2001年11月30日(金曜日)

 雅子様がご出産のため宮内庁病院に入院され、「the Cute One (Paul)」「the Clever One (John)」「the Funny One (Ringo)」と呼ばれた3人に対して「the Quiet One」と呼ばれたジョージ・ハリソンがなくなった2001年11月30日。この日はまた、EZ!TVのプロデューサーである大野 貢さんと、キャスターの小島奈津子さんの結婚式の日でやんした。なんと、事多き日に。でも記憶に残るでしょうね。

 会場はお台場日航ホテルのペガサス。大きな会場で、収容した人員は500人と聞きました。式場の正面に向かった左側にご親族の方々のテーブル席、右側は大部分が立食席で彼女が関わっている二つの番組(もう一つはめざましテレビ)の関係者やお二人の友人、フジテレビの幹部の方々など。

 山下達郎、竹内まりや夫妻のデュエット(一曲だけでした=残念)、タケシ監督など著名人からのメッセージ、芸能リポーターの直撃インタビュー、森本さんや大塚さんの乾杯挨拶等々アトラクション、見せ場はいろいろあり、3時間以上ほぼ立ちっぱなしでもまったく飽きない式でしたが、一番私が感じたのは「二人ともしっかりした家庭に育っている」という点でした。

 式は華やかだけれども、浮ついたところはない。足が地に着いている印象がする。二人とも、式の次にやることがしっかり分かっているという印象がして、非常に好感が持てる。会場にいた人全員がそう感じたのではないでしょうか。二人とも実にさわやかなんですな。

 ご両人のご両親ともしばらく話をしましたが、小島さんのお父さんはテクノロジー系の民間企業の役員さん。そういえば、小島さんの弟さん(口元が似ている)もテクノロジー系でした。お母さんとも話しました。「最初は凄く反対されたけれども、今は最大の理解者」(奈津子さんから以前聞いた一言)というお母さんは、「いつも午前2時過ぎには起きて、事故でもあったらいけないので娘を迎えに来てくれた運転手さんに必ずお茶を出すのですよ.....」と。週5回。こりゃよっぽど家族思いじゃなきゃ出来ませんよ。

 大野さんのお父さんは教員をなさっていたようです。式の最後の挨拶は新郎の父親の人柄が出て毎回興味深いのですが、息子がイライラ戦争の最中にイラン(彼は外語のペルシャ語科卒)に行くことを許したエピソードなどを紹介しながら。長い割には笑いを誘う挨拶でなかなか力がこもっていた。かなり事前に考えたあとが伺える。人生の節目において息子から相談を受けるというのは、家庭の中で存在感の大きいお父さんということでしょう。

 それにしても、あれだけの式を無事運行させるのは至難の業だったでしょう。その任に当たられた方々はご苦労さんでした。あたしゃ、行っただけでしたが。とまれ、久しぶりの結婚式でしたが11時過ぎに「さわやか」な気持ちで帰ってきました。ナイス。


2001年11月29日(木曜日)

 一昨日取り上げた電話の「ワン切り」攻撃に関してある方から国民生活センターのこのサイトに同センターとしての見解が載っていることを教わりました。

 多分センターの考え方が正しい。なぜなら、私の場合携帯をかけましたが、それが直ちに私だと分かり、住所などまで明らかになるのにはドコモが情報を漏らさない限りありえない。私の所には電話がかかってきて、「貴方は誰」と聞かれていませんから。

 ですから、私は「10万円の請求」をある意味で楽しみに待っているのですが、多分こないでしょうね。では何のためにこれをやっているのか、という疑問が沸く。愉快犯、それともあれを聞き進んで、住所や名前を明らかにしてしまう人がいるのでしょうか。

 多分、5秒分のドコモからの電話代金の徴収はくるのでしょう。まあこれは払うのかな。チェーン・メールとしたら、実に手が込んでいる。実際に請求されたとしたら、名前から住所から一切を業者に登録してしまった人でしょう。


2001年11月28日(水曜日)

 またリコールの対象になっているのですが、N2002という i motion 機能を搭載したNECのマシンは、この小さな端末が将来どういう形になっていくかを多少なりとも示唆していると思う。まだ映像は鮮明でなく、使い勝手も限られているがなかなか用途を考えると面白い。

 いくつかの新聞社は、i motion 向けの動画の配信を既にしている。新聞社で一番早かったのはなんと毎日新聞だったと思う。朝日もそろそろ始めている。テレビ局はすべて参入。マシンを起こすと、最初に i motion の項目があって、そこを進むとファイルを見つけられる。記事と一緒になっているケースが多い。

 動画が見れるということは、将来動画が撮れるということにつながると思う。今では写メールのように静止画は簡単に撮って送れるようになっているので、動画も技術的には可能なはずです。医療とかいろいろな面で用途が広がる可能性が高い。もうちょっと画像が鮮明にならないといけませんが。

 しかしもっとこのマシンの機能に素早く着目するのは、H系の業者でしょう。インターネット上に山ほどある猥雑な映像が静止画ばかりでなく動画も携帯電話の端末の上に登場してくる。

 いつも思うのですが、新しい機械は利便性と猥雑さを同時にもたらす。携帯電話が小学生にまで普及している現実を考えるなら、この動画をどうやって有害なものにしないですむかということを今から考えておく必要があると思う。


2001年11月27日(火曜日)

 新手の携帯電話に対する「ワンギリ攻撃(詐欺)」に関して、いろいろな方からメールをもらっている。同じメールが凄い勢いで回っているようで、ネットの世界では今一番の話題です。しかし、伝統的なマスコミではまだあまり取り上げられていない。この非対称が面白い。まあもうちょっとすると、出てくるのかな。

 実は私はもう経験者です。たしか神戸に出張する直前でしたから先週の月曜日だったと思う。着信音が鳴った。で直ぐに切れた。本当にワンギリだったのです。間違い電話だろうな、とは思いましたが「誰だろう」と思って、かけ直した。着信履歴に残っている電話には、私のメモリーに既に入っている人からのものは当然として、その他の番号のみの着信履歴にもかけ直すのが私の習慣でしたから。

 そしたら、突然女性のあえぎ声が聞こえてきて、「誰だろう。いたずらしているのは」と思って数秒聞いていたのですが、直ぐに「これはダイヤルQ2だ」と判断して切りました。電話の音質がQ2に非常に似ていた。

 神戸に着いてその話をしたら、既に経験者がいました。その時も「10万円」の話が出た。彼も請求書をもらってはいないのでしょうが、話をしていた。たった短い間の聴取でも10万円の請求が来る、と恐ろしげに。その時は予定があってタイムアップとなり話は進展しなかった。しかし私のところに来たワンギリ攻撃はこれだけで、その後は来ていません。

 出回っているメールには、電話番号が列挙されていて、その番号から来た電話には call back しないようにとなっている。私の携帯の着信履歴を最近見直しましたが、30個しか保持できないので、先週月曜日の履歴はもう落ちてしまっている。しまった、番号を書いておけば良かった。

 まだ請求書が来ていないので分からないのですが、実際にあえぎ声を聞いたのはいくら長くても5秒くらい。ダイヤルQ2というシステムはNTTが作っているシステムで、システム的に「5秒で10万円の請求」は無理だろうと思っているのですが。請求書が来てから本当に法外な請求が来たらドコモと対決してやろうと思っているのです。
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 着信履歴の電話に気軽に call back も出来ない事態ですか。便利と迷惑は背中合わせですから、こういうサービスも出てくるんでしょうな。まあこれからは本当に用のある人は留守電を入れるしか call back してもらえなくなる、ということでしょう。さもなくば、相手のメモリーに入っていなければならない。

 それはそうと、ドコモは対策は打ったと言っているのですが、私の携帯に着信する不用メールは一向に減らない。どうなっているのかな.........。


2001年11月25〜26日(日〜月曜日)

 いろいろありますな。大叔母が逝ってしもうたと思ったら、それに気落ちしたのか諏訪の親父の具合が少し悪くなった。別に共鳴しているわけではないでしょうが、ほんまにしっかりして欲しい。

 月曜日は久しぶりに名古屋に行きました。私としては非常に珍しく日帰り。名古屋は以前は半期に一回は行っていたのですが、最近は一年に一回のペースになっている。まあ2時間ですから、通勤圏内のようなもので。

 これも久しぶりに暇つぶし、いや「ひつまむし」を食べました。京都の都ホテルの近くに本店がある結構有名な店の最後の食事に「ひつまむし」が出てきて、「へえ、京都の店が名古屋の真似をするとは....」と思ったものですが、確かにひつまぶしは名古屋の食べ物としては秀逸です。今回も大勢さんが並んでいた。松坂屋に行きましたが。

 今は「名古屋ブーム」だそうな。確かに。このデフレ、不況の時代に名古屋には元気な企業が多い。トヨタを初め。何故かと考えたら、アメリカの経営用語で言うところの「back to the basics」が自然に出来ている会社が多いということでしょうか。

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 そういう点から言うと、日曜日のEZ!TVに来ていただいた鈴木陸三さんの会社であるサザビーは、華やかなようでいてこだわりがあり、原則も守っている会社という印象がする。派手なようでいてシンプルで、お客のニーズを半分分かった上で、それだけにとどまらない創造性を付与して、製品を付加価値の高いものにしている。頑固なところもある。

 鈴木さんの繰り返し使った言葉で非常に興味深く感じたのは「半歩先」という言葉です。頭の良い人は直ぐに二歩、三歩先を考える。しかし、世の中の動きというのは頭で考えるほど速くはない。速くなりそうになると、必ずそれに対する反発が起きる。

 「半歩先」というのは、経営とか経済の視点から言うと非常に重要なポイントだと思う。IT革命にしろ、先に描いた姿は間違っていなかったと思う。しかし、二歩も四歩も先に進もう進もうとして、目先こけたというのが実情ではないか。

 商売が相手をしているのは結局は「人」であって、「理想」ではない。グリーンスパンも言う。経済の中にあって常に変わらないのは、「human nature」だと。サザビー系列の店が、「実用とファッション」を兼ね備えていて、消費者に新しいライフスタイルを提供しているとしたら、自分達より一つ上の世代との違いを強調したい連中に受け続けるのは分かる。

 それぞれの世代は、前の世代とは「少し違ったテースト」が欲しい。一番手っ取り早いのは、自分の身の回りのものを前の世代の大勢的人々とは違うものにすることで、それは「半歩程度の差」ということではないでしょうか。

 サザビーは調べてみると、「衣」「食」「住」という要するに「身の回り」から離れたことはしていない。価格も普通の人の財布から大きくは離れていない。でいて、普通ではない。消費者の嗜好を負いすぎて失敗する会社、消費者を無視して需要の喚起に努める会社。どちらも危ういが、サザビーはそのちょうど中間にある、という気がしました。

 ところで鈴木さんの名前の「陸三」は、私にとって非常にニアミス的名前です。なぜなら私の弟は「陸二」という。番組のコマーシャルの最中にその話をしたら、「本当ですか...」と。男の名前で「陸」が入っているのは、確かに珍しい。


2001年11月23〜24日(金〜土曜日)

 ほんまに良い天気が続きますね。世の中連休とやらですが、こちとら出張の谷間、放送の谷間で土曜日だけがフリーになったので、自転車であちこちに出かけましたが、気分は最高でした。暑からず、寒からず。

 「自転車であちこち」となったのは、とにかく車が混んでいる。どこに行くにも、車が使い物にならないのです。金曜日には荷物があったのでタクシーを拾って赤坂から新宿に向かったら、ちっとも動かない。で運転手さんに「すんません」と言って途中で下ろしてもらい、地下鉄に乗り換えました。たくさんの荷物を抱えていましたが。地下鉄の方が多分数倍速かった。

 これに懲りたたので、連休中の移動は「自転車で」というわけです。我が家から新宿まで出ても15分ですから、この賑やかな街への買い物にも自転車が利用できる。銀行によったり、ショップに行ったり。中野坂上から新宿までは成子坂下で登りと下りが半分。この登り下りがちょっと難点ですが。

 帰りの中野坂上の手前の登りはきつい。つい寄り道したくなる。「きつい」で思い出しましたが、神戸の異人館巡りは凄い坂の連続で閉口しました。眺望は最高ですが。各異人館でそれぞれ入場料を取られるのにも閉口。あの坂は雪が降ったら一発で通行できなくなる。

 しかし、全体に「坂のある街」というのは良いもので、海外ではサンフランシスコなどを直ぐに思い出す。東京も坂の多い街で、そういう意味では神戸がそうだったし、そうだ尾道もそうですな。なんだか今日はとりとめのない話で。


2001年11月22日(木曜日)

 ニュースには次々に新しい単語が登場する。薬害ヤコブ病問題で一番分からなかった言葉は「ヒト死体乾燥硬膜」でしたが、今日調べていてやっと分かりました。それはこのページによく説明されていた。人間の脳には、「硬膜」というのがあるのですな。

 この説明があるページは、薬害ヤコブ病のホームページの中。今回の和解協議入りに入るまでの経緯を原告側から見た見方が詳しく載っているの。このページを見ながら最近しばしば登場する「行政の不作為」について、日本の場合は国全体として新しい知識(ITでもバイオでも)に対する吸収力の劣化が起きているし、日本のシステムもこのナレッジの劣化に力を貸しているのかもしれない、と考えました。

 なぜそう考えるかというと、日本の役所のシステム(そして民間もかなり同じですが)というのは特に上級職においては、長くて2年しか一つの職に就かない。短い場合では1年です。各部門でトップは代わってしまう。

 その間に何もなく、問題なく過ぎゆくのが最良のキャリアパスになっているケースが多い。無論、正義感の強い人がいるケースもあります。その場合は問題に取り組む。しかし、そうしたケースはそれほど多くはないだろう。大きな前提としては、日本の官僚は優秀だからある職について2ヶ月もその職場についたら直面する問題をすべて理解するということになっている。だから、人を次々に代えても問題はないと。

 しかし、世の中これだけ専門化して同じ医者でも隣の領域はもう分からないというような時代に、キャリアパスの全行程に置いて自分が担当した分野を理解し尽くせる人などというのはいないのだと思う。人間は正確に認知できない危険は理解できない。

 Bブラウン社製の乾燥硬膜が危ないとの最初の報告は1987年だったとされる。アメリカでの第一症例報告の後で、ライオデュラの滅菌法を変更し(水酸化ナトリウム処理工程を追加)した時ですが、その時に例えば厚生省の関連部署でどのくらい「危険認識」が共通化していたのか。多分、それほどしていなかったのではないか。それは、部署の多くの人が知識の欠如に見舞われていたのではないか、と思うのです。私の個人的な推測ですが。

 これは民間企業でも見られるケースです。専門家がいるようで、トップにはいない。特に変化が激しいときには付いていけない。個人の問題もあるのでしょうが、今まで成功してきた日本のシステムの欠陥が露呈してきている面があると思う。そういう意味では、是正には相当力がいる。


2001年11月21日(水曜日)

 京都から神戸に移動してきていますが、あの大きな地震の後遺症は街の景観から見る限り「完全になくなった」というのが印象です。街に「神戸らしいつや」が戻ってきているように見える。

 神戸には震災に以来何回も来ていますが、どこかしら震災の後遺症が残っていた。三年後くらいでも、表通りは綺麗になっていても、裏路地に入ると道路の段差があったり、ビルが地面から浮いていたり。まだ壊れている家もあった。

 それは4〜5年たったあとでも変わらなかったような気がする。街のつやの回復を証明するのは主観的な印象が強い分だけ難しいのですが、一日あちこち神戸を移動して、そういう印象が強くした。

 日本全体が経済的には不活発な状況ですから神戸だけが好況と言うことはない。しかし、その分を差し引いても、神戸らしさが戻ったというのが印象です。良かった。


2001年11月20日(火曜日)

 出張で京都に来ていますが、今年は去年に比べて紅葉が早い。寒かったせいで、去年のこの時期はまだ始まったばかりだったのが、今年は「今が見頃」という状況。時間を見付けて東福寺に行ったのですが、それは素晴らしい紅葉だった。

 海外に行かなくなった旅行者がどこに行ったのかと思ったら、京都のようなところらしくて、今の京都はどこに行っても旅館、ホテルは満タンだそうです。まあ、旅行に慣れた人は、海外に行けないとなったら国内に行く場所を探す。京都は一番の候補と言うことでしょう。

 神戸出身の方と話をしていたら、あの大震災の直後に「じゃ、どういう家を建てるか」で議論があったという興味深い話を聞きました。「地震に負けない家を」というのが最初の、まずは出てくる発想です。

 しかしそこからが問題だった。では震度いくつの地震を想定するか。つまりコストが全く違うのです。10年、20年に一回くらいは来る震度5程度の地震に耐えられる建物を建てるコストと、前回の阪神大震災のように震度が8に達する地震に耐えられる建物の建築費と。

 むろんこれは、個々の施工主の考え方によって違う。しかし、震度が7とか8の地震が100年とか200年に一度しか来ないとしたら、そして建築コストが全く違うとしたら、私でも震度5くらいの耐震構造でも良いと判断するでしょう。事実大部分の神戸市民は、そうした選択をしたという。

 これはある意味で当然でしょう。200年に一回の地震に耐える家を建てても、まず自分は生きていない。家も残っているかどうかわからない。地震に耐えられても、地割れには対応できないかもしれない、などなど考えれば、妥当なコストの家を想定するしかない。

 多分車社会もそうした一種の割り切りの上に成り立っている。知らず知らずの間にですが。


2001年11月19日(月曜日)

 今発売中の新潮社の国際経済雑誌のForesightに「テロ根絶とコスト」という文章を書きましたが、それとの関連で11月5日号のビジネス・ウィークの記事「Privacy in an age of terror」はなかなか良くまとまっていて改めて考えさせられた。

 多分5日付けですからかなり前に会社に来ていたのですが、机の上につんどくだった。改めて手にとって読み始めたら止まらなくなった。こういうことです。テロを防止するための措置として

  1. 様々な場所(駅、空港、野球場などなど)でテロリストとの疑いのある人物を捕捉するため顔面認識技術(facial-recognition technology)を使う(86%が支持、11%が反対)
  2. テロリストとの疑いのある人物の資金源を捕捉するために銀行口座、クレジットカードの取引をより厳重にモニターする(81%が支持、17%が反対)
  3. 国民一人一人の認証の為にIDカードを発行して、それの携行を義務つける(賛成68%、反対28%)
  4. 道路、街路、そのた公共施設でカメラを常に動かして人々の動きを監視する(賛成63%、反対35%)
  5. チャット・ルームなどのインターネット上の議論の場を警察などが監視する(賛成63%、反対32%)
  6. 人々の通信をインターセプトするために、携帯電話と電子メールを政府が監視強化する(賛成54%、反対41%)
 など監視強化への国民の支持率は今は高い。しかし、それらの情報が結合されたとき、つまり巨大なデータベースで合体されたとき、それはアメリカ社会の基盤であったプライバシーの尊重がはたして可能か、という問題意識。この問題意識には筆者も共有するところが多いから、Foresightの文章でも問題提起した。日本で年間1万人は確実に死ぬ交通事故をゼロにするために、今の産業社会を捨てようと言う人は少ない。それと同じ事がテロにも言えるのではないか、ということである。

 無論ないにこしたことはない。しかし数年に一回あるかないか、あっても交通事故の何分の一の死しか生じないとしたら、それをなくすために今まで人類が獲得した権利をむざむざと放棄するのは妥当だろうか、ということである。

 正直言って難しい問題ですが、筆者の考え方は徐々に固まってきていて、それはテロの防止にしてもやはり広い意味でのコスト意識は必要なんだろう、と思うのです。そうでなくても、デジタル社会は膨大な個人のデータベースが出来上がりやすい。それはデータの使用理念がしっかりしていて、法的枠組みが明確の場合は良いが、理念が経年劣化し、法律の抜け道が見いだされると、極めて危険な形を取りうると思うのです。

 それはまさに「Big Brother」の出現につながりかねない。この記事には「surveillance、data-mining、electronic eavesdropping、national identification cards」などの単語が出てくる。技術的にはもう出来るものが多い。事故、事件が起きたときには、国民の意見は一方方向に傾きがちですが、これは日本にいる我々も良く考えないといけない。どうせその方向になる、と考えるか、そうであっても歯止めをかける努力をするのか。


2001年11月17〜18日(土〜日曜日)

 降るほどではなかったのですが、2年前(でしたっけ)より遙かに堪能できました。「Leonids meteor shower」。放送を終えて家に帰り着いたのが1時を過ぎていて、それからあれやこれやしたり、共同通信用の原稿などを書いていたら午前3時前。

 ちょうど良い時間になったので、近くの杉並第十小学校の校庭に行ったら、2年前と同じように何十人という人がやや間隔を置きながら突っ立ったまま上を見ている。流れ星が通るたびに

 オー
 w(゚o゚)w オオー!
 嗚呼ー

 などなど、歓声が上がる。明るければ明るいほど、長ければ長いほど大きな声が上がる。寒かったので20分くらいしか居なかったのですが、20数個は見たと思う。たしか2年前は1時間以上いて、記憶に残ったのは4つくらいしかなかった。

 午前3時までは結構薄雲が出ていたのですが、3時を過ぎたら雲が動いて空は晴れてきていた。あれ以降、午前4時くらいまで見ようという人には、良かったのでは。わたしゃ堪能しましたので、3時15分過ぎには家に戻りましたが。
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 渡辺貞夫さんに再びお会いできて、またしても同じアルバムに21年ぶりのサインを頂くとは思っていませんでした。

 最初のは1980年。経済担当だったのにソニーの広報の確か大木さんから、「渡辺貞夫さんが来るので、インタビューを」と誘われて、ホテルの部屋で会った。前にも後にも音楽家にインタビューしたのなんて初めてで、だから当然私は覚えていた。そりゃ、渡辺さんは忘れますよね。

 その時に買って持っていったのか、それとも頂いたのかしたのがスタジオに持っていったアルバム。武道館コンサートを成功させた直後だと思った。アルバムが、コンサートの音を拾っていますから。

 サインの字は全く変わっていない。何より、21年ぶりのサインというのが嬉しい。この真夜中の結構きつい番組も、なかなか良いことがある。<^!^>


2001年11月16日(金曜日)

 恐らく20年後の人間達は、今の我々を見て「なんて幼稚なことをしていたのか」と思うのでしょうな。また一つカードが増えた。スイカ。「すいすい通れるカード」の略らしい。ネーミングには敢えていちゃもんを付けようとは思わない。

 しかし、どう考えても「もうちょっと使い勝手を考えたら」といいたいカードである。まず私鉄では使えない。これはどうも私鉄サイドの問題らしいが、構想するときから「より高い利便性」を考えて欲しかった。つまり、「スイカ」はJRでしか使えない。JRと私鉄を使って通勤している人には、スイカを買った場合は私鉄定期券を別に買う必要がある。今だと一枚で通しで買えていたのに。

 大体、今の日本はカードが氾濫しすぎている。最近驚いたのは時計屋に行って時計の電池を120円で買ったら、「お客さんはうちのカードもってます」と店のカードを渡された。どうもそれを持っていくと何%引きかになるらしい。量販店からはどこかで買い物をする度に、カードを渡される。これがまた直ぐ出来るんだ。

 高島屋の鼎泰豊でも、ちまきなどを買うとカードをくれる。レコードを買うとくれる、薬屋に行ってもくれる、パチンコ屋もカード、リフレクソロジーで足をもんでもらえばカード、むろん銀行のキャッシュカードは山ほどある.........ときりがない。かくして我々はこれは持ち歩くカード、これは家に置いておくカードと分別しなければならない。しかし、大体においてカードは必要なときにもっていない。それでまた増える。

 スイカにはICが埋め込まれている。インテリジェントなわけである。かなりの情報が入るはずだ。ということは、薬屋やレコード店のカード情報など入るだろう。是非一緒にして行って欲しい。とりあえずは、JR以外の私鉄で使えるようにして欲しい。そして、最後は最近では絶対常に携行しているもの、そう携帯電話に機能を移して欲しい。

 多分携帯電話に埋め込まれたICチップに全ての情報が入って、駅でも、買い物にも何にでも使えるようになると、各店がカードを発行する意味の一つが失われるのでしょうね。なぜなら、行った店行った店のカード・コンテンツを携帯にダウンしていったら、一つ一つのカードが持つ拘束性が失われるからです。

 しかし、持ち物はなるべく少なくした小生としては、そうして欲しい。今でも思い出すが、携帯電話が出始めた頃だったと思う。ロイターの偉い人が来て食事をした。何か当社に要望はないかというから、携帯電話の窓を指さして「ここに為替相場のライブを入れて欲しい」と言ったら、キョトンとしていた。ポケット・ロイターが重くて閉口していたので、「当然出来るはずだ」と思って言ったのである。

 ロイターの連中はどうやら私が言ったことを理解できなかったらしい。携帯は日本の方が進んでいたという背景もあったと思う。しかし、どえらく鈍感な連中やな、と思って、「もしかしてこの会社は時代にラグしているのでは」と思ったら、実際にブルームバーグに急追された。

 たのんます、全国津々浦々でカードを発行している方々。どうぞ、より少ないカードの数に。資源節約にもなると思うので。


2001年11月15日(木曜日)

 物好きというか、現場主義というか、XPの発売を秋葉原で見守りました。午後11時30分前から一時間くらい。藤井君と大橋さんと。ソフマップとラオックスを行ったり来たり。

 盛り上げに必死ですから、各社知恵を絞っている。ソフマップはまず代金を支払った客を外に並ばせて12時を待つという体制。12時段階で数えたらソフマップでは約50人が並んだ。過ぎて50人に手渡しが終わるのに7分くらい。そして客はいなくなった、という状況。

 ラオックスの方が人だかりは多かった。週間アスキーの編集長の福岡編集長も一緒だったのですが、彼が一言「いやに知り合いに会うんですよ.....」。ということは、彼のような業界関係者が店を取り囲んでいるということ。客はやはり50人くらいでした。どうも有楽町の方が多かったらしい。100人とネットで報じられている。

 私は結局買いませんでした。というのは第一に今の小生のPC群はうまく動いている。さらに言えば、秋葉原の店のポイントカードを持っていない。PCなどをポイントカードなしで買うのはもったいない。明日B5のXP版ラップトップが出ても多分買わないと思う。というのは、XPのノート(B5)のプロフェッショナルのバージョンがないため。ソニーから出る機種は全てXPのホームエディション。

 考えるに、XPは徐々には普及すると思う。なぜなら、MEに頭に来ている人々はいるので、そういう人は徐々に買い換える。しかし、今2000で順調に動いているなら、急いでXPにする理由は希薄だと思う。アップグレードしても、今度はハードの能力との兼ね合いが出てくる。XPはかなり大きな能力をハードのサイドに要求する。OSだけ良くなっても、逆に機械の回りはよくなくなる可能性もある。

 はっきり言って、一社のOSの頻繁なバージョン変更を大騒ぎする時代は終わった。コンピューター・エイジはもっと成熟したものにならないといけないと思う。ネットワーク端末全体に占めるPCの割合は落ちてきている。PCのOSとしては圧倒的な Windows でも、ネットワーク全体での地位は下がりつつある。

 XPの売りは「堅牢」と「ブロードバンド対応」。しかし、商品を売るにはもっとわくわくする機能が必要だ。楽しいとか、今まで出来なかったことが出来るとか。「堅牢」では、堅物に恋をしろと命令されているような気がする。ブロードバンドと言っても、まだ日本ではブロードバンド化が進行していない。

 私の今の方針としては、B5のラップトップでプロフェッショナルの良いバージョンが出るまでXPは買わないでおこう、というものです。小生の家にはまだ98で順調に動いているマシンがあって、それを含めて急いでXPに乗り換える理由は見あたらない。周辺機器の問題を含めて徐々に、ということでしょうか。


2001年11月14日(水曜日)

 最近また身の回りに結婚が多くなってきたような気がする。ディーリング・ルームにいた頃には20代、30代が多くて結婚式は毎月のようにあって、正直半ばウンザリしていた。今でも思い出すが、もっともひどかった例は二週連続でキャピトル東急の同じ部屋で、全く同じメニューの食事を、同じようなテーブル・メンバーで食べた。あれには皆で閉口したな....。料理ぐらい違うだろうと思っていたのに。同じディーリング・ルームに居るんだから、調整しろよ.....みたいな。

 全くないと寂しいものだが、最近またちらほら。14日には式ではないが、EZ@TV、いや違ったEZ!TVのツッチーこと土田君の仲間内向けお披露目が四谷三丁目の唐人ダコだったかな、そんな名前の店であって、これがなかなか面白かった。

 式ではないから最初からくだけている。何が面白かったかって、あの「テレビ番組製作現場」の集団が持つ一種異様なノリですな。確か10年前のディーリング・ルームの若手連中のノリもあんな感じだった。一般的には、日本全体が10年前には持っていたノリで、私にとっては「おまえ、まだ生きていたのか...」みたいな印象。

 それはテレビ業界がラグしているのか、それとも私を取り巻く環境が変わったのか、どっちなんでしょうね。まあ、年代が持つ独特のものかもしれない。だいたいが、ちょっと遅れて行ったのですが、会場に入った段階からうるさい、うるさい。狭いところにぎゅうぎゅう詰めで、誰がどこにいるかも最初分からない。声が四方八方から飛んでくる。あたしゃ、おとなしくしていましたが<^!^>。まあ食べることよりも喋ることに興味がある連中ですから、うるさいのは当然でしょうが。

 朝が早い森本さんが帰った後は、さてどこに...という感じ。結局同じビルのカラオケに二組に分かれて。言語明瞭・意図不明瞭の言葉を叫び続ける奴、ズボンを汚しても全く気が付かない奴、テーブルに登って歌を歌う奴、時にニアミスに発展する連中、歌がうますぎてアルカイダの標的になりそうな奴、グラスを壊す奴、あきれて眠そう顔をしている奴、使用意図不明の写真を撮り続ける奴、意味不明に泣く奴、それを慰める奴、暴れて押さえつけられる奴、押さえつける奴、そうした中で誰にも聞いてもらえない歌を歌い続ける奴....。

 結構なつかしかったな。カラオケも久しぶり。ああいうのを乱痴気騒ぎ一歩手前型というのでしょう。最後は抑制がきいているのがミソです。小生は昔から、一定期間のインターバルを置いたそれは「必要悪」という見方。違和感はない。まあ最後は静かなバーにでも行って、ゆっくり飲み直したいと思ったのですが、そういう雰囲気でもないし、あたしゃ午前様になった段階で帰りました。彼らは何時までやっていたのやら。

 土田君のかみさんは、なかなか魅力的な女性で、京都の下鴨の人らしい。たまたま私は来週京都に行く。土田君は関西テレビからこの番組のために来ている関西組の一人。仕事は当然であろうが、正直言って麻雀は結構いけて、好敵手になりそうな気がする。夜間営業に関しては、彼は奥さんに事前に了解をもらっていたな。うん、あれは賢明だと思う。σ(^^)


2001年11月12〜13日(月〜火曜日)

 久しく良い映画を見てないな....と思っていたら、火曜日の先輩達との飲み会で出てくるわ出てくるわ。5人のうち映画好きが二人。一人は映倫の委員までやっている人ですから、特に詳しい。ご参考までに。私はどの作品も見ていませんが、ネットで調べたら直ぐにサイトは見つかった。

  1. ブラックボード
  2. 落穂拾い
  3. 蝶の舌
  4. 夜になる前に
  5. 夏至
  6. 彼女を見れば分かること


2001年11月11日(日曜日)

 ほんまに日本の新聞社も考えて欲しいですな。「若者は常識がない」などと言いながら、若者に必要なことを年に数回も伝えることをサボっている。新聞休刊日など、やめてしまえ.....と言いたい。


2001年11月10日(土曜日)

 終わりました。実感としては、お通夜は流れに乗っているだけ。大変なのは告別式のある日という印象。なぜなら、通夜は終わればそれであと何もないが、告別式はその後が大変なのです。

 お葬式は同じ仏式であっても、全国各地によって、また宗派によって手順が微妙に違う。しかし、東京の大体の仏式の手順では、通夜の翌日か翌々日に告別式をやったあと、火葬場に行ってお骨にしてもらい、その後またお寺に戻って初七日の法要をやり、そして精進落としをして終わる。つまり、二日目にはやらなければならないことがいっぱいある。時間もかかる。10時に家を出て、家に帰ってきたのが午後6時ですから、8時間仕事というわけです。

 地域によっては告別式をやる前に斎場に行くところもある。確か諏訪はそうだったと思う。まあ喪主と言っても、親戚が助けてくれましたから、随分と楽だった。それに、葬儀屋さんが何かと落ち度なきよう式を進行してくれる。葬式は「葬儀屋を見つけるのが最初の大仕事」。今回の場合は大叔母が「薬師さんで」ということを決めていたので、住職さんに相談して、その推薦で決めた。中野駅の北口の長浜葬祭で、薬師さんの檀家だそうです。

 喪主としての挨拶は二回。斎場に向かう直前と、精進落としの席が始まる直前。まあこれも席の終わりに当たって挨拶というところもあるでしょう。最初の挨拶についてはいろいろ考えていたのですが、やはり思っていたことのうちの僅かしか言えないもので、難しい。二回目は殆どが親戚相手ですから、その時思いついたことを。

 そうそう、大叔母の場合は92才にもかかわらず斎場の方が「60才くらいの方の骨の量」と言い、のど仏が綺麗に残ったのと、そののど仏の袈裟まで実に綺麗に残ったのが印象的でした。実際に女性、しかも92才の女性としては大きな方でしたし「骨太」でしたが、根本住職さんも、「袈裟まで見たのは、25年やっていて3回目」とおっしゃっていた。
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 葬式をさせていただいた新井薬師さんは、名前が駅の名前(西武新宿線)にもなっている有名なお寺で、中野や高円寺の人に「薬師さんでやります」と連絡すれば場所を説明する必要がない。これは助かりました。従って送ったファックスの数は少ない。

 根本住職さんには大変お世話になりました。大叔母は生前よくこの住職さんとお会いしていろいろ話をしていましたし、私もそれにお付きあいしたことがありましたが、よく観察しているとこの方はいろいろなところに出ていらっしゃる。

 お孫さん二人を伴ってあげて頂いたお経がまた素晴らしかった。このお孫さん二人は、カーネギーホールでお経が演じられた先頃(これはニュースにもなりました)にはニューヨークに行った一団に加わっていたそうで、確かに住職を真ん中に置いて3人でのお経はそれぞれの音色が微妙に違って3元ステレオを聴くような気持ちだった。浪々としたお経だった。このお孫さん二人には、私が書いた本をそれぞれに2冊ずつ差し上げました。まあ、ご興味があるかどうかは知りませんが。

 斎場は落合を使いました。堀之内も近かったのですが、落合は昨年に新しい建物が完成したばかり。綺麗でした。道がちょっと狭いのが難ですが、バスに乗りきれない程の人に来て頂きました。92才の人のお友達ですから、残っているだけで凄いという印象ですな。

 本当に葬式だけはいつくるか分からない。今回の場合は、よく考えたら生前に大叔母が決めた手順に従って式をしただけ、という印象です。まあ92才という年齢もあるのでしょうが、事前に自分の死後のことまで予定を立てられる人は偉い。見習わなくっちゃ。


2001年11月09日(金曜日)

 矛盾するのですが、一番驚いた.....しかし「やっぱし」と思ったのはアメリカの10月の卸売物価の過去最大の下げです。記録が始まったのが1947年という。アメリカでも統計がきちんとしてきたのは第二次世界大戦後か...という気持ちになるのですが、それはさておき下げ幅は1.6%。

 重要なのは、10月の卸売物価の大幅な下げで同月まで1年間のアメリカの同物価上昇率が0.4%のマイナスになったこと。つまりインフレが消えた。9月まで12ヶ月の物価上昇率は1.6%だった。10月の大幅な下げで、アメリカの物価状況は数字の上からも「デフレ」環境になったことになる。

 10月の卸売物価に対するエコノミストの予測は、「下がるだろうが、その幅はせいぜい0.3%」というものだった。だから、「surprise」という訳である。何が下がったのか。一番はエネルギーで7.7%の低下。これは1989年以来の大幅な下げ。中でもガソリンは21.2%、燃料油は20.9%の大幅な下げだった。ガソリンは1986年3月以来、燃料油は1990年2月以来の下げ。

 テロの直後には、つまり9月の中旬にはエネルギー価格は上がった。アメリカがイスラム教国で大規模な戦争を起こせば、中東からの石油供給が揺れる事態が予想されるとしていったんは急騰したエネルギー価格だが、9月の後半から10月にかけて大幅に下がった。統計はそれを反映した。

 しかし10月のアメリカにおける物価下落はエネルギー価格だけに先導されたものではない。自動車の卸売り価格は4.7%の下げになったが、これは29年ぶりの下げ、食料品は0.4%の下げで、中では野菜の下げが11.4%と大きい。

 上昇となったのはコンピューターの0.2%が目立つくらい。今回の統計はいつも集まる資料の80%で作成したという。炭疽菌事件で郵便の集配が遅れているため。しかし、統計作成に当たった労働省ではその影響(80%の資料で統計を作成したことに関して)度合いに関して、「not significantly」と言っている。つまり、アメリカの総体的な物価状況は正確に反映している統計であると。

 先週分の私の日経金融連載コラム「マーケットの風」のテーマは「深まる先進国のデフレ」でした。私としては、10月の米統計にこの見方が間違っていなかったという自信を深めた。エッセイですから丸めて書いている面もありますが、世界の物価状況に対する私の基本的考え方が現れている。ははは、日経金融新聞と私のコラムの宣伝もかねて、ちょっと掲載します。担当の大林君によると私のコラムは「なかなか好評」とのこと。そりゃ良かった。来週はマイケル・ブルームバーグについて書きました。(一週間前には提出しています)

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 1997年に日本経済新聞社から出版した拙著「スピードの経済」の主張の一つは、「(先進国における)インフレの時代は終わった」というものだった。筆者として今改めて、日本を含めた西側先進国全体における「ディスインフレ」、もっと言えば「デフレ圧力」の強さに思いを馳せている。

 そこには、理由が二つある。一つは9月に中国の内陸都市・重慶から入って長江を下り、さらに沿岸部の上海までを訪れ、いまだに埋めがたいほど大きな日本と中国との賃金格差を目の当たりにしたこと。重慶では、農閑期に竹竿を担いで2元(約30円)で荷物を運ぶ出稼ぎの人々が30万人いるとガイドに聞いた。大卒の初任給もまだ日本の十分の一。上海など沿岸部を中心に富裕層も生まれているが、国全体の全体的な賃金水準は冷戦が終わって既に10年が経つのに日本との格差は依然大きい。

 そしてもう一つはデジタル革命の価格引き下げ圧力の凄まじさ。例えば、指標DRAM価格は最近1ドルを割れた。たった一年で10分の一の価格になった。採算ベースは一個400円と言われているから、作るほど赤字が出ると言うこと。今の価格は需要予測読み間違い後のIT不況下における極端なものだが、「産業のコメ」の安値は今後も続きそうな気配だ。"石"やモジュール化した部品はますます安くなる。

 「スピードの経済」で「インフレは終わった」と予想した理由は、冷戦の終了による東側経済、開発途上経済の先進国経済との競合状態の発生(特に労働力供給での)、それにデジタル革命だったが、5年近くたった今まさにその二つが、先進国の物価下落状況を加速している印象が強い。こうした状況は暫く続くだろう。冷戦後の世界経済の融合はまだ過程だし、デジタル革命もこれから加速してくる。唯一の好況国だったアメリカもリセッションに沈んだ。

 今の世界は、規模は小さいが戦争状態である。戦争は普通物価を押し上げる圧力になる。需要を生み出すからだ。しかし、今回はもともと世界経済ではマイナーな存在でしかったアフガニスタンでしか大規模な破壊は生じていない。その一方で、同時多発テロや炭疽菌騒動など先進国の需要(消費など)を抑制する力が働いている。ブッシュの言う「21世紀型戦争」はインフレを誘発しそうにない。

 ディスインフレの中でも長期金利が上昇する可能性はある。それは長期の金利が債券の需給で決まっているからである。大幅な財政黒字を出していたアメリカがテロ後の減税措置、支出増大措置によって赤字になる可能性が強まるなど、今後世界的に長期債券需給は悪化しそうだから、その面から金利上昇圧力は高まる可能性がある。しかし、10月最終週に米財務省が30年債の発行を打ち切ると発表した途端に、米長期金利はブラックマンデー以降最大の下げを記録した。デフレ懸念が強いが故の急速な金利低下だった。 


2001年11月08日(木曜日)

 お葬式というのが完全に「アナログ」の世界だと言うことが、よく分かりました。とにかく高齢の方のお知り合いや世話になった人に連絡を取り、お寺さんや葬儀屋さんと交渉する。まったくメールなどの出番はない。

 何を一番使うかというと、携帯電話です。最近では一番携帯電話を使っている。なぜ分かるかというと、電池の減り方が凄い。とても一日一つの電池では足りない。バッテリーの補助を一つ持ち、かつ充電器を携行して、時間があれば充電する。充電しながら、あちこちと連絡を取る。

 役に立ったのは皮肉ですが、買った後「役立たず」ということでほっておいたFOMA。FOMAを発信に使って、G2のソニーのマシンを受信に使うという形。FOMAで知り合いに電話すると、「あれ....」という事になりますわね。発信通知をしているから、今まで私が電話した瞬間にわかったのに、それがFOMAからだと着信マシンに出ない。

 一応の連絡を回すまでが大変で、その日になったら逆に少し楽になるのかな、と思っています。


2001年11月07日(水曜日)

 お年寄りというのは、元気であっても分かりませんね。祖父の兄弟姉妹でただ一人残っていた92才の大叔母さんが、月曜日にクモ膜下で倒れたのは全くの突然でしたが、そのあと持ち直すこともなく水曜日の午後逝ってしまいました。

 もの凄く元気なお婆ちゃんで、戦後夫を病気でなくしたあと東中野で洋品店を経営し、男の子を育てて慶応を出し、商売もある程度成功させてビルまで残した人でしたが、やはり歳には勝てなかったと言うことでしょうか。米寿の祝いを東中野の日本閣でやり、その後もずっと元気でした。

 子供も先に逝ってしまい一人だったこともあって、新日鐵が立川に作った有料老人ホームに入る契約はずっと前にしていたのですが、米寿の祝いのあとまでは東中野の近くの自宅に一人でとどまって、ずっとビルの管理などに目を光らせていた。「目を光らす」という表現がぴったりの迫力のある人だった。

 立川に移ったのは確か米寿、つまり88才の祝いをすませてからだと思う。私はこの人の面倒を見る責任者でしたからよく立川には行ったのですが、最近で一番驚いたのは、確か90才になったときだと思う。

 「ようちゃん、わたし雑誌をとることにしたのよ....」と。何かと思ったら、なんとフォーチュンがそのころか、その直前に出し始めた「日本語版」を持ち出して来た。おいおい、90才で企業番付見てどうする.....と思ったのですが、これには苦笑するしかなかった。もちろん、私が書いた本、雑誌の記事などには全部目を通していた。さすがにネットがらみは分からなくて、「何が書いてあるのよ.....」と。

 いつも笑っちゃったのですが、会話が「小渕さんが....」とか、「クリントンって...」とかで始まる。経済よりは政治好きのお婆ちゃんで、いろいろ聞かれてそんな話を良くしたのを覚えています。近くに昭和記念公園があって、90才を過ぎていてもちゃんとした足取りで歩けて、コスモスとか花を見に公園に皆さんと出かけ、花に囲まれながらの写真を大量に残している。つい先週の後半も大勢で公園に出かけていたらしい。天寿を全うしたということではないでしょうか。

 金曜日に通夜、土曜日に告別式を新井薬師さんでやるのですが、諏訪の親父がちょっと簡単には動けないので私が喪主ということになった。初体験。どうなることやら。


2001年11月06日(火曜日)

 月曜日に予想した通り、0.5%の引き下げでした。しかし今回は目にとまったのは利下げ理由ではなくて、今年に入って10回目の下げの結果到達した金利の水準です。

  1. フェデラルファンド金利は2.0%
  2. 公定歩合は1.5%
 年初のアメリカのフェド金利は6.5%、公定歩合は6.0%でしたから、それぞれ4.5%の下げ。アメリカの物価上昇率を消費者物価でここを見ると、2.5%というのは明らかにマイナス金利。金利水準は日本より高いのですが、日本の場合は物価上昇率がマイナスですから金利は実質金利は高い。しかしアメリカは完全にマイナス金利になった。

 金利がマイナスになったということは、お金は銀行から出て本来なら株式市場などに出ていく。株高で消費の水準を保ち、また金利引き下げで投資を活発化して経済を活性化させようという狙いですが、こういう状況下でワークするかどうか。

 まあそれにしても、戦力の一挙投入と表現するに相応しい措置です。しかも声明文を読むと、今後の利下げも示唆している。

For immediate release

The Federal Open Market Committee decided today to lower its target for the federal funds rate by 50 basis points to 2 percent. In a related action, the Board of Governors approved a 50 basis point reduction in the discount rate to 1-1/2 percent.

Heightened uncertainty and concerns about a deterioration in business conditions both here and abroad are damping economic activity. For the foreseeable future, then, the Committee continues to believe that, against the background of its long-run goals of price stability and sustainable economic growth and of the information currently available, the risks are weighted mainly toward conditions that may generate economic weakness.

Although the necessary reallocation of resources to enhance security may restrain advances in productivity for a time, the long-term prospects for productivity growth and the economy remain favorable and should become evident once the unusual forces restraining demand abate.

In taking the discount rate action, the Federal Reserve Board approved the request submitted by the Board of Directors of the Federal Reserve Bank of Richmond.


2001年11月05日(月曜日)

 このシリーズで3回も逆転をくらい、ヤンキースの引き立て役になってしまっていたダイヤモンドバックスにヤンキースと同じ事をする力(逆転サヨナラ勝利)はある筈だし、そうなって欲しい.....と強く思いながら見ていたら、本当にそうなりました。

 ゴンザレスの当たりも褒められた当たりではない。もしヤンキースが浅めの内野守備をしていなかったら、ショートは取れていたでしょう。しかし、まるでトスしたような球がショートの頭を越えた。

 一番ほっとし、そして一番悔しがっているのはキム選手ではないでしょうか。汚名を晴らせないままこのシリーズが終わった。しかしチームは勝った。韓国ではどういう報道になっているのか知りませんが、あのままバックスがリベラに抑えられて終わったら、キム選手の運命はいかに、と思っていました。

 記録はいつも破られるためにあるし、止まるためにあるとすれば、リベラの連続アフターシーズン・セーブ記録が23で止まったのも、ヤンキース監督の一点差試合連続勝利記録が途絶えたのも当然。

 たしかにニューヨークのチームに勝って欲しいという気持ちは分かる。しかし私はずっとダイヤモンドバックスを応援していました。これでまた来年の大リーグは一段と面白くなると。今まであまり馴染みがなかったダイヤモンドバックスの選手の名前はかなり覚えました。でも面白かったシリーズだった。


2001年11月03〜04日(土〜日曜日)

 うーん、日曜日のEZ!TVの中国のビデオには驚きました。私が9月10日のレポートで取り上げた「人身売買」がそのままドキュメントとして登場してきた。番組の中国スタッフが実際に中国で撮影したもの。なかなか迫力があった。

 私に中国における人身売買の話をしてくれたのは高木君で、番組の中で彼の話も引用しましたが、ビデオを見ていて山峡ダムの山間の村なだまだましな中国の山西省など奥深いところの実体というのはあの程度なのだろうと思いました。中国は実に、刮目するような先進性(上海に代表される)と、目を覆いたくなるような後進性の同居する国なのです。

 では、どちらが本当の中国ですかと。答えはどちらもというのが当たっている。どちらもなのです。ではどちらと付き合うべきなのですか、と。誰でも前者と答えたいでしょう。でも、後進性と先進性は表裏一体なのです。政治問題として噴出するときには、同時に出てくる。

 中国とのつきあいは難しいものになるでしょう。社会主義でカーテンを向こうから引いていてくれていたときには楽だった。しかしWTOにも加盟して、いよいよ世界の貿易ルールの中に入ってくる。他人事ながらあの膨大な格差をどうやって埋める努力をするのか、しないとしたら、噴出する問題をどう解決するのか。江沢民の時代はもうすぐ終わる。次の世代に残された大きな問題です。
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 番組の後半に出た若松監督は、本当に小柄な人でした。番組の中では彼の友達が165センチぐらいしかない、と言っていたので「実際は168センチですよね」と言おうと思ったが、タイミングが合わなかったので言わなかった。そしたら収録していないときに聞いたら、166センチですと。

 むろん私より小さい。しかも、胸板とかそれほど厚くないのです。あれで生涯打率319で、打席が5000以上の人の中では最高打率。数日前に若松監督の事を書いて、「元祖イチロー打法」と紹介しましたが、本人に聞いたら笑って応えはなし。本当にシャイな人でした。


2001年11月01〜02日(木〜金曜日)

 ワシントン・ポストのマイクロソフト独禁法訴訟の暫定合意に関する記事を読んでいたら、思わず以下のような文章が出てきて笑ってしまいました。そりゃそうでしょ、ニューヨークの連中にとっては笑いが止まらない2日間。キム選手には悪夢のような2日間。火事場のクソ力では片づかない。  

"Those of us in New York these days feel that good things happen in extra innings so maybe good things will come in the next few days," said New York Attorney General Elliot Spitzer. "We're now at the bottom of the 9th and we believe that by the 10th or 11th we'll have a resolution," he added.
 しかしヤンキースにはまだ「ランディ・ジョンソン、シリング、そして Bankone Ballpark」という三つの敵が待っている。

 話を訴訟に戻しましょう。今回の暫定合意は、「マイクロソフトが望み得た最高の内容」と業界アナリストがコメントしていることでも分かる通り、訴訟側には不満の残る内容。であるが故に、木、金のニューヨークの株式市場ではマイクロソフト株が急上昇した。提訴側にとって敗北色が強い。具体的には次の諸点が指摘出来る。

But several industry and legal experts said the accord fails to adequately punish Microsoft for its violations or sufficiently contain it from repeating anti-competitive behavior in the future. The draft also includes several qualifiers and codicils that trouble state prosecutors and rivals.(マイクロソフトを十分に罰していない)

Although three companies -- Apple Computer Inc., Sun Microsystems Inc. and Netscape, now owned by AOL Time Warner Inc. -- were found by courts to have been damaged by Microsoft's actions, the agreement does not deny Microsoft any of the fruits of its violations, as previous Supreme Court antitrust decisions say should be part of any remedy.(マイクロソフトに損害賠償責任を負わせなかった) Nor does the settlement address Microsoft's recently launched operating system, Windows XP, or its Internet-based initiatives to market a variety of products and services, running on a variety of appliances, linked by Microsoft software. Rivals worry that these initiatives could ultimately place Microsoft in the position of the gatekeeper of e-commerce. (合意はXPの電子商取引へのゲートウェー機能を取り上げなかった)

"It doesn't fundamentally alter the incentive system to ensure that competition takes off," said Howard University antitrust professor Andrew Gavil, basing his comment on news accounts of the agreement. "It may simply be inadequate to cure the competitive problem, and especially at this stage, Microsoft has had four more years to become more entrenched, and that's what hearings would demonstrate. And those would demonstrate that you need a stronger remedy today than you would have needed three years ago."(競争促進に繋がらず)

Under the proposed settlement, Microsoft will not be required to change its underlying strategy of tightly integrating into its Windows operating system other software applications, such as instant messaging, Internet browsing and streaming digital video and audio.(現行Windowsへの規制なし)

 にもかかわらず、裁判所も提訴側も、そして州の代表も”和解”に向けて動いているかと言えば、「このテロ後の不安定な時期には、業界にとってもアメリカ経済にとっても安定と確実性が欲しいからだ」ということでしょう。和解は裁判所が促した。テロ事件は、ビル・ゲーツにとって救いの神だったということです。何せ初審は「会社分割」でしたから。数日の時間的猶予を与えられた州政府(17とワシントン特別州)が訴訟を続ける場合には、司法省なしで継続になりますが、いくつの州がこの道を選ぶのか。

 しかし筆者はPCベースのマイクロソフトの市場支配力はそれほど大きくはならないと考えている。なぜなら、非PCネット端末の数が今後圧倒的に増えるだろうからです。IPV6が普及して情報家電が増え、さらに携帯電話形態の端末が増えれば、ネット端末に占めるPCの割合は落ちる。マイクロソフトがPCで接続に拘る限り、そのパワーはかつてのIBMのような自然霧散する可能性もある。

 まあ私はOSはしかたなくWindowsを使っていますが、ブラウザーは徹底してネットスケープを使い続けている人間ですから、使いやすいOSさえ出てくれば別にWindowsでなくても良い。リナックスはまだその点では私にとっては失格なのです。その上に載るアプリケーションが足りない。

 あと付け加えると、今後5年間(さらに2年間のオプション付き)に「"These experts will have full access to all of Microsoft's books, records, systems and personnel, including source code, and will help resolve disputes about Microsoft's compliance,"」(米政府)と規定された3人の専門家の役割でしょう。誰がどうやって選ばれて、どのような権限を発揮するか。これによて状況は大きく変わってくる。



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