」ではないのですが、店で買った物は徐々に「たった一つしかないもの」になりつつある。つまり、なくしたら終わりだと。どんなに好きでも、同じものを手に入れるのは至難の技だと。つまり、「好きなものは、なくすな」と。


2004年12月28日(火曜日)

 (24:21)英字新聞に「TSUNAMI」と繰り返し書かれ、CNNやBBCなど英語放送でアナウンサーが「ツナミ、ツナミ」と言うのを聞いていると、津波は日本が一番最初に名付けた自然現象なのかな、というのが印象ですね。ネットで語源を調べてみたら

 津波の「津」には、船着き場、船の泊まるところ、港などの意味があり、港を襲う波で「津波」となった。万葉集にも「海上(うなかみ)の その津をさして 君が漕ぎ行かば」と「津」の使用が見られる。

 また「津」が港を意味する由来は、出入り口の意味の「門・戸」であるとも言われている。

 とある。なるほど港を襲う波ね。発生源は海底地震、海底火山。一説では、今回のスマトラ沖地震での津波の被害は死者52000人で、さらに増える可能性が高いという。死者が出た国の数は、インドネシア、インド、スリランカを中心にアフリカまで11カ国に及ぶという。

 非常に特徴的なのは、「今回の津波による死者のほぼ三分の二が子供だった」(ウォール・ストリート・ジャーナル)ということ。そりゃそうかもしれない。大人は木に捕まったり、浸かっても腰までとかいう形でまだ助かる可能性がある。しかし、子供は大人の腰の高さの水で体全体をもっていかれてしまう。流される可能性が高い。

 CNNなどでホテルの上階から津波がホテルを襲った様子を撮ったVTRなどを流しているのでそれを見ていると、楽園のような南のリゾートが、恐らく何の兆候もないなかで突然3メートル、5メートル、場合によっては10メートルの複数回の高波に一気に飲まれる様子が良く撮られている。凄まじい。楽園が一気に地獄。

 「警報システムが整っていたらもっと多くの人が助かった」と英字新聞には出てくる。我々日本人は地震があれば「津波の心配は....」と放送がやってくれるので、そういうもんだと思っているが、これは世界の気象放送の中では異例らしい。港には放送システムがある。日本も太平洋を調査するシステムはもっているらしいが、インド洋はカバーしていない。地球的な津波警報システムがあれば、もっと多くの人が助かったということらしい。

 それにしても、津波は海底地震や海底火山の噴火からわずか数分で津波が襲う場合もあると言うから、死者が出るのを全て避けることは出来ない。しかし、インドとか、アフリカとか震源地から遠い場所の死者は避けられたかもしれない、とも思う。

 ある新聞には、「人類史上最大の自然災害」とある。地球には氷河期とかあって、生命を自然災害の奪ったケースはもっと大規模なのがあったのでしょうが、せいぜい数百万年の歴史しかない人類にしてみれば、確かにそうかもしれない。まあしかしこういうことがあると、人類がたまたま地球上に存在を許されている存在であることが分かる。

 新潟の時もそうでしたが、私的にも今回も出来ることをしようと思っています。


2004年12月26日(日曜日)

 (24:21)週末の土曜日は久しぶりに長野市へ。長野県で最強の放送力である信越放送に頼まれて正月、つまり2005年年頭の一時間ちょいの番組を作るための収録に。毎年この時期は多いのです。ここ数年で見ると、福井、富山などに年末のこの時期にお伺いしたことがある。でも自分の出身県の放送局は初めてだったな。

 内容は2004年の県内企業を分野別にVTRにまとめて、そうした企業の内の目立つ企業の経営者をスタジオに招きトークしながら、全体を鳥瞰し、新しい年を占うといった内容。

 今回はイントロと最後にちょっと演技チックなところも入ってなかなか面白かった。アナウンサーを卒業して取材にも積極的に取り組み始めたという三島さやかさんが自分で観光部分の取材までしての番組対応。実際に長野市にいたのは昼からで、その日には帰ってきましたが、なかなか充実していた。

 出身だと言ってもいたのは高校時代までですから、無論エプソンなど知っている企業も沢山あったが、知らない、「へえ、この企業は長野県か」という企業もあった。気になったのは、久保社長さんがスタジオに見えられたアスザック株式会社や売り上げの大部分は海外という小型建機の竹内製作所、それに信州大学のカーボンナノチューブ研究者で、こんところずっとノーベル賞候補になっている遠藤教授の話し、それに観光ではゲストでいらした斉藤さんが社長をする明神館の取り組みでしょうか。

 いつも思うのですが、番組に出る、その番組が取り組む話題に頭を突っ込むことのメリットは、「今まで知らないこと、それに関する言葉を知ることになる」ということです。今回も「インバウンド」と言う言葉を覚えた。何かというと、観光業界の用語で、「アウトバウンド」(日本の観光客を海外へ)の逆。つまり、中国や台湾、それに韓国を初めとして、海外の人を観光客として日本に来てもらうことをそういうのだそうです。まあ単語の意味としてもそうです。

 海外の人の日本ツアー、特にアジアからの観光客が要求する三大要素は、「新幹線、富士山、それに温泉」だそうです。それを揃えるとベースとしては満足する。しかし、「海外の人は日本の旅館に完全には満足していない」という斉藤さんの話は面白かった。いやこれは番組の打ち合わせの中で出てきた話ですが。何故かというと、日本の旅館は例えば4人部屋、6人部屋というのが結構ある。高度成長期の社員旅行を念頭に部屋を作ったところが多いからですが、これに海外の人は不満だというのです。

 そりゃそうだ。また日本の旅館は「日本人が来ないときに外国人が来れば穴埋めになる」くらいしか考えていない、というのです。「それもまずい」と。それもそうだ。最初からインバウンドの客を増やすには、それなりきの覚悟がないと。明神館を含めて旅館の話しが複数出てきたのですが、「観光業も苦労しているな」というのが私の印象だし、「その為の知恵も出している」と思いました。

 例えば、ホテル・旅館のサービスを要素化して(例えば布団引き、タオル、食事などなど)、それを付けたり削ったりすることによって料金を変えていくシステムとか、温泉町全体のことを考えて旅館が宿泊客を「囲い込み」せずに宿泊客が街に出て行ける仕組みを作って、街ぐるみの繁栄を図るとか。

 斉藤さんの話で納得したのは、彼は社長として常に自分の旅館で最善の、時代のニーズにあったサービスをするために年間100日は国内・海外を旅行して、自分で新しいサービスとは何か、時代のニーズはどう動いているかを探るというのです。そりゃそうだ。他店のうまいものを食いに行かない有名店のシェフはいつか劣化する。何にでも当てはまると思う。


2004年12月24日(金曜日)

 (23:59)クリスマス・イブの夕方に収録したこのラジオ番組のゲストは、柯 隆(か りゅう)さんでしたが、彼の話はめちゃ面白かったな。もともとの中国生まれ(南京)でないと決して見えない視点があった。

 インタビューは、「私は今年中国に3回行きましたが、柯さんは何回行かれましたか... 」てな感じで始まった。「6回」というのが柯さんの答え。二ヶ月に一回。そのうち3回は我々との共同作業での中国訪問だったと言うことになる。今年の中国経済のパフォーマンスについて点数を付けてもらったら、「投資は強すぎたが、しかしインフレにもならずに高い成長を達成した」という意味で、「80点」というのが柯さんの評価だった。

 まあそんな感じで、いろいろな話しをしたのです。31日放送分ですから、今サイトに行ってもストリーミングで聞けない。その時の楽しみにして欲しいのですが、その中でめちゃ面白い話しがあったので、先出しで二つ挙げておきます。司会者のネットサイトですから特別公開します。

 面白い話し、新しい視点の話しは、私が中国における水資源の問題と2004年の最後の数ヶ月に起きた中国各地での民衆暴動に関して質問したとき。今の中国では冬でも停電が起きるエネルギー問題と並んで、「水資源問題」が深刻なのです。中国は砂漠を抱える国。かつ行くと分かるが、山にあまり木、森林がなくて、土壌の水分含有の力が弱いであろうことが直ぐに分かる。また内陸はあまり雨も降らない。山峡ダムなどでの水力発電は始まっていますが、水資源のなさが中国のエネルギー問題に繋がっている面もある。柯さんが提供したのは水問題の中でも水質に関する全く面白い視点でした。

 中国には鳥がいない。空を飛んでいない...。本当です。皆食べられてしまったからなのですが、そうすると本来鳥が食べる害虫が増えるんですね、そうすると農家はしかたがないから農薬を使う。そうすると水が汚染される。結局飲めないような水が出てしまう、という問題もあるのです....
 はあ、と思ってしまいました。中国の空を鳥が飛んでいるかどうかなんて中国に行っても気にしたことはなかった。そう言われてみると、公園に行っても鳥はいなかったな、都市にもいなかったな、と。時々行く日本人の私のような人間には見えないポイントです。中国の水問題の背後に、「鳥問題」あり。

 もう一つ彼が言ったのは、中国で起きている民衆暴動に関してです。これも非常に面白い視点だった。この問題は、重慶、北京での日本のサッカーチームに対する異常な反日での民衆の盛り上がりにも関連する。今までにない視点で、これも興味深かった。彼は言うのです。

 中国には日本各地で開かれるような祭りがないのです。かつての中国には祭りがありました。民衆はそこでエネルギーを発散していた。不満のはけ口だったのです。今の日本の祭りにもそういう意味合いがある。

 ところが今の中国には祭りがない。共産党革命が起きたときに、新政府が祭りを禁止したのです。民衆の熱意が発揮される祭りが共産党は怖かったからです。その代わりに、共産主義・毛沢東主義を勉強する勉強会をした。しかしこれじゃ民衆のストレスが溜まります。時には民衆の暴動も起きるし、サッカー場で騒いでみたくもなる....

 「祭りはしばしば民主のガス抜きに使われた」というのは、多少歴史を調べたことのある私の父親などもしばしば言っていた。その祭りは日本各地にあって、中には相当乱暴な、男のストレスを発散させるようなものがある。死者もしばしば出る諏訪の御柱祭りなどなど。親父が言っていたな。「諏訪には民衆暴動の記録はない」と。祭りがあったからでしょうか。そういう大きな祭りは、日本国内に数多くあって、ニュースにしばしば登場する。

 しかし、「中国には祭りがない」というのは意外でした。中国に今年3回も行ったと言っても、合計の滞在日数はせいぜい2週間です。もともと中国語は聞けないから、テレビをつけてニュースを見ても分からないのですが、そういえば「中国の祭り」については、「聞いたことがないな...」と。だってリオのカーニバル、アイルランドの聖パトリック・フェスティバル St. Patrick's Festivalなどなど、日本に居ても世界各地の祭りは報道される。しかし、そう言われると「中国の祭り」は聞いたことない。旧正月の爆竹が印象として出てきますが、あれも各人が勝手にやっているように見えるし、その通りだと柯さんは言うのです。つまり祭りではない。

 「祭り」の特徴は、「その時は異常に盛り上がるが、終わると何もなかったように静かになる」ということです。中国のサッカー場の一種の騒動も、今となっては「あれはどうなったの」という印象が確かにある。私は2004年最後の中国訪問である北京では工人体育館の近くのスイスホテルに泊まりましたが、確かに「あの騒ぎはどこ...」と思えるほど静かだったし、騒動が起きた近くのホテルだったのに、滞在に関して支障が起きたこともなかった。「祭りの後」のような風情は確かにあった。

 柯さんは、だからといって中国民衆の反日意識が表層的だとは言っていないのです。江沢民の反日教育がなくなっても、民衆の反日意識がなくなることもない、とも言っていた。また各地で起きている民衆の主に地方政府、地方政府役人に対する民衆の暴動も、「都市と農村との成長格差の問題があって非常に複雑」と言っている。

 しかし、中国のサッカー場の騒動、各地の民衆暴動には、「ガス抜きの手段としての祭りをなくした中国の歴史がある」と言われると、「そういう面はあるかも」と実際に思う。これは頭に置いておくべき、非常に面白い視点だと思いました。あることが発生する経路を辿ると、意外な事実に辿り着く、ということはしばしば起きる。私はそれを感じました。でもまあこれは柯さんが言うから説得力がある。私が言ってもな。しかし日本人である我々も心の何処かに置いておいて無駄ではない。

 この二点以外に柯さんは興味深い、ビジネスに直接関係したことも言っていたな。それを思い出す範囲で再現すると

 中国はプレッシャーを掛けられた後では何もしない。人民元の小幅調整は本当は2005年の元旦が一番良かった。しかし、2004年年末にかけて中国は圧力を掛けられた。だから金利操作に続く為替操作は2005年の年内に持ち越された。

 では2005年の元旦以外の何時か。2月〜3月は胡錦濤・温家宝の新体制にとって最初の全人代が控えており、動けない。一番可能性のあるのは4月の頭

 と。実は私も「中国の人民元切り上げは春」という意見。しかし金利の引き上げが一年物で0.27%と小幅であったように、人民元のシステム調整、その結果としての人民元の切り上げは「小幅」だろう、というのが私の見方。柯さんもこれに賛成してくれたな。ま、「鳥」と「祭り」は全く私にとって新しい視点でした。


2004年12月23日(木曜日)

 (19:55)22、23と二日連続都心に来ていますが、その違いの大きいこと。23日は休日で超閑散。しかし22日はちょうどこの番組の忘年会があったのですが、そこからどこかに行こうとしたらもの凄い人。あんな夜の東京の人の多さは最近では見たことがない。どこも入れないくらいだった。

 タクシーの運転手も言ってました。「22日はとにかく凄かった」と。23日は休み、24日は家族や特定の人との時間にとっている人が多いんでしょうから、22日は会社の同僚とか大勢の人と一年を振り返るもっとも良い日にちということでしょう。来週になれば徐々に人が少なくなる。徐々に閑散になってくる。

 タクシーの運転手の方々が一様に言うのは、年末の一日が国民の休日になったのは商売的には大打撃だ、と。まあそうなんでしょうね。商売的には。しかし忙しい一年の最後に休みがあるのは、一年を振り返るという点では非常に良い。まあでも、疲れて直ぐに一日終わってしまうのですが。

 そういえば、年末ですね。あと一週間とちょっと。一年何をしたんでしょうね。


2004年12月21日(火曜日)

 (23:55)ははは、マネックスに以下のような文章を提供しました。「サプライズ」ね。来年もいっぱいありでしょうね。まあ、人間の世の中なんて驚きの連続ですよ。でなかったら、紀元後だけでも人類を取り巻く環境がこれほど変化する事なんてあり得ない。

 つい200年前は、自動車も電車もない世界ですからね。インターネットね。生まれてきたのは80年代の後半。ということは、20年もたってない。ということは、あと20年後にはその現代の誰もが予想しないものがきっと生まれている、ということです。

 論理的には矛盾しています。予測できないことが起きるから、「サプライズ」。しかし、蓋然性は少ないと思っていることが実際に起きたら、それはやはり「サプライズ」でしょう。だとしたら、来年に発生したら皆がとりあえず驚くこととは。

 可能性はあるが「まさか」と多くの人が思っていることとしては、ブッシュによる大規模な為替調整。レーガンが当時の対GDP比で3%を上回った貿易赤字の是正を目指してプラザ合意に動いたのは1985年。日本もドイツも「このままアメリカの赤字が増えるのは良くない。自国経済にも打撃あり」と判断して先進国が一致して動いた。現在のアメリカの貿易赤字は、対GDP比でははるかに当時を超えている。倍くらいである。

 では環境の差はあるか。ブッシュは今でも「強いドル」を唱えている。かつ日独には今以上に自国通貨が上がって欲しいという欲求はない。これは85年と大きく違う点だ。しかしアメリカ国内にも「ドル調整」を主張する声はある。今のように株式相場が安定して、アメリカへの資金の流入が続いている間は、ブッシュ政権はあまり動かないと思う。であるからして、実際にブッシュが動けば金融市場にとって「サプライズ」となる。

 国際政治を見ると、北朝鮮の体制崩壊はいつあってもおかしくない状況だとは思うが、ではそれが実際に起きたときに、どのような事態が発生し、その後の体制はどうなり、北東アジアの勢力関係がどうなるかはほとんどの人が考えていない。その点でおいて、実際に起きたら「驚き」があろう。体制崩壊というのは、ベルリンの壁の崩壊がそうであったように、突然起こる。

 国内政治では、結構サプライズとしてありうるのは、「小泉首相の政権投げだし」かな。たぶんご自身としては一生懸命やっている。しかし世間の評判は落ちる一方。嫌気がさしてもおかしくない。

 いやいや、「サプライズ」はもっと別のところから起きるのかも.....。


2004年12月20日(月曜日)

 (23:34)寒いので鍋を.....と思う人は一杯居たようで石頭楼は超満員でした。この店はすべて予約制ですから、あとから考えてよく予約が取れたなあ、と。

 集まった口実は、「社長解任動議」という本の出版を祝う、ということ。「小説家」金沢君の第一作。うーん、「会長解任動議」の方が良かったかも。時節柄。そりゃあのテレビ番組を見て「納得」と思った人はいないでしょう。

 懐かしいメンバーがいたな。知らない人もいましたが。なんだかんだ口実を作って集まるのは良いことです。90年代の半ば以降からずっと間欠泉的に付き合っている連中ですから、そりゃある程度華麗、おっと「加齢」はしましたが。

 この本、スタートからなかなかダッシュが効いているらしい。「ダッシュさえしない本はダメ」と言われているらしいので、まずは良かった。彼の第二作はいつ完成するんでしょうね。第一作が売れたら第二作も出る、ということなので、ここ当面の売れ行きが重要と言うことでしょうか。

 まだ読んでない。これから読みます。


2004年12月19日(日曜日)

 (23:55)NHKの反省番組を見ましたが、今後この放送局がどう変わるのかさっぱり分からなかったですな。「反省してます」「抜本的な改革をします」と繰り返すだけで。

 番組を見ていて不思議だったのは、「おごり」という言葉が出演している方々からを含めて全く出なかったこと。作っている番組から見て、NHKには確かに力があると思う。しかし私はずっとこの局は驕っていると思っていた。日本のテレビの中で一番だという思い、民放が直面している制約を笑う気持ち、そして何よりも一つの番組に使えるお金の多さ。動かせるお金が大きいから、余裕があるから不埒なことを考える人間が出てくる面があると思う。

 そういうものがなくならないと、また数年経つと同じ事が起きるのかな、という気がする。それにしても、会長さんは異例の3期目で、7年もやっているという。民間会社だったら通常あり得ない。
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 日曜日の夜ですが、「私自身、数学をかじった経験」があるという森崎さんという方から、「伊藤様のご実家で古いそろばんが眠っているという件」について、ということでメールをもらいました。「日本でのそろばんの生産地は、私の実家(明石)の上の方の小野市が産地で、これが頭の中でひっかかっていた」とのこと。

 その方が、播州そろばんというHPを教えてくれたのですが、その中に上3つ玉の算盤が掲載されていて、「それは中国の算盤で天文学用だった」と東京理科大のページにある。ただ一つ違うのは、我が家にあったのは下が5つ玉でした。写真のは下4つ玉です。

 それにしても、算盤の歴史は、ワールドワイドです。「カウンター」「カウント」という単語の語源が分かったのは収穫でした。


2004年12月18日(土曜日)

 (23:50)立て続けに何冊かの本を読みました。結構面白かったな。最近は本屋に行くとがっかりする。「いかに儲けるか」の本ばかり。しかし探せば良い本もある。

 夢は大衆にありは、坪内寿夫に関するノンフィクション的小説。四国の大将、再建王とも、山師、詐欺師とも言われた稀代の経営者です。力のある文章で、土曜日に一気に読んでしまった。面白かったな。私はもともとあの松山とか今治、それに尾道などが好き。それは、太古の昔から海を経路に国の内外とリスクを取りながら交易をしながら事業を大きくしてきた人がいたし、今もいるから。行って面白い。海賊の子孫も居ますよ。

 この小説に出てくる来島どっくとか、高知重工には船の進水式にも行ったし、波止浜とかしまなみとか、あの辺は何回も車で走りましたから、懐かしくもある。坪内翁に対しては、伊予の人はまたいろいろな意見があるんでしょうな。「ふりかえると、悋気され、裏切られることばかりだった」と翁は晩年に自分の人生を振り返っておられたというが、まあ日本の社会はそういうものでしょう。

 メジャーリーグとだだちゃ豆で読み解く金融市場という長い題名の本は、東短リサーチの加藤さんが贈ってくれたもの。まだ前半の半分を読んだんですが、なかなか面白い。気むずかしいエコノミストのきまじめな本はあまり読む気がしませんが、この本はカバー領域が広いのが良い。歴史的奥行きもある。コーヒーでも飲みながら、軽くワン・コーナーごとに読んでにやにやするのが良いかもしれない。彼の知識の深さに感心するし、勉強になる。

 衝撃を受けたのは、高校を変えたいかな。東芝に勤めていた筆者が高校の校長になり、そこでどんな問題に直面したかを綴った本。何に衝撃を受けたかというと、日本の教育の現状。大島さんという筆者が見た教育の現状が日本の教育の全てだとは言えないでしょう。しかしこの本を読めば、日本の教育界が抱えている問題が深刻なことはよく分かる。著者の怒りがよく伝わってくる本だ。

 人口減少経済の新しい公式も考えさせられる本だったな。日本の人口減少が経済にもたらす影響に関しては、私もずっと考えている。その考えのいくつかが入っていると同時に、全く気が付いていなかったことも書いてある。読んでいて「そうそう」と思ったり、「へえ」と思ったり。インフォーマティブな本です。ま、日本人はこれまでの常識をいくつかの点で全く転換しないと。

 親日派の弁明2は、同名の本の続編。確か私はこの最初の本を日経ビジネスの書評欄で取り上げた。その2が出たと言うことです。ただただ筆者の勇気に敬服する。良い本です。


2004年12月17日(金曜日)

 (17:50)今年のヒット商品という記事をあちこちで見かける。日本で一番取り上げられているのは、これでしょうか。寂しいね。東の1が韓流で、日本の製品じゃない。日本の企業のヒット商品がもっと並ぶようになれば良いのですが。

 アメリカのは、ビジネス・ウィークが「Here are BusinessWeek's "Best Products of 2004:"」というタイトルで、こうした製品を並べている。なかなか面白い。

 韓国のもありますよ。ランキング。たぶん、サムスンの研究所でしょうね、サムスン経済研究所というのが「今年最高のヒット商品はサイワールド」というタイトルで記事を出している。サイワールドとは何かというと「個人ホームページであるミニホームページサービスを提供する」とある。面白いサービスがありますね。きっとネット大国である韓国では、凄く人気なんでしょう。それが、韓国の今年最高のヒット商品に。

 そのあとも紹介しましょうか。結構面白い。想像のつかないのもありますが。カメラやMP3などが搭載された複合機能携帯電話(2位)、ビタミン飲料「ビタ500」(3位)、韓流スター(4位)、大容量MP3(5位)、低価格化粧品(6位)、ドラマ『パリの恋人』(7位)、学習漫画『魔法千字文』(8位)、住宅長期融資(9位)、激辛料理(10位)と続く。

 ははは、我々から見ると韓国の料理は激辛が多いのに、そこからさらに辛いということですか。これはちょっと行って味わってみないと。


2004年12月16日(木曜日)

 (23:56)そ、そ、それはそうなんですが......。

 毎年この時期に恒例として買うソフトウエア、と言えばセキュリティーソフト。私の場合はノートン・アンタイバイルスなんですが、店に行ったら「two license package」とか「five license package」とかがある。もしかしたら.....と思ったらその通りでした。

 ソフトウエアは昔から、コンピューター一台について一つ、と決まっている。それはその通りですが、例えば家にPCが2台あるとすると、通常は例えばセキュリティーのソフトなどは今までは一つで済ましていたケースもあった。私もなかったとは言えない。まあ、ハンドルの遊びみたいな。

 しかし、どうやら今年から別ライセンスのソフトをそれぞれ個別のPC一台一台に入れないと、例えばウイルス定義の最新版をダウンロードするときに拒否される仕組みになったようなのです。つまり、今まで出来たことが出来なくなる。コンピューターの台数分だけのソフトを買わないといけなくなる、というわけです。

 そこで登場したのが、一枚のディスクなのですが二つのライセンス、一枚のディスクなのに五つのライセンスが入っているソフトウエアが登場している。それが、「two license package」、「five license package」というわけ。中身の質量は同じなのに、この二つのパッケージは大きさが違う。きっと販売サイドが「間違えては」と思ったんでしょうね。

 本来あるべき姿になりつつあるのですから良いのですが、でもその一方で寂しいような......


2004年12月15日(水曜日)

 (05:56)ははは、私もちょいしつこい。しかしつまびらかにしないと気が済まないのです。ある程度まで。

 「phishing」に関して、ニューヨークの梅本君から以下のメールをもらいました。「fishing」が「phishing」になった時期や、その考えられる背景に関してかなり説得的メールですので、皆さんに紹介します。フィッシング詐欺は日本でも大マスコミの取り上げる話題になるなど注目度が高まっていますので。この問題に関しては、そのほか多くの方からメールをもらいました。tks

 伊藤さん、ご無沙汰しております。梅本です。NYも今年はこれまで暖冬気味ですが、今夜は最低気温華氏20度(確か摂氏33度くらいかな零度は=伊藤)となっていて、初めての本格的な冷え込みになりそうです。

 ところでphishingという言葉。私がこの言葉を初めて知った時(たしか昨年秋)のハイテク調査会社のリポートでは、ちゃんと「fishing」と表記されていました。「phishing」という表記を初めて見たのは、今年初め頃のフォーブスだったかフォーチュンの記事です(あいまいな記憶で申し訳ない)。

 なぜ「ph」と綴るのか、理由は私には定かではありません。この言葉がネット内でどう発達したのかもわかりません。「PASSWORD HARVESTING」なのか「sophisticated」なのか…。でも、あくまで 初めに「fishing」ありきで、この語を表記した時にネット時代の新手の犯罪としてインパクトを強めたいとか、そういう非常に感覚的な動機があって、「ph」表記が広がったんじゃないでしょうか。確かに雑誌の記事で、「phishing」と表記されていれば、「何か新しい、かつ怪しいもの」と読者の目を引きます。

 ということで、私の説は「特にphに意味はなく、何となく新しくて怪しいものという感覚を狙った表記」です。エー、実証はしておりません。

 このphishingのメール、私のメールアカウントにはもう1年以上前から来ています。たいがいはCitibankを騙ったもので、この銀行が口座数も多いということで狙われているんだと思います。この銀行に口座を持っているもので最初はちょっとびっくりしましたが、銀行に知らせてあるメールアドレスと違うアドレスに来ていたので、インチキと分かりました。ホンモノのCitiから「うちを騙ったメールに注意してください」というお知らせをもらったのはつい最近のことで、対策は後手に回っているようです。

 それでは、また。

 面白いポイントがいくつかありますね、このメールには。去年の段階ではまだ「fishing」と綴られているケースが多かったらしいこと、それが今年に入って「phishing」になったこと。またアメリカでは既にかなり前から普通の人のメールアドレスに送られてきていること。まあアメリカではCITIBANKはメジャーですから、その銀行が一番多く模倣されるということでしょう。

 対策ははっきりしているんですよ。よほどのことがない限り、パスワードやIDは入れないに尽きる。かつIDやパスを入れるときは自分が通常使っているコンピューターからが良い、ということ。キーロガーが仕掛けをしているかも知れませんし。

 私が調べた範囲では、「sophisticated」説を採用しているところが多い。そうかもしれない。しかし、ほんとうのところは分からない、というのが当たっているのでしょう。重要なのは、ひっかからないということです。


2004年12月15日(水曜日)

 (05:56)まあ、素直に読めば利上げは来年に入っても続ける、ということでしょうね。その理由は、アメリカ経済は好調だし、上げてもまだ「金融政策は緩和的(accommodative)」で、中立に戻っていないから。

 FOMCが日本時間の15日午前4時30分過ぎに発表した声明は、予想通り0.25%の利上げを公表するものでした。しかも、声明文を11月のFOMC声明文と比較して読んでも、金融政策を巡る政策決定理由の部分はほとんど同じ。第二パラに多少入れ替えがあっただけです。声明全文は次の通り。

For immediate release

The Federal Open Market Committee decided today to raise its target for the federal funds rate by 25 basis points to 2-1/4 percent.

The Committee believes that, even after this action, the stance of monetary policy remains accommodative and, coupled with robust underlying growth in productivity, is providing ongoing support to economic activity. Output appears to be growing at a moderate pace despite the earlier rise in energy prices, and labor market conditions continue to improve gradually. Inflation and longer-term inflation expectations remain well contained.

The Committee perceives the upside and downside risks to the attainment of both sustainable growth and price stability for the next few quarters to be roughly equal. With underlying inflation expected to be relatively low, the Committee believes that policy accommodation can be removed at a pace that is likely to be measured. Nonetheless, the Committee will respond to changes in economic prospects as needed to fulfill its obligation to maintain price stability.

Voting for the FOMC monetary policy action were: Alan Greenspan, Chairman; Timothy F. Geithner, Vice Chairman; Ben S. Bernanke; Susan S. Bies; Roger W. Ferguson, Jr.; Edward M. Gramlich; Thomas M. Hoenig; Donald L. Kohn; Cathy E. Minehan; Mark W. Olson; Sandra Pianalto; and William Poole.

In a related action, the Board of Governors unanimously approved a 25 basis point increase in the discount rate to 3-1/4 percent. In taking this action, the Board approved the requests submitted by the Boards of Directors of the Federal Reserve Banks of Boston, New York, Philadelphia, Cleveland, Richmond, Atlanta, Chicago, St. Louis, Minneapolis, Kansas City, Dallas, and San Francisco.

In addition, the Committee unanimously decided to expedite the release of its minutes. Beginning with this meeting, the minutes of regularly scheduled meetings will be released three weeks after the date of the policy decision. The first set of expedited minutes will be released at 2 p.m. EST on January 4, 2005.

 金融政策の中味に関して11月の声明と変わった部分は、エネルギー価格の上昇のところに「earlier」を付けて、その上昇を一応過去のものとして認識したことと、労働市場の改善が「引き続いている」とした部分。第三パラの文章など、全くアイデンティカルです。これを素直に読めば、つまり「The Committee believes that, even after this action, the stance of monetary policy remains accommodative」の部分ですが、「あ、来年2月1〜2日(次回FOMC開催日)も上げるんだ」と読める。むろん、「Nonetheless, the Committee will respond to changes in economic prospects as needed to fulfill its obligation to maintain price stability.」とヘッジはしていますが。

 ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、FOMCが12月に利上げをするのは16年ぶりだという。12月はクリスマスのシーズン。おとなしくして、あまり嬉しくない利上げなどは避ける、というのが今までのパターン。しかし今回は、「中立への戻し」「引き締めではないよ」ということで、「許して」としての利上げ、ということでしょう。文章からは、FOMCが引き続きアメリカ経済の先行きに強気なのが分かる。

 11月の声明と読み比べて一番違ったのは、最後の文章です。つまり議事録の発表をこれまで当該FOMCから6週間ないし8週間後としてのを、「三週間後」として、今回のFOMCの議事録発表を「2 p.m. EST on January 4, 2005」とセットしたこと。日本時間では、5日午前4時となる。敏速化ということです。

 あまりにも予想通りで、株も為替も発表前と発表後はほとんど変わらない。全般的に言うと、円が弱いな。対ドル、そして対欧州通貨で。ユーロは140円の半ばに達しようとしている。ユーロ発足以来のユーロ高・円安は確かこの辺だったと思う。対ドルでの円高ばかりに気を取られていると、円は意外なところで着実に弱くなっているのを見落とす。


2004年12月14日(火曜日)

 (07:56)そりゃ、GMだって考えてますよね。私が「GMはどうするんだろう...」と考えるようなときには。ウォール・ストリート・ジャーナルを読んでいたら、以下の文書があった。私がGMの話しを書いたのは12月11日でした。

General Motors Corp. and DaimlerChrysler AG said Monday they would join forces next year, investing hundreds of millions of dollars to make hybrid engines, using both electric and fuel power, for use in a variety of vehicles at both companies.

During a conference call, Tom Stephens, a GM group vice president said the companies will develop fuel-saving two-mode hybrid engines that have specific applications for use in front- and real-wheel vehicles of all sizes.

The first of the two-mode hybrids will be on the road in sport utility vehicles, including GM Yukons and Tahoes in 2007, and in Chrysler's Dodge Durango shortly after that, executives said. Fuel savings may vary, but on large trucks the engines can save as much as 25% on fuel consumption.

 シュワルツネッガーまでもが日本に来て環境車、ハイブリッド車の工場設置を州内に要請する時代。GMもいつまでも黙っては居られなかったでしょう。組んだ相手がダイムラー・クライスラー。ホンダ、トヨタという実績のある会社ではなく、実勢のない会社同士の組み合わせ。成果がどの程度出るかは不明。

 車が出てくるのが2007年と遠い。それまでGMの業績が持てばよいが。GM、クライスラーが追求するのは、two-mode hybridという「高速走行モードと加減速を繰り返す都市走行モードが自動的に切り替わる方式」と言われる。

 会社の規模がどんなに大きくても、一つの技術がないだけでその企業が持つイメージが著しく毀損する時代。「晴れた日にはGMが見える」という時代はまだ続いているのか、それとももう終わっているのか。興味があるな。


2004年12月13日(月曜日)

 (23:23)今日オフィスの中をゆっくり歩きながらふと、「もしかしたら、今年は最小では.....」と頭に浮かんだ。何かというと、「変動相場制開始以降のドル・円相場の年間変動幅」です。

 毎年この時期には、「来年の為替相場予想」を作成する。今年もこの週末に作成したのですが、それを作成する際にはまず「今年はどういう年だっけ」と振り返る。高値は、安値はと。その時感じたのは、「えらい狭いな」。

 で、いつも相場の事を考えている私としては、今日オフィスで若手に手伝ってもらって調べたのです。変動相場制が始まって以来のドル・円相場の年間変動幅を。そしたら今年はドル・円の高値が5月15日の114円90銭、安値が12月03日の101円83銭。その幅は13円07銭

 そこまで調べた上で、ブルームバーグの端末にある1971年以降のドル・円相場の年間変動幅をすべて計算しました。変動相場制開始以来で2003年までで一番年間変動幅が小さかったのは1996年の13円27銭。今年はこれまでのところこれを20銭下回っている。つまり、今年は「変動相場制始まって以来最も狭い値幅の年」になる可能性がある。まだ終わっていませんので、「可能性」です。

 1971年は何があったかと言えば、むろんニクソン・ショック(金ドルの兌換停止→フロートへ)です。たしか8月15日。私はまだ大学生だった。その年はドル・円の高値は固定相場制時代の臭いを残す358円44銭、安値は314円96銭。この年の12月にスミソニアン合意(新レートの設定でフロートから固定相場制への復帰努力)があった。変動相場制が始まったのは、確か1973年2月です。その年は年間20円84銭動いていて、ドル・円の高値は314円96銭、安値は294円12銭。

 では変動相場制始まって以来最も相場が動いた年はいつか。まじまじと見ていて、変動相場制開始以来、ドル・円相場が年間の高値・安値で60円以上動いた年が2回あることに気づいた。いつだと思います。一つは1978年、もう一つは1985年。ともに、アメリカが主導して為替相場を動かした時です。1978年はカーター大統領のドル防衛策(為替市場への協調介入強化、300億ドルの介入資金の調達、公定歩合の1%引き上げ→9.5%へ)。ははは、この時は私はニューヨークにいました。今でも鮮明に覚えているな。177円とか8円とかの相場が一気に190円台に駆け上ったのを。確かニューヨークの11月末日、東京は12月01日に入っていた。この年の年間変動幅は65円37銭。

 もう一つは ? これは多くの人が直ぐに答えられる。1985年のプラザ合意です。カーターのドル防衛策の翌年の79年には、ドルは高値で既に250円85銭に達した。その200円台のドル高値が5年以上続いて、アメリカ経済は巨額の貿易赤字に悩むようになる。で出てきたのが、ニューヨークのセントラルパーク・サウスにあるプラザホテルでの先進国財務相・中銀総裁会議。プラザ合意(為替レートの調整により対外不均衡の是正が可能、為替レートは各国のファンダメンタルズを反映すべき、為替レートの調整は主要通貨の対ドル・レートの上昇で行う)の成立は9月22日。この年の年間変動幅は、62円55銭。

 つまり、ドル・円為替市場における「暴」は、いずれも「官」によって引き起こされている。外国為替市場関係者が「官の意向、特にアメリカ政府の意向」を気にするのは、過去の実績から相場を一番一方向に動かせるのは損得では動かない「官」、それも特にアメリカの政策意図であることを知っているからだ。統御しない自由な市場は、「利益」を狙う資金が跋扈する世界だから、ある程度一定方向に行くと利食いの動きが出る。つまり反対方向。従って、市場は揺れ、「波」となるのが自然である。

 年間変動幅が13円の小幅だった年は今年(これまでのところ)、1996年以外にも過去にある。それは2000年だ。今年と極めて似たレンジで、高115円06銭、安101円40銭の13円66銭。それ以外にはない。この1996年、2000年、そして今年に共通するのは、アメリカの大統領選挙があった年だ、ということだ。つまり、過去3回の経験則で言うと、「米大統領選挙の年は、ドル・円為替相場は動かない」。もっともこの3回とも、相場レンジは110円台半ばの高値、100飛び台ローの安値で共通している。100円の目前にすると動けなくなる、という心理的要因もあるかもしれない。ちなみに円の最高値、ドルの最安値は1995年の79円75銭。この時のこともよく覚えているな。

 「年間変動幅」と言ってもいろいろな取り方がある。相場の主要な波を合計するトレース型の考え方も出来る。それを一定の条件をかませてやれば、また別の視点も出てくるだろう。また面倒でやらなかったが、年間変動率(どこかを分母にして)を計算すれば、いつが年間変動率が小さかったかが出てくる。しかし既に少し触れたが、1996年のドル・円相場も、高値116円45銭、安値103円18銭と似たようなレンジ、2000年もそうだから、率でも最近では今年が最低かもしれない。

 分母が大きかった時代では、1973年の20円84銭(高値は314円96銭、安値は294円12銭)、1976年の19円96銭(高306円00銭、安286円04銭)、1988年の15円42銭(136円52銭、121円10銭)、1992年の16円40銭(135円05銭、118円65銭)くらいかな、気になるのは。

 ま、今までの話しはすべて、「12月末までの今年のドル・円相場が高値(114円90銭)、安値(101円83銭)を抜かない」という前提。今のところ、その雰囲気はかなりあるが....。


2004年12月12日(日曜日)

 (10:23)ほう、一体どっちなんでしょうな。いや、「フィッシング詐欺」の「Phishing」の語源の問題です。私は10月19日のこのコーナーで日経産業新聞を読んだ記事から

 私は「フィシング」というので、今まで何の疑いもなく「fishing」だとばっかり思っていた。しかし今日日経産業新聞を読んでいて、これが「PHISHING」だと知った。「PASSWORD HARVESTING FISHING」から来ているという。ネットで糸を垂れて、パスワードを明かすような不用心な人々に狙いを定めて釣っているということか。
 と書いた。つまりPhishingの語源は「PASSWORD HARVESTING FISHING」と。しかし今朝の一般新聞にはこの単語に関して、
 フィッシング(Phishing)詐欺 ユーザーを「釣る(fishing)」と、その手法が「洗練されている(sophisticated)」の造語
 と書いてあるケースが多い。どっちなんでしょうな。ま、機会があったら調べますが。サンケイ新聞には日本国内で初めてフィッシング詐欺の被害が確認されたとして、その仕組みが書いてある。
 具体的な仕組みは、こうだ。カード会社を装う場合、まずパソコンユーザーに「取引に関する重大なお知らせがあるのでHPにアクセスを」「HP経由で申し込んだお客さまだけに特別に有利な条件のサービスを提供する」などと記した電子メールを送信する。

 メールには、クリックするだけで本物のカード会社のHPそっくりな詐欺用HPに誘導する「リンク」が張られており、うっかりクリックしてアクセスすると、「本人確認」や「認証」などと称してカードの番号や有効期限、暗証番号などの情報を入力させられる。

 フィッシング詐欺の犯人は、こうして得た情報を使って別のオンラインショッピングのHPなどで多額の物品を購入。プレゼント名目などでカード契約者とは別の住所に送らせ、品物をだまし取る。銀行やオンラインショッピング、ネットオークションなどのHPが悪用される場合もある。

 IDやパスワードは大切にして、あちこちには入力しないようにしないと。


2004年12月11日(土曜日)

 (08:55)今朝の日経新聞の一面左下にある「来年の成長目標 中国8%に引き上げ」という記事は、「さもありなん」と。副題が、「過熱抑制からの軸足」とある。

 今年だけで3回中国に行っている私としては、「中国経済減速継続論」にはどうしても違和感があった。なぜなら、中国は成長を減速し続けるような余裕などないからである。特に政治的に。胡錦濤の政権はこれまでの中国の歴代政権と違って、革命時の実績を全く誇れない政権である。江沢民の時代もそういう側面があったが、彼は革命時実績のある、しかもその後の中国近代化の父としてのケ小平という後ろ盾があって政権の座についた。まだ建国の神々達の香りがしていたのである。

 しかし、胡錦濤はポスト革命世代であり、かつ「選挙」という国民からのマンデートも全くもらっていない。国民に政権の正統性を示せるのは、「政治・経済をうまくやっている」という実績だけである。しかし、今中国の各地では「地方役人」の腐敗や行政能力のなさに対して、かなり大規模な抗議運動が起きている。

 もっと深刻なのは、失業問題である。中国が失業の増加などの問題を回避するためには7%の成長が最低限必要とされる。今までは中国はこの7%を目指して経済運営を行ってきた。恒常的に成長率がゼロ近傍に張り付いた日本とは全く違う環境に中国は置かれているのである。

 この記事には、「新卒など来年の新規労働力は1500万人とみられている。8%成長は最低でも800万人の雇用を吸収する為に必要な数値としてはじき出された」とある。つまり、中国には「高成長」が必要なのである。「過熱抑制からの軸足」という意味合いは、政策目標の変更を意味する。日本にある「中国経済減速論」とはかなり趣が違うことが分かる。従来の目標の7%成長では、新規労働力の吸収さえ出来ないと中国政府は踏んでいるのだろうし、それは当たっている。

 この記事にはさらに、「中国の都市部の失業率は4.4%だが、ただ関係者によると実態は10%超まで状況が悪化しており、...社会不安を鎮める必要がある」とも書いてある。重慶や広東省、河南省などで起きた暴動が広がっては欲しくない、と胡錦濤の政権は考えているはずだ。日本にとっての経済的意味合いは、継続性の問題は別にして、来年も中国の高成長は続く、ということである。
 ――――――――――
 もう一つ最近で気になったのは、GM、フォードなどアメリカの大手自動車メーカーの業績悪化かな。先週の初めには以下のようなニュースがあった。

 米ゼネラル・モーターズ(GM)とフォード・モーターの業績悪化に歯止めがかからない。両社の自動車事業は10―12月期まで2・四半期連続の赤字となる見通しで、来年の減産を決定。日本車3社との業績格差が拡大する.....(略)。

 GMとフォードは過剰在庫の圧縮のため来年1―3月期の生産計画を前年同期比でそれぞれ7%減、8%減とする。両社とも北米市場の不振により、7―9月期は本業の自動車事業が赤字。10―12月期も減産中のため赤字が続く見通しだ。

 GMは来年だけで米国で七工場を閉鎖、全従業員の8.6%にあたる計1万2950人を解雇する予定。フォードは北米で前倒しのリストラを進めているにもかかわらず赤字幅が拡大している。

 確か昨日のニュースでは、「GMが欧州で大規模リストラ」というニュースがあった。自動車は言ってみればアメリカ発祥の産業である。そのアメリカの自動車メーカーが日本のメーカーに圧倒されている。フォードは既にトヨタに環境保護の技術供与を求めている。「わからないのはGMだ」とトヨタの幹部。「GMはやはりアメリカだから」とも。GMの業績悪化も持つ意味は、案外大きいかもしれない。


2004年12月09日(木曜日)

 (23:55)関心を持っている人間にとっても、いったい中国にどういう会社があり、それがどういう形で上場されているのか、これまでの株価の値動きはどうだったのかを正確に把握するのはなかなか難しい。詳しすぎたり、でなければ大ざっぱだったり。

 そういう意味で、今日放送局に行って見つけた中国会社情報は役に立つかもしれない。見たところ、かなり最新の情報まで入っていて、株価の動きも直近まで入っているように見える。

 中国もインドも経済発展やそれを支える企業が面白いことは分かっていても、実際には詳しい情報が入ってこないのが難点。それは、こちらの頭の問題もある。つまり企業の名前に馴染みがないので、すんなりと頭に入ってこない。なにせ日本の会社の名前は小学校の時から知っている。欧米の企業にもそういうところがある。しかしインドや中国の会社は、そのほとんどが新しい。日本人の頭に馴染まなくても当然である。

 そういう意味では、この本をぺらぺらめくりながら、中国の企業の名前を頭に徐々に馴染ませるのもいいかもしれない。早くこうした本がインドに関して出ることを希望する。


2004年12月08日(水曜日)

 (23:45)記事を読んで、「当たり前じゃん」と。毎日新聞には、血液型による性格判断を扱うテレビ番組に関して、以下のように書かれている。

 血液型による性格判断を扱うテレビ番組が相次ぎ放送され、視聴者からの批判も多いことを受けて、NHKと民放でつくる「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の青少年委員会は8日、「血液型によって人間の性格が規定されるという見方を助長しないよう」、放送各局へ要望した。

 BPOによると、問題のある番組は今年4月以降約50回放送され、視聴者からの批判も11月末までで150件にのぼる。血液型性格判断は科学的に証明されていないにもかかわらず、これらの番組は実証済みであるかのように取り上げており、要望では「本人の意思ではどうしようもない血液型で人を分類、価値付けすることは差別に通じる危険がある。特に判断能力にたけていない子供たちが固定観念を持つ恐れがある」などと指摘している。

 人々は話題に困ると、しばしば血液型の話しをする。しかも延々と。私の回りにもそういう人がいる。夜の街でもそうだ。「何型ですか」「え、予想外ですね」「やっぱり」「あ、わかる」から始まって、「何型と何型は相性がよい」とか「悪い」とか。

 正直言って私は昔からこの手の話題には全く興味がない。よって、それに関するテレビ番組も全く見たことがないし、「血液型選手権」とかいろいろある血液型にネタを取った運勢占いにも全く興味がない。星座による占いにも興味がない。面倒なので、話題に付き合うことはある。しかし決して話しを助長しないし、自分から持ち出すことはない。

 つまり、血液型とか星座によってその人の運命が決まっているといった想念を持つこと自体が嫌いなのである。血液型で相性や運命が決まっているのなら、何も思い悩む必要がない。その指し示す方向だけを見ればよいのだから。しかし、そんな筈があろうかと強く思う。

 「話題の少ない人の話題」に血液型話はなっているケースもあると思う。中には恍惚として血液型の話をする人がいる。人類の秘密を全て知り尽くしたかのように。決めつけないで、もっと興味津々に生きて欲しいものだ。よって、放送倫理・番組向上機構が放送各局に「血液型によって人間の性格が規定されるという見方を助長しないよう」要望したのは、至極当然である。


2004年12月07日(火曜日)

 (23:54)テレビでもラジオでも雑誌でも、「来年はどうなる」という特集が多くなり、そのいくつかに私も意見を求められている。だからと言うことではないのですが、12月になるといつも次の年のことを考える。いつでも予想は難しい。人間の社会は、予想外のことが起きる。人間はそういう意味では誰もが浅知恵だ。来年もきっと、「予想しないこと」が起きるだろう。

 そんなことを思いながら、短いエッセイをマネックスのサイトに求められて書きました。いろいろ考えているのですが、いつでも時代を見通すのは難しい。

 年末になるといつも、「今年はどんな年だったかな」と思う。大規模戦闘の終結宣言があったにもかかわらず状況の悪化が続くイラク。来年は早々に選挙が予定されているが、その選挙自体、そしてその後の展開と彼の国はいったどうなっていくのか皆目見当がつかない。

 世界の嫌ブッシュの風潮にもかかわらず、しっかりと現職大統領を再選した超大国アメリカ。アメリカが持つ力から言って、彼が世界全体の指導者であることに間違いないのだが、アメリカ国民はそういう要因からではなく、もっとドメスティックな宗教的・心情的理由でブッシュを選んだ。その齟齬をブリッジする方法は今のところない。

 日本の株は、期待感ばかりが膨らむ中で結局もちあい状態で終わろうとしている。今の相場水準は、年初の水準に近い。NN(日経平均÷NYダウ)倍率が異常に乖離していると言われても、どこか日本の株式市場には力が欠けている。日本経済は内需、外需の両方で形としては良いのに、日本の先行きには「悲観論」に与する人が依然として多い。しかし日本は海外では「クール」(かっこいい)と言われている。文化も産業も。それは大きな齟齬だと思う。ポルシェに頭を下げられ、シュワちゃんに誘いを掛けられるような会社があるのだから、世界における日本企業の地位は上がっているのに。

 来年はどうなるのか。今の世界を見ると、需要は強い。貧しき人々も、情報化社会で「豊かな暮らし」とは何かを知っている。中国、インドそしてその他のBRICs諸国の人々が富を目指す動きは加速している。しかしそれをうまく汲み取れない、どこかで世界のシステムや政策にミスマッチが起きているような気もする。しかし一方で、であるが故に資源の不足を指摘する向きもある。一次産品価格が上がり、原油が高騰し、そして今は金が上がっている。

 問題が山積しているような、しかしいつもの年の瀬にある程度の心配のような。いろいろ思いを巡らすが、60億もの人間の塊の行方は想像力を超えている面がある。来年もまた、一つ一つの出来事をまず大きな視点で、そして次にもっと接近した視点で見たいものだ。


2004年12月06日(月曜日)

 (23:45)なんか知り合いからこういうメールをもらうこと自体嫌なことだな。でも日本が徐々に犯罪が生じやすい社会になっていることは確かなんでしょうね。皆さんもお気をつけを。知り合いのKさんからです。

○○のkです。

 今朝起きたら携帯がいつもの所にないので探しまわりました。 一緒に置いておいたiPodminiも見当たりません。 家内には、ワインの飲み過ぎだろうと叱られました。 お昼にコンビニへ行ってお金を払おうとしたところ、銀行の カードとクレジットカードだけが抜き取られているのがわかり、 その時初めて泥棒に入られた事に気づきました。 家にもどると、時計と結婚指輪もありません。

 私の家は山手通り沿いの12階建てマンションの10階です。 昨夜は家族で11時半頃に帰ってきたので、2時半まで私は起き ていました。いつもはしっかり施錠して寝るのに、昨日はたま たま忘れたようです。

 管理人さんに防犯ビデオをチェックしてもらったところ、 ちょうど午前3時に不審な二人組が入ってきて、5時に非常階段 から出て行ったのがわかりました。

 留守中に入られるよりも、家族4人が寝ている間に盗まれた事が 何とも腹立たしく、またとても不安な気持ちになりました。

 お巡りさんに来てもらって、現場検証していると、望遠レンズ付き のデジカメもなくなっていることに気づきました。 結局私の身の回りのものだけ、全てなくなってしまいました。 お巡りさんによれば、これは「忍び」と呼ばれるプロの仕業との ことです。

 銀行やクレジットカードだけが財布から抜かれており、メンバーズ カードや、ポイントカードなどは、ちゃんと残されていました。 意外と、どんなカードを持っていたかを思い出すのは、難しいもの です。

 脱力感が襲い、今日はバスで中野に行くべきところ、うっかり阿佐 ヶ谷行きのバスに乗ってしまい、終点まで行ってしまいました。

  伊藤さんもお気をつけ下さい。

 寝ている間に見ず知らずの男が家の中をうろうろしていた、と何とも気持ちの悪い話。まあ家族に何を身体的危害が加わらなかったというのは良かったと言えるのでしょうが。その後に来たメールは、ある意味に個人のITセキュリティーから見てもっと重要な問題を孕んでいます。同じKさんからです。
 家財保険である程度はカバーしてもらえるのではないかということで、少し気を取り直しました。

 昨夜は暴風雨の中、やはり心配で朝まで寝られず、 今回初めて導入した無線LANの設定を朝までやって いました。そしてその最中にあることがわかりました。 ノートパソコンから書斎にあるサーバーを検索した ところ、何と私のサーバー以外に、幾つかの無線LAN のサーバーが画面で確認できたのです。

 おそらくこのマンションか、周辺の家に設置してある ものです。そして私のサーバー(マックです。)だけ がパスワードを設置しており、その他のサーバーは 何と何のセキュリティも施されていないのです。

 つまり、私が就寝中に泥棒に入られたのと全く同様に 沢山の家庭のLANが無施錠で、就寝中にこっそりと覗 かれ、場合によっては重要なデータが知らない間に 盗まれているかもしれないのです。

 無施錠の多くが、あのYahooBBの無線ルータ付の ADSLモデムでした。Yahooは初期設定を、無施錠でも つながる様にしたまま、モデムをばらまいているのです。 セキュリティは家に限らず、ネットでも重要ですね。

 「幾つかの無線LANのサーバーが画面で確認でき」というのは我が家でも同じでした。しかし私は他人のサーバーなど興味も何もないので、もっぱら自分のLANにセキュリティーを掛けることだけに集中しました。まだ光が出たばかりで、NTT東日本から実に4人くらいの方が見えられて工事をしたりで、今考えると結構大変な作業だった。

 その際工事の責任者が、「他人に覗かれるのは嫌ですよね....」と言って、無線LANにセキュリティーをかける作業をしてくれた。むろん暗証番号は自分で決めましたが。私はヤフーのADSLを使ったことはないので、知らなかった。「無施錠の多くが、あのYahooBBの無線ルータ付のADSLモデムでした。Yahooは初期設定を、無施錠でも つながる様にしたまま、モデムをばらまいているのです」というのはもし本当だとしたら、酷い話しです。私はそれを直ちに確認できる立場にないのですが、案外その人がもっている情報というのは、会社のそれとか、名簿とか重要な物があることが多い。それが思わぬ処から覗ける状態になっているというのは危険なことです。無線は、我々の意図とは別に四方八方に飛ぶ。

 無線LANは便利です。家のどこにいても高速ネットワークが利用できる。しかし、便利なサービスの裏側には、同じように危険が潜む。用心にこしたことはないので、皆さんも一回自分の無線LANの安全性を確かめたらどうでしょうか。


2004年12月05日(日曜日)

 (23:25)名古屋への道すがら最新の日経ビジネスの特別編集版(2004.12.6)をぺらぺら捲っていたら、101ページにドーンと知り合いの顔が。ははは、このたび住友信託銀行の最年少、かつ初の女性支店長(港南台支店)になった矢島美代さんのアップ。

 そう言えば二ヶ月ぐらい前かな彼女から電話が来て、「今日経ビジネスの記者さんにインタビューされているのですが、当時のことを伊藤さんに聞きたいというので電話代わります」といって電話が来て、私が記者さんの質問を受けたことがある。文章を読んでいったら私の名前も出てきました。ははは。他の人の記事で名前が出るというのもなんか変な印象ですね。

 彼女の目の前のコンピューターがセキュリティー画面になっているのは、たまたまそうなったのか、記者さんの配慮か。まあ前者なんでしょうな。私も港南台支店には行ったことがないので、支店長席から見た景色というのはこういう感じなんだ、と。一人仕事をさぼって後ろを見ている奴がいるな。

 記事には「もっと上を目指して働け」と私が言ったとある。そんなこと言ったかな、という印象ですが、その前の「一緒に営業に行っても受け答えがうまく、安心感を与えていた」というのは本当だと思う。彼女には人間力的なものがあった。今でも昔の為替のお客さんと話しをしていて出てくる名前の一つは、彼女の旧姓です。

 彼女の記事の流れの中で、川本裕子さんのインタビュー記事がある。「女性を活用しようとする会社は滅ぶ」という刺激的なタイトル。うーん、多分彼女はあえてそういう言葉は使ってはいないと思う。中味を読むと要するに、「男でも女でも若くても、力のある人には仕事を任せろ。外形的な基準でふるいにかけるな」ということを言っている。まあそうなんでしょうね。矢島さんはまだ支店長になったばかり。彼女らしく頑張って欲しいものです。
 ――――――――――
 ところで「名古屋」「為替」で思い出しましたが、先週の水曜日に名古屋に行ったときに、非常に懐かしい方にお会いしました。日銀の為替課長をやっておられて、その後北海道拓殖銀行に転じられた大熊さん。今は名古屋の銀行協会の専務理事でいらっしゃった。

 名古屋で講演をするときには、大方銀行協会の会議室を使う。で、支店長の安藤と話しをしていたら大熊さんの話が出てきて、「それは以前、日本銀行の為替課長をやられていた方ではないか....」という話しになって、「そうに違いない」ということで講演が終わった後ちょっとお邪魔した。そうでした。北海道拓殖銀行のあとは、いくつかのIT企業を経験されたとか。

 なつかしかったな。20分ほど話しをさせて頂きましたかね。またまた当時の懐かしい人の名前が一杯出てきた。あの当時の人で誰が出世頭(うーん、上原さんかな)だとか、あの人はどうしているとか。ははは、大熊さんが名古屋の銀行協会の専務理事になられていることを知らない人も多いのでは。


2004年12月04日(土曜日)

 (23:45)テレビをあまり見ない私は、時々ずれることがある。土曜日に来年の鍋物コンテスト(去年のコンテストはここに)の概要を決めながら、鍋物ドットコムの久保田さんが考案した鍋を食べていて、その中に葛きりがあった。それを誰かが、「マロニーだ」と言ったのです。私はついそれを「それって誰 ?」と言ってしまった。

 ははは、笑われたな。そんなん知りませんがな。中村玉緒さんがやっているコマーシャルの宣伝なんて。そういえば見たことがあるような。しかし、中村玉緒さんの宣伝は、他にも一杯あるじゃないですか。パチンコのそれとか。

 知らなかったついでに面白い単語を二つ教わりました。

  1. 「冬のソナタ」に夢中になったソナタリアン
  2. 中でもペ・ヨンジュンへの重い思いに罹患したヨンフルエンザ患者
 そのヨンフルエンザ患者達がニューオータニの正面玄関で起こした事件は今や有名ですが、私は実はあの時同ホテルで打ち合わせをしていたのです。直ぐに気づいたのは、「いやにおばさん、オバタリアンの方々が多いな」と。なにせ、明らかに宿泊客と思われる人々が殆どそういう種類の女性だったのです。あとで考えて、彼女らは「ペ・ヨンジュン狙い」にホテルに宿泊していたんだということで納得がいった。そのパワーたるや凄まじい。けが人なぞなんのそのでしょう。

 その手の情報に詳しい人によると、ペさんは韓国では若い女性のアイドルではあっても、年上の人達のアイドルではないというのです。ところが日本では、明らかにペ・ヨンジュンは一定年齢を超えた女性のアイドルであるように思う。ということは、彼を好きになる、彼を一目見て涙するという点において、韓国の若い女性と日本のおばさま達は同じ精神構造を持っている、ということになる。

 それが何を意味するのかはもうちょっと検討が必要かもしれない。同年代の従姉妹が言っていたな。『私はそうじゃないけど、彼が好きなある人が言うのに「彼はドラマの中でここでこう言って欲しいと思うことを言ってくれる」から好きと言っていた』と。へえ、そうなんだってなものです。

 今週の週刊新潮が巻頭で彼を扱っている。この特集が笑える。褒めるでもなく、しかし貶すでもなく。まあ編集部も考えたんでしょうな。あまり貶すと女性離れがおきる、といってあまり褒めると男性離れがおきる。で、ああいう煮え切らない特集になった、と私は推測する。それが当たっているかどうかは分かりません。

 マスコミがしばしば多用する手は、「上げて、下げる」。上げなければ、下げられない。女性誌などは今はヨン様特集花盛り。あれが、「下げ」に転じることがあるのかどうか、あるとしたら何時なのか。それも興味があるな。


2004年12月03日(金曜日)

 (23:24)あと20日で100才のおばあちゃんは、残念ながら11月の末にお亡くなりになり、3日は日帰りでお葬式に。さすがに100才も接近して亡くなると、お友達はもういない。ですから、親戚縁者とご近所の方中心の式となる。

 改めて思ったのは、お葬式がもっている「久しぶりの人を会わせる力」です。ほんとうに久しぶりの人に会える。何十年ぶりという人に何人も会ったな。従兄弟でも、こんな機会がなければ会わない人もいる。思いがけずに趣味が同じであることが分かった人がいたり、と面白かった。

 親戚の先輩を見ていると、みんな先祖捜しが趣味になる。若いときは自分が誰だかにもあまり興味がない。しかし年を取ると、自分が過去から見て誰で、そして誰に繋がっていくかに興味を持つようです。まあ悪いことではない。で、親戚に出回るのは先祖の家系図ということになる。

 私も見せられましたが、まだそれほどそれを調べてみようと言う気にはならない。「定太」(さだた)という4代前の先祖が和算家であり、そのまた2代前くらいは書物になって残っているのでかなり確かなんでしょうが、その前はどの程度信憑性があるのかも知らない。まあ家には、鎌倉時代まで遡る家系図は残っていますが、怪しい物です。こんなのは、ずっと後の楽しみですな。


2004年12月02日(木曜日)

 (08:24)今朝の中日新聞には、興味深い記事が載っている。「トヨタ F1快走ならず」というのです。快調な名古屋経済、その中にあってとりわけ快調なトヨタ自動車。「死角はないか」と探したくなるくらいだが、やはりあることにはある。

 その一つは、「三年以内に表彰台(三位以内)」と目標を立てたものの、未だ「参戦3年にして、最高が5位」にとどまっているF1でしょう。ライバルのホンダの方が大体上を行っている。テレビに映るのは上位だけですから、あまりトヨタ車は映らない。プライドの高いトヨタとしては屈辱でしょうし、ホンダについてはバトンだ佐藤琢磨だと名前も出るし注目されているが、トヨタについては「ドライバー誰だっけ」といった状況。

 なぜそうなのか。斎藤副社長が中日新聞のインタビューに応じていて、「参戦一、二年の経験不足やトラブルを経て、我々も確実に向上したが、他チームの改善度が予想よりも上回った...」とある。この問題に詳しい人によると、トヨタは一周ごとにエンジンで1秒、ドライバーで一秒遅れていると計算したという。それを何とか合計で1秒の差に縮めたい。60週で1分の差に。そうすれば運があれば表彰台だと踏んだという。

 それは三年目のトヨタとしては出来た、というのです。しかし、斎藤副社長も言うように、「他チームも改善してきた。当初立てた目標が甘かった」と。ではどうするか。鍵は高速で走って浮き上がり気味になる車体をいかに押さえるか、車輪の駆動力をいかに車体に伝えるか、だというのです。そのためのノウハウが長く参戦しているチームにはある。それがトヨタにはない、ということらしい。具体的には、ボンネットにほんの5ミリほどの突起をどこかに作れば、それが空気の流れを変えて車体を押さえてくれる、というような。それは経験知だというのです。

 ということは、経験豊かな他チームに比べてトヨタも精一杯時間をかけてチームを育てる必要がある、ということです。しかし、キャッシュ・リッチなトヨタにとってもF1は膨大なカネがかかるエントリー。だから参戦チームは減少気味。

 もっとも、カネはかかるが、メリットはあったらしい。斎藤副社長は、「一つのことにトヨタグループ挙げてまとまるという機運が出てきた。F1参戦でやっと自動車メーカーとして受け入れられたという実感だ」と。まあこれは主にヨーロッパでの話でしょう。トヨタがF1に参戦してから、ヨーロッパでの売り上げは伸びている。

 まあトヨタとしてはF1はしばらくやめられないでしょうね。目標を達成するまでは。今やめたのでは、「なんであんなに大々的に発表して参戦したのか.....」ということになる。社内の技術者が「やらしてくれ」と言っていたのを、トップ陣が「じゃ...」と言って認めた経緯もあるらしい。さあ、来年はトヨタのF1はどうなる。

 まだありますよ。「死角」らしきものは。次は株価かな。業績はどんどん良くなっているのに、株価は2000年春につけた5800円を昨日12月1日の引値で3800円前後と2000円も下回っている。「なんだこれは」という世界。ちょっと円高という程度では揺るがない業績をもっている、世界展開をしている筈なのに、株価は冴えない。これはトヨタの首脳にとっても悩みの種でしょう。配当も結構多いのに、株価は上がらない。

 あと、ポルシェに頭を下げられ、シュワちゃんからは工場進出を懇請され、そして今まで弱みだったヨーロッパでも強さを発揮し始めたトヨタにとっては、人材、人材の厚みの欠如ではないでしょうか。やはり世界的な、環境保護技術などに極めて秀でた会社として地位に相応しい社員を揃えるのは、そして世界的に活動できる社員を揃えるのは容易ではない。戦線が拡大しているだけに、この課題は大きいはずだ。トヨタはビジネスの枝も延ばしている。

 どんな企業も、ピークの時は「死角」というのはなかなか見えない。しかしこうして少し並べてみると、やはり経営的に一番問題なのは、最後の「人材」ですかね。そんなことを思いました。


2004年12月01日(水曜日)

 (23:24)思い出しました。109での話。おやっと思ったのは、ベビーカーを押した3人組が実にぴったりはまった形で店を堂々と見回っていたことでした。あの店、あのビルの作りから言って、子連れは似合わないような。しかしその3人組は、3人とも同じような歳の子供を乳母車に乗せて、実に悠々とあのビルの店舗を見回っていた。

 子供をシーンからはずしても、3人ともあのビルにぴたりと合うファッション。その3人がそろって子供を連れていたのが私の印象に強く残ったのです。きっとマルキューファッションで高校生以降の時代を過ごし、そして結婚して子供が出来ても、あそこに来ているんでしょうね。面白いシーンでした。
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 ところで、午前中から名古屋に来ています。有効求人倍率が久しぶりの高さになるなど、名古屋は相変わらず景気が良いと聞いている。土地の値段も全国に先駆けて、東京の一部と足並みをそろえて上がり始めた。

 なぜ名古屋がそれほど強いのか。それは強い産業があるから、と結論は出ている。では、名古屋になぜ強い産業が育ったか、はいろいろ説がある。しかし、一つの説明は、経路依存的に土壌があったということでしょう。技術の集積があったし、資本の形成に寄与する人々の生活習慣があった。

 まあそこらへんをしばらくチェックできればと思っているのです。今週は一週間の間に二回も当地に来る予定。その間に何か分かれば良いな、と思っています。



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