2001年07月31日(火曜日)

   この記事を読んだのは、実は8月1日の午前2時を過ぎてからでした。しかしWin2000を使っている以上それなりきの責任はあると思って、記事が教えてくれているこのサイトに行って、一応パッチを行いました。

 いろいろな虫がでてきますな。今度はコードネームが「Code Red」というそうな。そういえば、先週ホワイトハウスのサイトが攻撃を受けて、住所変更していたと言っていました。「Code Red」は従来のものが主にメールを媒介に伝搬したのに対して、サーバーを媒介する点が特徴という。

 ケースによってはインターネット全体の meltdown まで懸念されると言うから、尋常ではない。今のところ、検索もメールも順調に動いているようですが。この虫が暴れ出した場合には最低

Web pages could take longer to load, access from Internet service providers could be interrupted, and e-mail delivery could be halted, experts said.
 が予想されるが、ケースによっては
As a result, Internet use could be dramatically slowed worldwide, according to the companies and organizations that issued the warning on Monday. Many independent experts, meanwhile, predicted that the global information network may become totally inaccessible in some cases
 ということもありうると。1日はニューヨークが終わるまで安心できないということでしょう。
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 それにしても、ネットが抱える問題は他にもある。i mode のメールアドレスを変えないでいたら、最近は酷い。一時間に4通、5通来ることもあるのです。一日にしたら多分20通近い。出会い系のメールです。手を変え品を変えて、見させようとしてくる。

 これもエスカレートすると一種の「denial of service」に繋がる。何らかの形で発信サイドを絞る必要があるのではないかと思う。発信サイドに課金するなどの方法です。これまでは「なるべく使ってもらおう」という発想で受信サイドにしか料金を掛けなかった。しかし、今は発信サイドが跳梁跋扈している。

 ドコモは月間100通分のメール受信料をタダにするという。しかし、言わせてもらえば冗談じゃない。最近は月間400通も500通も不必要な出会いメールが来ている。100通を上回る分について利用者が受信料を払っているとしたら、許せない話である。
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 ところで昨日紹介したあの歌詞は、千と千尋の神隠しの主題歌の歌詞でした。最近見た日本映画の中では、なかなか良い映画でした。川の神様が汚れきって温泉に来て、いろいろなものをはき出して綺麗になって帰っていくシーンなどは、なかなか良くできていた。

 カオナシと坊がなかなか良い味を出していた。宮崎さんは、ああいう話を使って現代に警告するのがうまい。確かにその通りなんですよ。金に踊らされことの哀れさ。しかし現実の経済では、ああいう汚濁を飲み込む力も経済の一つの活力と見なされている。成長を至上命題にすればそうなる。そのバランスをどう取るかなんでしょうな。


2001年07月30日(月曜日)

   たまには歌詞をじっくり読むのもいいですな。ワハハハハハ (^O^)  

いつも何度でも

呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも心踊る 夢を見たい

悲しみは 数えきれないけれど
その向こうできっと あなたに会える

繰り返すあやまちの そのたびひとは ただ青い空の 青さを知る
果てしなく 道は続いて見えるけれど
この両手は 光を抱ける

さよならのときの 静かな胸
ゼロになるからだが 耳をすませる

生きている不思議 死んでいく不思議
花も風も街も みんなおなじ

呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも何度でも 夢を描こう

悲しみの数を 言い尽くすより
同じくちびるで そっとうたおう

閉じていく思い出の そのなかにいつも
忘れたくない ささやきを聞く
こなごなに砕かれた 鏡の上にも
新しい景色が 映される

はじまりの朝 静かな窓
ゼロになるからだ 充たされてゆけ

海の彼方には もう探さない
輝くものは いつもここに
わたしのなかに 見つけられたから


2001年07月29日(日曜日)

 そんなに長く見ていたわけではないが、選挙一色が過ぎたような気がする週末のテレビでした。テレビも選挙以外を扱っていたのは、地上波ではNHK教育くらいだったでしょうか。もうちょっと多様性のある報道があってもいいんじゃないかと思う。日本は「塗られ始めると一色」というのが目立つ。これも一種の横並びなんでしょうが。

 一つ気になったのは、いわゆる「政治部」に属する選挙キャスターと、小泉首相や鳩山、小沢両党首などとの議論が全く噛み合っていないという点。一番素直な小沢さんなどNHKのキャスターに怒り出す場面もあった。これなどは「マスコミの力量の低下」、「縦割りの弊害」を如実に示していた。

 官庁に対する縦割り批判は、実はマスコミにもそのまま当てはまる。政治部の人間は、「経済は自分の領域ではない」といったスタンスで勉強していないのが明白になったと言える。問題なのは、あまりにも安易な、であるが故に実体から乖離した「図式化」。危険ですな。

 とにかく日本のマスコミは図式化が好きです。「改革か回復か ?」。すこし経済をかじったことのある人間だったら、この対立構図はおかしいと分かる。しかし、政治家やエコノミストが何回も「この構図はおかしい」と指摘しても、フリップなどで同じものが繰り返し描かれ、出される。いつの間には、それで議論が進んでしまう。困ったものです。

 昨晩の選挙報道全体を見ていて、報道、その後の政治議論の量と質が全く均衡していない印象を受けました。実に長い間各局とも選挙、選挙。出ずっぱりの政治家も問題だが、繰り返しが多くて、退屈してしまう。党首討論でも場合によっては外交問題が全く出てこない国ですから視野が狭くなるのは仕方がないのかもしれないが。

 昼のワイドショーの番組製作担当者に経済が分かっている人などいないでしょう。しかし、政策や政治がそういう場でのムードで作られるとしたら、恐ろしいことです。


2001年07月28日(土曜日)

 調べたら、去年の11月8日にインテルが次のような発表をしている。

 インテル コーポレーション(本社:米国カリフォルニア州サンタクララ) は、0.13 ミクロン(130 ナノメートル)世代のロジック技術の開発を完 了したと発表しました。同技術により、幅が人間の毛髪の約 1000 分 の 1 に相当するトランジスタからなる半導体の製造が可能になりま す。

  この最先端技術は、インテルがコンピュータ・チップの小型化、かつ 高性能化を追求する上でたいへん重要な成果です。同技術による量 産は来年に開始される予定で、新世代の高性能マイクロプロセッサ 製品が供給されます。これらのマイクロプロセッサでは、1 億個以上 のトランジスタを集積し、数 GHz のクロック周波数で動作することが 可能になります。

 この発表を参考にしながら今朝読んだのが、ウォール・ストリート・ジャーナルの以下の記事です。
Intel Corp. is expected to announce a new mobile Pentium III processor on Monday, and several computer makers also are expected to unveil new laptop systems featuring the chip.

Intel plans to hold a news conference with Executive Vice President Paul Otellini as well as officials from several personal computer makers in San Francisco on Monday.

The new mobile Pentium III, which has been known by the code name Tualatin, is the first Intel product being manufactured using 0.13 micron technology, which refers to how fine the lines used to etched the circuits are.

 ほほほ、またモバイルは速く、安くなると言うことですか。インテルも今度のチップには相当力を入れているよう。最近は暗いニュースしかなかった米コンピューター業界には、久々の明るいニュースでしょう。

 しかし、速い、安いだけでは起爆剤にはならないと思う。アメリカ人がもっているモバイルはまだ大部分がA4タイプである。B5などほとんど見たことがない。Y2Kで大外れの予想をしたドイッチェの彼ぐらいだ。

 もっとどう使うか、何が便利か、何が楽しいかをインテルもそろそろ提案すべきではないか。それにしても、130 ナノメートルというのはトップダウンの細密化技術としてはかなり良い線ですな。この後はもう多分ボトムアップでしかできないのでは。 

  1. インテルの 0.13 ミクロン・プロセスは、高速トランジスタと高性能イン ターコネクトにより、0.18 ミクロン技術に比べ、マイクロプロセッサの 動作周波数を最大 65% 向上させることができます。
  2. インテルの 0.13 ミクロン・ロジック技術は、1.3 ボルトもしくはそれ以 下で動作し、現在の最先端技術に比較して電圧を 20% 削減できま す。これにより消費電力を削減し、モバイル・コンピューティング向け マイクロプロセッサのバッテリ寿命を延長させることができるようにな ります。
 などが特徴だとか。日本で製品化された場合、どんなモバイルになるか楽しみですな。


2001年07月27日(金曜日)

 短波の収録を午後7時ごろ終えて「蕎麦でも食べようか....」ということで小野さんと赤坂の「田中屋」に。最近行ってなかったので、この暑い中であまり食欲もないし蕎麦でも....ということで。

 ところが着いて店の中を見ると、知った顔が直ぐに見えた。TBSの木原君。その前にいるのは今朝会ったばかりの千葉ちゃんかなと思ったら、その通り。この二人は結構蕎麦が好きで、田中屋に来ていると知っていた。彼らは4人席にいたので、そこにジョイン。

 それにしても、満席。赤坂に田中屋が出来て何回も来ていますが、満席は初めて。夏の夕暮れに蕎麦を食べたくなった人が多かったのかもしれない。しかし...しかし。彼らがかなり進んでいたので、こちらも合鴨、茄子と鶏肉、白海老の唐揚げなどなどで追いついて、さて蕎麦という段になった。

 田中屋の売りを知っているのかな....と思ったら、「ごまだれ」の一言が彼らの口から出てこない。まあ普通の人は、「蕎麦をごまだれで食べる」という発想はないのでしょう。私も練馬の田中屋に行くまでは知らなかった。

 で彼らに「絶対試したら....」とおせっかい。全員でこれを食べたのですが、相変わらず美味でした。そば湯を入れても、また良し。まだ経験されていない方は、是非推薦します。
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 小野さんが帰るというので、その後は男3人で赤坂のちょっとしたバーに移動しましたが一時間ちょいで切り上げ。千葉ちゃんが土曜日の朝は早いので。まあ、あまり深酒もせず、結構良いエンディング。「ごまだれで蕎麦」は是非皆さんもお試しを。


2001年07月26日(木曜日)

 今週は全くの偶然ですが、親子で本を出版しました。諏訪で父親が出したのが「山中志津摩の書き付け」という本です。長野県の諏訪藩で江戸時代に「二の丸事件」というのがあった。一種のお家騒動です。

 私も詳しくは知りませんし、小説の題材になったこともないので全国的にも無論のこと有名でもないのですが、この「二の丸騒動」の内実を物語る文章が諏訪藩家老「山中志津摩」の子孫の家から10年ほど前ですかね出てきて、それを親父が解読してそれを一冊の本にしたというもの。

 実はこの「山中」家は弟の嫁さんの実家で、そういう意味では非常に身近なところの話なのですが、結構諏訪でも需要があるらしくて、私の本ほど数多くはないのですが刷ったようです。カバーがあって大きくて立派なのです。彼が以前に出した数冊の本に比べれば、漢字も少なく読みやすくもある。まあこの本は、諏訪でも一般の本屋には置いてない。
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 私の書いた本は「グリーンスパンは神様か ?」というTBSブリタニカから出た本です。予定より一ヶ月遅れでしたし、本の題名も私には別の案があったのですが、出版社が販売ルートに既に流した後で、変更がきかなかった。まあそれでも、世に出たということです。

 世界経済における「指導力」という話をすると、「今はグリーンスパンしかいない」(ニューヨーク・タイムズ)という状況の中で、この既に10年以上FRBの議長をしている70歳を超える人の力の源泉、その履歴から説き始めて、彼の考え方の核、功績と実体、評判と今後の課題などを扱ったもの。

 グリーンスパンに関しては2000年にグリーンスパンの魔術という翻訳本を出しましたが、翻訳本というのはいくら力を入れて訳しても「書いた人の本」なのです。でその本を訳しながら、もっと分かりやすい、日本の読者向けの本を書きたいと思っていた。

 それが今年の2月だと思ったのですが、中央公論に米金融政策の観点から見た日本の金融政策に対する批判といった論点で一本長い文章を書いた。それが以前の会社の先輩であるTBSブリタニカの伊藤さんの目にとまって本として今回まとまったという経緯です。

 ちょうど10万字ちょっとの本で、全体的に読みやすくなっている。小生としては金融の世界で生きてきて何かとグリーンスパンは取り上げてきたので、「一つまとめたい」と思っていたのが形になった。まあ、一段落ですかね。

 出版不況のおり、ちょっと少な目で6000部刷った。ご興味のあるかたは本屋で手にとって頂ければ幸甚です。


2001年07月25日(水曜日)

 26日の朝読んだ記事では、オニール財務長官があちこちのマスコミと会見しているのが興味深かった。「国際金融危機が起きても、ブッシュ政権は基本的には介入しない」というのが今までの同政権の立場だったのですが、その立場を微妙に修正した。ブラジル支援策は賛同できると。

 しかし、基本的姿勢は変わらず。どのくらい修正したのかは実際に大きな危機が起こってみなければ分からない。もともとウォール街出身の閣僚が少ないブッシュ政権。しかも今回の記者会見でも

 he did not want the United States simply to continue playing the role of economic fireman.
 と述べていて、ブッシュ政権は「警察官」とか「消防署員」になるつもりはない、と明言している。アルゼンチンは...トルコは...と問えば、それぞれ異なる答えが出てきている。
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 最近数日間の記事を見ていると、欧州の指導者のブッシュに対する見方もこれまでとはかなり違ってきているようで、全体的に見るとブッシュ政権のスタンスそのものが徐々に機軸を微妙に変えているようにも見える。

 ジェノバ・サミットでは我々に目立ったのはブッシュの頑なな態度だが、欧州の指導者にはそうは見えなかったようで、その辺が実際に会った人と会ったことのない人間との差だろう。まあ、ブッシュ政権も発足から1年もたっていない。「案外聞く耳を持つ」という評価もあり、まだ政権全体として「learning process」なんでしょうな。


2001年07月24日(火曜日)

 グリーンスパンは上院での24日の証言後の議員とのやりとりで、「金融政策の有効性は落ちていない」との立場から、(ウォール・ストリート・ジャーナルの記事によれば)次のように述べたという。  

 But he also said central bank's interest-rate cuts are working and that monetary policy hasn't lost its punch. "The complexity of our economy is such, and the way liquidity flows through the system is such, that you get very complex differences in the way monetary policy plays out," Mr. Greenspan said in response to lawmakers' questions. "But at the end of the day, it does seem to be effective."
 この「very complex differences」というのが実際何なのかを知りたいですな。確かにグリーンスパンの年初6ヶ月での6回2.75%に及ぶ利下げは、「消費者のセンチメント」の維持には役だったし、それがアメリカ経済を支えた来た、というのは認める。

 しかし、IT産業の不振という「患部」に効いたかというと、これはかなり怪しい。ニューヨークの株の動きを見ていると、8月21日の次のFOMCでの利下げが確実になっても、少しもそれを歓迎している兆しがない。

 金利を下げると言うことは、金利の高い低いで動く商品(お金を含めて)の流れを良くすると言うことである。しかしITの場合は、特に末端需要はそういう面には縛られずに売られてきたと思っている。なぜなら、金利が問題なほど高額な商品ではないからだ。PCもそうだし携帯電話もそう。

 ITの末端商品がなぜ売れてきたかというと、「面白そうだから」「ないとこまりそうだから」「何か楽しそうだから」「時代の趨勢だから」「他の人が買っているから」といった要因だろう。ITでも末端需要が冷えればもっと大きいサーバー需要も落ちるし、回線投資もなくなる。昨日発表になったルーセントの決算は悲惨だった。  

 MURRAY HILL, N.J. -- Lucent Technologies Inc. posted a wider-than-expected loss for its fiscal third quarter amid a 21% drop in revenue, and announced plans to cut another 15,000 to 20,000 jobs as it scrambles to return to profitability in fiscal 2002. The telecommunications giant also on Tuesday announced agreements to sell its fiber unit to Furukawa Electric Co. of Japan and Corning Inc. for $2.75 billion. Lucent will receive $2.525 billion from Furukawa for the major portion of the business. Corning will pay $225 million in cash for Lucent's interests in two joint ventures in China.
 子会社のOptical Fiber Solutionsを売ってやっと生き延びるという状態。で小生は昨日も書いたFORESIGHTに、「端的に言おう。G7やサミットが打ち出している在来型の政策は、心臓疾患の患者に対して整形外科の医者達が書いている処方箋のようなものだ。心臓について知らない連中が書く処方箋など、効き目が悪いことなどはっきりしている。環境整備でそれも必要だが、新しい処方箋も必要だ。」と書いた。

 実はこの文章を書いたのはサミット前だったが、躊躇することもなかった。なぜなら、彼らがどんな声明を出すか10日も前に分かっているのだから。そんなサミットならやらない方がましだ。

 FORESIGHTでは処方箋らしきものも提示したつもりですが、グリーンスパンにこうした質問(金融政策の有効性)が出ること自体、アメリカも政策の手詰まりが徐々に表面化していることを示している。あんな老人達を集めてマクロ政策をちょろちょろ書かせるより、世界中のハッカーでも集めて「ITで面白いことでもきんか....」という会議をやったほうが、今のIT産業不振には効くと思う。そろそろ発想の転換が必要な時期だと思うがな。


2001年07月16日(月曜日)

 今日は内容が今までより<^!^>充実した(?)二つのサイトの紹介から。レディーファーストで、まずは西麻布のレストラン「キッチン5」のサイト。私もよく行く店で、それで私のサーバーにホームページが同居しているのですが、こうした形で掲載エッセイが大幅に増加しました。今までは確か2本しかなかった。

 一芸に秀でれば....という形で、文章もうまい。本人は(というかアルバイトに打たせたみたいだな)ミスタッチがあると言っていますが、とりあえずHTMLにしたので、掲載します。このレストランは夏と冬に長い休みがある。今年もサイトに伝言があるとおり、29日から長い休みに入ります。
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 もう一つは、2ヶ月に一度くらいのペースで集まっては言いたい放題を繰り返している私を含め4人の「放談・酔談」の再録。前回はエセ茶人のサイトに収録されましたが、今回は門前の小僧のサイトにアップ。

 何回続くか知りませんが、相当長いですよ。何せ私の記憶では、あの日は私は途中で一回寝ましたが、何か朝まで喋っていた記憶がある。テープが結構長く回っていた。まあある程度編集してあるのでしょうが。


2001年07月15日(日曜日)

 やはりデジタルですね。私のデスクトップを作成してくれたKさんに、バージョンアップをお願いしたのです。ハードディスクも小さくなったし、テレビも見たい。クロックも上げたい。メーカー品のように窮屈ではないシステムですから、それが出来る。

 で、ハードディスクを60ギガまで上げ、KWORLDのMPEGTVを入れてテレビを受信できるようにし、室内アンテナと接続し、そして立ち上げ。まあちょっとCRTの限界なんでしょうが画像はズームにするとちょっと画質が落ちる。しかし小さいままだと実に綺麗だし、音も良い。

 嬉しかったのは、FMも聞けるのです。音も、映像もすべて同じマシンで扱える。将来のマシンは、すべてを完全に扱えるものになるのでしょう。PCは立派なテレビ、テレビは立派なPC、そしてラジオ。デジタルですべて繋がる。

 どの家電と何をつなぐかというのは、これからは発想ゲームになるのでしょうね。冷蔵庫の上部の右左にスピーカーを付けて、ネットに接続してキッチンで音楽を聴くのもよし。こういう自在な組み合わせが出来るというのがデジタルの世界で、これからは発想力の差がメーカーにとって大きな差になるのではないか。


2001年07月14日(土曜日)

 上映時間はたった1時間33分です。しかし、その倍の上映時間があった「Pearl Harbor」など比べものにならない良い映画だと思う。中国映画「山の郵便配達」。原題は、「那山 那人 那狗」(あの山、あの人、あの犬)というのだそうですが、そうですね原題の方が映画の味を良く出している。

 時間と無駄な言葉が少ない分だけ、映画が引き締まって出来上がっている。情景は山であったり、山里であったり、そこに住む人々の笑い声だったりと和やかな風景が続くのですが、使われる言葉にも写される情景にも全く冗長なところがない。切れ味良い映画です。

 扱っているのは父と子、母と子、父と母、そして彼らが日々接触する人々との豊かな、そして機微に満ちた気持ちの触れあい。見て思ったのは、人間関係の原風景というのは、こう言うところにあるのかもしれない、ということ。

 1980年代初頭の中国湖南省。険しい山の谷間にある村々。そこに郵便を配達し続けてきた父。一回の配達に、2泊3日かかるのです。足を悪くして、一人息子に仕事を委ねる....というところから話が始まる。この映画を良くしているのは、二人の主役(父と子)に加えて、母と犬(次男坊)です。

 つい20年前の、本当にそうであっただろう中国での話ですが、家族の関係、父親と息子の心理、職業に掛けるプライドなどなど、永遠のテーマを扱っているように見える。肩の力が抜けた、良い映画です。

 地下鉄の「神保町」駅を降りた上の岩波のビルの10階。土曜日の最終回(6時50分開演)は結構空いていた。その前の回は一杯のようでしたから、土曜日の最終回は狙い目かもしれない。日本にもああいう肩の力が抜けた映画が欲しいな。「ホタル」も悪くはないが、ちょっと時代錯誤的なところがあった。

 原作の本もなかなか良さそうですね。次の候補です。


2001年07月13日(金曜日)

 ねこやんが復活してオフィスに来てくれたのは嬉しかったですな。ガンになって、しかもそれを公表して復活に掛けていた。痩せたが元気そうだった。

 彼からはそれ以前にもメールをもらっていたましたが、最初にその旨のメールをもらったときにはびっくりしました。イギリスで明らかになったんじゃなかったのかな。直ぐ帰国して、手術。それがうまく行って転移もなかったから今の彼がある。

 しかし顔などもうちょっと肉が付く必要があるな、と思いました。これから徐々にでしょうが。


2001年07月12日(木曜日)

 一人しかいない息子が野球をやっていることもあって、昨日の神宮球場で行われた東・西の東京都高校野球夏大会の開会式をちょこっと覗きに行きました。凄い暑さ。雲一つ無い。参加したのは127校とか言っていた。

 なにせ全チームが入場するのに30分以上かかる。レフトからライトに向かって球場が一番広がっているところに線を引いてあるのですが、全チームが入場したらそれが全部埋まった。東京大会だけにこれだけの高校生が集まっている。

 始球式に使う球は、朝日新聞のへりから落下させる方式。多分むちゃくちゃ暑い。私はスタンドの上の方の日陰にいましたが、それでも汗が噴き出してくる。こうした状況はあと40日は続きそうですな。
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 キャリア官僚1年生が省庁を超えたネットワーク作りという朝日の記事が目にとまりました。  

 今年4月に中央官庁に「キャリア」として入省したばかりの「官僚1年生」たちが、行政 の縦割り打破を目指してインターネットを利用したネットワークを作った。理想を抱いて 中央官庁に就職しても、時間がたつと組織に埋没しがちだ。若いうちから官僚の役割 を問い続けようと、入省者の半数、約300人が省庁の垣根を超えてネットに集まった。

 ネットワークの名称は「Government(ガバメント)21」。ホームページが主な活動の 場だ。原則として、今年度以降に入省した国家公務員採用1種試験合格の職員が会 員になれる。

 発足は入省が内定した後の昨年10月。面接のため官庁を訪問した学生たちの間で 「霞が関の外の人たちとの交流が、役人には絶対必要」などと議論がわき起こり、縦割 り解消などの問題意識を語り合う中から生まれた。

 ホームページには、13人の有志が縦割り主義の弊害を分析する報告書をさっそく掲 載した。解決策として、官僚が政治家や研究者、NGOらと政策を競い合う「政策市場 創設」の提言が載った。その報告書を見た上司からは「アイデアは面白いが、本当に できるのか」との反響もあった。

 掲示板の議論には、現在は登録会員だけが直接参加しているが、将来は外部の研 究者や一般市民らとの交流コーナーも設けたいという。  発起人の一人で内閣府事務官の佐藤正弘さん(26)は「仕事に情熱を傾けたい気持 ちはみんなに共通している。緊密な交流を通じて、改革に向けて力になれる存在を目 指したい」と話している。

(11:22)  検索をかけたら一発で見つかりました。このサイト。もっとオープンになって、良い政策が生み出されるのが望ましいと思います。彼らの危機感は強いでしょう。「縦割り、外との交流が不自由」では、官のナレッジベースは落ちるばかりになるでしょう。


2001年07月11日(水曜日)

 南米が風邪を引けば、アメリカの市場の鳥肌が立つ。

 風邪を引いたのはアルゼンチンで、鳥肌がたったアメリカの市場は為替市場。現象的にはドル安である。

 アルゼンチンはこんなことになっている。まずはIMFとの約束。「今年の財政赤字を65億にとどめます」(アルゼンチン)「それが出来れば、400億ドル融資しましょう(2000年12月の協定)」と。そのためには、アルゼンチンは現在の予算から16億ドルの歳出引き下げを決めなければならない。しかし、いずこの政治も同じで「それではどこの予算を削るか」で政治家の意見がまとまらない。

 これが出来なければ、アルゼンチンはIMFのお金を使えない。それを懸念したのは市場だ。IMFからの資金が下りないかもしれない、国債の発行が増えるかもしれない、ということで先月にはわずか7.89%だったアルゼンチンの短期国債利回り(90日モノ)は14.1%に、2002年5月満期モノで16%に達した。

 こうした不安定な財政状況を受けて、ブラジルの株価は下げ続けている。先週は一週間で8%下げ、今週に入っても例えば火曜日には一挙に6%も下落した。経済危機の予感は、人々に消費を抑えさせた。アルゼンチンではモノが売れなくなっている。失業率も高くなった。14.7%。主要閣僚の辞任の噂もある。
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 南米の危機は、そこにもっとも投資しているし、権益を持つアメリカの危機でもある。アメリカ経済の鈍化が南米経済にとって重荷になっている事実も消しようがない。なにもなければ、少なくとも日本よりは経済状態が良いし、早期回復の見込みもあると言うことでドル高・円安になっておかしくない為替市場も、「南米の危機→ドルの危機」という連想から、昨日の午後3時過ぎからややドル安・円高になっている。

 まあ中・長期的な相場見通しとしては、ドル高が妥当だろう。しかし、短期的に相場の方向を乱す要因はいくつもある。アメリカ国内経済ばかりでなく、南米もその仲間に入ってきたと言うことだ。


2001年07月10日(火曜日)

 アメリカ大リーグのオールスター戦を見ながら、また新しい単語を覚えました。「goosebumps」というのです。テレビの解説者が試合の開始前の雰囲気を描写するのに、この単語を使っていた。「鳥肌が立つように凄い」という意味です。

 実際のところ、一年にたった一試合しかない恒例の試合は、参加選手の11カ国の旗を並べるなかなかの演出。二人の歌手の歌がちょっとまどろっこかしいのを除いて、なかなか良かった。それよりも超満員だった。

 ランディ・ジョンソンとICHIROの対決は、明らかにICHIROの勝ちでした。記録では内野安打ですが、二塁打性の当たりで、ヒットになっても遜色ない。足も見せたし。3打席で彼が退いた後に、攻守の変わり目でアメリカのテレビ局が非常に長い間ICHIROのインタビューを流していたのは印象的でした。

 それを聞きながら、彼の「賢い」返答を楽しみました。ちょっとしゃべり方がゆっくりしているのが、「よく考えている」という印象を与える。相手への礼儀を忘れずに、敬意に溢れたインタビューで、あれはアメリカの連中も聞いていて納得したに違いない。

 押さえに佐々木を出てきて、完璧な ending。リプケンもホームランを打ったし、良いゲームだったのではないか。


2001年07月09日(月曜日)

 旧知の東京スター銀行の大橋頭取を訪ねて30分ほど。溜池から全日空ホテルに向かう道の左側にある。一階はさすがにもう綺麗になっていましたが、ちょうど2階から上が模様替えの最中で、エレベーターが止まるごとに引っ越し機材が見える。なかなか大変そう。

 長居とならない程度の30分程話をさせて頂きましたが、2年の間いわば休止していた銀行を再起動させるのは大変そうです。預金集めのプロは揃っているので、金利が高いこともあってお金は集まる。しかし、運用が困っている様子。どこでも同じですな。ソニー銀行もそうだった。

 今の変化の激しい時代に「2年間の休止」というのは、大きい。むろん払い出しとか、預金の受け入れはしていたのですが、例えば融資とか前向きな業務はしていなかった。システムも陳腐化していたし、PCもない状態だったというのです。

 預金残高はピーク時の三分の一に落ちている。8000億円程度。それを当面1兆円にして、そこから再生への道を歩みたいとのことでした。頭取として気になるのはやはり金利と景気のようで、その話をしばらくしました。3年後を目途にIPOをということでした。

 おっと、聞くのを忘れていた。大橋さんはここ数年「ラテン語」に強い関心を持って勉強していた。あれはどうしたか。そうそう、「なぜここの頭取に...」という質問に、「寺沢さんにパーティーの場かなにかで誘われたんだよ....」と。寺沢・大橋のラインだと免許が取れそうだと......


2001年07月08日(日曜日)

 あらら、使い過ぎたのでしょうか。我が家のエアコンのうち、私の部屋のそれだけがちょっと調子が悪い。冷たい空気の吹き出しが弱くなってしまった。どうにも自分では直りそうもないので、日曜日の朝に指定のサービス・ステーションに電話をしたのです。

 9時ごろだったのにちゃんと女性が出てきてくれた。当然今日来てくれると思ったら、「お客様、最短で10日になりますが....」と。混んでいるんですな。エアコンというのは、普段はあまり問題を起こさないから「あって当然」なんですが、動かなくなるとその存在の有り難さに改めて気が付く。

 多分ガスか何かだと思うのですが、この暑い夏を乗り切るためには事前にチェックしておくべきだったかな、と思っています。事前にある程度チェックしておいたほうが良いのものには、他にもいろいろあるかもしれない。
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 西武新宿駅の上のユニクロに初めて行きました。小さい店舗なのである程度予想していたのですが、まあ混んでいる。レジ待ちの列は店の入り口まで続いている。品数はあまり多くない。しかし欲しいものがちゃんとあって、何点か買ってきました。

 お客さんは若い人中心なんですが、結構お年を召した方も来ていた。銀座のエルメスが爆発的に売れる中でのユニクロの引き続きの好調。ユニクロの製品は従来のものと違うのは、ただ易いだけではなくて一種のクロリティーを感じる点でしょうか。

 しかし価格帯から行けば、日本は着実に二極化の最中にある。吉野屋の牛丼も280円。しかし、結構高い店も混んでいる。「二極化」はこれからも続くでしょう。


2001年07月06〜07日(金〜土曜日)

 新聞を見て「The Contender」を見ようと新宿に行ったら、何の予告もなしに「7時開演の回は取りやめにさせて頂きます....」との張り紙。なんだこれは....という感じですが、喧嘩をしても始まらない。隣に「Pearl Harbor」の先行オールナイトの行列があったので、「これでもいいか...。どうせ見るから」と並びました。

 7時半からの開演で、終わったのが10時30分近く。3時間もする長い映画ですが、予想通り私としては推薦できない映画でした。戦争映画ですから、「見所」は結構ある。戦闘機同士の空中戦など。しかし、その描き方もくどい。特に日本軍の攻撃のシーン。これでもかと繰り返す。

 もう一つの筋書きの柱である同じ故郷の幼なじみの男性二人と、看護婦一人を巡る愛情物語ですが、これがまた安っぽい仕上がりになっている。こうなるだろうなと言う筋書き通り。戦争シーンで見所を作り、愛情物語で涙を誘うという「より大勢の人に見てもらおう」という意図が見え見えの映画。黒人にも役を配し、子供も登場させてという例のパターン。

 アメリカという国がある限り、「パールハーバー」を題材にした映画を作り続けるのでしょうな。数年置きに。とにかく領土を攻撃されたのは、今の国境が確定して以来パールハーバーが初めてですから。団結には好都合な題材です。

 もうちょっと作り方があったんじゃないの、という印象。映画の一つの作り方ではあると思いますが。観客は動員できるかもしれない。といっても、並んだ割には劇場の中は空きが目立った。
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 帰りに丸の内線に乗ったら、社内中「Pearl Harbor」の吊し。つまり占拠型吊し。主役の3人のシーンがいろいろに切られて。相当な宣伝費ですな。東急系だと思った。力が入っているんだと思いました。でもどうでしょうか、日本ではまだAIの方が観客を動員できるような気がしますが。

 ただ今の若い人たちには、「ああ、ああいうことがあったんだ」という印象では受け取られるかもしれない。目新しいものとして。見ているのは若い人でした。「真珠湾攻撃」は確か1941年でしたから、実は私も当然ながら知らない。もっとも他の映画で何回も見ていますが。


2001年07月05日(木曜日)

 昔の映画を見ました。「Fantastic Voyage」というのです。日本語の題名が「ミクロの決死圏」というのですが、「決死圏」というのはなかなか考えましたね。決死圏というのは、具体的には人体の中。

 第一段階、第二段階、第三段階の三つの段階を経て、人間5人だかの乗った一種の潜水艦を細菌の大きさに minituarize して、血管に投入。血管の中を航行させることで、外部からの手術では対処できない患者の頭部に出来た血栓のようなものを除去し、その重要人物の命を助けるという冒険物語。

 人間をニミチュアライズしておける時間を一時間と設定して、その時間を長くする知識を持った人間を巡る一種の争奪戦ですが、争奪よりも何よりもまず助けなければならない。1966年の映画ですから、映画館で見たのではなく、DVDを買ってきて家で見ました。昔のSFで、スピルバーグが使っている技法に比べれば随分と幼稚ですが、当時の発想としてはなかなか素晴らしいのではないでしょうか。

 この映画を見たのは「ナノテクノロジー」の原点のような映画だからです。ナノテクの二つの考え方のうち、この映画の発想は完全に top-down ですが、まあよくこれだけ考えたものだと思います。映画を作るに当たっては、医学関係者が多く関わっていますから、かなり正確さに配慮もしているのでしょう。結構面白かった。
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 映画と言えば、「ホタル」も見ました。そうですね、最近の日本映画としては結構良かったのではないでしょうか。国際性もあったし。しかしまだ特攻隊の事を扱うという古さはある。もっと現代的な日本が直面する問題にメスを入れた映画が出来ないのかな、などと考えていました。


2001年07月04日(水曜日)

 機会があってソニー銀行の石井社長と一時間ほど話をしました。開業一ヶ月弱で申し込みが3万、手続き終了が1万6000と、「ほぼ想定ライン」で顧客はやっぱり関東、中部、関西の都市圏が多いらしい。顧客年齢層、一人当たりの平均残高も言っていましたが、まあそれも私が予想した範囲。

 ソニー銀行のイントロの売りはマネーキットで、申し込みがPDFで改変不能な形で申込者のPCからはき出されて、情報がソニーバンク側に渡ると同時に、申し込み手続きが手元(郵送しますが)で出来る点。この結果、申し込み期間が著しく短縮された。

 私は既にネットバンクのヘビーユーザーでそこに一端お金を集め、暇な時に必要な振り込みをしているタイプで、それ故に全体的にネットバンクにはいろいろ注文がある。一つは、社会的認知の欠如から、例えば振り込み先指定リストに搭載されているケースがまだ少ない点。例えば、JRのカードの決済口座をネット銀行口座にしようとしても、確か最近まで出来なかったし、今でもそうだと思う。

 まあスタートしてしばらくしか時間が経っていませんが、早く全幅の利便性を確保して欲しいと思います。ネット銀行もそれぞれ個性が出てきていますが、ソニー銀行はフルバンキングとナローバンキングの中間のような存在。あくまでもターゲットを個人に置いていますから、貸し出しも個人を想定。

 しかし、一人一人への融資(住宅であれ、カードローンのようなものであれ)で資産を積み上げるのは大変。結局「運用」に頼ることになる。しかし、日本の投資家で一番難しいのがこの運用です。ここが一つのポイント。あとは、

  1. ソニーというグループ内のシナジー効果がまだ少しも発揮されていない
  2. 今は一年定期で0.5%の金利をつけているが、これは酷い逆ざや
  3. 全体的な収支バランスの確保
 がポイントでしょうか。オフィスも見せてもらいましたが、それほど大きくないビルの3、4階で100人強で済んでいる。テレフォン・センターは沖縄にでもあるのかと思ったら、3階。4階には運用、システムなどなど。ジャパンネットバンクもそうでしょうが、既存の銀行に比べると随分とこじんまりしている。

 本家のアメリカではネットバンクは守勢。「宣伝費のかけすぎですね」というのが石井社長のコメントですが、日本ではこれからが勝負と言うところでしょう。


2001年07月03日(火曜日)

 昨年の10月11日に出たアーミテージ報告には、沖縄が一つだけ特別枠の中で取り上げられている。文章は以下の通り。

Okinawa

A large concentration of U.S. forces in Japan--approximately 75 percent--are stationed on Okinawa. They are situated there because in matters of security, distance matters. Okinawa is positioned at the intersection of the East China Sea and the Pacific Ocean--only about one hour's flying time from Korea, Taiwan, and the South China Sea.

The U.S. Air Force base at Kadena provides a critical link to American power projection throughout the region. It is also crucial to the defense of Japan. The III Marine Expeditionary Force on Okinawa provides a self-sustaining, joint forward echelon for rapid response to problems in the region, ranging from evacuation of noncombatant personnel to serving as cutting edge combat elements to enable large formations to defeat aggression.

But the heavy concentration of U.S. forces on Okinawa also creates an obvious burden for Japan and a less obvious one for the United States, arising, for example, from restrictions, such as those on training. Because of their intense operational tempo and younger demographic profile, the Marines have drawn particular scrutiny from a Japanese public ready for some changes in the U.S. military presence in the southernmost prefecture of the country.

For their part, the Marines have striven to be better neighbors, but readiness and training have suffered with the growing constraints imposed on them by encroachment around the bases. And while statistics on incidents of misconduct by American service personnel are sharply down, in the current political climate, attention to episodes of deeply unfortunate behavior that do occur is sharply magnified.

In 1996, the U.S.-Japan Special Action Committee on Okinawa (SACO) agreement called for a realignment, consolidation, and reduction of U.S. bases on Okinawa. The United States and Japan must complete implementation of that accord, which will reduce U.S. assets by about 5,000 hectares and 11 facilities, including the Marine Corps Air Station at Futenma.

We believe the SACO agreement should have had an important fourth goal--diversification throughout the Asia-Pacific region. From a military perspective, it is important for U.S. forces to have broad and flexible access across the region. But from a political perspective, it is essential to ease the burden borne by the Okinawans so that our presence is sustainable and credible. American thinking about force structure in Japan must not stop with the SACO accord. The United States should consider broader and more flexible deployment and training options for the Marines throughout the region.

 「intense operational tempo and younger demographic profile」がある以上、今のままでは事件の再発は防げない気がする。発生すればするほど、日米関係は緊張する。犯罪抑止の観点からも効果があると思われる地位協定の見直しと同時に、「アメリカ政府は、太平洋地域全体におけるより広範、かつ柔軟な海兵隊の展開、訓練のオプションを考えるべきである」を具体化する努力が必要でしょう。


2001年07月01〜02日(日〜月曜日)

 「痛み」という言葉が一人歩きし始めたのが、どうも気になる。「改革=痛みを伴うもの」と。

 そうだろうか。改革がなければ、痛みはないのだろうか。そうではない。変化する経済には、改革があろうとなかろうと変化としての「痛み」(それをそう呼ぶのなら)は伴う。なくなる職業は出てくるし、途上国に負ける産業もある。

 明治維新は「侍(さむらい)」という職業をなくした。維新がなければ、今でも「侍階級」は残っていただろうか。彼らは刀を差して今でも街を跳梁跋扈していただろうか。ノーである。

 時代は、大きな区切りを経過しようがしまいが、常に変化し、その中に住む人間に適応を求める。それは地球が生き物に課してきた義務、運命のようなものだ。だから生命は進化した。地球環境が若干変化したとき、それへの適応に「痛みが伴う」という議論が成り立つのかどうかははなはな疑問だ。

 「痛み」議論の根底には、「経済は変わらないのが理想」という意識がある。今まで農業をしていた人が職業を変えるのは可哀想、今まで建設業界にいた人がサラリーマンになるのは可哀想。確かに職業を変えるのは辛い。新しい技能の取得を必要とするからだ。

 人類の歴史の数百万年の中で、同じ事をしながら何世代も長い時間を過ごした時代も確かにあっただろう。しかし、幸か不幸かテクノロジーは時代の変化速度を上げてしまった。後戻りは、恐らくない。

 だから議論は常に、いかに社会全体として変化の方向を読み、それにうまく対応・適応していくべきかにあるべきだ。国として、社会として、個人として。それが、その前の段階で「痛みがある」という議論で止まってしまっている。いかにも情緒的な議論だ。

 職を変え、所得が増えることは楽しみでもある。日本はいつまでたっても「変化を美」とする意識がない。確かに安定は欲しいときもあるが、逆を言えば退屈である。今は変化を味方につけた社会の方が活力がある。

 社会に何を求めるかの哲学論争は常にある。「安定」か「活力」か。しかし、どういうことを「安定」と呼ぶかは難しいが、学校を出ただけで、その時得た知識だけで一生を保証された時代は終わった。だから社会には、「安定」より「活力」を求めるのが自然だと思う。

 社会に「活力」があれば、弱者を救える余裕が出てくる。安定を目指して社会が活力を失えば、結局 safety net も作れなくなる。
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 今の議論でもっと奇妙なのは、では今のまま行ったら「痛み」はないのか、ということがとんと検証されていないことだ。そう社会の仕組みを変えず、資金の流れを変えず。ナイス。確実に言えることは、ひどく活力のない社会になるでしょうな。

 「痛み」としての失業で問題なのは、発生云々ではなく「期間」だと思う。失業、転業は生じても良いと思う。変化を見方にして、いかにその期間を短くできるか。社会全体として net を張るのか。そこには自己責任の思考をどこまで入れるのか。そこに議論を集めるべきだろう。その前で「痛み」「痛み」と騒ぐのは、全く建設的でないと思う。



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