2003年06月29日(日曜日)

 (15:06)いいねえ、こういう更新は。松井は後半戦もっと期待できるのではないでしょうか。


2003年06月29日(日曜日)

 (06:06)久しぶりの関西でした。断続的に梅雨の雨が降っていてあまり歩き回れなかったのですが、以前も見たことがある曾根崎の良い場所の取り壊し中のビルが相も変わらず無様な姿を曝しているなど、東京とは違ってちょっと街の雰囲気は重い。

 しかし同じ大阪でも、中之島の北、リーガ・ロイヤル・ホテルに続く道などは建設ラッシュで、地域によって資本の集まり具合には違いがあるようです。大阪駅の近くも綺麗になった。何人かの人と話しましたが、東京と大阪を両方見ている人は「大阪は元気がない」という。まあそうなんでしょう。産業はアジアとの競争に疲れ、企業は本社を東京に移している。夜の街を歩くと若者が出歩いている姿は渋谷などと同じで、見た目にはそれはあまり分かりませんでしたが。

 大阪に来たのは講演のため。土曜日の設定で普段はやらないのですが、でも相手は限られた人で、それはそれで面白かった。最近面白いなと思うのは、大阪は元気がないと言われるが、たとえば青山のタストバンに資本を入れたのは大阪の業者の方だと聞いた。ということは、表面から見える大阪と、中で動いている関西の資本は別の動きをしている可能性がある。あまり画一的な見方をするのは問題なんでしょう。

 しかし全体的に言えば、日本の地方は衰退が激しい。公共事業が減り、それに代わる産業が育っていない。ある地方出身の、先生を兄弟に持つ後輩が、「学校で給食費を払えない子供が増えているそうですよ」と教えてくれた。今朝の日経には日本の景気に関して「出口探る底這い景気」とあるが、日本の多くの地方では景気は「這ってもいない」ということでしょう。これは大きな問題です。


2003年06月27日(金曜日)

 (00:06)最近はなんだか対談が多い。うっすらと知っていたこの方が昨日の相手で、まあニュースの読み方などを中心に。しかし途中で脱線しまくって、その脱線がウリだそうだからそれはそれでいいのですが、なかなか面白かった。

 10歳くらいしか違わないのに、若く見える。テレビ・タレントに向かって「最近の若い連中はテレビを見ない」という話をしたら、ちょっとびびってましたが。まあ、コンテンツさんは大丈夫でしょう。雑誌はZAIというのです。

 先月だったか小島奈津子さんとやった対談は、今出ている日経ウーマンに載っていると思います。いつもテレビで一緒ですが、別の仕事をするとまた別の感覚がある。いつも思うのですが、こちとらしゃべるだけで、纏めるのは雑誌社が選んだフリーの編集者などです。出来不出来はこちらの話の内容もあるのですが、彼らの力の部分も大きい。

 ZAIはいつ出るのか知りませんが、どんな感じで纏まってくるのか。彼は一人っ子で、ご両親は神戸だそうで、「これからどうする」ってな話になった。今でも仕送りをしているという。結構偉いじゃないですか。


2003年06月26日(木曜日)

 (07:06)今回のFOMCの声明の一番のポイントは、アメリカ経済の生産性の上昇などによる成長力に慎重ながら楽観論を崩さずにいるものの、しかしながら米経済が持続的に成長する力を発揮できるかは今後の問題であり、またデフレに対する懸念が持続する中で、時間軸を念頭に置いた緩和姿勢維持の表明をしたことでしょう。

 こうした中で、FOMC全体としては一人(Robert T. Parry)の0.5%下げ主張者の意見を退けながら、0.25%の小幅下げの道を選んだ。まあ新聞的には、ワシントン・ポストに対して、ウォール・ストリート・ジャーナルの勝ち、という結果です。声明全文は以下の通りです。

Release Date: June 25, 2003

For immediate release

The Federal Open Market Committee decided today to lower its target for the federal funds rate by 25 basis points to 1 percent. In a related action, the Board of Governors approved a 25 basis point reduction in the discount rate to 2 percent.

The Committee continues to believe that an accommodative stance of monetary policy, coupled with still robust underlying growth in productivity, is providing important ongoing support to economic activity. Recent signs point to a firming in spending, markedly improved financial conditions, and labor and product markets that are stabilizing. The economy, nonetheless, has yet to exhibit sustainable growth. With inflationary expectations subdued, the Committee judged that a slightly more expansive monetary policy would add further support for an economy which it expects to improve over time.

The Committee perceives that the upside and downside risks to the attainment of sustainable growth for the next few quarters are roughly equal. In contrast, the probability, though minor, of an unwelcome substantial fall in inflation exceeds that of a pickup in inflation from its already low level. On balance, the Committee believes that the latter concern is likely to predominate for the foreseeable future.

Voting for the FOMC monetary policy action were Alan Greenspan, Chairman; Ben S. Bernanke; Susan S. Bies; J. Alfred Broaddus, Jr.; Roger W. Ferguson, Jr.; Edward M. Gramlich; Jack Guynn; Donald L. Kohn; Michael H. Moskow; Mark W. Olson; and Jamie B. Stewart, Jr.

Voting against the action was Robert T. Parry. President Parry preferred a 50 basis point reduction in the target for the federal funds rate.

In taking the discount rate action, the Federal Reserve Board approved the requests submitted by the Boards of Directors of the Federal Reserve Banks of Boston, New York, St. Louis, Kansas City, and San Francisco.

 時間軸を打ち出しているのは、「On balance, the Committee believes that the latter concern is likely to predominate for the foreseeable future」の部分です。「the latter concern」というのは、「可能性としては小さいが、歓迎せざるインフレ率の大幅な低下のリスクが、既に低い現在の水準からインフレ率がピックアップする可能性を上回る」こと全体を指します。この危険性、つまりデフレの可能性が「予見しうる将来も、インフレ再燃の危険性を上回りそう」なことを繰り返し述べることによって、「予見しうる将来」での緩和基調の継続を宣言している。インフレ再燃の危険性がない現状では、FRBの緩和姿勢維持は相当長期間になるでしょう。

 前回、5月6日のFOMCの声明は以下の通りでしたが、今回の声明と重なる部分が結構ある。特に下のパラは時間軸を打ち出した文章の前はほぼ同じである。5月6日と認識はそれほど変わっていないことを示している。

Recent readings on production and employment, though mostly reflecting decisions made before the conclusion of hostilities, have proven disappointing. However, the ebbing of geopolitical tensions has rolled back oil prices, bolstered consumer confidence, and strengthened debt and equity markets. These developments, along with the accommodative stance of monetary policy and ongoing growth in productivity, should foster an improving economic climate over time.

Although the timing and extent of that improvement remain uncertain, the Committee perceives that over the next few quarters the upside and downside risks to the attainment of sustainable growth are roughly equal. In contrast, over the same period, the probability of an unwelcome substantial fall in inflation, though minor, exceeds that of a pickup in inflation from its already low level. The Committee believes that, taken together, the balance of risks to achieving its goals is weighted toward weakness over the foreseeable future.

 ではなぜ0.5%の利下げではなく、0.25%の利下げにとどめたのか。声明の全文を読むと、依然として生産性は力強く上昇している、消費者の支出の増加、金融情勢の目覚ましい改善、そして労働・製品市場の安定....など、アメリカ経済に対して楽観的になれるいくつかの状況を説明している部分がある。「それほど悲観的ではないよ」と言っているわけだ。

 それ以上はFOMC声明は言っていない。しかし、0.25%の下げを予測したウォール・ストリート・ジャーナルは、先週の週末の記事で「利下げが小幅になる」理由として、以下の諸点を挙げていた。過ぎたる金融緩和の弊害を知っている我々日本の人間には、理解しやすい点だ。

  1. マネーマーケット・ミューチュアル・ファンド(money market mutual funds)の存在が危うくなる。なぜなら、金利が低くなりすぎると、ファンド運営の経費や投資家に返すリターンなどを賄えなくなる
  2. 金利を低くしすぎることは、FRBの金融政策手段が尽きたという印象を市場に与えてしまう
  3. ゼロ近傍になると、TB、CP、CDなどが取引される短期金融市場が混乱してしまう。なぜなら、FRBが無金利の資金を供給しているときに、コストを払って資金を取る参加者はいなくなってしまうからだ
 だったら、下げ余地を残しておいた方が良い、とFOMC全体としては考えたと考えられる。これに異論を唱えたのが、パリー・サンフランシスコ連銀総裁というわけだ。この異論を「グリーンスパンの指導力の低下」ととらえることも可能だろう。しかし、FOMCの中にも大幅緩和論者がまだいる、という市場に対するメッセージの側面もあるとしたら、これはFOMCの高等戦術かもしれない。

 これに関連して、ウォール・ストリート・ジャーナルには、「The Fed's Next Act」という短い記事があって、以下のように述べている。

THE FEDERAL RESERVE'S LATEST RATE CUT means the central bank is running low on ammunition for its primary means of stimulating the economy and staving off deflation. After 13 cuts since the start of 2001, the central bank's target for the federal-funds rate, charged between banks for overnight loans, is at a 45-year low of 1%.

Most Fed watchers agree that, if necessary, the central bank will put its benchmark for short-term interest rates only as low as 0.5% -- but not all the way to zero

 つまり、金融市場の事情に詳しい人の見方として「どこまで下げられるか」という観点から言うと、弊害が出ない範囲では0.5%までとの見方。ということは今回の利下げによって1.0%になった誘導目標の環境下では、「残りは0.5%の下げ余地」しかない、ということでしょう。

 今回0.5%下げたら、残りは0.25%。利下げの刻みとしては、「残り一回」というレベルになってしまう。これはFRBとしても避けたかった、ということでしょう。今後の0.25%刻みでの二回の「下げ余地」を残した、と見るのが妥当です。

 市場の反応は、株安、債券安、そしてドル安でした。株はダウで100ドル弱下げた。しかし日中ダウより遙かにしっかり動いていたNasdaqはわずかに2.98ポイントの下げにとどまった。債券は、指標10年債の利回りで3.37%と前日の3.27%を上回った。その分だけ、債券は売られたと言うことになる。

 ドルは一時ユーロで1.16ドルの前半まで(私の知っている範囲ですが)下落したものの、その後は1.15のミドルに戻している。まあこれはそんなに動いていない。筆者の見方によれば、株や債券の動きは initial reaction と読めます。明日になれば「まだ緩和余地あり」という見方になるかもしれない。株も債券も上げ、ドルは下落する可能性がある。

 いずれにせよ、2001年以降、これはFRBにとって13回目の利下げである。水準的に言えば、1958年以来の低水準。FRBが一番活発に利下げをしたのは2001年で、予定外の3回の臨時FOMCを含めて、全部で11回利下げしたと思う。その後は利下げのペースは落ちている。

 では今後どうか。市場は「まだ0.5%の利下げ余地がある」ということで満足するだろうか。多分それは違う。グリーンスパンは利下げのみならず、例えば長期金利を下げる措置など、「デフレ対策の金融政策には各種ある」とあちこちで述べている。しかし、日本の例を見ても、グリーンスパンが想定しているような各種の措置の有効性を改めて考えれば、それはなかなか難しい、と考えるのが自然である。先に紹介したウォール・ストリート・ジャーナルの短い記事の最後の文章は

The Fed has been studying additional options for boosting the economy, and Fed Chairman Alan Greenspan has offered reassurance that the central bank won't "run out of monetary ammunition." But the central bank doesn't have a slew of realistic alternatives. On the following panels see some of the other tricks the Fed may have up its sleeve.
 というものだ。利下げの取って代わる「現実的な選択肢」を示せているわけではない。次回からのFOMCは、「利下げという手段が尽きたとき」の検討をしなければならないだろう。


2003年06月25日(水曜日)

 (08:06)今朝の新聞に掲載されている情報の中で一番びっくりしたのは、日経産業新聞の最終面「眼光紙背」にある「週末ごとの韓国行き」です。「ある電機メーカーの半導体部門では会社が社員のパスポートを預かるという驚くべきことが行われている...」と。

 なぜ韓国に行くのか。「週末を使ったアルバイト」とある。具体的にはサムスン電子に。「夢を持って入社した半導体部門は今や会社のお荷物という状況」「出世も高収入を得る道も描きにくい」なので、日本の技術者は韓国に「週末アルバイト」に出るのだという。

 航空運賃をどちらが出すのか知りませんが、それほどに日本の技術者が持つ知識が必要としているというプラス面を考えるのか、日本の電機メーカーが技術者に夢を与えられないほどに衰退したと考えるのか。まあアメリカでは、会社がある部門を見限ったら、社員も移動するんでしょうが、日本はまだそこまで行かない。


2003年06月25日(水曜日)

 (07:06)1キロ1万円のテレビ.......。夕方からの予定が銀座だったので、少し早めにオフィスを出て、銀座4丁目のソニービルに行って、実際にこの目でクオリア(同商標に基づく製品)を見てきました。4階に具体的製品が二点ありました。私が行った24日から発売開始だとか。

 月曜日の新聞でナンバリングがしてあって、なんだろうなと思っていたのですが、あれはソニートップ(出井さんですが)が各部門、セクションに「クオリア製品を作るように」と要請を出し、それに応じて社内で手が上がった順にナンバリングしたものだそうです。しかし、15番目(015)のテレビモニターと16番目(016)のデジタルカメラに他のナンバーのものより早めに最終的なゴーが出て、製品化したという。この次に出てくるのは、CDプレーヤーやプロジェクターだそうです。

 でモノですが、テレビモニターはPDP(プラズマ)や液晶かと思ったら、ブラウン管のトリニトロンでの技術の粋を集めたもの。技術者が入れたい技術を全て入れた、という代物だそうです。モニターの重さは130キロ。ということは、つまり130万円。値段もそうですが、まず重さに驚愕。販売員の人によると、130キロという重さ故に受注するとコンシェルジェが実際に購入した人の家に行って、例えばですが家が傾かないか...などをチェックするという。

 しばらく見させてもらいました。従来のテレビと何が違うかというと、「赤と黒」の照度、鮮度、うーん「鮮やかさ」。これが決定的に違うのです。実に綺麗。漆黒と深紅が売りなのです。これは正直言って、本当に今までのテレビにはないものです。

 床に置き、見る人の目線が下方10度に向かう先にモニターの画面があるように設計されている。しばらく見ていて、確かに自然な印象。今のPDPでも液晶でも、大型になればなるほど床に対して45度のポジションにありますから、ソニーのクオリア・モニターは最初からやや上から眺め下ろす構造になっている。

 ただしブラウン管のテレビですから、後ろは巨大ですよ。液晶やPDPに慣れた人間からすると、これは逆戻りした印象がする。おっと忘れました。最初の一日で何台130万円テレビモニターが売られたのか。

 私が行った夕刻までに「11台売れました」というのがカメラでした。こちらは価格は38万円。「半分は他社が探りを入れて買いに来たのでは....」と言ったら、「最初に買いに来られた方は、そういう感じでした...」と。

 こちらはメモリースティックを記憶媒体に使います。普通の半分の大きさの256。200万画素だというので、画素そのものはそれほど画期的なものではない。何が違うかというと、まあクオリアが目指すところの質感です。ワイドとかいろいろな付属品が全部付いての値段だそうですが、それが価値あるものかどうかは買う人によって違うでしょう。

 ま、これから次々に出てくる商品がどんなものになるのか。それから、今までの家電製品の概念を覆して、「買って帰る」というものではないので、その辺がどの程度消費者に受け入れられるのか。私の印象では、モニターにしてもカメラにしてもおもしろがって買う人はいると思います。それがどの程度続くかでしょう。

 ソニーのクオリアHPはhttp://www.sony.co.jp/SonyInfo/QUALIA/に出来たようです。
 ――――――――――
 そうそう、クオリアを見たあと趙揚にちょっと顔を出しました。一時体調を崩していたご主人の顔を見に。ははは、元気そうでした。体重を10数キロ減らしたと。また近く行かなくては。


2003年06月24日(火曜日)

 (07:06)今朝の朝日の一面トップの「電子荷札」はなかなかユーモラスなネーミングですね。「ICタグ」というカタカナを使いたくなかったのかもしれない。

 しかし、このICタグのニュースは一面トップはちょっとやりすぎかもしれないが、十分な価値はあると思う。このニュースによれば、マイクロンシステムズやサムスンも規格統一に参加しているという。それが重要だ。つまり、世界標準の地位が重要なのである。まだ日本中心でこうして出来うる基準がいろいろあるのが、この国の可能性を示していると思う。

 この記事には、ICタグのプラス面が主に書いてあるが、このサイトでも繰り返し取り上げているように非常に危ない、プライバシーに関わる面を持っている。技術といかに共存するか。難しい問題です。


2003年06月23日(月曜日)

 (06:06)またまた早朝のテレビを見てしまいましたが、日本はコロンビアに負け。高原の惜しい2発があったのですが、どちらも入らず。あのうち一つが入っていれば、日本は決勝トーナメントに進めたのに、と思うと残念です。

 何が違うのかな、と思うと、やはり一人一人の先週の体の強さというかバネの違い。これはまだまだ乗り越えるのに時間がかかるでしょう。しかし、フランス戦の時に思いましたが、またまた暑い中での試合。5日で3試合というのは、きつかったのではないかと思う。

 まあしかし、それは相手も同じ事なので、乗り切らねばならないでしょう。結局、今回のコンフェデでは、フォワードのゴールなし。点が取れるフォワードが欲しい。


2003年06月21日(土曜日)

 (16:06)土曜日の日経朝刊の「個人追うデジタル社会」(上)という記事を読んで、「そうだな、ICチップとカメラの社会は便利ではあるが、リスクも一杯。どう付き合うか、法制度やプライバシーの保障措置をどう構築するかが問題」などと考えながら、ヘラトリを読んだら以下の記事。パスポートに情報として指紋を載せようとしているのは、アメリカもそうです。恐らく来年。日本もいずれそうなる。

 指紋だけではなく、バイオメトリックスは最近ではマンションの入り口にも使われているという。日経ではオムロン製が紹介されていた。六本木ヒルズのカードには確かにICチップが埋め込まれていて、「これは何に使うのか」と思っていた。新聞が話題にしているヒルズが使うICチップカードは買い物客用で実施は11月からだそうですから今後の問題でしょうが。

PORTO CARRAS, Greece European Union governments may soon issue passports containing computer chips embedded with digital fingerprints or eye scans, according to a plan approved by European leaders Friday.

The "biometric" data would allow police officers to verify the authenticity of European passports, which have been counterfeited in significant numbers in recent years, officials said at their summit meeting here.

The chips would also be implanted in visas given to non-EU citizens, making it easier for governments to keep track of foreigners as they travel through borderless Europe.

The plan is just one of a series of agreements announced by European leaders Friday in a package of measures intended to coordinate the Union's immigration policies. But it could also become one of the most controversial.

Privacy activists oppose the computer chip idea, saying it could lead governments to track individuals more closely with detailed personal information.

"There is a complete lack of any kind of accountability with this," said Trevor Hennings, deputy director of Statewatch, a British organization that researches privacy issues. "There's no way to know what will be on the chip."

 何らかの形でICチップを個人が持ち運ぶようになると、そのチップを読み取れる機械があるところでは、その人が何人であるか瞬時に分かるようになる。それは便利であると同時に、プライバシー侵害の危険性を常に孕む。

 恐らくこういう技術は、使い方を定めながら(法的にも、社会慣習的にも)我々の生活に入ってくるのを認めざるを得ない。早め早めにリスクに気づきながら、それを制御し、我々の生活を向上させる方向に使わねばならないと思う。それが完璧に出来ないことは分かっていますが。


2003年06月21日(土曜日)

 (06:06)つい見ちゃいましたね。もしかして、フランスに勝てるのでは、と。中村のフリーキックからの1点は素晴らしかった。遠藤のも入ってくれたら、と。稲本のファールでの相手のフリーキックも何か釈然としない。

 中田に言わせれば、「得点の臭いのしないチーム」だそうだが、それはフォワードの二人が影が薄い、ということかもしれないし、チーム全体が持つ雰囲気かもしれない。しかし、まあ特に後半は日本のボール・ポゼションの時間が長かったし、最後まで応援する気持ちがもった試合でした。

 あのフランスのボなんとかという選手は初めて見ましたが、一瞬の隙をついて後ろに入り見事に決めた。層が厚いんですな。試合前のフランス選手の顔ぶれを見て、アフリカのチームかと思うほど選手が多様。日本はサントスが異色ですが、まあ試合を見ていて多様なチームの強さといったものを感じました。日本も強くはなっているんですが.....。

 次はコロンビア戦ですか。フランスは第一戦で戦った選手のかなりの部分を休ませていた。日本は同じメンバーを第二戦にも使った。疲れていなければ良いのですが。試合後の中田選手のインタビュー時の顔には、凄い汗が見て取れました。


2003年06月20日(金曜日)

 (22:06)なにかの新聞を読んでいたら、楽天の三木谷という社長が、「ショッピングはエンターテインメント」と言っていると読んだ。なかなかいいことを言うじゃないですか。先日「時計」の話を書きました。時間なんてどこででも分かる、ケイタイでも表示されるのになぜ今「時計」が売れているのか。買うこと、そしてそれを保有することを楽しみたいのです。

 はっきり言って、いままで楽天のビジネスモデルは信じていなかったし、今でもあまり持続性のあるモデルだとは思っていない。しかし、この経営者が人々がモノを買うことの、しばしば忘れられる一面の本質を見抜いている当たりはなかなか面白いと思った。

 でもう一つ言うならば、投資もエンターテインメントだったり、エクサイトメントの要素がある。要素がある、ということでそれが全てではない。投資家が回したお金は、それぞれ重要な経済的役割を果たしている。しかし、お金を出す方にしてみれば、それは自分の知識や判断の結果を楽しむ行為であって、株価ボートを眺める投資家の顔が熱中しているのを見ればそれは分かる。だから、投資は理屈をこね回す人が考えるよりはしばしば非合理的だ。

 その「非合理」が読めないから、それが分かったように思うと市場とか相場を見間違える。また、非合理な行為の集積の面があるから経済の見方は難しい。何回繰り返しても同じですからもうやめますが。


2003年06月19日(木曜日)

 (22:06)来週のFOMCに関する記事がそろそろ出始めている。ジョン・ベリーのこの記事などが代表。まあそうなんでしょうな、「コスト」、つまり緩和が行き過ぎてインフレになるリスクが少ないが故に、この記事も指摘している通り利下げ幅は0.5%になるんでしょうな。0.25%にとどめる理由は、下げ余地が狭まるという以外には見あたらない。brave になりうる。

 アメリカの利下げ幅に関しては、19日の日中に米有力情報会社も0.5を見ている、という噂があった。おそらく本当です。ということは、再びヨーロッパの高金利が目に付くようになるということです。特にポンド。お金を置きたい場所としては、ヨーロッパが再び注目を浴びると言うことになる。

 今日の日本の債券相場の下げは、盲目的な買いが続いた後の一種のパニックでした。予想された。相場を長くやっていると、「皆が買っているものは、買ってはいけない。売らねばならない」という習性が身に付く。日本の債券はとても買うには値しない投資対象になっていた。そのうしろめたさが、下げ足を速めさせたと言える。

 しかし、誰もが警戒的になったときには逆に動ける。国内にインフレ懸念があるかといえば、ない。日本経済が力強くなったかと言えば、ない。ということはレベルの問題ですが、下がったあとはまた日本の国債は買えると言うことです。それは利回りベースで0.7%なのか、もっと上なのかは個々の投資家の判断です。

 個人的な予想ですが、株価は当面強含みでしょう。私は債券高と株高が共存しうると考えていましたが、この日の出来事は「債券相場の方に下落リスクが大きい」ということを市場関係者に想起させた。FOMCが再び利下げをするような世界的な超緩和体制の下では、市場にはアンプルな流動性がある。お金が向かわねばならない先は限られていますから、その対象となったものは値上がりする可能性が強いということです。あとは、経済全体が活力を取り戻すかどうか。


2003年06月19日(木曜日)

 (17:06)街の変化が激しいことは何回もここで書いているのですが、青山周辺ではまた最近変化が加速している。もう2週間行かなければ、店が変わっている印象。

 3丁目近辺で最近変わったのはLazy Susanの青山店の新装開店ですか。246を挟んだ道の反対側の新しいビルに移って、多分今週末から開店。私は水曜日だと思ったのですが、青山通りを歩いていたら店の入り口が開いていて中にはお客さんもいる様子。で、「入れるんですか...」と聞いたら、「プレオープンですが...」と。でも入ってしまいました。

 前の店より大きくはなりました。2フロアを占拠していますから。いろいろな小物が集められている。綺麗ですわね、全体に。色調も黄色とだいだい系。時計に時々面白いものがあるんですよ。ですから、時々覗いていた。トレンドというものも分かりますし。

 最近思うのは、数多くの店を見ていると、なんというか「この店はいいかな」とか「ちょっともたないかな」というのが分かるようになるという点。まずは入り口の雰囲気。何かをそこで感じる。精気があるとか、良い意味での店の緊張感が出ているとか。あとは、従業員の持っている雰囲気。別に緊張していなくても良い。しかし、何か感じるんだな。これを数値化することは出来ない。クオリアの世界です。

 レストランも同じです。ふっとした瞬間に、「あ、この店は面白い」と感じることが出来ると、また行く気がする。そういう店は比較的長く続く。そうではなくて、たとえお金をかけて作ってあっても、どこかとっつきにくい、特徴のない店が自然と足が向かなくなる。

 まあでも今は商売に難しい時期なんでしょうね。消費者の気変りは素早い。街における人の流れも変わっている。しかし一方で、一端人気が出るとすっごく加熱する。その熱を掴めるかどうか。まあこれは足繁く定点観測していないと分からない。

 街を歩くと別の楽しみもあります。いろいろな人に会うこと。そういえば水曜日にも全く奇遇な人と会いました。


2003年06月18日(水曜日)

 (17:06)新聞か何かに出ていたので、渡ったらこのページはなかなか興味深い。ちらっと見たところ、金正日の顔写真はどこにもなくて、右側には北朝鮮が「輸出できる」と考えていると思われる製品がいくつか並んでいる。

 GinsengやHandicraftsは「そうだろうな」と思うのですが、興味深いのは Musical instrumentsとしてピアノとアコーディオンが掲載されていること。この二つについては、北朝鮮は自信を持っているということですかね。

 日本の港に寄港できない船を出るなど、実質的には北朝鮮は物資不足に相当悩んでいると思われるが、少しでもこうして輸出を増やして外貨を稼ごうとしているのでしょう。値段も何も書いてないのがどうなっているのか。ま、この程度の物資の販売では日本の半日分しか確保できていない原油などの入手は引き続き困難なんでしょう。官房副長官の発言には現実味があると思う。


2003年06月17日(火曜日)

 (16:06)株の動きが気になった一日でした。先週3日連続でザラ場で9000円に乗せては落ちていた日経平均も、この日はファームに大台に乗って終わった。同時に香港に注目していたらSARSで一時9000を割っていた恒生指数が、今見ている現在では10000を回復。

 月曜日の段階では下げたのは東京などアジアの一部の市場だけ。欧州に行くとファームに上げ基調となり、ニューヨークはダウもNasdaqも大幅高。火曜日はいろいろな人に株の先行きに関して意見を聞いたり、交換していたのですが「調整待ちの調整なし」ということで、とまどいの意見が多かった。しかし、ちょっと上げ足が速い。

 環境的には株価が上値を追ってもおかしくない。16日の海外から17日のアジア市場にかけての市場の特徴は、先週はしばしば「株高・債券高」で推移した市場が、「株高・債券安」に転じたこと。より伝統的な金融相場のパターンに接近したことになる。ということは、伝統的な運用手法に慣れた人が債券市場への懸念を強めて、株式市場に資金を入れ始めたと言うことかもしれない。

 それにしてもペースが速い。調整待ちの人がしびれを切らして買い始めたら、加速しかねない。ちょっとスピード調整した方が持続性はあると思うのですが。


2003年06月16日(月曜日)

 (08:06)鬱陶しいので、週末にはまたまた映画を観てしまいました。「ニューヨーク 最後の日々」というやつと、「二重スパイ」。宣伝されているのは後者ですが、観て印象が残るという点では、前者が優れていた。

 最初の映画は、原題が「People I know」というのです。つまり「自分が知っている人々」。日本語のタイトルを考える人も、よくよく迷ってこの題名を付けたんでしょうね。題名から映画の内容を推察することは難しい。

 ウッディ・アレン系の映画だと思いました。主人公のアル・パチーノは常に喋っている。それが似ている、と思うのです。都会や多忙の持つ本質、意味を問いかけているように思う。なかなか深い映画で、でも日々ああして過ごしている人間に「だからどうしろ」とは言っていない。それらしい人物は登場しますが。

 「二重スパイ」は、思ったほどはよくなかったですね。「チング」の時と同じような状況。ハン・ソッキュが北を思う気持ちの根っこが分からない気がした。まあ、これは私の期待が高かったせいでもある。


2003年06月15日(日曜日)

 (15:06)先週のフジテレビのこの番組の特集は、「自己破産者の増加」でしたが、今日午後の朝日新聞のネットには以下の記事。

 急増する個人破産者の再出発をしやすくしようと、法務省は、破産者の手元に残る「自由財産」を現行の21万円から90万円程度に引き上げる方針を固めた。手続き面でも破産申し立てと債務の免責を一体化し、年間20万件を超える申し立てを迅速に処理できるようにする。秋にも予想される臨時国会に破産法改正案を提出する。

 破産手続きを申し立てると、その人の財産は、破産管財人の管理下に置かれる。自身が使えるのは生活に最低限必要とされる「自由財産」だけだ。現行法で認められているのは、21万円のほかテレビ、電子レンジなどの家財道具だけだが、破産者の再起を重視する立場から金額の引き上げを求める声が強かった。

 番組で「企業も再生の仕組みが出来たが、個人でも...」と言ったことが、すこし現実に近づいたかな、という印象。ずっと検討はされてきたんでしょうが、良いことだと思います。企業も個人も再生が可能なようにしないと。

 もっとも、今の世の中ではあまりにも簡単に「自己破産すればいいや...」といった空気もある。これは問題です。自己破産はその時点で債権債務が精算される。その後に得られた所得には今までは制限がなかった。再出発だから、それは自然でもある。しかし、精算・その後の自由だけが強調されるのも問題。今回の改正では、「破産者であっても免責を認めない債権の範囲も広げる。故意や重い過失で人を死傷させた場合の損害賠償や子の養育費などの支払いについては、保護の必要性が高いとして、破産宣告によっても免れることはできない仕組みにする。」という。

 全体的にはバランスがより取れてきたのではないでしょうか。それにしても、年間21万人におよぶ自己破産者というのは、やはり多すぎる。経済全体の再活力が必要と言うことでしょう。


2003年06月14日(土曜日)

 (12:06)松井も6号ホームランを打ったし、ヤンキースにとっては良い一日でした。クレメンスはちょっと不安定だったが、4000K、300勝。

 なにせヤンキースは、45年ぶりというノーヒット・ノーランを2日前にくらったばかり。しかも一人のピッチャーにやられたならまだしも、6人のピッチャーに対して。最後の打者が松井でした。小早川さんが「松井に打って欲しい」と繰り返し言っていたのに、彼は初球を1ゴロで the end。

 ヤンキースもこれから乗っていけるかもしれない。


2003年06月13日(金曜日)

 (18:06)ちょうど一週間の間隔を置いてこの本の著者とまた放送で一緒したので、この番組の後に朝食を食べに出かけました。たまには変わったところが良いという発想から、グランド・ハイアットに。ホテルだから、朝食ぐらい食べさせてくれる場所はあるだろう、と。

 まあしかし、私も他人のことは言えないが、六本木ヒルズは大きくてどう行ったら良いか迷う。運転手さんに言ったら、とたんに自信のなさそうな対応。まだ都内を走っている車の運転手さんも、あの複雑な内部構造を十分に知っている人は少ない。

 構造も複雑です。グランド・ハイアットは車回しが二つある。一つは西麻布側の通りに面しているのですが、もう一つはビルの中に作られている。あれは外からでは分からない。

 一時間くらい話をしましたが、面白かったな。朝、というかどうか知りませんが、午前2時とか3時に起きて文章を書き、午前中は仮眠したりして、午後はまた文章を書き、夜は出かけて人と会う、ということの繰り返しだとか。まあ、お勤めになっていたときとは全然違う生活でしょう。3月一杯で会社を辞めた後は、奥様ともども3週間ほどイタリアにゆっくり行かれたとか。

 城山三郎さんの話が出たので、私が好きなのは「落日燃ゆ」だとか話していたら、小説作成の舞台裏のような話になった。当面は小説でいくそうですが、「ノンフィクションもいいじゃないですか」と焚きつけておきました。

 まあ次にどんなのが出てくるか楽しみ。「江上さんの小説には、色っぽいシーンがありませんが....」と違う角度から責めたら、「最初をちょっと入れたんですが、編集者とやっぱり男のドラマで行こう....」っていうことで抜いたのだそうです。まあ、自作あたりに出てくるかも。


2003年06月12日(木曜日)

 (06:06)「stupidity」が目立つ「The Core」とか、「Matrix Reloaded」に比べて、格段に良い映画を見ました。めぐりあう時間たちです。この映画は、最近のアメリカ映画の中では出色です。

 たぶんこの映画は、これを見る人が過ごしてきた人生によって見方が少しずつ変わる。当たり前の話と言えば話ですが。人生の中でどんなに思ってくれる人がいても、その人の生き方はその人のものだと主張しているとも理解出来る。しかしそこまでの相互の気持ちの行き交いが無駄かと言えば、そうでもない。ま、人生は矛盾に満ちているとも観れる。3人の女優がまた素晴らしい。中でも一番好きなのは、ジュリアン・ムーアですが。

 それにしても、マトリックスの二番目の作品は一作目のただ単に楽しめる、というところから逸脱して、余計訳のわからない作品になっている。観て損をした感じ。コアに至っては、ただ単なる時間つぶしの為の映画の印象。時間があったら「めぐりあう時間たち」(The Hours)を観ることを、私としては推奨します。

 推奨といえば、ドル落城は、かねてからの友人である斎藤満さんが書いた最新作。なかなか面白い。ちょっと「日本がなぜ復活するか」の理論付けが甘い感じはするが。読んでいて、「出版社に煽られたかな....」と。先日電話の中で本人にその旨言ったら、「よくおわかりの通り...」と。まあでも彼の日頃の活動から生まれてきた本で、彼が日頃何を考えているかが分かる。

 その他で面白かったのは、起死回生バカの壁世界ビジネスジョーク集など。起死回生の著者の江上剛(Egami GO)さんには、先週かな会いました。番組の関係で。大学の後輩でした。

 バカの壁は今評判の新潮新書。肩の力が抜けた状態で書かれているのが、読んでいて重くなくて良い。このシリーズはすべてそういう雰囲気なんでしょうか。最後のジョーク集は、今月末に出る日経ビジネスの書評に取り上げました。


2003年06月11日(水曜日)

 (12:06)典型的な「株高・債券高」の展開である。11日午前中は。株が日経平均で161円上昇し、債券(指標10年債)は買われて0.430%まで利回り低下した。

 インフレ時代に投資に馴染んだ人々はしばしばこういう。「伊藤さん、債券相場が上昇している間は株の上昇は本物ではないですよ......」と。一見理にかなっているように思う。なぜなら、世の中にあるお金の量は一定だから、お金が右から左に動けば、右のものは売られて、左のものが買われる。だから、どちらかが売られない(価格が下がらないと)と、逆サイドの買われ(価格上昇)は続かないと。

 しかし、最近「それは今は違うんじゃないかな...」と思い出している。一つはお金の価値が低くなるインフレ時代と、お金の購買力が増し、実物資産の価値が低下するデフレ時代では、そもそも投資に関わる原則が違ってくるのではないか、という発想。お金はインフレ時代には、しばしば実物(土地など)に張り付いていて、残りが債券や株に回っていた。インフレ時代には土地の流動性も高かった。

 しかし、デフレ時代にはそもそも流動性の高い資産は株と債券に限られる。今の日本の土地の流動性が高いと言う人はいないだろう。むろん、土地に流れるお金はあるが、世の中の投資可能資金に占める割合は小さい筈だ。ということは、デフレ時代には、株、債券に回りうる資金の量は増える。

 加えての、日本を筆頭とする世界的な金融緩和で、世界の市場には資金がこれでもかというくらい滞留している。日本はその良い例だ。もし投資をする実際の人間として、すっごくお金を自分で持っているとして何を買うかというと、デフレ時代には流動性がまず何よりも大事だという原則に立てば、浮かぶのは流動性の高い株だろう。今週に入ってからの株高はその臭いが強い。日経平均の上げが激しいときは、流動性の低い小型株は陰が薄くなる。

 債券相場を主に押し上げているのは日本の機関投資家だろう。外人と個人は株を買っていると考えられる。この二つは両立しないだろうか。十分両立すると思う。問題は、「どちらが先に行き詰まるか」だ。繰り返すが、世の中の資金の量は無限ではないから、無限に「株高・債券高」が進むとは考えていない。いつかは限界が来る。

 しかし、まだ始まったばかりの「株高・債券高」に向かって、「これはいままでの常識と違う」と主張するのは、環境の変化を読まない主張のようにも見える。

 今の世界を見るならば、ドイツでもアメリカでも、そして日本でも「株高・債券高」だ。世界的な現象を「従来の常識から見ておかしい」と言い切る勇気は私にはないし、今の世界的なデフレ環境、世界的な金融緩和の進展を考えるならば、そして流動性が高い資産が株と債券など極一部の投資対象に限られているという現実に立てば、今の世界的な「株高・債券高」は十分理解できると思う。


2003年06月10日(火曜日)

 (09:06)昨日時計の話を書いたら、今日の朝の新聞にはシチズンの最新型電波時計の広告が載っている。実物を見ないと分かりませんが、今までの電波時計よりはかなりスリムになった感じ。

 今までの電波時計は、物珍しさだけが売り物という感じで、「スマート」とはとても言えないシロモノだった。アンテナを内蔵するので、分厚くなるし、電波を通す関係から肝心の部分がプラスチックかなにかになっていた。

 まだ今回のシチズンの時計も、見て直ぐに触手が動くと言うほどでもない気がするが、フルメタルだそうで、どうやって作ったのかなという好奇心は沸く。それにしても、こうしてたかだか時計にしてもいろいろなものが出てくるというのが面白い。GPSあり電波あり、将来にはもっと面白い時計が出来るんでしょうね。将来は今の時計の大きさで、電話もネットも出来るものが登場するに違いない。

 「登場」といえば、ケイタイ販売会社の店頭には、久しぶりに新しい機種が出ている。505i はその代表だが、あれはちょっと触手が動かないな。重い。スーツのポケットに入れて歩けない。型くずれするのでは。130万画素は魅力ですが、そもそもそんなに写真なんて撮らないし、147グラムもあったら今までの1.5倍。勘弁して欲しい。

 ケイタイはやっぱし100グラムを切らないと。私の周りにはもう買った人がいますが、私は珍しく「あれはな....」と思っているのです。


2003年06月09日(月曜日)

 (09:06)最近雑誌を見ていて気が付くのは、高額な時計の広告の多さです。特に雑誌にその傾向が顕著。テレビではほとんど時計のコマーシャルは見ない。紙媒体に特徴的な現象。

 例えば、最新の日経ビジネスを見ると、特集ということもありますが、89ページから106ページまで全部高額時計の広告。ちらっと見ただけで正確ではないのですが、1500万円近い時計もある。他の雑誌でも時計の広告はよく見かける。

 面白いですね。考えようによっては、時計なんて機能的には役割を終えたような面もあるのに。正確な時間が欲しいだけなら、GPS対応か何かのケイタイ電話でももっていれば用が済む。事実、多くの若者は時計を持たなくなっている。

 しかし、機能的に見ればもう必要ない....というところから、では装飾品としての、宝飾品としての、持つことで満足できる時計へのニーズが高まっているし、広告の多さから言えば売れているのでしょう。実際のところ、私も時間だけならケイタイで十分と分かっていても、さっと腕を上げるだけで時間が分かる時計は外せない。毎日して出かける。

 実は時計はペンとともに私が好きな小物の一つで、結構ある。swatch が好きな時期があって、その時に買ったスキンは数個持っています。スキンが良いのは、軽いこと、薄いこと。ワイシャツのそでに全くじゃまにならない。はっきり言って、機械式時計はあまり好きではない。美しくはあるのですが。

 特に「手巻」はだめです。3日も忘れていると、着実に止まっている。最近は96時間もつというような手巻時計も出てきていますが、電池式、デジタル式は3ヶ月くらいほっておいても問題なく動いているのに比べて、面倒。だから、機械式「手巻」の時計をいくつも持っていたら大変だろうな、と思う。自動巻というやつでも、しばしば使ってあげないと止まってしまう。

 まあでも思うのは、「人間というのは、必ずしも生存に必要ないものも喜んで買う」からこそ、経済がここまで拡大したということは言える。遺伝子で人間と1%強しか違わないチンパンジーに時計を持たして、本当に喜ぶかどうか。あらゆる動物の中で人間だけが持つ特性。それを一つのパターンとして端的に表しているのが、「高額時計」ということでしょう。


2003年06月07日(土曜日)

 (23:06)そうそう.....とちょっとかけた書き出しなのですが、今週の火曜日に以下のような文章をマネックス・メール用に書きました。マネックス・メールとは、同社が顧客向けに毎日発行しているニュース・レターです。

 昔からなかったわけではない。しかし、今の日本で急速に進みつつあるのは、「創層」ではないか、と最近思う。

 「創層」とは私がこの文章を書く直前に思い付いた造語だから、読者の皆さんが知らなくてもご心配はいらない。何かというと、意図的に消費者、利用者に「層」を作ろうとしているところが多い、ということである。しかも、これまで以上のペースで。

 私が以前からよく行っていた南青山のワインハウスは最近、メンバーだけに開放する「奥の部屋」を作った。メンバーフィーはかなり高い。「一部のお客さんにゆっくりと」というコンセプトだが、店はそれを隠す様子もない。先日数人で行った六本木のキャバクラにも、「奥の部屋」があって、私は行かなかったが「顔も見られたくない人もいるでしょ」(店の人)とちょっと高めの料金設定をしていた。これには笑った。

 六本木ヒルズの中心である森タワーの最上層部分には、「森アーツセンター」というコンプレックス全体を象徴する施設が入っているが、その中心の一つは51階の大部分を占める「六本木ヒルズクラブ」で、ここには会員とその招待客しか入れない。「この手の会員制クラブは、例えばカナダ大使館の地下とか静かなところが多い」という私のこれまでの印象は、これで変わった。日本で一番ビジブル、かつ派手に喧伝された場所に誕生した会員制クラブだ。

 ということは、「層」を日本人は受容し始めた、ということか。空気が変わらなければ、ああいうクラブはあの場所に誕生しない。日本中の銀行が、「プライベート・バンキング」に注力している。ナイスな用語だ。実際は「富裕層バンキング」だが、重要なのはサービスの提供者が消費者・利用者の心理をくすぐっている、という点だ。すべての「創層」が、実際的ニーズもさることながら、消費者や利用者の心理的ニーズを満たそうとしている。ブランド商品も層だ、いや「そう」だろう。

 「層」を英語で言えば、「class」である。こちらは、語感が悪い。「階級」という意味がまず想起されるからだ。しかし、先日日本に来たブロードウェーのミュージカル「シカゴ」を見ながら、「class」には「品格」という意味もあることを思い出した。舞台横の翻訳ボードは、歌手の台詞の「class」を繰り返し「品格」と訳していた。 日本で進む「創層」。せめてそれが、「品」のあるものになって欲しい、と思う。

 「あなたは特別ですよ...」とお客に思いこませる、そして良い気分にさせる。そして、お金を使ってもらう。別に目新しい手法ではない。しかし、最近「平等原則」の日本がちょっと変わってきているのかな....という発想で纏めたものです。顧客グリップの手法として燎原の火のように広がっている。

 まあ、その先に何があるかは不明です。反感を買うか、それとも受容されるか。しかもそれはケースバイケースかもしれない。


2003年06月06日(金曜日)

 (12:06)BSテレビで試合をちらっと見たら、松井君が左に立ったソリアーノのような雰囲気(顔はでかいが..)。「あれ、何かが違う.....」
 よく見たら、ストッキングがいつもより上にせりあがっている。まるで盗塁を狙う選手のよう。聞くとこの日の松井は、「内野ゴロ、センターオーバーのホームラン、ライト線二塁打、左中間二塁打、右中間二塁打」と5ー4。4がすべて長打。

 日本にいたときから松井は面白い。不振が続いて、「もうダメかも...」というときに、打つ。現役時代の原選手もそうでした。もちろん、選手としては松井の方が力は上のように見えますが。

 このところの松井は大不振でした。30打数でわずかにヒットは3〜4本。打率も250になっていた。腰が引け、手打ちが目立った。どうやら、ポサダだの、モンデシーだの、ジオンビーだのが松井にアドバイスしたらしい。「もっとためを作れ」と。日本のテレビがそう言っていた(英語で”ため”とは)。打順が7番に下がったこともあったし、「ヤンキースが左の外野手を探し始めた」という報道が松井の闘志心に火をつけたのか、大爆発

 4本目の長打を打って、あとの選手のタイムリーでベンチに帰ってきた時の松井を迎えるチームメートの表情が良かった。「よかったな....お前....」といった雰囲気。みんなに祝福してもらっていた。好かれているんですよ、松井は。いい男ですから。敵を作らないタイプだと思う。自分を責め、他人を責めない。それはそのままでもいいと思う。

 しかし、いったい彼は何本の定期寄稿を日本で抱えているのだろうか。新聞、週刊誌などなど。頼まれたままニューヨークに行ったのでしょう。文章を書き慣れている私のような人間でも、何本もの寄稿を抱えるのはしんどい。さらに彼は、良くても悪くても必ず日本のマスコミのための記者会見を試合後に開く。立っての。イチローは絶対それをしない。

 イチローが良いというわけではない。しかし、疲れると思う。文章を書いたり、記者会見を頻繁に開いたり。もっと集中し、そしてゆるりとする時間を作らなければ、長い期間をフルパワーで行くことは出来ないと思う。彼には活躍して欲しいから、心からそう思う。もっと自分の時間を作り、試合に集中する環境を作れ....と。ファンだから願うのです。

 5日のシンシナチでの松井の活躍が、今後の彼の飛躍につながるように期待し、希望します。


2003年06月05日(木曜日)

 (19:06)

「不所持不安症候群」
「寝るときも一緒」
「ゲット低年齢化」
「メール端末化」
「情報端末機能の未利用」
「暇つぶしツール化」
「健全な懸念の保持」
   「ケイタイ」をめぐって、大学の生徒さん達(女子大学の18〜19歳)を調べて、上に書いたような現象を発見しました。薄々気づいていても、改めて調べてみると面白い。そして、ずっと年がいった職場の人間の「ケイタイ」との対応の違いも明らかになった。文章はここにあります。

 リンク先の新しいサイトにも書きましたが、新しいメディア・ツールは出現したときは常に軽視・軽蔑される。ラジオもテレビもそうだった。既存メディアに比べれば、胡散臭いからだ。しかし、時間の経過とともに新しいメディアは影響力を増す。

 彼女らが寝る時もケイタイを枕元に置いているとしたら(そういう人が多かった)、「ケイタイと一緒の時間は一日24時間」に限りなく接近する。彼女らはPCよりもケイタイを好む。使用者に好まれ、使われるメディア媒体が軽視されて良いわけはない。文化伝承媒体としても、販売媒体としても、コミュニケーション・ツールとしても。ケイタイは例えば5年後でも、今では想像できなような凄まじいツールになっているでしょう。


2003年06月05日(木曜日)

 (00:06)この週末に来日する盧武鉉大統領の先遣隊として.....いや嘘ですが、久しぶりに来日した韓国の姜さんを囲んで、六本木ヒルズで夜食事会。男6人で。しかし気心が知れている人たちですから、楽しかった。

 姜さんが面白いことを言う。確か「45定56泥」だと思った。何かというと、若返りの進展で韓国では「45才定年」が普通となり、「56才からさらに会社にいる人間は会社からの給料泥棒と言われる」ということだと。おお、45才定年ね。ま、日本の一部の業界の事実上の定年はそれに接近していますが、大部分は給料は減っても子会社などに行く。「韓国は過激なんですよ」と姜さん。困った中年が、姜さんのところに一杯相談に来る....と。そりゃそうでしょう。

 そういえば、先週だったと思うのですが姜さんの紹介で東亜日報の記者の洪さんという方が来て、新宿の三笠会館で昼飯を一緒に食べました。彼の関心は、「こんな低金利で日本人は運用をどうしているのか」などなど。ま、今週0.495%になった日本の国債利回りですから、大勢の機関、個人が何をしているかは明確。しかし、筆者はこれ以上の国債買いは「危ない」と思う。

 盧武鉉さんに関しては、先週手元に届いたビジネス・ウィークに「From Idealist To Pragmatist」という記事が載っている。であるが故に、彼はかつての支持者から強い反発をかっている。「彼は今移行期にある。だから、両サイドから攻撃の対象になっている」とこの雑誌にソウルの政治アナリストが語っている。そうでしょうね。

 韓国の第一・四半期の経済成長率は、過去2年間で一番悪いマイナス0.4%で、第二・四半期もそれほど大きな改善は予想されないという。対北政策でアメリカににじり寄った形で帰国した時、彼を大統領選挙で支持した若者達は盧武鉉を「flunky」と呼んだそうだ。ハングルで何というか知らないのですが、調べると「おべっか使い,太鼓持ち,取り巻き,ごますり」「使用人」などの意味がある。

 それにしても、六本木ヒルズは行くたびに知り合いに会う。エレベーター・ホールで特ダネの佐々木さんに会いました。眼鏡をかけていたので、ちょっと印象が違いましたが。


2003年06月04日(水曜日)

 (07:06)昨日の午後伝わり、今朝の新聞にも載っている「ドル相場は自分ではなくグリーンスパン議長が決めること」というブッシュ大統領の発言がもし本当だとすると、彼の為替に関する発言は、その重さを従前に増して考え直さざるを得ない、ということになる。

 なぜなら、「ブッシュは為替、為替政策を知らない」ということを、天下に公言したに等しいからだ。名指しされたグリーンスパンは先の議会証言でも「為替相場の政権のスポークスマンは財務長官」という立場を繰り返していた。今のアメリカでは、このグリーンスパンの立場こそ、法制度的に見ても正しい。グリーンスパンは聞かれても聞かれても、「(財務長官が代弁者だから)為替問題に関しては発言を控える」と答えていた。

 大統領は財務長官の上にいるわけだから、本当を言えば為替に関する最終的な政権の発言権者は大統領そのもの。実際に、クリントン政権の時代でもそうだが、大統領の発言は従来は財務長官の発言より市場は重くとらえたものだし、介入の最終的な決断を下すのもしばしば大統領である。ブッシュは、それを認識していない。

 繰り返すが、アメリカではずっと以前から「為替相場の日常的なスポークスマンは財務長官、最終的には大統領の発言が一番重い」というのが常識だった。ただし「大統領の発言」そのものは残る。「強いドル」を繰り返し言ったということは、将来それに関する自らの発言の重みを問われる事態が起きたときには、発言を担保する実際行動を取る必要に追い込まれる、ということだ。政治家の発言というのは、そういう重みを持つ。


2003年06月03日(火曜日)

 (13:06)一カ所立ち寄りでオフィスに行くと、「指標10年国債の利回りが0.5%を割りました」、と。聞くと、午前10時に0.500%になったあと、10時58分に0.495%になったという。むろん、史上最低。

 まあよく買い進めるものだなあ....と思う。株も反騰し始めたのに。つまり、国債はほんの少しだが利子が付くキャッシュ的な感覚なんでしょう。私なら買わない。なぜなら、キャッシュは値下がりしないが、債券には数多くのリスクがある。信用リスク、価格リスクなどなど。

 しかし、環境的に債券が買われる理由は分からないでもない。今週はイギリス中銀とECBの金利設定会合が開かれる。ともに利下げ観測が強い。ということは、世界的な金利低下トレンドは続くと言うことだ。そういう国際的な環境を考えれば、この日本でも「国債はまだ買い」という空気になっても自然。

 ECBはどう出るだろうか。「2003年末まで域内のインフレ率が2%を割りそうもない」(公式見通し)という従来の観測は大きく変わってきている。EUの域内では既に5月にもインフレ率が2%を下回りそうである。今回の引き下げが0.25だったら、近い将来にまた利下げがあると予想できる。EU経済のコアであるドイツ経済にはリセッションとデフレの陰が忍び寄っている。

 エビアン・サミットは予想外に「為替問題」に話題が集中している。今通貨高を望む国はどこにもない。インフレの時代には、どの国もが通貨高を望む傾向があるが、今の環境は全く違う。EUが今までドル安・ユーロ高を達観して見ていられたのは、「出発点への戻り」だったからだ。だから、今でも「現在のレートは問題ない」という欧州の通貨当局者は多い。

 問題はこれからだ。「これからもドルが下がるのでは耐えられない」(ドイツ政府当局者)ということで、日本の小泉首相ともどもEUはブッシュに集中砲火を浴びせた。ブッシュはアメリカ政府の権威を守る立場の人間だし、イラクの問題で友達を失ったあとだけに、どのくらいその意味するところが分かっているのかは別にして、また既にドルがかなり下がったあとで余裕があるという認識の下にか、「強いドル」または「強いドル目標発言」を繰り返した。

 大統領の発言に、外国為替市場の反応は鈍かった。長年為替をやっているが、大統領が為替の方向性に言及してこの程度の反応だったことは珍しい。今日の東京外国為替市場のドル・円相場はむしろ円高になっている。もしブッシュが「強いドル」を言い続けるなら、環境的に市場が「介入」を要求する場面が来るかもしれない。しかし、それ以前にアメリカ政府部内では、外交政策の綱引き(国務省と国防総省)ほどの大きな意見対立が起こるだろう。ポイントは、ドル安を懸念するに十分な国内状況(ドル安懸念の株安など)が生ずるかどうかだ。

 サミットでの為替論議の中で面白かったのは、5月だけで3兆円にも上った日本の為替介入に関して、どこからも批判がましいものが出なかったことだ。いつも批判の先鋒に立つアメリカは、意図的にこれに関するコメントを避けた雰囲気がある。ブッシュは小泉政権を好感を持って見ている。

 ブッシュが今回の訪欧で「強いドル」と何回も叫んでいるのになぜ外国為替市場は力強く反応しないのか。それは、スノーとの役割分担の疑念が消えないからだ。だからブッシュが強いドルを支持し、ホワイトハウスのスポークスマンが「The president and the secretary are clearly in lockstep on the matter of dollar policy」と言っても、信用できないし、むしろ矛盾を感じる。lockstep とは、「完全な同一歩調」という意味だが、誰でも「そうかい ?」と思う。その矛盾が素直なドル買いを抑制している。

 一時買っていれば良かったクロス円も難しい動きになるだろう。中東和平と経済は、引き続きブッシュにとって頭の痛い問題であり続ける。まあ、その間に世界の金利は全般的に一段と下がるんでしょうが。


2003年06月01日(日曜日)

 (23:56)土曜日のBSジャパンの「ネクスト経済研」のテーマは年金でした。しかし、のっけから制度の変遷をしっかり把握していないことを思い知らされる展開。検討すればするほど、重要な政治問題、かつ経済問題であることが明確になった。以下の文章は、番組終了後に私が書いた収録後記です。

  日本には、若者層を中心に年金に対する不信、不安が渦巻いている。週刊誌は「あなたの年金が危ない」と特集を組み、年金問題は最近ではテレビ、ネットでもしばしば取り上げられる。しかし、一方で我々の年金に対する知識もまた驚くほど少ない。

 正直筆者もその一人だ。今年の6月に「総報酬制」の導入によりサラリーマンの夏のボーナスから年金相当部分が大きく引かれ、手取りが少なくなることも知らなかった。これは痛い。聞けば2000年に決まっていたそうだ。年金不信の背景には、「日本経済の退潮が続けば、今の制度は行き詰まるのではないか」という、非常に根深い日本経済の先行きへの不安感もある。

 ではどうしたら良いのかが今回のテーマ。ゲストは、日本総合研究所主任研究員の西沢和彦さん、自民党衆議院議員で内閣府副大臣兼首相補佐官の根本匠さん、民主党参議院議員で党の年金のエキスパートである山本孝史さんの3人。

 人口が継続的に増加し、日本が持続的経済成長軌道に乗っている間は、年金は問題にならなかった。しかし今進んでいるのは、少子化と高齢化だ。その時点で働いている世代の負担で、受給資格のある人々を支える現行システムは、給付水準を下げずに維持することは不可能になってくる。なぜなら、支える人が減り(少子化)、支えられる人が増える(高齢化)からだ。当然ながら、今までのシステムを変えないといけない。しかし「うまくは変えられないだろう」と多くの人が思っているから、不信感、不安感が生まれる。三浦さんの友人には、実際に払っていない人が多いという。

 重要だと思うのは、この改革は日本という国の経済活動の活力を保ちながらしなけばいけないということだ。企業や個人の負担をむやみに増やせば、受給レベルはしばらくの間維持できるかもしれないが、そもそも制度を支える経済が疲弊し、日本企業、経済は世界の中でも競争力を失ってしまう。それでは、元も子もない。

 年金制度の検討は5年ごとに行われている。前回は1999年。だから次回は2004年ということで、既に厚生労働省のたたき台が出ている。現行の個人・企業の負担率を13%台から段階的に20%にまで引き上げようと言う案だ。つまり個人と企業の負担増加。負担は折半だ。しかし、個人の負担とともに企業の負担が10%にも達するのは、国際競争力の点からいかがなものか、といった意見もある。年金は税から支出するべきだという意見も強い。

 そこで経済同友会などは、消費税を目的税化して税率を16%(現行5%)に引き上げて、それで年金システムの土台を作ろうと提案している。これだと、いわゆる「とりっぱぐれ」がない。負担を全員でする、という狙いにも沿う。しかし難点は、「消費税を上げる」と言える政治家がいないことだ。小泉首相も「任期中は消費税を上げない」と言ってしまった。

 西沢さんは、「政治家の責任は大きい」とおっしゃる。抜本的な改革を避けてきた、と。二人の政治家は、改革が進んでいないことを認めながらも、「予期しなかったことが起きている」と説明しようとした。根本さんは「出生率がこれほど下がるとは予想できなかった」と。しかし3人の意見を聞いていて、今までは票にもならなかった年金問題に政治の取り組みが遅れたことは確かだろう、という印象がした。なにせ、与党にも野党にも年金をきちんと語れる人は一握りしかいないというのだ。その間に、日本の年金システムは国民の多くから不安を持たれるものになってしまった。かつ担当の役所は、運用などで国民の批判を浴びておかしくないことをした。

 そしてその年金に対する不安が、日本の消費意欲を削ぎ、資金の貯蓄性向を高め、経済から活力を奪っている。年金システムの改造は急務である。筆者は経済同友会の主張するような基幹部分の税負担方式を導入し、加えて現役時代の支払いの多寡がのちのちの受け取りに反映するような成功報酬部分の取り入れがベストだと思う。日本には至急にやらねばならないことが多いが、年金システムもその一つである。



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