2001年12月31日(月曜日)

 出かけますので、8時間遅れのドイツから新年のご挨拶をしておきます。良い年末・年始を。日本が元旦の朝になってから多分この辺でうろうろ新年を迎えます。

 成田でユーロTCはもう買えましたし、当地でもホテルの近くのレストランの価格表示は、ユーロがメイン(括弧の中にマルク建て)になっていました。30日に歩いたら、この門の近くにも新年導入を円滑に進めるためでしょう、「Euro pavillion」なるものが出来ていました。ヨーロッパは当面、ユーロの話題で満載になる。ええですな、ヨーロッパには今夢があって。スイス、イギリスなどではユーロが「parallel currency」になるとの予想が強い。ブレアがユーロのスタートを「ヨーロッパにとって良いこと」と声明したのは、加入の強い意向表明です。

 ということは、数年したらユーロ(ヨーロッパ)とドル(米州)、それに円(アジア)さえ持っていれば世界大体何処でも旅行できるということです。その時、円はいくらぐらいですかね。便利だけど、ちょっと多彩な通貨さえ消えるのは寂しい。では、良いお年を !!


2001年12月30日(日曜日)

 約8時間長い土曜日、ということです。ドイツは久しぶり。で、当時(1990年)持ち帰ったマルク紙幣(300DM程度)を机の引き出しからひっぱりだしてきたので、それを飛行機の中で眺めていたらドイツ人のスチュワーデスが近づいてきて、じっと50マルク紙幣を見て、「これはもう使えません.....」と。

 こちとら「はい....」ってなもんですな。ユーロになるから使えないのではなくて、10年前の50マルク紙幣はその後切り替えになったのだそうです。知りませんよ、そんなことは。今マルクはどのくらいですか。60円くらい。ははは、3000円を失ったというわけです。同じ10年前の紙幣でも100マルクなど他の金額のものは2002年の2月一杯までは使えるらしい。

 ということは、今回はあまり旧マルク紙幣を残さずに来た方がいいということでしょう。それで気が付いたのですが、フランスのフランも結構持っている。あれも無価値になるのかと思うと残念ですな。しかし、残ったら額に入れて「昔のヨーロッパの紙幣」として壁にかけてもいい。
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 ベルリンは遠い。フランクまで12時間近く飛んで、一時間で乗り換えて、そこからまた一時間。地図を見たらフランクフルトからベルリンは北に戻る感じ。壁が墜ちた直後は日本から直行便が出ていたらしいが、一日に降り立つ人が数えるほどで、半年もしないうちに打ち切りになったそうな。

 フランクまでの飛行機も、フランクからベルリンの飛行機も随分混んでいた。やはりこの時期は人の動きが激しいのでしょう。9月にニューヨークに行ったときは飛行機会社に悪いような感じさえしましたが、今回はそんなことはない。

 ホテルはブランデンブルク門の直ぐ近くでした。フリードリッヒストラーセ沿い。杉岡さんが夕方友人を連れてホテルに来てくださったので、31日の予定を打ち合わせて、その後私は外に出てみました。ホテルマンに「安全か ?」と聞いたら自信ありげに「大丈夫」というので。夜の8時頃でした。

 ブランデンブルク門まで歩いて5分くらい。既に31日の用意が進んでいて、日本で言うと屋台が軒を並べ、ロックコンサート並の舞台がいくつも出来上がっている。門を挟んでかなり大がかりなものです。明日の人出が楽しみ。

 ホテルの近く、フリードリッヒストラーセ沿いは旧東ドイツ。だから当時は非常に寂れた場所だった印象がある。しかし、今回歩いてみてファッション・ストリートになっていることが分かった。エルメス、グッチなどなどブランド店が軒を連ねる。結構見がいがあるのです。

 最初どうってこない、と思って歩いていたら途中から猛烈に寒くなった。やはり、きつい寒さです。


2001年12月29日(土曜日)

 ベルリンはさすがに日本の方もロンドンやニューヨークほどには多くないので、このコーナーに気軽に「連絡下さい」と書いてみてももしかしたら無理かなと思っていたのですが、「Day By Dayはほぼ毎日読ませてもらってます」というベルリン在住の杉岡さんからご連絡を頂きました。many many tks です。

 いつお会いするかはまだ決めていないのですが、東欧、ロシアにもお詳しいようで、今後メールなどで連絡してお会いできる日時を詰めたいと思っています。楽しみ。結構こういうことがあると嬉しいんですよ。

 また、以前ベルリンに駐在していた梅本さんからも、ベルリンの年末・年始に関して詳細な情報を頂きました。31日はブランデンブルク門ではドイツらしくない人の集まりと、恒例の騒ぎが起きるそうで、行くかどうかは別にしてちょい楽しみですな。ホテルはこの門に近い。

 シュベリーンに行けるかどうかは、雪次第、列車の運行状況次第のようです。梅本さんからは「正月にあんな寂しいところに行くのは....」と強く反対されましたが、まあ定点観測ですから行けたら行きたい。今からホテルにメールを打って、状況を聞いておくつもりです。

 ベルリンに行くというと誰もが「寒いよ」という。まあそうでしょう。北海道より緯度が高い。しかし寒さなら、諏訪とニューヨークのそれに慣れている。どう違うかも見てみたい気がします。というわけでこのコーナー、30日からはどういう形の更新になるかわかりません。

 読者の方々には、良い年末・年始をお過ごし下さい。


2001年12月28日(金曜日)

 実質的に28日で仕事関係は、THE END でした。テレビ東京関係の忘年集まりが二つと、ラジオの収録が合計3本。その間に朝日の記者の方と会ったりして。特集記事を書く記者の方というのは随分前から準備するものですね。大部分の方が、28日が最後だったのでしょうが、むろんあと3日も勝負という人はいるのでしょう。
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 年末年始の経済統計はつい忘れてしまう。備忘的に書き残しておくとすると。

  1. 先週一週間(22日に終わった週)のアメリカの新規失業保険申請者数は増加したものの、その増加幅は予想より小さく7,000人の392,000人と、3週間連続して40万人の水準を下回った→9/11のテロ後のレイオフ急増状況からの著しい改善・雇用環境の安定

  2. 航空機と防衛関連を除く新規耐久財受注の11月の2.4%の伸び→10月の4.1%の伸びに加えてのの伸びで、自動車の受注は今年の春以来の水準になり、ハイテク関連も2ヶ月連続の受注増加

  3. 11月の新規および中古の住宅販売の好調→新規は6.4%増で年率93万4000戸と今年の3月以来の高い水準で新規住宅購入に関連したモーゲージ申請者数も高水準維持、中古住宅販売に関しては年率521万戸でこれも10月から若干の増加

  4. ミシガン大学調査の上昇が示されていたアメリカの消費者の景気信頼感指数は、コンファランス・ボードの調査でも12月は93.7と11月の84.9から急上昇→この調査機関の調査ではテロ後始めてのアップで、指数改善は景気の現状に対する見方よりも6ヶ月後に対する楽観論によるもの
 とアメリカ関係。ワシントン・ポストのジョン・ベリーの流した感じの記事は、見出しが「Economy Shows Signs of Rebound 」で、中には
 Combined orders for computers, semiconductors and communications equipment "were the strongest since last June," said Ray Stone of Stone & McCarthy, a financial markets research firm. "This sector appears to have bottomed out. This is important because it was this sector that served as a major drag on overall manufacturing activity for about a full year."

 "The manufacturing sector and 'business-to-business' economic activity suffered a marked cyclical downturn in 2001, far in excess of the softening in consumer demand," said economist Steven Wieting of Salomon Smith Barney. Now with factory production likely to turn upward soon, manufacturing "will also be the driver of economic recovery in 2002, we believe."

 という引用もあった。同じ年末でも、小泉総理が市場での「悲観論のスパイラル」の中で不安沈静化の為になりふり構わぬ姿勢を見せ始めた日本とは状況はかなり違っている。しかし、アメリカ経済に回復の兆しというのは、日本経済にとって「悪くない」(というレベルの)ニュース。


2001年12月27日(木曜日)

 主に会社のPCで情報源としてこのサイトを見ている人とは、今日が最後ということになりますね。今年はあまりにも曜日日程がうまく出来ている。来週の末まで(6日まで)休み、という人が多いのではないでしょうか。皆様には、良い年末年始を。
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 私の場合、このところずっと年末・年始は諏訪に帰っていたのですが、今年は両親が早めに心配ない場所に移動してくれたので、その了解も得てニューヨークに居た当時以来実に久しぶりに海外で正月を迎えようと思っています。で、いろいろ考えました。出た結論は、ベルリンでした。その上で家族を誘ったが誰も(ロンドンなら行くという人はいたが2カ所は時間的制約からちょっと無理)帯同したがらないので、一人で。

 理由は二つあります。一つは1989年の11月にベルリンの壁が墜ちた直後に行ったころから10年以上(厳密には11年)が経過して、再び訪れる価値があると考えられること。ブランデンブルク門の当たりがどうなっているかとか、街の空気がどう変わったのかとか、海砂を使っていた東ドイツのビルがどうなったのか、とか。

 特にその時に小林君と行ったシュベリーンというまるで中世の絵本から抜け出たような印象の街(当時)がどうなったか見たい気持ちが強い。今でも私の心象に非常に強く残っている街なのです。この街を歩いていて、「社会主義とは人間を不幸にするシステムだ」と強く思った。あまりにも、直ぐ近くの西の街と違いすぎる。人間の体格もです。

 その時(90年の1月から2月にかけてだと思う)はシュベリーンにはハンブルクから車で入ったのですが、石畳の道、朽ち果てそうになっている古城、そして湖と本来は風光明媚であっただろうが、しかし劣化が著しいという点で驚くような街だった。それがどうなっているか。今はベルリンから列車も通っているらしい。その時に入ったホテルのバーが今でもあるのか、商店街はどうなったのか。まあ、一種の定点観測のようなものです。

 もう一つは、E-DAYです。主要ヨーロッパの通貨がマルクなど各国通貨からユーロに切り替わる。ユーロがいよいよ現物通貨になる。既に一部では出回っているらしいのですが、それらは法律違反です。厳密にはヨーロッパの人々も2002年の元旦からしかユーロを手に出来ない。それに立ち会おうというわけです。合法的にユーロ紙幣を手にする最初の日本人の一人になろう....なんては考えていませんが。まあ、ホテルでは元旦になったら換えてくれるでしょう。

 ドイツなら、これまでもそうだったから英語はある程度通じるだろう、と思う。お互いにブロークンでやれば良い。しかし、そこに住んでいる日本人の人と食事でもしたいなとも思っていて、このサイトをベルリンで読んでいる人で暇な人とか、ベルリンなら知り合いがいるという人が居たらご一報下さい。

 最終的な日程はまだ決めてありませんが、31日と1日には確実にベルリンに居る予定です。


2001年12月26日(水曜日)

 ちょっと時間が出来たので、チャットのコーナーに二つのURLを追加しました。一本は、12月の10日から一週間テレビ東京の番組に出て、加藤紘一さんら政治家と話したときのもの。二本目は、毎年恒例のサイバージョーク2001年版です。思い起こせば、今年はジョークが少なかった。まあそりゃそうだ。

 政治家との対論

 サイバージョーク2001
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 今日一番面白いと思って読んだ記事は、ウォール・ストリート・ジャーナルのここにあった記事です。大部分の方が読めないですよね。さわりだけ。

As memories of the Great Depression fade, the number of older Americans with debt is growing. Just 41.2% of older households carried no debt last year, down from 65.5% in 1992, according to SRI Consulting Business Intelligence in Princeton, N.J. The average amount owed by people age 65 and older has nearly tripled during that time, according to SRI, climbing to $23,000 from $8,000. With many people taking out new home mortgages in their 50s or even 60s, burning the mortgage before retirement is becoming just a dream for a growing number of homeowners.

Already, the rising debt load is taking its toll. Bankruptcy filings by the elderly are expected to climb to 82,200 this year, up from just 23,890 in 1991, according to Teresa Sullivan, vice president and graduate dean at the University of Texas in Austin. Auriton Solutions, a credit counselor based in St. Paul, Minn., says the number of elderly Americans seeking credit counseling has increased 50% to 60% this year.

"In the space of a decade, older Americans have become more financially vulnerable," says Elizabeth Warren, a professor at Harvard Law School who is studying bankruptcy filings. "They have more years to provide for themselves and less assets to do it."

 お金を貯め続ける日本の老人達と、いかに違うことか。どちらも問題があるということです。


2001年12月25日(火曜日)

 朝日新聞を読んでいたら、桑田佳祐の札幌でのソロライブの話が出ていて、その中で彼が何回も「死ぬなよー」と叫んだと書いてある。そうですよね、確かに。自殺者は日本だけで年間3万人を超えている。全世界ではどのくらいの数になるのだろうか。日本の自殺者は自動車事故の3倍。そして今年は、ニューヨークやワシントンでも思わぬ形の死者が出た。

 自ら予期したかしなかったにかかわらず、死者が出た年だった。時代感覚の鋭い彼は、短い言葉の中にメッセージを託したのでしょう。桑田佳祐はまた何度も「来年もまたくる」と叫んだそうだ。そうはならない可能性も高いと言うことを承知の上で、もしかしたら来年は今年よりも良いかもしれないというメッセージだったんでしょう。

 来年は今年より良くなるはずだし、良くならねばならないというのは、一種の進歩主義だと言える。これは、人類が自らに課している一種の義務感のようなものです。今後に希望を託せないとしたら悲しいから、とりあえず常に期待する。なのにうまく行かないという気持ちが、今生きている人の気持ちの中にある。

 考えてみればこの「自ら課している一種の義務感」との戦いというのは、自ら死を選んだ人以外にも誰もが抱えている問題です。これがあまり高すぎると、自らへの失望が強くなる。まったくないと、前進しないというよりも、よすがを失う。

 実は私は非常に長い目で見れば、確かに人類は前進してきたと思っているのです。「昔は良かった」と多くの人が言う。しかし、「昔」をかなり古い昔と捕らえるならば、乳幼児の20%以上は3才を生きれなかった。人類の半分以上は奴隷で、ローマの繁栄も彼らの存在なしには考えられない。自由人は少数でした。そういう意味では進歩した。

 生まれた頃を「昔」と考えるなら、はっきり言って戻りたい気持ちもあるが、その逆も強い。冬になるとスケートをし、夏から秋にかけては魚を捕って。しかし、それは時代というよりも誰でもが持つ子供の頃を懐かしんでいるに過ぎない気もする。

 では、10年前はどうか。確かにワクワクしたことがいっぱいあって、みんなで楽しかった。しかし、相場を長くやっている人間からみると、ああいうのは sustainabilityに大きな問題があることは明確だった。土地にしろ株にしろ、天まで駆け上がることはない。で戻ってきた。

 あのときああすれば、あの時点でああすればというのは日本という国についても、個人についてもいろいろあって、だからこそ「今度はああしよう、こうしよう」という話になるのですが、避けられない部分も確かにあった。そうした認識も必要でしょう。あまり発射台を高くしておくと、失望も強くなる。ガンジス川の流れの方向を一挙に変えるのは無理で、時間がかかる。

 ところで、28日に「今年の総まくり、来年の予想」のラジオ番組収録があって、今年のキーワードを考えなくてはならない。なんにしようかな.....。


2001年12月21〜24日(金〜月曜日)

 3連休でしたが、とても「連休」と呼べるような贅沢な時間の流れではありませんでした。でも、これで今年最後の忙しい期間は終わったという印象。原稿も迫られているものは一つしかないし、まあまあの年の瀬ですかね。でも、まだ年賀状がある。

 自分だったら、「こんな日に呼んで....」と思う日に法要を執り行いました。連休の最中の23日。呼んだ方は「仕方なく」ですからどうしようもないのですが、呼ばれた方は迷惑だったのではと。済みませんでしたね。なんだかんだ言って、一日仕事ですから。

 お寺さんの都合とか霊園の都合とかで、これ以外の日時を選びようがなかった。助かったのは天気が良かったことです。49日の法要で、納骨まで一緒にやりますから、外にいる時間が長い。30分強ですが。その間が晴れているのと、雨が降っているのとでは特に冬ですから大きく違う。ずっと綺麗な青空でした。

 しかし、納骨というのは不思議な作業ですね。今まで死んだ人類にすべてあれだけの空間を与えていたら、そのうち場所が無くなってしまうのではないかと思える。最近は、少子化で親戚・縁者のいない人のお骨というのが増えているそうで、お寺さんでもそういう方のお墓の管理にかなり熱心になっているらしい。

 納骨などしなくて良い、ジョージ・ハリソンのようなガンジス川に蒔いてくれ....というような遺言を残される人もいるようですが、和尚さんが「かえって高く付きますよ....」と。まあそりゃそうだ。まずインドに行き、飛行機をチャーターし。

 11月の初めに亡くなった私の大叔母さんは実に用意の良い方で、全てを準備されて行かれた。しかし、そうであってもお墓の管理権の移動など結構手続きが居るのです。狭山湖の周辺は綺麗な霊園が数多く作られている。なかなかシステム化されていて、これなら安心と委せられる場所でした。
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 法要のあとは番組でお台場に向かったのですが、いつも通る赤坂のホテル群の前を通りかかったら、いやにホテルの部屋の電気が異常に数多くついている。最近は寂しいケースが多かったので、「さすがに今日は...」という感じ。冷やかしで赤プリに電話してみたら、「本日は全館満室...」と。

 運転手さんと二人で、「さすがに今日は書き入れ時か...」と笑いましたが、まあマスコミは全く書かなくなっても、クリスマスの行事はかなり定着したようです。24日はまた諏訪で、ここは寒かった。


2001年12月19〜20日(水〜木曜日)

 NHKのテレビを見ていたら、「改革に伴う痛み」という単語が何回も出てきた。ニュース解説のコーナーだったと思う。面白い表現ですな。じゃ改革しなかったら痛みはないのか。改革しなかったらもっと痛むから、改革するのではないのか。

 つまり、何も考えないで喋っていると言うことです。改革しなければもっと景気が悪くなる、悪くなればもっと失業が増えると考えているから必要な事をしている筈のに、本当に分からない表現ですな。ほんまにこういう意味のない表現が一人歩きするのは問題です。
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 Windows XP というのはどうもうさんくさいOSだし、日本での売り方も賛成できないと思っていたら、今朝のウォール・ストリート・ジャーナルに以下の記事がありました。XPを買うのはまだ数ヶ月先の予定の私は良いのですが、相当深刻な欠陥のようで、マイクロソフトも「直ちに修復を」と呼びかけているようなので、XPを自分のコンピューターに入れたか、プレインストールの製品を買った人は素早く行動を。

Major Holes Are Discovered In Security of Windows XP

Microsoft Acknowledges Serious Risk, Urges Users to Download Software Patch

By TED BRIDIS Associated Press

WASHINGTON -- Microsoft Corp.'s newest version of Windows, billed as the most secure ever, contains several serious flaws that could allow hackers to steal or destroy a victim's data files across the Internet or implant rogue computer software. The company released a free fix Thursday.

A Microsoft official acknowledged that the risk to consumers was unprecedented because the glitches allow hackers to seize control of all Windows XP operating system software without requiring a computer user to do anything except connect to the Internet.

Microsoft made available on its Web site (www.microsoft.com/security) a free fix for both home and professional editions of Windows XP and forcefully urged consumers to install it immediately. The flaws, discovered five weeks ago by independent security researchers, threatened to undermine widespread adoption of Microsoft's latest Windows software, which many hope will be an economic catalyst for the sagging technology industry.

 あと小生が「日本での売り方」云々と言っているのは、プロフェッショナルをプレインストールしたノートをどのメーカーも売り出さないことです。あまり売れないOSとXPはなっているようですが、こんなこともできないようでは当分駄目でしょうね。


2001年12月18日(火曜日)

 いろいろな方からメールをもらって、短縮語のちょっとした語録が出来たので紹介しましょう。

 内藤さんから

株式公開ブームの時
IPO=Instant Profit Opportunity

株式相場低迷期
IPO=It Probably Overpriced

 馬場さんから
 私の上司のディレクターと私がMBAホルダーなのですが、そのディレクター(彼女)が先生達に説明しておりました。

「うちの会社には他にもたくさんのMBAがいるんですのよ。

MBA = Managing by accident が多いんです。 (たまたまマネージャーになっちゃいまして) という人たちなんですけど・・・。」

 平子さんから
ドット・コム経済の崩壊直後は、

B2B : Back to Banking
B2C : Back to Consulting

だと揶揄したものだが、今では、

B2B : Back to Bankruptcies
B2C : Back to Cycles (つまり、ドット・コムも経済循環だよ)

などとかなり過激になりました。

ASP も現在、Awful stock pick を示す言葉だそうです。

B2M (Back to Mom's) とか、B2S (Back to School) なんて、子供に戻れなんて 用語も出てきました。

シリコンバレーでは、意味はよくわからないのですが、

2B or not 2B

が合言葉だそうです。

 レイオフの技術者が集まるパーティでは、主催者が50人集まると見込んでいたの に、400人が来場してびっくりなんてこともあったようで、それを、「ドット・ コム難民キャンプ」と呼んでいます。


2001年12月17日(月曜日)

 短縮語にはいろいろ新解釈が出てくる。日経産業新聞を見たら、ビジネスTODAY のところに「B TO B」と「B TO C」に新しい理解が。

B TO B =Back To Business Schools
B TO C =Back To Consulting Firms
 この記事の副題は「米でも雇用氷河期」ですから、要するにハイテク企業、起業で跳梁跋扈していたアメリカの若者がMBAを再取得するために学校に戻っている、学校でMBAを取り直してコンサルティング会社に戻っている状況を指す。

 アメリカ経済の指標を見ると、かなり力強いものも出てきているが、雇用は典型的な遅行指標(昔よりは反応は素早いと思いますが)ですから、回復し始めても悪化が続く。90年代の初めを例に取ると、雇用が一番危機的と騒がれているときに実は景気は底で回復に向かっていたのですが、今回はどうでしょうか。

 「いろいろな解釈」ということではMBAにも別のがある。この人に教わった使い方です。彼は最近はバーに凝っているようですな。

 MBA =Married But Available


2001年12月15〜16日(土〜日曜日)

 土曜日から日曜日にかけて長野県の諏訪に行っていましたが、さすがに寒い。朝などは体が冷えてくる。まあ、家の中はかなり完全に暖房施設が整っていますから良いのですが、やはり諏訪は「夏の場所」で、冬はあまり近づきたくないと思う。

 老人というのは、5年とかいう長い時間の単位で見ると時間の経過とともにだんだん元気がなくなる。心配ですが、これだけは仕方がない。ですから、時間を見付けては帰るようにしているのです。子供の顔でも見れば喜ぶだろうと思って。

 最近、非常に興味深いことに気が付きました。つまり、老人の調子にも大きな波があるということです。調子の良いとき、とても悪いとき。それがまるで周期のように顕現する。「悪い」と聞いて行くと、凄く元気だったりして、その時は騙されているような気分になる。

 少し長いタームで見ると、親父の場合だと2年前の今頃が最近ではもっとも調子が悪かった。子供心にやばいと思ったくらいです。しかしその後立ち直って、本を出すまでになった。実際出しました。しかし、過去2週間ほど非常に悪くなった。一時は歩けなくなった。

 しかし、先週末当たりからまた調子が良くなって、今は自分の足で歩けるようになった。だから思うのです。介護度の認定などは実際には非常に難しい作業ではないか、と。老人の調子がサイクルで回っているとしたら、調子がよいときに見てもらった老人は介護度が軽くなって、悪いときに見てもらった老人は介護度が重くなる。全体的に見れば同じような状況の老人もです。

 介護度を決めるときには聞き取り調査に来る。矢継ぎ早に質問をして、答えられるかどうかなど。しかし、これもその時の調子が大きい。ということは理想を言えば、二度、三度と認定の時間を取る必要があると言うことでしょう。それがコスト的に出来るかどうかは知りませんが。

 80歳を超えた老人がまた50歳の元気さを取り戻すと言うことは無理。ですから、いかに今の良い調子を維持するか、が課題です。見ていると、老人は一気に悪くなることはあっても、回復には時間がかかる。だから、全体的な流れは弱体化ということなんでしょう。

 しかし、しっかりできるかどうかは、本人の「気」の問題が大きいと思う。冗談ではなくて、本を出してから親父は気弱になった。「もう本も出したし...」と言い出して。うーん、出さなければ良かったと最近思う。そうでなければ、他の課題を見付けてもらうことですが、足が不自由になるとそれがなかなか難しい。


2001年12月14日(金曜日)

 渡辺貞夫さんの50周年記念のコンサートが渋谷の文化村オーチャードホールであって、2時間半以上極めて上質な音楽を堪能しました。ジャズはいつも小さなライブハウスで聞くのですが、多分このホールは3000人以上が入る。

 「こんなでかいホールでジャズをどうやって盛り上げるのだろう」と思いながら聞き始めましたが、なんの心配することはない。上質さを保ちながら、しかし来ている人を決して飽きさせない演出。文章で表現することはなかなか難しいのですが、終わったときには「行って良かった」と思わせる。終了後のアンケートに書き込み欄があったので、「fabulous and moving」と書いておきました。

 聞きながら「この人はもの凄く幸せな人ではないか....」と思いました。一つのことに50年も熱中できる。大体が、当時の栃木県で「ジャズをやりたい...」と言い出したら、親がどういう反応をしたのか容易に想像できる。許したのだから、親も偉い。やり続けた本人も偉い。

 そして、「ナベサダとジャズ」と言われながら、今までの日本のジャズシーンを引っ張ってきた。70近くになっても楽しい仲間がいて、大勢の人に音楽を聴きに来てもらえる。いいじゃないですか。今度お会いしたら、音楽家になる前後の話も聞きたいと思いました。ナイス。
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 疾風怒濤の一週間。毎朝は結構きつかった。しかし、以下の5人の政治家の方々とお会いできたのは、恐らく財産になる。テレビ東京のサイトにその時のmpeg が残っています。この一週間の政治家との対論は近々chatのコーナーに載せたいと思う。

加藤紘一さん
渡辺喜美さん
仙石由人さん
海江田万里さん
伊藤達也さん
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 NIFTYの山川さんからメール。ずっとNIFTYを代表する人で、90年代の半ばから頻繁でもないのですがお付き合いしていた。NIFTYが富士通系になって、やはりちょっと変わったのですかね。
 新聞にも出てしまいましたので、言ってしまいます。ニフティからドコモAOLに転職しました。1月中旬の株主総会で 社長に就任する予定です。

 一昨日のエコノミスト懇親会でお姿をお見かけしたと思います。年が明けたら少し落ち着くと思いますので、一緒に食事に行きましょう。

 ということで、来年にでもお会いできることが楽しみです。


2001年12月13日(木曜日)

 今年初めて実物の雪を見ました。日帰りですが、盛岡まで。新幹線で2時間24分くらい。昔に比べればえらく速くなった。大きな産業がないうえに、農業が狂牛病などで大きな打撃を受けている、ということでなかなか経済状態は大変そうです。

 列車の下り、上りの間に高橋和夫先生が書いた「アメリカとパレスチナ問題」という本を読みましたが、なかなかインフォーマティブな本で、この本を読んで初めてわかったことが結構出てくる。パシュトゥーン人でも階級性があって、ドッラーニーとギルザイの二つがあることなど。オマル師は後者だそうで、どちらかというと下層の出身。

 13日の大きなニュースとしては、イスラエルがパレスチナ過激派のテロ行為を取り締まれないアラファト自治政府議長を交渉相手として認めず、自ら取り締まりに乗り出すと述べたこと。既にイスラエル軍の動きが始まっている。これは「オスロ合意の死」(読売新聞社説)という解説が付くのですが、このオスロ合意については高橋さんの本は次の三点がポイントだったと述べている。

  1. 相互承認
  2. 暫定自治
  3. 将来の話し合い
 しかし今回の一連の出来事は、これらを93年のオスロ合意以前の状態に戻す危険性がある。憎しみの集積を解きほぐす特効薬は見つからない。難しい問題です。読んでいて、高橋さんはなかなか文章がうまい、と思いました。大学の先生らしくない文章ですな。
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 あと付録ですが、ある方から「これは面白い」と紹介があったので、このコーナーの読者にもお裾分け.........していましたが(5時間程度)、私のページには相応しくないので、その後削除しました。遅く来た方には申し訳ない。


2001年12月12日(水曜日)

 電車に乗っている時間帯に読んでいた「狂牛病」という岩波新書を読み終えました。NHKの解説委員が書いた本。つい最近のことまで書いてある。

 読んでいて結構ショックなのは、要するに一度罹患したら「打つ手がない」ということです。しかも潜伏期間は10年とかの長さ。同じような状況でも発病しない人もいるらしい(望みますが)。日本での感染経路についてもまだ分かっていないし、日本国内で突然変異によって発病している可能性もあるらしい。

 というのは、もともとクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)は知られていたのですが、変異型(v-CJD vはvariant 狂牛病から来る)がどうして起きたのかについては「突然変異説」が有力だそうです。ということは、どこで起きてもおかしくない面がある。もっとも、日本のv-CJDはイギリスのタイプと似ているので、持ち込まれた可能性が高いという。

 人知至らざる所多し・・・・というのが印象です。死者を共食いする風習があるインドネシアだかどこかの村には「クールー病」というこれもCJDの一種の病気があるそうで、狂牛病は牛に牛の肉骨粉(meat and bone meal)を与えたことから生じ、それが「種の壁」を超えた。プリオンというまだよく分からないものを通じてです。プリオンはかなり熱にも何にも強いのだそうです。

 一つ言えることは、「共食い」は絶対良くないということでしょう。例え効率性、利益性が高くてもです。最初にv-CJDにかかったイギリスの娘さんのことが詳しく書かれているのですが、壮絶です。22才の若さ。婚約者もいたという。

 まあだからといって肉を食べるのをやめれば済むという話ではない。ある程度のリスクを背負いながら肉でも何でも食べながら人類は行くんでしょうな。しかし、食品をなるべく安全にする努力だけは重要です。
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 夕方はオークラの日本経済研究センター主催の「年末エコノミスト懇親会」に。受付で笛田さん会って、中に入ったら河野君がいて、黒田さんがいて......といろいろな方に遭遇。でも最近数年間よりちょっと人数が減りましたかね。

 そうだ珍しい人では、小池さんに会ったな。彼とは勉強会でも会わないのに、珍しいところで会う。元気そうでした。


2001年12月11日(火曜日)

 0.25%の引き下げ。予想通りだが、リーダーシップという面では、今までの「surprise」があった時期とはやや違う印象。気になるフレーズは、「preliminary and tentative」でしょうか。まあ確かにそうなんでしょうな。強い回復への自信がFRBにあるわけではない。新たな利下げ、今年11回目の利下げをするにしても、この単語は必要だったと。

 リスク評価にも興味があったのですが、「the risks are weighted mainly toward conditions that may generate economic weakness in the foreseeable future」と従来通り。例えば先週出てきた一連の数字への確信はないということです。FRBの政策目標には日本と違って「雇用」が入っていますから、失業率が上がり続ける状況では、リスク評価は「conditions that may generate economic weakness」ということになる。

 このページの下を見るとよく分かるのですが、まあ今年はよく利下げをしたものです。利下げがなかったのは2月と7月だけ。にもかかわらず11回もしたのは、1月に2回やっているからです。来年からは金利操作、リスク評価ともかなり難しくなるでしょう。ある意味で今までは政策は楽だった。下げていれば良かった。

Release Date: December 11, 2001

For immediate release

The Federal Open Market Committee decided today to lower its target for the federal funds rate by 25 basis points to 1-3/4 percent. In a related action, the Board of Governors approved a 25 basis point reduction in the discount rate to 1-1/4 percent.

Economic activity remains soft, with underlying inflation likely to edge lower from relatively modest levels. To be sure, weakness in demand shows signs of abating, but those signs are preliminary and tentative. The Committee continues to believe that, against the background of its long-run goals of price stability and sustainable economic growth and of the information currently available, the risks are weighted mainly toward conditions that may generate economic weakness in the foreseeable future.

Although the necessary reallocation of resources to enhance security may restrain advances in productivity for a time, the long-term prospects for productivity growth and the economy remain favorable and should become evident once the unusual forces restraining demand abate.

In taking the discount rate action, the Federal Reserve Board approved the requests submitted by the Boards of Directors of the Federal Reserve Banks of Boston, New York, Philadelphia, Chicago and San Francisco.


2001年12月10日(月曜日)

 ほうこの番組は進んでいますね。殆ど全部見ることができる。10日のニューヨーク市場で円相場が126円になった一つの要因は下の記事にある加藤さんの発言ですが、これはある意味で情けない。

  Former secretary-general of ruling Liberal Democratic Party Koichi Kato, a close ally of Prime Minister Junichiro Koizumi, told a local television news show Monday morning that "a gradual yen depreciation is the only remaining solution to stimulate the economy.
 日本語では「じわっとした円安。ほとんど唯一の解決策」と加藤さんはおっしゃったと思う。しかしまだ他にもやることはあるはずです。「悲観論のスパイラル」を止めるのは、政治家の仕事でもあると思う。円安は万能薬ではない、というのが私の意見です。この政治家シリーズは今週いっぱい続きます。


2001年12月9日(日曜日)

 小説の提供があったのでここにアップしました。「終わり、始まる」と同じ作者です。前作よりかなり肩の力が抜けている。

 テーマは、そうですね誰もが必要なことです。しかし、なかなか出来ない。出来ないから、世の中回っているが、しかし窮屈。どうしてもそう出来ないものもある。読んで、それぞれの方が感想を持たれるのではないでしょうか。


2001年12月07〜08日(金〜土曜日)

 念願の蝶の舌を見ました。見終わった時に、泣いたまま立てない女性も何人かいた。それほど衝撃的なエンディングの映画です。静かな時代に生きていて良かったと改めて思うような。ニューシネマパラダイスもそうですが、ラテン系の人々が作る映画というのは、出てくる人が皆生き生きしている。そしてそれが最後は凄い衝撃のエンディングで終わる。不思議な魅力があります。うまく言えないけど。

 モンチョ少年の目とグレゴリオ先生の繊細な演技。しばらく忘れられそうもない。今週はもう一本「ハリーポッターと賢者の石」を見ましたが、個人的感想を言わせてもらえれば、こちらはどうということもない映画です。確かにお金はかかっている。しかし、何を言いたいのか分からない。「蝶の舌」は銀座シネスイッチで。小さい映画館ですから、直ぐに一杯になってしまう。

 同じ映画館でまぶだちが始まっていた。これもいつか見たい。


2001年12月05〜06日(水〜木曜日)

 辞書を引くと「パンドラ」には次のように解説がついている。

パンドラ (Pandora「すべての贈物」の意)=ギリシア神話中の人類最初の女性。プロメテウスが天から盗んだ火を人間に与えたため人間が高慢になったので、災いの詰まった箱をもたせて神が地上に送った女。彼女が好奇心からこの箱を開けたので、地上には不幸が広がり、”希望”だけが箱の底に残ったという。
 この中に出てくる「箱」が「パンドラの箱」です。青木建設の更正法申請は、誰が箱を開けたというより、市場原理から言えばいくつかの要因の積み重なりで開いてしまったという感じですな。その要因とは、「土建国家であった日本の、非土建国家への方向転換」「にもかかわらずの安易な企業経営」「解消されなかった過剰債務」「市場の評価のスパイラル的悪化」「ここに来ての官民両サイドからの不良債権処理方針」などなど。

 パンドラの箱が開くと、とりあえずは不幸がこの世の中に広がるという。企業の倒産は報じられた青木建設、鈴木書店以外にまだ続くのでしょう。株価の異常な低迷という形で市場の評価の低い銘柄は、受注も得られず、銀行信用も絞られる形で、危機に直面しやすくなる。昨日は友人の弁護士と話していたら、日本の経済環境は彼らの目で見ても厳しいという。彼らは事案の最先端にいるので、われわれより日本経済を現場で知っている。

 問題なのは、不幸が飛び出たあとの底に残る「希望」です。今までは予想された企業の倒産が起きると、株式市場はそれを評価した。しかし、6日の株式市場ではむしろそれまでニューヨーク高を好感して上げていた株価が、「青木建設破綻」で高値から反落した。「希望」を見たと言うより、「日本経済が直面する一段の不幸」をとりあえず見た、ということでしょう。

 しかし不幸が全部出れば、箱の底には確かに希望があるのでしょう。過当競争からの脱出、適正な利益率の確保。この構図は、日本の大部分の業界に言える。問題は、そこからはじき出されてくる企業や雇用の受け皿です。その議論が日本にはまだほとんどない。マイナス(不良債権)を処理しても、それだけで経済がプラスに動く力はない。今後の議論はその点に集まるべきなんでしょう。
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 ニューヨーク市場で、ダウ平均が10000ドルを、Nasdaqが2000の水準を5日に同時に抜いたあと、どうやら6日もレベルを維持した。良い指標が次々に出ている。

  1. NAPMの非製造業の景況指数が11月は51.3と10月の40.6から急激に上昇した
  2. 先週の非農業部門就業者数が大幅に減少した
  3. 10月の工場受注が7.1%も増加した
 など。最初の指数はエコノミストは43への改善を見ていただけと言うから、大幅な増加である。自動車が融資金利をゼロにしたことから、アメリカでは10月の小売売上高も良好だった。

 見ていると、同時多発テロで開いてしまったパンドラの箱から、アメリカは強制的に不幸を掻き出したように見える。戦力の一挙投入で。少し無理している。しかし、無理した分だけ、株の戻りは早かった、という構図。二つの国のタイプの違いです。


2001年12月04日(火曜日)

 サワコー・コーポレーションの大平純市社長ら4人の経営陣が逮捕されたことは、私にとっても非常に残念です。多分96年だったと思う。当時1年間だけ担当していた東京マーケットフォーカスというテレビ東京向けの番組でお会いしたことがあるのです。

 その時は、「建設業界のソニーを目指す」と仰っていたし、事実注目されていた。今回の逮捕理由は商法違反(違法配当)と証券取引法違反(有価証券報告書虚偽記載)容疑。当時はこの会社は景気の全般的な下降局面においても、順調な業績を保っていた。

 当時の資料を見ると、「サワコーは会社を興したのが平成2年。それからわずか5年で日本の店頭株市場に株式を公開。それが95年。5年で店頭公開というのは、伊藤忠の関連会社であるイノテック以来のスピード公開で独立系では最短スピードだという」というのがあった。96年はその直後でしたから、意気軒昂だったことになる。確か米Nasdaqにも上場したと思う。

 しかし多分それ以降、日本全体を覆った不況に洗われたんでしょうね。「98年、99年両年7月期に計約30億円の架空利益を計上して決算を粉飾」となっている。高くなった会社の評価を保ちたかったのでしょう。

 同社のホームページを見ると、「サワコーは生まれ変わる」と書いてある。そう期待したいものです。
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 本を一冊紹介します。慮る力。分厚い本です。それぞれの対顧客分野で素晴らしい仕事をしている人たちが、「どんな心構えで仕事をしているのか ?」ということを題材に、徹底取材した本。

 このサイトの持ち主は「今頃何をしているんだろう」という思いがこちらサイドで強くなる頃に、ぽこっと本を出してくる。今頃はもう次の本を企んでいるのでしょう。「慮る」というのは思慮の「慮」で、「おもんばかる」と読む。なかなか読めませんし、確かに死語に近い。

 不況の最中で、顧客とどう対面するのか、付き合うのか。確かに重要なテーマです。とても「そういう気持ちがないのではないか」と思っていた尊大な書き手が書いた本ですが、確かに隅々まで気遣いが行き届いている。やっと読み終えました。ちょっと時間がかかりますよ。


2001年12月03日(月曜日)

 エンロンの破綻から連想される「信用不安」の懸念が、どの市場で一番響き易かったかという意味では、やっぱり東京だったんでしょうね。日経平均は3.1%の下落。対して、欧州やニューヨークの株は予想されたほど落ちていない。ダウは90ドル弱の下落。

 これはニューヨーク市場の開場直前などにいくつかの良好な指標が発表されたことが大きい。イスラエルでの自爆テロ、エンロン破綻で大幅安が予想されたが、この発表を受けて欧州の市場は引けにかけて戻して、フランクフルトなどはほぼもちあい。

  1. 10月の個人消費の2.9%増加
  2. 10月の建設支出の1.9%増加
  3. 11月のNAPM指数の44.5%への上昇(10月は39.8%)
 個人消費の2.9%増は1959年以来の大幅なもの。自動車などに「金利ゼロ」の特別優遇制度がセットされていましたから、自然なものではない。建設支出の増加は、金利の低下を好感したものでしょう。

 市場に一番驚きをもたらしたのは、やはりNAPMの指数反発。さらに悪化を見ていた向きも多かった。この数字に関しては、ウォール・ストリート・ジャーナルなどに以下のようなコメントが掲載されている。

 After absorbing last month's aftershock of the terrorist attacks, the manufacturing sector showed surprising resilience in November

 The deterioration in manufacturing appears to be slowing quite dramatically

 この数字の中でも特に注目されるのは、the new orders component が過去にもあまり例のない10.5%の増加になったこと。これは生産活動がテロ後の落ち込みから急速に回復していると見ることも可能である。

 それにして景気の分岐点である50を下回っていることには変わりはないわけで、これで16ヶ月連続の50割れ。拡大を確認できるのはちょっと先と言うことです。

 あと気になったニュースは、マイクロン(アメリカ)のハイニックス(韓国)との提携。提携と言っても、マイクロンがハイニックスの全13工場を買収するという内容で、世界の半導体メーカーはまた一つ減りそう。
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 ところで、昨日は久々に為替の世界の人々とのパーティーがあり、私も参加しました。懐かしい人もちらほら。一番懐かしかったのは川上さんですかね。全く変わっていなかった。お互いに「変わっていない」とかいう話になって。

 でも、入社2年目ですなんて人は私は知らない。そういう人とも名刺交換が出来たのは良かった。最近はこういうパーティーが減っているそうで、企画・実行に漕ぎ着けた担当者の努力には大変なものだったのではないかと思います。


2001年12月01〜02日(土〜日曜日)

 Kimuraさんなどに教えていただきましたが、この記事などからも明らかな通り、悪質なワン切り電話にコールバックして女性のあえぎ声などを聞いても、ダイヤルQ2の料金は発生しないようです。なぜなら、それはQ2ではあり得ないようで、上記の記事には次の指摘がある。

 NTT東日本によると,「携帯電話からダイヤルQ2にかかることはない。またダイヤルQ2はすべて0990から始まる番号で,03番号はあり得ない」。またNTTではダイヤルQ2以外にも,03番号を対象とした課金代行サービスを行っているが「ユーザーから登録があった場合のみ行う」(NTT東日本広報部)としており,知らぬうちに料金が発生することはなさそうだ。
 コールバックしても別途10万円の請求が来る可能性は薄い、というのは私の判断通りでした。ということは、コールバックした私にかかってくる請求は、5秒分の一般電話に対する携帯からの通話料金ということです。

 案内テープの次の段階に進んで、自分の名前や住所を言ってしまった人は、ちょっとまずいですな。まあそんな人は少ないのでしょうが。まあ私のようにワン切り攻撃につい応答してしまっても、直ぐに切った人は実際に大きな迷惑を被る可能性はごくごく小さい、ということです。



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