2002年12月31日(火曜日)

 (17:35)東京は雪という予想だそうですね。で、午後6時頃出る飛行機が成田に着いても、その後家に何時着けるか分からないと言うことで、インチョンの空港から年末・年始のご挨拶をしておきます。

 そうですね、どんな年だったと言えるんでしょうか。歓迎できる変化、できないもの。全体的に悲観論が強かった日本ですが、私は日本に関してはもうちょっとバランスの取れた見方をしても良い時期にきていると思います。2003年も色々なことが起きるでしょう。

 相も変わらずですが、「変化を楽しむ」気持ちで行きたいと思います。皆様が良い年末・年始を過ごせますよう祈念します。


2002年12月31日(火曜日)

 (15:55)ははは、快適快適。こうでなくっちゃ。ちょっと早めに空港についてラウンジを使わせてもらっているのですが、窓際の作業席の二つに一つにはランケーブルのプラグが外に出ている。これを見ると安心するんですよ。ネットへの接続が楽に出来ることが保証されたような。それを差し込んで、コンピューターを立ち上げてブラウザーを稼働させれば、もうオンラインの世界。

 実はホテルでは苦労した。なぜなら、部屋にはデスクトップのコンピューターが配備されていて、それが一日18000ウォン(1800円)で使えるようになっている。それはADSL接続しているらしい。しかし、私のようにブラウザーで資料を読むだけでなく、FTPなどの作業をしなければならない身には、使うソフトウエアの関係でどうしても自分のラップトップをホテルの部屋でも使いたい。

 しかし部屋に来ているADSLラインは備え付けのコンピューターの為のもので使えない。部屋には無線LANが来ているらしいが、B5のラップトップを持ってきている身には、CDドライブがないので認識させられない。というわけで、ホテルの部屋ではgric 加盟のソウルのプロバイダーの番号に28.8で接続していたのです。

 韓国はブロードバンド大国だと言われる。実際のところ、殆どの家庭がADSL回線でつながっていて、それが大国たる所以。実際のところ、8メガであろうと12メガであろうと、私が家で使っている100メガであろうと、メガの世界に入ればスピード差はそれほど感じない。それが利用者の比率として高く普及しているということに、韓国の強みがある。

 早く世界中の空港とホテルがこうなってほしいですね。無線はちょっとセキュリティーで問題がありますから。


2002年12月31日(火曜日)

 (01:17)30日は昼頃から活動を開始して、まずはアメリカ大使館へ。中学生の女子二人が米軍の装甲車に轢かれて死んだ事件で、事故を起こした米軍兵士が無罪になったことから韓国では反米感情が異常に高まっている。盧武鉉次期大統領は30日に死んだ少女の父親二人と会って、反米抗議行動の抑制を求めたが、世論はまだ沈静化まで至っていない。

 地下鉄でホテルから一つ乗り換えて大使館の最寄りの駅へ。階段を上っていくと、出口近辺に二人の兵士が。特にだれかを誰何している様子もないが、出口を出ると向こうの方に二つの軍隊の隊列が。なかなか良い絵になると思って、一回階段に戻って下に降りて階段中頃まで行き、そこから二人の兵士からビデオ撮影を開始。二人をゆっくり撮って、さらに上に行って地上に出てアメリカ大使館の前を警戒している軍隊の列を写したところで、二人のうちの一人が後ろから声を掛けてきた。

 私には言葉は分からないが、姜さんの息子さんによると、アメリカ大使館の前の撮影はプラザホテルからの方向では撮影できないと言っているという。相手は軍隊だし、日本ではないので、「はいはい」とカメラを収めて、今度はただ見るだけで大使館の前を二人で通過。ゆっくり歩いて見学したのですが、アメリカ大使館は薄緑色で、その隣のビルの中に入っている各国の大使館ともども警戒は厳しい。この辺がソウルでは大使館通りになっているようです。

 アメリカ大使館の前の道路は広い道路で、片道7車線はあろうかという道。後ろには豊臣秀吉の軍隊と戦った英雄の像もある。道を地下道を横切って反対側に出て、アメリカ大使館を道の反対側から見学。まだ月曜日の日中と言うこともあって、デモ隊もいない。しかし、31日には市庁舎の前で大きな集会も予定されているという。
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 その後は住宅街にあるPC房を見に。ここで姜さんの息子さんの友達で、ノサモ(盧武鉉を愛する会)に関連していた人に。サンフランシスコを活動の拠点としているようで、彼とは英語で。話していたおもしろかったのは、お父さんの仕事の関係で東京に数年住んでいたことがあり、そのときは今の私の高円寺の家からわずかに数分のところに居たと言うことが判明。彼はそこからアメリカン・スクールに通っていた。

 PC房というのは、たとえば大久保あたりにもある。しかし私の疑問は、韓国のようにブロードバンドが家庭に普及した国で、なぜコンピューターを何台も並べたPC房が未だもって人気なのか、という点でした。なぜなら、ネットワークゲームなら各自が家に居ても遊べるだろうにと考えたからです。

 しかし、行ってみてしばらく見ていてなぜ韓国のPC房が主に住宅街にあって、しかもそこに若い連中が集まるかが分かった。実は、PC房で好まれて行われているゲームは、リネージュなど家で一人でできるゲームではなく、何人かが隣同士になって一緒にやった方が良い、楽しいゲームなのです。star なんとかとか、いっぱいあった。で、そういう皆でやった方が楽しいゲームをしに、住宅街の高校生などが誘い合って来る。

 最近では、マンションの一室を占めるようなPC房もできているようです。しかし、当然ながらそういうところでは、色々な問題が起きる。私が韓国の若者二人といったPC房は、全部で50台くらいコンピューターが並んでいましたかね。使い始めた時から終わりになるまでの時間が計測される。そして、従量制で料金を支払う。そういう方式でした。韓国中のPC房がそういう方式だとは思いませんが。

 皆何をやっているかというと、大部分は戦闘ゲーム。いろいろなゲームがあって、ゲームにそれのど詳しくない小生には分からない。ま、姜さんの息子さんはプレステ2で家で時々やっているというので、韓国では誰もがPC房に来て遊んでいるわけではない。

 それとは別に友人からは、韓国の大統領選挙の当日のネットの動きについてかなり詳しく聞きました。これがおもしろかった。ちょっとここでは詳しく書ききれませんが。あとノサモのhpをいろいろ見させてもらいましたし、解説してもらいました。なぜなら、私はハングルが読めませんので。しかし、いろいろ解説してもらって、盧武鉉がなぜ勝ったか分かった気がする。むろん本来のコンテンツが良い。しかし、その後のネットを使った運動もかなり周到で、かつきわめて上手。今回の韓国のネットは、日本で伝えれている以上に、「ネット時代の選挙」だったのです。


2002年12月30日(月曜日)

 (10:17)今回は徹底的に「韓国の若者」にこだわっています。姜さんの息子さんに付き合ってもらって。彼は今25歳。日本と違って韓国には徴兵制があるので、日本の感覚の大学生と比べるとちょっと上なのですが再来年卒業で、そろそろ就職のことも考える、と言っていました。

 盧武鉉を当選させた潮流が、どのように交わり、若者がどう動いたか、地域主義の伝統がどうワークしたのかしなかったのか、チョンさんが寝返ってからのネットでの情報の動き、そして盧武鉉政権の基本的な性格など、徐々に明らかになってきました。

 結構動いています。ソウルの代表的な繁華街と言われるミョンドンを見た後に、そこから地位を奪い始めている coex mall という川の南側の地下街まで地下鉄で移動して、そこをそうですね3時間くらいかけて見た。街の重心は明らかにソウルでは南下している。

 今日はPC房を中心に見て、あと数人の若者と機会があれば話をしたいなと思っています。韓国には何回来たかわからない。今年の6月もワールドカップで来ていましたが、腰を据えた感じの滞在は一回もなかった。今回は時間が短い割には今までみれなかったところをみれたらと思っています。ほんまに今まで何をしていたんでしょうね。

 ところで、人間どこで誰と会うかわらない。姜さんの息子さんとモールで食事をして地下鉄でホテルに帰ってきてロビーからエレベーターに乗って宿泊している階で降りた。そしたら、知っている顔が。向こうもすぐ分かって、「あっ..」ってなものですな。

 某TM銀行の宮崎さんでした。為替で付き合いの長い。「どうしたの...」。向こうは30日の所用のため、初めての韓国出張とか。彼が食事が終わったあと、1時間ちょっとですかね、飲みました。ははは、びっくりしたな。


2002年12月29日(日曜日)

 (00:17)銀座を歩いて気がついたのですが、もう大きなマスクをして歩いている人がいますね。風邪のような気もするが、マスクがどうも花粉症対策のような人も多くなった。もういらっしゃるのでしょうか。花粉症といっても、いろいろな種類があるので、オフピークにも見かける。今年は事前にこれを真面目にやろうかな、と思っています。効く人と効かない人がいるので保証の限りではないのですが。

 デパートに寄っても、正月準備一色。正月といえば、私も滑り込みで年賀状の8割は準備を終えて、29日の早朝には出せる態勢となりました。まこれで、一応心残りなく韓国に行けるというものです。金曜日には昼にiPark TOKYOの宋(ソン)さんと一時間くらい食事をしました。iPark はKIPA(韓国ソフトウエア振興院)の海外部門だそうで、ソンさんは主にコンテンツ・ビジネス関係をやっているという。

 韓国の今度の大統領選挙に関してもそうですが、日韓のコンピューター、通信、コンテンツ全般に関する話をしておもしろかったな。日本人、特に具体的には私ですが、まだまだ韓国のことをよく知らない。短い滞在ですが、今までみれなかった韓国をみれれば良いと。


2002年12月28日(土曜日)

 (19:17)タップに縁のある年末です。昼に我が家のもう一人に誘われてshoes onを見に行ったのですが、題名の通りタップが出し物。

 ニュースステーションでお馴染みの川平某があんなにタップがうまいなんて知りませんでしたが、それは失礼ですよね。もともとは舞台俳優ですから。しかし、タップだけではない。バンドを入れた音と、光を巧みに組み合わせて、コメディあり歌ありでなかなか見せる舞台でした。

 今日気がついたのですが、「川平滋英」という日本の名前を英語にして、Kawahira Joyとあった。「joy」ね。まあ本当にそんな感じで踊っていましたが、楽しそうで良い。ぴったり2時間でしたが、インターミッションなしですから、堪能できるし、物足りない印象がない。年内は30日まで、来年は2日から。まだまだ続く。銀座の博品館で。

 「タップに縁がある」と書いたのは、数日前に見た金魚のエンディングもそういえば「タップダンシング」だったからです。タップも揃うとなかなか良い。


2002年12月26日(木曜日)

 (23:17)年末はさすがに忙しい。昼夜と続くと、さすがに疲れてきますな。まあ、予定を入れるのが悪いのですが。金曜日のBSの収録が終われば、国内での予定は少ない。

 韓国行きに関しては、いろいろ情報をもらってだいぶ明確になってきました。行く前にも何人かの人と会います。韓国は旧暦で正月を祝うので、年末年始という考え方がないらしい。31日は平常、2日は平常。31日までしか居ませんから、用事は済みます。韓国の年末・年始は、まあアメリカや欧州みたいなものです。


2002年12月25日(水曜日)

 (10:17)お願いがあります。29日から三日間、晦日までですが、ソウルに行きます。今回の大統領選挙の結果と、それにインターネットが及ぼした影響をちょっと個人的に調べたいためですが、この問題に詳しい人がいたらソウルででもいいのですが、情報交換をと思いまして。具体的には

  1. 韓国のネット環境の実情把握
  2. 特に韓国の政治におけるネットの役割
  3. 盧武鉉氏と李会昌氏のネット活用法の違い(その結果)
  4. チョンさんが投票日前日に盧武鉉支持を取り消した後のネットでの交信内容とその変化
  5. 選挙日当日のネットでの情報交換の模様
  6. ネットを巡る政治的規制の状況
 などです。むろん、PC房の動向、ブロードバンド社会と言われる韓国の実体、ネットゲームの模様なども見てみたい。ハングルができないので、通訳は親しい人の息子さんを頼みました。だから、韓国の人でもokです。盧武鉉当選の原動力となった世代の人々となるべく話をしたいと思っています。


2002年12月23日(月曜日)

 (21:27)ロンドン市場の円相場を見たら、119円台。日本の政治家が円安を主張すればするほど、円高になる。保守新党の政策綱領には「円安」が盛り込まれているそうですが、その方向が出てくる気配はない。

 手段や周到な舞台回しが整っていない証拠でしょう。市場はそれを見切っている。発言が空回りするほどに、日本の政治家の発言が軽くなると言う構図。円安は確かに今の日本経済には良いのでその方向が望ましいのですが、どうもそうはなりそうもない。

 年末から年始にかけての日本の市場の動きは、株式市場がこの円高をたぶん嫌気するだろうから、なかなか大変な展開になりそうです。


2002年12月21日(土曜日)

 (23:27)久しぶりに良い番組を見ました。「ゴールデンシアター ドキュメンタリー」という「中国からの贈り物」。フジテレビの番組でした。諏訪から帰ってPCでテレビを付けたらちょうど始まったところで、見出したら止まらなくて、食事をしながらも最後まで。

 「中国の都市から人影が消えた」ほどの作品なら、見たくなりました。中国には何回も行っているのに、そういう番組が日本で撮影されて、それがああいう苦闘の末に中国で放映されているとは知りませんでした。

 しかし一人の人間の思いというものは、強いし結果をちゃんと生むものですね。コマーシャルなしでもう一度見たいな。妹さんの体調は少しは良くなったのでしょうか。VTRを作ることの難しさ、大変さ。しかし、一回流れると二度、三度とは流れない。本より確かに難しいめんがあります。
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 東京は朝行くときも帰ってきたときも雨でしたが、諏訪はすごい雪でした。帰りの電車も5〜6分だったが、遅れた。まあ東京が雨なら、諏訪は雪でしょう。でも今年の場合は、最初に雪と遭遇したのは東京でした。


2002年12月20日(金曜日)

 (11:20)たぶん、塩川さんもがっかりしているでしょうな。せっかく日本経済新聞に寄稿したのに、「遠隔地間の取引を交わす手段」としての為替は、ほとんど円安に振れず。

 しかしこの記事をじっくり見ると、どうやら塩川さんは「デフレ不況克服ためにも構造改革を」という題名で文章を日経に渡したらしい。そしたら、日経は見出しを「行き過ぎた円高是正」と変えて出した。塩川さんの見出しはどこかに消えてしまった。ちょっとその辺から迫力不足ですな。

 中身を読むと、総花的だし、使われている単語もちょっと散漫。しかし、にもかかわらずこういう形であるにせよ、閣僚がある問題に関してまとまった意見を述べるのは良いことだと思います。テレビに呼ばれて、まともな意見もいえないまま司会者にかき回されて終わり、というよりは何を考えているのか、何を言いたいのかは分かる。国民にアクセスする方法として、今後も使うべき方法だと思う。

 先日びっくりしたのは、ラムズフェルド国防長官が日本の新聞に寄稿していたことでした。ある問題に関して落ち着いた方法で、能動的に考えを述べておくのは必要なことです。講演は限られた人しか、またわマスコミを通じて限られた部分しか伝わらない。

 もっとも「本当に塩川さんが書いたのか」と考える人はいるでしょうし、私も彼が全部書いたかどうか確信がない。財務省の人に言わせると、先の仙台での発言の前後で彼が一番驚いたのは、塩川さんが「購買力平価」という言葉を知っていたことだという。いや、冗談半分だったのでしょうが。

 しかし、彼の考えは依然として為替は貿易の産物というもの。ちょっと時代遅れですな。また、書くんだったら、もうちょっと日経に「国際的説得力に疑問」なんて書かれないように、周辺を固めて書いて欲しいし、為替が動くような形でやらないと。発言が軽くなってしまう。ナイストライだが、失敗ですかね。


2002年12月20日(金曜日)

 (00:20)サイトのアップ情報です。先のビートルズ論を一本の文章としました。サイトはここのトップにあります。
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 韓国では盧武鉉氏が大統領に。12月11日分で書いた韓国全体の若返りのトレンドからして、よく理解できる結果だと思います。李会昌氏は、エリート故に時代の空気と若干外れた形となっていた。盧武鉉がインターネットを使ったのも、ブロードバンドの進んだ韓国ではマッチしていた。盧武鉉は千年民主党でも主流ではない。

 李会昌が「大統領になったら自分の財産を投げ出す」と言ったのは、逆に胡散臭さが漂ったと思う。チョン・モンジョン氏の終盤でのドタバタ劇は、盧武鉉に不利に見えて、逆に古い政治家・李会昌への反感を強めたように思う。


2002年12月19日(木曜日)

 (21:20)玉置さんという方から「クオリア」に関してメールをもらいました。この人がこの問題に関する一番の権威ですよ、としての紹介

 そうそう、出井さんは本でこの人の文章を読んでクオリアに関心を持ったとしている。今はソニーに勤めていらっしゃる。私も徐々に読もうと思っています。
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 ところで、今日読んだ雑誌の記事では、エコノミスト(2002.12.24)の12ページの「犯罪白書のウソ 日本の検挙率が急低下した本当の理由」という文章が面白かった。これを書いたのは、この本を書いた人じゃなかったかな。読みたかったのですが、まだ読んでない。つまり、たった一つの数字だけでは、結論を導いてはいけない、ということです。

 ここには、「警察が市民からの些細な相談に応じること」に方針転換したことから、相談件数が増え、当然書類上認知される件数が増えたことが大きい、と。またこの記事では、自転車の登録制度が普及した始めたことの影響も論じている。

 むろん、自分の身の回りで犯罪が多くなっていることは感じています。最近も中野区での放火犯が注意したサラリーマンを刺した事件などが比較的地理的に近い事件。しかし、だからといって軽率に判断を下してはいけないと思う。


2002年12月19日(木曜日)

 (07:20)昨日は大学のある日で、「マルチメディアを読む」の生徒達と話していたら面白かった。先日「メール脳」(本当かどうか知りませんが、携帯メールばかりすると馬鹿になるという説だと思った)という単語を覚えていたので、メディアとしてのメールについてプライベートに踏み込まない範囲で話していたのです。

私 「で君たち、一日にどのくらいメールのやり取りするの」
生徒A 「昨日打ったメールが残っていないんですよ」
私 「へえ、ということは50通だっけ」
生徒B 「いえ、私のは100通ですが」
生徒C 「私のは130通です....」
私 「ということはさ、一日にそれ以上打っているって言うこと...」
生徒達 「そういうことになりますが」
私 「なに打っているの....」
生徒達 「短いやり取りを短い時間でやり取りするので....」
私 「じゃ、テレビなんて見ている暇ないよね....」
生徒達 「いえ、テレビ見ているときに来たメールは、コマーシャルの時などに打ち返します...」
私 「ふうん...なるほど」

 こういう話をしていたら、彼女たちに「メール脳」の話をするのを忘れてしまったのですが、メディアとしての携帯メールの占める地位は、相当大きいということでしょう。この傾向がどれほど強いかどうかは知りませんが。100通のメールを打つって言うのは、どのくらい時間がかかるものなのでしょうか。ま、彼女達は一日平均100通以上打っているわけですが。(あとで見たら私の携帯も発信メールは100通でした。そんなに使ったことはないのですが)
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 メディアといえば、「非連続の時代」が家に届いていたので、1時間半くらいかけて読みました。もともとは出井さんが社長になってからの講演をまとめた、またちょっと手を入れたものなので、読み始めは「ああ、またこれか」という部分が多かった。

 しかし、最近の講演(本の後ろの部分)になるほど、「へえ」というところが多く出てくる。この本の帯の裏側には、この本に出てくる24個のキーコンセプトが出てくるのですが、それらが全部分かる人は読む必要がない。いくつか分からなかった私には、面白かったのは例えば「30度の法則」「センス・オブ・ワンダー」「水平産業」、そして「クオリア」などでした。

   「クオリア(qualia)」という単語は今まで知りませんでしたが、面白い単語ですね。bookshelf を調べて出てこなかったのですが、ネットを調べたらここのようにスタンフォード大学関連サイトがあって、いろいろ説明が出ている。

 英語の説明としては、「introspectively accessible, phenomenal aspects of our mental lives」ということですが、なかなか難しい。直訳すれば、「我々の精神生活の中の、内省的に認知・感知しうるもの」ということですが、この本は具体的に「数字や数式では表せない、赤色の赤い感じといった感覚を構成する質感のことで、具体的にはバラの花の香り、水の冷たさ、ミルクの味、ヴァイオリンの音の質感」などだという。

 確かに。日本の製造業の質の高さは、こういう側面にあったとも思う。出井さんも、これこそソニーが求めていたもの、と。ちょっと覚えておきたい単語ですね。あとこの本で面白いと思ったのは、VAIOのデザイナーとプレステ2のデザイナーは同じ人だった、という点です。全然違うと思っていたのに。能力は偏在する、ということですか。


2002年12月18日(水曜日)

 (08:20)前日大きく反発したニューヨークの株価は、17日はダウで100ドル近い下げ。ウォール・ストリート・ジャーナルを読むと「one-two punch」で下げたと。小売りのターゲット(TARGET)という会社を中心とする小売業者からの「売り上げ低調報告」が one で、two は以下に掲載したマクドナルドの決算損失見通し。

 日本のマクドナルドも低調ですが、アメリカのマクドナルドが欠損が出るほど低調だとは知らなかった。訴訟リスクもあるし、そういうネガティブ・ファクターがこの会社を今襲っているのでしょう。今朝の朝日新聞には、この訴訟関連のまとまった記事がある。「栄養価の適切な表示があれば、食べるのを控えた」と原告側の主張。ちょっと無理があると思うのですが....。まあでも、(ー。ー)yー゚゚゚も以前はそうだった。

 アメリカの今の世論も消費者に選択肢が残されていることを理由に、9割が「外食産業に肥満の責任はない」という意見だそうだが、アメリカの国民病である「肥満」が深刻化する中で、マックに対する風当たりは強まりそう。ということは、マックは世界的にやや退潮になるということです。

 私は日本のマクドナルドの藤田さんが、「今度はインフレが来る」と述べて値段を上げたときから、「この会社は大局観を間違っている」と思っていたのですが、再び値下げしても今回は消費者は踊らず。今後は例えばサブウェイのような、自然志向のファースト・フードが脚光を浴びるのでは。

McDonald's to Post a Loss, The Chain's First in 36 Years

By RICHARD GIBSON and SHIRLEY LEUNG
Staff Reporters of THE WALL STREET JOURNAL

McDonald's Corp., forecasting a grim ending to what has become an awful year, expects to report its first quarterly net loss since going public 36 years ago.

The fast-food giant said Tuesday that including $390 million in charges for restaurant closings, country pullouts and employee layoffs, it anticipates posting a loss of five cents to six cents a share for the fourth quarter. And the loss could cut deeper still: The Oak Brook, Ill., company said a review of possible additional cuts by incoming senior management may lead to more fourth-quarter charges.

Earlier this month McDonald's announced the resignation of Chairman and Chief Executive Jack Greenberg. Jim Cantalupo, the chain's 59-year-old former vice chairman and CEO of McDonald's International, will come out of retirement Jan. 1 to succeed Mr. Greenberg.


2002年12月17日(火曜日)

 (14:20)ネットを見ていたら、カルバン・クラインが身売りと。3年前に10億ドルでの売却を画策した後、結局今回は4億ドルでのPhillips-Van Heusenという会社に。Hanae Moriも身売りしましたし、ブランドもなかなか大変なようですな。

 カルバン・クラインは文字通り Calvin Klein氏と、彼のパートナーである Barry Schwartz氏が1968年にニューヨークの7番街で創立した会社だそうですが、今や世界的なブランド。

 身売りしてどうなるかというと、買収した会社が改名してカルバン・クラインになるというのです。つまり、そういう意味ではこの名前のブランドはなくならない。しかしクラインさんのカルバン・クラインではなくなるのです。確か Hanae Moriもそうでした。  人ごとですが、最近原宿やその他銀座、青山のブランド店を覗くと、「客がいない」。大丈夫かなと思うと同時に、さしものブランドブームも少し下火になってくるのではないかという印象がする。誰もが持っていたらブランドではない。
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 ところで、この人にもらってこの本を読みましたが、まあまあの本でしたね。中身はそれほど新味はない。要するに原則論を述べた後、会社を作りなさい、と。

 しかし、この本が一番うまいと思うのは「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方」という題名の付け方です。長い題名を本につけるのは最近の傾向ですが、「黄金の羽根」などと言われると、「あれっ......」と思ってつい手が伸びてしまう。

 こういう本の売り方に批判的な人もいる。しかし、how to catch consumer's eye という点からは、どんくさい表題の本より売れるのは当然だろうし、そのルートを通ろうとするは自然なのではないでしょうか。もっとも、それが鼻についてくるともう消費者は騙せない。


2002年12月17日(火曜日)

 (08:20)今朝読んだ新聞記事の中では、日経産業新聞の最終面の「ブリヂストン ブランド散漫」が面白かったな。タイムリーなんですよ。丸山・伊沢がゴルフのワールドカップで優勝して、16日にはその賞金100万ドル(1億2000万円÷2)にびっくりしていたのですが、今朝は別の意味でびっくり。

 それは、この二人が同じくブリヂストンの契約プロだったということ。だって着ているモノも違っていて、伊沢は「ツアーステージ」、丸山は「パラディーゾ」。だいたい私は後者のブランドを知りませんでしたが、この二つが同じようにブリヂストンのブランドだと聞いてまたびっくり。

 で、この記事が凄いのは多分以前から用意していたのでしょうが、タイミングを図ったように二人の優勝の翌日に掲載されていること。原田さんというむろん知らない記者が書いた記事ですが、整理部も偉い。

 こういうタイムリーな記事は読む気がしますな。ただ解説するだけじゃなくて、こういう風にタイムリーじゃないと、新聞記事なのだから。読み終えて、「ああいい記事だった」と思える記事でした。


2002年12月17日(火曜日)

 (08:01)私が好きだった「穂積」の入り口に突然ベニヤ板が嵌められたのは11月の上旬でしたが、どうやらあそこは「韓国レストラン」が出来るらしい。

 昨日通りかかったら、店の直しをする業者のような人がウロウロしていた。壁を叩いたり。で、「ここは何になるんですか....」と聞きました。興味がありますから。詳しいことは決まっていないようなのですが、「韓国の....」と。

 どこかが資本を出して同じメンバーで「穂積」が再興されることを願っていたのですが、それは無理だったようです。
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 お店ということでは、昨日びっくりしたのは表参道と明治通りの交差点にあるbookoffですね。地方の幹線道路沿いにあるbookoff には立ち寄ったことがあるのですが、あれだけ大きな店には入ったことはなかった。

 入ると直ぐ、大勢の店員が「いらっしゃいませ、こんにちは」と唱えている。あれを来る返すのは大変でしょうが、しかし考えてみるとあの声がなくなったらあの店は急に辛気くさくなることは明確。店を明るく保つための必須条件なんでしょうな。

 本の山積みのとなりにCDが山積み。まあ考えてみれば、その方が自分の家に近い。私もCDの山積みの隣が本の山積みですから。DVDあるかと思えば、VHSのテープありで、ゴッタニ状態。しかし、店員が相も変わらず「いらっしゃいませ、こんにちは」と唱えながら、店の中を片づけている。

 私もちらっと見ながら、二冊の本を買いました。結果ともに新潮文庫だったのですが、「小沢昭一的こころ」と「大阪学」。「東京学」という本もありましたが、こちらには何故か手が伸びなかった。しかし、ともに100円。電話をすれば50冊以上なら本を取りに来てくれるそうで、いつも溜まる本には辟易としている身としてはちょっといいかな、という感じ。

 それにしても、漫画が多い。それも分野別になっていて、「これだけ漫画人口が多いんだ...」と感心させられる。ちっとも手に取る気になりませんでしたが。


2002年12月16日(月曜日)

 (11:01)最近の動向(テレビ出演、本の出版)からして次の大統領選挙に出るのではと思えたゴア前副大統領が、「次の大統領選挙には出ない」とテレビで宣言。本当にそうなるかどうかはまだ分からないと思っているのですが、それにしても彼のテレビでの撤退発言をサイトで見ていて、クオリティは高い人だったのだなあと改めて思いました。政治家にしては、ちょっと人が良すぎる面もある。

 CNNに彼の発言が出ているのですが、要するに「私が出たらブッシュとの再試合になる。そしたら、選挙は未来が焦点ではなく、過去が焦点になってしまう」という点。「あの長い争いには民主党の私の同僚も疲れているでしょう。新しい気分で、新しい候補者で戦ったら....」と彼は言っている。

 「じゃ、誰だい...」といっても、誰も浮かばないのが今の民主党ですが、それはそれで誰か出てくる。ブッシュが再選された後をゴアが狙っている可能性はあるが、それは言っていない。なかなか泣かせる説明です。クリントンは、「彼はアメリカがもった最良の副大統領だった」と賞賛、かつ慰めている。

"I personally have the energy and drive and ambition to make another campaign, but I don't think it's the right thing for me to do," Gore told CBS's "60 Minutes."

"I think that a campaign that would be a rematch between myself and President Bush would inevitably involve a focus on the past that would in some measure distract from the focus on the future that I think all campaigns have to be about."

Referring to the 2000 presidential race in which he won the popular vote but lost to Bush by five Electoral College votes, Gore said, "The last campaign was an extremely difficult one."

The race dragged on for weeks after Election Day and was ultimately decided by a U.S. Supreme Court ruling on Florida election procedures.

"I think that there are a lot of people within the Democratic Party who felt exhausted by that, who felt like, 'OK, I don't want to go through that again.' And I'm frankly sensitive to that feeling," Gore said.


2002年12月16日(月曜日)

 (08:01)テレビ番組の司会をしていて一番面白いのは、ゲストの真意が顔に表れることです。表情、仕草、言い淀み....。これはラジオではできない真似です。

 それから判断すると、先週土曜日にネクスト経済研に出演した山口二郎・北海道大学大学院教授は、一部の噂になっている「北海道知事」にチャレンジする気持ちが十分にあると思いました。言葉として出てきた答えは別のものでしたが、表情が語っていたように思えましたし、見ていた番組の関係者で私と同じような見方をした人が多かった。

 ただし先生にとって引っかかっているのは、仮に落ちた場合でしょう。よほど裕福な人なら別ですが、選挙にはお金を使いますから、その後は難しい。大学の先生に戻れない。それはまた、日本の国民がなかなか政治参加できない大きなバリアです。だから、数条件(地盤、看板、鞄、名前など)が揃っている二世、三世の我が世になる。とまれ、以下は土曜日の放映後記です。

 「経済は確かにおかしい。しかしこの国では政治はもっとおかしい。そして、経済の望むべき活力体への変化を拒んでいるのは日本の政治の漂流、であるが故の非効率性である」というのが、私のかつてからの思いでした。昔は「経済一流・政治二流」と言われた。しかし、これを今に引き直すと数字が大きくなってしまって悲しくなるので言いません。しかし、政治を何とかしなくては、何とかなるのだろうか.....という思いで番組を始めた。

 お越し頂いたのは、政治学者の北海道大学大学院教授であられる山口二郎さん。初対面でしたが、私は以前からこの人のテレビなどの言説を聞かせて頂いていた。なかなか歯切れがよい方で、今回は期待してのお迎え。だめな国政をよそに、例えば地方自治の首長(知事、市長)などでは、今までの日本の政治の枠を超えるかのような人も出てきている、そこに希望はないのか ?

 少なくとも今までの日本の政治を支えていたのは政党でした。しかし、山口さんの口から出てきた民主党、自民党など日本の代表的政党の性格分析は、「選挙互助会」というもの。確かに「来年の総選挙は鳩山では戦えない」という民主党内の声が、2ヶ月で二回目という同党の党首選挙開催の一因だ。自民党を見れば、選挙には強いという理由で小泉首相を担いでいるが、政策は腑に落ちないと名だたる幹部が反対論・悪口を公言する。だったら小泉さんは、看板、顔でしかないのか。

 「落ちればタダの人」だから、議員にとって選挙当選が至上の命題であることは確かだ。しかし、そこには理念とか政策での合意されたある枠組があってこそ「党」であるべきだと思うのだが、山口さんによれば日本の現実は違うのだという。「内向きな互助会」であるとするならば、日本で政党支持率が持続的に落ちて自民党でも5割に達せず、民主党は10%前後であることは理解できる。国民が「内向きな互助会」を助ける理由はない。だから、国政選挙の投票率はこのところ傾向的に落ち続けている。国民の国政への期待は、盛り上がる気配を示していない。国民は、しらけているのだ。

 しかし、政治が国の資源配分で力を持っていることは明らかだ。我々の払った予算を決めているのは国政だ。従って、国民は本来だったら自ら政治家になったり、選挙権を行使して政治に参加しなくてはならない。しかし、山口さんは「参加のバリアが高い」と。先生自身もそうなのだが、例えば北海道知事選挙に出るとする。当選すれば良い。しかし、落ちたらじゃなにをするか、という問題になる。北海道大学には戻れないからだ。サラリーマンもそうだ。一部の会社は出戻りを認めているが、少なくとも1年以上も会社の仕事を離れれば、同期とは差が付く。

 参加も出来ず、向こうも互助会的存在、二世議員多数の政党となれば、国民が関心を失うのは理解できる。そこでますます日本の政治はある目的、理念に向かって歩むという方向を失い、国民の関心から齟齬し、その効率性は著しく低下する、というわけだ。顕著なのは、「政党離れ」「政治の劇場化」などなど。山口さんは「ある程度の劇場化は仕方がない」というご意見だったが、何も面白いだけで本当の感動がない劇場では寂しい。

 さて今の日本、きらきら光る政治家はむしろ地方にいる。山口さん推薦の鳥取県の片山さん、三重県の北川さん、宮城の浅野さん、長野県の田中さんなどなど。ちょっと古手では東京の石原さん。日本の明治時代は、地方の政治家の上京から始まった。山口、高知、鹿児島。だったら、平成の世直しも地方の知事の中央進出から始まっては....とも思う。身近な分だけ投票率高く知事になっている。しかし、彼らが中央に出てきたときに、同じように賞賛される仕事が出来るのか。

 少し前を考えると、例えば北海道知事だった横路さんのように、知事の間は評判が高かったが、中央に来てちょっと「横道」に逸れて影響力をむしろ落としてしまった人もいる。山口さんは、「横路さんには社会党という桎梏があったから」と別扱いされたが、今地方で活躍している知事にそうした懸念はないのか。これは今後の課題だと言える。

 で、来年。総選挙の可能性で噂が絶えない。通常国会の冒頭(1月20日)という説は、補正予算の関係から消えた。山口さんは4月の統一地方選挙の前、という説だ。で誰が勝つか。「菅さんでは難しい」と。では自民党ということになる。となると、今の日本の政治と何が違うのか。「小泉さんには方法がある」と山口さん。公認候補者一人一人に「踏み絵」を踏ませ、それに賛同した者だけに公認証を手渡すのだ....と。例えば、郵政改革や道路公団改革に賛成する.....などと。「そうすれば、日本の政治は変わる」と。

 どうだろうか。公認候補に踏み絵を踏ますほどの決心が小泉さんにあるだろう。最悪のケースは私が提示した。選挙の顔として小泉さんが必要な自民党は、総理・総裁には据え置く。しかし、実際の権限は党に残す。どちらの可能性が大きいだろうか。自分で推奨しながらも、「前者の可能性は2〜3割」と山口さん。小さい。で最後に私が思ったのは、それでも投票という手段を持っている選挙民は、狭い選択ながらも候補者の選び方で政治に対して発言する力があるし、そうしなくてはならないのではないか....ということである。


2002年12月13日(金曜日)

 (00:01)昨日掲載したビートルズ論に関連して、馬場さんが面白いメールを送ってくれました。ユーミンのヒット曲作戦ですが、そこでも聞き手への歌作り人の努力が見て取れる。それを意識的にやるか、自然に出来るかの差はあるのですが、世界中の音楽家は自然とその努力をしているのだと思う。

伊藤さん

 ビートルズ論面白く読ませていただきました。 タクシーの中でのお話の続きが聞けてよかったです。 どんな反応が皆さんから寄せられるか楽しみですね。

 さて、以前聞いた話を思い出しました。 ユーミンの作詞のネタ取材について、インタビューか取材記事で読んだ覚えがあります。媒体は覚えていないのですが、実際に本人が語った内容だったと記憶しています。 彼女は、自分の聞き手である、若い女性(男性)達が何に興味があるのか、フィールドでしっかりとリサーチしているのだと。  

  具体的には、ファミリーレストランにサングラスなどをつけて本人と判らないように偽装して、長時間に 渡って周りグループ/カップルのたわいもない話を「耳をダンボにして」聞いて、メモを取るのだそうで す。その中からキーワードを選んで、詞の中に織り込んで行く。

 彼女の詞の中から、自分達が発している言葉が聞こえてくる。これなら、親近感が湧くのは当たり前です が、たぶん彼女の特別な資質は、大量の情報の中からキーワードを発見する能力なのでしょう。それは、 ライブ経験と同様に、観察しかないのでしょう。どの言葉に反応して、会話が盛り上がったか、耳だけで なく、鋭い視線で観察していたはずです。

 心理学をベースとしたコミュニケーション学が教えてくれるのは、受けてが求めるものを話し手が発信し なければ、受入られないということ。つまり、相手の欲するものを探すことが、話手(発信側)の能力と して必要になる。これは、伊藤さんが自分の書き手・話手に求められるセンスとして、相手が何を求めて いるのかを感じ取る力のことを言われていたのに通ずるのでしょう。

 最近、話し手の能力がおぼつかないと感じることが多いのですが、ひとつには教育における発信能力の鍛 錬が行われていないことに原因があるのだと思っています。これまでの教育は、パズルかゲームで、隠さ れた答えを見つける作業でしかない。何をどのように伝えるかという、大切なことが注目されてこなかっ たのではないでしょうか。

 ビートルズを芸術論で議論すると不満を持つ方もあるのかもしれませんが、コミュニケーション論で考察 してみてはいかがでしょうか。音楽も情報のひとつとして、受け手と出し手の間にどのような関係が構築 されているのか。

 思いつきですが、ご参考まで書かせていただきました。


2002年12月12日(木曜日)

 (19:01)東京→福岡→広島→東京と移動している間に機上や新幹線でちょこちょこ暇を見つけては「ビートルズ論」を書きましたので、それをアップします。

 12月08日のフジテレビの番組でしたか、テーマはビートルズでした。デビュー40周年、ジョージ・ハリソンのほぼ一周忌、そしてジョン・レノンの命日、ポール・マッカートニーの来日記念、埼玉スーパーアリーナでのレノン追悼コンサートと関連事項がその日前後に重なった。

 7〜8分のVTRを降りてきてのスタジオのトーク時間は、1分でした。珍しくいろいろ考えていたのですが、3人いて60秒ですから、平均すれば一人20秒。その殆どは披露できなかった。ちょっと残念でした。まあ、テレビというのはああいうものらしいのですが。その時考えたことをせっかくだから残しておこう、というのがこの文章です。

 考えたのは、なぜこのグループは世代を越えて、時空を越えて好かれるのか、です。最近あちこちの店に入って気がつくと、ビートルズ(その後の各メンバーの単独曲を含めて)の曲がかかっていることが多い。アルバムは売れ続けている。六本木に行けば、Abbey Roadなどそっくりさんがビートルズの曲を延々と繰り返して演奏している店もある。なぜ.....

 ビートルズについて書くと、それこそ「俺はこう思う」という意見がいっぱい来そうですが、この問題に関しては私は主に三つの理由があると思っている。ビートルズの eternity(永遠性) についてです。

  1. メンバーや歌の対象の多様性
  2. 安定性と上質、上品さ
  3. 聞き手のニーズを掴む心
 ポールがジョンに送ったレクイエムの話はこのサイトでしばらく前に書きました。お互いを「別世界の人間」と思うほど、この二人のキーメンバーは違っていた。ポールが作曲、レノンが作詩を担当し、常に協力の必要性があったにもかかわらずです。

 しかし私は、だからこそ彼らの曲は多様になったと思うのです。彼らが7年ちょっとの間に作った210曲のうち、かなりが Lennon-Maccartneyですが、ジョンは特に後期がそうですが、どちらかというとイデオロギー的になった。しかし、ポールはそれには距離を置いていた。彼は今でもずっとそうですが、まろやかな男です。対して、ジョンはカミソリのようなところがある。それがうまくミックスされている。

 ジョージがインド音楽に傾倒したときでも、ポールはそれに距離を置いた。そういうバランス感覚の良いところがポールにはある。リンゴはどちらかと言うと、一番年上にもかかわらず、一番目立たなかった。それは、彼だけあとでこのグループに加わったからだと解説されることが多いのですが、そうでもないでしょう。やはり性格です。あの4人のメンバーを改めて見ると、

 ビートルズの曲の多様性は、改めて言うに及びません。この点も重要だと思う。多くの人がどこかで共有できるものを持てる。疲れ、理想、愛、セックス、ドラッグ、老齢、遊びなどなどビートルズの曲のテーマは実に広い。これが広い世代の支持を受ける一つの理由だと思う。

 次のポイント当たりから、意見が分かれる点です。スタジオの前の打ち合わせで「ビートルズは上品、上質だった」と言ったら、すごい反対意見が出た。しかし、私はある意味でビートルズはグループとしては口の端に載せても恥ずかしくない上質さをずっと保ったと思う。

 彼らはこういう。ビートルズは子供の時に親に「聞いてはいけない」と言われた、どちらかと言えば反体制の歌だと。しかしそうだろうか。日本の親がビートルズの歌詞に目を通していたとは思えない。あまりにも有名になり、子供達が熱中するので「勉強もしないで」という気持ちがあってそういったのではないか。

 なぜそうかと思うかというと、その大人達がすぐにビートルズの虜になったからだ。このグループはデビューからわずか1年で王室主催の「ロイヤル・バラエティ・ショー」に出ている。本家のイギリスでも「エスタブリッシュメントの一角」に入るのに時間がかかってない。ナイトになったのも、他のグループより早いと思う。

 ローリング・ストーンズと比べては怒られるかもしれないが、やはりその辺は違っていた。ビートルズの歌詞を見ていると、実に良くできている。どこに出してもおかしくないものが多い。「yesterday」は、今や学校の音楽の教科書に出ていると言うではないのか。

 「上質・上品」という点で言うならば、いろいろスキャンダルはビートルズも起こしたが、決定的に誰からも見限られるようなそれは起こしていない。どこか皆に愛嬌があった。ビートルズはほかのグループに比して、ドラッグにしても歌詞などではオブラートに包み知恵があったのではないか。

 人々が長く思い出す、歌い続ける曲はそれが「上質さ」「上品さ」があるからだと思う。そうでなかったら、人々は口にし続けない。逆説のように聞こえるかもしれないが、歌い続けられ、演奏し続けられているということ自体が、ビートルズが「上質・上品」だったことの証だと思う。

 さていよいよ最後のポイントです。そしてそれは私が一番強調したいことなのでもある。それは、「ビートルズとは、グループ全体としても、構成員一人一人としても、聞いてくれる人が何を聞きたいかをもっとも良く知っていた連中ではないか」というものです。あたかも、デパートやその店員が客が何を欲しているか知っていて、すごく売り上げが伸びるようなケースです。

 なぜそう思うかというと、彼らの歌には我々が聞きたいことが実にうまく入っている、と思うことが多いからです。実にうまく数多くの歌にそれが入っている。で、そのポイントを私は彼らの長い「ライブ経験」に求めたいのです。

 あまり知られていないが、実は彼らは実に実に長い「ライブの経験」の中で曲を作り、曲を演奏してスターダムにのし上がった。今のように最初から大きなレコード会社がついていたわけではない。どう見ても冴えない、それほど豊かとも思えない港町であるリバプールで、アマチュアとして演奏を続け、そして人気を獲得していった。

 ライブではごまかしはきかない。即本番ですから、取り直しなし、そして観客の反応はダイレクトです。それは厳しい。おそらく下手だと、ビール瓶でも飛んできた。観客がどこで拍手し、どこで叫び、そして何に笑うか身に付けた筈です。それをアマチュア時代からやり、デビューして(1962年)もその後3年以上やった。

 そういう中で、聞きに来てくれる連中は何を聞きたいのかをビートルズは掴んでいったのではないでしょうか。曲の順序を決める上で、どのような曲が並んだら良いのか、その過程で曲想の違うものを入れる必要はないのか、その曲と曲の間にはどういうトークを入れるのか、を考える。早いテンポの曲のあとにはスローを、愛を歌ったとは戦争を、働きすぎて疲れたという歌のあとにはちょっとドラッグを連想させるような.....と対極を積み重ねていけば、曲も歌詞も多様になる。

 ビートルズの曲間トークで一番有名なのは、ジョンが初めてロイヤル・   主催の演奏会で言った一頃です。「安い席で聞いているお金のない人たちは拍手を、その他の席で聞いている人は宝石をじゃらじゃら鳴らして下さい.....」と。こんなトークはライブで鍛えていなければ出てこない。つまりビートルズは、優れて客掴みがうまかった。

 芸術家に向かって、「あなた達は、聞き手が欲するものを作った面があるんでしょ」というのは失礼なことでしょうか。失礼かもしれないが、私はあらゆる人間の所作、芸術を含めたものにはそういう面があると思う。湧き出てくると同時に、うまく伝えたいのである。そして、それがうまくマッチした人々が、人々から受け入れられる芸術家となる。それはそれで、すっごく才能の必要なことではないのか。

 実はつい最近まで知らなかったのですが、あのジョンでさえイマジンを売るに際しては工夫をしているらしい。今売られているあの曲には、原曲があるらしい。しかしそれはあまりにもリアル過ぎて、全く売れなかった。で、ジョンはどうしたかというと、メッセージは同じだが、それに「砂糖をかけて口当たりを良くした」(具体的に何をしたかは書いてありませんでした)と自分で認めているという。言いたいことを言っているだけではない。あの曲はジョンの代表作のように言われる。しかし、あの曲が有名な曲に収まるまでには、「顧客」を考えた措置を本人がとっているのです。

 最近アメリカ、日本でコンサートを開いたポールのアルバムを見ると、新曲はほとんどない。オールディーズを持つ音楽家のコンサートというのは難しいものだと思うのです。自分の新しい曲をやりたい。しかし、観客の大部分は自分の知っている曲を聴きたい。で、彼が前回東京に来たときのコンサートは、その二つがぶつかり合っていた。

 しかし、今回はインタビューでポールははっきり言っている。「来る人が聞きたい曲を演奏した」と。実際にポールのライブを聴くと、客が盛り上がるのは「let it be」であり、「the long and winding road」であり、あのヘイジュードの流しの部分なのです。ポールは客のニーズが良く分かっている。

 クラシックの作曲家達は、大部分が王様や専制君主のお抱えでした。庶民の為の存在ではなかった。彼らは実に少数の人に聞かせるために音楽を作った。うまい料理を作れと言われて、「失敗したら殺されるかもしれない」と恐れながら料理を考えた中国の厨房の料理人と似たところがある。しかしだからといって、「少数の為に作った」からと言って、出てきた音楽の価値が下がるわけではない。

 ビートルズを鍛えたのは、ライブです。今でもまっとうな音楽家が「ライブ」を大事にするのは、十分なワケがあると思っているのです。観客の吐息、表情、仕草。彼らにとってそれらはなんと重要な情報になっているか。ビートルズはそれを吸収し続けた。だから、曲が長持ちする。

 ビートルズはことさら「ライブ・グループ」の時期が長かったグループでしょうか。私は比較的長かったのではないか、と思っている。それは彼らについた後々の有名プロデューサーの力は大きかったでしょう。しかし、プロデューサーが作詞をするわけでも、作曲をするわけでもない。ジョンとポールの頭の中に、聞く人々のニーズは入っていなければ、身に付いていなければ、まともなものになりはしなかったのではないか。

 しかしこれは実に多くの分野で言えることなのではないでしょうか。人々は、自分が漠として考えていること、感じていることが形になることを喜ぶ。数々の音楽グループの中で、私はビートルズはそれにたけていたグループなのではないか、と思っているのです。


2002年12月12日(木曜日)

 (06:01)中東情勢は複雑ですな。前日スペインの外相かなにかが「これは明らかな国際法違反」だといってスカッド15基とその燃料と見られる化学物質をアラビア海でインターセプトして米軍に渡し、最初はそれらはディエゴガルシアの英軍基地(米軍がリース中)に搬送されるというのが昨日までの話だった。

 しかしその後イエメン政府が、「自分達が発注したものだと認めた」と伝えられて、朝刊にはその時点までのニュースが載っている。しかし、今ニューヨーク・タイムズを見たらアメリカは船は「released to Yemen」だとして、フライシャーの発言として以下の言葉を伝えている。

We have looked at this matter thoroughly, there is no provision under international law prohibiting Yemen from accepting delivery of missiles from North Korea.While there is authority to stop and search, in this instance, there is no clear authority to seize the shipment of Scud missiles from North Korea to Yemen, and therefore the merchant vessel is being released
 さらに、「テロリストとの戦争において、イエメンはアメリカのパートナー」と述べて、「国際法は国際法」と臨検する権利を留保しながら、船の航行継続を容認。
At the White House Mr. Fleischer said this afternoon, "Yemen is a partner of the United States in the war on terrorism," and added, "As conversations took place with Yemen, Yemen has given the United States assurances that it will not transfer these missiles to anyone."

Asked if the lesson to be drawn by North Korea was that the United States was willing to cut off oil supplies but that Pyongyang was free to ship its missiles, Mr. Fleischer said Washington did have concerns about the shipments but that "international law still is international law."

Mr. Fleischer said one concern in the shipment was "whether or not these missiles were going to head to any rogue regimes."

 何かすっきりしませんね。「国際法違反でない商品」だとしてら、なぜ積み荷の中に隠されていたんでしょうね。注目されるのは、一時緊張が高まると報じられた米朝関係がどうなるかということですが、イエメンが「他のどのような怪しい国にも、勢力にも渡さない、防衛目的のミサイル」と約束したにしても、北朝鮮が懸念すべき武器の輸出国であることが白日の下になったということは、緊張状態が続くと言うことでしょう。


2002年12月11日(水曜日)

 (00:01)以下の文章は、先週土曜日に放送したBSジャパンの番組「ネクスト経済研」の放送後記として日曜日に私が書いたエッセイです。改革に成功した韓国に学べ、という意見が日本で強まっている。たとえば私が週刊現代の書評で取り上げた「日本経済 不作為の罪」もそうです。最後の方は韓国賞賛で終わっている。

 しかし、果たしてそうだろうか。学ぶべきことは多いだろうし、主にその点に番組もポイントは置きたいが、しかしそんなに簡単に日本は韓国を模倣できるのだろうかとの問題意識もあっての番組だった。当然、本物の日本語を喋れる韓国人が番組に出てくれれば、と思って韓国に電話したら、「ちょうどその時日本に行く」と言ってくれたのが姜さんだった。  

 まもなく大統領選挙を迎える韓国。その韓国を「手本にすべきだ」という議論が日本で高まっている。97年秋の外貨危機、ウォンの大幅下落からIMF管理に入ったこの国は、一時の混乱期を経てその後順調な回復過程に入っている。少なくとも数字の上ではそうである。成長率は高いし、常用雇用は増えている。「それに対して日本は」というのが、韓国賞賛論の背景である。

 「で、それは本当だろうか」というのが、今回の番組のテーマだった。ゲストは姜敞煕さん(成均館大学校 経営大学院 兼任教授)と吉澤亮二さん(スタンダード&プアーズ アソシエート・ディレクター)。姜さんは私の長い友人で、毎日新聞、日経金融新聞の定期寄稿者。たまたま韓国から日本に来られておられたのでゲストに来て頂いた。吉澤さんは日本、韓国の銀行を格付け機関の目から見ておられる。

 番組を進めていくうちに、いろいろなことが分かった。

  1. 90年代の後半に韓国の改革で先頭に躍り出たのは「3・8・6世代」。60年代に生まれ、80年代に大学生活、90年代に30代になった世代で、IMF管理下で年輩者が政策責任、経営責任を問われて極端な場合には逮捕されたり、そうでなくても退陣した後に一気に前面に出てきた世代を指す
  2. しかし彼らもまた今は追われる立場にいる。例えば「R世代」。R世代のRはW杯の時、韓国を赤色に染めたあのレッド・デビルのRからとったものである。20代前半で1980年代生まれの世代を指す
  3. 「韓国の銀行の頭取は、大体が50代の前半」(吉澤さん)というなかで、例えばかつて大宇財閥の証券会社に属し、今は50代半ばに達した姜さんの友人の大部分は既に第一線から退いている
  4. そういう事情もあって、日本での韓国賞賛論にもかかわらず、韓国では「今韓国は景気良いと思っている人は少ない」(姜さん)し、実際に中高年は今後の生活に不安を抱いている
  5. 韓国景気回復のかなりの部分はアメリカのITブームと、消費者にクレジットカードの使用を奨励した消費から成り立っている。しかし、この消費ブームは多少無理したところがあり、今後それが問題となる
 ははは、私のように1950年台前半の生まれには、韓国でのチャンスはもう少ないと言うことです。思いの外、世代交代が進んだが故の韓国経済の活力回復だと分かる。これは思った以上だった。日本のお年寄りで「韓国経済を見習え」と言っている方々はこの事実をご存じだろうか。

 世代交代以上に姜さんは韓国が大きく変われた背景を、1)危機意識 2)IMF管理 3)ウォンの大幅(30%近く)切り下げーーを挙げた。またラッキーなことに、危機発生の直後に大統領になった金大中は、「過去との決別」で思い切った手が打てた。IMFを錦の旗にして。責任者の逮捕・収監も厭わなかった。タイミングも良かったのだ。日本もその手、つまり国際的枠組みの中での改革の手があると思うのだが、対外収支が真っ黒で外貨準備が潤沢な日本はIMF管理下にも入れない。

 では通貨安はどうか。これも思うように進まない。繰り返すが、日本は経常収支が黒で、資本もなかなか外に出ていかない。円安は難しい。となると日本には「危機意識」しか残らないが、3000億ドルの外貨準備と1400兆の個人金融資産がどこか日本と日本人に逃げ道、果断になることへの躊躇を与えている。

 環境に恵まれただけでなく、韓国の指導層が改革で柔軟かつ思い切った手を打って、それが機能したことも確かなようだ。例えば「ビッグ・ディール」。各財閥で得意な分野を交換させ、集約する。財閥もフルメニュー方式からブティック型、専門型財閥へ。また、不良債権処理での「ワークアウト」。日本のように特別検査を重ねる方法ではなく、一気に不良債権処理を進める手法。吉澤さんは、韓国の不良債権処理を「果断、迅速、短期間」と表現した。

 韓国が実施した改革には、今の日本には「直ちの採用」が難しいものも多い。おそらく、もっと「危機意識」が出てこなければ可能にはならないだろう。しかし姜さんが、「(事情が違うし、韓国もまだ問題を抱えているという意味で)日本の韓国賞賛論は行き過ぎ」と優しく言ってくれても、学べることはあるというのが印象だった。マレーシアのマハティールが「もはや日本には学ぶものはない、韓国に学ぼう」とルックイースト政策の対象国を変えているくらいなのだから。

 なぜここに掲載したかというと、日本でもあまり伝わっていない韓国論が展開されたからです。このエッセイでは「学ぼう」という方向でエンディングを作っている。しかし、私の頭の中には「事情は違うな」という気持ちもある。姜さんも、「今の日本での韓国ブームにはちょっと賛成できない」と。

 危機の直後に政権が出来たこと、危機の発生がアメリカのItブームの真っ最中だったこと(輸出がエンジンになった)など、幸運も韓国に味方して。日本も変えなければならないところは一杯ある。しかし、やはり自前のシナリオが必要な気が私にはしているのである。(00:23)


2002年12月10日(火曜日)

 (07:01)昨日の昼の、「夜においしいものを食べれる福岡の店」という私のお願いでしたが、あっという間に7件の食事処、1件のバーを紹介していただけたことは驚きでした。有り難うございました。ザンネンながら身は一つで、福岡在住で以前から存じ上げている馬場さんと一緒に、彼が推奨の「太郎源」に行きました。

 でもせっかくみなさんが紹介してくれたので、それらの店をきちんとここに残しておくのが私の役割かなと思います。私は太郎源以外は行っていませんので最後まで推薦はできませんが、みなさんにあえて紹介していただいたのは、どれも良い店なのではないでしょうか。またの機会を見て、これらの店に行かせていただきたいと思っています。

 トクトク 092-741-5232
 味処 太郎源 092-481-8522
 あまのや 092-714-2367
 たみや 092-712-4224
 毎文(まいもん) 092-2620008
 河太郎 092-271-2133
 なか庄 092-712-3518
 バーマイモン don't know (上記番号が間違っていたらごめんなさい)
 
 この中の店のうち、入ったことはないが知っているのは「河太郎」です。ハイアットの近くにあって、今回も講演を終わって西鉄グランドからキャナル・シティまで歩く途中にあった(寒かった)。大きな河童が店の前で番をしている店ですよね。確かにおいしそうだった。紹介していただいた高嶋さんによるとこの店は、「生きたイカを料理して出すようになった初めての店。佐賀県の呼子にも店があります」とのことでした。

 その近くにあるのが、おそらく eddy さんが紹介してくれたバー「マイモン」なんでしょう。「毎文(まいもん)」と関係あるのかな。トクトクというと、ネットが出始めた頃に確か九州のこの地方の郵便局の局員さんがやっていた「トクトク・ベージ」というのを思い出しますね。ネット上の懸賞ページだけを集めた。そういえば、あのページはどうなっているのでしょうか。

 南雲さんが紹介してくれた「あまのや」も行きたかったな。それにしても、みなさんありがとうございました。また、馬場さんにはおつきあい頂き、many tks。

 ちょっと福岡を歩き回った印象ですが、中洲はやはり一頃の勢いはないらしい。最近までアメリカ向けの自動車の輸出が勢いがあって、その分だけ他の日本の大都市に比べれば元気が良かったようですが、まあ全般的な日本の景気の低迷が中洲にも影響しているということでしょう。ただし、キャナルのコムデ系の店は実に大きくてレイアウトも変わっていて面白かった。


2002年12月10日(火曜日)

 (06:01)正直言って、John who ? って感じですな。しかし、ブッシュ政権は次の財務長官の資格として「business and government experience with a Ph.D. in economics」「Main Street-Wall Street combination」を念頭に置いており、John Snow はその条件を満たしたという。「with a Ph.D. in economics」というのが面白い。

 フォード政権時代に様々な政府の役職をこなし、その時点でチェイニー副大統領などとのつながりができたらしい。また「チェイニー人脈」ということです。リアルオーディオでジョン・スノー次期財務長官の大統領を横に置いての受託スピーチを聞いた印象では、まじめで、口が堅そうで、しまもその英語は聞き取りやすい印象でした。

 仕事はブッシュ政権の新しい経済政策を「売る」ことです。それは昨日指摘した通り。ブッシュの経済政策に関しては、ニューヨーク・タイムズに以下のような記述があった。

People who have been briefed on the plan said it would include a reduction in taxes on stock dividends, tax law changes to make it easier for companies to write off their investments in new equipment, and probably some acceleration of the timetable under which individual federal income tax rates are to be reduced under last year's tax cut
 では、ジョン・スノーという人はどういう人か。多くの点でオニールと似ていると指摘する声もある。
In many ways, Mr. Snow's background is similar to Mr. O'Neill's: he is a wealthy industrialist with government experience but few ties to Wall Street. Mr. Snow earned $2.2 million in salary last year, plus $11 million in bonuses, according to CSX's financial statements.
 などだ。しかし、減税に消極的だったオニール長官に比して、この問題では今のブッシュ政権の見方を共有する人と言うことでしょう。
Mr. Snow is an economist and a lawyer who has run CSX, one of the nation's largest railroad companies, since 1991. He served in a variety of posts in the Ford administration, including as assistant secretary of transportation, and is a former chairman of the Business Roundtable, which represents the chief executives of the nation's largest companies in Washington policy debates.

Mr. Snow, 63, has been outspoken this year in calling for improved business ethics in corporations, an important consideration for an administration that came under intense pressure to deal with the fallout from scandals involving Enron and other big companies.

 スノー氏に関しては、ウォール・ストリート・ジャーナルには意外な問題を扱った一文があった。オーガスタ・ナショナルに関する。女性のメンバーシップを認めないことで今アメリカで問題となっているゴルフ・クラブです。
Mr. Snow took a potentially damaging issue off the table by resigning his membership in Augusta National. The golf club, which hosts golf's premier tournament, is under fire for not admitting women. Mr. Snow was listed as a member in September. White House spokesman Ari Fleischer told reporters Monday morning that such a membership would not be a "disqualification" for a nominee. Three hours later, Mr. Fleischer announced that Mr. Snow was leaving the club. But, he said, "The president does not judge that to be a disqualifying factor."
 もう一方のリンゼー補佐官の後任には、 a consensus builder and strong managerという評価のあるスティーブン・フリードマンがほぼ確実という。こちらは議会承認の必要がない。

 9日のニューヨークの株は安い。市場は新しい財務長官にもっと「ウォール街と深く関与してきた人物」を期待していた節がある。あるアナリストは以下のように述べている。スノー氏はこうした市場の失望に応えていく必要がある。

"What we ended up getting was another Ford administration throwback, more of the same. We essentially replaced Paul O'Neill with another Paul O'Neill," Mr. Parmentier said. "Replacing one industrialist CEO with another is not likely to calm the nerves of an already jittery Wall Street."


2002年12月09日(月曜日)

 (11:01)ところで、このサイトの読者の方に情報提供をお願いします。今朝から福岡に移動して来ているのですが、「ここぞ」という店があるのかどうか。是非行くといいという店が福岡にあったら、教えてください。河豚でも何でも。その土地の店は、その土地の人に聞くのが一番かと思いますので。もっと早く言え、と言われればそうですが。でも今日は月曜日なんですな。

 ところで、朝起きたらびっくら、というか(^^; ヒヤアセ。なんと雪が積もっている。飛行機は飛ぶかいなという雰囲気。電車も遅れるだろうからと早めに出て、予想通り通常より時間がかかって羽田に着いたのですが、8:30分予定の飛行機が結局飛び立ったのが10:30。今日は予定通り進むのか不明、という印象。

 それにしても、除雪車が一台しか来ませんので.....とかいろいろ言い訳があっての遅延。東京は雪に弱い。米東海岸が数日前にすごい大雪だったと聞いたのですが、今日の東京の雪もなかなか迫力があった。

 福岡に来るのは実に久しぶりです。何時以来だったか忘れたくらいです。札幌のすすき野はすっかり寂れましたが、その後も中洲は元気が良かった。大阪の北新地も元気がない。どうなっているんでしょうね。時間があれば、見学ツアーもいいなと思ってます。

 アメリカの経済閣僚二人の更迭に関しては、ここにまとめておきましたので、興味のある方はお読みください。ただし、ちょっと長い。


2002年12月09日(月曜日)

 (01:32)完全に雪でした。12時頃は雨でしたが、番組を終わって築地場外の寿司屋で小泉君とちょっと食事をして、車に乗ったら。午前1時前。今年の冬に初めて見る雪。そういえば、山下なにがしの曲に「雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう...」みたいな曲がありましたな。

 雨が雪に変わった時間にはちょうど、サッカーを見ていた人が多かったのかもしれない。「ナカナカ」の。私が家に帰り着いた時には、俊輔は代わっていなかった。サッカーといえば、先週見たレアルを思い出しました。まるで遊んでいるようにゲームを進めてオリンピアを下していた。

 思ったのは、「入る」と直感で分かる時があるということです。グッティのヘディング、二点目です。フィーゴから出たパスの先にレアルの選手がほぼ直線に三枚いて、フィーゴが打った瞬間に「入る」と思い、口に出していました。あのパスの方向の反対側にいたものですから。

 南米のチームも可哀想に。経済的苦境で、有力な選手は皆ヨーロッパに取られている。あれでは戦いようがない。それにしても、レアルの選手達は「1+1」が「2」ではなく、「2.5」くらいになっている感じがした。お互いの技量の高さが、またチームの他の選手の技量を引き出しているような。一番遊んでいたのは、フィーゴでした。

 パルマとレッジーナの試合を見ていて、「ちょっと違うかな」といった。ところで、築地の場外の寿司屋のいくつかは、24時間、365日やっている。なかなか使える。


2002年12月08日(日曜日)

 (12:05)今日のフジテレビの番組がエンタメでビートルズのデビュー40周年をやるというのでこのグループのことを考えていたら、8日が22年前にジョン・レノンが死んだ日だったことを思い出しました。

 1980年の12月8日。ちょうど4年に渡るニューヨークでの生活を11日か何かに終えようと言う最後の数日に起きた事件。私たちが住んでいたのがリンカーン・センターの向かい側「63 broadway」の30リンカーンプラザで、ダコタハウスは76か75。直ぐ近くだった。

 まあその話をすると長くなりますが、そう言えばポールがジョンに捧げたレクイエムがあると何かで読んで探したら、それが「Here Today」でした。82年のポールのアルバム「Tug of War」の5曲目にある。ずっと聞いていたのに、実はそうだとは知らなかった。

And if I said
I really knew you well
What would your answer be ?
If you are here today
Here today

Well knowing you
You'd probably laugh and say
That we were world's apart
If you are here today
Here today

But as for me
I still remember how it was before
And I am holding back the tears no more
I love you

What about the time we met ?
Well I suppose that you could say that
We were playing hard to get
Didn't understand a thing
But you could always sing

What about the night we cried ?
Because there wasn't any reason left
To keep it all inside
Never understood a word
But you are always there with a smile

And if I say I really loved you
And was glad you come along
Then you were here today
For you were in my song
Here today

  「Here Today」は「もし君が今日ここにいたら...」と訳したら良いのか。2分27秒の短い、静かな曲です。アルバムの解説には「曲調もアレンジもyerterday を意識されてレコーディングされている」とある。

 「僕が君のことを良く知っていると言ったら、君は恐らく笑って”僕たちは世界が違った”と言うだろう.....」。そうでしたね。ビートルズの組成中(7年ちょっとの間です)に出来た210曲のうち、大部分はLennon-Maccartneyでしたが、二人は育ちも家庭環境も考え方も違っていた。ポールはこの歌でもその意識が出ている通りあまりそれを気にしなかったが、ジョンは気にしていたと思う。ポールもそれを知っていたから、「You'd probably laugh and say that we were world's apart」と言っている。

 4人のうち二人は死んだ。私より10才ぐらい上なだけなのに、早い。今年来たポール・マッカートニーのコンサートに行けなかったのは残念だったな。彼が日本に来る前にアメリカで行ったコンサートのライブ版「back in U.S. live 2002」は今私が最も耳を傾けているアルバムです。5年前でしたか、日本に来たときよりも歌がうまくなっている気がする。まあ、彼なら次の来日もあるかもしれない。それを楽しみに。


2002年12月07日(土曜日)

 (09:34)日本の朝刊にもかろうじて載っていますから、日本時間の金曜日の深夜、恐らく夜12時を過ぎて土曜日に入ってから発表になったんでしょうな。米経済閣僚、アドバイザー二人の辞任。

 「辞表を提出」となっているが、実際上は詰め腹を切らされたということでしょう。失業率(11月)が6.0%になったと発表になった日の公表。ブッシュはなかなか毅然としてやるときはやる。背景は「ブッシュの再選戦略」。お父さんは経済情勢の悪化の中でクリントンに負けた。そのクリントンは、好調な経済を背景に2期を勤め上げた。

 ブッシュは明らかに、「来年からの景気浮揚」をテコに再選に向けて走り出す。次の人がどういう顔ぶれになるかはまだ分からないが、ウォール・ストリート・ジャーナルは候補に次のような人を挙げていた。

 早々にやるのは、「減税」でしょう。大規模な。オニールは「その必要はない」という考え方だったといえる。ブッシュ政権の閣僚が「deciplined」な印象が強いメンバーだったのに対して、オニールはどちらかと言うと発言も統制が取れていない状況だった。方言癖があった。リンゼーはアメリカ経済に「あまりにも悲観的」で、他の経済チーム・メンバーと衝突することが多かったと言われる。

 リンゼーは言ってみればブッシュ政権になってからの為替政策策定などで大きな力を発揮してきた。彼が変わると言うことは、いろいろな面でこれまでとは違ったシナリオが出てくるということでしょう。ブッシュは閣僚を「has a history of promoting from within」という流れの中で指名する傾向を持つという。ということは、持ち上がりの可能性もあるということでしょう。

Contenders for the Treasury job include Commerce Secretary Donald Evans and former U.S. Trade Representative Carla Hills. Also viewed as possible candidates were several business executives, including financial-services mogul Charles Schwab, as well as a slew of former lawmakers.

For Mr. Lindsey's job as director of the National Economic Council, likely contenders include Steve Friedman, a former chairman of Goldman Sachs, and R. Glenn Hubbard, the current chairman of the White House Council of Economic Advisers.

 市場を見ると、まだ詳しくは分析してありませんが、ドルは急落。アメリカが「強いドル政策」を放棄するのではないか、との見方から。まだ新しいブッシュ経済チームが、「ドル安」というパンドラの箱を開けるかどうかは不明。株は5日間続いた下げから小反発に転じた。


2002年12月05日(木曜日)

 (23:09)忘れていたのですが、前回ECBが利下げしたのは去年の11月だったのですか。一年ぶりにやったと思ったら、マスコミから「bold」と呼ばれる0.5%の下げ。0.5%と言えば、FRBの11月6日の利下げを思い出します。たぶん、ECBはこのFRBの利下げの果敢さを参考にした。

 ECBは難しい選択を迫られていた。ドイツのように経済が弱ってきている国もあるかと思うと、しかし他の加盟国の中にはインフレ率が高いところも多い。そのインフレ懸念故にECBは一年間利下げを見送ってきた。しかし、アメリカと同様に景気浮揚に走らざるを得ないと今回は考えたのだろう。そしてやるなら、中途半端でなく、と。

 それでも、この記事に出てくるエコノミストは「EU経済には依然として悲観的」と述べている。ヨーロッパの抱える問題は深い。

ECB cuts rates to 2.75% as growth stumbles

The European Central Bank on Thursday cut interest rates for the first time this year in a bold move which took its key rate to a three-year low as concerns about stuttering growth outweighed stubborn inflation pressures.

The bank eased its main refinancing rate by half a percentage point to 2.75 per cent. It last cut rates in November 2001 in the aftermath of the September 11 terrorist attacks.

Economists welcomed Thursday's announcement.

"It's official, the ECB does care about growth after all," said Robert Prior at HSBC, who added the cut was probably designed to bolster consumer confidence.

But Mr Prior remained gloomy on the outlook for European growth: "In our view growth will continue to disappoint over the coming months and we still look for a rate trough of 2.25 per cent."

Data released on Wednesday showed the economy grew by 0.3 per cent quarter-on-quarter in the three months to September for an annualised rate of 0.8 per cent.

Growth in Germany, the eurozone's largest economy, was even weaker at 0.2 per cent in the same period and inflation eased to an annual 1.1 per cent in November, the lowest level in the eurozone.

But persistent inflation elsewhere in the 12-nation bloc had stayed the ECB's hand before Thursday.


2002年12月05日(木曜日)

 (14:09)小春日和を通り越して、まるで春そのもののような午前中の陽気。韓国から姜さんとあとお二人との食事のために茅場町まで行きましたが、気持ちが良かった。午後になってちょっと曇ってきましたが。つい茅場町から京橋まで歩いてしまいました。

 今日の昼の話は結構面白かったな。このコーナーで書いたことがあるのですが、ようするに「デフレ時代の投資」はどうあるべきか、という話題。というのは、我々は知らずに「インフレ時代の投資」は身につけ、理論を構築してきたし、失敗・成功の歴史を持っている。20世紀に入ってほとんどの時期は「インフレの時代」だった。しかし、デフレの時代に資金運用をどうするかの理論は実は誰も構築していない。

 いくつかの理由がある。それは、「デフレは避けるべきもの」「脱すべきもの」との前提があるが故に、それが実際に長引いたときにどうするかという議論がない。するのも避けられる。景気刺激をしろ、デフレを脱却せよの大合唱が聞こえ、「今は時代がおかしい」というところから脱しない。しかし、「本当にそうだろうか」というのが私の疑問だし、今日の昼飯に集まった人の関心だったのです。

 「デフレ時代の投資理論」の必要性に真っ先に直面しているのは、日本の投資家です。株は全般的に下がる、ではインデックスファンドは意味があるのか、では何に投資したら良いのか....と疑問は尽きない。だとしたら、「デフレ時代の投資」の理論を構築して、実際にアメリカでも欧州でもデフレになればその理論そのものが「売れる」という話になる。

 私はこう考えています。今の世界の「壁崩し」の大きなトレンド(政治的、規制緩和環境的、テクノロジー的などなど)から見て、インフレ時代から見たら想像もしなかったような低物価上昇の時代は長引く、と。国によってデフレとはいかないまでも、相当物価の低い水準は続くと。通常、株価はインフレの時代には「インフレ・プレミアム」を含有する。含む。しかし、デフレないし低インフレでそれが剥落してきたときどうなるか。株価はしばらくは下落を続けることになります。

 では、何が買いで、何が売りか。買いが債券だとして、その中でどういうふうにポートフォリオを構築するか.....という問題です。なかなか面白いでしょ、最初は頭の体操に、次に実践で。でも、小生は昔からインフレの局地戦はあるという意見で、株を全般に見限ったわけではありませんが。(14:35)


2002年12月04日(水曜日)

 (11:09)ははは、昨日だったと思ったのですが、原型を送ってくれた友野さんが、「真相」と題するメールをくれた。これが面白かったので紹介しましょう。

BUSH & RICE のかけ合いを僕がYCASTERで見つけて、
それをいろいろな知り合いかつジョーク好きな人間に紹介したところ、
そのうちの1人であった私の父親がさらにいろいろな人に転送。
そのうちの1人であった父の元同級生がさらにいろいろな人に転送。
そのうちの1人であったアメリカ人が、アボット&コステロの
ジョークを送り返してきたのが、逆コースで僕のところまで
たどりついた、という経緯が先ほど明らかになりました。
確かにスゴイ世の中です。
 こういう何階層ものパスが極めて短時間に行われるのがネット社会の特徴です。「日本人だったら博学の人だ」と思っていたのですが、原型を見つけて送ってくれたのはアメリカ人でしたか。
 ――――――――――
 ところで、新聞を見ているとこのところの日本で起きていることは凄まじい。2ヶ月前に接戦を制して党首になった人が、あっという間に引きずりおろされる、首相が「七人の侍」を選んだ審議会が割れて委員長は雲隠れし、いつ答申を出せるか分からない.....などなど。

 こうした一連の事態を見つめながら、思い出していたのは今週の月曜日だったかな、日経の最終面に載った「敗者の混迷」という塩野七海さんの文章です。カルタゴとの戦いに勝ったローマは、新しい体制を作り上げるのに「勝者の迷走」をした。日本も迷走もそれかと思ったら、日本のそれは今や「敗者の迷走」状態だ、「ルビコン川さえ渡れば、新しい展望が開けてくるものを....」というのが彼女のお託宣だったと思った。

 塩野さんと言えば、これも今週ですが新潮社の伊藤さんを通じて、「国家の衰退」とは何か、経済的事象としてはどういう事態を指すのか、という問い合わせがあった。これは私がいつも考えている問題なので、即座に返答したのですが、「日本はダメになる」とか「日本は衰退する」とか簡単に言われているのですが、誰も定義していない。極めて情緒的な表現なのです。

 最近よく思うのは、確かにこの国は我々が理想とする状態(それはそれぞれの人によって違うのですが)からは遠ざかっているし、接近しようと本気でもがいている気もしないが、だからといって企業や個人がしっかりして自分にとっての最も良い生きる手だてを考えれば、それはそれで良いのではないか、と言うことです。国という形も重要ですが、最初から全部を動かそうとすると大変。まず身近からということです。

 塩野さんがなぜそういう質問をしてきたかと言えば、彼女の「ローマ人の物語」もいよいよ「ローマの衰退」に話題がかかってくるそうで、まあ版図が小さくなるとか、国内各地が中央の言うことを聞かなくなるとか、軍紀が乱れるとか、そういう政治的、社会的、軍事的な指標とは別に、「衰退」を経済的に見ればどういうことか、ということが彼女の頭の中で???になっているというのです。例えば、衰退とは一人当たりGDPで何%の減少を言うのか、とか。

 私に言わせれば「衰退」という言葉を経済的にはっきり定義した人はいないのではないでしょうか。「日本は滅亡する」とも言う人がいる。しかし、日本に住んでいる我々の子孫が全部消えることはないでしょう。だからそれぞれの人が、「良き日本」「良き時代」、そして比較すべき海外の諸国を前提に置きながら相対的に「衰退」をイメージしていると思う。

 それにしても、今の日本の混乱を「勝者の混迷」と見れる人の方が「敗者の混迷」と見れる人より多いのかどうか。どうも後者が確かに増えてはいると思う。(11:24)


2002年12月03日(火曜日)

 (11:09)先日ブッシュとライスの胡錦涛(HU JINTAO)の名前をとっかかりとする掛け合いジョークを掲載しました。実はその時、我が家のもう一人にこのジョークを見せたら、「これには原型があったと思う」と言い始めました。私は知らなかった。しかし、その時はネットで探しても分からなかった。で、忘れかけていた。

 しかし、ネットの力は恐ろしい。私のサイトでこのジョークを見た知り合いの友野さんが社の周りの人に、「これは面白い」と見せたら、一人が「あれはアボット&コステロのかけ合いが原型であーる」と一言言ったというのです。その人は、「原型」を明確に知っていた。博学な人というものはいるもんですな。それで、以下の添付を頂いた。

 我が家のもう一人によると、この「アボット&コステロ」(スペイン語的には後者はコスティーヨのような気がしますが)は、言ってみればボードビリアン(vaudevillian 軽演劇の喜劇俳優。寄席で寸劇などを演じる芸人)で、ネットを改めて調べたら数少ないのですが、こんなページ(画像リンクが切れていますが)が出ていた。

 そういえば、「レインマン(Rainman)」でダスティー・ホフマンが確かに一人で何か呟いていたシーンがあった。あれが、「"Who's on first?" from an Abott and Costillo show」だったのですな。テレビが出始めた頃からあるジョークで、言ってみればアメリカのかなり多くの人にとってはお馴染みのものだということでしょう。では、お楽しみください。かなり長い。

Abbott: Alright, now whaddya want?
Costello: Now look, I'm the head of the sports department. I gotta know the baseball players' names. Do you know the guys' names?
Abbott: Oh sure.
Costello: So you go ahead and tell me some of their names.
Abbott: Well, I'll introduce you to the boys. You know sometimes nowadays they give ballplayers peculiar names.
Costello: You mean funny names.
Abbott: Nicknames, pet names, like Dizzy Dean -
Costello: His brother Daffy -
Abbott: Daffy Dean -
Costello: And their cousin!
Abbott: Who's that?
Costello: Goofy!
Abbott: Goofy, huh? Now let's see. We have on the bags - we have Who's on first, What's on second, I Don't Know's on third.
Costello: That's what I wanna find out.
Abbott: I say Who's on first, What's on second, I Don't Know's on third -
Costello: You know the fellows' names?
Abbott: Certainly!
Costello: Well then who's on first?
Abbott: Yes!
Costello: I mean the fellow's name!
Abbott: Who!
Costello: The guy on first!
Abbott: Who!
Costello: The first baseman!
Abbott: Who!
Costello: The guy playing first!
Abbott: Who is on first!
Costello: Now whaddya askin' me for?
Abbott: I'm telling you Who is on first.
Costello: Well, I'm asking YOU who's on first!
Abbott: That's the man's name.
Costello: That's who's name?
Abbott: Yes.
Costello: Well go ahead and tell me.
Abbott: Who.
Costello: The guy on first.
Abbott: Who!
Costello: The first baseman.
Abbott: Who is on first!
Costello: Have you got a contract with the first baseman?
Abbott: Absolutely.
Costello: Who signs the contract?
Abbott: Well, naturally!
Costello: When you pay off the first baseman every month, who gets the money?
Abbott: Every dollar. Why not? The man's entitled to it.
Costello: Who is?
Abbott: Yes. Sometimes his wife comes down and collects it.
Costello: Who's wife?
Abbott: Yes.
Costello: All I'm tryin' to find out is what's the guy's name on first base.
Abbott: Oh, no - wait a minute, don't switch 'em around. What is on second base.
Costello: I'm not askin' you who's on second.
Abbott: Who is on first.
Costello: I don't know.
Abbott: He's on third - now we're not talkin' 'bout him.
Costello: Now, how did I get on third base?
Abbott: You mentioned his name!
Costello: If I mentioned the third baseman's name, who did I say is playing third?
Abbott: No - Who's playing first.
Costello: Never mind first - I wanna know what's the guy's name on third.
Abbott: No - What's on second.
Costello: I'm not askin' you who's on second.
Abbott: Who's on first.
Costello: I don't know.
Abbott: He's on third.
Costello: Aaah! Would you please stay on third base and don't go off it?
Abbott: What was it you wanted?
Costello: Now who's playin' third base?
Abbott: Now why do you insist on putting Who on third base?
Costello: Why? Who am I putting over there?
Abbott: Yes. But we don't want him there.
Costello: What's the guy's name on third base?
Abbott: What belongs on second.
Costello: I'm not askin' you who's on second.
Abbott: Who's on first.
Costello: I don't know.
Abbott & Costello: THIRD BASE!
Costello: You got an outfield?
Abbott: Oh yes!
Costello: The left fielder's name?
Abbott: Why.
Costello: I don't know, I just thought I'd ask you.
Abbott: Well, I just thought I'd tell you.
Costello: Alright, then tell me who's playin' left field.
Abbott: Who is playing fir-
Costello: STAY OUTTA THE INFIELD! I wanna know what's the left fielder's name.
Abbott: What's on second.
Costello: I'm not askin' you who's on second.
Abbott: Who's on first.
Costello: I don't know.
Abbott & Costello: THIRD BASE!
Costello: The left fielder's name?
Abbott: Why.
Costello: Because!
Abbott: Oh, he's center field.
Costello: Look, you gotta pitcher on this team?
Abbott: Now wouldn't this be a fine team without a pitcher.
Costello: The pitcher's name.
Abbott: Tomorrow.
Costello: You don't wanna tell me today?
Abbott: I'm tellin' you now.
Costello: Then go ahead.
Abbott: Tomorrow.
Costello: What time?
Abbott: What time what?
Costello: What time tomorrow are you going to tell me who's pitching?
Abbott: Now listen. Who is not pitching. Who is on fir-
Costello: I'll break your arm if you say Who's on first. I wanna know what's the pitcher's name.
Abbott: What's on second.
Costello: I don't know.
Abbott & Costello: THIRD BASE!
Costello: You got a catcher?
Abbott: Oh, absolutely.
Costello: The catcher's name.
Abbott: Today.
Costello: Today. And Tomorrow's pitching.
Abbott: Now you've got it.
Costello: All we've got is a couple of days on the team.
Abbott: Well, I can't help that.
Costello: Well, I'm a catcher too.
Abbott: I know that.
Costello: Now suppose that I'm catching, Tomorrow's pitching on my team and their heavy hitter gets up.
Abbott: Yes.
Costello: Tomorrow throws the ball. The batter bunts the ball. When he bunts the ball, me being a good catcher, I wanna throw the guy out at first base. So I pick up the ball and throw it to who?
Abbott: Now that's the first thing you've said right.
Costello: I don't even know what I'm talkin' about!
Abbott: Well, that's all you have to do.
Costello: Is to throw the ball to first base.
Abbott: Yes.
Costello: Now who's got it?
Abbott: Naturally!
Costello: If I throw the ball to first base, somebody's gotta catch it. Now who caught it?
Abbott: Naturally!
Costello: Who caught it?
Abbott: Naturally.
Costello: Who?
Abbott: Naturally!
Costello: Naturally.
Abbott: Yes.
Costello: So I pick up the ball and I throw it to Naturally.
Abbott: NO, NO, NO! You throw the ball to first base and Who gets it?
Costello: Naturally.
Abbott: That's right. There we go.
Costello: So I pick up the ball and I throw it to Naturally.
Abbott: You don't!
Costello: I throw it to who?
Abbott: Naturally.
Costello: THAT'S WHAT I'M SAYING!
Abbott: You're not saying it that way.
Costello: I said I throw the ball to Naturally.
Abbott: You don't - you throw the ball to Who?
Costello: Naturally!
Abbott: Well, say that!
Costello: THAT'S WHAT I'M SAYING! I throw the ball to who?
Abbott: Naturally.
Costello: Ask me.
Abbott: You throw the ball to Who?
Costello: Naturally.
Abbott: That's it.
Costello: SAME AS YOU!! I throw the ball to first base and who gets it?
Abbott: Naturally!
Costello: Who has it?
Abbott: Naturally!
Costello: HE BETTER HAVE IT! I throw the ball to first base. Whoever it is grabs the ball, so the guy runs to second. Who picks up the ball and throws it to What, What throws it to I Don't Know, I Don't Know throws it back to Tomorrow - triple play.
Abbott: Yes.
Costello: Another guy gets up - it's a long fly ball to Because. Why? I don't know. He's on third and I don't give a darn!
Abbott: What was that?
Costello: I said I don't give a darn!
Abbott: Oh, that's our shortstop.


2002年12月02日(月曜日)

 (12:09)先週末に比べても、今朝の早朝に比べても結構な円安になっていますな。その理由は、ここにも 書きましたが、塩川大臣の日曜日の発言です。

 どうも、毎日にしか載っていないようで、この記事に気がついたのは日曜日の深夜。テレビ局から家に帰ってネットをチェックしているときでした。解説は載せておきましたが、日本政府部内にも円安待望論は強いと言うことでしょう。(12:20)


2002年12月01日(日曜日)

 (17:09)ははは、週末ですがチョコを一枚ゲットしました。今週火曜日だったと思うのですが、内藤さんと片山さんとで食事をしていたとき、「隠し文字」の話になったのです。隠し文字と言えば、HTMLの中に半角の括弧(<> これは全角です。半角にすると見えなくなるので)で括るのが良く知られていますが、今回の話題はエクセルになった。

 エクセルはシートが大きいので、備忘にはるか離れたところに文章を置くことがあるという話から始まって、「文字を白くすると見えない」など内藤さんからいろいろなアイデアが出た。そうかと思って聞いていたのです。私はエクセルはほとんど使わない。ほんの時々です。

 確かにワードでも、文字の色を白くすると分からない。一見です。そしたら、確か金曜日だったと思ったのですが、内藤さんがこういう問題を送ってくれた。問題とはこのエクセル・ファイルです。開いたら、「わかったらチョコ一枚」とあった。

 金曜日に忙しかったので、土曜日になった開いて、パットひらめいた方法で試したら、一発で分かった。所要時間は3秒くらいでした。内藤さん、すんませんな。なのですが、内藤さんのようにエクセルのプロが出してきた問題なので、結構難しいのかな、と。どうなんでしょうか。

 私が使った方法は「ctrl+f」です。つまり、検索。例えばM4にある「8308.05」という数字を「ctrl+f」で起こした画面検索に入れる。そうすると、文字にどのような色が被せられていようと、その文字を探してくれる。探すと、直ちに3カ所出てくる。だから、同じ文章を隠したから....という内藤さんの問題の出し方がちょっと回答者である私に甘かった。

 一カ所はビジブルなもので、あとの二つは一つは「FR 1000」、もう一つは「A 6」。あと最近コンピューター関係で「発見」と思ったのは、つい最近までネットスケープは「指定部分印刷」が出来なかった。しかし、7からそれが出来るようになっていることを発見した。知らないうちに進歩している。



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