2000年10月27〜28日(金〜土曜日)

 ははは、ラッキー。全く予定していなかったのに、あるお方から木曜日ごろに「土曜日は...」とお誘い。そりゃ乗りますよ。夕方馳せ参じました。4時半に着いたのですが、ドームホテルの一階で時間を潰して、球場に入ったのは5時半くらいでしょうか。第一戦に比べて観客の数は少なかったが、盛り上がりはむろんのこと第六戦の方が凄かった。
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 それにしても優勝した巨人のことより、見ていて最後は松中がかわいそうになりました。疲れていたんでしょう。オリンピックにも出て日の丸も背負った。一緒にチームを引っ張ってきた小久保は試合に出られない。引っ張らねばならないのに、打率は0.069から最後は0.050に限りなく接近した。どこか体が悪かったのではというほど悪い。

 四番候補者が一人は19打数1安打、もう一人が全試合のうち半分ほどしか出場できないのでは、ダイエーの勝ち目はなかった。城島の打順をもっと上げる手もあったと思う。4番も面白いと思った。シーズンで一度も試してないから、王さんはしなかったのでしょう。

 城島は顔も不敵で、出てくると「何かしそう」な印象の選手だった。「何かしそう」という意味では、広岡前西武監督が同じせりふを今は解説者の巨人の中畑に使ったのを覚えているが、城島はまた別の意味で常に何かしそうな選手だった。

 巨人の中畑は熱かったが、城島は実に「クール」でホームランを打った後の走り方も、どちらかと言えば下を向いてたんたんと走る。中畑が繰り返したようなバンザイ\(^o^)/はなし。小さなガッツポーズがあるだけ。おそらく、ダイエーの選手の中で巨人が「欲しい」と思ったのは城島でしょう。しかしああいう選手がパからいなくなることは、パリーグのリーグとしての不成立を意味すると思う。もう一人ダイエーに城島がいたら、巨人にとって手強い相手だったと思う。

 巨人の優勝のポイントは、結局「選択肢の多さ」だったのではないか。ダイエーは先発が引っ込むと、もう「湯上谷」だとか「坊西」だとか、私が知らないだけかも知らないがちょっと力を想像できない選手が出てくる。

 逆にジャイアンツでは、昨日は清水が一度も打席に立たなかったし、投手のコマも一杯余っていた。打順の組み替えも自由自在だということだ。高橋や江藤が打てなかった(良い当たりはしていた)が、仁志は元気だったし、清原も存在感があった。なによりも松井は期待に応えてくれる打者として存在した。「コマの数」は圧倒的にジャイアンツ優位だった。
 点差があったこともあって、選手起用もジャイアンツは余裕があった。守備の良くない清水を最後はレフトに起き、投手には平松を出して岡島に締めを任せ、マルチネスに打順を与え、元木をサードに回し。今年活躍した選手に場所を与える一方で、次の時代への布石も打った。つまり、「〆」を作った。

 優勝パレードは先頭に小さい旗、その後に大きな旗が出たが、最初の旗には私の記憶だと、長島監督、原コーチ、武上コーチ、斉藤、桑田、清原、それに松井がついていたと思う。来年は桑田はどうでしょうか。今年もシリーズは出番はほとんどなかった。

 面白かったのは、球場で声援が一番大きかったのは、実は清原だったことだ。松井よりも、高橋よりも。彼も成長したもので、観客はそれを見ていたのかもしれない。あの姿勢だと来期はやるかもしれない。


2000年10月26日(木曜日)

 「PARC technologies have changed the world」とこの研究所のhistoryのページには書いてあります。読んでいくと、我々が便利に使っている多くの機器、例えばマウス、デスクトップ上のアイコン、Ethernetなどなどがこの研究所から直接、間接に生まれていることが分かる。嚇々たる、世界に誇れる研究所だということです。

 研究所の正式名は、Palo Alto Research Centerで、親会社はコピー機の代名詞にもなっているゼロックス。「ホンダ」という会社名が例えばベトナムでは「バイク全体」を指すように、ゼロックスはよく知られているように、コピー機の代名詞になるような世界に冠たる会社だった。

 しかし、そのゼロックスが「身売りか」「破産か」の騒ぎになっている。ここ数日おりを見てはこの会社がなぜ行き詰まったかを調べていたのですが、いろいろなことが分かってきたし、日本の大会社の多くが直面しているのと同じ問題がこの会社にあったことが分かってきた。ここで詳しく書く気はないのですが

  1. 技術革新によりコピー機とプリンターの境界が曖昧になる中で、新しい参入業者に次々に攻め込まれ、その中で汎用製品の価格体系が大きく変わった
  2. にもかかわらずゼロックスの意志決定は遅く、市場構造の変化についていけなかったし、コスト削減努力も中途半端だった
  3. せっかく素晴らしい研究所(PARC)があるにも関わらず、その研究成果を新製品にすることがうまくできなかった
 などなど一杯浮かんでくる。いろいろな資料を読んでいると、面白い話が結構出てくる。割高な大型のゼロックスが得意としたコピー機の市場は徐々にヒューレット・パッカードが得意とする割安なプリンターや小型コピー機に移ったが、それまで同社にとって宝だったゼロックスのセールス・フォースは新しい技術やその用語に関して知識もなく、顧客の前で説明もできないような状況に立ち至っていたという。

 言ってみれば、同社が抱えていた設備も人材も「陳腐化」したということである。しかもそのスピードは著しく速かったということだ。マネッジメントは自分たちが最も陳腐化していることに気づいていただろうがそれには目をつぶったし、会社のコースを変えることもしなかった。

 今週火曜日にゼロックスが打ちだした再生策は、1)10億ドルのコストカット 2)資産売却による20億ドル〜40億ドルの調達ーーというものだった。しかし、市場はこの再生策を買わなかった。「抽象的」「曖昧」との判断。

 富士ゼロックスの持ち株の売却に加えて、Palo Alto Research Centerの売却も噂に上っていたが、この研究所に関しては「共同経営相手を捜す」ということでまだ維持したい意向のようである。なぜなら、「この研究所は我々にとって未来そのもの」というゼロックス・サイドの思いがあるからだという。

 しかし、それも思い通りに行くかどうか。アメリカではJPモルガンがその輝かしい歴史に実質的に幕を閉じた。日本も動きが激しいが、それはアメリカも同じ。基幹的技術がアナログからデジタルになり、そこに規制緩和が重なっている。まだまだ時代の変化についていけない会社は、世界中で出てきそうである。


2000年10月25日(水曜日)

 以前から限られた一部の方に、「ycaster@gol.com」に「メールを送るのだが、返送されてきてしまう」と言われていた問題を本日は徹底的に調べてみました。ほっておけないと思ったからです。そして、結構複雑な背景があることが判明した。分かったのはこういうことです。

  1. 10月5日に私が使っているプロバイダーのグローバル・オンラインはメールサーバーのアップグレードを行い、その一環として顧客サービス向上の観点からSPAMメール排除のシステムを導入した(SPAMメールとは、望んでもいないのに勝手に送られる主に営利目的の広告・ダイレクトメールを指す)
  2. 具体的には今までSPAMメールの送信源になったか経由ポイントになったメール送信サーバーから出たメールは、グローバル・オンラインのメールシステム使用者には渡らないようにし、直ちに返信されるシステムを採用した
  3. そのSPAMメールの送信源、または経由サーバーの認知については、この組織にその旨登録されているIPアドレス所有サーバーを対象とし、そこから来るアドレスを持つメールは排除することとした
 ということだったのです。ちょうど私が自分のメールシステムの変調に気づいたのが今月の初めですから、時期的に合致している。で、メールが行かないといっている人のアドレス(@マーク以下)を調べてもらったら、実際にこの組織の「SPAMメール発信源、経由サーバー」に入っていることが分かった。

 でプロバイダーに聞いたのです。では、この組織は何を基準にその旨の登録をするのかと。それは寄せられるクレームなどを参考にして決めているというのです。正直言って、私のところに「メールが返信されてくる」と言ってきた二つの送信元は両方とも立派な会社で、むやみやらたらにSPAMを出すようなところには見えない。しかし実際にはSPAMメールの発信源・経由ルートに指定されている。

 考えると、問題があることはすぐに分かる。サーバーを経由するメールの数は数えきれない。ある時点でそのサーバーが発信源になったり、経由ポイントになったとしても(SPAMの)、普段はごく普通の、かつ重要なメールの発信・経由をしているのかもしれない。それまで排除するのかと。この組織に危険サーバーとして登録されてしまっているかはこのページで調べるのだそうです。

 この問題はまだ私としても調べ始めたばかりで、よく分かりません。しかし、何かおかしな「顧客サービス」だと思うのです。プロバイダーの人間とはかなり言い合った。要らないメールなど、来ても読まずに捨てれば済むこと。重要なメールが一件でも落ちることの方が問題だと小生などは考える。しかしプロバイダーはそうは考えていないようだ。

 この組織がどのくらい権威があって、世界でどのくらい信頼されているかは知りません。もし信頼されているとしたら、ここに登録されたことはメール業務に大きな支障をきたすことになる。なぜなら、私が使っているプロバイダーのようなシステムを取るところは今後増えるかもしれず、その場合はメールは相手側に到着せずに排除されてしまうからだ。

 というわけで、今のところ私の所にメールが届かなくなったと言ってきているお二方には事情を説明して、この組織のリストから外してもらう努力をしてもらう一方で、私の方としてはそういう障害のないNIFTYのメールアドレスをycaster@nifty.comとして別名で作りましたので、グローバル・オンラインへのメールがリターンされるようなら、NIFTYの方にメールを頂ければと思います。

 それにしても、このSPAM防御システムでの問題といい、ラップトップの一台が safe mode でしか立ち上がらなくなったりとか、ちょっとコンピューターがらみで問題にぶつかってます。困ったもんだ。


2000年10月24日(火曜日)

 面白い言葉を聞きました。「エコノミークラス症候群」。ツアーで飛行機に乗ってエコノミークラスに乗る。遠距離だと長い時間座っていて動かない。あまりトイレにも行かずに、やっと到着して動く。その時足の血管の中に出来た血栓が動いて心臓に負担になり、それがもとで急死する。

 金曜日の自分の出番でないときも「聞く新聞」という形でくこの番組をなるべく聞いているのですが、今日の現場にアタック(番組の一コーナー)は面白かった。まあ「エコノミークラス症候群」というのは飛行機はエコノミークラスにしか乗らない人には失礼な話なのですが、要するに長い時間狭い席に座って動かない(遠距離バスでもなんでも)と足に血が貯まってそれが血栓になり、それがのちの大事のもとになるという話。

 実際に死者が出始めているのだそうです。40才以上の女性に多いらしい。防止策は、適当なインターバルを置いて動く、水分を補給して血液の濃度が上がるのは避ける、利尿作用があるお酒はあまり飲まず、飲むときにも途中で水分補給をしながら飲む....などらしい。

 私はどちらかというの飛行機に乗ってなるべくアイルを取って歩き回る方ですが、見ていると本当に動かない人がいる。まあああいう人は動いた方がいいよ....っていうことですな。英語ではなんていうんでしょうね、「eonomy class syndrome」ってわけですか。


2000年10月22〜23日(日〜月曜日)

 ひっっさしぶりに、メチャ初歩的な質問をうけちゃいました。昔の上司の山口さんが会社を変わって運用のトップになられて数ヶ月。やっとインターネット環境をゲットしたんですね。名刺に書いてあった私のURLを見つけて、サイトを見つけようとした。

 しかし、どうも話を聞いているとURLとメールアドレスの区別もまだよくおつかみになっていなようで、直接私の所に電話で聞いてこられた。最初からURLを打つのは大変そうなので「ヤフーで私の名前を入れれば出てきます....」とか言っていたら、どうも最初英語のヤフーに行ったらしくて、出せない。

 日本語のヤフーサイトを見つけたが、今度は日本語が打てない....とあれやこれやしていると時間がたつので、ちょっと詳しい人を電話口に呼んでもらって打っていただいた。そしたら出来たようで、良かった良かったという話ですが、まあこんな風景が日本中で展開しているのでしょうね。

 今結構パニックになっているのは学校の先生だそうです。保健の先生も、図工や音楽の先生も他人事だと思っていたPCをこなさなければならなくなった。時代は見えていたのだからやっておけば良かったのに.....なんて思うのは僕らだけなんでしょうね。

 山口さんがこの文章を読んだら、きっとメールをくれると思うのですが。彼のために、まあ一種の刺激剤です....この文章は。σ(^^)
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 中国で「足裏マッサージ」が気持ちよかったので、日本でもと思って赤坂の「Queensway」という店に入って一時間ほどやってもらいました。興味の対象は、どう違うかでした。

 イギリス式の方がなるいと聞いていたのですが、その通り。中国でやってもらったのは本当にきつくて、効きそうだったけれどもなかなか眠れない痛さ。しかし、イギリス式は「痛くなくても効果はあるはず」という問題意識から始めたようで、つい気持ちよさに寝てしまう程度。実際ずらっと並んでマッサージを受けるのですが、ほとんどの人が寝ていた。

 効果のほどは少し立ってみないと分からないのですが、足が軽くなって気分が良くなるのは確か。酔っぱらいは駄目とかいろいろ条件があって、まあ時間がある人は行ってみると良いと思います。


2000年10月21日(土曜日)

 ほんまに長島さんという人は意外性のある采配をします。工藤、木村とつないだあと、同点の時点で槇原が出てきたときには球場全体がどよめきました。ここ数日の調子は良かったのかもしれないが、ノミの心臓で、かつ後半戦はほとんど投げていない。「打たれそうだな....」と思ったら、案の定打たれた。

 その采配もそうだが、ジャイアンツの敗因は実は一回の清水のバンドミスにあったように思う。その回は松井のホームランで点が入ってミスは結果的には隠れた形となったが、あれでジャイアンツが最初にミスしたチームになった。清水はその後もチャンスで凡退し、かつ9回表のレスト前のヒットをどうみても感心しない返球で走者セーフで1点にした。

 逆に王ダイエーは継投もばっちりいったし、結果論なのかもしれないが日頃はとても打てないニエベスのホームランまでおまけについて、良い勝ち方。王さんがインタビューの時に本当に嬉しそうだったのは、望外の喜びと言うことでしょう。ジャイアンツのオーダーでは清水より、元木の方が良かったのではないかと思う。元木が居た方が、打線にえもいえぬ膨らみが出来る。

 ダイエーの選手達がどう考えているか知りませんが、「藤井」選手の遺影がベンチに入っていたそうだし、外野のダイエーの応援席にも「藤井 15番」という横断幕が出ていて、影ながらダイエーの選手達に力を与えていたように思う。あとは工藤とダイエーとの因縁めいたものがやはりあったと思う。ダイエーの選手達は、工藤を打ちたくて打ちたくて仕方がなかった。そしてそれが出来た。これは大きい。

 ホームランは全部で4本出たが、一番らしくないそれは城島の2回のホームラン。完全な内角低めのボール。まるでヒッチング・ウェッジを引っかけて打ったような感じでボールは勢いよく飛んでいってスタンドインした。
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 長島さんが面白いと思うのは、大方の人が過去4年間ほど「初戦を勝ったチームがシリーズを制している」というファクトなどから「初戦大事」という主張なのに対して、どうも第二戦が重要だと考えている節がある。だから彼の気持ちの中では、「これで五分」くらいの気分でいるかもしれない。過去4年も続いたら、今年は違うと考えるのも一つの見方で、私も実はそうではないかと思っているのですが。

 ジャイアンツでは槇原を今後使えなくなって、元木のような選手をどう使うかが焦点になりそう。清水は不調になると長いので、使わない方が良いと思う。あとはジャイアンツにとっては、工藤と清原と高橋のホームラン待ちということでしょう。今のままでは打線が完全に寸断されていた。ホークスは序盤でリードをどう取るか。

 まあでも、一方的なシリーズ展開にはこれでなりそうもなくなった。面白いシリーズが待っていてくれそうです。いつもは試合が始まってもなかなか一杯にならない東京ドームですが、今日は最初から一杯だった。楽しみにしていた人が多かったと言うことでしょう。


2000年10月20日(金曜日)

 「ポケベル系」って言うんですかね、表現方法が。もう既に立派な起業家になったこの人とメールをやりとりしていたら、その中に

110さんへ

 せっかくお誘いいただいたのですが、xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx
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7110より

 というメール。なんじゃこの「110」と「7110」はと思って聞いたら、「110」は「イトウ」と読み、「7110」は「ナイトウ」と読むらしい。

 そういえば、その昔に「ポケベル表記」というのを見たことがあるが、i mode で携帯メールが全盛の今の時代に、今時こんな記号を使っている連中がいるのかいな.....と。「110」ね。うーん、100点満点にまだすこし10点付いている感じがいいな....。あとは吉沢「4438」なんてのもあるらしいが、「110」のワンテン、one tenの方がシンプルで、秀逸な表記ではある。
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 千代田の次は協栄。為替の時代にお付き合いのあった生保が次々と更正手続きに入った。選別なんでしょうな。雑誌で「この生保は....」と名指しされて、もう一方がいくともう耐えられない。契約は減り、不安感は高まる。going concern としては存続が難しくなって、更正手続き入り。結局体力勝負だったということです、生保の現状は。

 銀行の再編が終わり、生保、商社と次々に再編、淘汰の時期を迎えている。商社では伊藤忠と丸紅が鉄鋼部門の統合方針を打ち出した。大阪の糸へん商社の二つの鉄鋼部門は上位他社に比べればやはり弱かったということでしょう。

 金融の世界では one stop や full line 中で統合が大きなテーマだが、もともと雑多な業種の集まりである商社では、分社や総合からの脱皮が課題。鉄鋼が新会社に移ると、伊藤忠と丸紅は三井、三菱の両商社が形態として残る「総合商社」の仲間からは外れることになる。

 しかし「総合商社」で居続けられるかどうかなどという問題は大したことではないように思う。合わなくなった器は捨てれば良いと思う。問題は、器の中身だ。


2000年10月19日(木曜日)

 本当に、下げるときの勢いが強くてそれに付けられる理由も派手なら、相場が反発するときの材料も明確で、上げ幅も派手ですな。

 携帯電話もいろいろ言われて、目標に行かないかもしれないという理由で売られていたノキアの株は19日の欧州市場の午後の取引で同社が純利益(net income)42%急増(13億4000万ユーロに)と発表した後に急騰。

 同社株価はストックホルム取引所では75.50クローネ、25%も上昇して378.50クローネに、ヘルシンキ取引上では8.39ユーロ、23%上昇して44.20ユーロとなった。

 19日の欧州の株価指数の引けを見るとまだ下げで終わっているところが多く、ノキアの株急騰は欧州のハイテク株を押し上げただけで終わっているが、ニューヨークは違ったようでハイテク株が急騰したのに連れて、ダウも急騰。まだこれは引けの最終数字ではないのでしょうが、朝のヤフーを見るとが 10120.78で +145.76 (+1.46%)、Nasdaqが 3418.60で実に +247.04 (+7.79%) 。

 昨日の東京市場の寄りつき時と違うのは、出来高が多いこと。ニューヨーク証取は 13億株、Nasdaqが 23億株。最終的にはもっと増えるでしょう。まあでも、これで世界的なハイテク株のバリュエーション調整が終了したとは思わない。

 株価というのは、常に揺れながら適切なバリュエーションの在処を探す市場ですが、アップルのようにPERが10倍そこそこの銘柄も増えていた。従って反発に転じたら、上げも激しいと言うことです。先週は金曜日にニューヨークの株は大幅高になった。今週は週としては一日早く木曜日に来た。

 週初、週央に下げを懸念して、週後半にはちょっと安心.....。週末(土日)には「でも本当に大丈夫だろうか」と考え直すことの繰り返し。まあ今後の展望はもうちょっと市場の分析をしなければなりませんが。


2000年10月18日(水曜日)

 最近読んだとても面白い本を紹介しましょう。「ネット起業 ! あのバカにやらせてみよう」(文芸春秋社)。ネット関連の本は何冊も読みましたが、ここには「生身の人間」の勇気(時に蛮勇)、思い切り(時に思い込み)、逡巡(時に決断)、賢い経済行為(しかししばしば愚考と愚行)、そして失敗(時に成功)がある。

 「熱」をもった時代というものは確かにある。そして、熱をもった連中というものもいる。日本だったら80年代後半のバルブの時代は、言ってみれば国全体が熱を持っていた。熱がなければ、朝1億円で買った土地が夕方には1億5000万円で売れることはあり得ない。

 90年代は日本は「失われた10年」と言われる。国全体は沈滞していた。しかし、熱を持った連中はいたし、彼等が放った熱の成果は今我々の生活の一部になっている。むろん、アイデア倒れに終わって消えた連中もいるが、彼等の失敗は何らかの形で次の動きにつながっている筈である。i mode のように時代の熱を見事に結実させ、それが次の熱源になっているケースもある。

 この本は90年代の冷えた日本にもあった「熱」、そして時に「狂気」(良い意味で)を良く伝えている。筆者の性格にもよるだろうが、あくまでここに登場するのは技術でも、企業でもなくそれを操り、操られた人間というわけだ。

 この本を読みながら、「信長と家康」、「大企業とベンチャー」などいろいろなことを思った。ベンチャリストはどう見ても「信長」タイプが多い。とにかく彼等は走る。大企業に囲まれた、そして誰にも先が見えない環境の中で走らなければ潰れるから、アイデアでも資金でも走る。しかし、自分(ベンチャリスト)が思うほどには、作ったばかりの会社も、思いを入れた顧客も、そして時代も動いてくれるわけではない。ベンチャリストのほとんどは「家康」にはなれない。

 この本を読んでいて感じたのは、一種のセピア色の「懐かしさ」である。「そういう時代もあった」という。ビッドバレーという言葉もあった。しかし、どこか一昔前の言葉に思える。ドッグ・イヤーの世界では、人々の認知が完了する前に既に色あせる言葉もある。

 これは逆説的だが、ネットワークは経済の生産、流通、消費の一連の流れの中にあって新しいルートの創造であって、本来的に在来の生産、流通、消費の流れの中にいた企業の方が最終的には成果が大きく出る可能性が高いと思う。ネットは革命といわれているが、それは新しいデジタルという道の創造のプロセスである。だから、「経済は180度変わる」と考えたらたぶん間違える。

 この本が扱っている時代が既に「セピア」に見えようとも、この本の生々しさが少しも減じることがないのは、筆者が取材対象とした人々の心象風景がこの本には良く現れているからだろう。経済本のタイトルとして既に珍しい、「このバカやらせてみよう」という二つの単語が出てくる。

 本文を読んでも生々しい言葉が続く。たぶんあの時代のベンチャリスト(時にはそう呼ぶには怪しすぎる連中)の心象風景は穏やかなどというものではなく、きつい言葉が飛び交うものだったに違いない。筆者は年齢的にも彼等が近いが故に、その雰囲気を十分に吸ってこの本を書いた。

 出色のベンチャーものであり、「日本にもこんな連中がいたのか...」とちょっと安心できる本でもある。推奨します。


2000年10月17日(火曜日)

 時事通信が i mode に「イスラエルとパレスチナ、暴力停止で合意」と流したのが午後7時52分。ちょうどむさし府中で講演中で、このニュースを会場に来ている方々に伝えたら、「w(゚o゚)w オオー!」という歓声。ディーリング・ルームに長くいた人間には、別に珍しいことではないのですが、ニュースの速報というのは一般の方は感心するんでしょうね。

 しかし、合意内容やその発表の仕方(クリントンが読み上げただけ)を見ると、クリントンやムバラクの顔を立てる中身のない合意だとすぐ分かる。大体が、アラファトはパレスチナ各派、紛争地域の民衆に対してどのくらいの指導力を持ち合わせているのか不明。

 悲しいことだが事実として、パレスチナのサイドにも、イスラエルのサイドにも「和平」が完全達成されることを快く思わない連中がいるし、そうでなくても度重なる衝突と流れた血の量に比例して敵愾心は蓄積されている。どう考えても一筋縄ではいかない。

 しかし逆に、では彼等が双方どちらかが死滅するまで戦うか、経済的収入がなくなるまで石油を武器に使うかというと、そうでもないように思う。紛争の火種を残し、適当なインターバルを起きながら敵対して血を流しつつ、しかしどちらの民族も生き残っていくというルートではないか、と。そういう意味では、中東を見る世界の目は「楽観」と「悲観」に振れすぎる、と思う。


2000年10月16日(月曜日)

 思わず足を止めちゃいましたよ。月曜日の夜、食事をして二人で銀座を歩いていたんですな。ぶらぶら。はっと見たら博品館を過ぎて銀座四丁目に向かう道の左側に占い師。9時を過ぎていましたが、これから仕事を始めようとしている。

 見たらその人、40代の昼間はサラリーマン風。いつもの道具の他にA4のラップトップを開いて机の上で起動し始めた。二人で「ぎょ」ってなもんですな。しばらく二人でちょっとその話をしたあと、好奇心の強い私はその人に近寄って、

 私  :「突然で済みませんが、それって仕事(?)に使っているのですか.....」

 占い師:「はい、そうです」

 私  :「珍しいんじゃないですか.....」

 占い師:「私が最初かと思ってはいるのですが....」

 私  :「その中に、占いのソフトでも入っているのですか....」

 占い師:「はいまあそうですが.....」

 私  :「失礼ですが、昼間は何をされているのですか....」

 占い師:「いや、普通に働いていますが....」

 私  :「だって、知っている人が前を通ったりしません....」

 占い師:「いや、ちょっと遠ですから....田舎者です....」

 聞き忘れたことがありました。PCを開いていると客の集まりは良いかどうか、それにバッテリーはどうやって補充しているのか。いろいろな人が、いろいろなことを考えるものですな。


2000年10月14〜15日(土〜日曜日)

 月曜日の朝、ぎりぎりまで粘ってワールド・シリーズへの出場権をかけたアメリカ・リーグのマリナーズ対ヤンキースの試合を衛生放送で見ていたら、出てきました。佐々木が8回の表、一死一塁で。

 初めて見ましたが、退場したローズというピッチャーには気の毒なのですが、観衆は佐々木を迎えるに当たってスタンディング・オベーションなんですな。球場の電子掲示板には「DAIMAJIN」「KAZMANIA」の大きな文字が踊り、テレビに映った子供の頭には「三振」と書いたはちまきがまかれている。観衆の中には、日の丸を上げるアメリカの連中もいた。

 伊良部がニューヨークでデビューして何回か勝った後、やはりスタンディング・オベーションが発生したのを見ましたが、佐々木の場合は毎回ああいう形で迎えられているのでしょうか。あそこまでメジャーに一年目でとけ込めば、大成功だと思う。

 マリナーズは対ヤンキース戦で初戦は勝利、第二戦は負け、第三戦も負け、第四戦が負けで、ニューヨークの新聞には「この時期になるとヤンキースは俄然それらしくなる。今回も一直線に出場権を確保するのでは」といった記事が載っていた。

 で第5戦を注目していたのですが、マリナーズは5回だかにそれまでの劣勢をはねのけて一気に逆転。これから敵地に乗り込む不利な形は変わらないものの、シリーズの成績を2勝3敗として希望をつないだ。第6戦はいつやるのかと思ったら、さすがに一日置いて17日で、午後8時12分からとある。

 西海岸と東海岸では当然ながら西が遅れている。そこから東に移れば選手は5時間は紛失する。つまり、同じ時間(例えば夕方6時からとか)にゲームが始まるとしても一試合3時間かかるとすれば、仮に翌日にまた試合という設定だと、試合が終わった時点から15時間後にはもう次の試合が始まると言うこと。その前に練習もしなくれはならない。寝る必要もある。

 大リーグでは移動日をあまり取らないケースもあるから、そう考えると確かにきつい。毎回試合に出る野手のレギュラーは本当に休む暇もないのでは。イチローはなかなか大変な挑戦を始めようとしているのだと思う。それにしても、佐々木の連続セーブは凄い。

 もう一方のナショナル・リーグではメッツが勝ってあと一勝でワールド・シリーズ。ヤンキースもそうで、残念ながらマリナーズが負け、メッツが予定通りリーグを制することになればワールド・シリーズは「subway series」(二つの球団・球場は地下鉄でつながっている)。また眠い季節が巡ってきたというわけです。


2000年10月13日(金曜日)

 「イチロー」を見るといつも、「薄いな....」と思う。中味の事ではない。中身は濃いし、厚い。記録を見れば一目瞭然である。昨年までにプロ野球初の6年連続で首位打者を獲得。今シーズンは8月27日のロッテ22回戦(神戸)の試合中に右わき腹を痛め戦列を離れていたが、すでに規定打席には到達しており、打率3割8分7厘で7年連続首位打者を決めている。足もある、肩もいい。

 何が薄いかと言えば、胸板である。マクガイヤーやソーサの胸や上半身を見れば分かる。イチローにはあの分厚さがない。日本のプロ野球選手の中でも、イチローは胸が華奢な方である。近鉄の中村は分厚い胸をしている。

 その胸板の薄い「イチロー」の打撃は、実際に見ると弓がしなるように綺麗である。実物を見たのはオリックスとスワローズが日本一を争った日本シリーズでだったが、その時見たイチローのホームランは今でも忘れない。弓のようにしなった打者から糸を引くような打球がライトに飛んで、そしてスタンドインした。走る姿も、アメリカ人の野球選手のそれではない。

 「薄い」ということから、イメージがだぶるものを思いついた。これをアメリカにもっていってちょっとした場所で使っていると、必ず一人や二人は「What a beautiful machine....」「What a cute .....」といって近づいてくる。日本製の特にB5のラップトップ・ノートパソコンである。あれは「Made in America」にはない。

 だから私は思う。イチローは大型のデスクトップが主流のアメリカの野球界に乗り込む、日本製のB5ラップトップ・ノートパソコンだと。高性能である。しかもかわいい。しかし、どこか華奢、いやフラジャイル(脆弱)と言った方がいいかもしれない。

 だから、ヒットさえ出ればアメリカ人の目に日本製の小型ラップトップは大いに受けるのではないか。出場し続けることが出来さえすれば、人気も出ると思う。あの打撃のうまさはアメリカではあまり見かけない。

 問題は、いつも電源を入れてもらえる状況に置かれるかである。日本ではイチローにとって打順は3番か4番が定位置だった。でなければ、1番。つまりレギュラー。いつもで電源が入って、使われていた状態である。

 では、アメリカではどうか。どの球団に行くのか分からないのでなんとも言えない面があるが、3、4番はどうだろうか。パワーが足りないように思う。1番は適任のように思える。しかし、大リーグではいつでも外野は強打者の定位置だ。彼は、何せ華奢なB5のラップトップである。

 ネットワークの世界では、ラップトップはまったく問題なく通用する。しかし、人と人がぶつかりあう野球という世界では、どうだろうか。応援したいし、日本の球界が寂しくなるなどという議論は意味がない。イチローには自分の未来を選ぶ権利がある。

 だから思う。「オーイ、日本製B5ラップトップ・ノートパソコンよ ! きばりんしゃい...と」。


2000年10月12日(木曜日)

 ところで、先日登場してもらった白塚さんが、英エコノミストに登場しています。知っている人物が、日本の紙誌のみならず海外の雑誌、新聞に紹介されると言うのはなかなか良いものです。

 日銀のディスカッション・ペーパーや論文は英語に翻訳されるので引用される。日本でノーベル賞受賞者がなぜ少ないかという話になるときに、必ず「独創性が足りない」といった話になるのですが、そもそも論文が英語に翻訳されることがなくて、またはあっても遅くて、それだけの理由で論文、それを書いた筆者が国際的に認知されることが少ない

 私もそうですが、自分が書いた文章の英語化というのは日本人全員が直面する技術的な問題なんでしょう。


2000年10月11日(水曜日)

 株が下がり始めると、「もう、この世も終わりか」といった報道が現れる。そして、その次の日に株が上がると、何もなかったかのように世の中の関心は他に移る。ある日に円が99円になったとする。マスコミは大騒ぎだ。次の日に104円になったとする。人々は直ぐに忘れる。

 株が上がり続けるのが悪いのと同じように、株が下げ続けるのも良くない。しかし株にはハンドルの遊びのようなところがいっぱいある。例えば、自分の自己資金の全部を株につぎ込む人は少なく、余裕資金の一部を投資している人が多い。その部分が増えたり減ったりするのは、その人にとっては「遊び」である。

 機関投資家は銘柄選択が、そして運用そのものがめんどうで、「プロ(?)に任せた方が」という人のお金を集めているが、運用者は真剣にやっているにしても負けたから死なねばならないという問題ではなく、その人の人生プロセスの一部としてあるに過ぎない。その後もその人に、その機関にお金が集まり続けるのかという問題はあるが、その時点では「まけちゃったな」「今度はうまくいった」という世界の話である。

 株と実体経済をあまり直接的に結びつけると間違うことが多い。経済が一瞬のうちに化けると言うことはない。なかなか変わらない多数の人間が作り上げているのが経済だから、一足飛びということはなくて、そう見えても実際にはそうではないことが多いからあとでそのツケは必ず回ってくる。急成長には歪みがあり、望みのないように見える不況もその次の拡大の用意をしている。

 しかし、株には「一足飛び」がある。昨年の11月の上げは一足飛びの上げだったし、最近の業績見通しがある度に50%(アップル)とか20%(ルーセント)と下げる株は一足飛びの下げである。しかし、それでその会社の命運が尽きるわけでもなく、人々の消費行動が直ちに変わるわけでもない。

 相場そのものにとっては上げ下げそのものが重要だが、経済との関係で見ると相場で重要なのは、「持続期間」と「上げ下げが残すもの」である。ある日突然円高になってマスコミが騒いでも次の日に戻れば、オプションのトリガーを除けばそれほど大きな実体経済への影響は少ない。その相場で出来る契約が少ないからである。ある相場水準は一定期間続くことによって実体経済への影響が出てくる。株式相場もそうである。

 株式市場の上げ下げにとっては、「それが残すもの」、下げの場合は「澱」として何が残るかが重要である。上げ続けてそれにともなって資産効果で消費が基調的に増えれば、そこで初めて実体経済への大きな影響が出る。下げを見る場合はいつ逆資産効果が起きるか、どのくらい不良債権が残るかが重要だ。

 ニューヨークや東京、それに世界各地の株の下落をどう見るのが自然だろうか。3000というNasdaqの水準は過去のレベルと比べてそれほど割安だろうか、それとも割高だろうか。グリーンスパンはどう見ているだろうか。二人の大統領候補は。Nasdaqが2500になったら、本当にアメリカ経済の健全度は損なわれるのだろうか。東京市場の株価にどれほど下げ余地があるのだろうか。日本が発動できる政策余地は何があるだろうか。

 少なくとも言えることは、「今の市場では、short (カラ売り)の成功体験の集積」がある、ということだ。世界的に。売りから入っている人が儲かっている。著名な米ハイテク銘柄が一日に最高50%も下げる市場なら、「ばからしくて買ってられない......売りからだ」という投資家が多くなる。業績が良くても、「売りの成功体験」がある市場では、怖くて買えない。しかし、エコノミストと言われる人たちの中で、市場にカラ売りから立ち向かえる人は少ない。自分が理解できないことは、「大変なこと」になる。

 テレビでも何でも株式に関する番組、特集を見ると「狙い」「推奨」と買いばかりを取り上げている。まるで株式市場では「買い」以外は道徳的ではないような風情である。しかし、株式市場はラフに見ても51%の上げ局面と49%の下げ局面で出来上がっている。株は長期的には上がってきた。しかしそんな比率なのに、上げを演出する「買い」ばかりを推奨するから、下げ始めたときの人々の落胆は激しくなる。

 相場は上げもするし、下げもする。下げがあるから上がる。日本の投資家は「買い」ばかりを推奨される。買った銘柄を「いつ売ったら良いのか」という推奨は受けていない。だから、日本の株式投資家はその大部分が「負け」で投資を終える。今の世界的な株安が何を意味しているか考えなくて良いと言っているわけではない。考えることはいっぱいある。しかし、むやみに騒ぐこと、買われなくなった市場を心配しすぎることは、あまり価値があるとは思えない。


2000年10月10日(火曜日)

 景気回復の途上だというのに「コーポレート・ジャパン」(corporate Japan)は火の車だ。普通は回復に向かうと、人々の目は開き、目的意識に溢れたものになるのに、今回はそうはなっていない。トップのみっともない交代、その前後の白日に晒されるごたごた劇、自殺、巨額の損害賠償判決。そして大型倒産。日本の「企業」と「経営」が直面している問題の根は深い。

 80年代のバブルの生成に伴うメリットとそれが破裂したときのデメリットの「非対称性」は白塚さんがディスカッション・ペーパーとして作成しているいくつかの論文の中に出てくるが、今の日本の企業の混乱や国のバランス・シートを見ているとそれがよく分かる。残ったダメッジの方がはるかに大きい。二日酔いでは済んでいないのである。

 しかし、ではこの「澱」が何時落ちるのかと言われると、「あと何年」と言い切れないのが辛い。一番のポイントは不動産価格だ。下げ止まらなければ、不良債権の金額さえ確定できない。切り離しが終わっていないからだ。高度成長が始まった60年代から80年代までの日本では、不動産は市場商品ではなかった。「下がる」という前提がなかったからだ。しかもこの先には、債券相場の動向という難しい問題がある。

 問題がここまで深刻化したのは日本の会社や経営者という存在が、実は合理的な存在としての「企業」や「マネッジメント」ではなかったからではないかという気が改めてする。特に思うのは、日本の経営者には「プロの経営者」といえる人が何人いたのだろうか、と思う。50人の動かすのと、100人を動かすのと、1000人以上の人間を動かすのはかなり違う。

 しかし日本の企業では、良い課長が部長になり、良い部長が役員になって、社長の覚え良き人が社長になる。この積み上げ方式は、変化の激しい時代には向かない。課長の時のノウハウは死んでいるからである。その人が成長する人で、学べばよい。しかし、多分「プロの経営者のノウハウ」というのは、今の日本の経営者の多くが持っているノウハウとはかなり違うのでしょう。必要性との間で、巨大なミスマッチが生じている。

 経営者だけでなく、日本全体が「人材のミスマッチ」の罠にはまっているとも思える。世界中で生じているが、日本のミスマッチは解消への具体的シナリオが見えないと言う点でかなり深刻だと思う。優れた企業はいくつもある。しかし、日本の多くの企業は経営者から含めて、このミスマッチの中で喘いでいるし、この状態はしばらく続くと考えねばならないと思う。


2000年10月07〜09日(土〜月曜日)

 「だって、埼玉が世界的に有名になって面白いでしょ.....」埼玉県与野市の「さいたまスーパーアリーナ」に九日開館した「ジョン・レノン・ミュージアム」をリバプールでも、ロンドンでも、東京でもなくてなぜ埼玉に建てたかに関する小野洋子さんの発言。なかなか自信に溢れているし、確かにそうかもしれない。埼玉にも、一つの目玉になりそうなモノができた。

 私も実物は見ていない。朝日の記事を読んだだけ。よって行ってみなければ分からないのですが、この博物館は行く価値がありそう。

 ニューヨークに住んでいたときはその大部分の期間は、ブロードウェーの63丁目の30リンカーンプラザにいました。確か16階だったと思った。1978年に出来たアパートで、その隣にあるワン・リンカーンプラザとは姉妹ビル。リンカーンセンターのすぐ近くです。

 ジョン・レノンと小野洋子が住んでいたダコタハウスは同じセントラルパーク・ウエストの並び。確か76丁目だったと思う。行ったことはなかったのですが、近くに住んでいるというのは知っていた。そしてジョン・レノンが凶弾に倒れたのは、1980年の12月の、確か8日でした。

 あれは午後の10時30分ぐらいだったと思う。ニューズ・チッカーに「ジョン・レノンが撃たれた.....」と出た。その時は死亡したとは出ていなかった。で、帰国直前でまた飲み会に行き、そのことは忘れて午前1時過ぎにタクシーに乗って家に帰る途中で、黒人の運転手が「おまえは知っているか....」と問いかけてきた。それから長い文章を書いたのを覚えています。

 日にちが経ったものです。あれから、20年。この本の日本語版はゲットできましたが、まだ読んでない。分厚くてとても重くて、持ち運ぶことは無理です。どこか一カ所に置いて置いて読むしかない。


2000年10月05〜06日(木〜金曜日)

 どうもメールシステムがおかしい。私が使っている「ycaster@gol.com」がです。たぶん、私のプロバイダーである「グローバル・オンライン」のメールサーバーがいかれている。内田さんなどから指摘されたのですが、私に送られてくる筈のメールが何らかの理由で送り手に返信されてしまっていたらしい。「宛先人不明」で。

 私としてもメールを落としてくる感じがいつもと違うので、「おかしいな」と思っていたのですが、「何回もメールするのに帰って来ちゃうよ」と言われて「やっぱし」と思いました。で、私に重要なメールを送った方は、恐縮ですがもう一度送って下さい。よろしく御願いします。今は支障なしとなっていると思います。


2000年10月04日(水曜日)

 どうにかならないものですかね。ある週刊誌の取材を受けたのです。「ITとリストラ」という視点から特集をやるのでよろしく、ということで。まあ関心がある問題ですからOKして1時間ほど取材を受けたのですが、出てきた記事は一部分のピックアップもいいところ。

  1. IT化の進展は企業のリストラクチャリングを促進する その過程では、大企業の人員整理は大きなニュースになる
  2. 大企業は規模が大きいし、「あの有名な企業が」と発表する企業のネームバリューがニュースに向くからである
  3. これに対して、雇用は一挙に大規模に発生すると言うことはない。こちらは小さなものの集積である
  4. IT革命が進むと言うことは、仕事の中身、手順が変わると言うことで確かに従来の職のうちなくなるものも多いが
  5. その一方で、生まれてくる仕事も多くアメリカの90年代の例を見ても失業率が下がっているのは、雇用が生まれている証である
 という話をしたのです。ところが、実際に紹介されているのは「IT革命が進めば、仕事がなくなる」という部分だけ。危ないなと思いながらインタビューに応じたのはやはり失敗でしたな。問題なのは、彼等は人に話を聞きに来るのではなくて、ある方向を決めていてその方向に合った話を聞きに来るだけ。コメントを出すのもよほど注意しないといけない。


2000年10月03日(火曜日)

 ははは、最近では一番面白い雑誌記事特集ですな。今日郵送されてきた「ビジネス・ウィーク」。普段はあまり読まないのですが、今日は手に取ってみたら面白かった。「The Next Downturn」(次の景気後退)と言うのです。カバー・ストーリーが。副題は、「Will A New Economy Bust Follow The New Economy Boom ?」

 正直なところインテルにしろアップルにしろ、株価が短期間で50%近く下げるという今のアメリカの株式市場を見ていると、「何の信号を出しているのだろうか」というのがここ数日の私の大きな関心事項でした。市場は常にいろいろな信号を出す。それを考えるのが私の仕事(趣味 ?)の一つですから。で目に入ったのがこの記事というわけ。

 今回の「ビジネス・ウィーク」は、大体に於いて論調が”先読みできる”いつもの号ではない。「論争」とか「対論」という名前を付けてやっても良い雑誌になっている。37ページから53ページまでです。対立しているのは、同誌の最高経済エディターである Michael Mandel とその同僚エディター(ファレルとその他複数)。マンデルは最近「The Coming Internet Depression」という本を書いた。

 マンデルは記事の中で、その本での主要論点を述べている。しかし今までビジネス・ウィークは「NEW ECONOMY」の旗振り役だった。37ページの特集巻頭で自ら言っているように。しかしその雑誌の経済ニュース・分析カバーの一番の責任者が、時間の経過はむろんあったが、その従来からの主張と反対の意見を言い始めた。ビジネス・ウィークとしても困ったのでしょう(または面白がっている)。で、NEW ECONOMY の持続を論じる二本の論文(THE OUTLOOK FOR TECH, slower growth but still strong とTHE CASE FOR OPTIMISM)を用意し、その間にマンデルの悲観論を入れた。
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 最初の論文(THE OUTLOOK FOR TECH)は、「The Short Answer: No」に端的に示されているように、インテルの株価急落をもたらしたようなニュースは、ハイテク産業全体を幅広く覆うような後退をもたらすものではない、と結論を提示した後、この業界が全体としてみればいかに健全で、成長性に富み、そして成長の初期段階にいるかを論じている。「競争は厳しい。次にリセッションが起きても、企業はハイテク投資だけは続ける...」と。まあこれはイントロ記事です。

   面白いのは、二番目のマンデルの論文(The Next Downturn)とそれへの直接的反論としての楽観論の薦め(The Case For Optimism)です。マンデルはこう主張する。

  1. ニュー・エコノミーとは技術革命以上に金融革命であって、であるが故に今日の経済は大部分の人が予想した以上に激しい変動を示している
  2. 住宅と自動車に支配されたオールド・エコノミーの景気循環は、テクノロジーと金融を駆動力とするニュー・エコノミー型の循環に取って代わられつつある
  3. ここ数年のテク・サイクルは上げで、投資は急増し、急速な技術革新が起きた。しかし間違いなくテク・サイクルの下げは来るし、そうなれば投資は伸びず、技術革新は停滞し、株価は急落して、一番打撃を受けるのはニュー・エコノミーで働く労働者、企業、それにそれらの企業の株価になるだろう
  4. ニュー・エコノミーにとってテクノロジーがエンジンだとすれば、金融は燃料だった。過去10年間にベンチャー・キャピタルの年間投資資金の規模は、約50億ドルから1000億ドルに増加した。シスコ、ネットスケープ、アマゾンなどなどの会社が急成長できたのは、こうした資金のおかげである
  5. この技術と金融のマッチが技術革新のペースを早め、生産性の向上を可能にし、インフレを抑制し、投資を促進した
  6. しかしニュー・エコノミーは新しい問題を生んでいる。次の景気後退が来て株価が下がれば、90年代の好循環(virtuous cycle)は逆の流れとなってベンチャーに流れ込む資金は減少し、「技術革新の停滞」→「新しい競争者の出現の困難化」→「生産性の伸びの低下」→「それと新規企業の設立減少でインフレの発生」→「FRBの利上げ」 で株価は一段と低迷する
  7. FRBが果断な利下げをすれば影響は軽微かつ短期なものになるが、今でもニュー・エコノミーに対する政策担当者の見方は分かれているくらいで、機敏な対応が出来ない可能性は無視できない
  8. そうなれば、インターネットに象徴されるアメリカのハイテク・ブームをもたらした「リスク・キャピタル」の前例のない急増は止まり、新興企業には資金が回らなくなる。「リスク・キャピタル」は本来景気や株式市場の動きに非常に敏感であり、この二つが悪いときには動きが鈍くなる。87年(ブラック・マンデーがあった)から90年にかけては、ベンチャー・キャピタルはそれ以前より50%も減少した
  9. そうなれば、アメリカ経済の生産性の伸びは鈍化し、設備投資は減少し、インフレは昂進して失業率は上昇し、株式市場は急落しよう
  10. オールド・エコノミーが自動車だとしたら、ニュー・エコノミーは飛行機である。自動車の場合は予期せざる出来事が起きた場合には、自然で正しい対応はブレーキを踏むことだが、飛行機の場合は浮遊を続けるためにも一定の飛行速度が必要であり、同じようにニュー・エコノミーでは技術革新の為のハイリスク投資が価値あるものであるためには、高い成長が必要である
 彼が主張するニュー・エコノミー減速の際の正しい処方箋は「敏速でかつ果断な利下げ」ということで、例えば財政措置の発動などはこの雑誌の記事の中では(本にはあるかもしれません)指摘していない。

 これに真っ向から反論しているのが、その直後にあるクリストファー・ファレルの「The Case For Optimism」である。彼はこう言う

  1. マンデルの経済と政策不適応のシナリオは、最悪のケースを並べたものだ。アメリカ史上最長の景気拡大がいつか終わりを迎え、コンピューターに対する企業の投資が減退し、ベンチャー・キャピタリストの魔力が衰えるのは確かだ。しかし「インターネット大不況」とは何事ぞ
  2. 彼はハイテク経済のなかでは高い成長でもインフレが抑制されることを正しく認識している。それにも関わらず彼は、ハイテク投資が急減し、ベンチャー・キャピタルが枯渇し、米経済が鈍化するとインフレが急上昇すると主張する。彼の暗いシナリオのポイントになる部分である。新たな技術革新の脅威にさらされなくなった企業は、価格を上げるというのだ。恐れをなしたFRBは利上げをし、経済は一層停滞し、株価は急落するとの説だ。
  3. しかし、高い経済の成長が物価安定の牽引車だったからといって、景気後退がインフレ的とは限らない。需要の減退は物価に下方圧力になるし、今ではグローバルな競争も物価押し下げ圧力になる。ネットを利用した効率化を求める動きは、景気後退が起きても続き、テクノロジーに対する投資は削減の対象としては最後まで残る
  4. 20年代、30年代の自らの政策対応の遅れ、そして直近では80年代、90年代の日本の金融当局の失敗を見ている米金融当局は、経済の「アルガメドン」を回避する準備は出来ている
  5. ニュー・エコノミーは、94年のメキシコ危機、97年からのアジア経済危機、今年3月からのNasdaqの40%下げなど定期的におきる危機を凌いで、その抵抗力のあるところを示してきた。ニュー・エコノミーがこうした危機を乗り切る能力の源は、その効率性(efficiency)と柔軟性(flexibility)にある
  6. 資金の動きはマンデルが主張するより賢い。多くのエコノミストは株式市場のバブルの崩壊はオールドとニューの両方の経済を後退に導くと主張している。しかし、今年これまでにブルームバーグのインターネット株価指数は36%下げたし、多くの新興企業従業員のストック・オプションは無価値になったが、だからといって経済の大混乱が起きたわけではない。バイオテックには依然として資金がつぎ込まれている
  7. 今の技術革新(technological revolution)は依然揺籃期にあり、いくつかの大きな進歩がこれから形を取ろうとしている。双方向テレビ、ネット利用の医療(e-health)、グローバルなワイヤレスのインターネットなどである。日本では携帯電話を利用したネットビジネス(i-mode ビジネスの事)が花開いている
  8. 経済が大混乱に陥るという話には魅力的なところがある。しかし今のアメリカの強気市場はバブルではない。投資家は賢明にも一部銘柄の株価を押し下げ、軟着陸のルートを探っている。「パーフェクト・ストーム」に吐き気をもよおすのは勝手だが、あなたのポートフォリオに同じ事が起きるとは考えない方が良い
 一々分析していると大論文になるといけないのでやめますが、簡単に私の印象をいくつか書くと
  1. 雑誌としてはニュー・エコノミーの旗手だったビジネス・ウィークにこうした論争が登場し始めたと言うことは、アメリカの投資家の心理を少なくとも短期的に変えるだろう。ここ一両日のハイテク株の上値の重い、下値抵抗力のない動きはそうしたムードを受けたものかもしれない。特に同誌がハイテク株危機、ハイテク景気危機に対する処方箋として「利下げ」を挙げたことは、米国で「利下げ期待」を強まることを意味する(3日のFOMCはバイアスをインフレ警戒に置いてこの期待を裏切った)
  2. マンデルの議論はかなり粗いし、かつてインターネットの旗手だった人間が90年代の半ば頃に「インターネットは便所の落書き」と喝破して話題を集めたものの、全く先行きを間違えていたのと同じ様な趣がある。技術がエンジン、金融が燃料というのはなかなか良い表現だが、彼も指摘しているとおり今はハイテクがレグテクになる過程であって、ファレルが言うよう投資が急激に落ちると言うことはないだろうし、劇的でないにしても technological innovation は今後も続くと考えられる
  3. しかし、期待先行だった市場がtechnological innovation のペース鈍化にいたく失望することはあるし、株価が上げ続けた時のようなベンチャーキャピタルの活況は確かに落ちるだろう。この期待と現実のギャップが大きければ、株価が調整することはあるし、事実インテルの株価、アップルの株価などを見ていると調整は起こっていると思う
  4. 「資金はもっと賢い」というファレルの議論には賛成できる面と同意出来ない面がある。3日のニューヨークの株式市場の動き、それ以前の動きを見ると資金は「new → old」への動きが見える。経済全体が「click and brick」(new と old の融合)でなければならないとしたら、今までクリック・サイドにあった資金がブリック・サイドに戻るのは自然であり、資金は賢く動いていると言える。しかし、資金の動きが常に賢いとも言い切れず、時に狼狽が起き、それが事実を作り、それが経済環境を規定することもある
  5. ファレルの議論で足りないのは「ドル」の視点である。アメリカ経済にとって本当にリスクなのは株式市場ではなくてドル、「ドルの急落」なのではないか。その点への言及がないのは、極めて残念である。株が落ち、景気が悪くなり始めた段階でドルが急落した場合、FRBが取りうる政策余地は極めて小さい
For immediate release

The Federal Open Market Committee at its meeting today decided to maintain the existing stance of monetary policy, keeping its target for the federal funds rate at 6-1/2 percent.

Recent data have indicated that the expansion of aggregate demand has moderated to a pace closer to the enhanced rate of growth of the economy's potential to produce. The more rapid advances in productivity also continue to help contain costs and hold down underlying price pressures.

However, the utilization of the pool of available workers remains at an unusually high level. Moreover, the increase in energy prices, though having limited effect on core measures of prices to date, poses a risk of raising inflation expectations. The subdued behavior of those expectations so far has contributed importantly to maintaining an environment conducive to maximum sustainable growth.

Against the background of its long-term goals of price stability and sustainable economic growth and of the information currently available, the Committee believes the risks continue to be weighted mainly toward conditions that may generate heightened inflation pressures in the future.


2000年10月01〜02日(日〜月曜日)

 ほう、日本の伝統的製造業の大手の中ではやはりこの会社が一番ですか。この前名古屋に行ったときに、「トヨタで外国人の役員が生まれるのはいつか」という話をしたのです。国際化の必然的な結果として。世界的にバンキング業務を拡大するシティーバンクのトップテンには確かインド人、中国人、欧州人など実に多彩な人材が並び、アメリカ人は半分ちょっとだったと思った。

 国際化がただ単に外の人間を入れる、ということだけではないことは確かです。徹底的にローカルを追求したら、それがそのままインターナショナライズすることもある。しかし、やはり普通に考えたら、「人材の国際化」は必要でしょう。2日のネットニュースには以下のようにある

 トヨタ、幹部社員人事を本社・海外一括化 人材発掘狙い

 トヨタ自動車は、本社と海外子会社の外国人を含 む幹部級社員の人事を一括して審議・管理する「グ ローバル・サクセション・コミッティ(世界規模での後 継者審議委員会)」を設置した。優秀な幹部社員を、 国境の枠を超えて国内外から登用していく「グロー バル21」と名付けられた人事制度で、世界規模の 視点で人材を発掘するのが主な狙い。トヨタ本社に 入った日本人にとって外国人も「ライバル」として平 等な立場で競争することになる。

 このコミッティは、本社の常務クラスで構成され、近 く第1回の会合を開く。国内外の部次長クラスで戦 略性が高いポストについている社員の職歴、業績、 人物評などのデータをもとに一括して人事配置を決 める。当面は海外子会社の幹部級の人事を中心に するが、将来は外国人社員の本社幹部登用など本 社人事も視野に入れる。

 トヨタは以前「グローバル10」というプロジェクトを進めたことがある。世界の重要市場すべてでシェアの10%を取る、というプロジェクトだったと思う。しかし、この「グローバル10」よりも「グローバル21」の方が、将来トヨタがどういう会社になるかを占う上では非常に重要だと思う。出来るのか、それとも途中で投げ出すのか。

 現状トヨタでは「現地の人がトップになっているのはごくわずか。本社の部長級以上の外国人幹部もゼロ」で人事面のグローバル化が遅れていたという。それおこのプロジェクトで一気に進めようと言うわけである。

 以前どこかで書いたが、今のユーロ安はよく考えてみるとヨーロッパの企業が一生懸命国際化、グローバル化を進めているが故に進んでいる面がある。なってもおかしくないのに円が安くならないのは、日本から資本が出ていかないためである。人材との関連で言うならば、日本の企業は外から人を入れていない。その逆で、日本は外に資本を出そうとしない。それが故の円高だとしたら、この円高は歪んだ円高、将来に問題が残る円高である。



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