2001年06月30日(土曜日)

 長い間書き物をしていると一つ問題が起きる。それは体力が若干落ちて、体の integrity が少し足りなくなる、ということです。これは良くない。で、7キロ歩きを行ったのですが、ろくなスコアではなかった。

 何がいいんでしょうね。歩く ?。春、秋は良いのですが、この時期から9月の半ばまでは歩く気がしない。走る ? ただ目的もなく走るのもね。泳ぐ ? あまり好きじゃないし。入る ? 以前入っていて、5年間で一度サウナに入りに行ったきり。

 ちょこちょこっと、家でできる運動と言えば腹筋を強くする運動。これは少し始めていますが、持続性が。ははは、まあ何か考えましょう。


2001年06月28〜29日(木〜金曜日)

 約2ヶ月かけて書いてきたグリーンスパンに関する書き下ろしの本ですが、金曜日に私の手を放れました。筆者最終校正も The end。あとは出版社が取り仕切ります。

 7月24日に本屋に並ぶはずです。何事もなければ。本の題名はいろいろあったのですが、出版社が最初にそれを宣伝してしまったこともあって、「グリーンスパンは神様か」となりました。私は別案もあったのですが。私の結論は、「神ではない、しかし高い評価には値するのではないか」というものです。

 今年は、秋にもう一冊、共著で本を書く予定です。もう取りかかっていますが。本屋に並んだら手に取っていただいて、御批評いただければ幸甚です。また内容などに関しては別途の機会に。


2001年06月27日(水曜日)

 おや、0.25%の利下げですか。まあ妥当なところではないでしょうか。これだけ利下げ予想が強かった中では、下げないわけには行かない。といって、底打ち感を出したくもない。声明文を読んで、また前回の声明文と比較し面白かったのは

  1. 今回の声明には、「年初来もう利下げは275ベーシス・ポイントやりました」と年初来累積利下げ幅に関しての記述が最初に出てくる点。これは今までになかった
  2. 前回までの声明には、在庫調整が進んだとか、消費と住宅がまだ持ちこたえている...と言った記述があったが今回はそれが削がれて、アメリカ経済の明るい点に関しては低インフレ見通し、生産性向上と米経済に対する長期見通しに限られた
  3. 弱さに関しては、利益率の低下、企業設備投資の減退、消費の弱い拡大、海外経済の低調が指摘されているが、「消費の弱い拡大(weak expansion of consumption)」は、新顔である
 などでしょうか。「もう累積で2.75%もやりました」というのは、今回も0.5%の下げを期待した向きへの、想起材料の提供でしょう。「もう十分やったじゃないですか」という。0.25%の小幅下げで株が下がることを予想してわざわざ入れた可能性がある。

 米経済の7割近くを占める消費に関する今までの表現は「 Consumption and housing expenditures have held up reasonably well, though activity in these areas has flattened recently」というものだった。これは、前2回が同じ表現。今回これが落ちて、消費が「weak expansion」となったことは、FRBとして「消費」を懸念サイドに入れたことになる。大きな変化だ。

 全体に言えることは、「FRBは年初来もう2.75%も利下げしている」とその努力を強調しながらも、しかし打ち止め感は出さずに消費を懸念サイドに入れて、新たな利下げの可能性を残した、ということでしょう。様子を見ながら、また下げることもあるでしょうというスタンス。0.25%の下げにとどめたのは、「利下げの効果」への若干の疑念もFRBの中にある証拠かもしれない。

 発表後の株式市場は、朝方の上げから一時下げに転じ、その後また反発の展開。knee-reaction としての下げは、利下げ幅を見てのものかもしれない。誰もが認める米経済の強さの残存セクターは、今は住宅だけということです。ただし、消費も落ちているとは言えない。だから「weak expansion」です。

 米経済の今後の展開は、1)企業セクターが利益と、それに伴う設備投資意欲の回復を出来るか 2)それに伴って、雇用環境を回復できるか 3)消費者の購買意欲が再び戻るか 4)海外経済の回復はあるかーーというポイントに絞れると言うことでしょう。4は難しい。海外経済がアメリカに頼っている。1)はハイテクセクターについていうと少なくとも直ぐには難しい。2)も明確な回復トレンドを描くことは難しい。3)はどうでしょうか。

 ドスンと落ちることはないが、90年代の後半のようなクリアカットの景気拡大もない、というのが当面の米経済の展開ではないか、と読める。まあ、利下げ直後の簡単な読みですが。

Release Date: June 27, 2001

For immediate release

The Federal Open Market Committee at its meeting today decided to lower its target for the federal funds rate by 25 basis points to 3-3/4 percent. In a related action, the Board of Governors approved a 25 basis point reduction in the discount rate to 3-1/4 percent. Today's action by the FOMC brings the decline in the target federal funds rate since the beginning of the year to 275 basis points.

The patterns evident in recent months--declining profitability and business capital spending, weak expansion of consumption, and slowing growth abroad--continue to weigh on the economy. The associated easing of pressures on labor and product markets are expected to keep inflation contained.

Although continuing favorable trends bolster long-term prospects for productivity growth and the economy, the Committee continues to believe that against the background of its long-run goals of price stability and sustainable economic growth and of the information currently available, the risks are weighted mainly toward conditions that may generate economic weakness in the foreseeable future.

In taking the discount rate action, the Federal Reserve Board approved requests submitted by the Boards of Directors of the Federal Reserve Banks of Boston, New York, Philadelphia, Atlanta, Chicago, Dallas and San Francisco.


2001年06月26日(火曜日)

 タクシーの中での会話。私が黒い日傘をさしている女性を見て

私 運転手さん、日傘は白がいいよね。あの子はどうしたんだろうね.....

運転手さん はい.....

私 クロじゃ、かえって暑いよな......

運転手さん はい......先日ですね、ラジオで言ってました...

私 え、なんて.......

運転手さん いえね、クロの方が紫外線を吸収するというのです....

私 え、そうなの......じゃ、クロは合理的っていうこと....

運転手さん はい、そうです。

私 (勉強になったな.....)

 そういえば、その女性の日傘にはフリルが付いていたな。フリルを付けることで、日傘だと強調している.......。もう一つ。
私 (助手席の後ろに”忘れ物注意”と書いてあるのを見て)やっぱし携帯 ?

運転手さん そうなんですよ......

私 どうするの....

運転手さん 絶対鳴っても取りませんよ....取ったら罰金ですからね。2点、一万円。

私 じゃ、電話しても駄目なんだ....

運転手さん 拾った携帯をオンにするのは、昼の短い間と夜ですかね....

私 じゃ、タクシーに電話忘れたら、夜電話すれば良いわけですか。

運転手さん なかったら、翌日には届けちゃいますわ.....

 そうか、タクシーにだけは携帯を忘れないようにしないと。


2001年06月25日(月曜日)

 日曜日のテレビ番組の話題の一つは「美空ひばり」でした。VTRのところが長いので、テレビというのはラジオと違って喋る時間が非常に少ない。言おうと思ってある程度用意したことも言えないケースがあるのですが、私はひばりさんの言葉では二つが好きです。時間があったら紹介しようと思っていましたが。

 一つは、永六輔さんが「芸人」という岩波新書の最初に紹介している彼女の言葉。芸人語録のベスト10の一番に出てくる。

スターである限り
幸せであるわけがない
 彼女は傑出した芸人で、スターになりました。しかし、私生活は必ずしも幸せではなかった。この短い言葉の中に彼女の50年強の人生がかなり織り込まれていると考えるからです。もう一つは、
あたしは歌うために
生まれてきたんだなぁ
だって、歌うと
元気がでるんだもの。
 というものです。京都の嵐山に美空ひばり館という小さな館があるのです。全くの個人、熱烈なファンがやっている。私も行ったことがあるのですが、これも彼女の人生の柱が歌であること、その歌から自らも元気をもらっていたことを示している。みそらファンは若い人にも多いという。彼らも元気をもらっているんでしょうな。
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 番組が終わった直後に、大野プロデューサーと小島奈津子アナウンサーの婚約発表に関わる「共同記者会見」もどき。番組に関わっている人たちが毎週終わった後で局内でやっている一種の打ち上げを、「この際二人から話を聞こう」ということで開催。鋭い質問、駄問などなどが飛んでいました。

 私は殆どこの「打ち上げ」に今まで参加したことがなかった。月曜日がありますし、だいたい書き物が多い。しかし、24日だけは参加しました。1時間ほど開かれましたが、なかなか面白かった。マスコミでは大野プロデューサーは「いやし系」と紹介されているらしいのですが、まあ外れてはいない。

 でも、お似合いの二人ではないでしょうか。女子アナブームの前は局内で結婚というのは結構あったらしいのですが、ブーム後は絶えてなかった。回帰したところに新鮮さを感じるし、良かったのではないかなと。内輪話もあって楽しい一時間でした。


2001年06月24日(日曜日)

 日曜日の昼に、マリナーズの試合を見ながら書いています。うーん、マリナーズは最近ちょっと調子を落としている。ICHIROも今日はこれまで4−0。まあ、一休みでしょう。土曜日の試合も見ていましたが、テレビのアナウンサーがICHIROは「the rookie of the year」(新人王)だけではなく、「might be a MVP year」と言っていました。そりゃそうだ。ホームランを除くほぼすべての打撃部門で彼は記録保持者ですから。ただし、日本ではICHIROのMVP説はあまり聞かない。
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 それより前、朝の10時ごろでしたか、近くの投票所まで。前回が40%強の投票率で史上最低でしたから、今回はもうちょっと高いかもしれないなどと思いながら投票所に向かうと、ほんとに人がいない。

 向かう人ばかりでなく、投票所の中でも人が少ない。まあ、午後から人が多くなるかもしれませんが。一つ変わった点があった。事前に送られてきた投票用紙は詳しく見ていなかったのでわからなかったのですが、差し出したらコンピューターで照合している。よく見たら、バーコードがある。それを本人確認に使っているのです。

 以前は、住民登録簿のようなものを各投票所に持ってきていて、それで会わせてやっていた。時間がかかっていたのですが、これは早い。ということは、もしバーコードに関わる確認データがオンライン提供されていたら、「あなたはここ」と指定された投票所に行かなくても、投票用紙をもっていれば投票できるということになる。

 しかし、オンラインにはなっていなかったと思う。多分、投票所ごとのデータを投票所にもっていくPCに入れて、個別管理しているのでしょう。しかし、コンピューター管理すると各選挙区の投票率などは直ちに分かる。

 投票するサイドから見て都議会選挙が難しいのは、個々人の主張にまで詳しく目を通している暇がなくて、つい候補者が属している政党などで判断してしまう傾向があるということです。私も結局直前になって、所属する政党なども参考に入れた。

 投票率が低いと、有利になるのは組織政党ですが、どうなるでしょうか。今はあまり選挙の予想はしはい方が良いほど、予想外の結果が出る。


2001年06月22〜23日(金〜土曜日)

 諏訪に行く予定もなかったので、土曜日の夜は新宿に日本で先行オールナイトとなったスピルバーグ監督の新作「AI」(artificial intelligence)を見に行きました。そうですね、8割方の入りだったかな。夜9時35分のセッションのぎりぎりに入りましたから。従って、席は前の方。終わって出口に向かったら、12時のセッションを目指して多くの人が並んでいました。

 そうですな。見ても良い映画だとは思いますし、あまりロボットを人間そっくりに作ると問題が起きる、ということを予言しているように見える。これから増えてくるロボットとのつきあい方などについて考えるということもあるでしょう。しかしちょっと「スピルバーグ節」って言っていいのか、作り方が定まってきた感じで、例えばETの時のような鮮烈な印象はしない。

 本当に見たいのは、イランの映画で良いのがあると聞いていているので見たいのですが、なかなか東京に回ってこない。パール・ハーバーも見てないのですが、私の友人達はこの映画には高い点を与えていない。まあ自分で見てから判断しますが。


2001年06月21日(木曜日)

 最近変貌著しいとは知っていた代官山に久しぶりに行く機会があったので、食事をした後ちらちらと観察していましたが、確かにあの辺は変わった。246沿いの子供の城を左に曲がって、旧山手通りに通じる道(タクシーの運転手に聞いたら名前がないと言っていた)の沿道と、旧山手通り沿い。

 しかもあの辺の面白いのは、通りに面したところばかりでなく、やや奥まったところにも平気でレストランやちょっとしたバーがあって、そのどれもが繁盛していること。値段も高いところから、安いところまでいろいろある。

 食事をしてあと5人でちょっと一杯と寄ろうとした「The Bar」という店は満員で入れず。その近くのTABLEAUX(発音はタブローズ)のバーにしばらく居ましたが、ここも混んでいた。

 旧山手通沿いでは、昔「Symposion」とかいう店には行ったことがあるが、そこも混んでいた。あと見ていると、なかなか面白そうな店が多くある。ちょっと開拓しようかなという気持ちになりました。

 新しいレストランが出来ているという面では、例えば表参道の富士銀行の裏当たりもそうで、本当に美味しいのか流行に乗っているだけなのかはまだこれからの判断ですが、まあ街の活力としては歓迎できる。どの店も外国の人たちが多くいて、それなりきの雰囲気がある。従業員が例外なく英語など簡単に喋れるという雰囲気なのが、他の地域のレストランと違っている。
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 列車の揺れについては、まだいろいろな人からメールをもらっています。今回はニューヨーク在住の真野さんから。

 最近の日本の列車の揺れが酷いようですね。 昨年末に一時帰国した際に乗ったのぞみ(東京−名古屋間)が最新型だったことも あって非常に揺れが少なく、「さすがは新幹線!」と感心したのですが...

 何せ私が通勤で乗っている列車(メトロノース)は、マンハッタンのグランド=セント ラル駅と郊外のハリソン駅間約40分の区間で、せいぜい時速100キロ内外しかでてい ないと思われるのに、座っていてもしょっちゅうお尻がポンポンはねます。この整 備不良の線路を、ワシントン−ボストンを結ぶ超特急アセラ(最高時速240キロ)が共 有しているかと思うと 「よくやるよ」と思ってしまいます。

 日本はいろんな分野で劣化が進んでいるようですが、それでもレベルの差は歴然と しています。ケタが違うとでも言うべきでしょうか。 今までの日本はいかに整備され、安全だったか改めて思い知らされます。

 大阪の児童殺傷事件はNYタイムズでも一面で報道されましたが、当地では通勤列車 での乱射事件('91年にロング=アイランド鉄道で、リストラされた男が自暴自棄に なり通勤客を道連れに自殺を図った事件)や、'95年の連邦ビル爆破事件(カルト系の 男が爆弾を仕掛け200人以上が亡くなった事件。先日犯人は死刑執行されました)、 一昨年だったと思いますが、コロラドではハイスクールで乱射事件があり、何人も の人が意味なく殺されています。 安全になったといわれるこの国ですが、まだまだ危険な目にあう可能性は高いと思 います。

 ニューヨークの列車にはほとんど乗ったことがないな。車通勤か、マンハッタンにすんでいましたので。そんなに揺れましたっけね。


2001年06月20日(水曜日)

 ネットを探れば、まだ面白いページはいっぱいあると言うことを発見しました。例えばこのページ。プラグインが入っていない人は見れないかもしれないのですが、リアルタイムの為替レートの変動が見れる。

 昨日注意して比較していたら、レンジが東京のインターバンクよりちょっと広めなのと、東京の昼間の時間にはプライスチェンジがあまり行われない。つまりこのサイトにレートを提供している銀行(?)は、欧米系が多いのでしょう。その点が不満なのですが、それでも日本時間の夕方から朝にかけては、レートが頻繁にリアルで変わる。

 各国旗のリンクを進めば、その国の通貨を中心にしたレート表が現れるのです。「wait」のところは、多分レートが入っていない。ただしクロスを噛ませれば、たいがいのレートは分かります。まあ、少しこのページを研究して、何に使えるのか調べます。
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 JRの新型車両の揺れについて書いたところ、このページの10月8日のところ(ちょっと下)に、ヨー(左右の揺れ こういうのだそうです)に関して、リンクが張ってある文章を佐々木さんという方が紹介してくれました。

 へえ、面白いページもあるものですね。このページには専門用語なのでしょうが、「剛性感」「連結の剛性」など、知らない単語が数多く出てくる。リンク先も面白い。のぞみにいろいろな型番があるのは知っていましたが、私はどちらかと言えばスピードより「乗り心地派」です。だからのぞみは嫌い。乗って楽しい気分にならない。

 あずさもそうですが、最近の乗り心地の悪い列車には、実に我慢が出来ない。だって、中で多少文章を書こうとしても、あまりに揺れて書けないのです。ゲラ直しをしていて、いらつきました。

 で、私の次の本は、7月26日に本屋に並ぶことになりました。TBSブリタニカから。グリーンスパンに関する書き下ろしです。今年春に中央公論に書いた文章をベースにしている。まあ、予定より一ヶ月遅れと言うことです。この本に関しては、また詳しく書きます。
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 ところで私はまだ行ってないのですが、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行った川口女史から、以下の報告がありました。一回行かなくては、と思っているのです。

 ところで、夫が、会社で日曜日はUSJがすいているらしい、 という話を聞いてきたので、遅ればせながら行ってきました。  確かに、思ったほど混雑していなくて、11時過ぎに 入場して最後の8時までいたのですが、8割方見て回れました。

 感想としては、面白かったけど、もう一度行くかと 聞かれれば、横浜から友達が遊びに来て行きたいと言えば 一緒に行く、という感じです。夫はもういいや、と 言っていました。 ディズニーランドみたいに、はっきりとしたキャラクター があるわけでもないし、ショウは面白かったけど、 同じ内容を何度も見ようとは思わない。乗り物系は もう一度乗ってもと思っても、1時間以上待たされるのでは イヤだし、という感じです。

 30代半ばの子供のいない夫婦でこう思っている のですから、1年後がちょっと心配です。(うちの夫婦が 特殊かもしれないけど)

 ショウはホラー系だと子供が泣き出したりするものも あったりして、小学校高学年くらいからでないと楽しめ ないかもしれないなあ、と思いました。同じ様な理由で年輩の方にも不向きかもと思いました。 ディズニーランドにうちのおばあちゃん(今年で93歳) を連れていきたいとは思っても、USJへは連れていこうと 思わない。川口の両親(60代前半)もちょっと無理かな。

 ディズニーランドだとしつこいくらいショップをのぞく 私ですが、USJでは一つも見ませんでした。おみやげは ひとつも買わず。大きな袋を持っている人を見ましたが、 一体何を買ったのかなあ。唯一欲しかったのはジョーズの 帽子。かぶるとジョーズに頭を食べられているようになる もの。でも、2300円もするから買いませんでした。 家に帰ると邪魔になるし。

 そんなわけで、我が家としては1人8000円ほどしか USJに落としてません。人気のあるアトラクションは、1人1回予約が出来ます。 とても混むE.T.のアトラクションに我が家は予約 したのですが、1時間以上待たされてこの内容だったら 怒るぞ、という内容だったので、予約して乗ってよかった です。4時を過ぎると乗り物系の待ち時間も大幅に減って いました。

 我が家のお勧めは、ウォーターワールドというスタント ショウと待ち時間が少なければ、バックドラフトも迫力 があって良かったです。

 ほう。リピーターになる気はないみたいですな、詠子さんは。まあ私も早く行きたい。


2001年06月19日(火曜日)

 プロジェクトXは時に良い番組をします。火曜日の「広辞苑」の話は良かった。新村 出(しんむら いずる)さんが大正時代にロンドンでオックスフォード英語大辞典(40万語)を見て、「日本にもああいう辞書が欲しい」と思ったのが出発点だそうです。

 「広辞苑」という辞書の存在は、ずっと気にかかる存在でした。お世話にもなった。今でも、時々引きますが昔からあったと思ったら、世に出たのは昭和30年だという。それほど昔ではない。その前の日本人は日本語の意味をどうやって調べていたのだろうか、と思っていたら、やはりあまり良い辞書はなかったようだ。

 この辞書には次男坊の猛(たけし)さんの友人である湯川秀樹さんや、今西綿司さんらが最初から協力していることが分かった。湯川さんはまず「中間子」を言葉に選んだというのが面白かった。過去5回の改訂で収録語数は23万語になったという。

 昭和30年、1955年の5月に発売されて、その年だけで12万部売れたと言っていた。きっと飢えていたんでしょうね日本人は。活字に。また変わりゆく日本語の意味の把握に。「slow but steady」が辞書を作る際にお父さんが息子さんに言ったことだという。

 辞書は今ネットワークでピンチにある。私もそういえば最近は bookshelf を各コンピューターに入れて、それをバックグラウンドで動かして仕事をすることが多い。しかし、時々手にする広辞苑はやはり重みがあって良い。辞書、辞典はこれから苦しいと思いますが、頑張って欲しいと思います。
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 急用があって非常に短時間ですが諏訪に帰っていたりしたのですが、気になったのは電車の揺れ。特にあずさは「スーパーあずさ」がひどい。車掌に言ったら、「そうなんです」とあっさり認めた。351系というらしいのですが、型式によって乗り心地が違うらしい。

 しかし、列車が揺れるのは中央線に限らない。新幹線に乗ると、のぞみの揺れは酷い。のぞみが嫌いな理由の一つはこれなのですが、あれも車体の問題だけなんでしょうかね。線路そのものが劣化しているような気がするのですが、どうでしょうか。


2001年06月18日(月曜日)

 私の昨日の分析の目玉は「Global slowdown」でしたが、火曜日の朝北野さんから送られてきたメールによれば、ビジネス・ウィークも同じ問題を扱っているようですね。

 もっとも、同誌の分析はインターネットを通じた世界経済の統合で景気の連関性が強まっている、という視点からだけの問題提起のようで、同じハイテクでも技術や新製品のパスーオーバーがうまくいっていないなどの問題意識や、今後の展開などについては書かれていない。

 日本の株は16日まで6日連続の下げ、世界中で鉱工業生産が数ヶ月の単位で落ち続けているのが気になる。この状況は、今月末まで変わりそうもないのが心配です。


2001年06月17日(日曜日)

 欧州に行ったブッシュは、どう考えても評判を下げて帰ってきたと言える。17日の新聞を読んでいて一番面白かったのは、「欧州はブッシュ氏に最悪のアメリカ人を見ている。俗っぽく、無教養で世界にうとい」というBBCの報道。BBCがどういう番組でそう伝えたのかは分かりませんが、手厳しい。

 今のブッシュ政権は、明らかに90年代初頭の、つまり前回共和党が政権についていた頃の思考を引きずっている。いろいろな政策を見ていればそれは分かる。閣僚の多くは、フォード、レーガンの時代に思考を形成した人たちで、クリントン民主党が新しい人材を`輩出したのに対して、今の共和党はベテランで政権を構成した。

 見ていると、ブッシュ政権は目標を見つけあぐねているようにも見える。同政権の狙いは世界経済の次のうねりの中で、アメリカを一番先頭を走る国にすることだった。ゴアの政策がそれをよく物語っている。

 しかし、今のブッシュ政権は政権の内部でも何をターゲットにして良いのか消化不良を起こしているように思える。その消化不良の先行きがどうなるかは不明で、ブッシュ政権が抱える危うさはこの点にある。ブッシュの欧州歴訪を見ながら、この危うさは当面続くのではないか、というのが印象。
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  Lモードをどうすべきか考えているのです。街の電気屋さんにはまだありませんが、大きな量販店にはファックス・タイプが3つ、電話タイプが一つ出てきている。まだちょっと高い。サービス開始は、今月末だったかな。

 Lとは、「日々の生活(Living)に役立つ情報」、「地域(Local)に密着した情報」、「女性の方 (Lady)に楽しんでいただける情報」というのが発想だそうで、サービス内容を見ると i modeの家庭版。

 しかし私は心配しているのです。Lモードのメールアドレスは「電話番号@pipopa.ne.jp」となるのだそうですが、問題なのはいわゆる迷惑メール。これだと、電話帳を参考にピンポイントで迷惑メールを送ることが出来る。

 だから当然、メールアドレスを変えることが出来るようになっているのですが、携帯電話のメールアドレスも変えられない人が多い中で、Lモードが普及した場合にどれだけの人が対応できるか。

 しかし私の印象としては、Lモードは i mode ほど素早い普及は見せないのでは。まあ、いろいろ理由はあるのですが。


2001年06月15〜16日(金〜土曜日)

 ああ、あれはニッポン放送のスタジオだったのですか。先週の木曜日に旧そごうの後に入ったビッグカメラの新しい店舗を見たのですが、帰りに西武系のデパート方向の入り口(出口)を出たら、放送が聞こえてきた。急いでいたのでどの放送局か調べなかったのですが、日曜日の朝にネットで見ていたら「ニッポン放送、4年ぶり有楽町に帰る=家電店にスタジオ」という記事があった。

 知らなかったのですが、ニッポン放送は今まではお台場のフジテレビ社屋に入っていたのだそうですな。どういうスタジオか知りませんが、放送のしやすさという点では、外の景色、人の動き、街の様子が見れる有楽町のあのスタジオの方がベターでしょう。出演者の評判も良いという。

 一日に3時間は有楽町から電波を出すそうですが、これは増えるのではと思う。どんなにネットが発達しても、その場の空気が全部伝わると言うことはない。文化機能の都心回帰は続くと思う。

 筆者が理解できないのは、今商社が本社を東京の中心部から出していること。S商社は勝どきに、N商社はお台場に。失敗じゃないのかな。首都機能移転とかいう意見を持つ人もいるようですが、それよりも首都機能の整備をした方がいいんじゃないかな....。


2001年06月14日(木曜日)

 小泉内閣のメールマガジンに目を通しながら、大恐慌に打ち拉がれたアメリカ国民にルーズベルト(フランクリンの方)が行った「炉辺談話」というのがあったことを思い出していました。私の記憶では、レーガンもこれをした。クリントンも一時したんじゃないかな。

 小泉メルマガは、ある意味でその「炉辺談話」のネット時代版です。ただし、メルマガだと読みたい時に読めるという点は優れているし、記録としても残るが、ラジオの方が肉声が聞こえるという点では迫力は満点だと思う。また官邸は100万人に届くと喜んでいるが、ルーズベルトの時代には家庭に一台はあったラジオではるかに大勢の人に届いたでしょう。メルマガはまだ少数者のためのメディアです。

 最初のメルマガが木曜日の朝到着して最初に感じたのは、官邸のホームページにある試作版の方が内容は充実していた、という点。多分試作では、石原さんがけっこうしっかりしたことを言っていたのに対して、本番は塩川さんの「なごみ系」トークでごまかされた印象がするからかもしれない。まあ、これは彼が喋って、誰かが字を起こしたのでしょう。塩川さんの人柄は出ている。

 だから、内容は「この程度か」というもの。いくつか思った点は、

  1. 政府がマスコミを介さずに直接国民に訴える、意志を伝えるツールを持ったという意味では今後重要性を持ちうる。その内容の変化を、しっかりと見定めていく必要がある
  2. 分量はあの程度かなと思う。あれより長くても冗長で良くないが、もっと政策サイドの話をがんがん載せるべきである。野党批判でも良い
  3. 最後の「あとがき」は雑誌でも重みがあるものだが、(晋)の人・阿部晋三さんのキャラクターが常に登場すると言うことで、この人の重みが増す可能性が高い
 などでしょうか。技術的なことを言わせてもらうと、1)送付に時間がかかりすぎる 2)従って同時アップのホーページ利用を併用すべきである 3)登録・解除がメールアドレス一つで出来るようになっているが、これはいたずらの対象になるーーーなどでしょうか。

 尾道の石井さんは14日朝の段階で、

 70万件を越す登録があったとあります。

 初回のメルマガが11キロバイトの文章ですからADSLを使って、UP 800キロバイト/秒で順調に送ったとして1秒間72名 1時間で25万人 と言うことは3時間ですね。ところがプロトコルのやりとりがありますから・・・・・ その約倍。・・・6時間かかる計算になります。

 と言っていた。夕方になったら100万件となっていましたから、これからはもっと時間がかかることになる。私も以前結構大勢の人へのメール送信をしていましたから知っていますが、同報通信というのは難しい。メールアドレス一つ変更になっていても、あちこちでつっかえる。何かシステムがあるのかもしれませんが。

 小泉メルマガは日本のメールシステム全体に対する負荷になる可能性もあるわけで、公平を期すためにもトラフィック量が一番低下する夜中からの送付開始(14日は午前7時からで小生のところには7時03秒に到着)をすべきでないのか。
 ――――――――――
 日本ーフランスのコンフェデ決勝の時にたまたまソウルにいらっした杉本さんというから、以下のメールをいただきました。

 「為替ニュース」の中にコンフェデレーションカップのくだりがありましたが、私はそのとき偶然現地ヒルトンホテルのバーの大スクリーンで見ていました。

 ホテルのバーでは後半を見ましたが、前半の時間帯は道を歩いておりまして、通りの店のテレビは試合一色でした。確かに注目度も高く、店の人にも「今テレビでやっているぞ」と声をかけられました。

 おっしゃる通り、韓国人は日本人と一緒にワールドカップを成功させようという意識 が高いように思いました。韓国MBCでも日韓のワールドカップの際の宿泊施設・交通問題を危惧するニュースもあり、まさにオリンピック前のような雰囲気を感じました。

  PS:最近伊藤さんのニュースに韓国の話が登場するので特に楽しみにしています。 ちなみに映画では興行収入がとうとうシュリ、JSAを上回る作品「チング(友達)」 が大人気とのことです。(日本ではまだ未公開)

 ほう、チングという映画が韓国では出てきているのですか。私はいつも思うのです。韓国は隣の国。もっと知っておいた方が良いと。

======特別=======
 最初だけですが、小泉内閣メルマガを取っていない人のために、創刊号をhtml にしましたので、紹介しましょう。これを読んでどう思いますかってのは、明日にでも。
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★☆ 小泉内閣メールマガジン、創刊

★☆ 小泉内閣メールマガジン、創刊! ☆★

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□ 目次

 

[らいおんはーと 〜 小泉総理のメッセージ]

● 24時間公人

 

[大臣のほんねとーく]

● 台所からの政治(扇国土交通大臣)

● 政治家・小泉純一郎のこと(塩川財務大臣)

 

[特別寄稿]

● 安全な社会の構築を願って(遠山文部科学大臣)

 

[小泉内閣の動き]

● 司法制度改革審議会意見書(01/06/12)

● 内閣総理大臣コメント[大阪教育大学教育学部附属池田小学校における

  事件](01/06/08)

 

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[らいおんはーと 〜 小泉総理のメッセージ]

 

● 24時間公人

 

 らいおんはーとの小泉純一郎です。「小泉内閣メールマガジン」創刊第一

号がやっとできました。このコーナーは、政策だけでなく、私の信念や素顔

を語っていきます。皆さんのご質問にも答えていきます。楽しみにしていて

下さい。

 

 創刊前から、官邸ホームページのメールで、メルマガについてたくさんの

励ましやアイデアをいただきました。ありがとうございます。多くの方から

「総理になって変わったことは何ですか」と質問がありました。私の感想は

なんといっても自由が全くなくなったこと。いわば、24時間かごの鳥とい

うことです。

 

 総理になる前は、一人でコンビニに行ったり、ふらっと自由に外出してい

ました。今は、どこに行くにしても必ず護衛がつきます。多いときには何十

人にもなることがあります。映画に行こうとすれば、席を幾つも予約しなく

てはならないかもしれない。なかなか気軽に出歩くことはできません。

 

 執務時間はたくさんの方々とお会いしたり、経済やITなどいろいろな会

議で議論したり、そして国会の討論など、もちろん休む暇はありません。

 

 総理というものは、24時間全て公人、何が起こってもすぐに対応できな

ければならないと思います。危機管理の面からもそれが大切。不自由なこと

もありますが、私は24時間、精一杯のことをやっていきますよ。応援して

下さい。

 

 

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[大臣のほんねとーく] 

 

● 台所からの政治(扇国土交通大臣)

 

 今年の1月6日、国土交通省が発足し、私は初代の大臣に就任しました。

参議院の、しかも女の、さらには与党の自民党ではない連立の私のところへ

この三重の壁をわざわざ乗り越えて、国土交通大臣の椅子がめぐってきまし

た。

 

 そもそも、昨年の7月4日に私が建設大臣に就任した時、国民の皆様は驚

かれたことと思います。当時の建設省は、収賄問題が発覚した「どん底」の

状態で、その中で大臣になることは、まさに「火中の栗を拾う」ようなもの

でした。

 

 そういう時だからこそ、しがらみがなく、率直に政治に取り組んでいく私

の姿勢を評価いただいたのではないかと思います。

 

 大臣を受けた以上は、「二度と女は建設大臣にしない。」と言われたので

は後輩に申し訳ない。「初めて女が建設大臣をやったけれど、女がやってよ

かった」と言われるようなことをしたい。

 

 その心意気が、丸投げ、談合、バラまき、ムダ使いと言われた公共工事を

真に国民国家に役立つ公共工事にするための「公共事業の入札と契約に関す

る適正化法」の法案成立への全党賛成という形になって現れ、21世紀への

レールを敷くことができたのが、再任につながったと思います。

 

 私のモットーは、「できることと、できないこと」をはっきりさせること

です。自分を飾るよりも、ありのまま、自然体で、「正直に生きる」という

こと、この心がけで何にでもぶつかっていこうと政治家になった時に決めま

した。

 

 21世紀型の生活様式も変わり、例えば、みなさんが週末の過ごし方を考

える時、金曜日の夜から香港に出かけて、土曜日は飲茶と夜景を楽しみ、日

曜日はショッピング、帰りはETC(ノンストップ自動料金収受システム)

で料金所も止まらず高速道路で空港へ向かい月曜朝には何食わぬ顔で出勤。

そんなスマートな過ごし方、してみたいと思いませんか。

 

 今年の2月16日から私がはじめた羽田空港からの深夜・早朝のチャータ

ー便。予約開始からわずか15分で完売になりました。「羽田は国内線、成

田は国際線」という不文律はいったい何だったのでしょう。

 

 だれもがこんなにも羽田の国際化を求めていたのです。そばにある空港か

ら自由に旅をしたい。当たり前のことです。そういう当たり前のことが当た

り前でなかったのが、霞ヶ関の役人の世界であり、永田町の政治家の世界で

した。

 

 そのためにも、私は、21世紀の国土のグランドデザインを明らかにした

いと思っています。国際都市と呼ぶにふさわしい都市を全国にいくつ作るの

か、新幹線は、高速道路は、いつまでに、どこまで整備するのか、そういっ

たことを明らかにして、国民のみなさんが将来への明確なビジョンをもてる

ようにすること、それが国土交通省の使命だと考えています。

 

 

● 政治家・小泉純一郎のこと(塩川財務大臣)

 

 私と小泉総理とは30数年来の朋友です。総理のご尊父の小泉純也先生は

私が初当選の時(昭和42年)防衛庁長官をしておられ、私の後援会大会応

援のために、河内長野市に来て貰ったことがあります。

 

 ご尊父は、寡黙で怖そうな人でしたが、非常にやさしいところもありまし

たな。その純也先生が亡くなられて後継者の話で、福田赳夫先生が「純一郎

君を呼び戻せ」ということになりましたんですが、その時、小泉総理は英国

の大学で経済学の勉強をしており、学者になるつもりやなかったのかなと思

います。

 

 それが突如、政治家に転身せよと呼び戻されたわけですから、ご本人は容

易ならぬ抵抗もしておりましたが、結局福田先生の説得とご尊父の周辺の方

々に口説かれて、選挙に出馬することになりました。その当時のことを思う

と、まさか総理大臣になるとは想像もできませんでしたな。

 

 小泉総理は、福田先生の鞄持ちとして修行されておった時からまことに一

刻な人で、自己主張の強い、しかも人が考えつかんような発想を口にするよ

うな言動が多かったと思います。それだけに福田先生も、「あれは必ず大物

になる。もし失敗したら手に負えなくなるよ」とおっしゃっていました。

 

 また、他人と安易に妥協することが嫌いで、しかも正義感の強い人でした

から、それが「変人」と見られるようなところもあったんやないかなと思い

ます。言い出したら聞かん人ですから、付き合い、交際するのも難しいと言

う人がありますけれども、私はそうは思いません。非常に義理を重んじ、気

持ちは純粋な人ですから、交友は永く続く人であります。

 

 今、総理大臣として大胆な改革に挑戦しています。戦後50数年、日本の

社会・経済はソレ行けドンドンの右肩上がりで、モノ中心の精神文化に酔っ

とりましたが、21世紀に入ってその転換が求められており、思い切った改

革が必要になるのは当然であります。

 

 小泉内閣の誕生は、1979年英国でのサッチャー首相出現と酷似した政

治ドラマだと思っています。タブーにメスを入れたというのは、ほんまに一

刻な小泉純一郎やなぁ、と思います。

 

 NHKで現在「その時歴史が動いた」という番組が放映されています。2

1世紀の冒頭、つまり、世紀の変わり目に、小泉総理で「その時歴史が動い

た」ということになるんとちゃいますか。

 

 

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[特別寄稿]

 

● 安全な社会の構築を願って(遠山文部科学大臣)

 

 6月8日午前に発生した大阪での児童等殺傷事件は、あまりにも痛ましく

加害者に対して強い憤りを禁じ得ません。被害にあわれた皆さん、関係者の

皆さんに、心より御冥福とお見舞いを申し上げます。

 

 事件の第一報は、国会で教育改革関連3法案を審議している時にもたらさ

れました。皮肉にも、学校教育への信頼を取り戻し、「学校を良くする、教

育を変える」ことをめざした重要法案について、党派を超えた真剣な論議を

していた最中のことでした。それだけに、亡くなられた子どもの数が次々と

増えていく報告を聞きながら、やり場のない悲しみと怒りを抑えることがで

きませんでした。

 

 第一報を受けて、岸田副大臣を本部長とする対策本部を設置するとともに

担当者を現地に派遣するよう指示しました。午前の審議終了後、直ちに今後

の対応を協議し、対策本部を開催、それが終わるとすぐに池坊大臣政務官に

現地に行っていただきました。あわせて、心に深い傷を負った子どもたちの

心のケアのため、大学から専門家を派遣しました。同時に、大臣談話を作成

・発表するとともに、全国の関係機関に学校の安全管理の再点検を依頼する

よう指示しました。

 

 そこまでし終わって、なお、全く釈然としない思いにとらわれました。そ

こで、談話の最後を次のように結びました。

 

 「最近大人社会において、残虐な事件が頻発している風潮がみられ、学校

だけでは対応できない事態に鑑み、社会全体でこうした卑劣な行為を断じて

許さないとの思いを共有していただきたいと、この機会に強く訴えたいと思

います。」

 

 その日の夕刻、小泉総理の呼びかけにより、村井国家公安委員長とともに

事態の分析を行い、日本の社会を秩序ある安全な社会にするために英知を集

めて対応するべきということについて、合意がなされました。その後の動向

に期待したいと思っています。

 

 日本はかつて、世界で最も安全な国として知られていました。1970年代初

めにベストセラーとなったイザヤ・ベンダサン著『日本人とユダヤ人』でも

日本人は安全と自由と水をタダだと思っている世界でも稀有な国民であると

喝破されていたのを思い出します。それが今や到底「安全」とは言えなくな

ったことを憂えます。今回の不幸な事件を無駄にせず、正すべきは正し、ま

た多少のコストはかかっても、市民が心安らかに生活できるような社会を作

っていきたいものです。

 

 

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[小泉内閣の動き]

 

● 司法制度改革審議会意見書(01/06/12)

 http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/report-dex.html   6月12日開催の司法制度改革審議会最終報告書

 

● 内閣総理大臣コメント[大阪教育大学教育学部附属池田小学校における

  事件](01/06/08)

 http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2001/0608comment.html   池田小学校における事件に対する小泉総理大臣のコメント

 

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[あとがき]

 

 「志定まれば、気盛んなり。」幕末の偉人、吉田松陰の言葉です。

 進むべき改革の方向を示し、改革断行の決意をあらたにした小泉総理の心

境にこの言葉はピッタリな気がします。総理の雰囲気は吉田松陰というより

もその弟子の高杉晋作といった感じですが、意志の強さという点ではとても

似ている気がします。

 

 長州人の私はどうしても比較する対象がこうした人々になってしまいます

が、今回の「大臣のほんねとーく」は、河内の塩川大臣と神戸出身の扇大臣

にご登場願いました。

 

 塩川大臣の河内弁はその場を和やかにする不思議な力があり、「塩ジイ」

として(スミマセン)若者にも人気があると言われています。何事もわかり

やすく話をされる扇大臣の活躍はご承知のとおりです。記念すべき創刊号に

ふさわしいお二人にご登場いただけたのではないかと思います。

 

 なお大阪教育大学教育学部附属池田小学校のいたましい事件に関し、遠山

文部科学大臣から特別寄稿をいただきました。今回の事件で亡くなられたお

子さまのご冥福をお祈りし、ご家族に心よりお悔やみを申し上げるとともに

被害に遭われた方々、関係者の皆さんにお見舞い申し上げます。(晋)

 

 

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[小泉内閣メールマガジン]

配信中止・配信先変更・バックナンバーの閲覧は、以下のホームページから

ご自身でお願いします。

 http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/

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2001年06月13日(水曜日)

 グリーンスパンの本の最終仕上げにかかっているのですが、その関連でしばらくの間このページに目を奪われていました。このページの左サイドに「Dow data」という項目があってその下に10年ごとのデータがあるのですが、これが面白い。チャートの下の文章です。

 ダウという指数が出来たのは1896年だと言うことは知っていましたが、このサイトの説明によると、指数は最初の四半世紀は注目もされていなかったという。そのものが注目されたのは1920年代末に株価が大きく下げたこと。市場全体を表す指数が必要になった。それまでは、個々の銘柄、当時ですから鉄道株の株価などで市場が語られていたという。

 だらだら書いても仕方がないので、私が興味をもった点をいくつか挙げると

  1. ダウに最初に採用された銘柄でその後も一貫してこの指数に使われているのはGEだけとよく言われるが、そのGEもしばらく指数から落とされていたことがあった(1898年から9年間)

  2. ニューヨーク証券取引所は第一次大戦中は4ヶ月半に渡って市場を閉じその間指数の発表もなかったが、その理由はイギリスのエコノミストであるノーマン・エンジェルの「次に世界大戦が起きれば、世界的な金融のメルトダウンが起きる」との予測を信じたためと、欧州市場が閉鎖されたことに追随したため(ただし、場外では私的取引が行われていたようです)

  3. 19世紀から20世紀の初めにかけて指数が注目されていないときには市場の指標になったのは「鉄道株」であることは紹介したとおりだが、その当時は「鉄道株」が「優良株」であり、「工業株」は「speculative」と判断されていた

  4. 一般的に株価が低迷したと思われる1930年代だが、上げも下げも派手で、一日の上げ幅上位を見ると上位10の記録のうち、7は1930年代にあるし年間上げ幅としても1933年、35年などには年間60%以上上昇した
 などでしょうか。ニューヨークの株価の動きを改めてみると、高値からの株価が落ちるときは徹底的に落ちている。まあ、それでも世の中終わっているわけではない。久しぶりにはまったページでした。
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 ところで、14日の朝は何故かメールシステムがおかしい。いつも来ているメールが届かない。少なくとも、小生が使っているプロバイダーの一つであり、メールを主に使っているグローバルはダウンしている。ライオンハートが大量に放出されて、日本中のメールシステムがおかしくなっているのでは。


2001年06月12日(火曜日)

 株式市場が「ガス欠」になってきました。まだ判断するのは尚早な気もしますが、「buy on the expectation, sell on the fact」といった感じ。相場用語としては「rumour」ですが、小泉政権の場合は「期待」というのが当たっているのでしょうが。

 いろいろな計画が出てきている。「骨太..」とか。しかし、13日の朝日新聞にも詳しく出ているが、小泉さんが言い出したから新しく見える計画もいっぱいある。その源流は橋本6大改革で、その後の小渕、森さんの時代に考え方としてあったものが装いも新たに出てきた面は確かにある。

 いつも思っているのですが、「やらなきゃならん」ということは分かっているのです。小泉さんが言わなくても、日本人だったらある程度。今の日本に必要なのは、アイデア人ではなく、遂行人なのです。市場は、小泉さんがそうなれるかどうかに不安を持ち始めていると言える。

 エドモンド・バーグの有名な言葉に、「真の改革は保守にしかできない」というのがある。唱えるのは誰でも出来る。しかし、遂行する人は「あの人が言うのなら仕方がない」「あの人の周りには、あの人の為に動く人がいっぱいいる」という人でなければならないということでしょう。小泉さんがその域に達しているのかどうか確かに不安がある。

 まあ政権も個性豊かな人が多いせいか、なにかまとまりを欠いている。これからでしょうが、政権もガス欠にならなければよいがと思う。


2001年06月11日(月曜日)

 まだ「フランスはなぜ強くなったのか」に拘っているのですが、会社に来ていたロイター通信の「Trader」という雑誌に、全く同じ問題意識で全日本のトルシエ監督の講演録が載っているのを発見しました。

 これはBNPパリバ証券主催の講演会で「フランス流経営哲学〜どうやって勝利をつかむか」で喋ったこと。彼は、「フランスも当初、いくつかの努力や競争力などは得意の分野ではなかった」としながらも、以下の三つの要因がフランスを強くしたと解説している。

  1. 政治の対応=30年も前からスポーツ政策を実施し、若手選手の育成から監督の育成まで、才能を発掘して育てた。特にプロを育成するためには、12才から14才はゴールデン・エイジだと言える
  2. 他人のメシ=これらの才能を外国のクラブ・チームに所属させて活躍させた。フランス国内にいれば快適な生活が出来るのを敢えて外国に出して、「いろいろな文化を肌身で知るチャンス」を与えた
  3. 人種のるつぼ=フランス自体が外国に窓を開けて他国の人たちを容認することで、元々の文化とは違った力、良いところを見つけることが出来るようになり、混成によって良い結果が出ている。これが「集団としての成功」の要素である
 と言う。30年にも及ぶ国のスポーツ政策の成果というわけですか。第三のポイントは、フランスというチームを見ていて実際にそう思いました。顔の黒い人が半分はいた。彼らの運動量は素晴らしかった。黒ヒョウのような。

 日本がそのまま取り入れなければならない理由はない。あらゆる成功には、いろいろなルートがある。しかし、トルシエ監督の言うことにはかなりの理があるように思う。Jリーグが出来たことは、一種の国家的サッカー選手育成政策にはなっている。富と人気が集まっている。

 才能を外に出すことは、もっと積極的であって良いかもしれない。中田は有名だが、その他に目立った人材の貸し出しは行われていない。地理的差異はあるが、海外のクラブチームに所属する日本人プレーヤーはもっと増えて良い。

 最後の社会の開放性は、これは時間がかかる。ロペスやオランダのアレックスなど海外のプレーヤーが日本に帰化、ないし帰化申請していますが、「全体の開放性」は時間がかかるでしょうな。誰かこういう番組を作ってくれないかな。ただ「一点差で負けたが、差は大きい」と言っていたって始まらない。
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 私のこの一両日のもう一つの視点は、「韓国はどう見ているだろうか」でした。池田の小学校の事件、そして日本のサッカーチームの決勝進出についての。これに関して、ごく最近まで韓国にいた福田さんから、以下のようなメールをもらいました。

  1. 池田の小学校での事件

     結構、トップニュースに近い扱いで各紙・各テレビはやっていました。これが3、 4年前ぐらいなら「異常な日本」といった脚色が多かったのですが、たんたんと事実 だけを伝えていましたね。いま韓国でのホット・イッシューの一つに教育問題がある ので、その延長線上でもかなり関心を持って報道されたようです。韓国でも、これに 近い事件やちょっと猟奇的な殺人事件が増えているので、人ごとでないようですよ。

  2. 韓国サッカー

     以前なら自分たちが決勝に行けず、日本が行くと@なぜ韓国はだらしないのか、と いった自虐的な報道か、A日本はずるい、くじ運がよかった、といった他力本願的で 一方的な報道が多かったのですが、今回は冷静に日本がなぜ決勝に進んだか、日本の どういう戦術が功を奏したのかと冷静な分析報道が多かったですね。

     ただ、韓国に とっての初戦だったフランスに対して「(韓国と戦った時には)トップメンバーをそろ えて、次のどこかと戦った時は二戦級のチームで戦った。ずるい」と八つ当たり的な 報道もありましたが、えてして冷静な記事が多かったですね。韓国も決勝に行けな かったとはいえ2勝したので、それなりに自信を深め、かつ今度のW杯本番にきち んと備えようという前向きな報道が目に付きました。

     私がみたところではこんな感じです。

 なるほど。両方の事象に対する韓国の見方の特徴は「冷静」ということですか。


2001年06月10日(日曜日)

 サッカーの話題を見ながら私が考えたのは、なぜフランスが強くなったのか、でした。で、番組の中でVが回っている間に風間さんに聞きました。そしたら、彼はこう答えました。「フランスも、ドーハの悲劇に近い経験をした。それで、強くなったのです」と。

 だってそうでしょう。サッカーの国といえば、イングランドであり、ドイツであり、ブラジル、それにスペイン、アルゼンチン。私の記憶では、フランスなどは全く強くなかった。それが、今は世界一。ということは、日本もその可能性があるということです。まあ、体格が追いつくのには、あと20年くらい必要かもしれませんが。

 それに私が思ったのは、韓国の人たちはこの日本・フランスの試合をどう見ているのだろうか、ということです。きっと、悔しい思いと同時に、日本を応援する気持ちもあるのではないか、と。今年決勝にも残れなかった韓国は、来年は頑張ってくる気がする。

 小柳ユキは以前からなかなか魅力のある歌手だと思っていましたが、今度は演技に挑戦するという。あの目がいいですよね。実にエキゾチック。実際にあった小島さんによれば、150センチ台の真ん中くらいしかないらしい。しかもすごく痩せているという。まあ、歌唱力はすごいのでアユ、アミ、マイ、ヒカル、リンゴなどなどの女性歌手の間では、比較的伸びるかもしれない。
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 午前1時過ぎに終わって車に乗ったら、新潮社に送った原稿が着いているか気になった。Foresightの締め切りが10日で、午前中に原稿を送っていたのです。短い原稿ですが。

 締め切りの日は遅くまで編集部は仕事をしていることを知っていたので、オフィスに電話をしたら、担当の西村君が出てきた。彼としばらく喋って、今回の号が最後になる伊藤編集長は.....と思ったら、いらはりました。

 しばらく話をしましたが、11年、136号を担当されたそうな。そうですな、実に長い。自らが生み出し、自らが作った雑誌。後ろ髪を引かれる思いでしょうね。

 思い出話も出てきた。私が最初に伊藤さんと会ったのは、そうですね12年前。「欧州共通の家」をゴルバチョフが言い出していた頃です。最初に会ったときに、そのことを話したことは覚えていて、二人で懐かしがった。今度は単行本のセクションに行かれる。最後の編集。編集は実は「モノ作り」と同じですから、思いはいっぱいあるでしょう。

 次の編集長は、寺島さん。多分彼も長い年月担当することになるのでしょうな。伊藤さんには、お疲れさまと。


2001年06月08〜09日(金〜土曜日)

 人生反省することが多い。TBSラジオの番組で日本の会社の夏休みが長くなっているという話を取り上げたのです。製造業で1.6日、非製造業で1.7日だったと思ったのですが、今年を去年と比べて長くなっているという話。

 そういう話だったのですが、この関連記事の中で一社だけ具体的に名前が出てきた会社があった。日亜化学工業。実は、この会社の名前と恐らく製品は木曜日に幕張に行く前にちょこっと行った横浜のナノテク展覧会場で、一緒に行った人から聞いていた。ちらっと。出展もしていたと思う。

 製品としても会場で青色発光ダイオードは見ていました。青がまぶしかった。しかし、会場には実に多数の会社が出品していて、「日亜化学工業」の名前はどうも私の頭にはしっかり馴染んで、落ち着いてくれなかった。で、金曜日の番組の中でお休みの長さの具体例として突然「日亜化学工業」の名前が出てきて、連想しなかったのです。一緒に行った人には、せっかく教えてもらったのに失礼しました....

 で番組の中でこの会社を「休みが長い会社」としてしか紹介しなかったし、「この会社についてはあまり知らない」ってな調子のコメントになった。実は、ちゃんと聞いていたのに。聴取者からメールを金曜日の夜にもらいました。「知らないんですか.....」と。反省。超有名な会社だったんですな。

 多分ニュースとしても、今までもこの会社のことは出ていたんでしょうな。はい、私も今回のことでしっかり覚えました。他の方が作ったサイトを借りると

  1. 発光ダイオード
  2. 日亜化学工業
  3. 中村修二さん
 となります。経済をやっていながら技術に関心を持とう持とうとしている(だから結構大変なんですよ)のは、技術が経済を変えるからなんです。光の三原色をまず使えるのは信号。発光ダイオードのそれは従来のものに比べて低い電力使用量で稼働する。時間がかかるかもしれないが、在来技術の信号はなくなると考えることができる。世界中の交通信号の数は計り知れない。経済的インパクトは大きいのです。

 まあ文化系の頭しかないながら、新しい技術を理解しようと努力の毎日なのです<^!^>。デジタルやナノは今集中的にやっていますが、発光ダイオードまではあまり頭が回っていなかった。反省ですな。でもこの際にしっかり覚えました。メールをくれたikuno さんにはtks。「人生老いやすく学成り難し」でんな。今はその学の幅が広い(・・;)。

 徳島の会社としてはジャストがこれまで一番に浮かんできましたが、今度からはちょっと違う。


2001年06月07日(木曜日)

 ほう、中田がローマに帰る決定を下した。まあ、いいんじゃないですかね。コンフェデはあくまでプレ大会で、日本がどの程度まで世界に、そして最後には最強のフランスに通用するかの実験をするわけで、だったらフルメンバーで負けるより、飛車落ちでどのくらい善戦するか、そしてもしかしたら勝つかは面白い。来年への余力も残る。

 それにしても、10日の夜10時からの視聴率は異常に高くなるでしょうな。他の番組は惨敗でしょう。Aマッチっていうんですか、一番上のクラスで日本が決勝にまで進んだのは初めて。予選で敗退した韓国の人々は、この日本の決勝進出をまあ喜んでいてくれるでしょうが、かといって複雑な気持ちでしょう。

 韓国は自国で行われる32試合のうち、2試合をピョンヤンで行いたい意向とか。韓国で作られる映画もそうですが、着々と統一に向けての布石を打っている印象がする。ブッシュが対北朝鮮政策の見直し完了と、再交渉条件の明確化を表明したのは、やはり韓国に配慮したのでしょう。

 今日の試合は、あと1点は取っておくべきでしたし、そのチャンスはあったと思った。チャンスとしては3回ありましたが、必ずしも生きるとは限らない。だから、2点差にしておきたかったと。自分のころにはそこまではとても行けなかった解説者の方々が、半ば羨ましいような顔をして解説しているのが面白かった。彼らにとっても、「良くやった」というのが、せいぜい出てくる言葉なんでしょうな。

 それは、ICHIROの大リーグでの活躍を解説している日本のプロ野球解説者の心の中に、なにかしら引っかかるものがあるのと似ている。なぜなら、現役の方がはるかに解説者を超えているわけだから、今の役者達の存在そのものが凄い解説になっているはずで、そこにまたかぶせて「解説」をするのは、本当は至難の技な筈です。
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 幕張でインターロック何とかという展示会を見ましたが、いくつか面白い点があった。一つは携帯電話、具体的には i mode を使ってテレビなどの家電を制御する実験。私も参加しました。今のバージョン4では、43億個のIPアドレスしか付与できない。これはよく知られている。

 バージョン6になると、この数がほぼ無限大になる。とすると、一件の家の中にある家電や車の部品にすべてIPアドレスをふれる。会場で実験をしていた。そこのテレビに割り当てられていたアドレスが「tv.kame.net」。これを小生の携帯からURLを入れてテレビ側のページを出して、それでテレビを制御した。オンにしたり、オフにしたり。私の携帯からは、「http://」を入れないと駄目でしたが。

 多分、今でもこのURLを入れると出てくると思うのですが、やらないでくださいね。幕張の会場の当該テレビが制御されてしまいますから。冷蔵庫をサーバーにするという話(冗談半分ですが)は面白かった。24時間絶対に電気が入っている。しかも、冷却が常時行われていると...。

 車のワイパーに付けたりして今雨が降っているところを簡単に地図にするとか、 i mode で家に着く20分前に風呂をわかし始めるとか。しかし、その場合には風呂栓がきちんとしてなければならない。冷蔵庫の中の品を外から察知して、それで何を買っていけばよいかを判断する。しかし、それには冷蔵庫に何を入れて、何を使ったかが判明していなければならない、などなど問題はいっぱいある。

 出来ることの範囲は確実に広がっている。問題は、それをどう安全に使いこなすかです。なぜなら、IPアドレスを盗まれたら、悪意のある人に勝手に家の中にある家電を動かされかねない。セキュリティーが非常に重要になる。家電にもいろいろなものがある。アイロンなどは火事のもとになる。

 IPv6を使ったシステムで、インターネットはバージョン4の「PCのネットワーク」から、「あらゆるエレクトロニック製品のネットワーク」になるでしょうが、まだ課題は多い印象でした。


2001年06月06日(水曜日)

 党首討論を6日の午後3時から1時間弱見ましたが、鳩山さんは下手ですね。小泉さんが好きなのは良いのですが、あれじゃ議論になってない。見ている人を見事に外した。24分の時間は小沢さんに上げたかった。

 エールを送るのはいいし、かなり思想的にも近いのは分かる。鳩山さんももとをただせば自民党の代議士だったのだから。しかし、「党首討論」にはなっていない。国家の基本政策を討議する場で、ちまちまとした問題に議論を追い込んでしまった。あれでは、小泉さんは楽勝でしょう。

 まあ思ったのは、弱小政党に与えられている数分という時間は確かに短い。土井さんの言うとおりですが、土井さんに時間を与えても言うことは決まっているようにも見える。一人田中外相に「さすが女性の閣僚」と言ったことでしょうか。志位さんが言うことも分かってますね。

 まあ土井さんが言うとおりに1時間に延長しても、あの細切れでは面白くない。野党も時間を融通し会って、今回は「なになにの党」と言った感じで、二人の党首の一騎打ちのような環境を作ってくれればと思います。


2001年06月05日(火曜日)

 ニューヨーク・タイムズを見ようと思ったら一面にブルームバーグの写真。下を見たら、「ニューヨーク市長選に出馬」とある。噂にはなっていました。しかし実際に出るのかな、と思っていましたからおやおやという感じ。

 このタイムズのサイトから60秒のテレビ・コマーシャルを見ることが出来るのですが、ニューヨークに育ち、ニューヨークで家族を作り、そして会社を興して雇用を作り出したことを強調し、「私には人々をオーガナイズする力」などなどがあり、私が市長になればもっと街は良くなり、安全にもなると宣伝している。

 ニューヨーク・タイムズも書いている通り、このコマーシャルは政策については何も触れていない。彼が長い間民主党員だったものの、つい最近共和党に鞍替えしたとは知りませんでした。

 彼が書いた「Bloomberg By Bloomberg」(日本の題名はブルームバーグだったと思った)という本はかなり昔に読みましたが、面白かった。要するにソロモン・ブラザーズの債券トレーダーだったのです。かなり偉くなった。しかし、左遷されてコンピューター部門を2年間やらされた。

 その「左遷」が彼がブルームバーグという会社を作る土台になったのです。たっぷり退職金をもらって、「自分ならもっといいモノが作れる」と金融情報端末を作る。テレレートやロイターの牙城に殴り込みというやつです。もっとも、最初はメリル・リンチに数台売れただけです。しかしそれからは成長一直線。

 だから、ブルームバーグは債券に強いとずっと言われている。しかし、この会社が本当に強かったのは、コンピューター・ネットワークについてです。ロイターが先行していたのを、ウェブ技術で追い抜いた。今ではロイターが追いかける立場です。

 市長選ね。2500万ドルつぎ込むという。まあ金持ちですから、問題なく出せるでしょう。ブルームバーグの株は依然そのほとんどを彼と彼の家族の名前になっていたと思った。確か、奥さんとお嬢さん二人。彼が日本に来たときに、ブルームバーグとは会ったことがある。

 市長にはとどまらないでしょうね。もっと上を狙っているに違いない。今59才らしい。ヒラリーのあとの上院議員? ヒラリーは明らかに大統領狙いです。現ジュリアーノ市長は、ブルームバーグを賞賛しながら、正式に自分の後継者としてエンドースメントはしていないようです。

 ニューヨークの市長は、アメリカの数多い市長の中でもっとも注目される市長です。ブルームバーグの社員も大勢いるだろうし、健闘はするでしょう。しかし、同じ共和党からももう一人、そして民主党からも数多く出馬があるそうで、当選できるかどうかは知りません。60秒のコマーシャルは結構見ていて長い。アメリカのコマーシャルにだじゃれはない。

 日本も参議院選挙を控えて党首のコマーシャル合戦になってきた。6日の午後3時からの党首討論は面白いかもしれない。


2001年06月04日(月曜日)

 週末からこの本を読んでいるのですが、なかなか面白い。気分転換で本屋で偶然に手にした本です。しかし、見るともう14版にもなっている。売れているんですな。今まであまり本を書いたこともない人(業界の人)が本を書くと売れる。知らない世界が読者に伝わりますから。

 実際に読んでいて面白いのです。父親の代から宮大工(彼自身で言うと修理大工)だった松浦昭次さんという方が書いている。いろいろ「ああ、そうか」と言うことが分かる。たとえば「おがくず」というのは何でそう言うのか分からなかったのですが、それは鋸(ノコギリ)の大きいやつを「大鋸」、大きい鋸というらしい。「大鋸」は「おが」と発音する。そこから出てくる屑だから、「大鋸屑」というらしい。

 今はめったにお目にかからない道具も出てきて懐かしい。サシガネ、チョウナ、墨壺など「大工さんの三種の神器」が出てくる。私が子供の頃は、大工さんは確かにそういうものを使っていた。

 そういえば、「誰々のサシガネで」って言いますよね。広辞苑で調べたら、「歌舞伎の小道具の一つ。蝶・鳥などを操る黒塗りの細い竹竿」「転じて、陰で人をそそのかし操ること」とある。大工さんのサシガネではなかった。なるほど。勉強になるな。
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 他にも、「ああ、そうだ」と思うことがいっぱいある。日本の木造建築物がりりしく見えるのは、「軒反り」(のきぞり)と呼ばれるものがあるからだとこの本は解説している。五重の塔など建築物に特徴的な軒の反りです。あの空の方向にかすかに上がっている傾斜のことです。これを素材の段階から計算するのは、それは大変なのだそうです。

 この本には、面白いことが書いてある。日本の中世(鎌倉・室町)建築物は国宝になっている建物の数だけで比べれば一番多いのは京都、滋賀、奈良を中心とする近畿地方であるとしながらも、「中世と時代を区切った上で、どの地域にいいものがあるかというと、それは瀬戸内なのです」「質も数も瀬戸内海の沿岸地域が抜き出ている」と指摘。

 その理由を「中世の瀬戸内は航路の発達などの恩恵で、経済的にも繁栄していましたし、信仰心も強いものがありました。この経済力と信仰心を基盤にして、技術的にも、また、姿の面でも建物が次々に出現したのが中世の瀬戸内だったのです」と説明している。

 その上で筆者は、「日本人の美的感覚に一番ぴったりくる軒線の美しさは、尾道の浄土寺本堂にも見られる折衷様にあるということでしょう。その軒反りにこそ、古の工人の魂がこめられている」と述べている。折衷様というのは、軒反りでも「和様」、「天笠様」「唐様」など反りの程度などでいろいろ様式があるのですが、その「折衷」なのだそうです。

 尾道には何回も行きましたが、国宝・浄土寺本堂には行ったことがない。今度機会があったら行こうと思っています。尾道は昔からお寺の建設が盛んなところだと言うことは知っていました。商売の町で、成功するとその証として商人はお寺を建てたと船会社を経営している安保(あぼう)さんが言っていた。坂の多いそれほど大きくない街ですが、その小さな街に寺がひしめいている。なかなか良い街で、瀬戸内海の昔の繁栄をしのばせます。
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 尾道の石井さんからは、浄土寺本堂のホームページ(http://www.urban.ne.jp/home/jyodoji/)を教えてもらいました。でもこのURLを見ると「いよどじ」と読むんですか。


2001年06月03日(日曜日)

 EZ!TVで私の隣に座っていた野口 健という若者は、最高に面白かったですな。とにかく飾らないというか、バカ正直。見ていた人はみんな好感を持ったのではないでしょうか。

 番組では聞けなかったのですが、一回の登山には膨大なお金がかかる。そのお金はどうしているのかというのが私の疑問でしたが、ちゃんとスポンサーの企業が付いているのだそうです。彼の場合は、10社。しかし、それを口説くのが大変なんでしょう。一種の実業家なんですな、冒険家も。

 そうするとどういう事になるかというと、冒険に次々に成功するとスポンサーが増え、失敗するとスポンサーが減るのだそうです。彼は96年と98年にチョモランマに挑戦して撤退している。そういうときにも、そういうことが頭をよぎるのだそうです。しかし、近くまで言ったら少々危険でも行きたいという気持ちと合わせて、撤退の決意をしなければならないのが冒険の一番肝心な点だと彼は言っていた。ゲストに番組の間合いなどでちょこちょこ話しが出来るのが、一つのメリットです。<^!^>
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 いますいます、大リーグファン。真野 雄一さんという方が、「95/2からNY駐在。84/10から87/3にもNYで勤務経験あり。この時に元読売ジャイアンツのデーブ・ジョンソンがNYメッツの監督でワールドシリーズを制したことから病み付きになる。帰国後も衛星放送でMLBに夢中。2度目のNY駐在が決まると同時に日本人メジャーリーガーが本格的に登場してESPNから目が離せなくなる。ただし、当地ではヤンキースとメッツ以外の試合は余り見られないのと、マリナーズのシアトルとは3時間の時差があるため、NYの夜10時から始まる試合を最後までフォローできないのが悩み。」という自己紹介付きで、以下の文章を送ってくれました。tks そのまま掲載します。

 初めてお便りします。いつもは読むだけですが、メジャーリーグの話が出てくると 黙っていられなくなりました。背中に名前を入れない球団は幾つかありますが、これは年によって違います。今年はボストン・レッドソックス、SFジャイアンツがホーム用のユニフォームに名前を入れておりません。

 NYメッツは1999年のホーム用ユニフォームの名前を消したのに2000年にはまた復活さ せました。その他、年代を忘れましたが、過去(といっても1984年以降)にはピッツバーグ・パイレーツやシカゴ・カブスもホーム用ユニフォームに名前がありませんでしたし、1991年のミネソタ・ツインズもホームの時に名前を入れていませんでした。それから、記 憶が正しければ1986年のレッドソックスはホーム/ビジターとも名前がなかったと思 います。

 私の理解ではナショナル・リーグではビジターのユニフォームには名前を入れなけれ ばならない規則になっているので、ビジター用まで名前を入れずに済ませているのは アメリカン・リーグに属するNYヤンキースしかないはずです。

 個人的にはメジャーリーガーの数が多くなっている現在、背中に名前があったほうが 選手を覚え易く、ファンを大切にしていると思います。

 ところで、1991年に来日したメジャーリーグ・オールスターの中に、シカゴ・ホワイト ソックスの遊撃手、オジー・ギーエンという選手がいましたね。マリナーズのカルロ ス・ギーエンと同じつづりです。他にもボニーヤ(Bonilla)とかも読みにくいですね。 でも今年はツインズのMientkiewiczがトドメをさすでしょう。未だにどういう発音な のか正確には知りません(アナウンサーはミンケービッチと言っているように聞こえ ます)。 ヤンキースの捕手ポサダのファーストネーム、Jorgeをホルヘと発音するん だと知った時もへぇ〜と思ったものです。

 移民の国で、またラテン諸国から多くのメジャーリーガーが来ているので、本場米国 人でも選手の読み方には苦労しているようです。(アナウンサーがShigetoshi Hasegawaをちゃんとシゲトシ・ハセガワと発音したときには何故か感動を覚えました) マニアは一杯いて、こんな情報はお手元にたくさん行っているでしょうから、この辺 で止めましょう。毎週のレポートを楽しく拝見させていただき、ありがとうございま す。これからも鋭い分析をお願いします。

 「黙っていられなくなった」というのが笑えますね。いいなあ、ニューヨーク生活。もう一度してみたいと小生も思っているのです。


2001年06月01〜2日(金〜土曜日)

 ニューヨークの佐々木君が送ってくれた写真や、三浦君が送ってくれたメールをベースに、私の文章を加えて「大リーグ」特集をここに作成しました。写真はすべてニューヨークの大の野球ファン、佐々木君が実際に球場に足を運んで撮ったものです。

 写真はまだ他にもいっぱいあるのですが、今回はこのくらいにしておきましょう。また新作が出来てくるでしょうから、その時にも新しいのを掲載します。Enjoy !



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